ハリー・ポッターと帝王のホムンクルス   作:オリゴデンドロサイト

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空虚な食卓

 

 ハーマイオニー視点

 

騎士団本部。シリウスが騎士団に提供してくれた先祖代々伝わるブラック家の屋敷。どこもかしこも掃除が行き届いておらず、薄暗い照明もあってどこか『叫びの屋敷』と同じ雰囲気すら漂っている。

その一角で、

 

「さぁ、今日はこの屋敷を掃除しますよ! 特にここの()()()()()()……あんなにドクシーが巣食っているなんて、一体ここの屋敷しもべは何をしていたのかしら。皆スプレーは持った?」

 

今私達の戦いが幕を開こうとしていた。

ウィーズリー兄妹達とハリーや私、そしてシリウスはウィーズリーさんの指示の下とある部屋の前でスプレーを片手に整列する。廊下も廊下で埃っぽくて汚いけれど、おそらくこの部屋の中はそれ以上な状態であることが伺える。中からはウィーズリーさんの言った通り、ドクシーのものと思われる羽音がいくつも聞こえるから。羽音の数から中の様子がどれほどのものなのか……想像するだけで嫌だった。

でもそんな私の緊張を他所に、

 

「では、皆……行くわよ。いち、にの……さん!」

 

その合図が出される。

合図と共に全員が部屋に突入し、一斉に自分のスプレーを噴霧し始める。一斉にまかれたスプレーに部屋は数秒の間霧に包まれていた。そしてその霧が晴れた時、部屋の床にはいくつものドクシーと思われるものが転がっていた。妖精に似た胴体にびっしりと黒い毛が生えており、その口からは鋭く小さな歯が見え隠れしている。昔教科書で見たピクシーに近い姿形だけど、その毒々しい見た目の体毛や歯もありよりこちらの方が危険性が高いことが伺えた。噛まれてしまえば一体どうなっていたのだろう。

でもそう緊張して見渡せば……動いているドクシーは一匹もおらず、部屋の中からあれだけしていた羽音も聞こえてはこない。戦いは終わったのだ。

全員がもう動いているドクシーがいないことを必死に確認している中、ウィーズリーさんは次の指示を飛ばす。

 

「さぁ、薬が切れる前にすぐに行動しましょう。全員、このバケツにドクシーを入れて頂戴。それでここの作業は完了よ」

 

部屋に突入する前は中からけたたましく聞こえている羽音に戦々恐々としていたけど、終わってしまえば実にあっけないものだった。

それは皆も同じなのか、もうドクシーが残っていないと分ると安堵のため息を吐き、それぞれが勝手気ままに雑談を始める。そんな中、ドクシーの一匹を摘み上げながらシリウスがぼやく。

 

「まったく……何故私がこんなことを。ドクシー退治? それが騎士団員の私がやることなのか? あのスニベルスさえ任務を与えられているというのに、私ときたら日がな一日狂った屋敷しもべ妖精とこの屋敷で過ごすだけ……。本当に嫌になる」

 

ハリーを含めた未成年の全員が未だ『不死鳥の騎士団』の一員として扱われていないため、他のメンバーがどんな任務に当たっているのか()()()()知らないけれど……そんな中、シリウスだけはこうして外に出ることすら禁じられていることは知っていた。騎士団員にはダンブルドアからの説明があり彼の無罪は証明されているけど……世間的にはその限りではない。そのため彼がここにいないといけないことは自明だと思う。でも彼は納得していないのだろう。だからこうして事あるごとに自分を恥じるような発言を繰り返していた。このような発言を聞くのは私がここに来てから初めてではない。

彼の立場を考えれば気持ちは分る。ある意味で似た立場と言えるハリーも同じなのか、暗い表情を浮かべるシリウスに同情的な視線を送っていた。本当ならハリーも愚痴の一つも言いたいことだと思う。実際ここに到着したばかりの彼は、今まで何の情報も与えられずにいたことに対する不満を爆発させていた。今こうしてただ同情的な視線を送るだけなのは、彼がキチンと最初に不満を吐き出せた上、ここに来たことで本当は私達すらほとんど何も知らないことを知ったからに他ならない。シリウスは騎士団の一員であるのに。そしてハリーは今まで何度も『あの人』と対峙し生き延びてきたのに。それでもほとんど情報を与えられず、こうして屋敷の中に閉じ込められている。愚痴の一つも出ないことの方がおかしいと、私だって思う。

 

……でもたとえ彼の立場に同情したとしても、彼の発言で訂正しなければならない所は指摘しなければいけない。

今のシリウスの発言は明らかにこの屋敷のしもべ妖精であるクリーチャーのことを見下していた。

私は『S.P.E.W.』の会長。()()()()も参加している以上、言うべき所はしっかり言わなければ。

ドクシーを摘み上げ、今まさにバケツの中に放り込もうとしているシリウスに私は言う。

 

「……クリーチャーは狂ってなんかいないわ。ただ少し彼は……そう、掃除が苦手なだけよ。この屋敷に何年も独りぼっちで過ごしていたのよ。少しずぼらな性格になったとしてもおかしくはないわ」

 

しかし私の言葉はシリウスには届かなかったらしく、意味不明なことを言われたとばかりに顔をしかめながら答えられた。

 

「ハーマイオニー。君はあれだけ下劣な言葉を投げかけられてもまだそんなことを言うのかい? 優しさは君の美徳ではあるが、そろそろ現実も見るべきだと私は思うね。あいつは狂っている。何しろこのブラック家の屋敷しもべ妖精だ。狂ってないはずがない。だからこそあいつは君に向かって穢れた……あんな言葉を言ったのだ」

 

そして溜まりに溜まった鬱憤を晴らすように、どこか大げさ気味に壁に掛ったタペストリーを指し示しながら続ける。

彼の指し示す方向には所々色あせ、ドクシーにいたる所を食い荒らされたタペストリー。でも金の刺繍糸で描かれた線や、その線で結ばれたいくつもの名前だけは色あせてはいない。そしてタペストリーの一番上には、

 

『高貴なる由緒正しきブラック家。純血よ永遠なれ』

 

と書かれている。

これは明らかにブラック家の家系図を表しているものだった。

 

「まったく狂った家だったよ。狂った家族に、狂った屋敷しもべ。そしてこの狂った内装。全てが全て純血主義なんて狂った思考に侵されたものばかりだ。たとえばこのタペストリー。これは我がブラック家のありがたい血筋とやらを表しているものでね。純血の血縁が生まれると魔法で勝手に書き足されるんだ。こんなものをありがたがるなんて、頭がおかしいとしか言いようがない」

 

苛立たし気な口調に私は更にクリーチャーのことで発言することが出来なかった。

でも無神経の塊であるロンがそんなシリウスの様子にも気付かず、タペストリーを見渡しながら言う。

 

「あれ? シリウスの名前が見当たらないけど、どこにあるの?」

 

そんなロンの言葉にシリウスは怒るどころか、当に我が意を得たりと言わんばかりに頷きながら答える。

 

「私の名前は載っていない。いや、今は載っていないと言うべきかな。私は16の頃家出をしてね。この家の何もかもが嫌になったんだ。すると我がお優しい母上が、私の名前をご丁寧にも消してくれてね。ほら、ここに焼け焦げた所があるだろう? ここが私がかつて書かれていた場所だ。本当にお優しいことだ。態々こんなタペストリーから名前を消して下さったのだから」

 

シリウスの言う通り、タペストリーにはドクシーの空けた穴とは別に所々焼き跡のような物があった。彼はその一つを何とも言えない表情で撫でながら続ける。

 

「……本当に狂っている。家族全員が、いや親戚中全員が純血主義な上、『死喰い人』が何人もいた。かくいう私の弟も『死喰い人』でね。ほら、私の隣に()()()()()()()()()()と書かれているだろう? 愚かな弟だったよ。両親の言うことは全て正しいと思っていた。闇の帝王に組したのも親の言いつけだ。それがどうだ。『死喰い人』になったものの、ヴォルデモートに与えられた任務の最中死んだと聞いてる。ようは無能だったのさ。戦いの最中に死ぬことも出来なかった小物。それが私の愚かなる弟だった。私の親戚はこんな奴等ばかりだ。少しでも真面な魔法使いが出ると勘当。私と同じように名前を消されてしまう。お蔭でどんどん狂った名前だけが増えていく。ほら、ここの焼き跡。ここにはトンクスの母親が描かれていた。アンドロメダ。私の大好きな従妹だった」

 

そこまで聞いた時、私達は本来であればトンクスとシリウスが親戚であったことに驚くべきだったのだろう。

でも私達は驚いてはいても、彼とトンクスのことで驚いていたわけではなかった。

 

私達の驚いた理由。それは……シリウスが丁度指さしている焼け跡の隣に、ベラトリックスとナルシッサという名前が描かれていたことだった。

しかもそのナルシッサという名前は金の刺繍の二重線でルシウス・マルフォイと繋がっており、その二人の名前から下に金の縦線が一本、今度はドラコという名前に繋がっていたのだ。

 

つまりシリウスとマルフォイ家は親戚ということなのだ。

 

「シ、シリウス! マ、マルフォイ家なんかと親戚なの!?」

 

「ん? あぁ、そうだとも。もっとも私も奴らも、お互いを親戚だなんて思ってはいないだろうけどね。純血の家はどこもかしこも親戚ばかりさ。狭い世界だ。純血を保とうとすれば、どうしてもこんな風にそこらかしこに親戚関係が出来てしまう」

 

ロンの嫌悪感に塗れた言葉にシリウスは飄々と答える。

しかしそんな会話すら私は聞いてはいなかった。私はただドラコの名前の横……()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()を見つめ続ける。

 

そこには他の焼き跡とは違い、ドクシーが空けたと思しき穴が開いていた。

当然……ダリアの名前は穴が空けられているためありはしない。

私はそれが……何故か無性に悲しく思えてしまっていた。

 

純血主義ではない上、それどころかマグル生まれである私には純血の有難さなんて分からない。分かる気もない。

でもダリアは違う。勿論ダリアも純血主義なんかではないから、別に自身が純血でなくても落ち込んだりはしないだろう。でもダリアは家族のことを本当に大切に思っている。純血であろうがそうでなかろうが、ダリアはどうしようもなく家族のことを愛している。それはあの子のいつもの態度から、グリフィンドールである私にだって分かる。

そんな彼女の名前がタペストリーにない。それもドクシーに齧られたせいで。

その事実が私には……とても悲しいものに思えて仕方なかったのだ。

 

しかしそんな悲しみと寂しさを込めて穴を見つめる私にハリーが苛立ち気に話しかけてくる。

 

「……ハーマイオニー。何度言わせる気だい? あいつは敵だ。僕はあの墓場でそれを確かめたんだ。なのに君はまだあいつなんかのことを庇うのかい?」

 

私は彼の言葉に一瞬言い返そうと思った。……でも結局声を上げず、ただ黙って穴を見つめ続けることだけで応えただけだった。

ハリーの言っていることも事実の()()ではある。ダリアは変わらず優しい子であったとしても、彼女の取り巻く環境は決して彼女がこちら側にいることを許しはしない。その事実を私はこの夏休みでようやく理解出来ていた。ダフネからダリアのことを心配する手紙を受け取ることによって……。ダフネの手紙からは、ダリアが今酷く辛そうに毎日を過ごしているということが記されていたのだ。彼女は今、『あの人』の陣営の中で苦しんでいる。

でもそれが分かっていても、他の人からすれば彼女が敵陣営にいること変わりはない。この騎士団でも彼女の味方をするのは私と、

 

『……実は最近もう一人、彼とは別に神秘部の近くで見かける人物がいるのです。おそらく彼女の名前は……ダリア・マルフォイ』

 

『……キングズリー。それは何かの間違いではないかい? いや、いたとしても彼女が本当の意味で『あの人』に組しているとは思えない。彼女は何かとやり玉に挙がっているが、彼女はただ勘違いされやすいだけの普通の女の子だ』

 

1年前まで私達の教師をしていたルーピン先生だけだった。

昨日の夜、ウィーズリー兄弟の開発した『伸び耳』で盗み聞いた会議の内容を思い出す。ドア越しだった上、最後にはクルックシャンクスに『伸び耳』を取られてしまったからほとんど内容は聞けなかったけれど……ルーピン先生とシャックルボルトさんの会話だけは聞こえていた。彼だけは私と同じく、ダリアの優しさを疑ってはいなかった。でもルーピン先生が信じていたとしても、彼女が騎士団メンバーに敵視されている現状が変わるわけではない。彼女がどんなに優しい女の子であろうとも、彼女は敵側の人間なのだから。

それが分かっているからこそ、私は今は何も言い返せない。言い返したところで何も変わらない。寧ろ彼女の立場を悪化させてしまう可能性すらある。おそらく彼女の立場は、私が想像するより遥かに危ういものであるから。

そんな思いで黙り込む私に、ハリーは更に言葉を続けようとする。黙り込んでいても、流石に私が少しもハリーの言い分に納得していないことが分かったのだろう。しかし、

 

「まぁ、こんな狂った家のことを話しても仕方がない。それより、ハリー。明日の君の尋問の件だが、」

 

シリウスが愚痴を言い終えて少しスッキリしたのか、今度はハリーの尋問の件を話し始めたことで彼の話が続くことはなかった。

私もハリーの今後が決まる重要なことだけに、タペストリーから意識が離れ再びシリウスに注目する。

 

 

 

 

……だからこそ私達は気付かなかった。

もっと注意深くこのタペストリーを見ていれば気付いていたはずなのだ。

確かにダリアの名前が書かれているべき場所には大きな穴が空いていた。

 

でもそれ以前に……その穴に向かって、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

穴がたとえ空いていなかったとしても、ダリアの名前は最初からそこに存在していなかったことに。

 

私達は最後まで気付くことはなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ドラコ視点

 

気が付けば僕は暗い空間に立っていた。だだっ広い、ただただ暗い空間。ほとんど自分の足元しか見えやしない。

何故僕はこんな暗い空間にいるのか?

そんな疑問が頭をよぎるが、すぐにそんなことを考えている場合ではなくなる。

何故なら暗闇から、

 

『……お兄様。ここで貴方とはお別れです』

 

そんな言葉が響いてきたから。

声のした方に振り返れば、そこには暗闇でも分かる程綺麗な白銀の髪。そして透き通るような白い肌。そこにはいつも通り綺麗で美しい僕の大切な家族の姿があった。

いつも通り、大切な家族なのに()()()()()()()()()、僕の大切なダリアの姿が。

……しかし一つだけ違う点もある。

本来であれば、暗闇の中には彼女の薄い金色の瞳が輝いているはずだった。しかし今暗闇に浮かぶのは……あの血のように真っ赤な瞳だったのだ。

二年生の時ピクシーを虐殺した時と同じ、あの殺意を濃縮したような紅い瞳。それが今僕が目にしている彼女の姿だった。

でもそんな彼女に僕は恐怖など覚えることはない。どんなに冷たい空気を垂れ流していようとも、僕はそんなことに恐怖を感じなどしない。どんな姿になろうとも、ダリアはダリアだ。僕の大切な家族はどんな瞳の色をしていようとも、ただの優しい女の子であることに変わりはないのだ。

だがたとえ彼女の姿に恐怖を抱かなくとも、その言葉に僕は恐怖する。何故ならそれは僕がこの世の中で最も恐怖している言葉だったから。吸魂鬼に近づいた時僕が思い出す、

 

『もう私の傍には近づかないでください。迷惑ですので』

 

あの言葉にそっくりな物だったから。

だから僕はこの暗い空間がどこかだとか、そんな疑問を感じる間もなく感情のままにただ叫ぶ。

 

『何を言っているんだ、ダリア! 僕達はずっと一緒だ! たとえ何があろうとも、僕はお前の味方だ! お前の傍にあり続ける! 僕らが離れることなんて決してない! だって僕はお前を、』

 

『いいえ、ここでお別れです、お兄様』

 

だがダリアの言葉は止まりはしない。

その真っ赤な瞳に悲しみを湛えながら……その口元だけは何故か狂喜的に歪ませて続ける。

 

『だってお兄様と私は違う。お兄様は人間で、私はそれ以外の何か(かいぶつ)なのです。決して共にいれはしない。それは最初から決まっていた、私達の避けようのない運命なのですから。だから……ここでお別れです。さようなら……お兄様』

 

そしてそう言ったダリアは踵を返し、暗闇の向こう側へと進んでいく。

当然僕はダリアを追いかける。勢いのあまり転びそうになり、少し無様な姿を晒しそうになろうともそんなことを気にしている場合ではない。

 

『ま、待て! 待ってくれ! ダリア、何を言っているんだ! 僕を置いていくな! 僕はお前のことを……()()()()()()()!』

 

しかし決して僕がダリアに追いつくことはない。何故かどんなに走っても走っても、ただ歩いているだけのダリアとの距離は離れていくばかり。

何故だ? 何故僕はダリアに追いつけない?

僕はこんなにも彼女を大切に思っているのに。……僕はこんなにも彼女を愛してしまっているのに。愛していて、それでもこんなにも僕は我慢しているというのに、何故僕はダリアと離れ離れにならなければならないのだ?

 

『待ってくれ! ダリア! お願いだ、待ってくれ! 約束しただろう!? 決して僕から、ダフネから離れないって! 何でも僕等に相談するって!』

 

そして僕が、

 

『だからダリア……お願いだ、行かないでくれ!』

 

そう叫んだ時……

 

 

 

 

「ドラコ? 悪い夢を見ているの?」

 

僕は母上の声と共に目を覚ましたのだった。

荒い息と共にベッドから起き上がれば、目の前には僕を見下ろす母上の姿。慌てて辺りを見回すとそこは僕の寝室。

どうやら僕は悪夢を見ていたらしい。……それもとびっきり暗い悪夢を。

僕は荒い息のまま起き上がり、ベッド脇に置いてあった水を飲む。そして僕を心配そうに見つめていた母上に応えた。

 

「……はい、母上。でももう大丈夫です」

 

大丈夫なはずがない。目が覚めた今だって、目をつぶれば即座に今見た悪夢の内容を思い出すことが出来るのだ。

 

『ここでお別れです、お兄様』

 

しかしこれ以上母上を心配させるわけにはいかない。母上もここ最近少しやつれた表情をしている。ただでさえ母上は体が弱いのだ。これ以上心労をかければいつ倒れてもおかしくはない。

だから僕は出来る限り気丈に振舞う。多少悪夢を見たくらいで母上にいらぬ心労をかけないために。

だが母上の次の言葉で、

 

「そう……。ですが何か不安なことがあればすぐに言うのですよ。貴方もダリアと同じように、少し内に溜め込んでしまうところがあるから。……さぁ、朝食にしましょう。今日はルシウスとダリアは()()()に行っていますから、()()()()()()よ。ですが、朝食はしっかりと摂らないと……」

 

僕の表情は再び歪んでしまっていた。

心によぎるのは……また今日もか、という諦観した思い。この夏休みに入って、僕はダリアと食事を摂ったことがない。父上ですら時折家に帰ってきて食事を共に摂るというのに、ダリアはいつも闇の帝王にどこかに連れ出されている。この家に帰ってきて僕がダリアの姿を確認できるのは、彼女がダフネへの手紙を書いている時くらいのものだろう。それこそダリアの本当の誕生日の時ですら、僕はダリアの姿を確認してはいない。当然例年開くようなささやかなパーティーなど望むべくもなかった。

 

ダリアの本当に望むどこにでもありふれた日常。それは今のマルフォイ家のどこにもありはしなかった。

 

僕はベッドから離れ、母上に導かれるまま朝食を摂る。そこにはいつものような会話などありはしない。

ただただ空虚な時間。ダリアは別に口数の多い人間ではなかったが、彼女がいないだけで食事の席が酷く寂しい空間に思えて仕方がなかった。

 

だからこそ思う。

なんだ……あのどこにでもありふれた日常はダリアの望みでもあるが、同時に僕の望みでもあったのだ、と。

ダリアがいないだけで、こんなにも僕の朝食はまずくなってしまうのか、と。

 

そして……この状況はまだまだ続くのだろうな。僕はそんなことを思わずにいられなかったのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 アーサー視点

 

不死鳥の騎士団。

嘗て『例のあの人』が台頭し始めた時、ダンブルドアがあの人に対抗するために設立した組織。その任務は多岐にわたり、そのどれか一つでも欠けてはならないものばかりだ。

そしてその中で今最も重要な任務こそ、あの人に対抗しうる唯一の人間、生き残った男の子であるハリー・ポッターを守ること。

だからこそ現在その任務に当たっている私は、

 

「ハリー。悪いが私はここから入ることが出来ない。ここからは君一人で行かなければならない。……だが大丈夫だ。きっと何とかなるさ。何度も言うが、法律的には君は無罪なんだ。だから……大丈夫だ」

 

いよいよハリーの尋問の日、黒々した厳めしい扉の前でハリーを何とか安心させようと声をかけたのだった。

しかし私の言葉はあまり意味を成しているとは思えなかった。私の言葉にハリーは頷きはするものの、表情は酷く青ざめたままだ。

それもそうだろう。ただでさえ自分の進退を決める尋問である上に……本来ならただ『魔法不適正使用取締局』の執務室で適当に行われる尋問ですむはずが、いきなり神秘部横にある大法廷なんかに呼び出されることになったのだから。しかも時間を大幅に前倒しにされて。心の準備をする余裕もないまま、このように重苦しい空間に連れ込まれれば誰だってパニックになると思う。

一体何故こんなことになったのだろうか。

……いや、何故かなど考えるまでもない。こんな無茶苦茶なことを命じられるのは魔法省トップの魔法使い……つまりファッジだけだ。ダンブルドアを貶めることに必死になっている彼のことだ。こんな理に反することも、今の恐怖に駆られた彼ならやりかねない。

そしてそんな彼を操っているのがルシウス・マルフォイなのだ。キングズリーの報告がなくとも私には分かる。今の魔法省を腐らせている諸悪の根源は奴だ。元々ファッジが流されやすい意志の弱い人間であったこともあるが、ここまで酷い状況になっているのは奴の存在があったからこそなのだ。全く心底厄介な一家だ。

しかし今そんなことを言っている場合ではない。私は扉の向こうにハリーが相変わらず青い顔色で消えるのを見送ってから、尋問室の前をうろつく振りをしながらそれとなく神秘部の入り口を観察する。

これは不幸中の幸いとも言える。ハリーにとっては大法廷なんぞに連れてこられて不運でしかないが、『不死鳥の騎士団』からすればこうして神秘部の前にいる口実が出来たとも言えるだろう。どの道ハリーの護衛任務も、彼が法廷の中にいる間は流石に襲われることはない。

今の騎士団は人手不足だ。最初に闇の帝王が台頭してきた頃に比べればマシな方だが、それでも圧倒的に人手不足だ。実際に動ける人材は極端に少ない。それがこうして今敵が最も注視している場所に少しでも張り込むことが出来るのだ。今はそんな僅かな機会を喜ぶしかない。

それにハリーのことなら、

 

「アーサーよ。ハリーはもう中かのう?」

 

「ダ、ダンブルドア! はい、ハリーはもう中に! 貴方は彼の弁護に? よくここだと分りましたね」

 

「今のファッジならこのような手を打つやもと思うてのぅ。4時間は前に魔法省に来ておったのじゃよ。おぉ、こうして世間話をしておる場合ではなかったのぅ。アーサーよ、尋問が終わるまで()()()()見張りを頼んだ」

 

この今世紀最高の魔法使いがいる限り必ず何とかして下さるのだから。

一人の女性を連れて、暗い廊下に颯爽と現れたダンブルドアがやはりどこか人を勇気づける空気を醸し出しながら法廷の中に入ってゆく。女性もたしかハリーの近所に住んでいた騎士団の協力者だったはず。ハリーの証人として連れてきたのだろうか。どちらにせよ、あの方の登場に私は先程まで感じていた不安など取り払われていた。おそらくそれは中にいるハリーも同じことだろう。これで尋問は確実に何とかなる。私はダンブルドアの登場にそう安堵しきっていた。

だからこそ私はより一層身を引き締めて監視に当たる。

 

決して敵を神秘部に……予言に近づけさせないために。

 

しかしやはりこんな所にフラリと敵が近づくこともなかった。私もハリーの付き添いという言い訳がなければこんな所にいられないが、魔法省にいる死喰い人達もそれは同じだ。我々の調査が正しければ神秘部に関わっている死喰い人はいないはず。

だからこそ敵が来るとすれば……

 

「ダンブルドア! 尋問はどうでし、」

 

「悪いが、アーサーよ。ワシはもう行かねばならん。結果はハリーから聞くのじゃ」

 

裁判所から出てきたダンブルドアが急いだ様子で出て行き、

 

「あぁ、ハリー。ダンブルドアは何も言わなか、」

 

「無罪だよ! 無罪放免!」

 

ハリーが法廷から出てきた後のことだった。

 

「なんと! それは良かった! 勿論こうなるとは信じていた! どう考えても君が有罪なはずがないからね! こうしてはいられない。早速皆に知らせ、」

 

「これは、これは、守護霊ポッター殿と……アーサーウィーズリーではないか! こんな所に一体何用ですかな? ここは君がいるべき場所でないと私は思うがね?」

 

私とハリーが折角尋問結果を喜んでいたというのに、あの心底不愉快な冷たい声がかけられる。

振り返ればそこには私の天敵と言えるルシウス・マルフォイ。いつものいけ好かない他者を完全に見下したような視線を投げかけている。

 

 

 

 

そしてそんな奴の隣に、

 

「……」

 

キングズリーの報告にあった、あの白銀の髪をした少女が無言で佇んでいたのだった。

流れる様な白銀の髪に、薄い金色の瞳。そして何より特徴的な、美しくも冷たい完全なる無表情。

そこには我々が最も警戒すべき敵の一人である、マルフォイ家の長女、ダリア・マルフォイその人がそこにはいたのだった。


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