ハリー・ポッターと帝王のホムンクルス 作:オリゴデンドロサイト
???視点
計画通りポッターが闇の帝王の居場所に送られるのを見届けた俺は、思わずにやけそうになる表情筋を必死に抑え込みながら迷路の入り口を目指していた。
これで俺は自身の役目を完遂できた。……あれだけ妨害を重ねたはずのセドリック・ディゴリーも送られることとなったが、まぁ些末な問題だろう。ポッターを送るという大目的は果たせたのだ。帝王があちらにおられる以上、ディゴリーは適切に処理されるはず。今はもうこの世にもいないはずだ。
俺は今大変気分がいい。あの男を殺してからというもの、何故か俺は胸にぽっかりと穴が開いてしまったような気分でいたが、今はそんな不快な感情も感じてはいない。いや、感じずにいられている。
もはや闇の帝王が復活するのは決定事項。俺のすべきことは、後は素知らぬ顔でこの城を抜け出すことだけ。そうすれば俺は真の帝王の右腕になることが出来る。
そうすればこの胸に開いた穴も塞がるはずなのだ。
今まで
幸せの絶頂にいる俺はもう、あの男が最後に見せた笑顔も思い出さないはずだ。
そして湧き上がる雑念を無理やり抑え込み、自分を無理やり高ぶらせていると、
「アラスター! よう戻ってきてくれた。迷路の中はどのような様子じゃ?」
入り口で待機していたダンブルドアが尋ねてきたのだった。
奴の周りにはスネイプにマクゴナガル、そして俺がダンブルドアに監視を命じておいた小娘に、奴の兄と友人の二人。得体のしれない小娘やその友人こそ俺に敵意を持った視線を送ってきているが、他の奴らは皆俺を欠片ほども疑っていない様子だ。それこそダンブルドアを含めて。まったくこの期に及んでまだ俺のことを欠片ほども疑っていないとは。
このような愚者が今世紀最高の魔法使い?
まったく笑わせてくれる。これでは笑みを抑え込むのに一苦労ではないか。やはりこの世で一番偉大な存在は闇の帝王のみ。世界最高の魔法使いはこのような老害ではなく、闇の帝王にこそ相応しい称号だ。
だがその愚か者のお陰で俺はここまで計画を完遂することが出来たのも事実。この後もポッターの
俺はなるべく神妙な表情に見えるよう意識し、同じく神妙な声音を意識しながら答えた。
「どうもこうもない、ダンブルドア。迷路の中は特に異常はなかった。だが……試合開始からずっとポッターを見ておったが、奴が今先程迷路から突然消えおった。どこに行ったのか皆目見当もつかん。だから俺はこのことを相談しにここに戻ってきたのだ」
「ハリーが……消えたじゃと?」
俺の返答にダンブルドアは明らかに動揺した表情を浮かべる。この一年俺の前でも中々表情を変えることがなかったが、初めてこいつの鼻を明かしてやった気分だ。
そして流石に奴もあまりに想定外の事態に即座に行動することも出来ないらしい。一瞬迷路の方に視線を送り、今何をするべきか思案する表情になる。
しかし奴が答えを導く前に、
「ぎゃああああ! こ、これは!?」
今度は第三者の声が辺りに響き渡った。
声のした方に目を向ければ、そこにはこちらに駆け寄ろうとしていたカルカロフの姿が。どうやらビクトール・クラムが脱落した件でこちらに駆け寄ろうとした時に、
更に笑いが漏れ出そうだった。奴が何を驚き、何に恐怖しているのか俺には手に取るように分かる。さもありなん。この瞬間に何が起こっているのか分かるのは、裏切り者である奴と、
「っ! ま、まさか……」
同じく裏切り者の一人であるセブルス・スネイプ。そして……帝王の忠実な僕である俺だけなのだから。
奴が叫び出した瞬間、俺もそれをはっきりと感じたのだ。今は『ポリジュース薬』でムーディに変身しているため見ることは出来ないが……確実に右腕に刻まれた『闇の印』が熱く疼いているのを。
それは紛れもなく闇の帝王が復活し、今この瞬間に死喰い人達を招集していることに他ならない。
今この瞬間、俺の栄光は確実なものと変わった。
捲って見ることは出来なくとも、知らず知らずの内に片方の手が闇の印が刻まれている部位に伸びる。確かめることは出来なくともそこには確かに痛みがあった。
だがそんな栄光ある未来を教えてれる腕を魔法の目だけで目でいると、視界の端にもう一人いつもの無表情ではなく、少し驚いた表情で他二人を見つめている小娘が映る。しかも驚いた表情の後、どこかハッと何かに思い至ったように俯くのが。
……成程。帝王の復活に気付いたのは俺達三人だけではなく、あの小娘もか。考えれば当然のことだ。あの小娘は厄介なことにソコソコ頭が回る。奴の父親がルシウス・マルフォイである以上、父親が再び浮かび上がった闇の印を見て怯えているところを目撃した可能性もある。ならば今この瞬間、闇の帝王が再び嘗ての力を取り戻したのだと二人の反応で気付くこともあるだろう。
そしてハッキリした。この小娘はやはり闇の帝王の忠実な僕などではない。俺の目的まで分かっていたとは思えないが、セドリック・ディゴリーに介入して帝王の計画を邪魔しようとした。そして今のまるで帝王の復活を残念がるような仕草。それはルシウス・マルフォイと同じく、奴が裏切り者の一族でしかないということだ。
ますます俺の未来は光に満ちているものになったと言えるだろう。今の俺は、いや
俺様と闇の帝王はこれで全てが同じになる。
父親を憎んでいたこと。その父親に同じ名前を付けられるという屈辱を味合わされたこと。……実の父親をこの手で殺したこと。
そして遂に唯一の相違点であった、ダリア・マルフォイへの評価もこれで同一のものとなる。
これで俺様は闇の帝王同様、父の死などで動揺するような軟弱者ではなくなり、真の意味での強者になることが出来るのだ!
が……そんな幸福な時間も長くは続きはしなかった。
数分後、本来なら迷路の入り口にはポッターの死体が運ばれる予定だった。ポートキーは決まった時間に決まった場所に移動する魔法具だ。それを違法に改造し、決まった時間ではなく掴んだ時間に、そして帰りは迷路の入り口に戻ってくるように作り替えたのだ。だから本来であればポッターは死体となって衆目の下に晒されるはずだった。
それが、
「こ、ここは……。か、帰ってこれ……た」
予定通り死んでいるセドリック・ディゴリーと……何故か予定とは違いまだ生きているポッターが現れることによって、俺の計画は根本からぶち壊しにされることになる。
ハリー視点
臍の辺りを引っ張られるような感覚を覚えたと思ったら、今度は地面に叩きつけられるのを顔面で感じた。顔が芝生に押し付けられ、草の臭いが鼻腔内を満たす。
それでも僕は中々顔を起こすことが出来ない。ショックと疲労で起き上がる元気もないのだ。ただ優勝杯とセドリックの
「おぉぉ! ハリーが優勝杯を掴んで迷路から帰ってきた!」
「これで優勝はグリフィンドールのものだ!」
うつ伏せに寝っ転がる僕の耳に、突然耳を聾するばかりの歓声が聞こえてきた時もただ困惑することしか出来なかった。
ほんの数秒前まで自分が置かれていた空間とのギャップに頭が酷く混乱している。
「こ、ここは……。か、帰ってこれ……た」
ようやく頭を上げても口から漏れ出るのそんな呟きのようなもの。自分がようやくホグワーツに戻ってこれたことに安堵はしても、中々脳が現状を理解しようとはしてくれない。
先程まで暗い墓場にいたのに。先程まで復活したヴォルデモートに決闘を……いや、ほとんどなぶり殺しにされそうになっていたのに。それを命からがら逃げ延びてきたというのに。
なのに今僕の目の前では、皆笑顔で僕の方に歓声を送っている。赤色の旗を振り喜びを爆発させる生徒。どこかしょんぼりと肩を落としながらも、それでも拍手だけはしている生徒。それぞれ違った反応を示していても、皆まだ気付いていないことに変わりはない。
僕が今誰から逃げ延びたかを。そして僕の横で倒れているセドリックがもう死んでいることを。
しかしそんな中でも、やはりあの人だけは僕の現状を理解してくれているみたいだった。再び倒れこみそうになる僕にサッと近寄り、あの人はいつもの優し気な声音で尋ねてきたのだ。
「ハリー。無事でよかった。何があったのじゃ?」
この世で最も僕が信頼する魔法使い。ヴォルデモートすら恐れるというダンブルドア校長の声を聞いた瞬間、僕の意識に掛っていた霞は僅かに晴れる。
混乱していることに変わりはない。ショックであることに変わりはない。でも少しでも早く、僕はこの恐るべき事実を伝えなくては。
そう思い僕は最後の体力を絞り出すように囁く。
「ダ、ダンブルドア先生……。あいつが……ヴォルデモートが帰ってきました。セ、セドリックもあいつに殺されて……。僕、彼を連れて帰らなくちゃと」
僕がその言葉を口にした瞬間、ダンブルドア校長はやはり全てを悟ったのだろう。霞む視界の中で、先生は一瞬瞠目したような雰囲気を醸し出していたが、
「そうか……ハリー。よう頑張った。もうよい、よいのじゃ、ハリー。君の話はまた後じゃ。とにかく、お主が無事でよかった」
ややあって再び優しい声音で僕にそっと話しかけ、そして痩せた老人とは思えない力で抱き起してくれた。それに伴い固く握っていた優勝杯やセドリックを僕は自然と放す。
しかしいくら抱き起されても失った体力が戻るわけではない。頭はズキズキ痛み、痛んだ足は自分の体を支えることすらおぼつかない。気を抜けばまた倒れそうだった。
周囲はそんな僕の様子にようやく事態を理解し始めたのか、歓声も段々と鳴りを潜め、中には悲鳴を上げ始めている生徒もいる。
「おい、ハリーはどうしたんだ?」
「どこか怪我をしたのか?」
「それよりディゴリー……なんでずっと倒れたままなんだ?」
「死んでる……ディゴリーが死んでる!?」
そんな中で今度は第三者の声が僕の耳に届く。
「ダンブルドア。ポッターを医務室に連れていく。こやつはもう限界だ。とにかく早く医務室へ」
それは僕がこの学校で今二番目に信用している教師。マッド-アイ・ムーディのものだった。声の主に気が付いた時には、既に彼は僕を半ば抱えるようにして歩き始めている。
後ろから、
「アラスターよ、じゃが、」
「心配はない。ワシが責任をもってポッターを医務室に送り届ける」
ダンブルドア先生の声がかかってもその歩みは少しも緩まない。僕は一瞬何故かとてつもない不安を感じ、後ろを振り返りダンブルドアの方を見つめる。
そこにはこちらに心配げな視線を送りながらも、優勝杯とセドリックの周りに押しかける群衆を押しとどめるのに忙しそうなダンブルドア。
そして視界の端に……ただ茫然とセドリックを見下ろす、あの白銀の髪を持った少女が見えた気がした。
ダンブルドア視点
セドリックの亡骸を見て悲鳴を上げる生徒達をなんとか宥めすかし、ワシはようやく医務室に辿り着いたわけじゃが……すぐに踵を返すこととなる。
「セブルス、急ぐのじゃ。ミネルバはファッジに連絡を。今すぐ城に来てもらうのじゃ。生徒が一人死に、ヴォルデモートが帰ってきたとな」
ワシは後ろに付き従う二人に指示を飛ばしながら、内心では深い後悔に苛まれておった。
何ということじゃ。ワシは何と愚かなのじゃろぅ。
よく考えれば簡単なことじゃ。この学校で誰が最も疑われずに事を為せるか。ハリーの名前をゴブレットに入れ、ワシの眼をダリアの方に誘導する。そして優勝杯を迷路の中心に置いたのは? 他の教師と違い、一人だけ迷路の中は異常なしと報告しておったのは?
今から考えれば疑う要素は山ほどあったのじゃ。それを疑いもしなかったのは、偏に彼が……いや、奴がワシの信頼する人物に変身しておったから。
何という間抜けじゃ。今世紀最高の魔法使いなどと呼ばれてもこの程度。一体ワシは今までどれだけの年月を魔法界で過ごしたというのか。
この魔法界にはいくらでも姿を偽る手段があるというのに。
しかし今自身の不甲斐なさを論じている場合ではない。今この瞬間にもハリーは危機的状況に陥っておる。医務室にハリーの姿はどこにもありはしなかった。ならばいるとすれば……奴の部屋しかない。
ワシとセブルスは急ぎ目的地を目指し走る。そして大広間を駆け抜け、階段をひたすら上り、ようやく、
「麻痺せよ! ハリー! 無事かのぅ!?」
部屋に突入すれば中には案の定の光景が広がっておった。椅子に縛り付けられた状態のハリー。そして彼に呪いをかけようとする、ムーディの姿をした何者か。当に危機一髪の状況じゃった。
ワシは突入と同時に下手人を気絶させ、油断なく奴に杖を構える。ワシの眼が節穴じゃったとはいえ、こやつは何気ない顔で一年間城の中を闊歩しておったのじゃ。油断出来ようはずがない。
ワシが警戒する間、背後でセブルスが心得た様子でハリーを解放する。そして彼を解放し終えると、セブルスは急ぎ部屋の中を物色し始める。
……それはほどなくして見つかった。
「校長。ポリジュース薬です。そしておそらくあの中に……」
セブルスはムーディがいつも携帯していたボトルを掲げ、次に部屋の隅に置かれたトランクを指し示す。
これでこやつがどうやってムーディに成りすましていたかは分かった。成程ポリジュース薬なら姿を完璧に成りすますことが出来る。そして薬の材料である変身する相手の一部も、こうして手元に置いておけば常に手に入るというわけじゃ。セブルスがトランクを開けると、中は拡大呪文がかけられているのか地下室のような空間になっており、底には本物のムーディと思しき人物が気を失って倒れておった。所々髪をむしり取られた状態で。
「せ、先生。一体何が……。そ、それにどうしてムーディ先生が……。ムーディ先生が僕をヴォルデモートの下に送ったのは自分だって……。それに僕を今殺そうとして、」
「セブルス。急ぎ『真実薬』を持ってくるのじゃ。ハリーよ、こやつはムーディ先生ではない。この中で気を失っておる者こそが本物のムーディじゃ」
ワシはセブルスに指示を飛ばした後、色々なことが短時間に起こりすぎたせいで未だに混乱しておるハリーに答える。
「実に見事な手口じゃ。ムーディは決して自分の携帯用酒瓶からでないと飲まなかった。中身がポリジュース薬であったとしても、ワシらの誰もそれに気づかんかったのじゃ。ごらん。ムーディの髪が所々取られておる。こうやって一年間、奴は彼から髪を採取し続けておったのじゃろう。ハリー、そのペテン師のマントを投げてよこすのじゃ。急を要する程ではなさそうじゃが、ムーディが凍えておる。……まったく本当に見事じゃよ。一年間もこのような単純極まりない手口で、城におる全員を騙しとおしておったのじゃからのぅ。じゃがそれも終わりじゃ。ポリジュース薬は一時間ごとに飲まねばならん。それを飲まねば元の姿に戻る。これでこやつが何者なのかが分かるはずじゃ」
そしてワシが未だに倒れ伏すペテン師を顎で指し示した時、丁度その変化が起こり始めたのじゃった。
傷跡はみるみる消え、肌が滑らかになり、削がれた鼻が真面になる。白髪交じりの髪は薄茶色に変わり、突然ガタンと音がしたかと思うと義足が落ち、正常な足がその場所に生える。次の瞬間には『魔法の目』が落ち、本物の目玉が現れた。
そこにはもう今までワシらが目にしていたムーディとは似ても似つかない人物が横たわっておった。少しソバカスのある、色白の、薄茶色の髪をした男。
……それは嘗てワシが一度だけ目にしたことのある人物。
バーテミウス・クラウチの息子であり、過去彼自身がアズカバンに送った人物。あの時より老けて見える、
「この人……たしか」
「そう言えばハリーも憂いの篩で見たのじゃったのぅ。そうじゃ。こやつは……バーテミウス・クラウチ・
本来何年も前に死んでいるはずの人物じゃった。
思わぬ人物の出現に内心動揺する。何故この男がここにおるのか皆目見当もつかんかった。
しかし幸いそれを知る手段はある。廊下から急ぎ足でやってくる足音がしたかと思うと、セブルスが小瓶を片手に戻ってくる。
「校長。これを」
「ようやった。ではこやつにそれを飲ませるのじゃ。エネルベート、活きよ!」
そして彼が奴の口に薬を三滴ほど流し込むのを確認し、杖を男の胸に向け呪文を唱えた。
真実薬とは、その名の通り飲んだものに真実を語らせることの出来る薬物。これを飲んで話すことは、たとえその者にとってどんな不都合な事実であろうと真実のみ。
じゃからこれからワシらが聞いたことは全て……とても残酷なことであっても、真実のみじゃった。
この男が本当にバーテミウス・クラウチ・
そしてあのクィディッチ・ワールドカップの日。遂に服従の呪文を破り、ハリーの杖を奪って闇の印を打ち上げたこと。父に連れ戻されたというのに……そこでバーサからこやつのことを聞きだしたヴォルデモートが迎えに来たこと。その後ヴォルデモートの計画に従い、ムーディに成りすまして城に潜入したこと。ハリーを手助けし、迷路の中でも彼が障害物に当たらぬように、そして他の選手が万が一優勝せぬようにビクトール・クラムに服従の呪文をかけたこと。
全てはハリーにポートキーである優勝杯に触れさせ、彼をヴォルデモートの下に運ぶために。
どれも頭の痛くなるような事実であり、聞けば聞くほど自身の不甲斐なさが情けなくなり、そしてこの男がしてきたことに怒りが湧いた。
じゃがこれすらまだ、こやつがしたことのなかでも可愛らしい事柄でしかなかったのじゃ。
「……成程。ではクラウチ氏、父親はお主が解放された後はどうしておったのじゃ?」
一通りの質問をした後、ワシがクラウチ氏のことを尋ねると、奴は静かな口調で答えた。
「闇の帝王が奴に『服従の呪文』をかけ、何事も無かったように振舞うよう命じられた。だがしばらくすると『服従の呪文』の効きが悪くなって、闇の帝王は奴を監禁することにした。それをあのワームテールの馬鹿の不注意で逃がしてしまった。俺は運が良かった。偶々奴が学校に辿り着くの場面に居合わせ、奴をこの手で
「……遺体はどうしたのじゃ?」
「急いで近くの草むらに埋めた。もう一度戻った後で骨に変えて、今度は禁じられた森の適当な場所に埋めなおした。急いでいたからもう場所も覚えていない」
……その言葉を受け、ワシは自身の中に存在していた僅かな慈悲が解けて消えるのを感じた。
「……ファッジに追加連絡をせねばのぅ。アズカバンから脱走した者がおると。この者をすぐにでもアズカバンに引き取らせるのじゃ」
ハーマイオニー視点
私は自分の甘い認識を恥じていた。
確かに『例のあの人』が何かしてくるとすれば、この最終試練の中だという予想は立てていた。でも私はハリーが優勝杯と……そして横たわるセドリックと迷路入り口に現れた時、一瞬勘違いしてしまったのだ。
ハリーが無事に帰ってきた!
それどころか彼は優勝して帰ってきた! 最年少の代表選手であるにも関わらず!
これでもう彼は安全よ! 彼は『例のあの人』の思惑を切り抜けたのよ!
……それは大きな間違いでしかなかったけれど。
現実はハリーは無事に帰ってきたわけでも、『例のあの人』を出し抜けたわけでもなかった。
それを思い知ったのは、
「これが僕が墓場で見たことです。僕……ただ必死で……」
「いや、本当によく頑張った、ハリー。今夜君はワシの期待を遥かに超える勇気を示した。君は嘗てヴォルデモートが最も力を持っておった時代、彼に立ち向かった勇敢などの魔法使いにも劣らぬ働きをしたのじゃ。そして今こうして、我々が知るべき全てを話してくれたのじゃ。こうして疲労困憊であるにも関わらずのぅ。ワシが願ったとはいえ、ここまでよう話してくれた。本当に……よう頑張ったのぅ」
ハリーがムーディ先生に連れだされたと思っていたら、今度は私達が医務室に呼び出され……そこで何故かベッドに座るハリーの話をダンブルドア先生達と聞いた時のことだった。
全てが予想外の内容だった。
ハリーがセドリック・ディゴリーと優勝杯を掴んだ時、どことも知らない墓場に飛ばされたこと。そこでハリーの血を使い、『例のあの人』が復活したこと。復活したあの人が、嘗ての死喰い人達を……それこそダリアの父親であるルシウス・マルフォイを含めて呼び出したこと。そんな彼らを拷問した後、あの人が見せしめの意味でハリーに決闘するよう言い渡したこと。そしてその決闘の際、運よくあの人が放った呪文とハリーの呪文が衝突し、するとあの人の杖から過去彼が殺したと思しき人物の影が現れたこと。
セドリックに謎の老人、バーサ・ジョーキンズと思しき物から、果てはハリーの両親の影が。
そんな影が現れ、ハリーを励ましてくれたこと。そしてその影にあの人が気を取られている間に、ハリーは何とか逃げおおせることが出来たこと。でも逃げおおせた後に真犯人であったムーディ先生……に扮するクラウチの息子に殺されかけたこと。
本当にあのハリーが観客の前に現れた瞬間、他の生徒達同様喜びの歓声を上げた自分が恥ずかしくて仕方がない。
彼は私達が呑気に最終試練結果を待っている間、それこそ命を奪われそうになる経験をしていたというのに。
私は謝罪の意味を込めて、ベッドで項垂れるハリーの隣に座り、彼の手をそっと握る。周りにはいつもの優し気な表情を浮かべているダンブルドアや、真剣な表情でハリーの話を聞いているスネイプ先生やマクゴナガル先生。そして私と共にここまで来て、今まさに心配げな表情でハリーを見つめているロンを含むウィーズリー一家。そんな中、私はただハリーの悲しみが少しでも癒える様に、彼の手を黙って握っていたのだった。
でも……
「で、でも……僕、セドリックを助けることが出来なかった! いや、それどころか
ハリーの報告はそれだけではなかったのだ。
彼は懺悔するようにセドリックのことを話し始めたかと思うと、一瞬何かを思い出したかのように黙り込み……そしてやはり何かを振り切るように再びおもむろに話し始めた。
……今までとは違い、私には決して受け入れられないような内容を。
「そうだ……ダリア・マルフォイ。僕、聞いたんです。ルシウス・マルフォイが墓場に現れた時、ヴォルデモートはあいつにだけは手を出さずに言ったんです! よくぞダリア・マルフォイを育てたって! あいつこそ死喰い人を統べるに相応しい存在だって!」
私を含めた全員が思いもよらない名前に驚き言葉をなくす。ダリアは確かに誤解されやすい子だけど……何故『例のあの人』から彼女の名前が出るのだろう。ハリーが嘘を言っているとは思っていない。でもどうして彼女の名前がここで出るのか私には到底理解出来なかった。
しかしそんな私達の……いえ、
「あいつはずっと……セドリックを手助けしていたんです。そう彼が言っていました。ドラゴンのことも、湖のことも。全部ダリア・マルフォイから聞いたって! ダンブルドア先生……あいつは一体、
私はハリーの話を聞いた時、自分の甘い認識を恥じた。
彼が危機に瀕していたというのに、私は呑気に試合の観戦をしていたことを恥じた。
でも私はやはり甘かったのだろう。
ハリーの話を聞いた後……彼がダリアの話をした時、私はどこか彼の話を聞き流していたのだ。
なんだいつもの彼のダリアに対する妄言かと。彼がダリアのことを勘違いしているのはいつものこと。だから今回だって、少しだけ彼女にとって不都合な事実を拡大解釈しただけ。彼女の本質が変わるわけではない。
だから彼の話を聞いても、私は思ったのだ。
何も変わらない。たとえ『例のあの人』が復活しても、決して優しいダリアが変わるわけではないのだと。
あの人がダリアのことを知っていても……それこそ死喰い人にしようとしていたとしても関係ない。彼女は彼女。誰よりも優しく、そして決して
だから私は……どうしようもない愚か者だった。
この後、
「な、何を言っておるのだ、ダンブルドア? あの人が帰ってきた? そんなことあるわけがない!」
ダンブルドアに呼ばれたファッジ魔法大臣があの人の復活を完全否定したり、
「ア、アルバス! ク、クラウチが……吸魂鬼に
唯一の敵側の証人であるクラウチ・ジュニアが廃人になったこと。そして何より……
「この
窓辺に張り付いていたあの記者を見つけた時、もうほとんどダリアの話があったことすら覚えてはいなかったのだから。
そんな甘い認識すら持っていなかった自分に気づいたのは……ほんの数日後のことだった。
ダリア視点
静かな夜だった。たとえ闇の帝王が復活しようと、たとえ生徒の一人が死のうと……皆寝静まってしまえば穏やかな夜となる。
でもそれは結局、皆にとっては今日起こった出来事がそれ程大した出来事ではないということだからだろう。
闇の帝王の復活はまだ発表すらされておらず、今日私の
……そしてセドリックのことも。皆彼のことを知っていても、それこそ今まで応援すらしていたというのに……誰も真の意味で彼の死を悼んでなどいない。
どこかの誰かが死んだだけ。明日から再び今までと同じ毎日が続いていく。そう彼らは考えているのだ。
そうセドリックと……私を置き去りにして。
私は皆が寝静まったタイミングを見計らい、今までただ閉じていただけだった目を開けそっとベッドから起き上がる。
……勿論一人だけ私の行動に気が付いている人間はいる。私がイソイソと着替えていると、隣のベッドから私の大好きな声がかかった。
「……ダリア、ど、どこに行くの? こんな夜遅くに」
でも私はそんな声にも振り返らない。いや、振り返る余裕もない。
彼女がずっと私のことを心配してくれているのは分かっている。彼の死体を見た瞬間から、私は自分を取り繕えなくなっていることからそれも当然だろう。彼女を心配させて本当に申し訳ないと思う。でも今は……
「……ただの夜の散歩です。どうしても……寝付けないので」
「な、なら私も一緒に、」
「いえ、ダフネはここに残っていてください。少し……
私はただ彼と共にもう少しだけ一緒の時間を過ごしたかったのだ。
これから先の地獄で……彼のことを決して忘れないように。
この罪悪感を、決して忘れはしないために。それが私に課せられた義務なのだから。
だから私はまだ何か言いつのろうとするダフネの視線を振り切り、寝室から談話室への階段を降りる。
そこには今度はお兄様もいらっしゃった。誰もいない談話室の中、ただ一人暖炉の火を眺めておられる。……お兄様のことだ。きっと私がこういう行動を取ることは何となく分かっていたのかもしれない。しかし私の顔を見るなり、どこか諦めたような……そして悲しむ様な表情を浮かべた後、
「……夜は冷える。出来るだけ早く帰ってこい」
「……はい、お兄様」
私の行動を黙認して下さったのだった。
私は談話室を抜け、ただひたすら地下から大広間に向かう階段を上がっていく。歩みに迷いなどない。私の目的地はただ一つ。彼の
そしていよいよ医務室の扉を開き、中で眠るポッターの横を通り過ぎると、
「……こんばんは、セドリック」
私が殺してしまった、本来ただの駒であるべきだったはずの人間に話しかけた。