ハリー・ポッターと帝王のホムンクルス 作:オリゴデンドロサイト
ダンブルドア視点
「それではミス・マルフォイ。後日吾輩の研究室に来るように」
「はい……失礼します」
ダリアの丁寧だがどこか心のこもっていない挨拶の後、彼女とドラコ君は校長室を出て行く。そして扉が閉まる音と共に校長室には奇妙な沈黙が舞い降りた。
部屋にいる誰もが何かを訴える様にワシの方を見つめておる。罰則内容を決めたセブルス以外は、ワシの下した決定に少しも納得しておらんのじゃろぅ。そしてその予想は間違っておらんかったらしく、
「……ダンブルドア校長、本当にこんなに軽い罰則だけでよろしかったのですか? 罰則の内容を決めるのはスネイプ先生の権限ですが……。ですが、彼女はあれ程のことをしでかしたのです。校長もお判りでしょう? 彼女は人に対して『闇の魔法』を使ったのです。それは本来であれば退学どころか、すぐにでもアズカバンに入れられる行為です! それをただ部屋の掃除のみで済ませるとは……あまりにも罰が軽すぎます」
しばらくした後、ミネルバがどこか糾弾するような口調で口を開いたのじゃった。しかし彼女が反対しているからといってワシの結論は変わらん。ワシは彼女に少しだけ笑顔を向けながら応えた。
「そうは言うがのぅ、マクゴナガル先生。確かに今回彼女がしたことは許されるものではない。しかしそもそも彼女があのようなことをしでかしたのは、元はと言えばムーディ先生が原因という話じゃ。アラスター、昨日も話したと思うが、この学校で体罰は禁止じゃ。無論変身術を使うのもじゃ。今回はこちらにも非があると言えよう。じゃから彼女を退学にするのは流石にやりすぎなのじゃよ。まぁ、流石に掃除だけで罰とするのは、ワシも少し軽すぎるとは思うがのぅ。じゃが寮生に与える罰の権限はスネイプ先生にある。ワシがこれ以上口を出すことは出来ぬよ」
「当然の判断ですな」
「それはそうですが……」
「ふん……」
何故か勝ち誇った顔をしているセブルスはともかく、ワシの答えに傷を部屋で治した後こちらに来たアラスター、そしてワシに質問を投げかけたミネルバは僅かに表情を歪める。ワシの返答に納得していないのは火を見るより明らかじゃった。
じゃがそれでもワシは結論を変えるつもりは一切なかった。ミネルバに言うた理由も勿論あるが、それだけではなく、今ダリアを退学にするわけにはいかない
今ヴォルデモートは力を取り戻しつつある。完全な復活には程遠いのじゃろうが、今までのような何の力もない状態からは脱したのじゃろう。それはセブルスの腕に浮かび上がりつつある『闇の印』が証明しておる。そして突然活発になりはじめた嘗ての『死喰い人』達の行動。クィディッチ・ワールドカップでの『闇の印』や、今まで頑なに『三大魔法学校対抗試合』の要請を
「で、ですがダンブルドア校長。彼女はあの時、確かに笑っていたのですよ? 切欠はムーディ先生の行動だったかもしれませんが、私にはそれを言い訳に人を傷つけることを愉しんでいたようにしか見えませんでした。……あのような面があることにただお一人
そんなワシの不安を増強させるには十分な出来事じゃった。
マクゴナガル先生から受けた更なる反論を受けながら考える。もし今ダリアを放逐すればどうなるか。答えは簡単じゃ。まず間違いなくどこかに隠れておるヴォルデモートの元に彼女ははせ参じるじゃろう。そうでなかったとしても、奴がいずれ復活した際奴の尖兵になる。彼女はあのアラスターですら、多少不意打ち気味な攻撃であったとはいえ完封する程の実力を有しておる。二年時はセブルスにいいように抑え込まれたようじゃが、『闇の魔法』を使えばその限りではないことが今回の件で証明された。
アラスターは『不死鳥の騎士団』においても指折りの実力者。そんな彼を倒す実力を既に有しておるとなると……彼女は今後間違いなくワシらの脅威になる。
彼女がホグワーツにおれば監視も出来るが、一度退学にしてしまえばその限りではない。アズカバンに入れたとしても、今回の件はアラスターに多分に非がある以上ルシウスの力で必ず再び外に出るじゃろう。若しくは吸魂鬼を抱き込んだヴォルデモートに解き放たれるか……いずれにせよいい結果になるはずがない。ワシはこれからのヴォルデモートとの戦いのために、ダリアを決して今目の届かぬ所に解き放つことは出来んかった。
しかしそれをミネルバやアラスターに言うことが出来んことも確かじゃ。闇と今も戦い続けるアラスターなら理解してくれるじゃろうが、どちらにせよこれが生徒を導かねばならぬ教師失格な考えであることに変わりはない。ワシのような汚れた考えを知り、それに合わせて行動せねばならん辛い立場の人間はセブルスだけで十分じゃ。
ワシは自身の汚れた考えに辟易しながら、しかしそれを感じさせぬよう努めてミネルバに応えた。
「確かにダリアには危ういところが多々ある。それは間違いない。じゃが過程はどうあれ、始まりが兄が傷つけられたことである以上、彼女には
まったくの嘘というわけではない。ヴォルデモートとの戦いを考慮した結果であるとはいえ、ダリアの将来のためという気持ちが全くないわけではない。いくら不安な面が強いとはいえ、教師という立場にあるワシが彼女を簡単に見捨てていいはずがないのじゃ。
ヴォルデモート……いや、トムと同じ失敗を再び繰り返さぬために。
それに……。
『ダンブルドア、私はこの度ダリアからの推薦で『闇祓い』の職に就くことが出来ました。私は思うのですが……やはり彼女は本当に闇の魔法使いなのでしょうか? 私の前での彼女は心優しい少女でしかないのです』
リーマスから送られてきた手紙の件もある。バックビークの件でややダリアのことを諦めつつある自分を感じてはいたが、実際はまだまだ可能性はあるのやもしれないのじゃ。何故ダリアがリーマスを本来マルフォイ家の敵であるはずの『闇祓い』に紹介したのかは分からぬ。しかしそれがもし彼女がリーマスに少しでも気を許していたからだとすれば……それは彼女の中に確実に
「……分かりました。ダンブルドア校長、貴方の言葉は尤もです。……少し今回の事態に冷静さを失っていたのかもしれません」
「……話は終わりか? ふん、ではワシは行かせてもらうぞ。だが……スネイプ。ダリア・マルフォイの件もそうだが、今後ワシはお前のこと
そしてそんなワシの思いが通じたのかは分からんが、ようやくミネルバ達は矛を収めて部屋を退出してゆくのだった。
唯一ワシの決定に反対意見を持っておらんかったセブルスも、
「では吾輩もこれにて。実に下らない、結論が最初から決まっていることに長々と時間を使わされましたからな。まだやるべきことが残っておるのです。午後の授業もありますしな。まったく、何故吾輩がムーディなどの尻拭いを……」
校長室を後にし、校長室にはワシだけが残される。
ワシは途端に静かになった部屋の中で、少し疲れた声音で呟くのじゃった。
「……今年は『三大魔法学校対抗試合』もあるというのに、不安は尽きんのぅ」
復活しつつあるヴォルデモート。相手が何をしようとしているかも分からん以上、ワシが出来ることは静観しかない。全てが後手。まだまだ子供であるハリーのことを考えると不安でないはずがないのじゃ。
しかしそんな強烈な不安感の中でも、ワシはまだまだ不安が増えていくという予想を禁じえることは出来なかったのじゃった。
ハリー視点
ホグワーツ4年目の初日。皆喜び勇んで昨日この城に帰ってきており、今朝に至っては『三大魔法学校対抗試合』についてあれほど楽しそうに議論していた、というのに……今グリフィンドール談話室の中の空気は最悪と言っていいものだった。初日どころか、まだ一日の半分しか終わっていないというのに……。
誰もかれもが痛みに耐えるような表情を浮かべている。事実僕も体が少し痛かった。その原因は勿論、
「ダリア・マルフォイの奴……。マクゴナガルに連れていかれたけど……あいつ、どうなるんだろうな?
ムーディ先生の行動に怒り狂ったダリア・マルフォイにあった。
まるで何か重いものに地面に押し付けられるような魔法。明らかな『闇の魔術』に未だに体が痛む。そして何より……あの光景を思い出すだけで恐怖を感じるのだ。もしムーディ先生がやられていたら、マクゴナガル先生の到着がもう少し遅れていたら、僕らもかけられていたかもしれない。更に残酷な、ただ人に苦しみを与えるためだけの『闇の魔法』を。あの見るだけで身の毛がよだつ様な笑顔で。ムーディ先生は傷自体は浅いと言っていたけど、僕にはそんな風に思うことなど出来なかった。血だらけで地面に倒れ伏す自分自身の姿。……考えただけで身が凍るような気持になった。
静まり返る談話室の中、ロンの漏らした呟きに返事をするものは誰一人としていない。皆ロンの発言に同意したくとも出来ないのだ。一昨年あんな事件が起こったというのに、ダリア・マルフォイが今でも何一つお咎めなく学校に通っている事実を知っているがために。ドラコの醜態にダリア・マルフォイの校長室への連行など、本来なら狂喜乱舞していそうなロンもどこか自信のなさそうな表情を浮かべている。結果、誰一人として口を開かない暗い空間がグリフィンドール談話室に広がっていた。
そんな中僕はふと、この部屋の中で唯一違った理由で暗い表情を浮かべている人物に目を向けた。
この部屋の中で唯一ダリア・マルフォイに呪文をかけられなかった人物。あいつと直前まで一緒にいたらしいハーマイオニーは、痛みに耐える様な仕草をしてはいなくとも、やはりどこか暗い表情を浮かべながらソファーで俯いている。あいつを信じ切っていたハーマイオニーが今回の件でようやくあいつの危険性に気が付いたのかもと思ったが、どうやらそういうわけではないらしく、
「ダリア……大丈夫かしら? もし、これで彼女が退学なんかになってしまったら……。あぁ、私は何故あの時……」
耳を澄まさなければ聞こえないような声音で、寧ろダリア・マルフォイを心配する言葉を垂れ流していた。
それを耳にした瞬間、僕の暗い心境の中に僅かな怒り、そして彼女に対する心配が渦巻き始める。
……確かにあの時ムーディ先生は
でもだからと言って、あいつのやったことの方が遥かにやりすぎなことな上、人に『闇の魔法』を使うなんて普通の魔法使いがすることではない。それこそあいつが父親と同じ『死喰い人』……
僕はそんな思いをぶつけるようにハーマイオニーに話しかける。
「ハーマイオニー。何故君がダリア・マルフォイなんかの心配をしているかは知らないけど、君も分かっているんだろう? ダリア・マルフォイは危険な奴だって。君も見たじゃないか。あの笑顔を……。しかも今回は『まね妖怪』が化けたものではなく、あいつ本人が浮かべた笑顔を。君はいつも僕の話を聞き流していたけど、君は今まであの笑顔を直接見たことがなかったから実感がなかっただけだ。でも今回のことで、」
「ハリー! 何を言っているの!?」
僕の言葉は些か攻撃的なものだったかもしれないが、これもハーマイオニーのためだ。ダリア・マルフォイの進退がどうなるかは分からないけど、今度こそハーマイオニーはあいつとの関係を断ち切らないといけない。あの身の毛のよだつ笑顔が、いつかあいつを信じ切っている
しかしそんな僕の思いはいつも通り通じることはなかった。ハーマイオニーは僕が話しかけると同時に顔を上げ、僕を睨みつけながら言葉を遮ったのだ。
「確かにあの子は
そしてハーマイオニーは皆が唖然とした顔で見つめる中、猛然とした勢いで談話室を出て行ったのだった。ダリア・マルフォイのあんな常軌を逸した行動を見た人間とは思えない発言。ハーマイオニーは本当にどうしてしまったというのだろうか。
しかしそんな彼女の行動を僕らがとやかく言うことはなかった。何故なら彼女が出て行った直後、
「……あ! そろそろ時間じゃないのか!? 次の授業は何だっけ!?」
「そういえば! 確か次は……『占い学』のはずだよ! あそこは北塔だ! 早く行かないと!」
僕らは実は今こんな風に談話室でくつろいでいるわけにはいかないことに気が付いたのだから。
僕とロンの声に、皆が現実に引き戻された様に動き始める。でもいくら現実に戻って来ようとも、先程受けた痛みが消えたわけではない。皆やはり痛みに耐える様な表情をしながら、次のそれぞれの授業に向けて動き始めたのだった。
だから僕は失念していた。
僕らの中で唯一『数占い』を受講しているハーマイオニーが……次の時間一体誰と一緒に授業を受けるかということに。
僕らの心配通り、あいつが退学になっていないというニュースを聞いたのはこの数時間後のことだった。
ハーマイオニー視点
足早……というより、もはや走っていると言ってもいい速度で私は『数占い』の教室を目指す。息が切れようと、滝の様な汗を流していようと関係ない。
私は今……一秒でも早くダリアに会いたくて仕方がないのだから。
正直な話、ダリアが無事に授業に来ている可能性は少ないのではないかと思っている。いくらムーディ先生やハリー達のせいでダリアが怒ったのだとはいえ、彼女が使ったのは『闇の魔術』に他ならない。何の罰則もないということはないだろう。下手をすれば退学の可能性だって……。
「急がなくちゃ……。はやく、はやくダリアに会わなくちゃ!」
でもそんなことが、私が走らない理由などにはならない。私は一刻でも早くダリアの安否を確認しなければならないのだから。
それくらいしか……今の私に出来る贖罪はないのだから。
そしてその思いは、
「ダリア! いた! よ、よかった!」
「……グレンジャーさん。私は……ちょっ、ちょっと!」
何とか天に届いたのだった。
私が飛び込んだ教室の中にはダリアが一人佇んでいる。手元には教科書類が置かれており、彼女が少なくとも退学だけは逃れたことだけは窺い知ることが出来た。そうでなければこうして授業を受ける態勢など取っているはずがない。おそらく後日に何かしらの罰則を受けることのみで事態を解決することが出来たのだろう。
しかし彼女が何の罰則を言い渡されたかなんて今は関係ない。私は教室に駆け込んだ勢いをそのままにダリアに抱き着く。そして彼女の体が表情同様強張るのにお構いなく、私はほぼ叫ぶように声を上げた。
「ご、ごめんなさい! わ、私……あの時貴女に何もしてあげることが出来なかった! 私はただそこに立ち尽くすばかりで、貴女に何の言葉もかけることが出来なかった! あぁ、ごめんなさい! ごめんなさい、ダリア!」
私は自分が情けなくて仕方がなかった。何がダリアと友達になりたいだ。あの時私はダリアの変化に驚くばかり……それどころか
でも、それでも、
「……グレンジャーさん。貴女は私が怖くないのですか? いえ……私は何を。怖くないはずがない。私は
「そんなことないわ! 確かにあの時、私は動くことすら出来なかったけど……それでも、私が貴女を怖がるなんてことはないわ! 貴女が私のことを友達だと思い切れていないことは分かっている! でも、それでも私は貴女のことを友達だと思っている! 友達になりたいと思っている! それだけは決して変わることはないわ!」
私は決して、これ以上ダリアから逃げたりなんかしない。これ以上、ダリアを裏切るような真似は絶対にしたくなんてない。もし次が許されるなら、私は必ず一番に動いてみせる。
だって……こんな私でも、
私はダリアが連れていかれた直後のことを思い出す。
『ハーマイオニー……。その、多分今何を言っても自責の念が消えるわけではないと思うけど……とりあえず、私の話を聞いてくれるかな?』
連れていかれるダリアの方に手を伸ばすものの、それでもやはり声を上げられなかった私にダフネが話しかけてきたのだ。
正直呆れられても可笑しくはなかった。知っているのに理解はしておらず、いざその光景を見た時にそれを否定してしまった臆病者。私はダフネやダリアに自分から友達になりたいといつも言っておきながら、その実いざという時一切の行動をとることが出来なかったのだから。
しかしそんな私にも、ダフネは一切の失望を感じさせない表情で続けた。
『わ、私……』
『いいから、私の話を聞いて。大丈夫。私も
『え、えぇ……』
想像もしていなかった切り出しに驚く私に、ダフネはやはり穏やかな口調で続ける。
『……私もそうだった。私が初めてダリアのあの表情を見たのは一年生の頃なんだ。あの時の私も、ただ驚くばかりでダリアに気の利いたことを言ってあげることが出来なかった。ダリアは苦しんでいたと言うのに……。でも……いえ、これは言い訳でしかないのだけど、それは仕方がないことなのだと今なら思う。それだけ彼女の抱えている
そこまで言ったダフネは、初めて表情を真剣なものに変えて私に尋ねた。
『多分貴女はこれからダリアと付き合ううちに、彼女の隠していたことを少しずつ知っていくのだと思う。ダリアはその可能性を無視しているけど、バジリスクのことを暴いた貴女ならいずれ彼女の秘密にも気付いていく。まぁ、絶対に全てを知ることはないと思うけど。それこそダリア自身が話さない限りね。今回のことは序の口に過ぎない。あの子の抱える残酷な真実は、これからも唐突に私達の目前に現れることになると思う。どんなにダリアが優しい女の子であろうともね。だから貴女に聞くね。……ダリアには貴女はもちろん、私にさえ言っていない秘密がある。彼女の家族すら知らないことだってある。だからこれから先、何があってもおかしくはない。それでも私は、どんなことがあってもダリアの味方でいると決めた。貴女はどうなの?』
まるで
でも、私はそんなことを気にしもせず、ただ最初から決まり切っている答えを口にしたのだった。
『そんなの決まっているわ! 私は誰がなんと言おうと、ダリアの友達よ! だから、何があっても
私は、
「な、何を言っているのですか。は、離してください。私は貴女のことなんか、」
「だめよ、お願い。もう少しだけこうさせて」
腕の中でもぞもぞと動くダリアを無理やり抱きかかえながら考える。
あの質問の後ダフネは、
『……あぁ、やっぱり私と貴女は似た者同士だね。答えまで同じだなんて。……信じるよ。貴女は決してダリアを裏切らないって』
そう澄み切った笑顔で私の答えに応えた。
ダフネが私の答えに何を思ったのかは分からない。でもあんな何も出来なかった私をも、彼女が今でも信じてくれていることは間違いない。私はいつまでも自身のしでかしたことで立ち止まっているわけにはいかない。
「私……絶対にもうダリアを裏切ったりしないわ。貴女がどんな秘密を抱えていようと、私はもう逃げたりなんかしないわ」
私はダリアがどんなに拒絶の意志を示そうと、それすら飲み込むようにダリアを抱きかかえ続ける。
ダリアが吸血鬼であることは分かっている。ダフネもまだ私がその事実を既に知っていることには気が付いていない。でも、ダフネの言葉からダリアの秘密がそれだけではないことが分かる。何より、吸血鬼であるということだけではあの表情に説明がつかない。
ダリアにはまだ何か……私の知らない秘密があるのかもしれない。
でもそんなことは関係ない。私がすべきことは決まっているのだから。
今までの自称などではなく、今度こそ本物の友達になるために。
私はもう、決してダリアを裏切ったりしないと決めたのだ。
私は弱弱しく抵抗するダリアを黙って抱きしめ続ける。
結局私が彼女から離れたのは、私達以外の生徒が教室に来てからのことだった。
???視点
「くそッ! あの小娘!」
言うなればここは敵地。俺の正体が露見してしまえば俺の身の安全は勿論、『闇の帝王』から頂いた偉大な使命すら脅かされることとなる。いくら自室とはいえ、本来ならここですら俺は
だが今はどうしても演技することが出来なかった。腹の底から沸き上がる怒りに頭がどうにかなりそうだ。
それもこれも全て、
「あの小娘! 少し魔力が強いからと調子に乗りやがって! 俺は負けていない! す、少し油断していただけだ! あんな小娘が『闇の帝王』の右腕になるなんてどうかしている!」
全てダリア・マルフォイのせいだ。
思い出しただけで腸が煮えくり返る。……多少奴の杖捌きが速く、魔法力が強いことは認めよう。だが俺があいつにあんないいようにやられたのは、あいつをただの小娘だと侮っていたからだ。あの父親から解放された後、俺に命令を下さった帝王が、
『ホグワーツには俺様の右腕となるであろう
そんなことを仰っていたのだが、それでも俺は見た目に騙されていただけだ。次があるとすれば、俺の方が勝つに決まっている。俺の方が帝王の右腕に相応しいに決まっているのだ。
断じてあのように家族を傷つけられた
正直に言えばあんな小娘、今回のことで退学にしてしまいたかった。あの瞬間、怒りのせいで一瞬演技を忘れそうになったのだ。退学にしてしまえば少しは留飲を下げることが出来る上、あの忌々しい小娘を少なくとも
しかし結局それは叶わなかった。ダンブルドアが余計なことを言いだしたために……。挙句の果てに裏切り者であるスネイプまで、あいつに大した罰を与えはしなかった。俺が
「くそッ! マルフォイ家のくせに! 帝王を裏切った愚か者のくせに! 絶対に、絶対に許さんからな!」
一向に収まらない怒りを発散させながら思考を巡らせる。
今回の件で、ダンブルドアにああ言われた以上俺があの小娘に出来ることなどない。ならば作戦を変えよう。闇の帝王の仰っていた通り、あの小娘を徹底的に使い倒してやるのだ。勿論奴の功績になるようなことはしない。幸い退学にこそしなかったものの、ダンブルドアがあの小娘に警戒心を抱いているのは間違いない。赴任初日に小娘に対する
そしてそれを徹底的に
「あいつが本当は無能であることを示すのだ。いや、無能であることにするのだ。あわよくばあいつを殺して……。あぁ、それがいい。それがいいぞ。帝王の部下に無能はいらない。帝王の右腕は、俺だけで十分だ……」
俺の方が優れていることを示すのだ。あわよくば消してさえ……。
俺はそこまで思考を巡らし、僅かに収まった怒りを更に抑えこむように……
次回『許されざる呪文』。感想お待ちしています。