ハリー・ポッターと帝王のホムンクルス 作:オリゴデンドロサイト
ダリア視点
『闇祓い』とは魔法省における治安部隊のような役職だ。
その任務内容は多岐にわたり、闇の魔法使いを捕まえたり、また彼等から要人、はたまた一般人を守ることが彼等には求められる。いずれにしろ並みの実力ではすぐに命を落とす過酷な職場だ。人気がある職業とはいえ、その職に就ける程の実力を有する魔法使いはそう多くない。
だがそんな中でも、ルーピン先生なら恐らくそんな厳しい職務でも全うすることが出来る。そう私は確信していた。
自己評価が低い先生ではあったが、その実この学校でも有数の実力を備えている人物だっただろう。あんなにいい先生が、狼人間であるというだけでこのまま世間に低く評価されたままでいいはずがない。対処可能な狼人間と、私のような怪物は違う。あれ程お世話になった私が、先生の不幸を見過ごしていいはずがないのだ。
……しかし正直な話、私が『闇祓い』という職業がそこまで好きかといえば、そこまで好きではなかった。無論彼らの職務が必要なことは百も承知だ。彼らは彼等で優秀であり、魔法省の職務にただ
そしてその認識は今でも変わらない。ルーピン先生の最も輝ける仕事は何かと考えた結果、先生は『闇の魔術に対する防衛術』の教師であったことから『闇祓い』を勧めただけ。『闇祓い』の中でもルーピン先生が特別なだけだ。
そう、私はたとえルーピン先生に勧めようとも、『闇祓い』のことがそこまで好きなわけではない。とりわけ……
「本当に厄介な人物を城に招き入れましたね、あの老害は……。私への牽制のつもりでしょうか? ……いえ、それは流石に考えすぎですね。私まで被害妄想に取りつかれてどうするというのですか」
昨日この学校に赴任した、アラスター・ムーディという人物は。
彼はおそらく『闇祓い』の中で最も有名な人物と言えるだろう。かつての闇の帝王との戦いにおいて、片目、片足、鼻の一部を失いながらも多くの闇の魔法使いを捕まえた。闇の帝王を倒したポッター、そして帝王すら恐れたダンブルドアを除けば、彼こそが闇の勢力との戦いの最大の功労者なのだ。そしてそれは彼が闇祓いを引退してからも変わらない。彼は
つまり彼、アラスター・ムーディはお父様の、マルフォイ家の……私の敵で間違いなかった。
彼と顔を合わせたことがあったわけでも、ましてや言葉を交わしたわけでもない。しかし彼の経歴を見れば、彼が私の敵であることは疑いようのない事実だった。
今年のことを考えると不安で仕方がない。去年との落差があまりにも激しすぎるのだ。しかもそれが実力面での落差であればそれなりに我慢できた。こう言っては何だが、ロックハートという最底辺を知ってしまっていることからある程度の耐性は出来ている。だが去年の様にそれなりに胸襟を開いて話ができる人物がいたというのは、やはりどこか私の精神を弱くしていたのだろう。ルーピン先生にだって決して警戒感を捨てきってはいなかったというのに、いつも以上に……それこそダンブルドア以上に警戒しなければならない相手の登場に不安感を禁じ得ない。
でも、それでも、
「……大丈夫。私はいつも通りに行動すればいい。今までだって、それこそスネイプ先生にだって出来たんです。たとえ『闇祓い』が教師になろうと、何も変わりはしない」
私はやり遂げるしかないのだ。
ホグワーツ初日の朝。スリザリン寮は湖の底にあるが、水底からでも外の天気が晴れやかなことが分かる。私は晴れやかな天気とは裏腹に、どこか憂鬱な気分を抱えながらベッドから身を起こした。
そしてまだ横で寝息を立てるダフネの顔を見て、私は僅かに笑顔を取り戻してから自身に言い聞かせる。
私は何をここまで恐れているのだろうか。私の秘密を守るため、適切な距離を保てばいいだけだ。つまりいつも通り。大丈夫だ。たとえ『闇祓い』とはいえ、ただ教師に赴任しただけに過ぎない。ダンブルドアだって、私を疑いはすれ一昨年以外は積極的に私に介入してくるようなことは無かった。多少疑いの目を向けられようとも、それらをすべて無視していればいい。寧ろ奴の実力だけは本物なのだ。相手が教師である以上、私にだって魔法を教える義務がある。ならば奴の力を吸収し、より将来マルフォイ家の力になれるように頑張らねば。
そう自分を奮い立たせた私は、
「ほら、ダフネ。起きてください」
「……も、もう朝?」
幸せそうな寝顔を断腸の思いで起こしたのだった。
……奴がそんな甘い相手でないことに気付いたのは、この日の午後のことだった。
ハリー視点
『三大魔法学校対抗試合』の発表に、今までとは一線を画す容姿の新任教師。
いずれも一夜では到底忘れられないようなセンセーショナルな出来事だった。それは一夜明けた大広間の様子からでも窺い知ることが出来る。皆未だに興奮した様子で三校対抗試合や教師について話しており、
「年齢対策はダンブルドア自身がやるって言ってたし、それに審査員もつくって言ってたな。一体どんな対策をするつもりなんだろうな」
「知ったことか! 要するにダンブルドアの魔法を掻い潜ればいいんだ! こんなチャンスはまたとないんだ! 絶対に代表選手の座を手に入れてみせる!」
「しかしあの新任教師! まさかマッド-アイとはな。相当狂ってるって話だが、どんな授業をするんだろうな」
朝食の席のあちらこちらから大声が響き渡っていた。フレッドとジョージに至っては既にグリフィンドール寮の席の端っこで、『老け薬』なる怪しい薬について話し合っている。
しかしそんな中で一人だけ様子が違う人物がいた。僕やロンすら皆と同じくいかに試合に参加するか、優勝すればどれ程素晴らしいかという話で盛り上がっている中、
……どうやら奴隷労働に対する断食ストライキは止めにしたらしい。ロンが今まさにバターの塗りたくられたトーストを食べる
「おや、ハーマイオニー。もう抗議するのは止めたのかい? そりゃ腹も減ったしな。無駄なことは止めた方がいいよ」
あのまま食事を拒否して餓死するのではと心配していたこともあるが、あんなに頑なだったのに一夜で態度を変えた彼女を少し揶揄っているのだろう。ロンの言葉の端々に安堵と揶揄が含まれている気がする。しかしそんなロンの言葉に頓着することなく、ハーマイオニーは毅然とした態度で言い放った。
「お腹が減ったから食べているのではないわ。私、しもべ妖精の権利を主張するのにもっといい方法を思いついたのよ」
そしてそう言った切り、やはり彼女は周りの話題に最後まで参加することなく食事を摂り終えると、
「さて、では私は先に行くわ。確か午前の授業は『魔法生物飼育学』だったわね。準備しなくちゃ。……それに、授業終わりにダリアとダフネに
そんなとんでもないことを言い始めたのだった。しかも僕らが何か言う前に、さっさとスリザリン席を目指して歩き出してしまう。
入学時から行動力がある且つ、一度集中すれば周りのことなど視界に入らなくなる女の子だと思っていたけど、今日は特に周りの様子が目に入っていないらしい。一体何をダリア・マルフォイなんかに相談するのか知らないが、本当に彼女のあの信頼感は一体どこからくるのだろうか……。
僕とロンはスリザリン席に果敢に挑み、
「なんであんたみたいな『穢れた血』がスリザリンの席に来てるのよ! どこかに行きなさいよ!」
「貴女に用なんてないわよ、パーキンソン!」
案の定パンジー・パーキンソン達から追い返されているハーマイオニーを見やりながら呟く。
「……今年も気が抜けそうにないね」
「……うん、そうだね。僕等がしっかりしないと。まったく、ハーマイオニーの奴も懲りないな」
僕らの心配をよそに、ハーマイオニーはただ二三言ダリア・マルフォイ達と交わしただけで大広間を去っていく。しかも追い返されたというのに、どこか晴れやかな表情のおまけつきで。僕とロンは優秀だけどどこか能天気な様子のハーマイオニーに小さなため息を吐いたのだった。
こうしてホグワーツ初日の朝が始まった。
そう、たった一日だというのに、どこまでもイベント盛りだくさんの一日が。
ダフネ視点
ホグワーツ4年目にして最初の授業。ホグワーツに入学してから数年間、振り返れば色々な出来事があったと思う。ダリアとの友情に、ハーマイオニーとの和解。本当に色々あった。でもそんな色々なことがあった中でも、ホグワーツに来たこと自体を後悔したことはそこまで多くないだろう。特にここの授業については本当に素晴らしいものが多いと思う。『闇の魔術に対する防衛術』は例外的に去年以外はゴミだったけど、その他の課目はとても素晴らしいものだった。
そう、私はホグワーツの授業で後悔した事はほとんどない。そのはずだった……なのに、
「……ねぇ、ドラコ。私、今初めてこの学校に入学したことを後悔しているよ」
「……ほう、奇遇だな。僕もだ」
私とドラコは、今猛烈な後悔を感じていた。
ハーマイオニーからのお願いを聞いた後私はダリアと別れ、ドラコと共に『魔法生物飼育学』の授業に来たわけだが……記念すべき4年目初の授業で扱われる生き物がとんでもない物だったのだ。
今私達生徒の目の前には、無数の化け物が蠢いている。殻から剥かれた奇形のイセエビの様な姿。青白いヌメヌメした胴体からは勝手気ままに足が生えており、時折尻尾らしきものからは火花が飛び散っている。どう考えても真面な生き物であるはずがない。
そんな化け物の威容に絶句している生徒達を他所に、今年も引き続き教師を務めている森番が嬉しそうな大声を上げた。
「どうだ! 素晴らしかろう!? これは今孵ったばかりの『尻尾爆発スクリュート』だ! まだまだ生まれたばかりの生き物だからな! まだ分からんことも多い! 今年の授業は、こいつをお前さんらが自分達で育てるものにしようと思うちょる!」
今日どころか、今年一年の授業が絶望的なものになった瞬間だった。流石にこれには如何に森番を擁護しているグリフィンドール生も絶句している。しかも、
「……お言葉ですけどね、それに何の意味があるっていうんですかね?」
ドラコがいつものように森番を揶揄しても、ポッターをはじめとしたグリフィンドール勢が何も言わないことから事態はかなり深刻だ。
そんな中森番は一瞬だけ黙った後、ぶっきらぼうにドラコに応える。
「……マルフォイ。そいつは次の授業だ。今日は皆で餌をやるだけだ。さぁ、皆色々試してくれ。今の所、これを孵した俺にもこいつらが何を食べるか分からん。色々用意したから、全部ち~っとずつ試してみろ」
こうして、今年一年ずっと続く絶望的な時間が始まった。
そして短いようで、体感的には絶望的に長かった午前が終わった頃には、私達は全員憔悴しきった顔に変わっていた。
結局色々試してみたが、私達に分かったことはあの『尻尾爆発スクリュート』に針を持つ個体がいること、そして針を持っていない個体にも血を吸うための吸盤があるということだけだった。意外と変わったものが好き且つ、ああいう見るからに危険な生き物が好きなダリアあたりは気に入るような気もするが、実際に血を吸われる私達が好きになれるはずがない。何しろ彼らが一番好んだ餌は私達の指なのだから。
全員が暗い表情を浮かべ押し黙る中、ドラコがどこか絶望に満ちた声音を上げる。
「……いよいよ何故僕らがあんなものを育てないといけないのか分からなくなってきたよ。火傷させて、刺して、噛みつく。あの見た目だ。ペットにもなりはしない。……ダリアは何と言うか分からないがな。とりあえず、僕らの怪我は早く治しておこう」
もはや答える元気もない。いつの間にか私の隣に移動していたハーマイオニーも、
「……今すぐ殺すべきだわ。大きくなって私達を襲いだす前に」
そんなことをポツリと呟いていたのだった。森番を唯一擁護出来るだろう彼女がそう言うのだからもはやどうしようもない。
……しかしハーマイオニーの話はそれで終わりではなかった。こそこそと私に近づいてきた段階で分かっていたことであるが、彼女は私に用があるのだろう。もはや森番の授業などどうでもいいと言わんばかりに私に話しかけてくる。
「ダフネ、朝食の時のお願いを覚えてる?」
彼女が口にしたのは今朝の出来事のことだった。私はまめな性格の友人に苦笑しつつ応える。
「うん、覚えてるよ。何か相談事があるんでしょう? あの時はパンジー達に邪魔されたから待ち合わせの話しか出来なかったけど、昼食が終わり次第大広間横の倉庫に行けばいいんだよね?」
「そうね、ダリアと一緒に。お願いね」
周りの邪魔が入らないようにするためなのか、彼女の声は極々小さな声だった。そうでなければ朝の様にスリザリン生や、
「……ねぇ、ハーマイオニー。またグリーングラスなんかと何の話をしてるんだい?」
「またそうやって……。ハーマイオニー、朝もそうだったじゃないか。君はどうしていつも、」
彼女のお節介な友人達に邪魔されると思ったのだろう。その判断は間違っていなかった。私がハーマイオニーを襲うとでも思っている様子のポッター達が、私と彼女が話しているのを見つけてすかさず邪魔してくる。しかし確認だけが目的であった彼女は、ポッターに続いて何か言いかけたウィーズリーを遮って、
「何でもないわ! じゃあダフネ、そういうことでお願いね! 私は先に行くわね! ほら、ハリー、ロン。早く昼食を摂りに行きましょう! 私、もうお腹がペコペコなの!」
サッサと城に歩き始めてしまったのだった。
ハーマイオニーが去り、彼女に続くようにポッター達が去った後、未だに授業の疲労感でいっぱいいっぱいの様子のドラコが呟く。
「……
そして数秒沈黙した後、やはりどこか絞り出すように小さな声で呟いたのだった。
「……今日の昼だけは、僕が
ハーマイオニー視点
昼食を摂り終えた私は一人大広間横の倉庫の扉を開ける。中には二人の人物。ダリアとダフネが既に適当な椅子に腰かけ、どこか寛いだ様子で談笑していた。
私は自分が彼女達を誘ったというのに、自身が遅れてしまったのだ。
私は慌てて扉を閉めながら話しかける。
「ごめんなさい! ちょっと二人を引き離すのに手間取ってしまって! ドラコ達が二人に話しかけてきたから何とかなったけど……今は関係ないわね。ごめんなさい、待たせてしまったわ!」
しかし私の言葉に特に気にした様子もなく、相変わらず表情の読めないダリアの横にいたダフネが明るい口調で答えた。
「いや、いいよ。私達もさっき来たところだから。そうだよね、ダリア」
「……えぇ。ダフネの言う通り、私達も今来たところです。ただ何故私が貴女の相談に、」
「ほら、ダリアもこう言ってるから大丈夫! でも、確かに今回は
ダフネの優しい気遣いに、私は少しだけ涙が出そうになりながら答える。
「ええ、確かにそうね。次からは少し方法を考えるわ。……ありがとう、ダフネ。……ダリアも」
確かにいつもそうだけど、ハリー達はダリア達……特にドラコが一緒にいる時には必ず喧嘩を引き起こしている。ドラコはともかく、出来ればハリー達にもダリアやダフネと仲良くしてほしいけど……今は時期尚早なのかもしれない。ダリア達の気分を害さないためにも、しばらくはハリー達の前で彼女達と予定を作るのは止めておこう。
そしてそう私が決意していると、今度はダリアが声を上げた。
「……それで、そろそろ何故ダフネだけではなく、私までここに呼ばれたのか教えて頂いてもよろしいですか? 私としてははやくお兄様の所に行きたいのですが……」
ダリアの表情同様無表情の声音に、ハリー達がいなくとも私がこうしてグズグズしていれば結果は同じだと覚り、私は気を取り直して本題に突入した。
「そ、そうね。お昼時間も有限だものね。早速本題に入らせてもらうのだけど……ねぇ、ダリア、ダフネ。しもべ妖精の扱いについて、貴女達はどう思う?」
我ながら何の脈絡もない話だとは思う。突然湧いて出た『屋敷しもべ妖精』の話。案の定二人……正確にはダフネは訝し気な表情に変わっている。ダリアも表情こそ無表情のままだけど、雰囲気はどこか戸惑ったものに変わっていた。
そんな彼女達に私は続ける。
「私はね……どう考えてもおかしいと思うの。貴女達も見たでしょう? あのクラウチとかいう役人が、ウィンキーにどんな態度で接していたか。しかも他の役人もあの態度に何の文句も言わなかった。魔法界ではあれがしもべ妖精に対する態度としては一般的ということよ。彼らにだって考えや心があるというのに……まるで物みたいに。こんなことは絶対におかしいわ。だから変えなくちゃいけないと思うの。マグル生まれである私が……。それでこれからどうすればいいのか、二人にも是非とも聞いてほしいの」
倉庫が一瞬奇妙な沈黙で満たされる。でもそれはこんな突拍子のない話でも、ダリア達が真剣に考えてくれている所作でもあった。ロン達に話してもただ一笑に付されるだけだろう。
その証拠にまずダリアが静かに、何の嘲りも含まれていない声を上げる。しかし、
「貴女の考えは解りました。確かに
最初の質問は少しだけ私には答えにくいものだった。
彼女の前で、果たして
でもそんな逡巡を感じ取ったのか、ダフネが、
「あぁ、成程。そういうことか……。そう言えば
何か小さく呟いた後、あっさりとその名前を口にしたのだった。
「ダリア、多分だけど……ハーマイオニーは
「成程。そういうことですか」
……確かにダフネの言葉通りなのだけど、こんなにあっさりと話していいものなのだろうか。
『秘密の部屋』から帰還した後、ハリーの工作のせいでダリアはドビーと別れねばならなくなった。あの時のダリアは激怒していたし、本当に別れる時となると私でも分かる程の悲しい表情を浮かべていた。きっと彼女にとって、あの時の出来事はトラウマになっているはずだと私は悩んで……いたわけだけど、何だかダリアの反応は酷くあっさりしたものだった。勿論少しだけ悲しそうな無表情にはなっているけど、私が予想していた程激烈なものではない。これは一体どういうことだろうか。
そんな私の疑問に、またもやダフネがあっさりとした口調で応えた。
「そう言えばハーマイオニーには言っていなかったね。実はドビー……今はこのホグワーツで働いているみたいなんだよ。確かに彼はもうマルフォイ家のしもべ妖精ではなくなったけど、彼は決してダリアの家族でなくなったわけではない。その証拠に今もダリアの食事はドビーが作っているみたいだよ。どこに厨房があるか分からないから、まぁ会ってはいないんだけどね。……だから貴女がそこまで気に病む必要はないよ。そうでしょぅ、ダリア?」
「えぇ……。それに、ドビーを捨てようとしたのは私自身です。きっかけはポッターだったかもしれませんが、最後にそれを後押ししたのは私です。あの場にいただけの貴女が、最初から気にする必要などないことです。……そんなことを気にしていたのですか?」
それはとても嬉しいニュースだった。今まで小骨の様に引っかかっていた何かが、ようやく外れたようなスッキリとした気分になる。私達がダリアとドビーをバラバラにしてしまったと思っていたのに、実は私が知らなかっただけでドビーは決してダリアの元を去ってはいなかった。その事実が私には無性に嬉しく、気が付けば目から自然と涙が零れ落ちていた。
しかし今その話をしている時間はない。私はただそっと涙を拭うと、突然涙を流し始めた私に驚く二人に続けた。
「ダフネの言う通りよ。……私はウィンキーを見るまで、しもべ妖精をドビーしか見たことなかったの。彼はダリアを本当に親しく思っていて、ダリアも彼を本当の家族だと思っているように、私には見えたわ」
「その通りです。彼は誰が何と言おうと、私の掛け替えのない家族です」
「そうね。だからこそ、それが私には普通の関係だと思ったの。でも違った。貴女とドビーの関係は、魔法界においては一般的なものではなかったのよ。……彼らにだって心があるのに、それを踏みにじるようなことをして。私は変えなくてはいけないと思ったわ。こんなこと、いつまでも……今までがそうだったからという理由で許されていいはずがないわ。でも私だけで魔法界を変えるなんて到底無理。だから仲間が必要だと思って、まず絶対にしもべ妖精を大切に扱っている……ううん、私が
そして私は懐から一枚の羊皮紙を取り出すと、それを彼女達にも見えるような位置にかざす。それは私が昨夜徹夜で書いたものだった。そしてその一番上に、
「S・P・E・W?」
今回二人に一番見てもらいたかったものが書かれていた。
「そう、『S・P・E・W』。エスは協会、ピーは振興、イーはしもべ妖精、ダブリューは福祉の頭文字よ。つまりしもべ妖精福祉振興協会のことよ。昨日私が作ったの」
私は湧き上がる情熱に従い続ける。
「この会の短期目標は、まず酷い扱いを受けているしもべ妖精の保護。そしてしもべ妖精の正当な報酬と労働条件を確保することよ。長期目標としては、これをしもべ妖精だけではなく、他の魔法生物にも適応すること。あの時の役人が言ってたような、魔法生物の杖の使用禁止を撤廃させるわ。考えや心がある生き物を私達と同じ土台に乗せる。どうかしら!?」
しかし二人の反応は何とも微妙なものだった。まずダフネは、
「……うん、その長期目標については私も全面的に同意かな。魔法生物の杖使用禁止なんて、馬鹿馬鹿しくて目も当てられないからね。でも短期の後半は……ちょっとどうだろう?」
ダリアの方をチラチラと伺いながら、私の長期目標のみに賛成していた。
ダリアが
そしてダリアの方と言えば、
「……」
ただ何も言わず、どこか思案する仕草をしながら押し黙っていた。彼女にとってもこれが全面的に支持できるものでないことは確かだった。
そしてやはり静かな口調で、彼女はこちらに質問を投げかけてきたのだ。
「私も長期目標については大変すばらしいものだと思います。そしてほぼ虐待同然のしもべ妖精を保護することも賛成です。しかし……。一つグレンジャーさんに質問なのですが、貴女はしもべ妖精と話したことがありますか?」
「……いいえ、私が話したことがあるのはウィンキーだけよ。それも数秒だけだったから、話したことがあるとはあまり言えないわね」
「そうですか……成程」
そう言ったきり、彼女は再びどこか考え込むように押し黙ってしまう。一体何が彼女達の反対にあっているのか分からない私は、少しドギマギした気持ちでダリアの言葉を待つ。
でも再び彼女が話し始めた言葉は、
「……貴女のお願いは、この『S・P・E・W』に参加してほしいということですか?」
「え、えぇ、そうよ」
「分かりました。私もこの会に参加してもいいと思いました。貸せるのは名前くらいですが、微力ながら力になりたいと思います。ダフネはどうされますか?」
「ダリアが参加するなら私も参加するよ」
態度とは裏腹に、賛成のものでしかなかった。私は少し訝しみながら尋ねる。
「……いいの? ダフネもそうだけど、あまり全面的に賛成してくれているようには見えないのだけど」
でもやはり彼女の答えは相変わらずだった。しかも、
「まぁ、細かいことで少々……。ですがそれも、おそらく貴女が活動している内に是正されるでしょう。今言っても
そんな聞いていてこちらが恥ずかしくなるような言葉つきで。そんなことを言われてしまえば、私は何も言えなくなるではないか。ダフネもどこか生暖かい視線で私とダリアを眺めている。私は私で顔が随分赤くなっていることだろう。
そしてその反応で自身がどんなことを言ったかに気が付いただろうダリアは、どこか気まずそうな無表情に変わり、
「……ま、まぁ、貴女がどんな方であろうと、私には関係ありませんが」
やはりいつも通り、最後に私を拒絶する言葉で締めくくったのだった。
私はこの時思った。
ダリアは私のことを優しい人間だと言うけれど、本当に優しいのはこの子の方だ。
ダフネとダリア。スリザリンでありながら、どこまでも優しい心を持つ少女達。優しい人間というのは、本当は彼女達を指す言葉に間違いなかった。
だからこそだろう。……私はこのすぐ後で起こった出来事に、余計に心が痛くなったのは。
ドラコ視点
話題は何でも良かったのだ。
ただポッターとウィーズリーの注意を引きつけられれば良かった。二匹がグレンジャーの不在を気にしないように……ダリアが新しい友人候補と穏やかな時間を過ごせればいい。
当初の僕の願いはただそれだけだった。
だから、
『ねぇ、ドラコ! さっきこんな記事が届いたわ! ここにほら、あのウィーズリーの父親のことが書かれているわよ!』
パンジーが持ってきた記事は渡りに船だと思ったのだ。
それからの行動は早かった。パンジーが記事を持ってきた時には既にダリアとダフネは食事を摂り終わっており、グリフィンドールの席を見ればグレンジャーももう席を立ちかけている。
僕は一も二もなく立ち上がると、
「ダリア。先に約束の場所に行ってろ。ダフネと二人でな。僕は少しポッター達に用がある」
「……分かりました。お兄様、喧嘩は程々に」
ダリアに一言声をかけ、作戦を実行に移すのだった。
その記事で相手がどういう反応を示すかなど考えもせずに……。
僕はスリザリンの連中を引き連れながら、ちょうど食事を摂り終わり、ポッター達に纏わりつかれながら歩き始めるグレンジャーに近づいた。
丁度玄関ホールに出たグレンジャーとポッター達の間に割り込む様な形で。
「ウィーズリー! おい、これを見ろよ!」
僕は手元にある記事をウィーズリーに見せつける様な形で掲げる。こうすれば記事の内容から、ウィーズリーは僕を無視することは出来ない。
そしてその作戦は功を奏した。グレンジャーはダリア達との約束に遅れるわけにはいかないと思いつつ、だが同時にポッター達も連れていくわけにはいかないと思っていたのだろう。これは都合がいいと思ったのか、ポッター達を少し心配そうに見やりながらもイソイソとその場を離れていく。これでダリアとダフネ、そしてグレンジャーとの時間に邪魔が入ることは無い。
正直この時点で僕の行動目的はほぼ完遂していた。しかしこのまま何もせずに引き下がるのも格好が悪い上、放っておけばこいつらが再びグレンジャーを探し始める可能性もあるため、僕はそのまま記事の内容をウィーズリーに見せ続けた。
「……マルフォイ、一体何の用だ?」
「なに、お前の父親が新聞に載っているから、是非お前にも見せてやろうと思ってな!」
僕はウィーズリーだけではなく、隣にいるポッターは勿論、この場にいる全員に聞こえるように記事を読み上げる。
ウィーズリーの父親が昨日マッド-アイ・ムーディの件で魔法省に赴き、彼をほぼ無罪放免で解放させたこと。マッド-アイは明らかに被害妄想に侵されており、今後も世間に迷惑をかける可能性があるにも関わらず、アーサー・ウィーズリーはそれを一顧だにしない愚かな判断をしたのだと。しかも記事の写真にはウィーズリーの母親の写真も掲載されており、家らしき物の前で記者を追い払おうと躍起になっていた。
僕はアーサー・ウィーズリーを扱き下ろす記事を読み終えると、目の前で怒りに震えるウィーズリーに話しかけた。
「この写真に写っているのは君の家かい? そこらの犬小屋の方がよっぽどマシなつくりをしているだろうさ! それに君の母親は少し減量した方がいいと思うぞ!」
この時点で僕の意識の中にダリアのことはほとんど残っていなかった。僕の役目はこいつらの意識をここに縛り付けることだけ。それはただこうしてウィーズリー達を扱き下ろしておくだけで事足りる。
だから僕はこうして、ただ日頃のダリアに向けられる忌々しい視線に対する鬱憤を晴らすように揶揄し続けたのだ。
しかし次の瞬間、
「失せろよ、マルフォイ」
「いいや、まだだね。そうだポッター。そう言えばお前も夏休みの間この連中の家に泊ったんだろう? それなら教えてくれよ。ウィーズリーの母親はこんなにデブなのかい?」
「そう言うお前の母親はどうなんだ、マルフォイ」
ポッターの思わぬ反撃に頭が真っ白になる。
僕は今まで自身が相手の母親を馬鹿にしていたというのに、一瞬で頭の中が怒りで一杯になったのだ。
こいつは僕とダリアをあんなに愛してくれる母上を馬鹿にした。
そんな怒りの感情に支配された僕にポッターの言葉は続く。
「僕もクィディッチ・ワールドカップの時、君の母親を見たぞ。なんだあの表情は? まるで臭いものでも嗅いでいるような表情をして。君の母親は鼻の下に糞でもつけているのか? お前の妹と顔立ちはあまり似ていないけど、表情だけは同じくらい、」
僕が我慢できたのはそこまでだった。僕は気が付けば杖を抜き去り、突然の行動にまだ何も出来ていないポッターに呪文を放とうとする。
でも、
「卑怯者! そんなこと許さんぞ!」
それが叶うことは無かった。
辺りに大声が響いたと思った瞬間僕は杖を取り落とし、いつの間にか視点が酷く
一体何が起こったんだ?
当惑する僕を他所に、静まり返った玄関ホールにコツッ、コツッという音が鳴り響く。音の方を見上げれば、そこには昨日ホグワーツに赴任したばかりの、そして先程の記事に載っていたマッド-アイ・ムーディがいた。そして奴はポッターの隣まで来ると、両の目で僕を見下げながらポッターに声をかけた。
「やられたかね?」
「い、いいえ。先生」
事態に頭が付いてこない。一体何が起こったというのだろうか。何故、僕の目線はこんなに
その疑問は次の瞬間氷解することになる。
僕は最初、自分はただ地面に倒れ伏しているだけなのだと思った。でも僕が立ち上がろうとした瞬間、それは起こった。
「逃がさんぞ! この卑怯者め! 相手が杖を構えていないにもかかわらず襲うとは、下劣極まりない! その根性を叩きなおしてやる!」
ムーディが突然そう叫んだかと思うと僕に杖を構え、僕を上下に魔法で跳ね上がらせ始めたのだ。何度も地面に叩きつけ、その反動でまた宙に浮かばせてはまた地面に叩きつける。
その酷い激痛に襲われる僕が見たものは、とても短くなり、更には白い毛で覆われた僕の四肢だった。
僕は何か違う生き物に変身させられていたのだ。
しかしその事実に気が付いたとしても、僕の置かれている状況に変わりがあるわけではない。
変身させられている僕が地面に何度も打ち付けられている光景が楽しいのか、ポッターを含めた周囲から笑い声が聞こえてくる。そしてムーディも、
「この、卑怯者が! 二度と、こんなことを、するな!」
息を僅かに荒げながら行為を止めようとはしなかった。
痛みで思考が混乱している。周りの音が聞こえても、痛みでそれを理解することが出来ずにいる。そんな中で唯一僕が理解できたのは、
「……一体何をしているのですか?」
僕の世界で一番大切な人物の声以外になかった。
その声が聞こえてきた瞬間、玄関ホールにあった全ての音が消え去る。
あれ程響いていた笑い声も消え、僕を打ち付けていたムーディを含めた全員が大広間横の倉庫の方に振り返っている。
そこには……
「
戸惑ったように立ち尽くすダフネとグレンジャー。そして彼女達に見つめられる、いつもの綺麗な薄い金色の瞳をまるで血の様な不吉な赤色に変えたダリアが立っていたのだった。