ハリー・ポッターと帝王のホムンクルス 作:オリゴデンドロサイト
ハリー視点
『ああ! 良かった! 本当に良かったわ! 皆無事なのね! あぁ、お前達!』
『い、痛い! ママ、窒息しちゃうよ!』
『あぁ、ごめんなさい、フレッド、ジョージ! お前達にあんなにガミガミ言って! 『例のあの人』がお前達に何かしていたら……母さんが最後にお前達に言った言葉が『O・W・L試験』のことになっていたわ! あぁ、本当に無事でよかった……』
クラウチ氏達から解放され、何とか『隠れ穴』に帰ってきてから数日。最初こそあの鮮烈な出来事を中々忘れることが出来なかったけど、今はすっかり平穏な毎日を取り戻している。
事件直後は、
『あぁ、ダフネやダリアは無事かしら……。あんなことがあって、どれ程ダリアが傷ついているか……。それにウィンキー。そうよ、あのクラウチとかいう役人! あんなのってないわ! ダリア達を疑っただけでは飽き足らず、あんな風にしもべ妖精を扱うのだから! まるで奴隷よ! 最後には何だか全部有耶無耶にしようとするし……。本当に信じられないわ!」
いつもの発作を発症していたハーマイオニーも、今ではすっかり落ち着きを取り戻している。
顔を真っ青にして僕達を迎え、自分の息子達を絞殺せん勢いで抱きしめていたウィーズリーおばさんも、
『ほら、フレッドとジョージ! またそんなものを作って! そんなものを作っている暇があるなら、さっさとホグワーツに行く準備をおし!』
何とかいつも通りの状態に戻っていた。
あんな事件があったなんて、今では信じられないような平穏な日々。変わったことと言えば、事件の影響なのかウィーズリーおじさんがよく魔法省に呼び出されていることくらいだ。あまりに平穏な日常に、事件のことや
そしてそんな日常が過ぎ、遂に、
「ウィーズリーおばさん、色々ありがとうございました。『隠れ穴』での生活は本当に楽しかったです」
「あら、いいのよ、ハリー。私も何だか息子と娘が新しく増えたみたいでとても楽しかったわ。アーサーも見送りに来れたら良かったのだけど、今朝がたマッド・アイのことで魔法省に呼ばれてしまって……。マッド-アイも、
僕の本当の家とさえ思えるホグワーツに帰る日が来たのだった。
仕事の関係でパーシーやウィーズリーおじさんこそ見送りに来なかったけど、それ以外のウィーズリー家のメンバーは勢ぞろいしている。
僕を抱きしめて送り出すウィーズリーおばさんの横から、チャーリーが楽し気に声をかけてくる。
「ハリー、ホグワーツ生活を楽しめよ。あそこは最高の学校だからね。特に今年は……」
何だか含みのある言い方に、僕は思わず聞き返す。
「ん、チャーリー、今年はってどういうこと?」
「今にわかるさ。今言えるのは、多分僕とはまたすぐに会えるだろうってことくらいさ」
しかしチャーリーの返事は曖昧な答えでしかなかった。
曖昧な答えに僕の頭は疑問符だらけになる。しかしそんな合間にも汽車の出発の時間は刻一刻と近づき、
「ハリー! もう汽車が出ちゃうぞ!」
本当に時間切れとなった。
ロンの声に振り返れば、汽車が汽笛を鳴らしながらゆっくりとした動きで走り始めている。僕は慌てて汽車に飛び乗り……ついぞ今年ホグワーツで何があるか知ることはなかったのだった。
僕が今年ホグワーツで起こるイベントのことを知るのは、組み分け後の晩餐会でのことだった。
ダリア視点
「本当に……下らないです」
ホグワーツへ向かう特急の中、私は内心の不機嫌を隠すこともなく手に持っていた日刊予言者新聞を投げ出す。
新聞の見出しには、
『クィディッチ・ワールドカップの恐怖』
というどこか事態の深刻さに似合わない見出しが書かれており、見るものの神経を逆なでしている。
そして内容も、
『魔法省に対する失望が広がっている。クィディッチ・ワールドカップ後に『闇の印』が出現してからしばらく、未だに魔法省の主張は『死人なし。
低俗すぎて読む気にもならないものでしかなかった。事実私は半分も内容を読んでいない。そもそも記者がリータ・スキータだと分かった段階で、私は真面に読むことを放棄していたのだ。事実誰も死んではいない……それこそあれ程何かに追い立てられるように行動していたお父様が、何故か土壇場になってマグル一家を殺さなかったことは事実なのだ。絶対に誰かが死ぬと思っていた私としてはあまりにも拍子抜けな顛末。結局あそこに集まっていた『死喰い人』は……私の予想通り
あとこの新聞に書いてあることといえば、元闇祓いであるアラスター・ムーディが誰かに襲われたと
だからこそ、私のこの苛立ちの原因はこの三文記事などではなく、
「ダリア……気持ちは分るが、少し落ち着け。そう苛立っても……クリスマスに戻れるようになるわけではないんだ」
「そ、そうだよ、ダリア。そ、それにほら! これは二年生のクリスマスを挽回するチャンスだよ! あの時はちょっとした問題があって一緒に過ごせなかったけど、今回は一緒にいられるんだから! しかも盛大なパーティー付きでね!」
人生二度目の家族以外と過ごさねばならないクリスマスにあった。
クィディッチ・ワールドカップから数日。数日間は薄汚い記者連中や闇祓いが屋敷に押しかけてきたが、案の定お父様は何の証拠も残していなかったため騒ぎ自体は数日で収まった。勿論あれだけの騒ぎ且つあれ程多くの人々を恐怖に陥れながらも、蓋を開けてみれば死人どころか、怪我人さえほとんどいなかったのも主な原因だろう。お父様曰く、『闇の印』出現直後にキャンプ場を離脱したことで、マグルを殺す時間がなかったというお話だが……おそらくそんなことはないだろう。そしてお父様のみならず、私まで何人かの闇祓いに目をつけられていたが……それこそ何の証拠もあがるはずがない。このためだけにお父様と別行動し、尚且つグレンジャーさんと一緒にいたのだから。
かくして僅か数日で表面上は平穏な毎日を取り戻した私達マルフォイ家。決して拭い切れない不安を感じてはいるものの、あれだけの騒ぎを起こした以上、お父様とて立て続けに事を起こすわけにはいかない。私も後は大人しく残り少ない夏休みを過ごし、再び家族と過ごすクリスマスを待つのだと……そう思っていた。しかしそんな私に、
『あなた……今年はきちんと、』
『わ、分かっている……。今伝えようと思っていたのだ……。ダ、ダリア。それにドラコ。今年のクリスマスだが……おそらくホグワーツで過ごさねばならなくなる』
突然冷や水を浴びせられるような情報が舞い込むこととなったのだった。
聞けば今年は『
しかし思い返せば思い当たる点はいくつかあった。クリスマスの話題になると妙に歯切れの悪いお父様。逆にいつになく張り切った様子で、私のドレスを発注するお母様。今年に限って何故か必需品に追加されたドレスローブ。一つ一つは小さなものであっても、事実を知ってしまえば簡単なことだ。分かった所で何一つ嬉しくない事実でしかないが。
家族と過ごせないクリスマスなどクリスマスではない。
それに新しいドレスと言っても、折角買って下さったお母様に申し訳ないが、私の体の成長が完全に止まってしまっている以上デザインで勝負するしかない。私は同年代に比べて成長が早い方だと思っていたが、どうやら早くに止まってしまう質でもあったらしい。最終的には同年代の女の子に比べてどこか幼さを残した見た目になってしまった気がする。ダフネはそんな私でも綺麗だと言ってくれてはいるが……そんな状況の中でパーティードレスを楽しみにしろと言われても少しだけ無理があった。
あれから数日経ち、いよいよホグワーツに向かう段になっても気持ちが整理されることはない。少しでも気を抜けばため息が漏れ、行き場のない怒りが次から次へと湧き上がってくる。一昨年の様に
唯一喜べることは、
「……ダフネ。……いえ、そうですね。貴女が一緒なのですから……とても楽しみです」
「うん! いっぱい楽しもうね! 私は今からダリアのドレスが楽しみだよ!」
今度こそダフネとクリスマスを過ごせるということくらいだ。
しかしダフネも楽しみにしているのに、それに私がこれ以上水を差すわけにはいかない。私は隣に座るダフネに無理やり笑顔を作ろうとして、
「ダフネ! それにダリアも! 良かった、貴女達も大丈夫そうで!」
突然コンパートメントに響いた声によって、そちらに振り返らざるを得なくなったのだった。
見ればコンパートメントの入り口には満面の笑顔のグレンジャーさん。そしてその後ろから彼女のボディーガードをするかのように立つ、ポッターとウィーズリーが立っていた。
ハーマイオニー視点
「あのマグルの人達……どうやら無事だったようね。良かったわ……」
私は新聞を丁寧にたたみながら、コンパートメントに窓辺で静かにため息を吐く。ウィーズリーさんの話を信じていなかったわけではないが、こうして新聞に彼らの無事が書いてあれば更に安心することが出来る。勿論新聞の文面自体はマグル達の無事を訝しむものであるが、この新聞は昔からどこか憶測で物を書く傾向にある。マグルが死んだと書いていないということが、真にマグルが死んでいないことの証明でもあった。やはりウィーズリーさんの言っていた通り、『死喰い人』達は闇の印に恐れをなし逃げ去ったのだろう。マグルを傷つける前に……。
良かった。マグルの人達が無事で。誰も死者などいなくて。……ダリアのお父さんが、
ルシウス・マルフォイが許されないことをしたのは間違いない。証拠自体は挙がっていなくとも、彼があの集団に交じっている。それはダリアの反応から明らかだ。
でもそんな中でも……彼は最後の一線だけは踏み越えなかった。人だけは決して殺してはいなかった。
それがダリアにとって……どれ程の救いになることだろうか。優しい彼女がどれほど傷つかずに済むのだろうか。
ダリアの存在に思い至った瞬間、私は無性に彼女の顔が見たくなる。どこまでも美しく、でもまるで成長が止まったかのように少しだけ幼さを残す彼女の顔を。
彼女は無関係な私をいつも気にかけてくれるような優しい少女だ。事件の前だって、どこか不安そうな無表情を、そして私に向かって心配そうな視線を投げかけていた。
そんな彼女の表情が、今は安心しているものに変わっているところを無性に見たくなったのだ。
だから私は、
「少し出てくるわ。そう言えばまだダリアやダフネにお礼を言っていなかったもの。あの日は『闇の印』のせいでお別れも言うことが出来なかったし」
即座に彼女や、彼女の……いや、私の親友に会いに行くことにしたのだった。
しかし案の定、一緒にいたハリー達には私の意図は伝わらなかった。ハリーとロンはギョッとして私の顔を凝視すると、一斉に飛び掛からんばかりの勢いで制止の言葉を口にし始める。
「また何を言っているんだ、ハーマイオニー! あいつの父親は『死喰い人』なんだぞ! ……そりゃ証拠は何もないし、あいつ自身も今回の『闇の印』には関係なさそうだけど。でもそれにしたって、ドラコの口振りでルシウス・マルフォイがあの集団に交じっていたことはほぼ間違いないんだ! なんでダリア・マルフォイの所に君がお礼なんて言いに行かないといけないんだ?」
「そうだよ、ハーマイオニー。それにあの試合からそう日が経っていないんだ。いくら君だって警戒心が、」
でも私の意見は変わらない。私はハリー達の言葉を振り切るようにコンパートメントの出口に向かい、そのまま振り返りながら言う。
「心配してくれてありがとう。でも大丈夫よ。彼女の父親がどんな人だって、彼女は彼女なんだから。それに彼女だけではなく、彼女のコンパートメントにはダフネもいるわ。ダフネは私の友達だから」
そして私はコンパートメントを出てダリア達を探し始めるのだった。後ろには肩をすくめながらも、まるで私を護衛するかの如くついてくるハリーとロン。正直二人にはついてきてほしくはなかったけど、頑固な彼らに今何を言っても無駄だろう。彼等にはダリアが決して私を傷つけることなんてないところを見せればいい。
そう思いながら私は、渋々ながら二人を連れて汽車の中を進み……ほどなくしてそこに辿り着いたのだった。
「……ダフネ。……いえ、そうですね。貴女が一緒なのですから……とても楽しみです」
「うん! いっぱい楽しもうね! 私は今からダリアのドレスが楽しみだよ!」
彼女達の声を、友達である私が聞き逃すはずがない。私は微かに漏れ聞こえてきた声に表情を綻ばせると、その声の発生源に向かって足を進める。そしてそこに特徴的な白銀の髪と友達の柔らかな金髪の髪を認めると、私は勢いのままコンパートメントの扉を開いた。
「ダフネ! ……それにダリアも! 良かった、貴女達も大丈夫そうで!」
久方ぶり……とは言えないけど、試合後初となる再会。『死喰い人』やら『闇の印』のせいで、何だかあの日がとても昔のことのように感じられる。ダフネとは何度か手紙をやり取りはしたが、顔を合わせること自体は全くなかった。私は彼女達と再会できた喜びを一杯に、親友達に声をかけたのだ。
しかし、
「……あぁ、グレンジャーさん。試合後以来ですね。その様子ですと怪我は無さそうですね……。でも……私が無事?」
「こら、ダリア! 前向きに考えるって言ったばかりでしょう!? あぁ、気にしないで、ハーマイオニー! ちょっとダリアは今年のクリスマスでナイーブになっているだけだから」
いつも元気いっぱいなダフネはともかく、ダリアの方はあまり元気のない様子だった。……この際ダリアは勿論、ダフネでさえ後ろのハリー達二人を自然に無視していることは置いておこう。ハリー達が不快気に眉を顰めているのを背中で感じながら、私はダフネに尋ねる。
「えっと、クリスマスって何のことかしら? 今年のクリスマスに何かあるの?」
最初は彼女の父親のことで悩んでいるのかと思ったけど、どうもそういうわけではないらしい。
私の質問に答えたのは、今まで成り行きを見守っていたドラコだった。……完全に私の疑問を晴らす答えではなかったけど。彼は、
『え? 知らないの?』
と言わんばかりの表情を浮かべているダフネ達の代わりに声を上げる。
「グレンジャー、お前……。まさか知らないのか? 今年のクリスマスは全員参加のダンスパーティーだ。……今年は
彼の教えてくれようとしてくれているのか、私をただ揶揄いたいのかよく分からない返答。私にはドラコが何が言いたのかさっぱり理解出来ない。
そして理解出来なかったのはどうやら私だけではなかったらしく、私の後ろで怒りを募らせていたロンが喧嘩腰に尋ねた。
「おい、ドラコ。何が言いたいんだ? 言いたいことがあるならハッキリ言え! 試合の時みたいに、ハーマイオニーをただ馬鹿にしたいだけなら承知しないぞ!」
あぁ、いつもの喧嘩が始まった……と思った時には時すでに遅く、ドラコも先程までなかった蔑みを感じさせる表情を浮かべながらロンに応じた。
「おや? その様子だとウィーズリー、君も知らないのか? 君の父親は魔法省の役人だろうに。しかし、まあ、それも仕方がないことかもしれないな。僕達の父上はいつも魔法省の高官と付き合っているが、君の父親はただの下っ端役人だ。……今回のクィディッチ・ワールドカップでのことで、更に降格されるんじゃないか? なんせ意気揚々と『死喰い人』に突っかかった割には何の成果も得られなかったらしいしな。マグル三匹を助けたくらいか? そんなことは何の成果にもなりはしない。そんな無能だから、君の父親には誰も重要事項を話さないんだ」
今度こそ明らかにこちらを馬鹿にしたような声音。見ればロンは勿論、ハリーでさえその表情を怒りに歪めて、放っておけばドラコに飛び掛かりそうな様子だった。私はここに二人を連れて来ればダリアとダフネはいざ知らず、ドラコとはこのような化学反応を起こすことは自明だったと悔やみながら即座に声を上げた。
「ロン、ハリー! 落ち着きなさい! それにドラコ、そうやってすぐに喧嘩を売るのは貴方の悪い癖よ!」
「……なんで僕がお前にそんなことを言われないといけないんだ? 僕は事実を言った、」
「とにかく! ダリアとダフネが無事でよかったわ! 今年何があるにせよ、もうすぐ分かることなんだから私達はもう戻るわ! ではダフネ、ダリア、また後でね!」
私としてはもう少しここにいたかったし、ダリアが何故あんな風にクリスマスについて悩んでいるのか友達として知りたかったけど……これ以上ここに居れば更にダリアとダフネを困らせてしまうことになる。そう思った私は少しだけ名残惜しい感情を感じながらも、今にも杖を抜き放ちそうな勢いの二人を引っ張り、元居たコンパートメントに足を進めたのだった。
ダリア視点
途中私とダフネやお兄様との交流を妨げる余計な
そして汽車を降り、去年同様見えない馬に引かれた馬車に乗り込むと、私達は一路ホグワーツ城に向かって進む。その道すがらには、去年の様に『吸魂鬼』がいることもない。未だにシリウス・ブラックが捕まったわけではないが、一年以上アズカバンの牢番をここに置いておくわけにはいかないと判断されたのだろう。お蔭で私のつたない『守護霊の呪文』を披露する必要もなさそうだ。
羽の生えた彫像が両脇に並ぶ校門を通り過ぎ、馬車は数メートル先すら窺えない土砂降りの中を悠々と進んでいく。そして正面玄関の前で止まった馬車から降りた生徒達は、ずぶ濡れになりながらも巨大な樫の扉を潜り城の中に入っていくのだった。
しかしこんな所で濡れてしまえば、お兄様とダフネが風邪をひいてしまう。私がそんなことを許すはずもなく、
「お兄様、ダフネ。少しお待ちください。『インパービアス、防水せよ』。はい、これで大丈夫です」
「ありがとう、ダリア!」
生徒達の中で唯一魔法を使いながら、びしょ濡れになる生徒達を尻目に悠々と玄関に向かって足を進めた。……周りの生徒がどこか恨みがましい視線を送ってくるが、そもそも何故魔法学校の生徒がまず魔法を使うという発想に至らないのだろうか。
私は後ろの馬車に乗っていたクラッブとゴイルがびしょ濡れになりながら玄関にたどり着くのを確認すると、今度は彼らの服を乾かす呪文を唱えてから大広間に向かって歩き始める。
大広間は例年のように、この後の祝宴に備えて見事な飾りつけが施されている。テーブルに置かれた皿は全て金色に輝いており、宙には何百という蝋燭が浮かび上がり、テーブル上の皿を煌々と照らしている。私達はそのテーブルの中でも一番端……スリザリン寮のテーブルの更に端っこに腰掛けた。それは勿論びしょ濡れになっている生徒達に湿気を移されたくないという思いもあるが、
「マ、マルフォイ様。こ、今年もよろしくお願いいたします……」
「……えぇ、今年も
他者となるべくなら関わりたくないという思いからでもあった。相変わらずスリザリン生からは恐怖と敬意に溢れた挨拶を、他寮からも同じく恐怖と警戒の視線を送られる。居心地のいい空間であるはずがない。こちらを顔を赤らめながら見ている人間も何人かいるが、あれはあれで危険なのは間違いない。結局私は誰とも仲良くするべきではないのだから。
そんな中、他者の中で唯一の例外であるダフネが話しかけてくる。
「そう言えば、今年の『闇の魔術に対する防衛術』の先生は誰なんだろうね? まだ姿が見えないみたいだけど……」
大広間という人の多い空間に入ったことで、私の無表情に僅かに影がさしたことにダフネは気が付いたのだろう。私は少しだけ明るい気持ちに戻りつつ、教員席の方に顔を向けながら答えた。
見れば確かに一年生の引率をしていると思しきマクゴナガル先生や森番の席を除けば、空席であるのは一つだけだ。その他の席は全て今まで見たことのある教員で埋まっている。まだ来ていない教員が教える科目が『闇の魔術に対する防衛術』であることは間違いなかった。
「さぁ、どうでしょうね。あるいは今年はまだ誰も教員になれそうな人間を見つけられてないのかもしれませんね。……もっとも、去年の例外を除けば、あの老害は無理やりにでも席を埋める様子ですが。少なくともロックハート先生より酷いことはないと思います」
「そ、それもそうだね……あれは本当に酷かったものね」
どこかしみじみと二人で話している間にも、大広間には次々と生徒がなだれ込んでくる。最初は私達の周りに誰も腰掛けようとはせず、まず教員席に近い前の方から皆座っていたが、
「あら、ドラコ! またこんな端っこにいたのね! それにダリアとダフネも、お久しぶりね」
パーキンソン達聖28一族組が私達の傍に座ることで、チラホラと私達の周りにも生徒が座り始める。
そしていよいよ全員が集まったというタイミングで、
「可哀想に……タオルくらい貸してあげることは考えなかったのでしょうか」
上級生同様、完全に濡れネズミの状態の一年生たちが、マクゴナガル先生に率いられて大広間に入ってきたのだった。
ハリー視点
組分けは滞りなく進み、
「スリザリン!」
最後の一年生がスリザリンに選ばれることで、今年の一年生全てが何れかの寮に所属し終えたのだった。
今しがたスリザリン寮に選ばれた一年生が、満面の笑みを浮かべながらスリザリン寮に歩いていく。彼は果たしてスリザリン寮が多くの闇の魔法使いを輩出してきたという事実を知っているのだろうか。スリザリン以外の生徒はおざなりの拍手を打ち、フレッドとジョージに至っては嘲るように舌を鳴らしている。
そんな微妙な空気感の中組分けが終わった瞬間、いよいよ待ちに待ったダンブルドアの宣言が始まり、
「ワシが皆に言う言葉は二つだけじゃ。……思いっきり、掻っ込め!」
一瞬にして終わった。
今まで空っぽだった金色の皿に食べ物が満たされる。皆ずぶ濡れの上、空腹感で頭がおかしくなりそうだったのだ。冷えつつある体を温めるためにも、皆目の前の料理に齧り付くように手を伸ばす。
そして先程の組み分けのことなど忘れ、更に、
「ほら、デニス! あそこにいる人が誰だかわかる!? あの黒い髪で眼鏡をかけた人! あの人こそが、僕の話していたハリー・ポッターだよ!」
「うわー!」
同じグリフィンドール席に座るコリンが、今年同じくグリフィンドールに組み分けされた弟に僕を紹介しているのを極力無視している時、
「皆さんお楽しみですね。……本当に羨ましいことです。温かい食事が食べられるというのは、生きている皆さんの特権ですね。ですが今晩はご馳走が出たことだけでも幸運だったのですよ」
グリフィンドール寮のゴースト、『ほとんど首なしニック』がどこか恨めし気な様子で話しかけてきたのだった。
マッシュポテトを口いっぱいに溜め込んだロンが聞き返す。
「ん? ニック、何かあったの?」
「いえ、実はピーブズがこの祝宴に参加したいと駄々をこねましてね。ですが当然彼をここに入れるわけにはいかない。ここを滅茶苦茶にするのが落ちですからね。ですがそれに怒ったピーブズが厨房で大暴れし始めたのですよ。お蔭で『屋敷しもべ妖精』がすっかり怯えてしまって、」
「な、なんですって! こ、ここにも『屋敷しもべ妖精』がいるの!?」
ピーブズがはた迷惑な存在であることに変わりはないが、彼の話ですら、僕にとってはこの愛すべきホグワーツに帰ってきたと思える何気ない日常話。僕はそんな楽しい話をどこか夢見心地で聞いていたわけだが、突然隣から発せられた大声に思わず視線を向けた。
見ればまるで恐怖に打ちのめされたような表情を浮かべたハーマイオニーが、今まさに手元にあったステーキ肉を切り分けようとした姿勢のまま固まっている。そしてその表情のまま、僕同様訝し気に彼女を見つめているニックに尋ねた。
「ほ、本当にここにしもべ妖精がいるの? 私は今まで一人も見たことがないわ!」
「さよう。それがいいしもべ妖精であることの証ですよ。それに日中は大体厨房にいますからね。ですが何にそこまで驚いているのかは知りませんが、ここにはイギリス中のどの屋敷よりも大勢のしもべ妖精がいますよ」
まるで今日の天気でも話すような軽い調子で答えるニック。しかしハーマイオニーは彼の答えに納得していない様子で、更に表情を青くしながら続けた。
「でも、お給料は貰っているわよね? それに勿論お休みも。彼らにだって労働者の権利が、」
しかしそんな彼女の言葉に、今度はニックの方が驚いたように話した。
「給料に休み!? そんなもの、屋敷しもべ妖精は望んでもいません! それはしもべ妖精に対しての侮辱ととられますぞ!」
そしてそう言ったきりニックはどこかに飛び去ってしまい、釈然としていない様子のハーマイオニーだけがこの場に残された。彼女はナイフとフォークを置き、皿を遠くに押しやり始める。
彼女が何のためにそんな行動をとっているかは火を見るより明らかだった。
僕はなるべくハーマイオニーを刺激しないように話しかける。
「ハ、ハーマイオニー。君が未だにウィンキーのことで怒っているのは分るし、僕もあのクラウチさんの態度はどうかと思っているよ。でも、たとえ君が絶食したって、ここにいるしもべ妖精に給料や休みが与えられるわけじゃないんだ。それにここはダンブルドアの、」
「奴隷労働」
しかし僕の気遣いは虚しく、ハーマイオニーの一言によって断ち切られたのだった。
「信じられないわ! この城は真面だと……ダンブルドアは大丈夫だと思っていたのに! でも、ここも駄目だったのよ! このご馳走も奴隷労働の賜物なのだわ! やっぱりドビーだけが……
ハーマイオニーがダリア・マルフォイにどんな幻想を抱いているかは窺い知れないが、いつもの如く奴を絶対視するあまり、その行動から少しでも外れたことに過剰反応してしまっているのだろう。何故ドビーが彼女の言う『奴隷労働』させられていなかったということになるのだろうか。
そしてそのまま彼女が宣言通りに食事を止め、いよいよデザートすらテーブルから消えた時、
「さて! 皆もよく食べ、よく飲んだことじゃろう!」
彼女の事情など知るはずもないダンブルドアが、意気揚々と言った様子で声を上げた。
ハーマイオニー以外の皆は腹が満たされ、そろそろ服も乾き始めたこともあり幸せそうな表情でダンブルドアを見上げている。かくいう僕も世界で一番尊敬する先生が話す言葉を、少し夢見心地で聞いていた。そう、
「しかし皆には最初に残念な知らせをせねばならん。今年の寮対抗クィディッチ試合は取りやめじゃ」
この時までは。
ダリア視点
いよいよ来たな。
そう思う私の視線の先で、老害はグリフィンドールから上がる、
「な、なんで!?」
「そ、それじゃあ去年の雪辱を晴らせないじゃないか!?」
悲痛な叫びを無視しながら続ける。
「ワシも非常に残念に思うておる。この件に関してはマクゴナガル先生も残念そうじゃったが、これは十月より始まるイベントのためなのじゃよ。しかもこのイベントは今年度の終わりまで続く。そのため先生方はほとんどのエネルギーをこのイベントにつぎ込み、クィディッチに力を回す余裕などありはせんのじゃ。しかし、その代わり皆がこのイベントをクィディッチ以上に楽しんでくれるものとワシは確信しておる。何を隠そうこのイベントは……『
ダンブルドアの宣言に、一気に大広間が騒然としたものに変わった。口が堅いようで軽いお父様に予め教えてもらっていた私達はいざ知らず、今までこのイベントが行われることを知らなかった生徒達も、『
そんな彼らにも分かりやすいように、老害は丁寧に試合のことを説明していく。
曰くこの試合はおよそ7百年前に、ヨーロッパの三大魔法学校……ホグワーツ、ダームストラング、ボーバトンの親善を目的に行われ始めたこと。各校で一人ずつ代表選手を出し、三人が三つの魔法競技を争うこと。5年ごとに三校が持ち回りで主催していたが、夥しい死者が出たため何世紀も中止されていたこと。そして今年やっと、魔法省の全面協力もあり再び執り行われることになったことを。
老害の説明が進むにつれ、大広間は更に騒然としたものに変わっていく。皆が皆クィディッチのことなど忘れた様子で、自分こそがホグワーツ代表になるのだと息巻いている。それは、
「しかしこのイベントは先程も言った通り、とてつもなく危険を伴うものじゃ。勿論参加三校の校長、並びに魔法省も十分な安全対策を施すつもりじゃが、それも絶対というわけではない。じゃから今年の選手には年齢制限を設けさせていただこうと思う。今年は17歳以上の生徒のみが、自らを代表選手候補と名乗ることが許されるのじゃ。言うておくが、年齢対策にはワシ自ら目を光らせる上、公明正大な選考の審査員を出し抜くことは
「そりゃあないぜ!」
「いや、知ったことか! 俺はそれでも出るぞ!」
今年から設けられた年齢制限の話がされようとも変わらない。老害があからさまに目を向けるウィーズリー悪戯兄弟に至っては、制限されたことで寧ろ燃え上がっている様子だ。
皆が皆本当に楽しそうにこのイベントについて話し合っている。
しかし当然このイベントに参加資格もなければ、そもそも参加できたとしても最初からする気がなく、ただ徒にクリスマスを潰されただけの私が楽しみに思えるはずがない。私はこんなイベントより、寧ろ未だに姿を現さない『闇の魔術に対する防衛術』の教師の方が気がかりだった。周りの興奮を他所に、私はただ教員用に設けられている大広間脇の扉を見つめ続ける。去年程素晴らしい先生ではないかもしれないが、少なくともロックハート先生よりは使える教師の来訪を心待ちにしながら。
そして、
「ボーバトンとダームストラングの生徒はこの十月に来校する予定じゃ。そしてハロウィーンの日に学校代表選手3人が選考され……おお来たか! 待っておったよ、アラスター!」
遂に
耳を劈くような雷鳴と共に扉が開いたかと思うと、そこから馬の鬣の様な長い暗灰色の髪をした男が入ってくる。彼はどこもかしこも傷だらけで、口はまるで切り裂かれた傷のように斜めに歪んでおり、鼻も誰かに削ぎ落されたかのようだった。あまりに平穏とはかけ離れた容姿の男の登場に、あれ程興奮した様子だった生徒達も今は押し黙って彼を見つめている。
しかし生徒達が食い入るように見つめている理由は傷以外にもあった。それは彼の片方の目が……まるでコインのように大きく、そしてもう一方の目とは無関係にグルグルと動き続けているためだ。明らかに普通の目ではない。
一度見たら夢にまで出てきそうな容姿だ。事実この中の私も含めた数人には見覚えのある人物だった。大広間の中に、誰かがポツリと漏らした声が木霊する。
「マ、マッド-アイ・ムーディ……」
そう何を隠そう今目の前にいる人物は、かつて闇祓いとして多くの犯罪者をアズカバンに送り……今では今朝の朝刊にも載る程被害妄想を垂れ流すトラブルメイカーだった。
かくいう私も彼とは実際に会ったことはないが、その存在だけは知っていた。勿論マルフォイ家である私には、到底好意を持てる人物とは思えなかったが。今でもお父様の犯罪の証拠を掴もうとしている人物を、私がどうして好意的に思うことが出来ようか。
「……実戦経験は間違いなく豊富ですし、実力も間違いないお方でしょう。ですが……厄介な人物を連れてきましたね、あの老害は」
これはたとえ実力は十分でも、素直に『闇の魔術に対する防衛術』を楽しむことは出来ないなと警戒する私の前を、マッド-アイことアラスター・ムーディが進む。
「では『闇の魔術に対する防衛術』の新しい先生を紹介しよう。ムーディ先生じゃ。彼はちと今朝方野暮用があったため遅刻したが、こうして無事にたどり着けてよかった」
そして老害の紹介の後、あまりに迫力のある容姿に気圧されて拍手を忘れる生徒を置き去りに、彼は身を投げ出すように席に着いたのだった。
隣にいたお兄様が心配そうに私に声をかけてくる。
「……去年は
私には秘密がある以上、たとえ教師にだって警戒を怠るわけにはいかない。それはお父様を未だにつけ狙っている人物には尚更だ。少しでも敵に弱みなど見せるわけにはいかない。だから正直大丈夫か大丈夫でないかと聞かれれば、それは大丈夫ではないと答えるしかないわけだが、
「……大丈夫です。私がいつも以上に気を付ければ済むことですから。実力自体は十分にある方なのです。生徒と教師の関係であれば、それで問題ないはずです」
これ以上お兄様を心配させないためにも、私は気丈に振舞うしかなかった。
思わぬ経歴を持つ人物の登場に、私は僅かに困惑しながらマッド-アイを見つめ続ける。随分幸先の悪い年だと思っていたが、ここでもこんな伏兵が現れることになるとは。
そんな思いで見つめていると……ふと、彼の魔法の目と普通の目、その両方と目が合った気がした。
一瞬のみの視線の交錯。彼も一瞬だけ私を見やっただけで、特に何か反応を示したわけではない。すぐに目の前にあるソーセージの皿に視線を移している。
しかしそんな中で私は何故か……この人とはマルフォイ家だとか『闇祓い』とかお互いの立場は関係なく、おそらく一生分かり合えないし、仲良くもなれないだろうと思っていた。
次回みんな大好き『白イタチ事件』