ハリー・ポッターと帝王のホムンクルス 作:オリゴデンドロサイト
各話に挿絵を入れておきましたので、是非!
???視点
「何が『死喰い人』だ……。あいつらに闇の帝王の僕を名乗る資格などあるはずがない。あのお方に忠実なのは……俺だけだというのに」
暗い森。たとえキャンプ場の明かりが途絶えたとしても、未だに森の外の喧騒だけは微かに聞こえ続けている。俺はそんな喧騒に耳を澄ませながら、心の底から沸き上がる憎悪を吐露していた。
まったく……ようやく『服従の呪文』が解けたかと思えば、未だ闇の帝王は復活しておらず、あんな奴らがのさばっているなんて。
本当に腹立たしい話だ。あの方に忠実だった俺はアズカバンに入れられ、抜け出せたとしても実の父親によって『服従の呪文』をかけられる。朦朧とする意識の中で部屋に閉じ込められ、自分が生きているのか死んでいるのかも分からない。俺はそんな生き地獄を味わったというのに、あのお方を真っ先に裏切った奴らは逆に何の不自由もなくノウノウと生きている。挙句の果てに『死喰い人』として大手を振って、あのようにマグル達を弄んで楽しんでいるのだ。許せるはずがなかった。
「今に見てろ……。お前達がそうして笑っていられるのも今の内だ。俺はお前達とは違う。あのお方は生きておられる。必ずあのお方を探し出し、力を取り戻して差し上げるのだ」
隣で倒れ伏している屋敷しもべに目もくれず、俺は左腕に浮き上がった印を撫でつける。
偉大な主に頂いた忠誠の証。今でこそお隠れになっているが、それでも闇の帝王が未だ健在であることを表す
未だに自身こそが忠実な僕であることを再確認した俺は、僅かに留飲を下げながら思う。
今だけだ。闇の帝王が戻りさえすれば、奴らは残らず粛清される。いや、帝王に最も貢献するであろう俺が願うのだ。帝王は必ずや俺の望みを叶えて下さる。その時になって悔いても全てが遅い。
俺は誰もが願っても得られない地位に、闇の帝王の真の右腕となるのだ。『死喰い人』を
あぁ、考えるだけで素晴らしい気分だ。あの高慢ちきなルシウス・マルフォイ……そしてあの臆病者の
そもそも親子というものは、両親の勝手な都合で子供を生んだだけなのであり、そこに愛情なんてものは本来ありはしないのだ。あってはならないのだ。俺の父親が俺に自分と同じ名前を付け、あたかも俺の功績が自身の物であると吹聴しようとしたように……。親が子供を愛する。そんなことは正義を遂行する闇の勢力には不要な物であり、そんなものを持っているからこそ、ルシウスのような軟弱者が平気で帝王を裏切る結果となるのだ。愛など人を堕落させるだけのもの。闇の帝王が復活した後、益々俺たちの陣営が力を手に入れるためにも奴等だけは排除せねばならない。
それにルシウス・マルフォイが裏切った事実を抜きにしたとしても……どうにもあのマルフォイの娘だけは気にくわない。あの娘はクィディッチ・ワールドカップの試合中俺が透明になっていたにも関わらず、俺の存在に気が付いている素振りを見せていた。俺と家族を隔てるように座り、試合を観戦しながらも決して俺から意識を逸らしてはいなかった。それに……あのマルフォイ家の
まるで俺が全くの無価値な人間であり、俺の苦悩や境遇など本当に無意味なものであるような……そんな気分にさせられるのだ。
何故何の闇もないはずの小娘が、俺を一瞬でも怯えさせるほどの……まるで闇の帝王と同じ空気を醸し出しているのだろうか。奴には資格などないはずなのに……理不尽極まりない。
何の不自由もなく育ったはずの小娘が何故……。
折角少し盛り上がっていた気分が、奴の娘の存在を思い出した瞬間どん底まで落ちていく。自分でも酷く不安定な心だと思う。だがまだまだ呪文から覚めたばかりのため、どうにも自身で自分の気持ちを制御することが出来ない。俺は沸き上がる怒りのまま、クィディッチ・ワールドカップで前の席の
どうせこの状況だ。どの道あの父親に、いずれ俺が『服従の呪文』を破ったことはバレてしまう。ならば今俺がどんな行動を取ろうとも結果は変わらない。どうせバレてしまうのなら、ここで俺が
そして俺は唱える。闇の帝王が健在であった際、
ここに忠実な僕が残っているのだと、どこかにいる闇の帝王に示すために。……自身が忠実な僕だと名乗る偽物達に、本物は俺なのだと示すために。
『モースモードル!』
俺はまだ知らない。この後家に
「ほう。自力で『服従の呪文』を破ったか。……やはりお前は使えそうだな。今回の役目は、お前こそが相応しい。見事成し遂げた暁には、お前に
こちらから探しにいくはずのあのお方が俺を待っていたことを。
そしてあの殺意すら抱いた少女が、俺が夢見た地位に……既に座ることが決定しているという事実を。
ダフネ視点
「あれ!? そ、そんなはずは……で、でも。僕……杖をなくしちゃった!」
それは唐突かつ切迫した声音だった。
森の奥に進むにつれキャンプ場の明かりも届かなくなり、私が魔法で明かりを創り出した時、前を歩くポッターがそんなことを言い始めたのだ。大声に意識を向ければ、ポッターはどこか必死な形相で自身のポケットを弄っていた。
思わず舌打ちしそうな気分だった。ポッターなど生きようが死のうがどうでもいい存在なのだ。そんな無価値な存在のせいで逃げ遅れるなど許される事態ではない。しかし案の定私の懸念は当たり、ロナウド・ウィーズリーだけではなく、
「冗談だろ! どこに落としたんだ!?」
「そんな! こんな時に!」
ハーマイオニーまで地面を魔法で照らしながら、ポッターの杖を探し始めたのだった。
こいつらは本当に、自分達が……いや、ハーマイオニーが置かれた状況を正しく理解しているのだろうか。彼ら『死喰い人』の狙いはマグル、そしてマグル生まれの魔法使い達だ。見つかればどんな目に遭うのかなんて想像に難くない。ハーマイオニーの安全のためには、森の奥にいくら進んでも進みすぎるなんてことはないのだ。これではダリアが態々、
『ダリア! 凄い試合だったね! 私のお父さんは何だか急ぎの仕事があるとかで帰っちゃったけど……ダリアはこれから、』
『ダフネ! 何故帰っていないのですか!?』
『え? だって、ダリアがまだここにいるのに帰れないよ』
『……やはり念のためとはいえ、貴女のテントを移動させておいて正解でした。ダフネ、すぐにここを離れてください。今からここは戦場になります』
『ど、どういうこと!?』
『説明している暇はありません。……グレンジャーさんも逃げているはずです。貴女も一刻も早く森の方へ』
『ダリアはどうするの!?』
『……私も後から行きます。大丈夫です。私は安全な立場ですから。さ、私のことは心配せず、先に!』
私とハーマイオニーを森近くのテントに移した意味がないではないか。ハーマイオニーのことを思うならポッターの杖なんて放っておいて、一刻も早くこの場を離れるべきなのだ。
それに……。
「今はそんなことをしている暇はありません。ポッター、杖のことは諦めてください。ここにないのなら、ここに来るまでのどこかで落としたということです。それを探している暇がないことくらいは、貴方にだって分るでしょう?」
私はポッターに先をさとすダリアを一瞬見やりながら考える。
ダリアをこれ以上ここに……たとえあの中に彼女の父親が交じっていようとも、いや交じっているからこそ『死喰い人』の近くに置いておくわけにはいかない。ダリアにこれ以上、自分が『死喰い人』を凌ぐ存在として造られたことを思い出させるわけにはいかないから……。
『お父様は仰っていました。私はこの世からマグルや穢れた血を一掃するために、『死喰い人』の上に立つ存在として造られたのだと』
あの時、『秘密の部屋』で自身の秘密を苦しそうに話すダリアを思い出す。今キャンプ場で騒いでいる連中の中には、間違いなくルシウスさんが交じっている。だからこそダリアは事前に私やハーマイオニーに危険を知らせることが出来たのだ。何故10年以上もの沈黙を破ってルシウスさんが行動を始めたのかは分からない。でもあの仮面やローブを被っている以上、ルシウスさんは紛れもなく『死喰い人』として行動しているのだ。ダリアがその造られた理由とは裏腹に、決して『死喰い人』になりたいとは思っていないにも関わらず……。
ならば私のすべきことは一つだ。ダリアをこれ以上苦しませないために……たとえダリアがあの集団に襲われる心配がないとしても、ダリアがあれを見て複雑な感情を抱いているのが間違いない以上、私はあの集団からダリアを引き離さなければならない。幸い私やハーマイオニーの護衛、そして彼女達マルフォイ家が今回の件に関わっていない
なのに……
「そ、それはそうなんだけど……」
ダリアの言葉にポッターは少しだけ不満そうな返事をするだけで、即座には行動しようとはしなかった。
流石にここを急いで離れないといけないのは分かっているためダリアに反論こそしないが、この危機的状況で杖がないというのは不安で仕方がないのだろう。私はそんな彼の事情などに頓着することなく、ダリアの援護射撃をしようとする。
しかし、
「ポッター。分かってるならさっさと、」
『モースモードル!』
突然聞き覚えのない声が森に響き渡ったことで、私の言葉は遮られたのだった。
そこまで近いわけではないが、逆にそこまで遠くもない木の陰。呪文と思しき声に警戒するする私達は一斉に声のした方に振り向く。そしてそんな私達の視線の先、暗がりの向こうから薄緑色の閃光が空に立ち昇り……
エメラルド色の星のようなものが集まって描かれた巨大な髑髏。その口からは舌の様に蛇が這い出し、辺りを威嚇するように首をもたげている。
それは紛れもなく……『闇の印』に他ならなかった。
森中に悲鳴が響き渡ったのは、その直後のことだった。
ハリー視点
皆息を潜めていたため静かだった森から爆発的な悲鳴が上がる。
そしてそれは僕の周りの人間達も例外ではない。隣にいるロンは、
「ひっ」
声にならない悲鳴を上げ、ハーマイオニーは必死に悲鳴を抑えようと口を手で覆っている。ドラコやグリーングラスも悲鳴こそ上げないが、目を見開きその瞳に恐怖を宿している。この場で恐怖を感じていないのは、闇夜に打ち上げられた髑髏の意味を知らない僕。そして、
「全員、行きますよ! 早く! ダフネ、お兄様! 絶対に私のそばを離れないで下さい!」
この状況の中でも一切いつもの無表情を崩しもしないダリア・マルフォイだけだった。
彼女は不気味な髑髏を一瞥した瞬間、目を見開きはしたものの即座に声を上げる。その声に皆我を取り戻し、ハーマイオニーが未だに事態についていけていない僕の袖を引っ張り始めた。……その手は彼女の表情同様、酷く蒼白で震えたものだった。
「ハリー、行きましょう! あれは『闇の印』……『例のあの人』の印なのよ!」
僕はこの瞬間、ようやく皆が何故あの印をここまで恐れているのかを理解した。
しかし理解したところで、
「伏せなさい! プロテゴ!」
『麻痺せよ!』
その『闇の印』というものが何故上がったかなんてことを考える余裕はなさそうだった。
僕達が数歩も歩かないうちに辺りに、
「バシッ」
という音がいくつも響いたかと思うと、周りから一斉に赤い閃光がこちらに飛んできたのだ。僕はダリア・マルフォイの声にロンとハーマイオニーを地面に引き下ろし、彼女は彼女でドラコとグリーングラスを覆う程の魔法の盾を創り出す。いくつもの閃光が頭上を駆け抜け、あるいはダリア・マルフォイの作った盾に跳ね返りながら、互いに交錯して暗闇へと飛び去って行く。そのうちのいくつかは先程『闇の印』が打ち上がった方向にも飛んでいる。僅かに顔を上げれば、見たこともない魔法使いが手に杖を構え、僕達の方に警戒した視線を投げかけていた。
突然の事態変遷に頭は混乱しているけど、これだけは分る……。今僕達はとてつもなく危険な状況にいるのだ。しかしそこで、
「何をやってるんだ! 止めろ! 私の子供がいるんだ! 今すぐ杖を下せ!」
聞き覚えのある声が聞こえたのだった。
声の方を見ればウィーズリーおじさんが必死に手を振りながら、僕らの方に駆けよっている。そして僕とロン、ハーマイオニーをスリザリン組から
「お前達、皆無事か!? フレッド達はもう安全な所にいたが、お前達とはぐれたと聞いた時は肝を冷やした、」
「アーサー! 何を世間話をしようとしている! いいからそいつらをこちらに引き渡せ! 今ここで尋問せねばならん!」
そこで冷たい声音におじさんの話は遮られた。一瞬おじさんの登場に緊張が緩んでしまったけど、やはりどうやら危機的な状況を脱したわけではないらしい。見れば短い銀髪を不自然な程真っすぐに分けた初老の魔法使いが、こちらに苛立ったような表情を向けていた。そして彼は、
「じ、尋問だって! クラウチ! 貴方は何を言っているんだ! この
「アーサー、お前は黙っていろ! そいつらが『闇の印』を出したのは間違いないのだ! 現行犯だ! 何故なら、」
事態を静観するように、それでも決して杖を下ろさずに立ち尽くす、
「ルシウス・マルフォイの子供達と一緒にいたのだからな! お前達も少しでも動いてみろ、即座に拘束することになるぞ!」
ダリア・マルフォイ達に視線を向けながら、鋭く言い放ったのだった。