ハリー・ポッターと帝王のホムンクルス   作:オリゴデンドロサイト

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友情の在り方(後編)

   

 ドラコ視点

 

試験期間の終わりが近づいてきているため、談話室の中は内装とは裏腹に比較的明るい空気に満ちている。

各々がそれぞれのグループに分かれ、試験明けの予定や、気が早い奴に至っては夏休みの予定なんかを話し合っていた。

しかしそんな中、

 

「マグル学のテストは終わったのか。……ダリアなら大広間前にいる。父上がいつ来てもいいように待つと言っていたぞ。お前は行かなくてもいいのか?」

 

「……ううん、今はいいよ。ダリアの楽しみを邪魔したくない。……今こんな精神状態でダリアの傍にいれば、私はあの子の重みになってしまうもの」

 

唯一ダフネの醸し出す空気だけは、お世辞にも明るい物とは言えなかった。折角ダリアの居場所を教えてやったというのに、ただただソファーに暗い顔で沈み込むばかりだ。

別にこのダフネの反応は今日だけに限ったことではない。クィディッチ優勝の後からずっと、こいつはダリアの前でこそ無理やり明るく振舞っていたが、ダリアのいない所になると酷く不安定な表情を浮かべているのだ。

しかし、その中でも今日の様子は特に酷いものだった。傍に居るだけで、まるで部屋の中でここだけ照明が当たっていないような気分になる。

 

まぁ、だがダフネが今日こんな風になっている理由自体は分かっている。

『マグル学』試験後に何かあった可能性もあるが、おそらく最大の理由は、

 

「……今日だったか? バックビークとかいう野獣の処刑日は」

 

「……う、うん、そうだよ。ルシウスさんもそのために来るんだから……。ダリアと会った後に、多分森番の所に行くんだと思う」

 

いよいよ今日が処刑日だということだろう。

本人はダリアとの関係を悩んでいるのであり、処刑のことなど気にしていないとでも思っているのであろうが……傍から見れば処刑のことで悩んでいるのが一目瞭然だ。日が近づくにつれダリアの前でも不安定になるのだから、気付かない方がどうかしている。

 

まったく世話の焼ける……。どうせいつかは解決する問題だと思って心配していなかったし、本来僕が言うことではないと思っていた訳だが……そろそろ時間切れだな。このまま今日を放っておいたら、こいつはいつまでもグチグチと悩みそうだ。ダリアもダリアでそんなダフネに苦しむだろうし……。

 

僕は隣に座るダフネに聞こえないようにため息を一つ吐くと、意を決して話し始めた。

 

「……そうだな。父上は森番に用があるから、そのついでにダリアに会いに来ると言っていたからな。だから……僕も父上に会いに行けば、そのまま処刑に立ち会うことが出来るかもしれない。……処刑を止めるならその時だ。ダフネ、お前も手伝え」

 

僕の隣から息を呑む音が聞こえた。

おそらく驚愕の表情を浮かべてこちらを見ているのだろうが、僕はそれに頓着することなく先を続ける。しかし、

 

「僕の役割は()()()()だ。今朝確認したが、どうやらヒッポグリフとやらは森番小屋横のカボチャ畑に繋がれている。なら処刑場所はそこだ。おそらくだが、処刑前の手続きを小屋でとるはずだ。僕はそこまで何とか同行して、父上とダリアの気を逸らし続ける。その間にお前は後ろからこっそりつけて、あの野獣を何とか解放しろ。最初は大広間横の倉庫にでも、」

 

「ちょ、ちょっと待って、ドラコ! さっきから何を言ってるの!? なんで私がそんなことしなくちゃいけないの! だってダリアは処刑を止めないって言ってたでしょう!? なんで私達が!?」 

 

ようやく意識が追いついてきたダフネの声によって遮られたのだった。

僕の突然の発言に、張り詰めていた何かが切れたのだろう。ダフネは堰を切ったように話し始めた。今まで僕に、それこそダリアにすら打ち明けていなかった、ダフネの中に溜まりにたまった苦悩と矛盾を。

 

「なんで貴方が処刑を止めるだとか、挙句になんでそんなことまで言い始めたのかは分かるよ! 貴方はいつだって、全てはダリアのために行動している! 私だって、今回の処刑を本当にするべきものなのか悩んでるよ!? で、でも、あ、貴方だって分かっているんでしょう!? 私のこの……ダリアを独り占めしたいという気持ちに! ダリアだって、それにずっと前から気付いていたことを! で、でも、それでも私はこの気持ちを捨てることが出来ない! 去年傍にいるって言ったのに、結局あの子を一人にしていた! 一人になってほしいと思っていた! これ以上、ダリアに嫌われたくなんてないの! 私は……あの子の重みになんてなりたくない! 分からない! 私は自分がどうしたいのかも分からないの!」

 

……どうやら思った以上に、ダフネの中はこんがらがった状態にあるらしい。言っていることが支離滅裂だ。おそらく本人ですら、言葉通り自分が何を言っているか分かっていないのだろう。

まるで去年のダリアを見ているような気分だった。自分の中に生まれた初めての感情を自分自身ですら理解出来ず、ただ混乱したように自分を責め続ける。まさに去年のダリアの姿そのものだ。自らの感情や希望を押し殺し、ただ自分だけを責め続けながら彷徨うダリアの姿と……。

やはりダリアとダフネはどうしようもないくらい似た者同士で……親友だった。

 

ダフネの突然の大声に、談話室中の視線が集まっている。

僕は鋭く周りを睨むことで視線を散らし、誰もこちらに注意を払わなくなったことを確認した後、そっと静かな口調で応え始めた。

 

「ダフネ、いいから聞け。前から思っていたが、この際だから言ってやる。……確かに、お前がダリアに対して独占欲を持っていたことを、僕はあの『まね妖怪』を見た時から気付いていた。いや、あれで目に見える形になっただけで、お前の中にそんな感情があることは、僕は何となくではあるが最初から気が付いていた。何故なら……僕の中にも、お前と同じ感情があるからな。僕だって大切ないもう……ダリアを独占していたいという気持ちはある。多分、それはダリア自身だって同じだ。お前の気持ちに気が付けていたのも、ダリアの中にだって同じものがあるからだ。お前だけが特別なんかじゃない。お前の中にあるものは、誰にだってあるものなんだよ。お前は最近になって、それを自覚したに過ぎない」

 

そこで一息吐き、僕はダフネに言い聞かせるように続ける。

 

「今回のことだってそうだ。お前も気が付いているのだろう? グレンジャーからの頼みにも関わらず、ダリアが処刑を止めない理由。一年生の時、それこそ他人と関りを持ってはいけないと信じ切っていた時でさえ、トロールからあいつを助けに行ったダリアが、なんで今回はあいつを助けようとしないのか。それは全てお前のためだ。他の人間、それこそグレンジャーを含めた人間ではなく、お前のことを思ってダリアは今回の決断を下した。去年までずっと、それこそ僕達家族にだけ信頼を寄せていたダリアがだ。お前を守るために……お前をこれからも独占し続けるために。結局、お前がずっと汚いと思っていた気持ちは、ダリアの中にだってあるものなんだ。ダリアが僕ら家族に対して持っていた気持ちを、お前は去年手に入れたからに過ぎない。だからお前が気に病む必要なんてない。お前は誰が何と、それこそお前自身が何と言おうと、どうしようもなく親友同士だ。ダリアの家族である僕が保証してやる」

 

「……」

 

一気に言い切った僕に対し、ダフネからの反応が中々返ってこない。

ただ困惑したように僕の方を見るばかりで、返事をしてこないのだ。どうやら僕の言葉を頭の中で咀嚼しているらしい。

僕はそんなダフネの反応を忍耐強く待つ。しかし、ようやくこいつから返ってきた言葉は、

 

「……貴方の言いたいことは何となく分かった。貴方は私を慰めようとしてくれている。ダリアだって、私に対して独占欲を持ってくれている。それが本当なら、私のこの感情だって一概に汚いものと言えないのかもしれない。でも、それでも……だからこそ、私はダリアの重みになっているの。貴方も今言ったでしょう? ダリアは私のために、この処刑を続行しようとしている。私が独占欲を持ったばっかりに、ダリアを苦しませてしまっているの。ダリアの交友関係を、他でもない私自身が制限してしまっている。結局私は、ダリアを少しも理解しようとすらしていなかったというのに……。そ、それなのに、それでもこちらに歩み寄ろうとしているグレンジャーに対して、私は何を考えているのか分からないの。ここ最近ダリアを苦しめてしまっているのに、それでもグレンジャーを許すことも、気を許すことも出来ずにいる。私はグレンジャーに対して、自分が何を考えているかも分からないの……」

 

やはり困惑に満ちた、あまり僕の言葉に納得しているものではなかった。

僕が言えたことではないが……ダリア同様、ダフネも余程友達付き合いが苦手であり、グレンジャーという人間に複雑な感情を抱いているのだろう。

聞けば聞くほど、こいつとダリアが似た者同士なのだと確信する。

『マグル生まれ』であるグレンジャーに何の魅力を感じているのか僕には分からないが、結局こいつの今抱えている感情は、去年のダリアの問題の焼き直しなのだ。ダリアが抱えているダフネへの思いが、結局グレンジャーに置き換わっただけ。なら僕が言えることは……。

僕は一度目をつぶり、去年の忌まわしい記憶を思い出しながら再び話し始めた。

 

「お前も知っているだろうが……ダリアはずっと、自分は家族だけとしか交友関係を持ってはいけないと思っていた」

 

「……どうしてダリアの話を、」

 

「まぁ、聞け。……だが、そこにお前が現れることで、ダリアの考え方が少しずつ変わったんだと思う。お前と仲良くしたい、お前と友達になりたい。お前と付き合っているうちに、ダリアはそう思うようになったんだろうな。グレンジャーに惹かれてはいたが、あいつが本当に仲良くなりたいと思ったのはお前だったんだ。だが、お前も覚えているだろう? ダリアはそれでもやはり、お前と仲良くすべきではないとずっと思っていた。『秘密の部屋』に行くまで、その矛盾にずっと悩み続けていた。僕だって、お前と出会うまでは同じ考えだった。ダリアに友達が出来て欲しい。ダリアが少しでも安心して暮らせる場所を作りたい。そのためには、どうしても僕ら家族以外の理解者が必要だ。でもな……正直難しいとも思っていたんだ。ダリアの事情は簡単に理解され、受け入れられるものではない。中途半端な理解だと、逆にダリアが苦しむ結果になってしまう。だからこそ僕は、ダリアに友達が出来て欲しいと思いながらも、決して警戒だけは緩めなかった。でもな……」

 

僕はそこでダフネの瞳をしっかり覗き込みながら続けた。

 

「お前だけは違った。お前だけは、すぐに警戒しなくてもいい人間なのだと僕は直感した。グレンジャーではない。()()()()。お前はいつだって、ダリアを本当の意味で理解しようとしていた。いつだってダリアを守ろうとしていた。それが傍から見ている僕にですら分かった。そんなお前だからこそ、僕はお前こそがダリアの友達に相応しいと思ったんだ。お前でなかったら、僕がダリアの傍に居ることを許可するものか。お前がダリアにいつの間にか独占欲を持っていようといまいと、お前以外の人間をダリアの傍にいさせることを僕が許すわけがないんだよ。他の奴らがダリアを理解することはあり得ないからな」

 

「でも、私はダリアのことを結局一人に……」

 

そこでダフネが口を挟もうとするが、それがただの戯言であると分かっている僕はそれを更に遮って話し続ける。

 

「あぁ、確かにお前は今回、ダリアを絶対視するばかりで本当にあいつの気持ちを理解出来ていなかったかもしれない。でもな、そんなの当たり前のことなんだよ。たった二、三年しか一緒にいないお前に、ダリアの全てが理解出来てたまるものか。僕だって、ダリアの全てを理解しているとは言えないんだ。……言えるわけがないんだ。なのにどうして、家族でもないお前に、たった数年でそれが出来ると思ったんだ? それこそ傲慢と言うものだ。僕を馬鹿にしてるのか? お前は友達というものに理想を抱きすぎている。僕が言えたことではないが、今まで友達もいなかったお前は友達と言うものに理想像を持ちすぎているんだ。知らないのなら、今から努力すればいい。去年までの、ダリアに友達と認められていなかった時だって、お前はずっとそうしてきたじゃないか? ダリアの事情を少しも知らなかった時ですら、お前は十分ダリアの友達だったじゃないか。それに、お前は決してダリアを一人にしてなんかいない。本当の意味でダリアを理解していなくても、たとえダリアの交友関係を無意識に縛っていたとしても、お前にはダリアの顔が一人でいる時の物に見えていたのか? 去年のように、悲しみを抱えながら、それでも何かを思い求めていた顔に? ……ダリアの表情が分かるお前なら分かるだろう?」

 

僕の質問に、しばらくダフネは思案顔をしていたが……ややあって、ようやく僕の言葉に肯定の意思を示したのだった。

 

「……ううん。ダリアはずっと、こんな私でも傍に居ることを許してくれていた……ように思う。寧ろ私が傍に居ることを、幸福なことだとさえ言ってくれていた……。もうあの時には、私の独占欲に気が付いていたのに……」

 

「そうだ。何がダリアを一人にしていた、だ。何が一人になってほしいと思っていた、だ。何がダリアの重みになんてなりたくない、だ。お前はいつだって、ダリアを一人にしてなんかいなかった。お前はいつだって、ダリアの笑顔を後押ししていたんだよ。そんなこともお前は忘れてしまったのか? それにな……」

 

濁り切った瞳にようやく明るいものが混じりだしたダフネに、僕は更に違う話を畳みかける。

 

「グレンジャーのことだって、お前は結局ダリアのことがあるからこそ悩んでいるんだ。お前自身で答えがでないなら、僕が代わりに言ってやろう。お前はグレンジャーに対して、自分が何を考えているか分からないと言っていたな? そんなこと、傍から見ている僕からしたら簡単なことだ。何せお前の悩みは、去年のダリアの悩みと()()()()だからな。……さっきも言ったが、ダリアはずっとお前と仲良くなりたいと思いながら、ずっと僕たち家族のために、お前と親交を持つわけにはいかないと思っていた。全ては自分の大切な人を守るために……。結局、お前も同じなんだよ。同じなんだ。お前は最初、グレンジャーのことをそれ程不快には思っていなかった。トロールからグレンジャーを助けに行くダリアを止めなかったくらいだ。お前は確実に、グレンジャーに対して仲間意識すら持っていたのだと思う。でも、それが去年変わった。いつ頃かは分からないが、お前はいつの間にか、グレンジャーのことを敵視するようになっていた。一体何が原因なのか、僕はよく知らないがな……。大方グレンジャーがダリアに何かやらかしたのが原因だろう。あいつはポッター同様、何も知らないくせに行動力だけはそれなりにあるからな。でも……それが今年……いや、正確に言えばつい最近、気付けばまた反転していた。具体的にはお前がレイブンクロー生に階段から突き落とされたくらいからだ。お前はいつの間にか、グレンジャーに対して恐怖感や敵愾心を感じなくなっていた。それは僕が今回の処刑を止めると言った時に、僕が言うまで恐怖感を思い出していなかったことから分かっている。……『まね妖怪』がグレンジャーに化ける程の恐怖を、お前は感じていたのにな」

 

「……そ、そんなこと、」

 

「いや、お前の恐怖感は確実に減っているさ。機会があれば今度確かめてみるといい。きっと目に見える形で現れるはずだ。お前がどんなに否定しようとも、な。……とにかく、お前はもうグレンジャーに対して強い恐怖感や敵意を抱いていない。それなのに、何故お前はそんなに迷っているのか……。それはな、お前が結局は()()()()()()()迷っているからだ。ダリアが許していないのに、お前がグレンジャーを許すわけにはいかない。自分はグレンジャーに対して怒りを覚えていなければならない、ダリアを差し置いて自分がグレンジャーに好意を抱いてはいけないと、お前が思い込んでいるからに過ぎない。……お前は結局、ダリアの気持ちを考えていなかった時など一度たりともない。それに……今はもう、お前がダリアを縛っているのではなく……お前の中のダリアこそが、お前の行動を縛っているんだよ」

 

長く話しすぎた。まだまだ時間があると思っていたが、思った以上に時間を使ってしまった。僕はダフネから視線を上げ時計を確認すると、ソファーから立ち上がりながら最後の言葉を投げかけた。

 

「……僕は行くぞ。最後の判断はお前に任せる。僕はお前が来ようが来まいが、僕自身の役割を果たすつもりだ。だが……これだけは最後に言っておく。……おそらくだが、ダリアはお前が思っている程、今回の件に悩みを感じていない……と思う。確かにグレンジャーに対して多少の負い目を感じているだろうが、それでもお前のことに比べたら遥かにどうでもいい問題だと思っているはずだ。お前の悩みが、図らずともダリアの注意を処刑から遠ざけているからな。全部、僕達の思い過ごしだったんだよ。ただ……今回の件が、トロールの時と同じ状況であることは確かだけどな。でも、それでも大丈夫だ。もうダリアには、お前と言う友達がいるのだからな」

 

そう言って僕は、今度こそ談話室を後にしようと歩き始める。

父上に呼ばれてはいないが、ダリアの家族としての義務を果たすために。この作戦はダフネの協力がなければ何の意味もないものであるが、そんなことは僕には関係ない。僕は僕でやるべきことを果たすだけだから。

それに……

 

「……ずるいよ。去年の仕返しのつもり? そんなこと言われたら私はもう……。本当にドラコは狡いね。本当に……貴方はスリザリンらしいスリザリン生で……どこまでもダリアの家族だよ」

 

僕はダフネのことなど、やはり少しも心配してはいないのだから。

少しだけ……そう、少しだけこいつは自分の気持ちに素直になれなかっただけに過ぎない。背中を押してやった以上、こいつがとる行動など決まっているのだ。

だから、

 

「……貴方も気が付いているんでしょう? いえ、気が付いていない振りをしているの? もう貴方のダリアに向ける感情は……()()()()()()()()()()()()()()()()()。貴方のダリアへの感情は、」

 

後ろで微かに聞こえたダフネの声を遮り、僕は振り向きもせず談話室の扉を閉じるのだった。

 

 

 

 

さぁ、これからが勝負だ。

結果の見えた勝負であるが、僕は失敗するわけにはいかないのだから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ダフネ視点

 

「こんばんは、バックビーク……だっけ? 貴方を助けに来たよ」

 

今私の目の前には、柵から伸びる綱に縛り付けられたヒッポグリフが鎮座している。

ダリアが目を離した一瞬のすきに倉庫に忍び込んだり、演技が絶望的に下手なドラコが倉庫の方をチラチラと見ていた時はどうしようかと思ったけど……ここまで来ても、まだまだすんなりと問題が終わることはないらしい。バックビークは私にお辞儀し返すものの、決してその場から動こうという素振りを見せようとはしなかった。

 

……でも、それでも私はもう躓かない、迷わない。

だって私はもう……うじうじと一人で悩むことを止めたのだから。

 

まだダリアへの独占欲が消え去ったわけではない。いや、ドラコの話を鵜呑みにするのなら、そもそもこの感情は消え去るものではないのかもしれない上、消し去る必要性すらないものなのかもしれないけど……まだ私自身が完全に納得してはいないことは確かだった。

でも、それでも分かる。

今回の処刑が執行されれば、やはりダリアにとってあまりいい結果になることはないことを。

そして何より、ダリアのためという理由だけではなく……私自身が、今回の処刑を自分で止めたいと思っていることを。

だってもう私の中では……グレンジャーは敵ではなく、以前のダリアをいずれ守ってくれるかもしれない仲間だという認識に戻っていたのだから。

 

「笑っちゃうよね。自分の気持ちなのに、ドラコに言われないと気づきもしなかったなんて」

 

私は今小屋の中にいる人たちに聞こえないように、静かに綱を柵から外しながら一人呟く。

ドラコが言うように、私は昔グレンジャーに対して仲間意識すら持っていた。ダリアの最初の友達の座を譲る気は更々なかったけど、それでも将来一緒に何かと苦労の多いダリアを助けてくれるものだと思っていた。

それが去年のクリスマス。あのポリジュース薬から始まる一連の事件が起こり、一度は失ってしまった認識だったけど……いつの間にか、私の中には昔と同じものが戻っていたのだ。

……いや、本当はいつ戻って来たかなんて分かっている。そんなの、

 

『ただ貴女達と友達になりたいだけ。……貴女と友達になりたいだけなの』

 

あの医務室での一夜以外にあり得ない。

思い返せばあの日から、私はグレンジャーに対しての嫌悪感を徐々に失ったのだ。

グレンジャーの真摯な言葉や、今まで私が彼女に行ってきた所業をあたかも気にしていない態度に、私は彼女に対する怒りを保つことが出来なかったのだ。

それどころか、

 

「……本当は、私はグレンジャーに対しての仲間意識を……そもそも失ってすらいなかったのかもね。だって……そうでなければ、私はそもそも彼女に『マグル学』を受ける理由を話しもしなかっただろうから……」

 

私はグレンジャーのことが嫌いになっても、彼女に対する信頼感だけはずっと持ち続けていたのかもしれないのだ。

思い返せば簡単な話だ。私はレイブンクロー生には『マグル学』を受講した表向きの理由を言わなかったというのに、グレンジャーに対しては表裏どちらの理由もすぐに話していた。二人とも同じマグル生まれであるにも関わらず、だ。

理由は簡単。私はおそらく無意識のうちに……私が、

 

『マグルの愚かさを知るため』

 

などと話しても、グレンジャーは決してそんなものを信じない、彼女なら私の『マグル学』を受ける本当の理由を理解してくれると信じていたから。あの時はまだ、私は彼女に対して去年の怒りを感じていたというのに……。

 

ドラコの言葉を受け、ようやく自分の気持ちに整理が付いた。

同じく友達のいなかったであろうドラコに言われるのは癪だけど、彼の言葉を聞いて初めて自分自身のこの気持ちの変遷に気が付くことが出来た。

いざ言葉にしてしまえば、こんなに簡単なことだった。

私は結局、去年のダリアと同じように……自分の中の好意を認めることが出来なかっただけなのだ。

ドラコの言うように、私とダリアはどこまでも似た者同士だった。

去年一人で悩み続けるダリアにヤキモキさせられたけど、そのままの感情をドラコに抱かせていたに違いない。傍から見る分には、さぞ見ていてもどかしくなる一人相撲だったことだろう。

 

「去年は私がダリアを説得したのにね……。情けない話だよ。……今度会った時には、ちゃんとグレンジャーに謝らないとね。あの子には散々迷惑をかけちゃったから……。でも、その前に……ほら、バックビーク、立って! 貴方が死んでしまったら、ダリアが困ってしまうの。だからほら、立ちなさいって!」

 

認めてしまえば簡単なことだった。

私は結局、ドラコの言う通り自分の感情を認めることが出来なかっただけだった。ダリアがグレンジャーの謝罪を受けていないから、私も彼女を許してはいけないと思っていただけだった。そもそもダリアはグレンジャーのしたことを知らない、私が伝えてさえいないというのに……。全ては私の自己満足。ダリアが望んでもいないのに、自分が勝手に自分の中のダリアのイメージに沿っただけの行動。それが今年における私の全てだった。

 

『お前の中のダリアこそが、お前の行動を縛っているんだよ』

 

でも……今は違う。

自分のグレンジャーへの感情を理解した私は、もうダリアへの独占欲だけで行動したりなんてしない。私はもう、自分の感情より大切なものを取り戻したのだから。

今回の件は決してダリアのためや、ましてやグレンジャーだけのための行動ではない。トロールの時と同様、グレンジャーを完全に切り捨てることでダリアが大切な何かを永遠に失えば……多分私との間ですら、ダリアは最終的に壁を作ってしまうようになるだろうから。あの時私がダリアを行かせた理由、それと同じ理由で私は自らの手でこの事件を解決しなければならない。

 

これからもダリアの友達であり続けるために。彼女の心からの笑顔を、ずっとそばで見続けるために。

 

迷いが吹き飛び、いっそ清々しい程の気分の私は、今まで鬱屈していたものを更に発散させるように綱を引っ張る。

心の迷いがなくなった以上、もうこれが最後の難関と言ってもいい。今頃小屋の中ではドラコが時間稼ぎをしてくれているはず。私の背中を押してくれたり、ルシウス氏やダリアの決定に逆らってまで行動を起こしてくれているのだ。そんな彼の努力や決断を無駄にしてはいけない。

そう思い、私は何度も綱を引っ張り……その場から一ミリたりとも動こうとしないヒッポグリフに絶望した。

先程から引っ張っても、前足で踏ん張って動こうとしないのだ。

 

「ちょっと! 貴方分かっているの!? ここにいたら殺されちゃうんだよ! だから動きなさいって!」

 

ヒッポグリフにこの場で出せる範囲の大声を上げても、こちらを睨むばかりで決して歩き出そうとはしない。

私如きの命令を受けたくないとでも言いたいのだろうか。

私は更に力を込めて綱を引く。しかしやはり結果は同じだった。小屋の中からは、

 

『お前には言っていない。僕はもう、お前に何の期待もしていないんだ。老害は黙ってお茶でも啜ってろ。それで、僕に謝るのか謝らないのかどっちなんだ?』

  

『ドラコ! お前、よくもぬけぬけと! バックビークを見世物にした挙句……ダンブルドア先生まで侮辱しおって! よくもそんなことが言えたな!』

 

等と怒号が聞こえ、まだもう少しこちらに来るには時間がかかりそうな様子だったが、あまり油断しているわけにはいかない。

私はヒッポグリフの瞳を睨み返しながら、再度綱を引こうとする。

その時だった。

 

「ちょ、ちょっと待って、ハーマイオニー! 何をしようとして、」

 

「グリーングラスさん! 手伝うわ!」

 

後ろの茂みからグレンジャーさんが飛び出してきたのは。

 

「貴女なら……ううん、貴女達なら絶対に助けてくれると信じていたわ! さぁ、バックビーク! 行きましょう! 私達が自由にしてあげるわ!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ハーマイオニー視点

 

「……ということは、今の貴女は二周目の貴女……ということなんだね? 今のあなた達は城にいる。まさに完璧なアリバイだね。誰も未来の貴女達がここにいるとは思わないからね。……でもそれって私に接触していいものなの? 時間がどうなるか分からないから、絶対に今の時間の人に会っちゃいけないはずじゃないの?」

 

バックビークを何とか茂みの中に連れ込んだ私達は、小屋の中からマルフォイさん達が出てくるのを待っている。そんな中、グリーングラスさんは私の短い説明でも一瞬で事情を理解したようだった。私は二人分の訝し気な視線を受けながら、ただ小屋の方を見つめて応えた。

 

「大丈夫よ。確かにマクゴナガル先生からも、絶対に誰にも見られてはいけない、気が付かれてはいけないって言われているけど……貴女なら事情を知っているし……それに何より、貴女なら絶対に大丈夫だと思ったから」

 

私のあっけらかんとした応えに、横から息を呑む声が聞こえる。

以前であれば、

 

『何が言いたいのか、私にはさっぱり理解出来ないよ』

 

という返事が返ってくるだろう言葉。

でも何故か今回は、

 

「……本当に、貴女には敵わないよ」

 

というどこか苦笑すら感じる返事でしかなかった。

いつもと違う反応に、私は思わず小屋から視線を外してグリーングラスさんの方を見やろうとする。

でもその前に、

 

「……ハーマイオニー、君は一体何をしているんだい? 誰にも見られちゃいけないって言ったのは、他でもない君自身じゃないか。よりにもよって、なんでグリーングラスなんかに話しかけるんだよ!」

 

もはや敵意すら籠った視線を向けてくるハリーによって遮られたのだった。

私はため息を一つ吐くと、ハリーに静かな口調で応える。

 

「仕方ないでしょう? もう時間がなかったのだから。それにグリーングラスさんは信用できるから大丈夫よ。今の時間にいる私達自身ならともかく、彼女は私達の状況も理解してくれているわ。彼女はずっと前から私がタイムターナーを使っていることを知っているから」

 

「……僕達にも言わなかったことを、こいつなんかに話していたのかい?」

 

「……貴方を信用していないわけではないのよ。でも、彼女なら決して他の人に……それこそマルフォイさんにだって話さないと思ったから。それにこの場合、彼女に話しかけなければ話は進まなかったわ。私達はシリウスを救うためにも、バックビークをまず助けなければならない。ドラコ達がいつ外に出てくるか分からない以上、もう時間がなかったのよ」

 

「……シリウス?」

 

「ま、まだその話をしていなかったわね。その事情は後で話すわ! ほら、静かに!」

 

グリーングラスさんの疑念を遮ると同時に、小屋の裏口がバタンと開く。

辺りに静寂が満ち、聞こえるのは私、ハリー、グリーングラスさん三人の息遣い。そしてバックビークが僅かに身じろぎする音だけ。

緊張に満ちた空間。その中に再び響いたのは、

 

「ん? バックビークはどこだ?」

 

そんな魔法大臣の間の抜けた声だった。

魔法大臣に続き、処刑人のカンカンに怒った声が響く。

 

「おい、ここに繋がれているはずだろ! 俺は見たぞ! なんでここにいないんだよ!? まさかハグリッド、お前が逃がしたんだな!」

 

「お、俺は何にもやってねぇ! あぁ、バックビーク! きっと自分で自由になったんだ! なんて賢い奴なんだ!」

 

「……ハグリッド、落ち着くのじゃ。嬉しいのは分るが、今は静かにの。それとマクネア。お主も確認したのじゃろぅ? バックビークがそこに繋がれておったことを。ならハグリッドは無実じゃよ」

 

「……では貴方はどうなのだ、ダンブルドア。森番が無理なら、この場で最も怪しいのは貴方だろう? この責任はどうとるおつもり、」

 

「それこそ言いがかりじゃよ、ルシウス。ワシは何もしておらんよ。ワシも先程まで一緒におったじゃろうに。さて、皆さん、この状況でもまだバックビークを探すのなら空を探すことじゃ。ワシはその間……ハグリッドにお茶を一杯貰っておこうかのぅ。ハグリッド、頼めるかの?」

 

「勿論でさぁ、校長先生!」

 

木の間から見える、大人たちが怒声を飛ばし合っている光景。

よかった、作戦は大成功したみたい。誰もハグリッドやダンブルドアの責任にすることは出来ず、この処刑を推し進めていた人達はただ悔しそうに歯軋りするばかりだ。

でもそんな中……

 

「……なぁ、ハーマイオニー。ダリア・マルフォイ……こっち見ていないか?」

 

「し、静かに! で、でも、確かに……」

 

「……ダリア」

 

マルフォイさんだけは、ただ黙ってこちらの方を見つめていた。

大人達の言い争いに参加するでも、横で彼女を見つめるドラコに応えるでもなく、ただこちらをじっと見つめている。

木々の僅かな隙間の中、私とマルフォイさんの視線が一瞬だけ交差したような気がする。

そんな彼女が動いたのは、

 

「くそッ!」

 

処刑人が癇癪を起して斧を柵に振り下ろした時だった。

シュッという音が鳴ると同時に、彼女は杖を取り出したかと思うと、

 

『デメット、刈り取れ!』

 

畑の中に立っている案山子に向かって、呪文を唱えたのだった。

その場にいた全員が突然の行動に驚く中、案山子の頭が面白いくらい簡単に零れ落ちる。

そしてマルフォイさんはもう一度だけ私の方を一瞥すると、やはり何も話すことなくその場を後にしたのだった。

 

 

 

 

これが私達の夜の折り返し地点。

この後、

 

「私はもう戻らないと。ダリアがきっと談話室で待っているはずだから。じゃあね、グレンジャー……。また明日」

 

グリーングラスさんと別れ、まだまだシリウスを吸魂鬼から救ったり、その後捕まった彼をバックビークで迎えに行ったりという冒険が続いたわけだけど……それはまた別の話。

 

こうしてこの時、マルフォイさんの()()と共に……バックビークの処刑に関連する事件はようやく終わりを迎えたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ダリア視点

 

決して許したわけではない。

お兄様を傷つける。それはどんな理由があろうとも、私の中では罰せられなければならない大罪でしかない。平時であれば、私はそれを喜んで執行していたことだろう。

でも今は……。

 

私はお父様とお兄様が後ろから続くのを感じなら、黙って城だけを見て歩き続ける。

正直、今の私には誰かと話している余裕などなかったのだ。

黙っていなければ、ダフネへの罪悪感……そして僅かに感じる違和感で押しつぶされそうだったから。

私はグレンジャーの存在を木々の向こうに感じておりながら、それをあの場で追求せず、彼女もろともヒッポグリフを見逃してしまったのだから……。

 

私は愚か者だ。

正確にはあの場にいた三人組の正体を完全に確認したわけではない。しかしこんな時間にあの場におり、尚且つヒッポグリフを逃すなどという行動をとる人間は、グレンジャーさんたち以外にあり得ない。

だからこそ、冷静に考えればあの時彼女を見逃すことは許されることではなかった。私にはダフネのために、この処刑を必ずや成功させなければならない義務があったのだ。私の親友のために、私が他の友達など欲していないことを示すために……。

 

それなのに、結局私はグレンジャーさんを見逃してしまった。更に忌々しいのは、あの見逃した瞬間、ヒッポグリフに対する怒りや、殺さなければならないという義務感を感じてはいても……決して()()()()()()()()()()()自体は感じていなかったことだった。

これでは『まね妖怪』の時から何も進歩していない。私の親友に、口ではなく行動で示すと誓ったのに、私は結局去年と同じように……。

 

「ごめんなさい……ダフネ」

 

静まり返る校庭に私の呟きが僅かに響く。

本来なら誰も応えることのないただの独り言。しかしこの場には、

 

「……何を謝っているんだ? お前がダフネに謝る必要性なんかこれっぽっちもない」

 

幸か不幸か、一人だけ応えてくださる人がいたのだった。

これからのことを思案している様子のお父様を横目に、お兄様が静かな口調でただ一言だけ応える。そしてその一言でお兄様の話は終わりではなく、

 

「……ダリア。お前の考えていることは大体わかっている。でもな、僕から今回の件で何も言うことはない。ただ……ダフネと会った時……明日の朝でもいいから、しっかり話し合え。今までの様に、お互いがお互いに遠慮するのではなくな……。怖がるな。もうお前らはちゃんとした親友なんだから」

 

そんな謎めいた言葉を残し、再び黙り込んでしまったのだった。

お兄様が正直何を言っているのかよく分からない。

でも、それなのに、

 

「……はい、お兄様。そうしてみます」

 

何故か私は自然に頷いていた。

 

どこか……ダフネのためにヒッポグリフを殺さなくてはならない、グレンジャーを見殺しにしなければならないと考える思考自体に違和感を感じながら……。

 




次アズカバン編最終話。その次一話だけ閑話を挟み、いよいよゴブレッド

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