ハリー・ポッターと帝王のホムンクルス 作:オリゴデンドロサイト
ダリア視点
私には去年まで、友人と言える人間など一人もいなかった。
自分と家族のみで完結された世界。それが私が生きることを許された世界だった。
お茶会で紹介されて以来の知り合いであるクラッブとゴイルは、確かに他の人間よりかは親しい間柄にあったかもしれない。しかし純血貴族という関係上、お兄様ならいざ知らず私が必要以上に彼らと親しくなるわけにはいかなかった。彼らはあくまで私がマルフォイ家の取り巻きとして紹介されたのであり、彼らは彼らで私がマルフォイ家の長女であるが故に私の傍に居たからだ。
マルフォイ家の中にあって、その実マルフォイ家に相応しくない秘密を抱えていると周りに知られれば……私の大切な家族にどのような迷惑がかかるか想像に難くなかった。
だから私はこれまでも、そしてこれからもずっと家族以外の人間とは誰とも分かり合えず、誰とも親しい関係になれないのだと思っていた。その運命こそが私の家族を守る唯一の手段であり、寧ろ私に課せられた義務ですらあるのだと思っていた。クラッブとゴイルとてその例外ではない。
私は誰とも親しくはしてはいけないし、親しく出来るはずもない。
そう、私はずっと信じて疑わなかったのだ……。
しかし、そんな状況が去年突然一変することになる。
ダフネという存在が現れることによって……。
思えば最初から彼女は不思議な存在だった。
正直に言って、最初はグレンジャーさんのように興味が惹かれるような存在ではなかった。彼女の様に知性や才能を感じたわけではなく、その元気いっぱいな姿に寧ろどこか御転婆な性格を想像すらしていた。同じ聖28一族であっても、彼女と真に親しくなる未来など想像だにしていなかった。
でも、それは最初の印象だけ。元気いっぱいな性格と同時に、実際にはダフネにもグレンジャーさんと引けを取らない程の知性や好奇心が備わっていた。そして何より……彼女はいつだって、私の傍に自然な形で居続けてくれていた。彼女はいつだって、マルフォイ家の私ではなく、ダリアとしての私の傍に居続けようとしてくれていた。
私が諦めつつも心のどこかで求め続けていた……お互い切磋琢磨でき、そして私のことを見てくれる友人の理想像が、彼女の中にはあった。
彼女の言では、私が唯一参加したお茶会の時から私のことを知っていたらしい。こんな無表情な人間のどこが彼女の琴線に触れたのかは分からないが、お茶会で見かけた私に惹かれ、あれ以来ずっと私の友達になることを望んでいたのだと、彼女は『秘密の部屋』で言っていた。それはともすれば、最初彼女の惹かれた点は私の外見でしかなかったと言えるのかもしれない。でも、それでも入学式で会った彼女は確かに私の内面を見ようとしてくれていた。老害の様に無理やり私の中に踏み込んでくるのではなく、拒絶的な反応を示す私に忍耐強く寄り添い、決して私が寂しい思いをしなくていいように気遣ってくれた。彼女の私と友達になりたい、私の傍にいたいという思いは間違いなく本物だった。
そんな彼女のことを、許されないと知りながら大好きになったのは……おそらく必然だったのだろう。
そして見るに堪えない程の悍ましい秘密を知りながら、彼女が私のことを受け入れてくれた時、私は確信した。
あぁ、この子のことを嫌いになんてなれるはずがない。どんなに離れなくてはならなくても、この子を突き放すことなんて私には出来ない。許されないのに、後悔しなければならないのに、私はどうしようもなく彼女のことを好きになってしまったのだ。
ダフネは……私の人生で初めてできた掛け替えのない親友なのだと。
だから私は……絶対にダフネを失いたくなんてなかった。
ダフネがいつの間にか私に独占欲を抱いていようとも関係ない。私なんかに出来た初めての友達を、私はどうしても守りたかった。彼女の悩みから、彼女の苦痛から、彼女の……
だから……
ドラコ視点
スリザリンの談話室は未だかつてない程カオスな様相を呈していた。
「スリザリン万歳!」
「うぉぉぉ! 純血に栄光あれぇぇ!」
所々で意味もなく歓声を上げる生徒がおり、いつもは厳かな雰囲気を醸し出している談話室の壁もキラキラした緑色に塗り替えられている。しかし、そんないつもであれば考えられないような空間に誰も文句一つ言わず、寧ろ積極的にいつもは考えられない馬鹿をやらかしている。まぁ、それもそうだろう。何故なら今この部屋には、
「これが優勝杯! ようやく優勝杯が、俺たちスリザリンの手に!」
光り輝くクィディッチ優勝杯が鎮座しているのだから。
僕がシーカーに就任し、全員にニンバス2001がプレゼントされた時も凄まじいお祭り騒ぎだったが、今はそれの比ではないだろう。皆代わる代わる優勝杯に触れ、意味もなく歓声を上げながら次の人間と交代する。そして今度は僕の方にやってきては、
「ドラコ! 本当によくやってくれた! 今回の功労者はお前だ! いや、見直したぞ!」
「マルフォイ! お前こそがスリザリンのシーカーだ!」
「あのポッターの顔を見たか! ファイアボルトを手に入れたからって調子に乗りやがって! いい気味だったぞ!」
口々に僕を誉めそやすのだ。あまりの騒ぎに、少しだけ顔を見せに来たスネイプが黙って頭を振りながら帰ったくらいだ。この談話室で静かにしている人間など、おそらく僕の隣でずっと嬉しそうな無表情を浮かべているダリアくらいのものだろう。
「ドラコ! おめでとう! やったね! これでもう誰も貴方のことを馬鹿になんてしないよ! 他の寮の連中が何か言ってきても、そんなのただの負け犬の遠吠え! だから胸を張っていいんだよ! ダリアもそう思うでしょう!?」
「えぇ、ダフネの言う通りです。他寮はスリザリンのことを卑怯だと言いますが、相手もファイアボルトを持ち出したりしているのです。彼らにお兄様を批難する権利などありません。彼らは勝てる方法を選択せず、お兄様達は選択した。ただそれだけのことです」
周りのバカ騒ぎには参加しないものの、ダリアにへばり付くようにして大声を上げるダフネに応える形で、ダリアが静かな口調で話しかけてくる。
「お兄様は本当によくやってくださいました。かっこよかったですよ、お兄様」
「あぁ、ありがとう、ダリア」
僕は今まで、スリザリンでの地位を確固たるものにするためにシーカーをしてきた。そしてそれが今叶い、スリザリンの全員から口々に賞賛の言葉を送られている。もはや僕のスリザリンにおいての地位は揺るぎないものに変わっていることだろう。
しかしそんなものより、僕はこのダリアの言葉こそが一番嬉しかった。別に他の言葉が嬉しくないわけではない。でも、やはりダリアの言葉こそが、僕は最も嬉しい物であり、最も求めていたものだったのだ。今年は自分の不注意で怪我をしてしまったりと失敗続きだったが、これでようやく真の意味でダリアの笑顔を見ることが出来た。そもそもシーカーの地位だって、全てはダリアのために求めていたのだから当然だ。
自分の頬が自然に綻んでいるのを感じる。そしてそんな僕の笑みを受け、ダリアの無表情が更に綻び、それがまた僕の気持ちを更に明るいものに変えていくようだった。
今ならどんなことだって出来るような気がする。今ならどんな困難だって乗り越えられるような気がした。
だから僕は……このタイミングでグレンジャーからのお願いを叶えることにしたのだ。
そうだ今なら……今のダリアなら、僕の要求をすんなり呑んでくれるかもしれない。数日前とは違い、今のダリアは僕の怪我を忘れる程機嫌がいい。なら今言ってしまえば、きっと物事はすんなり上手くいくはずだ。
僕はそんな安直な思考をしながら、明るい表情のままダリアに話しかける。
「ダリア……試合前に言ったことを覚えているか?」
「えぇ、試合の後大事なお話があるとか。何のお話でしょうか?」
「あぁ、実は……」
この時の僕は、すぐ後にダリアが何と答えるか想像だにしていなかった。
ハーマイオニー視点
スリザリン対グリフィンドールの試合があってから、城はまるで葬式でもやっているかのような空気だった。騒いでいるのはスリザリン生だけで、他の寮は一様に暗い表情を浮かべ、ただボンヤリと虚空を見つめ続けている。それは特にグリフィンドール生が顕著であり、チームメンバーに至っては自殺しかねない程表情が暗かった。ハリーなんて、
「僕のせいだ……。僕がもっと早くスニッチを見つけていれば……」
先程からそんな言葉しか発していない。
「去年の試合で、ドラコがあんな汚い手を使ってくるのは分かっていたのに……。あの試合だって、僕は苦戦していたのに……。なのに……僕はファイアボルトを手に入れたことで、どこか油断していたんだ……。それでこんなことに……」
昼食の席にハリーの虚ろな言葉が響き続ける。
空気が限りなく重い。皆譫言のような言葉しか発せず、何をするでもなく虚空を見つめ続ける空間に息が詰まりそうだった。
でも、私はそんな中でも忙しなく行動するしかなかった。項垂れるハリーやロンを放置し、私は次の予定のために昼食のオートミールを流し込むように食べる。
私だってグリフィンドールが負けたことは悔しい。スリザリンが行ったプレー内容に憤りを覚えないわけでもない。あれは誰がどう見たって、卑劣極まりないプレーだった。でも私にはそれに一々構っている程の暇がなかったのだ。
試験がもうすぐそこまで迫っており……尚且つ、バックビークの処刑日もすぐそこまで近づいてきているから。
ドラコがマルフォイさんにバックビークの処刑について話しているかは分からない。彼との約束では、試合が終われば彼女に話すということになっている。でも今の所処刑が取りやめになったという話も、マルフォイさんからのアプローチも何もない。彼がちゃんとマルフォイさんに話しているかどうかも怪しかった。
だから私は大量の試験勉強以外にも、マルフォイさんに頼らずにすむ方法を模索し続ける必要があった。マルフォイさんに直接嘆願しに行くこと方法もあるけれど、それはグリーングラスさんに申し訳ない。そもそもこちらがお願いする段階で、マルフォイさんに……そして彼女を私に奪われるかもと恐れるグリーングラスさんに相当の負担をかけるのだ。お願いを承諾されないからと言って、事件に直接関係しているわけでもない彼女達を責めるのはお門違いだし、これ以上を彼女達に求めるのは無責任だ。前提として、自分から怪我をしたドラコが責任をとるか、若しくは私が自分自身の力で事態を何とかしなければならない。最初から彼女達に頼ろうという考え方自体が甘かったのだ。
そう思い、私は周りの皆に引きずられそうになる気持ちを奮い立たせ、まず目の前にあることを一つ一つ済ませるため『マグル学』の教室に向かったわけだけど……。
「グレンジャー……話があるのだけど」
どうやら事態は私の知らない所で、一応の進展はしていたようだった。
他のスリザリン生ならいざ知らず、このタイミングでグリーングラスさんの方から話しかけてくるなど、バックビークの件について以外あり得ない。
試合が終わっても少しも好転しない状況に、何とか自分を誤魔化し続けていたけど……彼女の方から話しかけてくれたなら別。
まだ私達以外の生徒が来ていない教室。私は思わず逸る気持ちを何とか抑え込みながら返事をする。
と言っても、
「グ、グリーングラスさん。そ、それで、どうだった? ドラコはちゃんとマルフォイさんに話してくれたの?」
やはり溢れ出る期待感を完全に抑え込むことは出来なかったけど。
グリーングラスさんはそんな私に、一瞬悲しそうな表情を浮かべた後応えた。
「……うん、話していたよ。試合が終わった後の祝勝会中にね。グリフィンドールの貴女には申し訳ないけど、スリザリン中がお祭り騒ぎだったし、ダリアもその例外ではなかったからね。ドラコもあのタイミングなら、ダリアもすんなり貴女のお願いを聞いてくれると思ったのだろうね。実際は貴女のお願いという形ではなく、ドラコ自身からのお願いという形で話していたけど……」
どうやらドラコが約束を破ったわけではなかったらしい。グリーングラスさんが言うのだから間違いない。彼はきちんとマルフォイさんに伝えてくれたのだ。
それが分かった瞬間、私は喜びを爆発させた。
「よかった! ありがとう、私のお願いを聞いてくれたのね! 正直、もう自分達だけで処刑を止めさせるのは無理なのかもと思っていたの! でも、これで止めることが出来るわ! いくらルシウス・マルフォイでも、マルフォイさんの意見なら必ず聞いてくれるはずよ! あぁ、本当にありがとう! グリーングラスさん、全て貴方のお蔭よ! 本当は私のお願いなんて聞きたくなかったでしょうに、それでも貴女は聞いてくれた! なんて言えばいいか、」
この時の私は、もはやバックビークに関わる事件は解決したものと確信していた。問題はグリーングラスさん……若しくはドラコがマルフォイさんに伝えてくれたかどうかで決まる。確かに私は問題解決の糸口に喜ぶばかりでマルフォイさんの気持ちを考えてなどいなかったけど……それでもやはり彼女に伝わりさえすれば、彼女なら必ず処刑を止めてくれる。ドラコが怪我をしたことから、彼女がいい顔をするはずはないけど……最終的には必ずバックビークの命を救ってくれるはず。そう私は確信していた。
でも、
「ううん、グレンジャー。礼を言うのはまだ早いよ。だって……」
現実は違った。
グリーングラスさんからの返事は、前回のもの以上に信じがたいものだった。
私は次の瞬間、何故グリーングラスさんが悲しそうな表情を浮かべているかを知ることとなる。
「だって……ダリアはドラコの話を聞いても、処刑の中止を絶対にしないと言っていたからね」
ダフネ視点
それは談話室での祝勝会中の出来事だった。
劇的……とは言えないけど、誰もが負けると確信していた試合をひっくり返したことで、ドラコも含めて皆が最高の気分に浸っていた。
そんな中、グレンジャーとの約束を守る……ダリアが最も傷つかずに済むのはこのタイミングだと思ったのか、突然ドラコが話し始めたのだ。
確かにダリアにいつかは話さなくてはならないのなら、このタイミングしかないだろう。今ならそれなりに自然に話を終わらせることが出来る。でも、
『あぁ、実は……父上に、ダリアからヒッポグリフの処刑を止めるように言ってほしいんだ』
『……はい?』
どうやらドラコの目論見は外れたようだった。
一瞬、ダリアの周りの空気が凍ったような気がした。
試合直後から続くスリザリン生の馬鹿騒ぎが終わったわけではない。相も変わらず、皆普段は上げないような奇声を上げ続けている。
しかしドラコの発言の瞬間、ダリアの醸し出す空気だけは明らかに変わったのだ。先程までにこやかな無表情を浮かべていたというのに、一瞬で完全な無表情になりながらダリアが尋ねる。
『……申し訳ありません、お兄様。まず、ヒッポグリフの処刑のことを私は知らないのですが……。ヒッポグリフと言うと、お兄様に怪我を負わせたという野獣のことですか?』
『あ、あぁ、そのヒッポグリフのことだ。僕も知らなかったんだが、実は父上がそいつの処刑を推し進めているみたいでな。ぼ、僕も特段それに反対と言うわけではないのだが……処刑されるのはそれはそれで寝覚めが悪いからな。この前、父上に止めるように頼んでみたんだ。そしたら処刑はダリ……ぼ、僕のためだから止めるわけにはいかないって言うんだ。おそらく父上は僕の意見は聞いて下さるつもりはないのだと思う。だからな、ダリア。お前の方から父上に言ってもらえないか?』
ドラコの言葉が終わった瞬間、騒がしい談話室の一角に気まずい沈黙が舞い降りる。ダリアはじっとドラコを見つめるばかりで何も話そうとしないし、ドラコはドラコで、黙り込むダリアの反応が意外だったのかしどろもどろしている。しかもダリアが再び口を開いたとしても、
『……本当に、それはお兄様の願いなのですか? 私には、それが本当にお兄様の願いだとは思えないのですが。そもそもお父様が私にすら隠していた情報が、一体どこからお兄様に伝わったのですか? 他のスリザリン生達からなら、お兄様がこのようなことを言い始めるはずがありません。お兄様、嘘偽りなく、本当のことを話してくださいますか?』
明らかにこちらの嘘を見抜くものだった。
ドラコとしてはグレンジャーのことを言わずに事を終わらせようとしたのだろうけど……こうなったら本当のことを言うしかない。
ドラコは私の方に助けを求める視線を送ってきたが、私が頭を振ると諦めたように話し始めた。
『……あぁ、お前の言う通りだ。これは……実はグレンジャーから頼まれたことなんだ。あの野蛮人と友人のグレンジャーが、お前に処刑を止めるよう言ってくれと頼んできたんだ。だから……』
空気が更に凍っていく気がした。
周りで騒いでいた連中も、流石にダリアの垂れ流し始めた不穏な空気に気が付いたのか、チラホラとこちらを不安そうに見つめている生徒が見え始める。
そんな空気の中、ダリアが静かに応え始めた。
『成程……。ようやく合点がいきました。お兄様が突然こんなことを言い始めるなんて、どう考えてもおかしいと思ったのです。お兄様に怪我を負わせた下等生物を、私が助けたいなど思うはずがないとお兄様なら分かるはずですから。あぁ、しかし……グレンジャーさんからのお願いでしたか。なら尚更……』
そしてダリアは一瞬私の方を見やってから、キッパリとした口調で続けた。
『お兄様、申し訳ありませんが、この話は断らせていただきます。何故お兄様のお願いならいざ知らず、グレンジャーさんのお願いを聞かねばならないのですか? お兄様に傷を負わせたヒッポグリフなど、殺されて当然です。寧ろ私が殺してやりたいくらいなのです。それをどうして、グレンジャーさんからのお願いで許さねばならないのですか? 私にとって、グレンジャーさんはどうでもいい人間なのです。私の友達は……ダフネだけで充分です』
その発言の直後、ダリアはまるで逃げるように寝室に行ってしまった。
談話室に残されたのは、茫然と彼女の後姿を見送る私達だけだった。
……少し前の私なら、ダリアの発言を喜んでいたことだろう。
ダリアは……グレンジャーではなく私を選んでくれた。私こそがダリアの唯一にして一番の友達なのだと。そんな暗い喜びを、罪悪感を覚えながらも感じていたことだろう。
でもこの時の私の心を占めていたのは……喜びなどではなかった。
私は気付いてしまったのだ。ダリアが本来、こんな発言をすることはないことに。
一年生、そして二年生の頃も、ダリアはいつだって口ではグレンジャーを否定していても、なんだかんだ言って彼女を助けていた。他者を拒絶しなくてはならないと思い悩みながら、それでもグレンジャーにだけは手を伸ばし続けていた。
それがどうだろう。この時だけは問答無用と言わんばかりに、グレンジャーの願いを完全否定したのだ。ドラコのお願いという形を取ったにも関わらずだ。
いつもであればヒッポグリフに対する恨みやマルフォイ家に対する義務感と、グレンジャーに対する複雑な思いの合間でダリアは思い悩んでいたことだろう。でも、それがこの時はなかった。それは何故か……。
答えは簡単だ。私はこの時、ようやく気が付いたのだ。いや、気が付いてしまったのだ。
ダリアは……私のこの独占欲に、とっくの昔に気が付いていたのだと。
そうでなくては説明がつかない。私とドラコは、ダリアがグレンジャーのお願いだからこそ思い悩み、そして最終的には彼女のお願いを聞き届けると思っていた。だからこそ思い悩むなら、せめて少しでもダメージの少ない時期に話そうと考え、試合の直後に話すことになった。それが悩むどころか、
『私の友達は……ダフネだけで充分です』
等という発言まで残して、キッパリと断ったのだ。こんな普段であれば考えられない行動をとった理由など、少し考えれば明らかなことだ。
ダリアは私を傷つけないために、私が恐れているダリアの新しい友達が出来る可能性を感じさせないために、ドラコのお願いですら断ったのだ。
それに気が付いた時、私は喜びではなく……どうしようもない羞恥心と罪悪感を感じていた。
ダリアは心も綺麗な人間だから、私を未だに避けていないことから、彼女は決して私のこの醜い独占欲に気がついてなどいない。そんなことを考えていた私を、正直殴り飛ばしてやりたかった。
私は知っていたのに。私がどんなに醜い人間であろうとも、ダリアはそれを受け止めてくれる優しい人間なのだって。
私は結局……ダリアに憧れるばかりで、彼女のことを本当に理解しているわけではなかったのだ。『秘密の部屋』で最後まで寄り添うと言ったのに、私は身勝手にも彼女を一人にしてしまっていたのだ。
思い返せば気が付けるタイミングなどいくらでもあった。それなのに私は……。
私には生まれてこの方、友人と言える人間など一人もいなかった。
パンジー達を友達候補と紹介されても、彼女達の純血主義を見ているとどうしても昔の自分を思い出してしまい、彼女達のことを真の友達だと思うことが出来なかった。
だから私にとって、本当に親友だと言えるのはダリアだけだった。ダリアだけが、私の人生で初めてできた友達だった。
そんな友達を私は……。
私とダリアは……どこまでも似た者同士だった。
初めての人間関係に戸惑う、そんなまだまだ子供のままの……。
刻一刻とヒッポグリフの処刑日が近づいてゆく。
こうしてそれぞれがそれぞれの思いを抱えながら、短くも濃い、たった一夜の群像劇が始まろうとしていた。