ハリー・ポッターと帝王のホムンクルス 作:オリゴデンドロサイト
ハリー視点
「ルーピンがそれを飲んだ!? マジで!?」
ハロウィーンパーティーでの豪華なお菓子が並べられた食卓。人生最高の時を過ごしてきたと言わんばかりの二人に、ダリア・マルフォイが運んできたゴブレットの話をすると、ロンが信じられないとばかりに大声を上げた。
「いやいや、可笑しいだろう!? なんでそんなものルーピンは飲むのさ!? ダリア・マルフォイが運んできたもの!? そんなもの、絶対毒に決まってるじゃないか! しかも作ったのはスネイプだ! ルーピンはまだ生きてるよな?」
ロンにつられて教職員テーブルを見やる。
テーブルに座っているルーピン先生は生きてはいたが、あまり元気そうではなかった。大広間に満たされた楽しい空気とは裏腹に、どこか青ざめた表情をしている。気のせいかスリザリン席に座るダリア・マルフォイの方をチラチラ見ているような気もした。
何故ダリア・マルフォイの方を見ているかは分からないけど、少なくとも絶好調な体調というわけではなさそうだ。
「……あの薬を飲む時、先生は言っていたんだ。あの薬でないと自分に効果はない、体調が整えられないって。……でも、体調が良くなっているようには見えない。寧ろ悪くなってる。
ロンの言うように、僕はやはりあの薬が毒物であったとしか思えなかった。
作り手であるスネイプは『闇の魔術に対する防衛術』教師の座を狙っている。目的の授業担当の座を手に入れるためなら、あいつはどんな手段だってとるだろう。
そして運んできたダリア・マルフォイとグリーングラス。
ダリア・マルフォイがルーピン先生にどんな考えを持っているかは知らないけど、あいつの兄はいつも先生のことを馬鹿にしている。汽車の時は好意的な目をしていたような気もするが、今は先生に対していい感情を持っているとは思えない。それに、もしあいつが先生に悪感情を持っていなかったとしても、ダリア・マルフォイなら何の理由もなくゴブレットに毒物を入れることはやりかねない。人をいとも簡単に、寧ろ楽しんで襲えるような奴だ。これ幸いと先生の薬に毒物を入れるだろうし、一緒にいる取り巻きのグリーングラスもそれを止めないだろう。
ハラハラした様子で教職員テーブルを見やるロンを横目に、僕はスネイプとダリア・マルフォイにも視線を向ける。
見れば見る程怪しいような気がしてくる。スネイプは不自然な程ルーピン先生とダリア・マルフォイに視線を送っている気がするし、逆にダリア・マルフォイは不自然な程教員席に
どう考えても、あいつらは何か悪いことをしている。
しかし、僕達の隣でパンプキンパイを頬張るハーマイオニーは違う意見らしかった。
ハニーデュークスの菓子をはち切れんばかりに食べただろうに、彼女はテーブルに並ぶ料理をおかわりしながら言った。
「マルフォイさんが毒を入れているわけがないでしょう。馬鹿なことを言わないで。配達を頼んだスネイプ先生は分からないけど、貴方がいる目の前でルーピン先生に毒を盛ることなんてあり得ないわ。マルフォイさんはそんなことしないし、そんな簡単にバレる様なことをする程馬鹿でもないわ。先生の体調が悪そうなのは元からよ。ここ最近あまり本調子というわけではなさそうだったから」
まるで簡単な計算式を教えるような言い方だった。
言いたいことを言ったきりお菓子を食べ続けるハーマイオニーに、僕とロンは肩をすくめあう。
彼女のマルフォイに対する評価は全く当てにならない。いつものダリア・マルフォイに対する妄言を聞き流しながら、僕とロンは顔色の悪いルーピン先生を盗み見続けた。
ルーピン先生が今にも死ぬのではないかと不安に思いながら……。
ダリア視点
教員席から凄まじい視線を感じる。普段であれば、どうせ犯人は老害だと思うところだが……どうやら今回は老害ではなさそうだった。
困惑、不安、そして恐怖……。カボチャ尽くしのお菓子を食べる私に強く突き刺さる視線には、そんな複雑な感情が含まれているような気がした。
まぁ、それもそうだろう。何故なら、この視線を送ってきているのは、
「ダリア……。なんか、ルーピン先生が無茶苦茶こっちを見ている気がするんだけど……」
「……無視してください。……ダフネ、顔を向けては駄目です。気にしなくても大丈夫ですよ。先生はちょっと……疑心暗鬼に陥っているだけですから。悪意はないはずです。気にしないふりをすることこそが、お互いのためなのです」
『狼人間』であるルーピン先生なのだから。
スネイプ先生が調合していたのは『脱狼薬』だった。満月の時期においても、狼男が理性を保つことが出来るようになる薬。ここ数年で目覚ましい進歩を遂げ、つい最近実用化された薬ではあるが、まだまだ調合が難しく、薬を作れる人間はそう多くはない。かくいう私も『
そんな調合の難しい薬を態々スネイプ先生に煎じてもらう。それは紛れもなく、ルーピン先生が『狼人間』であることを表していた。これなら先生のボガートが
「まったく……。スネイプ先生も嫌なことに巻き込んでくれますね……」
突き刺さる視線を無視して、私はダフネにも聞こえないような小さなため息を漏らす。
おそらくスネイプ先生は、私なら『脱狼薬』のレシピを知っていると判断したのだろう。だからこそ、部屋の前を通りかかったタイミングで、これ幸いと声をかけてきた。
ルーピン先生の正体をそれとなく教え、私に彼を城から追い出させるために。
何故そこまでルーピン先生のことを嫌っているのかは知らないが、私をあまり変なことに巻き込まないでほしい。今のところ、私にはルーピン先生を追い出す気など毛頭ないのだから。
勿論『脱狼薬』の存在がなければ、私も先生を追い出していただろう。『怪物』である私自身を家族の近くに置くことすら、ダフネの言葉がなければ許容できないのだ。他人である『周期ごとに理性の消える狼男』等許容できるはずがない。私には家族に危険が及ぶ可能性を最小限にする義務がある。
しかし、それはあくまで『脱狼薬』がなければの話だ。薬で理性が保たれるのであれば、狼男を恐れる必要など皆無だ。
まぁ、それでも……。
私がそんなことを考えていたとしても、
「ルーピン先生もお可哀そうに……」
当然私の考えなど知らない先生は、不安で仕方がないだろうけど。
先生が半ば私に正体を見破られたと考えている原因が、どうせあの老害に何か適当なことを吹き込まれただろうことを含めても……私は先生の今の立場に深い同情の念を抱かざるを得なかった。いや、同情どころか……私は彼に強い
『狼人間』は、他の『狼人間』に噛まれることで生まれる後天的な怪物だ。元がどんな聖人君子であっても、満月の時期になれば理性を失い、人間を見境なく襲い始める。
後天的であるという点においては、私より『バジリスク』に似ているのだろうが、怪物である私が共感を覚えないはずがない。
お可哀想に……。
自分が怪物であると周囲に露見する。それは大切な人を傷つけることの次くらいに、怪物である私達には恐ろしいことだ。もし露見した可能性があるのならば、こうやって視線を送り続けることくらいしてしまうだろう。
私が直接この気持ちを先生に言えればいいのだが、今度は私のことが露見する可能性があるため言えない。薬を調合しても配達しなければよかったのかもしれないが、それはそれで、スネイプ先生が勝手に私が調合に参加したことを伝えてしまうかもしれない。そうなれば今より酷い疑心暗鬼にルーピン先生は駆られたことだろう。
当に万事休すだった。最良の手段はこうして先生を素知らぬ顔で無視することくらいしかない。
奇妙な時間だ。
去年まで同様飽きる程のカボチャ尽くしの食事を平らげつつ、なるべく教員席を見ないようにする。いつもは無意識にしている行動が、意識すればする程寧ろ難しく感じれたのだった。
ハリー視点
「結局ルーピンがパーティー途中で死ぬことはなかったな……」
「当たり前でしょう。マルフォイさんが毒を盛っているはずがないもの」
「……それはどうかな。あいつならそれくらい、」
思えば真面に過ごすことが出来た初めてのハロウィーンパーティーからの帰り道。ハーマイオニーとロンの口論を横に聞く僕は、ルーピン先生のことを除けば今最高の気分だった。
ホグズミードに行けなかったのは悔しいけど、その分パーティーは楽しみ尽くせたと思う。
今の僕はスリザリンの奴らが、
「ポッター! 吸魂鬼がよろしくと言ってたわよ! うぅぅぅぅ!」
気絶した振りで馬鹿にしてきても気にならないくらい気分が良かった。今ならパンジー・パーキンソンの馬鹿らしい仕草も気にはならない。
ルーピン先生の件だって、相変わらず顔色が悪いものの、結局ロンの言う通りパーティー中に何か起こることはなかった。だからと言ってハーマイオニーの意見が正しいわけではないだろうけど……。
僕達三人組はどこか浮かれた気分で廊下を歩き続ける。階段を上がり、いくつもの通路を通り、グリフィンドール寮がある塔へ歩みを進める。
大広間からのいつも通りの帰り道。去年のように、廊下に石になった猫がぶら下がっているということもない。
だから僕は、ホグズミードに行けなかったものの、今年こそは真面なハロウィーンを過ごすことが出来たと確信していた。
この時までは……。
寮入り口である『太った婦人』の肖像画のある廊下。いよいよそこに僕らがたどり着いた時、それは起きた。
「なんで皆入らないんだ?」
すし詰め状態になった、
当然答えを知らない僕は、彼の質問に背伸びして前をのぞき込むことで応えた。
僕に分かることは、入り口の肖像画が閉まったままらしいということくらいだった。
……嫌な予感がした。何か悪いことが起こっている気がする。
何故なら……寮に入れずにいる生徒達が、あまりにも
ただ肖像画が閉まっているだけなら、先頭のネビルがまた合言葉を忘れたのだろうと思うくらいだ。でも、この静けさは明らかにおかしい。こんなにパーティー帰りの生徒がいて、廊下がこんなに静かなはずがないのだ。
そして、その予想は当たっていた。
静かな廊下に突然、前の方から大声が響き渡る。
「ダ、ダンブルドアを呼ばなくては! ちょっと通してくれ!」
パーシーのものと思しき声はとても緊迫したものであり、事態が深刻であることを表していた。
前の方から生徒を押しのけるようにパーシーが飛び出し、空いた隙間から一瞬肖像画の様子が見える。
そこには、
「あぁ、なんてこと……」
太った婦人は肖像画から消え去り、キャンバスの切れ端が床に散らばっている。
今年も何か悪いことが起こったのは間違いなかった。
「一体何が……」
息を呑み、不安な様子で僕の腕を掴むハーマイオニーを慰めながら、僕は率直な疑問を口にする。
太った婦人は肖像画の中で言えば比較的真面な性格だ。誰かに恨まれるような絵ではない。それに恨まれたとしても、こんなことをする人間がグリフィンドールの中にいると思えない。
訳が分からなかった。段々と喋る気になってきた周りの生徒も、口々に憶測を話しているが、結局誰も何が起こったのか理解出来ていない様子だ。
もし事態を正しく理解できるとしたら、
「通してくれるかのぅ?」
この人しかいないだろう。
声に振り返ると、僕等の後ろには今世紀最も偉大な魔法使い、アルバス・ダンブルドア校長が立っていた。
パーシーに呼ばれてきたダンブルドアに、生徒が押し合いへし合いして道を空ける。その空いた道をダンブルドアは通り抜け、無残な姿の肖像画を一目見るなり、暗い深刻な目で振り返った。
彼の視線の先には、ちょうどこちらに駆けつけてきたマクゴナガル先生がいた。
「婦人を探さねばならん。マクゴナガル先生。すぐにフィルチさんの所に行って、城中の絵の中を探すように言って下さらんかのぅ」
「分かりました! 貴方達! 貴方達は大広間に、」
事態解決に向け、先生達は迅速な行動をとり始める。
しかし、そんな行動は、
「おぉ~お可哀そうにね!」
突然現れた第三者によって遮られた。
事件が楽しくて仕方がないのか、突然現れたポルターガイストのピーブズが、皆の頭上をヒョコヒョコ漂いながら言った。いつも以上の気持ち悪いニヤニヤ笑いで。
「見つかったらお慰み!」
「……ピーブズ、それはどういう意味かのぅ?」
流石にダンブルドアをからかう勇気はないのか、少しだけ笑いを抑えてピーブズが答える。
「校長閣下。そのままの意味ですよ! 彼女は恥ずかしかったのですよ! あんなにズタズタにされて! 五階の風景画の中を泣き叫びながら走ってましたよ!」
「……婦人は誰がやったか話したかね?」
「ええ勿論ですとも、校長閣下!」
そして……彼は今日一番の爆弾を、相変わらずニヤニヤした表情で投下するのだった。
「いくら寮に入れなかったとしても、こんなに絵をグチャグチャにするなんて……まったく酷い癇癪持ちですね! あのシリウス・ブラックは!」
ダリア視点
「毎年よくもまぁ……。今年は殺人鬼の侵入ですか……。この学校には、ハロウィーンに何か事件が起きないといけない決まりでもあるのですか?」
談話室に帰った途端、再び大広間に戻るように言い渡され、そこでグリフィンドール寮でのことを説明される私の感想はそんなものだった。
どうやって『吸魂鬼』の監視を掻い潜り、城に侵入しているかは知らないが、シリウス・ブラックの目的はポッター……との話だ。出会えば襲われるかもしれないが、普段通りにしている分には、恐らく
唯一懸念があるとすれば、
私は自分の中に生まれた僅かな雑音を無理やり打ち切る。
そうだ……お兄様とダフネにさえ問題ないのなら、それは何も問題はないことと同義だ。何故私がグレンジャーさんの心配をしなければならないのだ。それに彼女はグリフィンドール生といっても、ポッターとは違い女子寮にいる。彼女がシリウス・ブラックと出くわす可能性は限りなく低い。だから……私は何も不安に思う必要などない。
この思考は無価値で無意味なものだ。
僅かな不安感を塗りつぶした私は、まだ前の方で話している老害に意識を戻す。
生徒を安心させようとしているのか、老害はいつもの
「……というわけじゃ。ワシらは今から城中を捜索せねばならん。気の毒じゃが、皆にはここで一晩過ごしてもらうことになる。皆の安全のためじゃ。監督生は入り口を見張ってほしい。何かあればすぐにワシに知らせるのじゃぞ」
そして、彼は杖を一振りすることで何百ものフカフカした紫色の寝袋を出した後、
「ぐっすりお休み」
大広間を出て行ったのだった。
どうやら私が別のことを考えている間に、話は佳境に差し掛かっていたらしい。私が聞いていたのは最初と最後だけだった。
まぁ、どうでもいいことだ。どうせあいつの話すことなど大したことではない。
老害が出て行った途端、大広間に音が満ちる。皆思い思いにグリフィンドール寮で起きたことを話し始めたのだ。グリフィンドールに対して忌避感の強いスリザリン生ですらその例外ではない。寮問わず皆思い思いのことを話している。
「どうやってブラックは侵入したんだ?」
「まだブラックが城の中にいると思うか?」
「ダンブルドアはそう思ってるみたいだな」
「なんでハロウィーンに侵入したんだ? 今夜は寮内に誰もいないのに」
「どうせ逃亡中に時間感覚が狂ったんだろう」
殺人鬼が城へ侵入したという事件が余程衝撃的だったのか、皆全く眠りだす様子もない。
そんな中、相変わらず興味の欠片もない私は、ダフネとお兄様と共に寝袋を掴んで隅に移動していた。
「さて、もう遅いですし寝ましょうか。ダンブルドアの用意した寝袋というのが気になりますが……まぁ、寝心地自体は良さそうですし、寝袋に罪はありません」
そしてさりげなくダフネやお兄様を
相変わらずお互い言葉はない。私同様、ブラックに大して興味がないのだろう。事実ダフネの開口一番の言葉は、
「ダリア、なんかキャンプに来ているみたいだね!」
ブラックには一切関係ないものだった。周りのように不安や恐怖など一切感じず、ただこの状況を楽しんですらいるみたいだ。
私はそんなダフネの様子に苦笑しながら、外と同じような星がまたたく天井を見上げる。
「ええ、そうですね。私は太陽の関係でキャンプをしたことはありませんが、夜の野外とはこういうものなのでしょうね。これで蝋燭の明かりも消えれば、もっとそれらしくなるでしょう」
そしてその言葉を合図にしたように、
「明かりを消すぞ! 皆寝袋に入れ! おしゃべり止め!」
一斉に蝋燭の光が消えたのだった。
暗闇の中、私はすぐ隣に眠るダフネの温もりを寝袋越しに感じる。
ダフネの言うように、本当にキャンプをしているみたいだ。私はキャンプをしたことがないが、親友と星空の下で過ごすというのはこんな風に気持ち良いものなのだろう。
未だに消えない周りの囁き声を聞きながら、私は静かにダフネに話しかける。
「綺麗ですね……」
「……うん。本当に……綺麗だね。グリフィンドール如きのせいで、なんで大広間で過ごさないといけないのかほんの少し不満だったけど……これは本当に綺麗だね。スリザリン寮は地下だから、星空なんてほとんど見ることないから」
周囲の不安をよそに、私達は穏やかな気持ちで魔法の星空を眺め続ける。
結局私達が眠ったのは、
「お休みなさい、ダフネ……」
「うん、お休み……」
それから一時間後のことだった。
周囲には相変わらず生徒達の囁き声が満ちている。しかしやはり私達の間にだけは、どこまでも穏やかな空気が流れていたのだった。
ダンブルドア視点
夜の三時。ようやく生徒達が寝静まったらしい大広間に入ると、監督をしていたパーシー・ウィーズリーが真っ先に声をかけてきた。
「先生、何か手掛かりは?」
ワシはダリアが
「……いや、何もありはせんかった。もう城にはおらぬのじゃろう。隠れておった『太った婦人』は見つけることが出来たが、彼がどこにいるかまでは知らん様子じゃったのう。復帰にはしばらく時間がいることじゃろう……。こちらは異常なしかの?」
「はい。異常はありませんでした」
「よろしい。ならば明日の朝にでも全員を寮に帰してあげるとしよう。今起こすのも可哀想じゃからのぅ」
パーシー・ウィーズリーはワシに一礼すると、生徒達の巡回に戻っていく。
しかし、どうやらワシに話があるのは彼だけではなかったらしい。待ちくたびれたと言わんばかりの様子で、今度はセブルスがこちらに歩み寄って来たのだった。
ワシは僅かに憂鬱な気分になる。彼の話は分かっている。
ワシは近づく足音に振り返りもせず声をかけた。近くには、
「セブルス。早かったのう。そなたがここにおるということは、やはり城にはもうブラックはおらん。そういうことじゃのう。彼がグズグズ残っているということはあるまい。ご苦労じゃった。お主は引き続きここの警護を、」
「校長。吾輩が言ったことを覚えておいでですかな?」
怒りに満ちた声で、ワシの話を遮ってきたのだった。
……気が進まんが、こうなればある程度付きやってやるほかあるまい。話を聞かねば、彼がどのような強硬手段に打って出るか分かったものではない。
ワシはため息を一つつくと、案の定怒った表情のセブルスに返事した。
「……いかにも。覚えておる。内部犯の犯行。それがなければブラックは侵入できん。そうお主は言っておったのう。じゃが、ワシの応えは変わらぬ。
セブルスに対しての応えに偽りも、そして今のところ変更もない。
セブルスが言うように、リーマスとシリウスが仲間だとは到底思えん。いや、正確には……
「……まさか、今年もミス・マルフォイを疑っているわけではありますまいな?」
「……セブルスよ。あまり老人をいじめるものではない。ワシは
教員は勿論、今年に関してはダリアが犯行の手伝いをしているとも思うておらぬ上……ワシはシリウスを裏切り者だとどうしても思い切れておらんかった。
去年のことを未だ納得しきれておらんセブルスを適当に受け流しながら、ワシはかつての教え子について思考する。
シリウス・ブラック……かつて『不死鳥の騎士団』に所属していた彼は、確かにジェームズ達の『秘密の守り人』であった。その事実に間違いはない。
じゃからこそ、ジェームズやリリーの居場所がヴォルデモートに露見したのは、ブラックが裏切ったことと同義であった。彼は親友たちを裏切り、
じゃが……ワシはそんな自明の理があるにも関わらず……どこかブラックが裏切ったという事実に納得しかねていた。
理性ではなく、感情の部分が激しく訴えてくる。
彼は本当に裏切ったのだろうか……と。
この十年間。彼が脱獄するまでは考えもせなんだ。いな、考えることから避けておった。
ワシは最初、ジェームズ達に自分が『秘密の守り人』になると告げた。じゃが、彼らはブラックを選ぶことに決めた。それを最終的にワシは認めた。
……ワシはその決断を後悔した。彼らの選択を無視し、自分こそを選ばせればよかったのじゃと……。
じゃから全てが終わった後、ワシは徹底的にブラックから
それがどうじゃろう……。いざ彼が脱獄した時、ワシはハリーが襲われるかもしれないという不安と共に、どこか違和感のようなものを感じていた。
本当にブラックは裏切り者で、本当にハリーを狙っているのだろうかと……。
酷い矛盾じゃと思う。いや、矛盾などと生易しい表現で済むものではない。何故理性で犯人と疑っておりながら、感情で無実を信じるのか。
ワシは愚かにもまたアリアナの時と同じく……。
酷い自己嫌悪……若かりし頃から続く人生最大の後悔がワシの思考を覆わんとする。
しかし、再びセブルスが憤懣たる表情で何か言おうとしていることに気が付き、ワシは急いで思考を打ち切り言葉を発する。
これ以上本当は寝ていないだろうハリー達に、リーマスの秘密のヒントを与えてはならん。リーマスはまだまだハリー達を導くのに必要な人材なのじゃから。
「この話はこれで終わりじゃ。ワシはこれから『吸魂鬼』に会いに行かねばならんのでな。捜索が終われば知らせると言ったのじゃ。もし伝えねば、あ奴らこの城に入り込みかねん」
そしてワシは逃げるように大広間を後にする。
これから会わねばならん連中のことを考えると更に憂鬱な気分になるが、あ奴らに城に入り込む口実を与えるわけにはいかぬ。
そう思考を新たにし、ワシは城外を目指して歩みを進めるのであった。