感想、評価、誤字脱字報告ありがとうございます。
皆さん鋭くてドキドキする反面、書き手冥利につきます。
三雲修は新人ボーダー隊員である。
まだボーダー本部に来た回数も数えるほどで、ボーダー内にそこまで仲の良い友人は居ない。
つまるところ、現在絶体絶命のピンチである。
「…………迷った」
どこを見渡しても同じような白い床に白い壁だった。
初めて食堂に行って食事をし、そのボリュームと味に満足し、いざ戻ろうと一歩踏み出したところでまず間違っていたらしい。
似たような内装が続くためか、間違いに気づくのが致命的に遅くなってしまった。
段々と人気がなくなり、かつ明確に見覚えがない景色が現れ始めたときは流石に焦った。
誰かに道を聞こうにも、近くに誰も居ない場所に来てしまったようで声をかけることすらできない。
ここは左手の法則を信じて帰るしか……!と覚悟を決めた瞬間、真横のドアが開いた。
どう見ても新人が来てはいけないエリアにいる自覚があるので、上層部の人であろうと素直に謝って道を教えてもらおうとした。
「すみません!迷いました!」
「へ……?」
間の抜けた声に勢いよく下げた頭を上げると、意外にも同じ年頃の少年が立っていた。
「オレの部屋の前で何してんの、お……メガネくん」
困ったように笑う人は笑顔は、状況がつかめていないからだろうか少しひきつっていた。
C級の白い隊服ではないことからB級以上と思われる。
目につくものといえば、これからランク戦でもしようと思っていたのか、右腕に起動済みの銃型トリガーを抱えている事くらいだろうか。
よく日に焼けた肌と口端からのぞく八重歯からか、どこか人懐っこそうな印象を受けた。
以前ランク戦の対戦室で見かけた、ピリピリして怖そうな隊員と比べたら大分親しみやすい。
状況を説明すれば道を教えて貰えるかもしれない、そう思って素直に説明した。
笑われた。
「いくら迷ったって、食堂からここまで来るとか大冒険しすぎだよメガネくん」
「道案内までさせてしまって本当に申し訳ありません……」
「いーよいーよ。気にしないで。オレボーダー内部のことなら割りと詳しいから」
道を教えてもらおうと思っていたが、直接案内をしてくれるとのことで感謝の念が尽きない。
案内途中、また迷わないようにからかい混じりに目印になる場所を教えながら連れてきてくれた。
ふと、お互い自己紹介もせずに来ていることに気づいた。
「そう言えば、名前も言ってませんでしたね。三雲修です」
「三雲修ねー。おっけー覚えたよ」
「えっと、貴方の名前は……」
「オレ?……うーん…………先輩と呼ぶように!」
「えっ!?」
「後輩とか居ないから、先輩呼びされてみたかったんだよね。先輩って呼ばないと無視するからよろしく!」
「えっ!?えっ!?」
どや顔で言い切られ、思わず突っ込みたくなったが、「ほら、名前自由に決められるゲームって先輩とか君とか代名詞で呼ばれるから名前プラス先輩って邪道な気がしちゃうんだよねー」と更に意味の解らない事を言われ、あきらめた。
自分から言い出したことに関してはまともに話を聞いてくれないタイプの人だと早々に悟った。
意外と順応性の高い修はあっさりと諦めると疑問を口にした。
「先輩はボーダーに来てから長いんですか?」
「いや?半年くらいかな」
「半年でこんなにボーダーについて詳しくなれるんですね」
「個人差はあると思うよ。オレはほら、ボーダーオタクだから」
「ボーダーオタク?」
以前、そう自称するクラスメイトが居たが、同じようなものだろうか。
公開されているボーダー隊員の名前を覚えているクラスメイトのことを引き合いに質問する。
「B級以上は全員、C級はそこそこ知ってるよ。今はボーダーの人のサイン集めてるんだ」
「へぇ、凄いんですね」
「メガネくんもB級になったらサイン貰いに行くからよろしく」
「はは、現状僕の実力だとB級なんて夢のまた夢なんですけどね」
「人生何があるか解らないから、意外とあっさりB級になったりするかもよ」
「そんなまさか」
などと話している内に、見覚えのある風景が目につき始めた。
現在地からならもう自力で戻ることができそうだった。
「ここまでで大丈夫です。道を教えてくださりありがとうございました」
「どういたしましてー。もうボーダー内で迷子にならないように気を付けてな」
「ほ、本当にすみませんでした」
「オレのサイン帳の為にB級昇格目指して頑張ってな。経験の為にも最初はランク戦と仮想戦闘室での訓練あるのみだぜ」
感謝の言葉を述べながら頭を下げると、不快にならない程度のからかいが飛んでくる。
恥ずかしさから思わずもう一度頭を下げると、トリガーを抱えていない方の手をひらひらと振りながら、どこか気の抜ける応援をしてくれた。
妙な理由で名前を教えようとしない変な人だが、悪い人ではないのは解る。
道案内の傍ら、戦闘のコツを教えてくれたり、食堂のオススメのメニューを教えてくれたりと面倒見もいい人だった。
のんびりとランク戦の対戦ルームに向かう後ろ姿を見ながら、また見かけたら声をかけようかと思った。