安藤物語   作:てんぞー

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In To Blackness - 1

「―――あー、もう、疲れた。マジ無理」

 

 そう言って床に胡坐をかいて座り込む。ポップスコアのスカートを挟むように鋼鉄の床―――マイシップの床に座り込み、赤毛のアークスが此方へと視線を向けてからうわ、と発言して視線をそらす。

 

「おい、スカートの中が丸見えだ! 丸見え!」

 

「金払え」

 

「えぇ……」

 

 見られた程度で何かが減る訳では―――いや、痴女の称号を貰ってしまう。流石にそれは嫌だなぁ、なんて事を考えながら手でめくれ上がったスカートをおろし、ふぅ、と息を吐く。本当に長い一日だった。アフィンは試験終了とアークスに関する報告をホロウィンドウで受けているらしく、少々忙しそうだった。その姿を数秒間眺めてから軽く飛び上がる様に立ち上がり、体を伸ばす。

 

「くぅ―――ふぅー……はぁ、本当に長く、辛い一日だったわ。えーと……俺はこの後メディカルセンターで軽い検査を受けなきゃいけないんだっけ? 検査とかって寸前になって物凄くめんどくさく感じるよな」

 

 特に今からメディカルチェックを行うとなると嫌でも体に関する現実を受け入れなきゃいけなくなりそうだから余計に気が重い。いや、まぁ、ただのゲームじゃないというのは全身が痛い時点でなんとなく察している。だけどそれでも流石に女の体を動かすのは色々とアレだ。今までは考えない様に考えを背けてきたが、実際にこうやって意識し始めると胸がー、スカートがー、マイサンがー、とで色々とガリガリ削れる感覚がある。

 

 それでも三日ぐらい時間をかけてエディットするほどに気合いを入れたキャラクターだけに、この姿には愛着があるのだが。ともあれ、メイト系が全滅している為、ささっと販売機で三種類のメイトを補充し、それに合わせて消耗品をフルセットで補充しておく。そうしている間にアフィンの方も通信を終わらせたのか、よっしゃ、という短い声と共にガッツポーズを取る姿が見える。それを見ていた赤毛のアークスも笑みを浮かべる。

 

「おめでとう、そしてようこそ新たなアークス、なんてな。ここからは更に大変だぜ? 困った事があったら俺か他の先輩共にちゃんと頼れよ? ……っと、そうだ。これ、俺のパートナーカードだ。暇なときだったらいつでも付き合うぜ」

 

 そう言って気前よく赤毛のアークスがパートナーカードを送ってきた。そこに表示されているアークスの名前はゼノだった。クラスはハンター、サブクラスはなし。本当に普通のモブアークス、という感じなのだろうか。ともあれ、人のつながりは宝とも言う、片手でありがとう、と会釈を送りながらシップのテレポーターからアークス船団へと帰還するゼノを見送る。どうやらいつの間にか転送できる範囲まで飛行していたらしく、

 

 シップのガラス張りの窓からは広がる宇宙の景色が見える―――本物の宇宙の景色が。吸い込まれそうな程広がっている闇と星の海に、浮かびあがる複数の船―――船団の姿が見える。アークス船団、この宇宙を彷徨う、星と宇宙の守護者。その住処だ。マイシップは既にテレポーターで船団へと帰還できる距離までやってきている。それを確認した所で、とりあえずアフィンへと視線を向ける。

 

「とりあえずおめでとうアヒン。俺も色々と調べたりチェックがあるから一足先に降りるな」

 

「おう、じゃあな相棒」

 

 アフィンに手を振って一足先にテレポーターに乗って、一瞬の閃光と転送空間を彷徨ってから、見慣れたアークスロビーへと到達する。そうやって到着したアークスロビーで一番最初に目に入ったのは横一列に並んで踊っているアークス達の姿だった。

 

 あぁ、なんか―――安心感覚える。

 

 その集団を見て、一番端へと移動し、そして周りの連中の様に、自分も全く同じ動きで踊り始める。それを見た踊っていたアークス達が此方へと視線を向け、歯を輝かせるスマイルを見せ、更にダンスに熱を入れ始める。そう、アークスに言葉なんて必要はない。踊れば通じ合うのだ……アークスは……。

 

『オペレーターのコフィーです。明菜さんですね? 踊っていないでメディカルセンターでチェックを受けてください。そしてシオンと言う方の上位権限によりサブクラス許可申請試練、マグライセンス授与申請試練、難易度制限解放試練・I、そしてレベル制限解除試練・Iの受諾許可が出ています。更なる飛躍を望むのであれば此方からクライアントオーダーの受諾をお願いします。それでは』

 

 そうだ、メディカルセンターでチェックを受けなくてはならなかったのだ……悲しみを覚えながら踊るのを止めると、横一列に並んで踊っていたアークス達の動きが加速を始めた。それはまるで慰めているかのようで、アークス達の踊りを通した友情を感じさせるものだった。それに応える為にも、自分もとっておきの踊りを―――。

 

『―――メディカルセンターでフィリアさんがお待ちです。は! や! く! お願いしますね?』

 

「うっす」

 

 

 

 

 メディカルセンターでのチェックは簡単なものだった。服を脱いだりして調べるのかと思ったが、そんな事は一切なかった。流石宇宙を旅するアークスの科学技術とでもいうべきか、クラスカウンターの反対側にあるメディカルセンターでフィリアというスタッフに連れられて奥へと進んだら、そこでセンサーを起動させ、体内と体外からフォトンの様子や肉体の状態をチェック、そうやって人体の事を簡単に調べることが出来た。あっけなさすぎるチェックに若干拍子抜けしながらも、それよりも問題だったのはメディカルチェックの結果だった。

 

 メディカルチェックを受け終って、アークスロビーに戻ってきて頭に残るのはフィリアのこの言葉だった。

 

「―――フォトンを抜けて肉体にもダメージが通っているから数日は出撃禁止、か」

 

 コフィーの方でクライアントオーダーが発生したからさっそくレベルキャップを解除したりマグの取得を行おうかと思ったのだが、どうやらそうもいかなかったらしい。となると数日、少なくとも二日は大人しくクエストに出ず、ここらでぐだぐだする以外に選択肢はないのだろう。軽い溜息を吐きながら、ロビー横、ビジフォンへと接近する。丁度他のアークスも使っていなかったらしく、フリーになっている。

 

 コフィーのクライアントオーダーは後で、許可が出てから請け負うとして、その前に確認したいものがある。

 

 それは―――倉庫だ。

 

 ビジフォンを起動し、倉庫へとアクセスする。そうやって確認する倉庫の中身―――それは見事綺麗に全滅していた。今まで溜めてきたアイテム、ユニット、武器、グッズ、その全てが消失していた。あまりの事態に嘆くよりもさきに頭が完全に理解を拒否し、フリーズした。

 

「ふへ、へへ、ひゃひゃはやひゃ……」

 

「……おい、大丈夫かよアンタ……」

 

「ふひゃひゃひゃははや……」

 

「大丈夫そうじゃないなこれ」

 

 通りすがりのアークスが心配する様な視線を向けて来るが、脳味噌はこの事態に完全に蕩けきっていた。メインウェポン、メインのユニットは何時もインベントリに突っ込んであるからセーフなのだが、他のクラスで使っている武器とかサブウェポンとか全ロストは流石に発狂モノだった。今、ここで叫びながら疾走したい気分だったが、社会的地位までロストしたくはないので、ぐっと抑え、我慢する。我慢し、

 

「お、おい、急に泣き出したぞ」

 

「こういう時は踊るんだな……」

 

「そうか……」

 

 すぐ隣で踊り出したアークス達はもしかしてインド人の血でも流れているんじゃないのか? と思いたくなるが環境、場所、状況問わず踊り出すアークスなのだから慰めで踊るのも割と普通だよな、という事で何とか正気を取り戻す―――ありがとう、アークス音頭。ただプロデューサーの生え際はどうにかしろ。

 

「えーと……幸いメセタは預けず持ち歩いているから自由に出来るのは8Mか……。この様子だとマイルームもリセットされてそうだし先に家具とかパスとかそっちの方を購入しておくかぁ……はぁ……」

 

 倉庫機能を閉じて、マイショップ機能をオンにする。まず最初に相場の確認を行う。WIKIなんて便利なものは存在しないが、逆に此方側の世界のネットサイトにはアクセスできるようになっていた。マイショップのウィンドウを片手に、もう片手に相場を表示するサイトを起動させる。

 

「ん……全体的に星10の希少性が上がって値段もインフレしてるなぁ……あ、いや、全体的に武器の値段がインフレしてるのか。その代わりに服装やアクセサリーのファッション系統の品はデフレ気味、と。お、コラボ系列の髪型とか売られてるのな。しかも安定して200k前後か……安いなぁこれ……」

 

 ありえない値段だった。少なくともゲームだった時はコラボ髪型やボイスは基本的に課金品であり、スクラッチで入手するものだった。復刻は珍しく、一度逃せば手に入れ直すのは絶望的でもあった。その為、基本的にコラボ系列や復刻されていない髪型、アクセサリーは値段がインフレしやすい傾向にあった。特にグラデーションのかかるタイプの髪型、アレは髪にバリエーションを見せる事が出来るという理由で凄まじいインフレを起こしていた。それこそ完成された武器よりも高い、なんてこともあった。

 

 だがこのリアル環境、とでも言うべきPSO2の世界ではゲームと比べて酷いデフレを起こしていた。その原因はなんだろうか―――課金概念が存在しないからだろうか? ゲームじゃない、つまり課金がない、入手手段がありふれている? それとも簡単に入手できるから材料費だけで済むとか? それにしてもコラボ品まで出品されているのは割と嬉しい。欲しいものを軽くチェックしておきつつ、ルームグッズ関連へとアクセスする。

 

「えーと……まずは広い方が良いしリモデLを三個、リビングとベッドルームにゴシックRを二個、んで風呂場とかにモダンBでいいか。お、すげぇ、風呂場設定にバルコニーや窓なしとか選択できるのか。やっぱゲームとリアルは違ってくるなぁ……現状販売されているシーナリーパスは宇宙、森林、凍土、火山、砂漠かぁ……」

 

 少しだけ迷う。シーナリーパスはバルコニーから見える光景を変更させるものであると同時に、マイルームをとなりの部屋から隔離する手段でもある。デフォルトの市街地のままだと隣のマイルームのバルコニーが見えたりする。なので部屋を隔離する意味でも何か欲しい。フィーリングで森林を選ぶ。個人的には海岸や白ノ領域辺りが非常に好みなのだが販売されていない以上、どうとも言えない。ともあれ、

 

 シャワー、風呂、ベッド、ソファ、ジュークボックス、シャンデリア追加してCDを纏めて20種類ぐらい、マイルームを飾るのに合計1Mぐらい消費し、そこで満足した所でここからマイルームの設定が出来ると解り、さっさとマイルームの設定を行う。購入したばかりのパスとテーマ、リモデルを投入し、出現したホロウィンドウに購入された家具の配置を行う。五分ほどそうやってマイルーム関連の作業を続ければ、マイルーム設定は完了する。

 

「ま、こんなもんか」

 

 そんな事を呟いて直ぐ傍のテレポーターの中へと入り、転送先をマイルームに指定する。もう何度目か解らない転送光と浮遊感、それが終わるころにはマイルームの入口、扉前に立っていた。自動認証でロックが外れ、扉が開く。その向こう側にはビジフォンで設定していた通りの、自分の部屋が広がっていた。家具が予想よりも多少高くついたが、それでも快適な生活環境の為なのだから仕方がない、と言い訳しておく。

 

 部屋の奥、バルコニー側の壁にはソファを設置してある。その横にはジュークボックスが設置されており、購入してきたCDをかたっぱしからその中に叩き込む。そのまま蹴りを入れてランダムで音楽を流す。E.G.G.M.A.Nがマイルーム内に流れ始める、イースターイベントの時はこれ、良く聞いたよなぁ、とまだゲームだった頃の思い出を振り返り、

 

 横に倒れる様にソファに沈み込む。

 

「あ―――……」

 

 少し重めの曲がズンズンと体に振動を叩き込んでくる。遠隔操作でそのボリュームを上げて、体に響く感覚を心地よい程度にし、そのままソファの中に沈み込む。やらなくてはならない事はいっぱいあるし、チェックしたいこと、確かめたいことも多くあった。だけど一旦疲れを自覚すると、どうも動きたくなくなってしまう。冷蔵庫がすぐそばにあるのはいいのだが、まだドリンクも食べ物も何も買っていないから完全に空っぽだ。少し勿体ない事をしたなぁ、

 

 そんな事を想いながら目を閉じた。

 

 ともかく―――疲れた。

 

 次、目が覚める時はまたリアルに戻れる様に、そう祈りながら目を閉じた。

 

 そんなわけ、あるはずがないと、心のどこかで確信しながら。




 慣れてないとソファで寝ると首を痛くするんだけどな! という訳で相場状況、マイショ状況は非常にカオスなアレで。お約束? そんな気力は連戦後にはないです。それはそれとしてアークス系の料理には非常ん位興味ある。一体何を食ってるんだろ。

 基本的にEPを追っていく形だけど割とザックリ変えたりするので。特にEP1は序盤はなんというか……うん。なんとも言えない……。

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