市街地にやって来た。
浮かべているホロウィンドウには目的地が入力されており、自動的にそこまでナビゲートしてくれるから割と移動周りは楽なんだが、この市街地が曲者だ。何度もダーカーの襲撃を受けた影響で城砦化しているし、ダーカー対策に迷路みたいな構造がどんどん増えてマップデータなしで入り込めばすぐに迷子になってしまうような構造をしている。デザイナーは一体何を考えてこんなもんを作ったんだ? と思うが、まあ、ダーカー想定だよなぁ……と思うと納得できる。
ともあれ、迷路じみた市街地を抜けて路地の方でひっそりと電飾のぶら下がっている工房の入り口を見つける。目的地に到着したところでナビゲーションを終了し、扉を開ける。
「おーい、ジグ爺さんー、来たぞー!」
「おー、来たか来たか」
工房に到着すると、奥の方から黒い箱―――じゃなくてキャスト、刀匠ジグが姿を現した。
「こっちじゃよ」
「お邪魔するぜー」
工房の奥、普通であれば入る事の出来ないカウンターの向こう側へと飛び越えて入る。そしてそのままジグの工房の中へと進んで行く。求めているものはここにある―――というかこの工房そのものが今回の目的だったりする。ジグが普段利用している工房区画とは別区画にはゲーム画面で見慣れていたコンソールがいくつか並んでいる。
「おー、あるあるじゃん! これだよこれ!」
目の前にあるコンソールを叩きながら起動し、マイルームにある端末と繋げる。そこから毎ルームのコンソール端末にあるデータを此方へとダウンロードし、データのアップデートを行う。俺の予測が正しければシオンがそこらへん、配慮してくれている筈なので―――良し、ダウンロードが完了した。ホロウィンドウからコンソールを弄り、
クラフトシステムを起動させる。
そう、俺は今ジグの工房へとクラフトの為に来ていた。
テクニックカスタマイズ。システムとして存在するそれは自分が習得するテクニックを好みに調整し、強化するシステムだ。俺はあんまり手を出していない概念だったが、それでもテクニックを使った戦闘を詰めるなら必要な要素でもあった。正直、【巨躯】を相手にするなら詰められる所は詰めておきたい気持ちがある。
「さーて、と。カスタマイズシステムを付けて……良し良し、閃光のグランツとかあるな。後は試行回数か」
「ほうほう」
テクニックカスタマイズの項目を設定しながら圧縮空間から持ち込んできたPAフラグメント999個などを取り出しつつ準備を進めていると後ろから覗き込んでいるジグが興味深げに作業を見守っている。それをとりあえずは無視しながらこっちもテクニックの強化改造を行う。やり方は―――あぁ、体が覚えているという奴だ。ネタに軽く触った程度だったが、実行しようとすると自然と体が覚えているように素材などを用意して準備に取り掛かる。クラフトコンソールやテックビルダーの力を借りるが、重要な部分は手作業だ。存在するテクニックのデータを取り出しつつ素材を触媒に、既にあるテクニックのデータを改ざん、調整する。
とはいえ既に一つの完成形に到達しているのがこのテクニックというもののデータだ。長居間研究と開発を重ねて今の形に、バランスに調整されているのだ。その上からパッチを作成し、アップデートするのがテクニックカスタマイズというものだと思えば良い。そのパッチの作成は元が複雑であればある程困難だ。そしてテクニックとは術式そのものが一種のパズルだ。正直、それを改造するというのはかなり難しく、
だからこそ完成されたカスタマイズディスクにはムラがある。
「とりあえず1個目……180%上昇にチャージ0.2秒か……没」
これだけでもだいぶ強くなるが、閃光のグランツは最大威力+300%、チャージ時間追加0.05秒が理想値だ。テクニックカスタマイズはメリットとデメリットがどうしても同居してしまう。だがどっちも振れ幅はランダムであり、作成するならなるべくメリットが高く、デメリットが低いものが良い。それを見ると今作成した奴は没だ、没。
「成程、元のテクニックを改造する為のカスタマイズディスクを作っているんじゃな?」
「そうそう。まだアークスが単独で購入できるクラフト用機材が存在しないからなぁ。流石にこればかりは誰か持ってるやつに使わせて貰わないとどうしようもねぇわ……はい、没」
156%の0.15秒。強化倍率低すぎる。最低でも+280%はないと作成するだけの意味がない。
「没、没没没没没没……」
倍率の所が一番振れ幅が大きい。正直チャージ追加0.2秒でもほぼ誤差レベルと言えるので別の280%よりも高い攻撃強化倍率が出ればその時点でストップしても良いとは思っているんだが、やっぱりテクカスは難しい。少しずつ倍率を上げているが、それでもまだまだ200%にも届かない。
「ふむ、見たところ威力を上げる代わりに充填速度を落としているようじゃな?」
「そうそう。理想は+300%とチャージ追加0.05秒。理論理想値らしいけど流石にこの領域には……」
「ちょっと見せてみろ」
ジグが楽しそうに言うもんだからコンソールの前から退くと、ジグがPAフラグメントを受け取り、それを使って閃光のグランツのレシピを確認し、作業を実行する。此方よりも遥かに慣れた様子でPAカスタマイズの作業を行うと、一つのカスタマイズディスクを完成させた。
「んー、256%に0.1秒か。流石に苦手分野じゃこんなもんかの」
「え……は、はああ―――!? 俺がこの数字出す為に何百PAフラグ溶かしたと思ってんのぉ!?」
「ま、本職じゃしの」
ピースサインを浮かべてくる爺キャストが地味にウザい。だが問題はそうじゃないのだ。この爺、あっさりとテクカスの優良調整を行っているのだ。全安藤がキレて暴れ出すぞこれは。
「ほれ、次の素材を寄こさんか。こんなのクラリッサの調整に比べりゃあ簡単じゃしな。コツもつかめたし、何をしたいのか言えば儂が調整するぞ」
「ジグ爺さん、あんた神か」
「ただの刀匠じゃよ、ほれ」
「じゃあ任せた!」
「ほいほい」
ジグに閃光レシピを任せれば10分もせずに+300%の+0.05秒が完成された。完成したカスタマイズディスクを震える両手で掴みながら掲げる。これ、ゲーム時代にマーケットに流せば数千万という値段で取引される神の逸品だぞ……。
「ふぉぉぉぉ……」
「そこまで喜ばれるのも中々悪くはないが聊か暇な作業じゃの……というかこれ、何のためにやるんじゃ?」
ジグのその言葉にえ、と声を零す。
「復活した【巨躯】をボコる為の備えとして」
「さあ、次のレシピを出すと良いぞ! 儂が今日は手伝ってやろう」
あ、クラリッサパクられた事まだ気にしてる。そうだよな、あそこでクラリッサをパクられたから【巨躯】が復活しちゃったんだもんなぁ。まぁ、それを言っちゃうとクラリッサの部品を集めてきた俺も俺でアウトなんだが。ただ、まぁ、【巨躯】復活の流れをシオンが誘導したってなると、あの復活は必要な事だったのかもしれないなぁ……なんて思う所もある。
まあ、安藤ってあんまり考えるの得意じゃないし。そういうのは得意そうな奴に任せるわ。
「えーと、閃光イルグラ、幾多ラバ、シフデバもカスタムは必須だしなぁ……可能なら零式ラメギも用意したいな」
「まぁ、ええじゃろ。今日は特別に全部やってうやろう。ファーレンとかで普段から世話になっているしの」
「話がわっかるー!」
思いがけないヘルプの影響でテクニックカスタマイズは予定よりも遥かに安く、そして良い結果で終わりそうだった。
ジグの工房を後にする頃には大量のカスタマイズディスクが出来上がっていた。ジグが理想値ディスクを作ってくれるおかげでテクニックメインの戦闘を行う時に必要とするパーツは大幅に強化された。その上で軽く指導して貰って、テクニックカスタマイズやPAカスタマイズのコツとでも言えるべきものを伝授してもらった。まぁ、技術的な部分でかなりプロフェッショナルな領域だからどうあがいてもムラが出てしまうのだが、それでも割とマシな物にはなったと思う。
そんな訳で大量のディスクが出来上がった訳だが、テクニックカスタマイズの概念が存在しない今、+200%の閃光グランツであっても神器クラスでの貴重品になりえる。ちょっと怖いかなぁ、なんては思っているけどビジフォンで流したらどれぐらいの値段で売れるんだろうか、なんて事を考えてしまう。テクニックで火力を詰める場合は必須の概念だし。その手の専門家なら貯蓄吹っ飛ばすんじゃないかなぁ、なんて思ったりもしている。
「よーし、これで準備は良いな。マトイも待たせてるし一旦家に帰るかー……なんか近場に土産の買えそうなところはあったっけ」
ネットへとアクセスして近くになんか、美味しいもんでも売っているお店がないかを検索しつつ歩く。同時にマップを開いて大通りへと向かいながら、アークスシップへと戻る為のテレポーターを探す事にする。ここにきてしばらくしたが、人間とは正直なもんで便利であれば直ぐに適応して慣れてしまうもんだ。俺もすっかりテレポーターを使った宇宙での生活に慣れている。
正直もう、アークス以外の生活に戻れるような気はしないんだよなぁ。天職というか、肌に合うというか。なんというか……本能的な部分でフィットしている感じがある。
「んー、ベーカリーがあるか。じゃあなんか菓子パンでも買って帰るかー?」
女の子の味覚というか、昔よりも甘いものには目がない様になってしまった。そう言う所も地味に性別が変わった所の影響だろうか? 後地味に服装とかも色々と気にするようになった部分も増えてきたし。
意識していない部分で大分女性らしくなってきたか俺も……?
まぁ、どうでもええか。
今の生活が楽しいのだから、割と細かい事は丸めて投げ捨てている。それ以上に考えなきゃならん事は結構あるし。
主にこの宇宙と我が家の平和に関する事なのだが。
と、どうでもいい事を考えながら歩いていると、此方へと向けられる視線に気づき、振り返る前に声が聞こえた。
「おーい、アキナセンパイ」
「お?」
名前を呼ばれた事に振り返れば、小柄なデューマンが此方に軽く手を振りながら歩いてくる姿が見えた。つい先日、惑星ウォパルの海岸でバルロドス超火力殺害チャレンジというアークスの戯れを実行する為に海岸探索任務をマラソンしている時に出会った新人アークスの子だ。攻撃力が高く、防御力が低いという種族的特徴を持つデューマンの子は新しく設立されたクラス、ブレイバーのアークスでもある。
つまり彼女―――イオからすればアークスとしての先輩であり、ブレイバーとしての先輩でもある。
「よっ、イオちゃん。アークスが市街地に来るのなんて珍しいな」
「それを言えばセンパイだってそうだろ? 俺はまあ、家族がこっちのほうに居るからな。休日ぐらいは顔を見せようと思ってさ」
「おー、偉い偉い」
「あ、こら、頭を軽々と撫でるなー! クソぉ……」
偉い偉いと笑いながら頭を撫でるとぷるぷると僅かに震えながらイオが顔を真っ赤にしている。いやあ、やっぱり年下の後輩属性って悪くないなぁ、と思いながら頭から手を退けると直ぐにイオが逃げるように背を向けてしまった。
「悪い、ちょっと可愛かったからさ」
「俺が可愛いとか止めてくれよ、そんな事」
「俺からするとイオちゃんは十分可愛いと思うんだけどなぁ……」
完全にそっぽを向いたイオが何かに堪える様に拳を握っている。その様子に軽く肩を揺らして息を吐く。
「悪かった、って。そんじゃ俺はマトイが待ってるから、行くな」
「あ、うん。……センパイもまたな」
イオに手を振って別れを告げながらベーカリーを目指して歩き出す。シャオは今のアークスが正常な状態にはない、って話はしてた。つまりイオみたいな新たなアークスがルーサーの全知チャレンジの犠牲になる可能性もあるという訳か。いや、そもそもデューマンという種族そのものがその手の実験の結果として生まれた種族じゃなかったっけ?
「なんだかなぁ」
シオンもシオンで自分の考えを徹底して言わないし。シャオも割と自分の都合をぶっ放してくるし。それでも俺がやらなきゃいけないって事は解っているんだが。
「なんだかなぁ……自分の意思以外のもんに背中を押されてる気がするってのはあんまり心地よくないなぁ」
戦場へと押し出されているような気もするんだが……それはそれとして、ゼノの事は助けに行かなくちゃいけないのも事実だ。となると結局はシオンとシャオに付き合う必要がある。結局、どこからどこまでが連中の思惑に乗ったもんか解りもしないが、
「通り合えず宇宙を救うかぁー」
それが安藤であり、アークスのお仕事なのだから。
テクカスがないと火力塵とかいう現環境あまりにも辛いでしょ。テクカスで準備整えるだけで2000万吹っ飛ぶの面白すぎる。