大樽の中には並々と透明な液体が注がれてある。それを両側からアルワズと共に抑え、持ち上げ、そしてジョッキを片手に笑っているヒューイの頭に一気に零す。大樽の中身―――酒が一気に繰り返されて、ヒューイが頭から酒に濡れ、びっくりとした表情を浮かべる。だがその直後、今度は此方が頭から酒を被るハメになる。後ろへと振り向けばボトルを勢いよく振って酒を水鉄砲の様に放っていたリリーパの姿が見え、それを見て笑い声を零し、酒にびしょ濡れなったヒューイも笑い声を零した。
場所は変わってフードコートの一角にある予約制のパーティー用スペース。ここは、
「祝勝会じゃああぁぁぁ―――!!」
その叫び声と共にアークマが柵を飛び越えて市街地へとイン・ザ・スカイし始めた。絶叫する様な咆哮する様な声が響き、カタパルトで射出されてしまったニャウを除く最終決戦の参加者全員がここには揃っていた。ニャウに関してだけは未だに宇宙を捜索中である為、アークスシップにすら帰還していない。だがアレも一応プロアークスなのだ、流れ弾でも喰らわない限り生き残っているだろう、というのは全員の見解だった。だが今はそんな事よりも、【巨躯】撃退のテンションのまま、完全に打ち上げモードへと突入していた。
あのヒューイでさえ、悩むのを止め、テンションのままに酒を飲んで、そしてそれをかけあっているのだから、この場にいる者達のテンションが伝わってくるだろう。ダークファルス【巨躯】との戦い、それはたとえどんなに態度をふざけさせようとも、絶望的で、そして希望の見えない戦いであったことに変わりはなかった。それに対してニャウを射出した以外は犠牲なしで勝利したんだから、これではしゃがなきゃ馬鹿みたいな話だ。
「―――」
とはいえ、悩みはある。ビールに濡れてびしょびしょになって、体を思いっきり振るって今は白と赤いグラデーションのセミショートヘアーを振るい、ビールの滴を盛大に飛ばしながらまだ無事なビアサーバーからジョッキにビールを注ぎ、適当なベンチで足を組みながら座る。
「……生き残れたかぁ」
不思議だった。そう、不思議だ。
明らかに、【巨躯】は弱体化していた。アレは必殺技があるとか、そういうタイプの生物じゃない。存在そのものが必殺、生物アンチとも呼べるような、そんな存在だった。掠れば致命傷、当たったら即死。そういう考えで対処しなくてはならない総力戦クラスの相手、だからこそ40年前、レギアス達は討伐が出来ずに封印という手段でダークファルスを抑え込んだのだ、それも多大な犠牲を払って。だけど今はどうだろうか?
たった300人でダークファルスを撤退に追い込むという摩訶不思議な事態に追い込まれている。
明らかに
だから自分が【巨躯】に感じた違和感はそういう類のものだった。データのなかった無敵な存在がデータを保有する様になった。そういう感覚だった。
丁度良い―――ジョッキの中のビールに口をつけながら、アルコールで脳を働かせる。飲みすぎはハイになるからダメだが、適度に飲む程度なら割と脳を働かせるのに使える。特にフォトンによってアルコールをある程度分解できる芸を習得した今、これぐらいなら余裕だ。つまり今のはしゃぎっぷりは酔ってもなんでもない素なのだが、全員、割とそういうテンションだから許そう。
ラッピーがリリーパをビールサーバーの中に沈める姿を見ながらそう思う。
―――さて、冷静に考えれば時系列順的に【巨躯】への干渉チャンスは自分がワンパンで殴り飛ばされてから、そして【巨躯】が宇宙へと解き放たれるその時間までの間だ。その時あのナベリウスにいたのは誰だろうか? 六芒均衡のマリアが警邏活動で歩き回っているのは記憶にある。それ以外はゼノとメルフォンシーナ―――メルフォンシーナもゼノも、両方とも行方不明扱いだからたぶん違う。となればマリアの線が濃厚になってくるが、マリアはヒューイの言葉を聞くに脳筋族の可能性が高い。創世器で殴るには強いらしいが、弱体化とか考えるタイプではなさそうだ。
……そうなると俺が殴られてから誰かが【巨躯】に接触したという事になるよな?
ピンポイントに狙ってそんな現場に出くわせる存在は自分が知る中、
「―――犯人は未来の俺か? ありえなくはない」
創世器以外にダークファルスへの攻撃手段を入手した俺が、或いはシオンからダークファルスを弱体化する手段をマターボードの様に受け取って、それで俺が戦いで死なない様に、アークスシップへの被害が発生しない様に接触、弱体化させてから逃亡した……と、考えられる。後はどうだろう、【仮面】が復活した【巨躯】から力を奪った、という線も考えられる。だがそっちはそっちでないだろうなぁ、というのが個人的な見解だ。
なにせ、未だにあの【巨躯】絶対ぶっ殺す、と今でも自分が考え続けているぐらいだ。手段があるなら絶対にカチコム。未来の俺というか今の俺でもやりかねない。【巨躯】は舐めてくれた態度を清算させないと気が済まないのだ。【仮面】なんぞにそんな機会はやらん。俺が相手だ。
ゲッテムハルトの癖に生意気だ。
まぁ、その時にはついでにゼノとメルフォンシーナも拾っておこう―――何でもかんでもマターボード前提で考えたら失敗しそうなのでこれ以上考えるのは止めよう。
そこまで判断した所で、爆音がスペースに響いた。驚きながらそちらへと視線を向ければ、壁に上半身をめり込ませたラッピーの姿があった。何事かと思えばタルラッピーを構えたリリーパがどうやらそこからラッピーを射出したらしい。おいマテ、とリリーパを止める声がする。
「それはニャウの持ちネタだろ!!」
「アイツ帰ってくるか不明だろ!!」
「惜しい芸人を殺しちまったもんだ……」
「ついに殺人を認めやがったぞこいつ!」
「フォトンがある限りは宇宙でも生きてるからァ!」
なおフォトンが切れたら普通に死ぬのでニャウの命は何時気が付き、どれだけフォトンをロケット噴射の様に放出できるかで決まる。しかし口の中に十個を超えるムーンアトマイザーを叩き込んでいた事だし、死んだり生き返ったりを繰り返せばいつかアークスシップに戻ってこれるのではないだろうか。まぁ、アークスシップも移動中だから合流できるとは限らないのだが。
「君らはニャウに辛辣だな―――だがそれもいい!!」
「お、ヒューイさんもいい感じに壊れてきた」
ワルフラーンを装備しながらヒューイがテーブルの上でポーズを決める。普通なら止める所だろう。だが今、この場には、心底馬鹿としか表現する事の出来ない連中しか存在しない。その為、ファンファーレと口笛しか跳んで行かない。それに嫉妬を燃やしたテンガロンハットのアークスがテーブルの上へと移動し、ヒューイから視線を奪う様にそのまま三十センチ程浮かび、両手を広げる様にポーズを決めながら服を爆散させてパンツ一枚に変貌する。
「目立つとは! こういう事を! 言うんだ! 小僧……!」
「無駄に良い渋い声で言いやがるぞアイツ……!」
具体的に言うとジョージな声だが。この世界、声の切り替えは不可能なのだが、どこかで聞いた事のある声とかのアークスをちょくちょく見かけるもんだからあまり、望郷というか驚きというか、そういう類のものを感じない。そう言えばクーナの声もどちらかというとどっかで聞いた事のある声だったなぁ、と今更ながら思ったところで、
「ワルフラーン!」
そう叫びながら天に拳を―――ワルフラーンを掲げる。ワルフラーンから嫌そうな光が炎と共に溢れ、それに反応してヒューイの服が焼け消えて、ブーメランパンツ一丁の姿へと変貌した。それを見てジョージ声テンガロンハットのアークスが驚愕の表情を浮かべた。
「創世器のこんな扱い、長年の活動でも見たことがないぞ……!」
「私もこんな使い方は初めてだぁ―――!」
どうやらヒューイには酒を飲むという経験が圧倒的に不足していたのが原因か、完全にアルコールによって思考力が壊れていた。こっそりとこの光景を何度も激写しながらすぐさまコピーを取り、この場にいる全員に即座に送信してバックアップを確保していると、急激にテーブルの上でポーズ勝負を決めていたほぼ裸のアークスの恥二名が白目を剥きながらそのまま仰向けに倒れた。その姿の後ろに見えるのは三人のキャストの姿だった。
「キャスト千年王国樹立の為にィ!!」
「Eトラトラトラトラトラ」
「ベペペペポポポオムニュニュニュニュニュニュ」
「キャ、キャストセ、千年王国樹立の為に樹立するゥ!」
「Eトラトラトラトラトラトラトラトラトラトラトラトラトラトラトラトラトラ」
「馬鹿をバグらせた馬鹿ちょっと表に出ろ馬鹿」
アイリが執拗にヒューイにライフルの射撃で死体蹴りを続行しつつ、その横で完全にバグりきったキャストが二体、言動を飛ばしまくりながら動きをループさせていた―――つまりほぼ裸でポーズを決めていたアークスの恥二名を射撃して気絶させるという行為のループだった。
つまり三人で二人をひたすら射撃し続けていた。射撃される度にビクビク跳ねる二人の姿をしばらく眺めていると、会場への入口が開いた。
「―――地獄から還ってきたニャウ……!」
「貴様は―――」
「―――死ねぇ……!」
「ニャォッ!?」
宇宙空間を全力で泳いで帰ってきたのか、ぼろぼろだったニャウが帰還したが、会場へと入ってきた瞬間、両側からラッピーとリリーパが息の合ったクロスボンバーを決め、そのまま床に落とした。お前ら家族でも殺されたの、と言わんばかりのヘイトを向けていた。流石にそろそろニャウがかわいそうだと思いつつあるが、それよりも壁をよじ登って復帰してきたアークマがそのまま壁から飛び降りて市街地へとダイブした奇行の方が気になる。すまないニャウ、お前はアークマ以下だ。
「あ゛ぁ゛……クッソ楽しいなぁ……もうちょいこういう集まりがあればいいんだけどなぁ……」
誰かが酒を飲みながらそう呟いた。それに誰かが続いた。
「そうだよなぁ、基本的に俺ら個人で完結してるからな」
強いアークスは別に固定でチームを組む必要はないからだ。最上位、レベルが上限を迎えたアークスはまさに一人で軍隊の如き結果を発揮してくれる。誰とどんな場所で組もうが、変わりはしない。だからこういう集まりが起きる事も全くない。
「でもなぁ、楽しかったよなぁー……」
「またこういう集まりに参加したいよな……」
「別にガチじゃなくてもいいからさ、こういう風に集まって馬鹿したいよね」
そうだそうだ、と声が上がってくる。集まってるのはキチガイ代表。固定を組もうとしても誰も近寄らない恐怖の象徴の中の爪弾き者共。
「少しエキセントリックって程度でビビりすぎなんだよ!」
「24時間耐久マラソンしただけだろ!」
「ダーカーをキャンプシップに連れ戻しただけなのに!」
「反省したくなーい!」
げらげらと馬鹿みたいな、下品な笑い声が響き、ミィーミミミー、という鳴き声と共にアークスの恥二名に射撃が行われ続けてた。いい感じに混沌極まってるなぁ、と思いつつ言葉を零す。
「俺らでチーム組まね?」
「……最強最悪のチームになるな……」
「クソみたいなキチガイ代表を集めたチーム……興味あります」
「飲み会の連絡しやすいしいいなぁ、それ」
「ノルマがないなら」
「全裸で出撃許可くれるなら」
「マスコットをラッピーにしていいなら入ってやるきゅ」
「りー!」
「お前ら絶対殺すニャウ。末代まで呪い続けるから覚悟しろよニャウ」
―――後日、
こうやって六芒均衡のレギアスでさえ匙を圧し折って投げ捨てるチームが結成された。痴態を脅迫材料にされたヒューイも不名誉ながら強制参加となってしまった最悪のチーム、
その結成を以って、
ダークファルスとの戦いの第一章は終わりを迎えた―――。
End of Episode 1……
これでEP1おしまい! 最悪のチーム結成おめでとう!