ジジジ、と音が鳴る。付けた音声チャンネルから音声が流れ込んでくる。何やらこの状況でアイドルがライブを行うらしい。肝の据わったいい女もいるもんだ、なんて考えながら振り返る。そこではラッピーとリリーパがニャウの両耳を掴んで引っ張りながら引きずっていた。既にアルワズが口の中にムーンアトマイザーを十個詰め込んでいるのに、ニャウは目を覚ます事無く沈黙を保ったままだった。これ、本当に生きているのか? と若干疑い出すヒューイに対してニャウもニャウでプロのアークスだから大丈夫だろう、と落ち着かせる。
アークスロビーのゲート先の転移装置から宇宙空間に浮かべてある作戦用プラットホームの射出ランチへと到着する。既に立っている場所は真空空間だ。だがフォトンの加護があるアークスには真空空間であろうとなかろうと、そんなものは関係なく活動することが出来る―――アークスなのだから当然だ。十二人全員が最初のプラットホームへと到着し、立った所でホロウィンドウが出現する―――オペレーター統括のヒルダの姿だ。
『聞こえているか? これより作戦行動を開始する……目標はダークファルス【
「そうは言わないでくれヒルダ。合理的に考えれば事実、これ以外に選択肢はないだろうと思う」
ヒューイが此方へと視線を向ける為、頷きを返す。
―――ダークファルス【巨躯】は闘争を求めている。本人が闘争を求めていると発言しているし、強行偵察を行ったアークスからも【巨躯】が闘争を求めているという声を聴いている為、それがほぼ確定の事実として扱われている。それでいて【巨躯】は
つまり勝ち負けではない。良く戦ったか否か。それがダークファルス【巨躯】という存在が最も重視する事なのだ。まるで戦闘狂だったゲッテムハルトの性格の一部が反映されているかのような性格だった。だがこの際、それは非常に都合がよかった。何せ、ダークファルスという存在はどうあがいても殺害不可能に思えた。だけど【巨躯】に関しては殺害できなくても退くだろう、それ相応の戦いを見せる事さえできれば。
だからこそ少数精鋭で一気に攻め込む。そして【巨躯】に満足してもらい、退かせるのだ。
『これよりダークファルス【巨躯】に接近戦を行う。一部アークスには既に宙域に浮かべたプラットホームの上で防衛戦を行って貰っている。現在確認した事実によれば【巨躯】はその体から眷属と呼ばれるダーカーを生み出し、防衛に回るアークス達との戦闘を行っている。奴の体積、質量はそれこそ惑星クラス程あるが、眷属を生成して撃退する度にそれは減少している―――現在二千人を超えるアークスを動員し、【巨躯】の質量低下を狙っている。おそらく到達する頃にはもう少し小さくなってくれているだろう』
ヒルダの言葉が一旦そこで途切れる。その代わりにプラットホームがガコン、と音を立てて揺れる。アークスシップとドッキングしていたプラットホームが切り離された。フォトンによる疑似ラインが形成され、カタパルト射出の為のタメに入る。プラットホームが軋むような音を鳴らし始める中で、ラッピーの声が響く。
「おい、ニャウの奴ガチで起きないぞ。おい、起きろ!! 起きろよ!!」
『今から貴様ら全員をプラットホームと共に射出、転送妨害領域に入る頃には合計で百を超えるプラットホームを射出する。どれにもあらかじめ移動用カタパルトを設置している。当然、妨害は予想されるが、それを伝って移動しない限りはまず戦いにすらならない。諸君らの健闘が我々の明日を決める』
「リー! リー!」
「ミィーミミミミッミミィーッミー」
「おい、リリーパとアイリが発狂し始めたぞ」
「もう駄目だ……おしまいだ……」
「作戦開始前からパーティー崩壊が始まったぞ!!」
『生きて帰れ。私からはもはやそれしか言えん』
「ヒルダァ! 待て、ヒルダ! そんな状況ではない! 今いい事を言っているかもしれないがそんな状況ではないのだこっちは!」
「流石にカタパルトで射出したら起きるんじゃないかしらぁ?」
「お、採用」
『……健闘を祈る』
「ヒルダァ―――!」
ヒューイの叫び声と共にプラットホームがカタパルトによって射出された。凄まじい慣性と衝撃が一瞬だけ発生し、フォトンの力によって無効化される。だがその勢いでプラットホームは射出され、高速で宇宙空間の飛翔を開始する。それと同時にアークスシップから大量のプラットホームが―――足場が射出され、前方に道を、そして戦場を生み出す様に展開される。その奥で巨大なダーカーの姿が、それこそ全長70kmを超えるアークスシップよりも巨大なダークファルス【巨躯】の姿が見える。複数の腕を大きく広げ、待ち構える様に動きを停止して待っているのが見える。
「うーす、それじゃあ行くぞ?」
「こっちは準備いいっきゅ」
「私は誰かの首を絞めたいと思っていた」
「ニャウの首でも絞めてて」
「君達はニャウになんか恨みでもあるのかい!?」
「ニャウは箱じゃないからな―――つまりは下等種族だ。何をされてもおかしくはない」
「混沌極まってきたなこれ……」
そう言っている間にリリーパとラッピーで足場先端のカタパルト装置までニャウの両耳を引っ張って運ぶことを完了させる。皆が眺めている中、ラッピーがニャウの両足を掴み、リリーパがニャウの両耳を掴んだ。そこで二人はブランコを揺らす様に大きくニャウの姿を揺らし始め、
「行くぞ? 1、2、リー! だからな?」
「そこまでアピールするとはどこまでも必死さが見えるなぁ、っきゅ。1,2、きゅ! ね」
リリーパとラッピーがニャウの足と耳を握りつぶす勢いで手に力を入れるのを見た。そして二人が互いに睨み合って数秒後、声を合わせ、
「1……2の―――
リリーパとラッピーがニャウを投げて、ニャウの姿がカタパルト装置にヒットした。カタパルト装置にヒットしたニャウはそのままラグドールの様にぐにゃぐにゃと体を転がしながらカタパルト装置によって射出された勢いのまま、無重力空間なので下へ向かって落下し始める事もなく、そのまま真っ直ぐダークファルス【巨躯】の頭の上を飛び越えて、その背後を抜けて、宇宙の彼方へと去って行った。
「……ニャ、ニャウは超時空エネミーだから……」
「そ、そうだよな、超時空なら大丈夫だよな……」
「だけどアイツスーツだぜ……?」
「……」
再び宇宙へと視線を向けた。ニャウからの通信も、反応も、リアクションも一切なかった。ただ超時空型マスコットが宇宙の彼方へと射出された、という事実だけがその場には残っていた。誰もが無言、発生してしまった事件に対して言葉も見つからず、何もする事無く立ち尽くしていた。開幕から十二人が十一人に減ったとか、アレ絶対死んだんじゃね? とか言葉を放つ事は出来なかった。事件発生の状況があまりにも気まずすぎて、誰も言葉に出来ていないので、無言でまだつながっている音声チャンネルのボリュームを上げた。
『―――皆ー! こんな時だけど私の声を聴いてくれてありがとうー!』
―――クーナの声だった。
『こんな時、こんな状況なのに、なんで歌うの? ライブなんてするの? 皆、そう思っていると思うの。だけどね、違うの。
だから、
『私は歌わなくちゃいけないの! ここが私の戦場! これこそ私のやるべき事! 諦めないで、悲観しないで、絶望しないで―――だって私はそうじゃないから! 逃げない、諦めない、私は歌い続ける! 私の親友がそうしている様に……ここで、歌って声を届けるの、それがきっと、心に光を灯してくれるから。だから明るく、楽しく、そして鮮烈に! Our Fighting、行ってみよ―――!』
ボイスチャンネルからクーナの声と歌が流れ始める。通信妨害はまだ入っていないらしく、十分に彼女の声は聞こえて来る。
「クーナちゃん、だっけ? これが終わったら彼女めっちゃ売れるだろうなぁ……んじゃお先に」
そう言って特攻野郎が一人、カタパルトに飛び乗って射出された。
「負けられない戦いになるリー……」
「そうねー、っきゅ」
「 ミィーミミミミッミミィーッミー」
「あ、凄い、ブレてない」
「ある意味安心できる」
「んじゃ、行きますか」
「GO! GO! ―――GO!」
各々に声を漏らし、発破をかけあいながら―――カタパルトを踏んで、体を次のプラットホームへと向けて射出した。宇宙、真空という空間である為に一切の抵抗感は感じず、風にヴァリアントヴィクセンのマフラーが揺れる事はなく、そのまま一直線に、一切の減速を行う事もなくプラットホームの上へと、スライドする様に着地する。そうやってプラットホームに着地するのと同時に、【巨躯】の意識が、視線が此方へと向けられるような気がした。
「―――来るぞォ」
『我が眷属よ、汝らの力を示して見せよ!』
叫び声と【巨躯】の声が宇宙に響くのは同時だった。その体から甲殻が分離し、巨大な腕の様な存在が電車の様に連結して接近してくる。他のプラットホームを見ればそれが四つに分かれて自立行動するのが見える。近くのアークスとのデータリンクが完了し、弱点属性の表示が開始される。出現する属性は雷と光属性。
「一瞬頼む!」
「リー!」
リリーパの叫び声と共にゾンディールがタリスによって放たれ、即座にラッピーによるゾンディール起爆が発生する。それに真正面から突っ込むように触れた【巨躯】の腕―――本部命名ファルス・アームは強制的に感電し、ショックの状態へと突入する。その結果を見るまでもなく全力で疾走していたヒューイが両手に、燃えるような炎のフォトンを纏った朱い鋼拳―――破拳ワルフラーンを振り上げた。
「ワ、ル、フ、ラーン!」
叫び声と共にヒューイの右ストレートが放たれた。四体の連結されたファルス・アームに真正面から叩き込まれた拳はその顔面らしき指に穴を、関節を砕き、その勢いを一切殺す事無く胴体を突き破って内側から手首らしき部分に見えるコアを穿ち、その背後にあるファルス・アームまで届き、それをも貫通し、そして更に連続で残りのファルス・アームをも貫通し、
四体のファルス・アームを一撃で粉砕した。着地したヒューイを見る事もなく、散開されているカタパルトを足で蹴って、次のプラットホームへと向けて全力で体を射出する。
「思った程眷属は硬くはないぞ! 俺みたいに正面からやるのであれば少し難しくなるかもしれないが、ここにいる皆のレベルで手首のコアを的確に穿てばおそらく一撃で破壊できる。諸君、最低限の交戦で真っ直ぐ、最短ルートを進むんだ」
「―――了解ッ!」
言葉の響きを返しながら次のプラットホームへと着地する。射出されたプラットホームは数百存在し、最初から防衛戦の為に浮かべられたものも含め、このアークスシップ周辺宙域にはかなりの数がプラットホームが浮かべられている。その為、全員がバラバラに分かれながらも、最短ルートを模索して前へと向かって走っている。それを己も迷う事無く行っている。新しいプラットホームに着地した瞬間、着地の勢いを殺さない様にそのまま前転し、体を前に押し出しながら全力で走る。
そうすれば正面、ファルス・アームと戦闘している一団が見える。
「邪魔だッ―――」
フューリースタンスを発動させ、フォトンアーツを発動させる。体が一瞬で加速を得て、あらゆる物質を透過し、ファルス・アームの存在をも透過してその背後へと出現し、そこで透過を解除しながら真横へ、薙ぎ払う様にスサノショウハを振りぬいた。グレンテッセン、カタナのフォトンアーツでも最高クラスのそれを迷う事無く放ち、背後のコアからファルス・アームを両断、その死体を蹴りながら自分の体をカタパルトへと向かって蹴り出し、応援と声援を背に一気に次のプラットホームへと体を飛ばし、そして着地する。
「アサギリキャンセル……久しぶりだけど―――」
正面、赤いエネルギーの球体が迫ってくるのを目視し、素早くアサギリレンダンを発動する。このフォトンアーツは一直線に瞬間移動しながらその間は無敵、それが抜けた先で乱切りを行うというフォトンアーツなのだが、この斬撃部分はステップ等で解除できる為、高速移動手段として利用できる。カタナを握って戦うのは非常に久しぶりである為、それが出来るかどうかは不安だったが―――体はあっさりとその不安を超えてくれた。
一瞬で加速しながら背後で爆発を感じ、足元が砕けて行く。だがそれよりも早く次のカタパルトを踏んで体を飛ばし、宇宙空間へと飛び上がる。浮かび上がった状態、両腕を広げた【巨躯】の体からまたたくさんのファルス・アームが生み出され、迎撃活動中のアークスの下へと向かうのが見える。今、自分が着地しようとしているプラットホームもその一つだった。既に防衛戦を展開している
戦っているのは―――黒いボディのアークマだった。ソードを両手で握り、それをファルス・アームの頭に突き刺し、
「飲み干してくれ俺のソードを、【巨躯】ち゛ゃ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ん゛!」
叫びながら軽く白目になっている凄まじい生物だった。アレはガチキチ超えてサイコパスの領域に入る才能を感じ取る。一瞬、走るのを止めて、凄いポテンシャルを感じるアークマへと視線を向ける。
「君、【巨躯】をどう思う?」
その質問にアークマは動きを止めて、ソードを抜いて、【巨躯】へと視線を向けてから、極めて真面目な声で答えた。
「あの巨大な異形ボディを組み敷いてレイプしたいです」
「お前の様な理想的なキチガイこそが十二人目に相応しい。【巨躯】戦最前席のチケットをくれてやろう! さあ、カタパルトへと利用して【巨躯】の前まで移動するんだ!」
「貴女が女神か―――今こそわが愛を叶える時! あ、でも俺異形専門なので勘違いしないでほしいクマー。それではマイラヴへと……!」
アークマが凄まじい速度で宇宙空間を抜けて行く。その姿を眺めながら数秒遅れで、自分も通信をパーティーの仲間に入れる。未だに通信妨害は入っていない―――というよりは【巨躯】に通信妨害を入れるつもりがないらしく、まだ通信が生きている。おかげで今も必死に歌っているクーナの声が聞こえて来る。
「という事で皆、クソザコ超時空エネミーの事は忘れて新しいキチガイを歓迎しよう」
『アキナ君、そろそろ俺の脳がパンクしそうなのだが』
「理解しようとするのがいけないんじゃないですかねー」
答えながらカタパルトを踏む。大きく跳躍しながら此方の姿を狙う様にファルス・アームが狙ってくるのが見える。故に空中でリミットブレイクを起動する。ふぅ、と息を吐きながらグレンテッセンを発動する。正面から突進するところだったファルス・アームの背部コアを一閃、切り裂かれたその死体を蹴って、そのまま宇宙空間を彷徨っている、移動している最中のファルス・アームへと着地する。
「二―――」
走る、背部へと回り込んでバツの字を描くようにカタナを振るうフォトンアーツ、サクラエンドで四等分に切り裂いてまた死体を蹴る。
「三! こっちの方が早ぇ―――」
ファルス・アームを更に見つけ、足場にして切りながら宇宙空間を跳躍して進んで行く。
「四、五、六―――」
段々とテンションが上がってきた。自分の中でも割とこの状況を楽しんできているというのが理解できた。だがそれ以上に親友の声援を受けて、そして家族を待たせているという事が、最大のモチベーションとなって背中を全力で押している。だから軽く笑い声を漏らしながらファルス・アームとプラットホームを足場に、蹴り、そして斬り殺しながら連続で跳躍して移動を繰り返す。
そのまま、最後に強くカタパルトを蹴り飛ばし、大跳躍を行い、
膝を曲げ、巨大なプラットホームに両足で着地した。直ぐ正面にはサイズを大きく減らしても、それでも今まで見たどのエネミーよりも巨大としか表現の出来ない、甲殻を纏った怪物の姿が―――ダークファルス【巨躯】の姿があった。禍々しいフォトンを纏ったダーカーの親玉はしかし、闘争心とは別に嬉々をその全身から放っていた。
追っていた膝を伸ばし、立ち上がる。
それと同時に到達する姿が増える。
黒いヴォグルスのキャストが鋼鉄の音を響かせながら着地した。
黄色いラッピーがロッドを片手にフォトンを操りながら音もなくゆっくりと降下した。
見た目はふざけているとしか評価できないカテドラルヴェールのブルマ姿が傷一つもなく、ライフルを片手に着地する。
トナカイスーツが無言で武器を抜いた。アークマがソードを抜いた。老ハンターがツインマシンガンを抜いた。若手のホープがパルチザンを抜いた。カリ・レプカの少女が目に闘志を宿して着地した。キャストが、ニューマンが、ヒューマンが、種族や主義主張、そういう物をこの瞬間だけは誰もが捨て去り、一斉に武器を抜いた。全員、握っている武器は最低で星11、オラクルでは幻とも呼べる珍しさの武器を最大限強化した物を握っており。それと同じレベルで強化されたユニットを装着している。
誰一人として傷を受けたような姿はなく、
誰一人として慢心する様な姿は見せず、
誰一人として先走りするような姿は見せず、
誰一人として、恐怖する様な姿は見せない。
『―――面白い、面白いぞ烏合―――!』
ダークファルス【巨躯】が心底楽しむような声を放つ。そう言い放った【巨躯】が四本の腕を広げ、二本の腕で腹のコアを守る様に塞いだ。それはおそらく、此方を敵として認識し、そして戦う為の準備でもあったのだろう。
「さて」
「おう」
「んじゃ」
「それではー」
「うん」
「リー!」
「きゅいきゅい」
「フハハハ!」
「ミィーミィーミィー」
色々とそこはあるが、意志は一貫している。
「―――やりますか」
おう、うん、はい、様々な返答が宇宙に響いた。そうやって誰もがその瞬間、意識を完全に戦闘の物へと切り替えた。
―――十二人で挑む決戦が開始される。
12人で挑む決戦。という訳で前哨戦終了、本番はここから。
さて、何人生き延びるんでしょうなー。という訳で引き続きエルダー戦の曲かなんか流しておくといい雰囲気なので。