散発的にダーカーが出現する。体の感触がリアルになり、重さを感じる。前よりも動かしづらいのは事実だった。だがそのリアリティが更に心を燃え上がらせていた。更に自分の血液に興奮を流し込んでいた。それでも慣れた作業だった。進んで、纏め、そして殲滅する。エルアーダ、カルターゴ、ディカーダ。出現するダーカーの数は増える。だが同時に三十匹出現しようが、MMOにはレベルという暴力、そして慣れ遊んだ経験という
ただ纏めて殺戮する、それだけの作業だった。慣れた事だが―――それでも心はワクワクしていた。
白衣の幻影を追いかける様に市街地を進んで行けば、段々と主戦場の方へと進んで行き、出現するダーカーの数と質が上昇するのは感じていた。それに進んでも一切その姿に追い付けるような気がしない白衣の幻影、それはまるで案内するかのように破壊された市街を進んでおり、それを追いかけるのが楽しかった。
今の自分の状況が特殊なんてのは理解している―――そもそもエーテル通信が出現してからそんな事熟知している。だけど深く考える事よりも、楽しむ事、刹那的な快楽に身を投じる事を選んだのだ。間違いなく馬鹿の所業だ。だけど、そこが自分らしいとも思っていた。何よりも特別、という言葉は誰もが好きな言葉だ。今、こうやって、自分の足で走り回ってアークスとして戦っている自分は、きっと、
特別だし―――かっこいい。
「大分主戦場の方に入り込んできたな」
エルアーダの頭をジェットブーツの裏で踏み潰しながら呟く。その感触も見た目も遥かにリアルになっている。霧散する姿に生物としての構造が見え、そしてそれがダーカーという生物の気持ち悪さを更に引き出していた。運営も良くこんな気持ちの悪い生物をぽんぽんと生み出せるものだ、と感動さえ覚える。だがそうやって最後のダーカーを殲滅すると正面、ダーカーの出現によってハッキングされていた防壁が解除され、その向こう側へと通じる道が解放される。
回復テクニックのレスタを使わず、回復アイテムである飲料、モノメイトを取り出す。細長いパウチ型のボトルに入ったモノメイトを蓋を指で弾いて取り、そこにあいた穴から緑色の液体を喉の中へと流し込む。触覚が生み出されたのだから味覚はどうなのだろうか、なんて考えからモノメイトを試してみたが、
割と正解だった。
味は割とすっきりしている。色が緑色だからメロンソーダみたいなのか、と思ったが少し甘く、さっぱりとしたレモンウォーターの様な味だった。どちらかと言うとスポーツドリンクっぽかった。ただ飲みやすい、すっごく飲みやすかった。口に入れたと思ったらそのまま喉に滑り込んで活力が満ちるような、そんな感覚だった。まぁ、アークスたちが何時も飲んでいる事を考えれば当たり前だが飲みやすくなっているよな、と感想を抱くしかなかった。
飲み終わってパウチを投げ捨てる。割と味は気に入った。次回はシフデバドリンクを試そう。そんな事を考えながら視線を先へと向ければ、再びモノクロ色の世界に染まるのと同時に、視線の先に白衣姿の幻影―――いや、女が見える。いままでよりもハッキリと、そしてクッキリと見える白衣の女はまるで今まではフィルターを何重に通していたのが撤去されたかのような、そんな明快さがあった。今まではただの幻影だった―――だが今は触れられそう、そんな感想を抱ける程に彼女の存在はしっかりしていた。
「我々は―――貴女を―――ずっと―――待っていた」
「……」
流石にここまで来るとただのイベント、と笑いで済ますにはいかない。そこまで鈍感であるつもりはない。自分の理解を超えた何かが発生しているのはなんだかんだで理解しつつある。ただそこからは必要以上に深く考えようとはしない。流れに、そして面白そうな方向へと身を任せて、進む。だから正面、白衣の女の次の言葉を待つ。メガネをかけた、清らかな水を思わせる女性は口を開こうとし、再び砂嵐が視界を覆う。
やがて、最初から存在しなかったかのように女の姿は消えてしまった。
「消えちまった……ここから俺にどうしろってんだ―――いや、解るんだけどさ」
周囲に見えるのは崩れたビルばかりだ。無理やりビルの中を突っ切るような事も出来そうだが、ゲーム的に考えると見えない壁で弾かれそうだ。結局のところ、ここはどうやら行き止まりだったらしい。あの白衣の女も、一体何がしたかったのだろうか。溜息を吐いて、時間の無駄だったか、と嘆く。ただ主戦場は近くらしいし、走ればまだ緊急が終わる前に間に合うかもしれない……たぶん。
移動するか、そう思った直後ノイズが走る。
砂嵐ではない―――ノイズだ。世界がモノクロに染まるが先ほどの白衣の女の様に優しいものではない。まるで世界が悲鳴を上げる様に歪み、引き裂かれ、そしてそこに無理やり割り込むような、そんな感覚だった。不吉な予感に素早く背後へと視線を向ければ、
モノクロの世界に新たな乱入者が出現していた。
―――それだけがモノクロを殺す様に暗い色を放っていた。
それは黒かった。全身を黒いコートで包み、そして黒い仮面を被る、紫の髪の存在だった。パっと見た感じ、男か女か、その判別が付き辛い存在だった。ただ間違いないのは、出現と同時に、その存在はダーカー達と同じ、あの不吉な色の黒い霧を纏っていた。ただバチバチとモノクロにスパークしており、それは自分が知っているどのダーカーよりも不吉に見えた。
「すげぇ、
故に武器を最速で入れ替えながら全クラス適応に変えたカタナを装備し、後ろへとバックステップを取りながら即座にガードする。
それと同じタイミングで、モノクロの世界を破壊した仮面のダークファルスがその手に巨大な黒いダブルセイバーを出現させ、一瞬で目の前に踏み込んできた―――カタナによるガードはドンピシャ、
「ぐっ―――」
タイミングはちゃんと掴んでいた―――それでも後ろへとガードされたまま吹き飛ばされ、腕に僅かな痺れを感じる。着地しながら武器を即座にナックルへと切り替えれば、相手も同じように黒いナックルへと武器を持ちかえていた。だが此方の方がPA分動きが早い。即座にハートレスインパクトを発動させ、大地を蹴りながら一瞬で体を前へと叩き込む。
「―――アキナ……貴様を殺す」
まるでその動きを完全に読まれていたかのように、インパクトの瞬間にスウェーとバックステップによる回避を行われた。体が伸びきっている状態でしまった、と言葉を吐き、硬直を一秒でも早く崩す為のスウェイから武器の切り替えへと入る前に、腹にナックルを叩き込まれた。腹から背中へと衝撃が抜けるのと同時に酸素を吐き出し、痛みが体に発生する。リアルでも感じたことのない痛みに一瞬、完全に頭が空っぽになった。
一瞬だけホワイトアウトした次の瞬間、体が拳で殴り飛ばされながらダブルセイバーを握りなおした仮面のダークファルスが一気に接近するのが見えた。態勢を整え直そうと空中で一回転する、それよりも早く頭上からダブルセイバーを叩きつけられ、体を道路を砕くように叩き付けられる。
痛い―――けどそれよりも生き延びたいという意志が体を動かした。
大地を蹴り横へと転がりながら武器を飛翔剣へと切り替える。踏み込んできたダブルセイバーから逃げる為に全力で横へとスライドしながら右のヒャッカリョウランを側面から振り下ろす。だが見えていたかのようにダブルセイバーの振り上げられた逆の刃を使って受け止め、まるでパルチザンの様に回転させ、此方の刃を弾きながら、
「ここで滅べ」
紫のオーラを纏って横薙ぎに、パルチザンのPA―――スライドエンドを放ってきた。
弾かれたままにヒャッカリョウランを手放して武器をPP稼ぎ用にセットしているツインマシンガンへと切り替え、体を後ろへと向かってロールし、正面から放たれるスライドエンドを飛び越えて回避する。だが着地する瞬間、ダブルセイバーを投擲し、それが此方の体へと衝突、痛みと共に体を一気に吹き飛ばしながら瓦礫に突っ込まされた。
痛い―――痛い―――痛い―――。
痛みだ。体中が痛みを感じていた。ネタではなく、真面目に激痛が体を支配していた。一体どれだけダメージを喰らったのか、反射的に確認しようとして、HPが見えない事に気づく。さっき、ダーカーを潰していた時はまだ見えていたのに―――そう思いながら体を動かして、痛みを感じた。感じたことのない、一般人には耐えがたい痛みが体を走る。だがなぜか、
体は動いた。
―――懐かしさと既知感のある痛みだった。
この光景を、どこかで見たような、そんな感じさえする。
「憐れな奴だ貴様は」
「おいおい、ゲームなんだから、少しリラックスしようぜ、な? ……って感じでもないよな、うん」
世界が少しずつ、痛みを感じる度にクリアになって行く。まるで生きているようだ。それが自分の感想だった。鈍感を気取るつもりはないし、馬鹿でもない。だから今、自分がなんかおかしな現象に、エーテル通信という言葉だけじゃ説明できない何かに巻き込まれている、というのは察することが出来た。泣きたいし、喚きたい。だけどなぜか目の前、
この仮面の存在を見ていると、そういう気持ちが漏れてこない。歯を食いしばって耐えるべきだと心の何かが熱く訴えかけて来る。だから簡単だ―――馬鹿になる。痛みに鈍感になる。異常という状況に対して鈍感になる。そして正面、神経を凍らせるような殺意に対して鈍感になる。
―――ほら、そうすれば動ける。
ダブルセイバーが振り下ろされる。
こっそり切り替えていたタリスに合わせ、ミラージュエスケープが発動する―――一瞬だけ透明になり、あらゆる攻撃を透過して回避する。そうやってダブルセイバーを回避しながら仮面のダークファルスの反対側へと回避する。素早くナックルへとそこで切り替え、踏み込みながら拳を振るう。背中越しに突き出されたダブルセイバーでそれをガードされ、その勢いに合わせて体を後ろへと飛ばし、着地しながら取り出したトリメイトを指で弾いて口に咥え、
パウチに歯を突き刺して中の液体を吸い上げる。
「ラ―――ウ―――ン―――ドォ―――……2、ファイトッ!」
「適応し始めたか。しかし、まだ―――弱い」
トリメイトの残骸を吐き捨てながら湧き上がってくる闘争心と、
しかしそれをあっさりと見破った仮面のダークファルスがピンポイントで武器を弾きながら踏み込み、武器をナックルへと切り替え、
「やべっ」
バックハンドスマッシュを決めてきた。
再び激痛と共に体が何度も道路に叩き付けられ、跳ねる様に転がされた。やべぇ、そう思った直後、上から降り落とされるダブルセイバーの姿を視界が捉えた。即座に体を横へと転がし、道路に深々と突き刺さったダブルセイバーの姿を目視し、素早く立ち上がりながらトリメイトを取り出して飲み干す。
着地を決めた瞬間、仮面が武器を飛翔剣へと切り替え―――フォトンではない、黒い刃を無数に浮かべ、それを放ってきた。回避するために横へと跳躍し、口の中に不快な鉄の味が広がるのを感じた。
―――俺、なにやってるんだろ―――考えるな、考えるな、考えるな―――本能に任せろ。
考えれば考えるほど足が止まる―――だから理性を否定する。ゲームだと、これはゲームだと思い込ませ、頭を鈍感にする。そうすれば少なくとも
「無駄だ」
それを悉く理解され、見切られ、そしてカウンターを叩き込まれる。痛みを感じながら体は転がされ、トリメイトを飲み、そして生き残る為に全力で走る。が―――届かない。弾き、叩き、切り、叩き、その一つ一つの動作が洗練されている。知ってる、ゲームに登録されているのみのモーションから逸脱したその動きは的確に此方の動きを捉え、殺し、
そして捉えて来る。
故に、結果は解りきったことだった。
何度目かも忘れた吹き飛ばされから復帰し、トリメイトに手を伸ばそうとして―――もう一つも残っていない事に気づく。気が付いた瞬間には遅く、体が重く、熱を感じ、痛みが消えない。脳が焼けそうな程に熱い。
ダブルセイバーが近づき、
―――ノイズと共にモノクロに世界が染まった。
【仮面】さんがなんでいるかって? メインストミを遊べ。ちゃんとストミを遊んでいる読者であればここがどの時間軸化解るはずだ……! それはそれとして安藤はマストダイ。
実際に武器ガチャガチャ切り替えながら戦うと火力安定しないから野良だとやり辛いのよね。