ハドレッドがゆっくりとその眼を開けた。
―――そこには理性の色が一欠けらも残されていなかった。
今、この瞬間、クーナと出会うこの最後の瞬間の為に、ハドレッドは残るフォトンを全てその理性の確保へと回していたのだろう。ハドレッドの瞳がクーナと此方を捉え、そしてそれと同時に敵意がその全身を覆って行く。殺意が視線を通して滲み出し、その身に宿ったダーカー因子と浄化しきれていないダークフォトンが高まって行く。もはやハドレッドにクーナの弟としての、彼女を守ろうとした誇り高さは見えず。そこに見えるのは
同じように、色も形も存在しない透明な刃―――創世器・透刃マイをクーナは抜いた。
「……馬鹿……馬鹿だよ、あんたは―――」
そこでクーナは言葉を区切り、その眼に力を入れた。持ち上げた左手に一瞬だけ、六枚の花弁を象った様なエンブレムが出現し、淡い光となって消えた。直後、マイを両手で握り、前傾姿勢で構えるクーナの姿が見えた。振り返る事無く、クーナは言葉を告げる。
「これより……目標を、始末……します。アキナさん、力を貸してください」
喉の奥底から捻り出す様な、苦しみの混じった声。或いは始末屋として徹しないとハドレッドと向き合うことが出来ないのかもしれない。家族と向き合い、そして本気で殺さなくてはならないその心境―――とてもだが共有出来るものではない。その苦しみは同じ苦しみを味わった人間にしか出来ない。だから、部外者であり、一人の友人として出来る事は、
「あいよ」
軽く答え―――少しでもハッピーエンドに到達できるように、全力でぶちかますだけだ。
ハドレッドの咆哮が終わるのと同時にその巨体が凄まじい素早さで跳躍し、両手を掲げながら引き裂くように飛びついてくる。それをクーナは横へと跳躍する様に回避し―――自分は一切回避する事なく、前へと向かって踏み込んだ。体内のフォトンを一気に吐き出し、【暗心舞踏】が発動する領域へと自分を追い込む。それと同時にフォトンアーツ・レイジングワルツで下から切り上げる様に飛び込んでくるハドレッドに顎下へと潜り込む。
「
顎下を切り上げながらよこへと逸れる様に跳躍、発動したリミットブレイクと 【暗心舞踏】に任せた肉体とフォトンの強化を練り合わせ、そのまま下へと抜けて行くように地面に両手を叩きつけるハドレッドの脳天にシンフォニックドライブで急降下の追撃を叩き込む。だが生物としての質量が違い、それで頭を床に叩き付ける事は出来ない。
反動で体を後ろへと蹴り飛ばし、距離を取りながら一瞬で出現したクーナが透刃を振るう。恐ろしい程に気配も動きも感じさせずに振るわれた刃はフォトンアーツでもなんでもなく、ただの斬撃、或いは暗殺の技と言っても良い技術だった。だがたったそれだけで、
一振り、それでハドレッドの背に在った黒い両翼の内、左のそれが半ばから切断された。切断した動きそのまま、反対側へと着地するとクーナがフォトンと気配を抑え込み、マイの機能を使う事無くそのまま姿をハドレッドの動きによって巻き上げられた埃に紛れる―――今の動き、そして創世器の理不尽さ、アレで狙われると思うと正直、恐怖を感じる。
だがそんな事を感じ取るよりも早く、大地を大きく薙ぎ払う様に両腕が体とともに振るわれる。あまりクーナの方を心配する余裕はないなぁ、と考えながら空中で横へ一回転、小さく滞空して落下までの時間を稼ぎ―――フォールノクターンを放つ。素早く着地しながら前へとステップを取ってハドレッドへと接近する。片目でこちらを捉えた造龍が此方を攻撃する為に尻尾を振るってくる、それを跳躍で回避した瞬間を狙って体全体でのタックルが迫ってくる。
「と―――」
が、素早く全クラスツインマシンガンへと武器は切り替えてあり、サイドロールでギリギリ、突き出た棘に服を少しだけ切らせながらも反対側へと抜ける様に回避し、着地する。そのまま武器を再びニレンカムイへと戻す。大きく跳躍すれば足元を腕が薙ぎ払った。
そして同時に咆哮。ハドレッドの体へと視線を向ければ、その体に裂傷がいくつか刻まれているのが見えた。何時の間にそれが刻まれたかは解らないが、間違いなくクーナが成したのだろう。これ、自分はいらないのではないだろうか。そう思った直後、ハドレッドのダーカー因子の高まりを感じる。素早く大地に着地しながら大きくバックステップを取る。ハドレッドも大きく後方へと跳躍し、そして咆哮を響かせる―――音が反響し、部屋に満ちていた埃が全て払われる。
それに合わせ、床を突き破って杭が出現した。
的確に自分と―――おそらくはクーナを殺す様に突き出た杭を横にステップを取って回避しようとすれば、それを待ち受けたかのように足元から赤い杭が突き出してくる。素早くシンフォニックドライブの加速を使って回避し、背後で杭が出現する音が聞こえる。その音と共に正面へと向ければ、床全体が赤く染まっており、どこからでも杭は出現できる状態にあった―――自分が知っているクローム・ドラゴンよりもこれは遥かに凶悪だ。
―――まぁ、突っ込む以外ないんだけどな。
空中でステップを踏んで加速だけで動きを止めつつ、そのまま正面、ハドレッドへと向かって疾走する。それを理解してかハドレッドが空中へと浮き上がり、八に届く杭を空中に出現させる。その全てが接近を狙う此方へと向けられて―――即座に発射された。おそらくは見えづらいクーナよりも動きが派手で見やすい此方を狙っているのだろう。
いや、
―――本能的にクーナへと攻撃をすることを忌避していると、考えた方が夢があるじゃないか。
「いてもいなくても一緒―――だなんて言われたくないし、良い所を見せようじゃないの」
透刃マイでの凄まじい切断力を見せるクーナの動きには負けたくはない。そんな小さいプライドを抱きつつも正面、発射された杭へと向かって跳躍し、
射出された杭を踏んだ。そしてそれを踏み台にしながら跳躍、続けざまに射出され、連続で放たれる杭を足場に、跳躍から跳躍、それを繰り返しながら一気にハドレッドへと接近する。ダークフォトンの塊だった杭を踏んだことで多少、体内のフォトンが削れ、痛みが足の裏から中心に体に広がる。だけどそんな事よりも昔、こんな風にビルからビルへと飛び移って移動出来たらかっこよかったなぁ、なんて考えた自分の事を思い出し、小さく笑い声を零す。
「
最後の杭を蹴りながら跳躍し、体が滞空する。横向きになりながら、緩く回転する様にハドレッドよりも高い位置へと跳躍している。見下ろす様にハドレッドへと視線を向けてから、素早くクーナを探し、その姿を見つける。ゼルシウスが隠密性に優れているというのは最初、眉唾物だったが本当だったらしく、今、彼女を見ようとすると僅かにぼやけて完全に見ることが出来ない。驚異の技術力だなぁ、と思いながら、体が横向きに徐々に落下をはじめ、
「
フォールノクターンで一気に落下を開始する。速度を乗せて双小剣を削る様にハドレッドの顔面へと突き刺し、
しかし、終わらない。
そのまま動きを止める事なくワイルドラプソディによる回転斬撃を放ち、斬って押し出しながら距離を生み、生まれた距離をシンフォニックドライブで縮め、蹴り出しながら自分を上空へと蹴りだす。構図は再びハドレッドが下、そして自分が上という図解に帰還した。ハドレッドの姿は僅かながら落下しているが、それも一秒にも満たない連撃からの高速連携、ほとんど高度に変化はない。そして―――フォトンアーツによって程よくフォトンを減らした
「真の安藤は一度打ち上げた敵を完全に破壊しつくすまで落とさない―――なんてな」
ここは
たとえば、巨体を蹴り上げる、とか。
―――故に一切の慢心、躊躇、そして保身を投げ捨てて破壊のループに入る。
フォールノクターン、クイックマーチ、ワイルドラプソディ、そしてシンフォニックドライブ。ゲーム環境であれば連続で繰り出せるフォトンアーツは都合により切り替えない限りは三つまで、四つを組み合わせたコンボは相当変態的な腕前がない限りは難しい。だがその制限がここには、オラクルには存在しない。その為、そんな制限を無視し、そしてフォトンの量を調節、体力とフォトンを吐き出して常に【暗心舞踏】とリミットブレイクを維持しながらループした攻撃をハドレッドの体に叩き込んで行く。
最初は顔面を破壊する。次のループで腕を蹴り壊す。次のループで逆の腕を斬り砕き、顔面を蹴り上げる。次のループでは位置を調整して背中の逆の羽を使えない様に破壊しつくし、落下する寸前に腹に正面から斬撃を纏ったニレンカムイを振るう―――ブラッディサラバンド、そのフォトンアーツを持って最後の攻撃を完了させる。
着地した時には知識上、破壊できるクローム・ドラゴンの全部位が尻尾を除き、完全に破壊され切っていた。その衝撃がハドレッドには凄まじい物だったらしく、まともに着地さえできず、そのまま転がる様に床にハドレッドが倒れ込んだ。
狙い穿つ様に無明の斬撃が放たれた。色もフォトンさえも感じさせない最高峰の武器は
そのまま、首に深い斬撃を刻んだ。
熱したナイフでバターを割くように透明なマイの刃はハドレッドの首に沈み込み、そして動けず、抵抗も出来ないハドレッドの頸動脈を切断した。おそらくは、頸動脈なのだろう。結果として大量の血を噴出し、それが一気に龍祭壇の床を濡らしているのだから。本来であればダークフォトンかフォトンによって即座に治療される傷ではあるが、
それはまるで阻害されるかのように、致命傷となって残っていた。
「ほんと……馬鹿だよ……かっこつけちゃって……」
「……」
ニレンカムイを降ろし、視線をクーナへと向けた。もはやクーナも構えてはいなかった。ハドレッドの死は確定していた。それを悟ったからか、或いはそれで正気を取り戻したのか、倒れ、動かなくなったハドレッドの目には穏やかな理性の色が戻ってきていた。
「そんな事しなくていいのに。私もいつかは闇に消される立場なのに……」
始末屋になり切れていない、アイドルの彼女との狭間の様な、今の彼女の心境の様に揺れている、そんな言葉づかいだった。そう言いながらクーナは涙をぽろぽろと、流していた。それを見て、ハドレッドが小さく笑みを浮かべていた。ハドレッドの表情にあるのは、やり遂げた男の表情に、自分には見えた。それを見てしまい、自分には何も言えない。だから、振り返り、一人と一体の家族へと背を向けた。
―――これ以上は野暮という奴だろうなぁ……。
そのまま、何も告げる事もなく、龍祭壇の入口へと向けて歩き始めた。後ろからすすり泣くクーナの泣き声と、そして宥めるように響く、低いハドレッドの声が聞こえて来る。それを耳にしながらどうしようもないやるせなさが胸の中に溢れていた。
それを抱えたまま、会話が聞こえない広間の外、一本道まで戻ってくる。
そこで適当なキューブを椅子代わりに座りこみ、ニレンカムイを仕舞った。
「……どうしようもねぇなぁ、虚空機関」
もし、今回の事件、そこに明確な黒幕を定義するとすれば―――それは間違いなく虚空機関の存在になるだろう。犠牲を強いる―――いや、涙を強いるやり方は許せない。たとえその技術が全体の発展の為になる事だったとしても、涙を流し、それが正当化される事に正義は存在しない。存在できない。だから、虚空機関は明確な悪だ、少なくとも自分にとっては。
とはいえ、そう考えても自分がどうにかできる訳ではないのだが。ただ、今回の件を忘れず、ハドレッドとクーナと同じような存在を―――。
「―――永遠のencoreか……」
話し声は聞こえないが、歌声は響いてくる距離だったらしい。前にクーナに永遠のencoreと教えられた歌、それをレクイエム代わりにハドレッドへとクーナが送っているらしい。それに耳を傾けながら、小さく溜息を吐く。
これじゃあハッピーエンディングからはほど遠い。
ご都合主義のスーパーヒーローは到底名乗れない。
「なぁ、シオンさんよ……無敵のマターボードでもこれはどうにかならなかったのか……?」
空に向かって呟いてみる。だがマターボードの反応はなく、当然の様にシオンからの返答はなかった。この死、だけは、どうあがいても覆せなかった。あのドームでのクーナの死は覆せても、それでもハドレッドが死ぬ事は必要だったかのように、時は流れる。
一度はその死を覆したことだけに、
無性に悔しく、
強く噛んだ唇から血の味がした。
クーナ編おしまい。基本的に細かい部分や戦闘面の変化は存在しますが、大筋は公式ストーリーから逸脱しない様になってますの。ここがおかしい、ここの順番は変えるべきとか、そう思ったところを修正しつつ、結果として公式と変わらない、という感じになるかと。
まぁ、ここまで読んでれば大体解る事だけどネ!
という訳でEP1も終わりが見えてきましたな