眠気が徐々に溶けて行く感覚の中、少しずつだが視界と意識が回復してくるのを感じた。マターボードによる時間遡行を連続で行うとあんなデメリットがあるのか、と、少しだけ感情任せに突撃してしまった自分の未熟さを恥じる。ゆっくりと目を空ければ、視界に入ってくるのは黄色だった。数秒間、無言のままそれを眺めていて、それがゼルシウスの色である事を理解した。一体何事だろうか、そう思いながら徐々にクリアになって行く意識の中で、耳に聞こえてくるものがあった。
胸が邪魔で顔は見えないが、どうやら彼女は―――始末屋は歌を歌っているらしく、その歌声が聞こえていた。そして姿勢からして今、自分は彼女に膝枕されているらしい。一瞬、ゼルシウスのひざ部分ってメタルパーツではなかったっけ? と思ったが、そう言えばあのメタルの下はボディと同じクリアパーツだったなぁ、と思い出す。という事は態々外してくれたのだろうか。とりあえずゼルシウスに包まれた始末屋の胸が激しくシコいのでこれはどうしようもないな、と思う。ただ悲しい事にこの身は女の物だ。息子センサーが作動しない深い悲しみを受ける。
シコリティセンサーだけ作動する不具合を本当にどうにかして欲しい。
ともあれ、始末屋が歌ってくれているのにいきなり起き上がっておはよう、をするのも芸がない。それにいい機会だし、そのまま、歌声に耳を傾ける事にする。だがしかし、視線はどうしてもバストへと向けられる。サイズはそこまで大きい訳ではないが、形はかなりいい感じしている。と、そこでバストを見ながら思い出した。そういえばバストサイズや形の調整、キャラメイクってかなり難しかったよなぁ、と。
PSO2というゲームのキャラメイキングは細かすぎるというレベルで調整が出来る。普通のネットゲームでは色やサイズ程度の調整だが、形や輪郭、痒い所まで手が届く、というレベルで調整を行えるのだ。それも首の長さや細さなんてところまで弄ることが出来るのだから、おそらくPSO2以上にキャラメイキングにこだわったゲームは存在しないだろうとは思う。そんな自分も初期はそれなりに適当に作った訳だが、これがエーテル通信によってリアルダイブになると、適当の作成だと体のバランスが悪くて転びそうになったりすることがあった為、
本当に数日、ネットで体型やバランス、そのほかにもプロポーションに関して調べて、グラビア雑誌やモデルの雑誌を購入し、それを調べながらエステを何往復もして、漸く完成されたのが今の自分の姿だ。間違いなく美人、美女の類に入ると思うのだが、それが自分の体となると―――こう、そこまでなんか気が抜けるとでも表現するのか、やはり美女、美少女を見て愛でるのが一番だよなぁ、と思う。
うむ―――揉みたい。
だがそんな事を考えながら同時に、尻も揉みたい、という欲望がムクムクと胸の内に湧き上がってくる。そう、確かに胸もいいだろう。だが良く思い出せ、ゼルシウスという格好を。尻の中央部分が金属パーツによって分断されるような形でクリア部分が左右に分かれている様な格好をしているのだが―――あの部分は、こう、綺麗に両手で掴める形をしているとは思わないだろうか? 自分で着た分には特に思う事はないが、誰か、それも美少女が着ているのを見ると無性に興奮する。どうやら心はまだ健全な男子大学生らしい。
ちょいと覚悟は固まってきたが。
まぁ、それはそれとして彼女の響かせる歌はやはり、静かで綺麗だった。印象的なのはどこか感情移入されている事ではなく、それよりもボイストレーニング、明らかに訓練された歌唱力を持っている事だった。カラオケ慣れした学生と、カラオケに行った事ない学生、日常的にボイストレーニングをしている学生、この三つを並べると、彼女の声は明らかにボイストレーニングをしている人間の歌唱力だった。実際に知り合いに一人そう言うのがいるから知っている―――地球時代の話だが。
彼女が本当にただの始末屋ならこれだけの美声とちゃんとした声量を持っているのがおかしいのだ。そこまで考えた所で再び視線を正面―――つまりは胸の方へと向ける。相変わらずこのゼルシウスの素材は謎にエロいけど何で出来ているのだろうか、と考えさせられる。がなんだろうか、この姿を見ていると何か思い出すものがある。なんだっただろうか、数秒間、それだけを歌声に耳を傾けながら考え、待て、と思う。
―――この胸のサイズと形はどこかで見たことがあるぞ……!
あと少し、思い出そうとすれば思い出せそうな、そんな気がした。が、その前に、静かな、足音が聞こえてきた。始末屋の歌声が響く中で、頭を動かさず、眠っているフリを続けたまま、視線を動かす。砂浜が視界に映り、その向こう側に見えるのは石壁であり、そこから上へと視線を持って行けば空が青く―――輝くオーロラの姿が見えた。砂浜、そしてオーロラ、それで大体今の位置を割り出す事に成功する。だがそんな事を考える事よりも早く、足音は大きくなる。
やがて、石壁の上に立つ白い龍の姿が見えた。鋭利な体を持つ白い龍、クローム・ドラゴン―――出現したクローム・ドラゴンは特に吠える事も敵意を見せる事もなく、恐ろしい程に静かな姿を見せていた。それはまるで今、この砂浜に流れている始末屋の美声に聞き惚れている様な姿だった。だがその歌声も唐突に終わりを告げる。
「っ、ハドレッド―――」
始末屋の声が漏れた。あぁ、やはり、このクローム・ドラゴンがハドレッドなのか、そう思いながら立ち上がろうとする始末屋の腕を握り、立ち上がるのを止めた。驚いたような表情を浮かべ、その視線が此方へと向けられる。だからその視線に応える様に、静かに歌を続けろ、とハンドサインを出す。
「―――……」
始末屋の彼女はそのサインに驚き、ハドレッドへと視線を向けた。石壁の上から見下ろす様に両手足を乗せるクローム・ドラゴンの姿はまるで歌の続きを待っているかのようだった。その姿を見て、意を決すかのように再び彼女が歌い始める。それを聞いて、流石にこれ以上膝を占領しているのも悪いか、と静かに体を横へとズラし、抜ける。
自分という邪魔なものが減ったせいか、更に歌声に声量が籠る。彼女が響かせる歌は静かな歌だった。ただ聞いていると心が安らぎ、落ち着いて行く様な、そういう歌だった。立ち上がり、背後へと視線を向ければそこにはパラレルエリア”入江”の海が広がっていた。
そう、ここはパラレルエリア。隔離された秘密の場所。
空をオーロラが覆い、そして空に浮かぶ海が目の前には広がっている。特殊な座標故に狙って到達する事の出来ない場所。人工ではなく自然に生み出された神秘。その中心で心を込める様に始末屋は歌い、そしてハドレッドは動く事もなく、静かに、安らぐような表情で聞き惚れていた。
―――とてもだけど凶悪なクローム・ドラゴンの様には見えないよなぁ……。
歌い、そしてその歌に見入る龍の姿を見る。その瞳にはダーカーに汚染された生物とは違う、明確な理性の色があった。だからなんだ、という話でもあるが―――いや、これ以上は直接彼女から話を聞かないと解らないだろう。そう結論するしかなく、
そのまま静かに六分間、流れる水の音をBGMに、ダーカーも原生生物もいないこの秘密の入江で始末屋の歌に聞き入った。それが終わり、ゆっくりと伏せていた目を始末屋が開けた。それに対応する様にハドレッドは静かに、時空を歪ませて、そしてどこか、別の場所へと消え去って行った。その姿が完全に消え去ってから数秒間、ハドレッドがいた場所を眺め続ける彼女の姿を静かに見守る。ハドレッドに対して向ける視線には様々なものを感じられた。
怒り、困惑、悲しみ、驚愕―――複雑すぎて言葉に表現するのが難しい、だが、
「元々ハドレッドと私は姉弟だったんです。と言っても明確に血縁関係がある訳ではなく、交流のあった被験体のグループという形でした。私が研究部で始末屋となるべく育て上げられた被験体である様に、ハドレッドもクローム・ドラゴンという生み出された種族―――研究部からは造龍と呼ばれる存在でした」
ぽつぽつと、此方から声をかけるまでもなく、彼女は語りだした。
「アークスの代わりの存在を、或いは類似の存在を生み出すとかいう実験らしく、ハドレッドは生まれてきた個体でも特に強い個体だったらしいんです。ですがそれに反して寂しがり屋で、そして何時も私に歌をせがんできていたんですよ……そう、その時はいつもさっきの様に歌ってあげてたんです、子守唄の様に静かだけど、安らげそうなのを……」
そうやって喋っている彼女の姿、声、プロポーションを見て、一体誰と似ているのかを、思い出した。
「ですがハドレッドは裏切りました。研究室を襲撃、そして多数の同族と共に施設から脱走したそうです。……ハドレッドは組織を……虚空機関を裏切りました。裏切り者の粛清は始末屋である私の仕事、役割―――私はハドレッドを消さないといけません」
その表情は苦虫を噛み潰したようなものだった。明らかにそこには納得からほど遠い彼女の感情がそこにはあった。だから答え合わせをする様に、自分の中で固まりつつあった確信を言葉にすることにした。
「それで本当にいいのか、
「……少し、歌いすぎちゃいましたか」
「いや、決定打は胸のサイズ」
「……」
「まぁ、安心しろよ。歌って踊る始末屋ちゃんからしたら大きい方がめんどくさいだろうからな」
「そ、そうですね。大きい方が動くときに体を持っていかれるらしいですし、控えめの方があまり視線を集めないからそこまで気持ち悪くもないですし―――」
「まぁ、それでも大きい事は愉悦を感じさせる要素なんだけどな。やっぱ勝ってるってのは気持ちがいいわ」
「もしかして煽ってます?」
「うん」
率直な返答にクーナが呆れたような表情を浮かべ、溜息を吐いていた。しかしこの勢いに流されてか、完全にアイドルのクーナと同一人物である事を否定していない。となると、まだ半信半疑だったが本当に当人だったのか。毎回ライブに参加しているファンからしたら今までやってきた行いに対して少し恐ろしくなってきたのだが。ライブではキレッキレのヲタ芸も披露してしまっているし―――どうしよう。
「アキナさん」
クーナが真面目なトーンで声をかけて来る。
「なんで……ハドレッドは虚空機関を裏切ったんでしょうか」
その言葉に与えられる答えは一つ。
「さあ? クーナちゃんが知らないのに俺が知る訳ないじゃねぇか。ただ俺が見た感じ、意味もなく暴れて暴走している様な奴には見えなかったぞ。なんか理由でもあるんじゃねぇか?」
「理由……、ですか」
クーナはその言葉を呟くとやや俯き、そして考え込むように黙ってしまった。その姿を眺めつつ此方も思考に耽る。新しい情報が一気に入ってきて、そしてクーナの正体、そしてハドレッドの正体が見えてきた。ハドレッドの裏切り者という立場、そしてクーナの始末屋という立場、それがぶつかった結果ハドレッドとクーナが死亡するのはありえる話だろう。
だが普通、死ぬのは一方だ。それにハドレッドのあの様子を見るからして、
おそらくは虚空機関関連、或いはダークファルス―――あの【仮面】野郎だ。確か閲覧したダークファルスのデータの中にはダーカーの召喚能力も存在していたはずだ。そうじゃなければあんな大量のダーカー、しかもダークラグネやゼッシュレイダ等の大型までがアークスシップに侵入できるわけがない。
だからたぶん、あのドームでの戦い、クーナとハドレッドが戦って―――たぶんクーナが勝利したのだ。そしてその後で【仮面】か、別の誰かがクーナを殺した、と考える。そう考えるとやはり、何かが抜けている様にも感じる。ただ情報はこれでほぼ出揃っているような気もする。ハドレッドと話す事が出来ればそれで大分解決する様な気もするが、ダーカーと同じ移動能力を持ったクローム・ドラゴンを探すのは自分には無理だ。
「―――と、そうでした。そう言えば浮遊大陸で倒れていた所を見つけてここへと運んできたのですが、大丈夫でしたか?」
「ん? あぁ、ごめんごめん。ちょっと無理しちゃったみたいで。もう大丈夫だよ。膝枕までして貰っちゃったし」
「まさか膝枕している間に胸を計測されてそこから身バレするとは一切思っていませんでしたけど……本当に、とんでもないですね、貴女は」
そう言ってクーナは小さく微笑んだ。
「ですが、あまり嫌いではありません」
やはり、笑うと可愛いと思った。彼女には笑っていてほしい。だからこそあの市街地強襲―――あの悲劇を成立させない様に、頑張らなきゃいけないのだ。そう思っていると小さく、マターボードが完成の通知が自分にのみ伝わる。
A.P.238/3/31、あのダーカー襲撃に運命を切り開く新たな
「うーっし! せっかく入江に来たんだ、泳ぐぞぉ―――!」
「そうですか、では私はこれで」
「だが逃がさん。お前も俺と遊ぶんだよぉ!」
嫌がるクーナを無視し、その姿を掴んで入江の海の中へと放り投げ込みながら、この先も、これからも、理不尽な運命ときっと自分は対峙し、そして戦い続けるのだろうと、
そんな日常が続くのだろう、と、感じた。
それでも安藤は諦めない。
パラレルの入江はガチで綺麗なので1回でいいから描写6にして行ってみたい。ただ狙って行ける訳でもないからなぁ、パラレルは……温泉と入江パラレルまた行きたいなぁ……。
という訳で誰が誰を殺したの?