安藤物語   作:てんぞー

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Fear The Crimson - 2

 ―――アークスシップ市街地を歩いている。

 

 普段は緊急クエストなんかじゃないと訪れない市街地だが、アークス、そしてアークスシップで生活している一般人に対しては基本的に通行自由となっているのだから、いつでも訪れることが出来たりするのだ。基本的に生活に必要な事や物は全部市街地に訪れずとも調達することが出来る。その為、アークスが市街地へと行く事はほとんどないらしい。住んでいれば別の話だが、大抵のアークスはもらったマイルームから出勤する方が遥かに便利なので、アークスになったらそっちへと引っ越して生活している。その為、市街地にいるのはアークス以外の人達が多かったりする。

 

 そんな市街地を今は歩いていた。

 

 市街地襲撃中は道路の中央を思いっきり走り回っているのだが、こうやって平和な時に歩いていると、見えて来る風景はSFチックな未来の都市の姿だ。SFチックなアパートにマンション、道路に触れず浮かび上がって走る車、信号の代わりにオートマイズされたバリアによって歩道と車線を確保している。その為、相当頭がおかしなやつが頭がおかしい事をやっていない限り、事故というものは発生せず、かなりのスローライフが展開されている。

 

 オラクル船団の誇る謎の技術力のおかげでこの船団は自給率が異常に高いし、フォトンのおかげで大体万能でもある。そのせいか、一般市民は特に不満を抱くような事はないし、アークス達もアークス達でかなり満足したハンティングライフを送っている。その為緊急時に見た破壊された市街とは違い、今、ここは凄まじく大人しい、平和な姿を見せている。整備されており、子供も笑って歩いている辺り、本当にダーカーさえいなければ安全で平和な場所なんだなぁ、と思う。

 

 その反面、この光景を守るのはアークスの義務であるという事を意識させられる。

 

 一番守りたいのはその他大勢ではなく、たった一人の家族だ。だけど、それでも、宇宙のヒーローなのだから、手の届く範囲では救えるだけ救わなくてはならないのもまた事実だ。そしてマターボードはおそらく、その救いたい一人を救う為の道具なのではないか、と思っている。

 

 ―――マトイを、遠回りしながらもきっと、これは彼女を救うための旅で、そしてマターボードはきっと道具なのだ。

 

 そうじゃなければあんな夢見ないし、彼女を助けようとも思わなかっただろう―――。

 

 まぁ、そんな事はともあれ、本日はマトイがフィリアの所へとお料理教室でいないため、前々からリサーチしていた場所へとやってきていた。ホロウィンドウで市街地の地図を確認しつつ、ドンドン先へと進んで行く。最初は大通りなどを進んでいたが、やがて進んで行く道はもっと細い、入り組んだ道へと変わって行く。此方の方は市街地緊急でも見ない場所だ―――というか市街地緊急だと基本的にドームを目指す形になるから、それ以外はあんまり観光してないよなぁ、と思い出す。

 

 とはいえ、特別用事でもなければあまり此方へ来ることはない―――今回はその内、やや特別な部類に入る。その為、少しだけ高揚しているのが解る。

 

 まだ時間は昼間だが、今日という日を楽しみにしていた為、足は止まらない。そのまま市街地の入り組んだ裏路地を進んで行き、やがて、下へと続く階段を見つける。マップ表示の為につけていたホロウィンドウを消し、周りを確認してから階段を下りて行く。その先にあるのは鋼鉄製でもバリアでもない()()()()()だ。機能的に悪いという理由で木造の建築は生活ではほとんど目撃せず、相当な拘りがないと見ない物でもある。だが元地球人としてはやはり扉は木だよな、という事もあり、この時点で好感度は上がっていた。

 

 扉のノブを握って向こう側へと覗き込めば、全体的に暗い空間が見えて来る。その中には本当に数は少ないが、数人、アークスらしい姿が見える。だが其方に対しては特に興味を抱くこともなく、流れて来るジャズの音に耳を傾けながら素早く店内へと入る。かたり、と小さな音を立てて閉まる扉を横目に、カウンター席の方へと視線を向ける。そこには静かにグラスを磨くバーテンダーの姿が見えた。ワクワクドキドキと、心が躍り出すのを実感しながら静かにカウンター席へと移動し、そこに座る。

 

 カウンターの向こう側にいるバーテンダーはどうやらニューマンだったらしく、そのやや尖がった耳が特徴的だ。眼帯によって片目が隠されている為、残った片目でこちらを見ると、静かにグラスを磨くのを止め、そして此方を数秒間眺め―――それから出す酒を吟味し始める。

 

 そう、酒だ。

 

 お酒だ。

 

 マトイとの共同生活をしていて困る事がある―――それは酒なのだ。酒が飲めない。リビングの一部にバーカウンターやジュークボックスを設置しているのを見れば解る様に、自分はお酒大好き人間だ。とはいえ、ガブガブ飲むタイプではなく、静かに味を楽しむちょっと大人なタイプである。そもそもの発端は地球にいる時―――中学の家族旅行の時、ラスベガスで父親にバーに連れていかれた事が始まりなのだが、それ以来、酒というものの魔力に囚われてしまったのだ。

 

 此方へと来て最初は忙しくて飲むだけの時間はなかった。だが次にマトイが登場して流石に彼女に悪影響は与えたくはない、とこうやって外にちびちび飲みに来ているのだ―――あまり酒臭いと嫌われそうだし、そこら辺はしっかりと気にしながら。

 

 そうやって今回やってきたこのバーは所謂隠れた名店、という奴であり、誰かの紹介がない限りは見つけることが出来ないという少しめんどくさい仕様の店であり、普通に検索した程度では見つからないタイプなのだ。だがその代わりに独自ルートでこの宇宙に存在する様々な酒を持っているという話であり、地球では飲む事の出来ない、その未知なる味を求めてこうやって今日はやってきた。

 

 ここら辺に住んでいたから知っていたと言うアフィンには後日感謝としてレベリングに付き合わせてやろう―――なに、たったの九時間PSEバーストを連打し続けるだけの遊びだ。安藤なら誰だって潜り抜ける遊びだからきっと、アフィンだってできる筈だ、たぶん。

 

 そんな事を考えている内に、目の前にグラスとボトルが運ばれてきた。グラスに注がれた酒の色は澄んだ深い、深海の様な色をしていた。ボトルのラベルを確認するとその酒の名前はTear of Vopar、つまりウォパルの涙という酒らしい。未だにアークス達の出撃先にウォパルが存在しないなか、なぜウォパル産の酒があるのか、その入手ルートが少し不安に思えて来るが、ここのバーテンダーは客に合った物を選ぶ人物らしいし、それを信じて、深海色の酒を口へと運ぶ。

 

「―――」

 

 キツイ、喉が焼けるようなキツさを感じる。しかし、まるでそのキツさを否定するかのように簡単に喉を取って行き、その後に残るのは爽快感だった。それを言葉として表現するのは難しいが、アルコールで脳を叩かれたような感覚がするのに、それをしつこく感じない―――これが、宇宙の世界の酒。異文化というレベルではない。完全な未知であった。ヤバイ、これはハマる。

 

 そんな此方の考えを完全に理解したのか、満足そうに微笑をバーテンダーは浮かべると、そのままグラス磨きの作業へと戻る。もう既に一口目で満足感が凄い。これがプロの仕事か、そう感心しながら再びグラスをゆっくりと口へと運び、少しだけ飲む。休日はここへと足を運びたくなるなぁ、そんな事を考えながら軽く店内を見回す。

 

 全体的に暗く、そして上品な印象を受ける。ジャズは奥の方に設置してある少々古い、アンティークのレコードプレイヤーから流れており、バー全体の雰囲気を盛り上げるのに一躍買っていた。そこから視線を逸らしてあたりへと視線を向ければ、周辺にいるアークス達の姿を見えて来る。その中に女の姿は―――ない。さすがに自分だけかぁ、なんてちょっとがっかりしつつ、バーの片隅、一人で静かに酒を飲む白い姿を見つける。

 

 白いロニア・シリーズのボディにレギア・シリーズのヘッドを装備した、老成した雰囲気のキャストだった。その鋼鉄の体にはいくつもの小さな傷が刻まれており、数多くの戦いを切り抜けてきた事を証明していた。アークスであれば、誰もが知っているだろう、三英雄の一人―――レギアスの姿を。自分も設定周りは興味が無い為、地球人時代は完全にNPC扱いで偶に思い出す程度だっただろう。だがニューマンとなってこっちで暮らし、偶にフィールドでヒューイとばったり遭遇したりするようになり、他の六芒均衡にも興味を持った。三英雄、つまりは六芒均衡と呼ばれる最強のアークス六人組、その一を司るのがレギアスだ。

 

 六芒均衡の中でも一番忙しく、滅多に目撃される事のない人物だと言われているが、まさかこんなところで休日を過ごしているとは思いもしなかった。此方もあの日のクーナ同様に、見なかったフリにしておこう。そう思ってグラスを握り、口へと運ぶ。飲んだ後で口の中に感じるアルコールの感覚を楽しみ、久しぶりに酒を呑めているという事実を楽しむ。

 

 まぁ、こんな休日も悪くはないよなぁ、とは思う。誰かと騒がしくやるのもいいのだが、毎日そればかりだと流石に馬鹿騒ぎに疲れてしまう。だからこんな静かな一時を―――そう思っていた時、

 

 ―――視界の端、入口の近くで黒い靄が出現するのが見えた。

 

 反射的に武器を抜いていた。片手でツインマシンガンを握り、そして反射的に形成されつつあった黒い靄へ―――即ちダーカーの姿へとフォトンの弾丸を叩き込んでいた。そのアクションと全く同時にアサルトライフル、ランチャー、ガンスラッシュによる射撃が開始され、形成されるはずだった十を超えるダーカーが完全に形成される前にフォトンに浄化されて粉微塵に消え去った。ダーカーが消え去ったところで緊急任務の開始を告げるアラートが鳴り響き始める。

 

 溜息を吐きバーテンダーへと視線を向けた。

 

「ボトルキープでお願いします」

 

「また来るぜ」

 

「俺達のオアシスを穢そうとは許せねぇなぁ」

 

「やれやれ―――」

 

 ツインマシンガンを消しながら武器をツインダガーへと変更、カウンター席から立ち上がって扉を開ける。その向こう側で待ち構えていたディカーダが大きく腕の鉤爪を振るいながら飛び込んでくる。それに対してこちらが行動を取るよりも早く、白い閃光が一瞬で天井、床、扉の縁を蹴って三連続に残像を残さず加速し、そのままディカーダを真っ二つに切断した。そのまま正面へと加速して姿を消し、階段の先、視界から消えた所で斬撃の音を響かせた。走って追いつけば、そこにはレギアス、そして上半身と下半身が完全に切断された二十を超えるディカーダとプレディカーダの姿があった。

 

「―――ダーカー共め。よほど命がいらないと見える」

 

 そう呟きながら少し離れた位置にいるブリアーダに対して斬撃を下から掬い上げる様に放った―――おそらくはハトウリンドウなのだが、それよりもはるかに斬撃は強く、そして長く、二十メートル程離れていた距離を無視してブリアーダを一撃で真っ二つにした。そうやって見せる三英雄が一、レギアスの手に握られているのは()()()()()()()()()だった。そしてそれが今、レギアスの扱いに耐え切れず、破裂して砕け散った。もはやガラクタとなったアルバカタナを捨て去りながら、レギアスが新たにアルバカタナを抜いていた。

 

「やっぱカタナはかっこいいなぁー……」

 

 素直に羨ましい。ブレイバークラスが存在しない以上、現在、カタナを装備することが出来ないのだ。いや全クラス対応のカタナならできるかもしれないが、それにしたってPAが発動できないのでとてもじゃないが戦力にならない。と、そんな事を考えながらもバーから出てきたアークス達と連携し、サクっと目の前、路地裏に入り込んできたダーカーを殲滅する。どうやら全員、そこそこのベテランらしく、動きにエコーが持つような迷いや考えが存在しない。ほとんどオートにダーカーを狙い、攻撃、回避しながら仲間へと繋げている。かなり動きやすい、それが数秒間、共闘した感想だった。

 

「ふむ……さて、この面々は見た所固まって動く必要もなさそうだの。各自散開しダーカーを見つけ次第殲滅せよ……それとだ、ほれぃ」

 

 レギアスが此方を手招きし、新しく抜いてきたものがあった―――それは新しいアルバカタナだった。

 

「目を見た感じ、使えるようだな? ……それに私の教え子よりは今の段階で既に動けそうだな。ならば受け取っておきたまえ。本当はもう少し時間がかかる話ではあったが、将来有望そうな者に投資をするのも―――」

 

 そこでレギアスが一旦言葉を区切る。素早くアルバカタナをまた新しく抜き去り、跳躍し、すぐ近くの壁を蹴った―――おそらくはアサギリレンダンで一気に加速し、路地裏の出口に出現したダークラグネへと一気に接近する。此方へとダークラグネの視線は向けられており、次の行動は見えていた。回避するためにレギアスに遅れて大地を蹴るが、その間に既にダークラグネに接敵していたレギアスがカンランキキョウによる回転切りでダークラグネの前足を切断、そのままサクラエンドでXの字を深く、ダークラグネの顔面に刻み込んだ。

 

「―――先達の役目であろう。いかんな。年のせいかつい説教臭くなってしまう。さらばだ若きアークスよ、次に会う時を楽しみにしているぞ」

 

 そう言うとアルバカタナを押し付けるだけ押し付けて、レギアスは再び大地を蹴って跳躍した。これはブレイバー解禁のお言葉なのだろうか? まぁ、それはそれとして、非常にいいものが見れた、と、アルバカタナをしまいながら思う。

 

 アレが六芒均衡。

 

 最強のアークス達の称号。

 

「あの領域を目指すのは燃えるな……が、さて、ホリデーを邪魔された怒りをダーカーに叩きつけるか」

 

 言葉を吐き、他のアークス達がやったように大地を強く蹴り、一気に跳躍し、ビルの壁を足場にして飛ぶ。そのまま市街地へと一気に飛び出す。市街地緊急任務を拝承しながら、

 

 宇宙のゴミ掃除を開始する。




 やっぱり強いよ六芒均衡。アークス連中最強クラスで創世器を持っているという事はまぁ、それなりの実力とチートであるという事で一つ、

 あきなちゃん の きゅうじつ

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