安藤物語   作:てんぞー

15 / 57
Vivid But Grey - 3

 ―――正面へと向かって全力で走り進みながら魂の底から叫び出す。

 

「透刃マイ! 無杖ライノルト! 俺に力を貸してくれ!」

 

 両手に握る姿のない刃である創世器透刃マイ、そして黒く、そして変幻自在に変形する創世器無杖ライノルト、両手に握り、背中に格納されたそれらは言葉に反応してフォトンの波動を放つ。力強いその後押しに正面、赤と白の存在―――ヴィエル・ヒューナルという名を与えられた最新のダーカーに対して迫る。腹の底から息を全て吐き出す様に叫び、そして一直線に接近する。それに反応する様に大地の全てが結界の様な紋様と紫色の領域に覆われる。それに寸分の狂いもなく反応する。一瞬で空へと浮かび上がりながら一瞬だけジェットブーツを展開する。それで虚空を蹴って更に前へと加速、距離を一気に殺しながらマイへと持ち変える。そのままシンフォニックドライブで肩のコアを一気に踏み潰す。

 

 普通の肉体ではそんな事は行えない―――だが創世器で保護され、強化された極限状態の肉体であれば、話はまた別となる。ヴィエル・ヒューナルのコアを一つ破壊し、その反動で空中へと飛び上がる。振り回されるフロートしている両腕をライノルトへと素早く切り替え、イグナイトパリングで受け止め、素早い反撃の連斬を叩きだす。振るわれた腕を切り返しながら叩きだす。着地と同時にウォンドへとライノルトを変形させ、デスサイス状の刃を振るう。

 

 瞬間、出現した闇弾を真っ二つに切り裂いて粉砕する。空気中に存在するフォトン、そしてダークフォトン、その両方を感じ取って敏感に次の動きを、未来を理解して動く。そしてカウンターを叩き込むように風と雷のテクニックを融合、ザンディオンをライノルトに食わせて振るう。雷を風の翼が広範囲を薙ぎ払う様に放たれ、雷鳴と風の爆撃を無差別に放ちながら戦場を蹂躙する。創世器によって何倍にも強化されたフォトンはそれだけあらゆるダーカーを死滅させる最悪の毒として降臨する。だがその中でヴィエル・ヒューナルは腕を広げ、そして闇の翼を開いた。

 

「マイ―――!」

 

 瞬間、創世器がフォトンを体内から食らい尽した。そしてその結果として姿が完全に消失する。跳躍しながら同時に放たれた闇の翼はしかし、姿が消えたせいか完全には捉えることが出来ず、虚空を薙ぎ払った。それを完全に見切りながらシンフォニックドライブを片腕へと叩き付け、その巨大な片腕を破壊し、そのままライノルトへと持ち替えながらオーバーエンドによる大斬撃を逆側の腕へと叩き込む。

 

「お、お、お、おぉぉ―――」

 

 右手にライノルトを、左手にマイを握り、それを全力で振るう。深淵にもっとも近い存在故にその体が保有するダークフォトンはありえないとしか表現できないレベルになっている。だけど、それでも、それは此方も同じだった。体内に溜めこまれたありえない量のダークフォトン、そして創世器によって何倍にも増幅されたフォトン、それによって相手との質量差は完全に拮抗していた。故にそこからは戦う存在としての質の問題だった。

 

 だからこそ、ライノルトとマイを、魂を燃焼させながら振るう。

 

 一振り一振りすべてに咆哮を乗せながら振るい、一瞬で再生されるコアをまだ砕く、砕く、そして砕く。そうやってヴィエル・ヒューナルという深淵に纏われているダークフォトンを、ダーカー因子を浄化して行く。そうやって削りに削りに削り、持ちうる限りのズルと技術を叩き込んで、

 

 ヴィエル・ヒューナルは漸く動きを止めた。ゆっくりとその体に融合していたアンガ・ファンダージが剥がれ、創世器によって放たれたフォトンの波動に焼かれ、塵一つ残さず焼き尽くされた。口の中に溜まった血を横へと吐き出しながら、アンガ・ファンダージの中から出現した彼女へと視線を向けた。それはあまりにも変わり果てた彼女の姿だった。

 

 【巨躯(エルダー)】を象徴する魚鱗で局部を覆い、

 

 【敗者(ルーサー)】を象徴する翼を両手に、

 

 【若人(アプレンティス)】を象徴する翅を背に纏い、

 

 そして【双子(ダブル)】を象徴する玩具を装着し、

 

 彼女はその両目から血の涙を止まる事もなく流し続けていた。顔を覆うその仮面が剥がれ、素顔が見える。真っ黒に染まった瞳はもはや光を見せておらず、一切の正気を見せていなかった。その証拠に変わり果てた彼女は両手に【敗者】と【双子】を組み合わせた剣を手にしていた。まだ、戦うつもりだった。それだけの力が彼女にはあった。星を砕き、喰らい、そして亡ぼすだけの力が彼女には存在した。だから、膝を折る訳にはいかなかった。口を開き、血の泡と共に咆哮を滾らせる。創世器の二刀流という無茶が体を凄まじい速度で壊していたのは理解していたが―――もはやそれをどうこう思うだけの心は残っていなかった。

 

 刃が振るわれる。それをマイで弾き上げれば正面、完全にフリーになった胴体が見える。

 

 故に、

 

 真っ直ぐ前へと、

 

 彼女を救う(殺す)為に踏み込み、

 

 極悪なパルチザンの姿をしたライノルトを突き刺した、

 

 ―――マトイの胸に。

 

 

 

 

「―――っ!?」

 

 心臓を締め付けるような痛みに目が覚める。上半身を勢い良く起き上がらせて胸を掴み、目を開く。息が荒く、胸が苦しい。両手で胸を強く抑える。その締め付けも痛かったが、それ以上に今、感じていたあの締め付けの方が遥かに苦しかった。まるで心を砕かれるような、そんな痛みだった。息も荒く、一体どうしてしまったのだ、と困惑する。だが同時に今まで見ていた夢の内容を思い出す。酷い夢だった。知らない事ばかりで、だけど、妙にリアリティのある、そんな夢だった。

 

「……」

 

 口に出す事もなく、頭に浮かんだ考えを否定する。そんな馬鹿な事があってたまるものか、と。横へと視線を向ければ、同じベッドにラッピーのパジャマ姿で眠るマトイの様子が見れた。此方が起きている事に気づく事もなく、深い眠りに付いている。その姿を確認すると物凄い安堵感が胸の内に襲い掛かってくる。解らない。何なのだろう、この気持ちは。まるで自分のものではない、誰かの気持ちを流し込まれているような、そんなものだった。

 

 ふと、そこで、自分が涙を流している事に気づく。なんて事だ。情けない。いい大人なのに―――。そんな事を考えながらマトイを起こさない様に静かにベッドから抜け出す。

 

 バルコニーへと通じる扉の向こう側へと視線を向ければ、空は暗く、月が上っている。もちろん、宇宙を漂うアークスシップに昼夜の概念は存在しない。その為、これは人工的に投射されている夜空だ。それでもこれが人々の生活を支える色となっている為、こうやって夜空が存在する。

 

 バルコニーに出る。自分の姿が下着オンリーである事を思い出し、少しだけ肌寒さを感じる。

 

「しっかし俺も慣れたもんだなぁー」

 

 目の前に広がっているのは新しく導入した浮遊大陸のシーナリーだ。その浮遊大陸の台地が今は夜に染まり、幻想的な姿を見せている。ゲーム時代でも好きな光景の一つだった。浮遊大陸、ウォパル海岸、この二つは今まで走りぬいてきたフィールドのなかでも飛び切り気に入っている場所なのは、純粋に見ていて楽しいからだ。だからハルコタンにもウォパルにも行けない現状は、少しだけ辛いものがある……が、それはまだあちらの惑星が平和でもあるという事のだろう。

 

「―――っと、また仕事のこと考えているわ」

 

 小さく笑い声を零しながら、たった一か月で随分とまぁアークス生活に慣れてしまったなぁ、と思う。ここに来た当初は女という体の生理的な部分に驚いたりもしたが、一か月の間に慣れてしまった……まるでどっからか、そんな経験があったかのように。流石にそこまで勘ぐるのはやりすぎなのかもしれない。しかし自分の異常な状況に対する慣れ、平常心、

 

 それは少し、自分にとっても怖い事だった。

 

「俺は……一体……どこに向かってるんだろうなぁ……」

 

 昼間、素面だったら絶対にこんなことをいう事は出来ないだろう。ナベリウスではロジオに頼られて、リリーパではフーリエと一緒にリリーパ探しをした。そしてアムドゥスキアではアキに振り回される形で竜族たちを追いかけてダーカー退治もした。そんな慌ただしい毎日の中で、段々と周りにいるみんなの評価がどんなものなのか、自分でも解ってきている。依頼者として交流を持った人達は俺がしっかりと仕事をする人間だと信頼してくれている。

 

 ゼノやアフィン、同僚のアークス達は頼れる仲間として信頼を抱いてくれているのが解る。ちょっとゲッテムハルトとか、パティエンティアの無鉄砲さとか不安な事はあるけど、それでも仲間に認められているという自覚もある―――たった一か月前までは自分は―――いや、俺はそこに存在すらしていなかったのに。

 

 まるでずっと昔から関わってきたような、そんな親しさを築き上げているような、そんな感覚がある。なんでみんなはこんなにも自分を信じてくれるのだろうか。そして俺は何でこんなにもみんなの期待に応えたいと思っているのだろうか。はたしてこの気持ちは、この努力は、このめげない心は……本当に自分の物なのだろうか? 或いはアキナというアークスの体と全てを俺が奪ってしまったのではないだろうか。

 

「怖い……怖いよ、西田。俺は一体なんなんだろうなぁ……」

 

 こんな事、誰かがいる時には絶対に言えない。だからバルコニーの淵、半身を放り出す様な格好で寄りかかり、浮遊大陸シーナリーを見る。相変わらず美しい光景だと思う。あのアムドゥスキアの空に広がる浮遊大陸の姿を見事に再現している、とも。それを静かに眺めていると妙に酒が飲みたくなってくる。振り返り、冷蔵庫から酒のボトルでも取り出そうかと考えたら、静かに扉が開く音がした。

 

「んー……アキナ……どうしたの……」

 

 当たり前だが、その主はマトイだった。着ぐるみ型の寝間着である為、フードを被っており、その中で眠そうに眼を瞬きながら擦っており、随分可愛らしい姿を見せている。その姿を見て苦笑し、そっと近づいて持ち上げて、そのままベッドの中にマトイを運ぶ。

 

「なんでもないよ。それよりホラ、明日はフィリアさんと料理教室の約束があるんだろ?」

 

「うん……おやすみ……」

 

「あぁ、おやすみ」

 

 そう言って再びベッドの中へ、マトイを寝かしつけた。マトイが居る所で不安になる姿を見せる事は出来ないなぁ、と小さく心の中で呟く。マトイの登場で一気に酒を飲む気が失せてしまった。だがまだまだ眠気はこない。だから再び外へ、バルコニーに出て、そこにおいてある椅子に座り、背もたれに寄りかかりながら夜空を見上げた。

 

「なぁ、シオンさんよ。一体どこから俺を引っ張ってきたんだ。一体俺に何をして欲しいんだマタボは便利なアイテムをくれるだけで応えてくれないんや……」

 

 当然ながらその言葉に返答はない。だから溜息を吐き、馬鹿な事を言っていないで、さっさと寝るべきかなぁ、と考える。これも全部、さっき見た夢が悪いのだ。なんなんだ、【双子】とか【若人】とか【巨躯】とか。見たことも聞いた事もない。それに創世器とは―――。

 

「―――マイだけなら少し前に聞いたな」

 

 一週間か二週間ぐらい前に確か誰かが―――そう、彼女だ、ゼルシウスの彼女がたしかマイ、と言って姿を消そうとしていた。少なくとも自分が見る限り失敗していたが、姿を消そうとはしていた。つまり彼女が握っていた透明なアレがマイ、創世器というものなのだろうか? という事はあの夢に出てきたものは実在する? 無杖ライノルトも、【若人】とかいう存在も―――ヴィエル・ヒューナルも?

 

 血涙を流すマトイも、か?

 

 ―――冗談じゃない。そんなもの、真実であってたまるものか。

 

「ま、ただの夢かもしれないし囚われすぎるのも良くはないな……」

 

 結局のところ、自分が出来るのは全力で戦う事、そしてマターボードを埋める事だけだ。そのついでにマトイを見張って、自分から離れない様に見ていればいいのだ……そう、そうやってちゃんと守り続けていればいいのだ。たとえアレがどこかの真実かもしれなくても、しっかりと面倒を見ていればそんな事はない。

 

 ……そんな事は、ない……筈、だ。

 

 なぜかそれが言葉に出来なかった。

 

「―――無理にでも寝るか。明日はマターボードの影響でもっかいロジオさんの依頼をやらなきゃいけないし……」

 

 時間を巻き戻す。それで一体何を成し遂げようとしているのか自分には解らない。だけどきっと、必要な事なのだろう。そして自分にしか出来ない事なのだろう。だからやるしかない。

 

 だけど、

 

 ―――この覚悟はどこからきているんだ……?

 

 答えが出ないまま、次の日がやってくる―――。




 仮面さんが走り抜けてきた道を考えるとほんと報われて欲しい、というか徒花の天罰キャンセルで戦っているのはアレ、安藤ではなく安藤の姿をした【仮面】さんと公式で言われておらぁもう涙が止まらねぇよ。

 卵が先か、鶏が先、それとも安藤が安藤っただけなのか。どうなんだろ。

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。