安藤物語   作:てんぞー

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Vivid But Grey - 2

 諸々の処理を終わらせてアークスロビーに到着する。補給やメンテナンスの為にショップエリアへと向かえば、そこでにらみ合うゼノと、そしてもう一人のアークスの姿が見えた。溜息を吐きながらまたやっているよ、と小さく誰にも聞こえない様に呟き、笑みを浮かべる。そう、笑顔だ―――笑顔を忘れてはいけない。誰かが一人、笑って道化を演じればそれだけで割と空気は和めるのだから。ゼノと言い争っているアークスに接近し、

 

 接近した所で背後から膝かっくんをゼノに仕掛ける。

 

「うぉ? おぉぉぉぉ!?」

 

 完全に巨漢のアークス―――ゲッテムハルトに集中してたせいかそれを察知できなかったゼノが膝を折り、そのまま後ろへと向かって倒れそうになり―――大きくバク転を取る事で此方の姿を飛び越え、そのまま背後のベンチに着地する。その姿を見ておぉ、と声を出しながら拍手する。それを見て即座にゼノは正気を取り戻した。

 

「お前……何やってんだよ……」

 

「見て解らないのかよ!! 理性蒸発させてんだよ!!」

 

「おい、こいつ一言目から会話する気が皆無だぞ」

 

「何言ってんだお前。俺は会話する気満々だぞ? そもそも良く考えろ、俺ほどコミュ能力に溢れたアークスもクッソ珍しいぞ。いいか、あそこでこっちをこっそり窺ってるパティとティアを見るんだ。全く興味ありませんからぁ! という感じに断ってるけど超興味津々でこっち見てるから。あ、ほら、今ビクっとしたじゃろ? あの面白姉妹と違って俺は強引ではあるが確実に芸をストレートに会話に叩き込んでいる―――つまり流れとしては全て計算されたもんなんだよ……!」

 

「なお悪いわ!」

 

「というかこっちに流れ弾当てないでよ!! まるで私が痛い子みたいじゃない!!」

 

「え、違うの……?」

 

 ムキィー、と声を上げパティが地団太を踏んでいる。パティとティアはコンビ芸人として結構完成度高いよなぁ、なんて事を思いながらゲッテムハルトへと視線を向ければ、明らかにやる気を削がれた表情を浮かべていた。ゲッテムハルト―――一言でその性格を表すなら戦闘狂だ。ただそう表現するよりは狂気に侵されている、という言葉の方が正しいのだと思う。ともあれ、あまり騒がしい事は好まないはずだ。自分、そしてパティエンティアを会話に巻き込んでしまえば、

 

「チ……クソが。おい、シーナァ!」

 

「はい、ゲッテムハルト様。それでは皆様も」

 

 ぺこり、と従者の様に付き従っていたメルフォンシーナが頭を下げ、駆け足で去って行くゲッテムハルトを追いかける。相変わらず健気な姿を見せているなぁ、と思いつつパティエンティアへと手を振る。二人からサムズアップが返ってくる。巻き込んでしまった事に対して謝ろうかと思ったけど……まぁ、またなんか奢ればそれでいいよな、という事で結論付けた。ともあれ、

 

「おっす、ゼノ。ゲッテムマンはアレ、軽く頭の中やられてるから言い争うだけ無駄だと思うぞ」

 

「あー……解ってはいるんだけどなぁ……こう、アイツを見てると熱くなっちまうんだよなぁ……」

 

「こりゃあエコーが大変なわけだ」

 

 そこでなんでエコーが、と言って首を傾げる辺り、割とゼノはヤバイのかもしれない。本当にエコーの苦労が偲ばれる―――これ、後で拗れないかなぁ、と思ってしまいもする。はぁ、と溜息を吐く。無駄に心配してしまってちょっと疲れてしまった。適当に甘いものを買って帰って、休憩でもしようかなぁ、なんて事を考えた所、あ、そうだ、とゼノの言葉が聞こえた。

 

「なんかお前の事どっかで見たことがあるなぁ……って思ってたんだけどやっと解ったわ。お前、俺の師匠にすっげぇ似てるんだ」

 

「え?」

 

 師匠に? と言葉を反芻する様に呟くとおう、とゼノが頷く。

 

「10年前、まだ俺が訓練生時代の話なんだけどな、レギアスのおっさんに教えてもらいながらもちょっと飽きてきちまってなー、って事で原生生物相手に鍛えてやる! ってノリでちょっとナベリウスに突貫しちまったんだ。だけどあん時の俺はほんと笑えるぐらい弱くてさ、おかげでウーダンの群れに囲まれて絶体絶命! ってところを師匠に助けられたんだよ」

 

 凄かったんだぜ? と自慢する様にゼノが言ってくる。

 

「こう、シュババババ! って出現したと思ったら素手でウーダンを殴り飛ばして、そこからキック、パンチ、素手で投げる! PAなんぞ使わねぇ! 勿体ねぇ! ってな感じに暴れてな、PAも武器も使わずにウーダンの群れを倒しちまうもんだから一発で惚れ込んじまってよ、師匠って呼ばせてもらう事にしたんだわ、名前は教えてくれないし」

 

 なんか嫌な汗が背中に流れ始める。

 

「師匠も割と理性を蒸発させた人でさ、言ってる事の大半は聞き流し推奨なんだけど、割と現場でも大事な事とか、心得とか、そういうのも教えてくれたんだよな。あとそうそう、どのクラスではどう動くべきとかの役割とか。アカデミーとかでも教えない内容が多くてすっげぇ助かったわ。あと妙にドゥドゥさんへのヘイトが高かったな」

 

 そこで二人で揃って強化カウンター、ドゥドゥの方へと視線を向ける。そこでは無名のアークスがドゥドゥと勝負をしている最中で、

 

「素晴らしく運がないな君は」

 

「アァァァァァァ―――!!」

 

 また一人発狂者を生み出していた。執拗にカウンターにヘッドバンギングしていたアークスがまた一人、黒服に両脇を抑えられてそのまま運ばれて行く。やはりドゥドゥ、裏でどっか怖い所と繋がっているのだろうか。二人で数秒間、連れ去られて行くアークスを眺めてから、元の会話に戻る。

 

「うん……まぁ、それで思い出したんだよ、その理性の蒸発っぷりがすげぇ師匠と似てるって。もしかして姉妹かなにかか?」

 

「初耳だよ。俺並に頭のとんだやつがいるって結構恐ろしい事だぞ」

 

「だよなあ」

 

「肯定するなよっ……!」

 

 半ギレで答えると、ゼノが苦笑しながら悪い悪い、と言葉を放つ。その姿からは先ほどのゲッテムハルトとの言い争いの熱は感じない。どうやら少し馬鹿話をしたおかげで落ち着いてきたらしい。それを感じ取ったところで、甘いものが食べたくなってきたので軽くゼノに別れを告げて手を振り、ゼノから離れる。数秒後、走りまわるエコーとすれ違ったので、タイミング的にも丁度良かったのではないか、と思わなくもない。

 

 ふぅ、と息を吐きながらマターボードを取り出し、それを見る。

 

 今の交流もまた必要な事象だったのか、またマターボードに新たな記述が生み出されるのを確認した。マターボードを表示していたホロウィンドウを閉じて、ショップエリア二階、輝石交換カウンター近くのベンチに腰を下ろす。未だにADやEX等のシステムが使用できないレベルの為、このカウンターの利用が出来ないのが少々寂しい―――多分解放されたらその瞬間数日間ノンストップで利用しそうな気がするけど。

 

「それにしてもめんどくせぇなぁ……マターボード。まるで打算があって交流しているような気持になるのが嫌だなぁ」

 

 だけどこれがあるからこそ、マトイを救えたのだ。そこに関しては一切迷いはないし、後悔もないのだ。マトイを救出してから二週間が経過している。マイルームでの生活にも慣れ、そしてフィリアからも簡単な料理を覚えたマトイは毎日、少しずつだが日常になじむように頑張っている。何も知らない少女がそうやって頑張っているのだから、自分が頑張らない訳にもいかない。しかし、マターボードに関しては疑問が多く残る。

 

 これは一体なんだろう、と。

 

 マターボードによる干渉で発生するドロップアイテム。優位事象の獲得による時間遡行による時空改変。その能力は一言で言えばありえない、の一言に尽きる。馬鹿な自分でもこの数々の経験は間違いなくSFを超えてファンタジーの領域、それも奇跡と言える領域にあるものだ。普通じゃない……のはもう解っている事だが、それでもどうなのだろうか、

 

 この先、マターボードを進め続ければ答えが出るのだろうか―――?

 

「―――少し、いいかな?」

 

「ん?」

 

 俯いていた顔を持ち上げれば、正面には白いタイガーピアスを装着したヒューマンの姿があった。若干ボーイッシュな雰囲気を受けるのは髪がツンツンだからだろうか、肉体的にはそこそこフェミニンなのだが、態度がそれを感じさせない物がある。彼女は確か、

 

「えーと……アキさん、だっけ」

 

「最近話題に上がってきたアークスに名前を覚えてもらっているのは光栄だね。実はロジオの紹介で探していた……と言ったら君は信じるかな?」

 

「あーはいはい、なるほどなるほど。お仕事っすね」

 

「うん。そうだ。実はアムドゥスキアの方へ竜族の生態調査を行いに行きたいんだけどどこのアークスも危険だから無理、と同行を許可してくれないんだ。だけどロジオから聞いた君は頼まれごとは大体なんでもやるし、その達成率も高いときたものだ。……となると、頼まない理由がないじゃないか」

 

 ロジオの縁で今度はアムドゥスキアへ生体調査―――まためんどくさい事を頼む人間もいたものだ。アムドゥスキアの地上は火山地帯が多く、そこがクソ熱くて個人的にはめんどくさい。出来れば断りたい所でもあるのだが、残念ながらさっきからマターボードが全力で受けろよ、と超アピールしてきている。という事はこれもまた、優位事象の獲得の為に必要な事なのだろう。

 

「受けるよ。何時を予定しているんですかねぇー」

 

「今すぐ! と、言いたいところだが君の様子を見るからにどうやら日々の激務でお疲れの様だ。改めて此方から連絡を入れるから、早い内にこなしてしまおうか」

 

「うっす、それではその時にまた」

 

「あぁ、さよならだ」

 

 手を振って去って行くアキを見送る。その姿が消えた所で軽く息を吐いて、そしてマターボードを見る。もしかしてこいつ、疫病神の類なのではないのだろうか。実際、マターボードを受け取った直後から大量のイベントに追いかけられるようになってきたし。ただこれを捨てるという選択肢は存在しない。一応、これだけが現状、状況の全てに対するヒントなのだから。

 

「あー……だっる」

 

 こんな姿にまでなって何必死にやってるんだろう、と一瞬だけ考えてしまった。そんな考えが出て来る辺り、少しだけ、疲れているのかもしれない。実際、アークスには決まった休暇とかが存在せず、自由に出撃し、自由に稼いでくることが出来るのだ。連日出撃ばかりでちょっと疲労がたまっているのかもしれない……数日ほど休むか。何もこのオラクルで出来るのはアークス活動ばかりなのではないのだから。

 

「カジノが実装してくれればなぁ……」

 

 数日はカジノに潜っていられるのだが。まぁ、ないものを強請ってもしょうがない。さっさとマイルームへと戻るか、と思ったところでショップエリアをうろつくマトイの姿を発見する。フィリアと並んで歩いている姿を確認する限り、どうやら買い出しに出かけているらしい。これは―――見ないふりをした方が良いのだろう、きっと。じゃあ見なかったことで、と頭の中で処理し、視線を外し、ふぅ、と息を吐く。

 

「……俺も頑張って装備揃えるか」

 

 良い装備をそろえればそれだけ生存率が上がる。ゲームの時の様にアイテムで簡単に復活できる環境ではないし、ロックベアに殴られれば内臓だって破裂しそうな世界だ。フォトンに守られているとはいえ、やはりいいものを揃えれば、それだけ助かる、助けられる確率は上がる。そこまで考えた所で息を吐き、気合いを入れ直す。

 

「―――うっし、頑張りますか!」

 

 帰りを待っている人がいるのだから、元気な姿を見せるのは義務だ。そう意識し、今日もまた宇宙の平和を守る為に立ち上がる。




 安藤は戦うよー今日もー明日もー、昨日に戻ってー。

 なお一部マタボはひたすら面倒と重くて表示したりする予定は皆無。正直飛ばしても問題ねぇんじゃねぇの? というアレな。その変わりにアークスとの交流をぶっこんでいるようなそんな感じの。ところでウルクの身内人事凄まじすぎない……?

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