ぜろおば!   作:ウグイスぼうる

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我慢できずに投稿。

俺のDOUTEIを捧げる。


超越者は使い魔

 「楽しかったん以下略

 

 

 

ナザリック地下大墳墓第十階層玉座の間、そこでギルドマスターであるモモンガこと鈴木悟は栄光の象徴たるギルド武器スタッフ・オブ・アインズ・ウール・ゴウンを片手に背を玉座に任せ、ゆっくりと天井に顔を向ける。

 

 「過去の遺物かーー」

 

 目を動かし、アインズ・ウール・ゴウンのギルドメンバーそれぞれのサインが入った天井から垂れている大きな旗を数えようと骨の指を向けようとしたとき、その手はピタリと止まる。 

 

(こんなことしている暇はないじゃん!)

 

 モモンガは思い出す。このユグドラシルの最後を派手に締めくくるために計画し準備していたことを。ユグドラシルサービス最終日に戻って来てくれたメンバー達とともに少しでも楽しくーあの辛いだけのリアルに戻っても、楽しかった思い出を胸に抱いて、苦しい日々を生き抜くためにー終われるために用意していたものを。

 結局誰一人としてこの瞬間に戻って来てくれず、自分の行動に自嘲しかけたが、これはこれだ。課金してまで準備したあれらを使わずに終わることは貧乏性の鈴木悟にとって許される事ではない。

 勢いよく立ち上がったモモンガは右手の薬指に嵌めたリング・オブ・アインズ・ウール・ゴウンを起動し、転移先一覧より目的である地表部への最寄りの転移先を選択する。指輪の機能を使用することで、瞬時に転移が行われる。

 

(せめて!せめて俺だけでも派手に終わらせてやる!)

 

 指輪の力で転移できる最も地表に近い場所、ナザリック地下大墳墓地表部中央霊廟に転移したモモンガは<飛行>の魔法を起動させ、ナザリック地下大墳墓の壁の外に広がるグランベラ沼地に向け全力で飛行する。

 ユグドラシル最終日ということもあり、すべてのアクティブモンスターがノンアクティブ化しており、こちらから攻撃しなければ襲われる心配はない。

 さらにスタッフ・オブ・アインズ・ウール・ゴウンを装備しているモモンガは全てのステータスが劇的に上昇しており、間もなく目的である沼地に浮かぶ島に到着することが出来た。

 

 間に合ったか。モモンガは左手を持ち上げ時間を確認する。

 

 23:58:13 

 

 本当にぎりぎりであった。

 円筒形の筒がところ狭しと並べられた奇妙な島を見下ろすモモンガは、空間よりボタンが一つだけ付いた棒状のものと取り出す。

 

 「行くぜ!」

 

 普段の大人しい彼らしからぬ、強い口調で叫ぶとモモンガは、ボタンを強く押し込む。

 その瞬間、下の島に並べられた全ての筒より次々と光弾が上空目掛けて打ち上げられる。制作が安く販売していた花火であるそれをモモンガは計五千発程買い込み、この島に全て並べたのだ。

 あまりにも密集して配置されていたため、打ち上げられたそれはまるで一つの塊のようですらあった。

 

 「・・・皆と一緒に見たかったな」

 

 上空に登っていくまるで白い柱となった光弾を見上げながらモモンガは呟く。

 本当であれば来てくれていたはずのギルドメンバーと共に眺めていたであろう光景を前にモモンガの胸に去来するものは寂寥感。

 

 ユグドラシルを開始した頃は異形種という種族を選んだばっかりにPKに遭い続け、ユグドラシルを辞めようとしていた。そんな自分を救ってくれ、クラン『ナインズ・オウン・ゴール』に入れてくれた思い出。

 ナインズ・オウン・ゴール改め『アインズ・ウール・ゴウン』を設立しギルドマスターになり、ナザリック地下墳墓を攻略した思い出。

 その外様々な輝かしい全ての思い出が今、モモンガに寂しさを覚えさせていた。

 

 現実の世界は鈴木悟にとってとても生きにくい世界だ。環境は劣悪で、義務教育すら撤廃された社会において、小学校すら満足に通うことができない。

 鈴木悟の両親は、少しでも息子に明るい未来を与えるために必死に労働し、小学校に通わす事ができた。しかし、その無理がたたり鈴木悟を愛し、鈴木悟が愛した両親はもうこの世に存在しない。

 仕事にある程度慣れ、息抜きにと始めたユグドラシルでの日々は、鈴木悟にとって遅れてきた青春だったのだ。

 

 だが今となっては誰もモモンガのそばにいない。心を満たされていた鈴木悟は、再び大切な人達との繋がりを失なってしまった。

 この気持ちを抱き、あの厳しい『リアル』を生きてゆかねばならない。それはきっと耐え難い苦痛であろう。

 

 ーそして上空で大爆発が起こった。もはや花火と呼べるものではない。まるで超位魔法<失墜する天空>のようだった。

 眩しくて目も開けられないような白い閃光が全身を包み込む中、モモンガはふと思い付き、指を動かし指輪の一つを起動させる。

 

 それは何の飾りもない質素なものだ。銀の輝きに照らし出されて、三つの流れ星が浮かんでいる。この指輪こそモモンガがかつてボーナスをぶち込んで当てたガチャアイテム流れ星の指輪である。

 指輪に込められている魔法は超位魔法<星に願いを>であり、消費した経験点のパーセントに応じただけの数が、選択肢としてランダムに浮かぶシステムとなっている。

 流れ星の指輪は<星に願いを>三度まで経験点を消費せずに発動できるうえに通常時に比べ有効な効果が出やすく、発動に掛かる時間も皆無というまさに最高峰の課金アイテムである。

 

 しかしモモンガは出現する選択肢を全て無視し、「I WISHー」願いを唱える。

 

 「俺の-」

 

 サービス最終日まで結局使用せず、三度しか使えない課金アイテムを無駄遣いする自分に苦笑しながら

 

 「記憶を真っ新にし、未知の世界へ連れて行け!」

 

 願い事を叫ぶがー自分でも分かっていたことだがー何ら効果は発動せず指輪は沈黙する。

 モモンガはそれを確認せず上空へ向かう、もっと閃光の中心へ行くために。DMMOの最後がどのように閉じるかはモモンガは知らない。だがそれはきっと希望に満ちた終わり方ではないだろう。きっとぶつっと接続を切られ目覚めるに違いない。

 そこがお前の世界だーと突きつけられるように現実に戻るのだ。

 

 だからせめて、願望を叫びながら、光に包まれて終わりたいのだ。少しの希望を抱き、明日も確かに生きていくために。

 本当に願い事が叶うならば、こんなことではなく願いたいことなんていくらでもある。アインズ・ウール・ゴウンのギルドメンバーにナザリックへ戻って来てほしい。かけがえのない仲間達とともに再び未知を探しに行きたい。鈴木悟が幼い頃にいなくなってしまった両親を・・・。

 

 だがそれらを願ったところでどうせ叶わないと分かっているモモンガは、こんなことを願ってしまう。自分の気持ちを少しでも軽くするために。

 そして光の中心に登って行く。

 もう殆ど時間は無い。明日は四時起きなのだ。このサーバーが落ちたらすぐに就寝しないと仕事に差し障ってしまう。

 モモンガは終わりを待つ。ユグドラシルでの楽しかった思い出が詰まった様にも感じる、白い輝きに包まれ。

 

(ああ・・・)

 

 23:59:57

 23:59:58

 23:59:59

 

 そして

 

 0:00:00

 

 鈴木悟の意識が途切れる瞬間、大きな楕円形の鏡のようなものを見て、脳内に無機質な声が聞こえた気がした。

 

 

 

 

 

                   ー願いは受理されましたー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

気が付くと青空を見上げていた。空は見たことがあるがこのどこまでも澄みわたるような青空は自分の人生で見たことがない…と思う。しかし、はてと思う。自分は確か、<飛行>で空中に浮かんでいたと思うが、いつの間にか地面に降りたっていたようだ。えらく朧気だが。

 ふと顔を戻し辺りを見回すと、学生と思われる服装に黒いマントを羽織った少年少女達が自分を見て、身動き一つ取らず固まっていた。豊かな草原が広がっており、石造りと思われる大きな城が見えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―ハルケギニア大陸―

 

 

 トリステイン王国に建つトリステイン魔法学院では毎年春を迎えると昇級試験として、とある儀式が執り行われる。

 

≪サモン・サーヴァント≫

 

 古来からの伝統として受け継がれてきたこの儀式は、『メイジ』のパートナーとなる動物や幻獣を召喚し、自らの使い魔として契約する儀式である。

 

 このトリステイン魔法学院に通う十六歳の少女、ルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエールことルイズは教師からはミス・ヴァリエールと呼ばれ、クラスメートからは『ゼロのルイズ』の蔑称で呼ばれていた。

 ハルケギニアにおいて貴族は必ずメイジであり、メイジは魔法を使える者である。もっとも、メイジの全てが貴族ということもなく、落ちぶれたり、犯罪者に堕ちるメイジも少なからずいるのだが。

 

 ルイズは焦っていた。何を隠そうルイズは「ゼロのルイズ」と蔑称されている通り魔法が満足に使えないメイジとして、魔法学院では有名であったからだ。

 魔力がないわけではない。理由は誰にとっても不明であるが、ルイズが魔法を使用するとどんな魔法に関わらず必ず「爆発」という結果に終わるのだ。

 そのためルイズは系統魔法どころか、基礎魔法さえ一度も成功させたことがない。

 生まれ故郷のラ・ヴァリエールの領地ではいつも母親に、出来の良い姉達と魔法の成績を比べられ、物覚えが悪いと叱られていた。

 

 今回の昇級試験、もしも万が一、使い魔と契約出来ず失敗に終わるような事態になれば学院で二年生に昇級出来ず退学となる可能性が非常に高い。

 そしてラ・ヴァリエールに送り帰されるようなことがあれば自分は家名に泥を塗った恥さらしとして、屋敷で厄介者として扱われるだろう。

 

 そんな結末死んでもごめんだ。今回の儀式、何がなんでも成功させなければならない。

 昨晩あのにっくき隣国ゲルマニアの貴族、キュルケ・アウグスタ・フレデリカ・フォン・アンハルツ・ツェルプストー。二つ名を「微熱のキュルケ」に啖呵を切ったのだ。

 

 『実は私ね、≪サモン・サーヴァント≫には自信があるのよツェルプストー』

 

 『必ずこの!私に相応しい!神聖で強力な使い魔と契約を結んでみせるわ!』

 

 ・・・と大見得をきってしまったのだ。ますますもって後には引けない状況である。

 

 (見てなさいよ、誰にも召喚出来ないような使い魔と契約して、今まで私を笑ってきた連中を見返してやるんだから!)

 そして昇級試験当日学校の中庭にて―

 

 「それではこれより、≪サモン・サーヴァント≫を執り行います」

 

 魔法学院の教師、ジャン・コルベールの指揮の下、儀式が開始された。儀式は順調に進み、生徒の皆はそれぞれ自分の系統魔法と相性が良い使い魔が召喚され契約を行っていく。残す生徒はついにルイズのみとなり。

 

 「次、ルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエール」

 

 「はい!」

 

 ルイズは意を決し、前に進む。

 すでに自分以外は≪サモン・サーヴァント≫を成功させている。召喚された使い魔の種類はポピュラーなカラス、黒猫に始まり土竜、蛙、大蛇等から珍しい目玉の妖精、はてはドラゴンまで様々だ。あのキュルケに至ってはサラマンダーと契約している。儀式を終わらせた生徒達はそれぞれ自分の使い魔と親交を深めている。その光景に抱く感情は羨望や焦り、もし失敗してしまったらという不安。

 ルイズは頭を振り、そんな考えを振り払おうとする。

 「ミスタ・コルベール、本当にルイズにやらせるのですか?」

 

 「止めといたほうがいいのでは?」

 

 「『ゼロのルイズ』だ、また爆発させるにきまってる」

 

 などと周りにいる生徒から野次が飛ばされる。

 

 「やめなさい、貴族たる者むやみに他者を傷付けるような発言をしてはいけませんぞ」

 

 そう発言するコルベールですら、ゆっくりと自分から数歩後ずさっていくのをルイズは見逃さなかった。

 

 (なによなによ!どいつもこいつも。見てなさいよぉ、絶対すごい使い魔召喚してアっと言わしてやるぅ!)

 

 周囲が徐々に静かになった頃、ルイズは覚悟を決め、ゆっくりと杖を掲げ呪文を唱えた。

 

「宇宙の果てにある私の僕よ!神聖で美しく、そして強力な使い魔よ!私は心より求め訴えるわ!我が導きに応えよ!」

 

 数拍の間の後、爆発的に白き輝きが放たれる。目も開けられない程の光が周囲一帯を包み込んだ。

 

 「やっぱり『ゼロのルイズ』だ!」

 

 「だから止めろって言ったのに!」

 

 「死人が出るんじゃないか!?」

 

光が止み、やっと瞼を開けることが出来る頃、恐る恐る何が起きたか確認しようと皆がそれを見た瞬間―

 

                     世界が止まった

 

 

 

 一言で形容するならばそれは【死】

 魔法学院の中庭、ルイズの前方に『それ』は立っていた。白骨化した頭蓋骨の空虚な眼窩には、濁った炎のような赤い揺らめきがある。それは上空を見上げていた。細やかな装飾の入った、闇そのものであるような漆黒のローブを身に纏っている。肉も皮も無い骨の手には、禍々しいオーラが立ち上る、神々しくも恐ろしい七匹の蛇が絡み合う、この世の美を結集させたような黄金に輝く杖が握られていた。骨の指に嵌められた指輪や、身に付けている装飾品、それら全てが尋常ならざるマジックアイテムに見える。

 

 どれをとっても、この場にいる者達にとって今まで見たことが無いような素晴らしい物ばかり。王族が所持する美術品すら、これら装備品と比べればガラクタにしかならないのでは、と思わせられるほどだ。

 

 【死】は見上げた顔を降ろし、辺りを見回す。自分達を観察している様にも見える。

・・・動けない。生徒や教師どころか使い魔でさえ誰一人として動くことおろか声を発することすら出来ない。

 

 静寂。場の空気は恐怖、困惑、畏怖に満ちており、隣の生徒の息づかいすら聞こえてくる。

【死】の顎が開き声が発せられる。それはその骸骨の顔が偽りでは無いことを、いやでも理解させられる。

 

「ここは…何処だ?」

 

 しかし聞こえてくる声は若い男性の声であり、一瞬声の主を疑ってしまう程だ。独り言の様に呟かれた質問だったが、この静寂のなか骸骨の問いは多くの者に聞こえた。

 だが誰も答えない。答えることができない。骸骨はマントを羽織っていないため、貴族ではないかもしれないが、立派過ぎるローブに強大な力を秘めていそうな杖を持っていることから、十中八九メイジであろう。質問に答えようと声を上げた途端、あの恐ろしい力が秘められていそうな杖を自分に向かって振られたらと思と・・・ 圧倒的な死の恐怖を前に誰も声を発する事ができないのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 自分は今まで何をしていたのか、頭が霞がかって朧気だ。今目の前に広がる光景を思い出そうにも、こんな場所には覚えがない。

 だから素直な疑問が口からこぼれる。

 

 「ここは、何処だ?」

 

 だが誰もが自分を見ながら身動き一つしない。まるで<時間停止>が発動されている様な光景。しかし柔らかに吹く風が、彼らの羽織るマントを揺らしていることから、時は止まっていないことを理解する。

 徐々にだが頭の霞が晴れ、意識がはっきりしていく。そして気付いた。自分が、杖を持った『魔法詠唱者』らしき集団に囲まれているという事実に。しかも多種多様なモンスターをも侍らせていることから、この集団の中には『テイマー』の職業を取得している人物がいることも考えられる。

 

 (糞がっ!)

 

 自分が圧倒的に不利な状況に立たされていることに今やっと気付き、己の迂闊加減に胸中で舌打ちする。

 集団はまだ行動を開始しようとしていない。自分の動き次第で一斉に襲いかかって来るつもりだろう。転移魔法で離脱する方法が最も簡単であろうが、このとんでもなく不利な状況を作り出した連中だ。とっくに空間転移を阻害する魔法がかけられているに決まっている。

 

 (糞っ、どうすればいい!?)

 

 絶望的な状況に焦りが強くなっていく中、わめきたくなったその瞬間、知らない誰かの言葉が閃く。

 

 ―焦りは失敗の種であり、冷静な論理思考こそ常に必要なもの、心を鎮め、視野を広く。考えに囚われることなく、回転させるべきだよ、『・・・・・・』さん。

 

 その知らない誰かの言葉ですっと、自分の元に冷静さが戻ってくる。覚えがない誰かに感謝の念を送る。

 気持ちが少し落ち着いたことで、この危機的状況を打開することに思考を巡らせる。

 先ずは自分と相手の力量差を把握しなければならない。

 

 <生命の精髄>を無詠唱化させ発動する。相手のレベルを計る為に、まず体力を知り、そこから相手のレベルを計算するのだ。…何も操作することなく魔法を使えたことに、ほんの少しの違和感を覚えることなく魔法は発動する。

 そして集団の体力を視覚で認識した時、予想と大きく違った事態に一瞬狼狽える。

 

 (な、なんだこれは、低すぎる?)

 

 生徒らしき服装をした魔法詠唱者はどいつもこいつも体力が低すぎる。レベルに換算すると3・4レベル程ではないだろうか。教師らしき人物も精々14レベル程度。正直低すぎてよく分からない。侍らせているモンスター達も10~20レベル程と大分低い。唯一ドラゴンが40レベルぐらい有りそうなくらいか。

 これでは自分程度の<集団目標化>した<龍雷>あたりで簡単に殲滅出来そうだ。

 

 (だが…その手には乗らない!)

 

  PVPにおいて重要なことは、虚偽の情報をどれだけ相手に上手くつかませるかだ。そのため<生命の精髄>を使用してくることを予測し、予め自身の体力を偽る<虚偽情報・生命>を使用していたのだろう。これによってこちらの油断を誘ったり、作戦の立案実行を狂わせるつもりだったのだ。おおかたこちらの初手に悪手を打たせ、一気に優位性を取る気だったのだろうが。

 

 流石にモンスターまで<虚偽情報・生命>を使い欺いているわけでは無いだろうが。だからこそ自分をここまで追い込んでおいて<虚偽情報・生命>で体力を欺き、レベルの低いモンスターを用意してまで、油断を誘おうとする目の前の連中の用意周到さには頭が下がる。よっぽど"狩り"に慣れているのだろう。

もしくは楽しんでいるのだろうが。

 

 (性悪どもめ…)

 

 なるほど。その顔に困惑を張り付けている様に見えるのも、よりこちらが状況を誤認する様誘導しているのか。

 ますますもって困難な状況である。相手は狩りに慣れ、狩りを楽しんでいる魔法詠唱者の集団。こちらは死霊系の魔法に強化しているため、職業に遊びがある魔法詠唱者が一人だけ。まさに崖っぷちである。

 

 (だが…最後まで諦めるつもりはない)

 

 今度は無詠唱化した<看破>を使用する。これにより敵の<虚偽情報・生命>を無効化し真実の体力を浮かび上がらせるのだ。

 こうすることで、最もレベルが低い敵に、お得意の即死魔法を叩き込み、一気に囲いを突破しようと考えたのだ。自分は死霊系魔法に強化した魔法詠唱者。同格の相手には効き目が薄いがレベル差があれば抵抗されにくい。そのために<看破>を使用したのだが。

 

「ぇっ…」

 

 集団から把握出来る体力に一切の変化は無い。<看破>を使用する前と同じ低すぎる体力しか見えない。つまり。

 

 (まさか本当にレベルが低い?)

 

 このPKするには有利過ぎる状況をわざわざ作り出したであろう、この連中のレベルが低すぎることに疑問しか湧いてこない。また、連中が浮かべている表情の意味が変わってくる。落ち着いてもう一度よく彼らの表情を見てみる。もし、これが油断を誘う演技でなければ本当にこちらを怖がっていることになるのではないか、と。

 

 (もしかして、敵ではない?)

 

 理由は分からないが、彼らにとって自分は何故か、偶然にこの場に立っているのではないか、と一旦仮定する。一瞬安堵しかけ、疲労感が襲ってくるが、まだそうと決まった訳ではないと緩みそうになる自分を叱咤し気を引き締める。

 まずはこの状況を正しく理解しなければならない。警戒を怠ることなく、前方に立っている桃色がかったブロンドの髪の少女に話しかける。

 

 「あー・・・少し良いだろうか」

 

 声をかけた少女の肩が僅かに跳ねる。小柄で、透き通るような白い肌をしており、鳶色の目をした人形のような可愛らしい少女に近づいていく。しかしその顔は青白く、恐怖に固まっているようだった。

 

 「ここは何処だろうか?私には覚えがなくてね、教えてもらえないか?」

 

 「あ、あの、こ、こ、こは」

 

 理由は不明だが、少女はガチガチに緊張しているようだ。なにがいけなかったのか分からないが、まずは敵ではないことをアピールするために攻撃系の<常時発動特殊技能>を全て切る。さらに杖の纏うオーラもオフにし、目の前の少女に手を伸ばすと。

 

 「お、お待ちください!」

 

頭が禿げ上がっており、眼鏡を掛け、杖を持つローブを纏った男性が待ったを掛ける。

 

「私がお答えします。ここは…ハルケギニア大陸のトリステイン王国に建つトリステイン魔法学院です。私は学院で教師をしているジャン・コルベールと申します」

 

 教師だと言う男からこの場の名前を聞くが。

 

  (何処?そこ…)

 

  ハルケギニア大陸?トリステイン王国?知らない地名を聞かされ思考が止まりそうになる。

 

(…いかんいかん。先方が先に名乗っているのだから、こちらも名乗らなければ)

 

よく分からないが自分の中にある常識が、エチケットを守れよと囁く。

 

「…すみませんがハルケギニア大陸や、トリステイン王国という地名は聞いたことが有りません」

 

 コルベールと名乗った人物の目が一瞬大きく開かれたようだった。

 

「申し遅れました。私は…」

 

…あれ?何故だ?答えられない。自分の名前が浮かんでこない。

 

「俺は…誰だ?」

 

不測の事態から今まで気付かなかったが、自分が何者であるか思い出せない。名前すら浮かんでこず、焦りが強くなる。すると急に火が消されるように冷静さが戻ってくる。

(どうなっているんだ…?)

 

先程は閃いた誰かの言葉で冷静を取り戻せたと思っていたが、今度は勝手に冷静になり困惑する。知っているはずの自分の体が、知らない何かに変化しているような気すらしていまう。

 

(俺は…一体どうしてしまったんだ?)

「…ご自分が何者か…分からないのですか?」

 

 コルベールと名乗る人物より指摘され、反論することが出来ない。もしかしたら、彼らが自分の事を知っているのではないかと縋る思いで尋ねる。

 

「…ええ。私の事について何か知っていませんか?」

 

「申し訳ありませんが…大変に失礼ですが…貴方のように動く骸骨の方には覚えが有りません」

 

 (スケルトンを、知らない?)

 

 相手も知らないとすると、仕方がないので一旦保留する。それよりも気になることができた。この骸骨の姿はアンデッドの最上位種、『死の支配者』だ。別にそこまで珍しい存在でもないはずだが、この教師は自分の様な存在を知らないという。魔法学院というからには魔法があるのだろう。しかし動く骨、つまりスケルトンは知らないという。自分の常識と比べるとそのチグハグさに違和を感じる。では次の質問だ。

 

「…そうですか。他の質問なのですが、私が何故ここにいるのか分かりますか?」

 

「…その事についてですが、よろしければ私と一緒に学院長室に行かれませんか?そこでなら詳しい話が出来ると思います」

 

 つまりここでは詳しい話が出来ないということだ。特に反対する理由もない為、素直にいうことを聞くことにする。

 

「はい、私からもお願いします。っとその前に」

 

移動を開始する前にアイテムボックスから無骨なガントレットと、頭をすっぽりと覆うタイプの仮面を取り出す。それは泣いている様にも怒っているようにも見える形容しがたい表情が、装飾過多なくらい掘られた奇妙なデザインをしている。それらを身に着け、骸骨の姿を全て隠す。これで『邪悪な骸骨の魔法使い』から『邪悪な魔法使い』ぐらいまで落ち着くだろう。邪悪を外す方法は一端保留するが。

 今更姿を隠すような真似をするのは理由がある。自分が間違いを起こしていた事をようやく悟ったからだ。自分にとって、自分の骨の外見は別に恐ろしい物ではない。しかし彼らにとっては恐怖を呼ぶものだったようだからだ。そのためこれ以上余計な混乱を起こさ無いように本当の姿を隠す。…これだけ大勢の人間に見られ、すでに遅すぎる気がしないでもないが。

 しかし思う、この仮面を取り出した時、長年連れ添った相棒の様にも感じるし、形容しがたいやるせなさを感じるた。もしかしたら自身を思い出す手掛かりになるかもしれない。

 

 「お待たせしました。では、案内をお願いします」

 

 「あの、そ、それは?」

 

「これから学院の責任者に会いに行くのに骸骨の姿ではまずいでしょう?別に学院長にこの姿のことを話しても構いませんが、あまり関係ない人たちに言いふらさないで下さいね」

 

 

 

 

 コルベールが骸骨を連れて行き、姿が見えなくなると、生徒達の緊張が次第にほぐれていく。一体、あの動く骸骨はなんなのか、それを答えられる者は誰もいなかった。

二人はしばらく学院内を歩き、立派な扉の前に到着する。

 

「ここで少々お待ち頂けますか?学院長に話しを伝えますので」

 

「ええ、構いませんよ」

 

アポもなしに学院で最も偉い人物に会おうというのだ、多少待たされるくらいどうという事はない。自分の中で違和感を感じることなくそう確信する。

<兎耳>等の探知系魔法で盗み聞きするような失礼な真似はしない。扉が開かれ、眼鏡を掛けた若い女性が部屋から出ていく。去り際に杖を凝視したような気がするが。そして少しした後。

 

「お待たせしました。どうぞお入り下さい」

 

室内に招かれると、白くなった長髪に立派な髭を蓄えた老人が立っており、挨拶してくれる。

 

 「初めまして。ワシがトリステイン魔法学院で長をしているオスマンじゃ。皆からはオールド・オスマンと呼ばれておるよ。話しはそこのコルベールより聞かせてもらった。答えられることなら何でも話そう」

 

 「初めましてオスマン学院長。早速ですがお聞かせ願いたい。何故私が此処にいるかを」

 

 

 「…≪サモン・サーヴァント≫ですか?」

 

 「さよう。お主はその儀式によってあの場に呼び出されたんじゃな」

 

 「それはどのような儀式なのですか?」

 

 コルベールと名乗った人物が説明をしてくれる。

 

 「毎年春になると、二年生に上がった生徒に昇級試験として、動物や幻獣を召喚し、自らの使い魔として契約させる儀式なのです」

 

「つまり私は召喚された存在なのですね。だから記憶が曖昧なのでしょうか?」

 

「?なにか勘違いしとるようじゃが、召喚されたと言っても無から生み出すのではない。通常ではハルケギニアに生息するいずれかの生き物が、メイジの導きに答え召喚されるんじゃ。そして召喚する際記憶が改変されるなどと言うことは有りはせん」

 

だとすると、自分の手掛かりは自分の持つアイテムくらいか。ここが異世界だとすれば自分の痕跡など無に等しいだろう。ハルケギニア大陸の地図も見せてもらったが、ロマリア連合皇国・ガリア王国・帝政ゲルマニア等、どの国も自分の知る地名は皆無。更には空を浮遊する大陸など聞いたことが無い。この地は本来自分にとって縁も所縁もない土地だと考えるしかない。それと気になることが増えた。

 「失礼、メイジとは魔法が使える者という認識で合っていますか?魔法詠唱者という呼び名に心当たりは?」

 

 オスマンは目を丸くし、「当たり前じゃろう。魔法を使える者はメイジに決まっておる。魔法詠唱者という呼び名は聞かんの。お主も見たところメイジではないのかの?魔法が使えるんじゃろう?」

 

 「ええ、まあ少しぐらいなら」

 

 魔法使いは存在するが、メイジと魔法詠唱者と呼び名が違うようだ。ならば使う魔法も別物の可能性がある。情報が揃うまで、むやみに人前で魔法を使わないほうが賢明だろう。次は帰還出来るか考えなければならない。

 

 「自分を元の場所へ帰すことは可能ですか?」

 

 「無理じゃ。≪サモン・サーヴァント≫は一方通行の魔法でな。一度召喚すると再び送り返すことは出来んのじゃよ」

 

 帰ることも出来ない。この世界のことも知らない。おまけに自分のことも分からない。とすれば、もはやこれからどうやって生きていくか考えるしかない。

 

「自分を召喚した人物をこの場に呼んで貰ってもいいですか?」

 

暫くして、扉がノックされる。

 

「失礼します」

 

小柄な少女が入室する。桃色がかったブロンドの髪と、鳶色の目が特徴的な可愛らしい少女だ。先程話し掛けようとした少女だと直ぐに分かった。

 

(初め見た時から思ったけど、凄い特徴的だな。だが顔色が良くない。ちゃんと食べているのか?貴族とは聞いたがあまり裕福ではないのかもしれない。体も小柄だし)

 

だから初めに目に入り、話し掛けようと思ったのだ。

 

「お待たせしました。私が…ルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエールです」

 

ごめん、なんて?名刺貰える?である。コルベールやオスマンは覚え易かった為油断したが、あまりに名前が長く瞠目する。

 

(ええと、ルイズ・フランソワーズ・…なんとか・ヴァリエール?ええい覚えられん)

 

相手の名前を覚えるのは特技だった気がするが、この長さには困ってしまう。

 

「…ミス・ヴァリエール。君が私を召喚したんだね?」

 

取り敢えず姓であろう名前で呼ぶことにする。

 

「はい。間違い有りません」

 

肯定されるも、まるで刑に処される前の囚人の様な面持ち。そんな印象を受けた。

 

「オスマン学院長より聞いたことだが、≪サモン・サーヴァント≫が成功しないと君は昇級出来ないそうだね?」

 

心なしか、少女の体が強張っている様に見える。

 

「はい。そうです」

 

「つまり君は昇級するために私を、使い魔にするために召喚した。それで間違いないか?」

 

「は…い」

 

少女の顔色は益々悪くなる。年下の少女に責任を追及しているような気分になり、罪悪感を感じる。聞いたところによると、≪サモン・サーヴァント≫によって召喚される使い魔をメイジが選ぶ事が出来ず、魔法の属性(系統魔法と言うらしいがこれも知らない)に相性がよい者がランダムに召喚されるらしい。昇級に必要な儀式である以上生徒である彼女を責める事はおかど違いであり、むしろ学院側に責任を追及するべきなのだが、これから行う交渉を有利にするためには仕方が無い。

 

考えたのだ。使い魔になった場合のメリットとデメリットを。デメリットは当然使い魔になることによる自由の束縛だろう。契約し使い魔になる以上、主人の命令を聞き入れ、奴隷のように仕えなければならない。何故だか分からないが、社畜と言う言葉が浮かび、自分の中で強い拒否反応が生まれる。

しかし無視できないメリットがあった。記憶を持たず、自分が何者かすら分からない状態で、異なる常識で動く社会を出歩く事は不安があり危険が多い。ならば一応の身分証明として貴族の使い魔になり、社会の常識やルールを学びつつ、将来自分の身の振り方を考えるのも良いのではないか、と。つまりは出来レースだ。身分を保証してくれる存在の保護下に入り、自身にとって都合が良い待遇を受けるための。

 あまりに最低な思考に自嘲するが仕方が無い、そう自身に言い聞かせる。

改めて少女に問い掛ける。

 

 「私の正体は見ていたな。それでも君は私を使い魔にするか?」

 

 「はい」

 

少女は自分を真っ直ぐ見つめ、はっきりと肯定する。強い意志を感じる面持ちであり、瞳には勇気を感じられる。

 

 「よいでしょう。分かりました。君と契約しよう」

 

室内に驚愕が広がる。

 

 「…良いのかの?」

 

 「構いませんよ、どのみち行く当ても無いですし。ただし隷属するのはごめんです。貴族として、また主人としての立場はもちろん尊重します。なので出来る限り対等に扱って頂きたい。それとミス・ヴァリエールが学院を卒業するまでの期間、二年後の春までが、私を使い魔として扱う期間とする。それが条件です」

 

 少女はかなり悩んでいる様子であったが、決心したのか深く頷く。

 

 「分かったわ。じゃあ、≪コントラクト・サーヴァント≫を行うから、その…仮面を外してくれる?」

 

 「…顔を隠していると出来ない事なのですか?」

 

 少女やオスマンが頷き、肯定の意をしめす。

 

 「…あまり驚かないで下さいね」

 

 仮面を外し、骸骨の顔があらわになると、やはり周囲の空気が重くなる。

 

 「…聞いてはいたがほんととはの」

 

 「知らない人が見たら怖がらせてしまうので、極力姿を隠して生活するつもりです」

 

「そうして頂けると、こちらとしてもありがたいがの。動く骨など百年以上生きてきたわしでも見たことないわい」

 

 ルイズがオスマン見て少し驚いたような表情をするが、すぐこちらをみなおし、手に持った小さな杖を自分に向け振り、朗々と、呪文を唱え始めた。

 

 「我が名はルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエール。五つの力を司るペンタゴン。この者に祝福を与え、我の使い魔となせ」

 

 すっと、杖を自分の額に置き、ゆっくりと唇を近づけ…

 

 「えっ」

 

 ルイズの唇が自分の剥き出しの歯に重ねられる。それは美少女が髑髏に口づけしているなんとも形容しがたい景色であった。

 

 (契約って、キスの事かよ!)

 

 柔らかい唇の感触や、控えめだが芳しい香りが鼻孔をくすぐり、心を揺さぶった。そしてまた感情が抑圧される。

 

 (あっ、これぜったい俺のファーストキスだな。知らないけどきっとそう)

 

 少女の頬にもほんのり朱が差している。

 

 (照れている?そんなわけないか。むしろ怒っているんだろうな。こんな骨のおじさんとキスしないと進級出来ない上に、何も悪くないのに責任を追及されてしまうなんて。ははっ、俺って最低だな)

 

 決めた。卒業までの間だが、精一杯この少女を支えよう。そう決意していたら体全体に熱が巡る様な感覚が覆う。左手に違和感を感じ、左手のガントレットを外してみると、骨に文字らしき物が刻まれていた。

 

 「…ルーン文字か?」

 

 「さよう。使い魔との契約時『使い魔のルーン』が刻まれるんじゃ」

 

 「≪コントラクト・サーヴァント≫は成功のようですね。しかし珍しいルーンですな」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その晩、自分は塔の上に立ち、今日の出来事を振り返っていた。

 

 

 

これまでをおさらいする。自分の正体は?…不明だ。自身の種族は覚えているのに、何処から来たのか思い出すことが出来ない。

この世界は?これも不明。静かに世界を眺める。そこには、いままで見たことが無い素晴らしい夜空が広がっていた。しかし、天には青と赤に輝く月が二つ浮かんでいる。そう二つだ。自分の常識では月は一つのはずだ。ここが自分の常識が通用しない世界なのだと改めて理解する。

 <飛行>を発動し、軽やかに中空を舞い上がる。そのまま速度を速め、一気に上昇していった。どんどん小さくなる学院を気にも留めず、真っ直ぐに上昇する。

 雲の高さよりも遥か上空まで来て、ゆっくりと止まる。仮面をはぎ取り、アイテムボックスにしまうと、世界を眺めた。二つの月の光に照らされ、地平線の先まで-自分には<闇視>が有るため暗くても関係ないが-よく見える。

 思わず感嘆の息-肺はないが-が漏れる。宝石箱をひっくり返した様な美しさに見とれ、しばし佇む。だが…何故だろう。横に視線をやると、誰もいないことに、一人でこの景色を眺めていることに僅かに罪悪感を感じた。

異世界。知らない世界。そう未知の世界だ。あの山の向こう側はどのような景色が広がっているのだろう。この世界にはどんなモンスターが生息しているのだろう。海の底や空の果てまでをどこまでも冒険できる。それを認識すると気分が高揚し…抑圧され感情が平坦になる。それに甚だ気分を害すが、わくわくとした気持ちがじんわりと持続する。

 

 (将来絶対にこの世界を冒険しよう)

 

 しかし、まずは契約を果たすこと。そして情報を収集することから始めなければならない。自分は『一人』なのだ、この世界にはどんな危険が潜んでいるか分からない。自分は100レベルの魔法詠唱者だが、この世界の強者からすればちっぽけな存在なのかもしれないのだから。そういう意味では学院とは非常に都合が良い。さぞ多くの有益な情報を自分にもたらしてくれることだろう。

 先程、左手に刻まれた『使い魔のルーン』を解読の眼鏡で調べると≪ガンダールヴ≫と読めた。

 

 (≪ガンダールヴ≫、どんな意味なんだろうか)

 

 調べたいことがまた増えた。

 

 しかし、名前か。明日から学院で活動する以上、名乗る名前は必要だろう。あのときは取り敢えず名前を自分でつけたが。

 

 『しかし、名前がわからないと不便じゃの。お主は取り敢えずなんとか呼べばよいのか』

 

 『…ダークウィザードと呼んで下さい』

 

 『えっ』

 

 『ダークウィザードで』

 

 『あ、はい』

 

 自分としては悪くない名だったが、やはり自分の名前は知りたい。アイテムボックスを漁り自分を示す痕跡を探したところ、気になる物を色々見つけた。モモンガは名前としては悪くないが名乗りには変だ。他には右手の指に嵌まっているリング・オブ・アインズ・ウール・ゴウン。また、今掴んでいるスタッフ・オブ・アインズ・ウール・ゴウンを見る。

 アインズ・ウール・ゴウンか。何故だか非常に大切な名前だった気がするが、これを名乗るのは止める。自分にはその資格がない、何故か強くそう思うのだ。それにしても。

 

 「元の世界、帰る場所か」

 

 自分は帰るべきなのだろうか?そうではない気がする。分かるのだ。きっと自分には、帰るべき場所も、待っている人もいない。家族もいない。

 左手の指輪の一つを見る。『流れ星の指輪』の光が一つ欠けている。

 

 「やれやれ、俺は一体どんな厄介なことを願ったのやら」

 

 超位魔法≪星に願いを≫が込められた指輪の星が欠けている以上、自分が何かしたのかは間違いない。では何を願ったのか、どんなことを願えばこの状況になるのか、疑問は尽きなかった。・・・指輪の力を使えば失われた記憶を取り戻したり、元の世界に帰れたりするのだろうか。だが、それはしないほうがいい気がする。貴重な願いを使ってまで叶えたことなのだ。緊急時でも無い限り、自然に思い出すほうが良いだろう。

 それでも、家族…親か。親からもらった名前はどんなだったか。

 

 『…る…』

 

 …?

 

 『……と…る…』

 

 知らない声?いや、知っている声だ。そうか。そうだったな。俺の名は。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 夢を見ていた。生まれ故郷の領地にある屋敷が舞台だった。夢の中の幼い彼女は、屋敷の中庭を逃げ回っていた。迷宮のような植え込みの陰に隠れ、恐ろしい追っ手をやり過ごす。隠れた植え込みの下から、肉も皮もない、骨だけの足が見える。怪物は植え込みをかき分け、中を捜し始めた。

 見つかる。そう思った幼い彼女はそこから逃げ出し、やがて彼女自身が秘密の場所と呼んでいる中庭の池にたどり着く。

 その池の周りには季節の花々が咲き乱れ、小鳥が集う石のアーチや、ベンチがあった。池の真ん中には小さな島があり、島のほとりに小舟が一艘浮かんでいた。唯一安心できる場所まで来た幼い彼女は小舟に忍び込み、用意してあった毛布に潜り込む。そうして恐ろしい者がいなくなるのを祈っていると・・・。

 中庭の島にかかる霧の中から、闇が迫ってくるのが見える。近づくにつれてそれが、漆黒のローブを纏った人物だとわかる。毛布を深くかぶり、過ぎ去るのを祈っていると・・・毛布が勢いよく剥がされ、髑髏と目が合う。空虚な眼窩には、濁ったような赤い揺らめきがあり、少女はあまりの恐怖にかすれた悲鳴を漏らす。

 そして、髑髏が顎を開き「朝だぞ。お嬢様」

 

 

 

 

 

 

 「・・・はえ?」

 

 「朝だぞお嬢様。そろそろ起きろ」

 

 「き、きゃああああああああ!!」

 

 「ごはっ!?」

 

 目の前の髑髏と目が合い、拳を思いっきり叩き込む。

 

 「…な、なによ!なんで骨がしゃべってるの!?」

 

 「おい!昨日契約したこと忘れたのか!?」

 

 ・・・昨日?いまだルイズは寝ぼけていたが、頭にかかった霞が徐々に晴れ、意識がはっきりしていく。そして思い出す、目の前の恐ろしかった存在を。自分の使い魔のことを。殴っておいてなんだが、急に怖くなってきた。

 

 「あっ!・・・お、おはよう・・・ダークウィザード」

 

 「あー、それなんだが。名前を思い出したんだ」

 「えっそうなの?なんて名前?」

 

 「悟。俺の名は鈴木悟だ」

 

「…スズキ・サトル?変な…いえ。か、変わった名前ねぇ」

 

 「ほっとけ、親からもらった名前なんだ」

 

 「わ、悪かったわよ…」

 

「…まあいい。そろそろ起きろ。俺のご主人なのだからしっかりしてもらわないと困る。これから授業があるのだろう?学生はしっかり勉強しないとな」

 

昨日とずいぶんと違う態度にルイズは困惑する。この骸骨は使い魔になることを嫌がっていると思っていた。

 「あ、あなた何で?」

 

 「期間限定とはいえ俺は使い魔なんだ。無事に卒業するまではサポートするさ」

 

 ・・・表情が動かない骸骨のはずなのに、その顔は確かに笑っているような気がした。

 

 「今日からよろしく頼むぞ、俺のご主人様」

 

 

 

 

 

 

 






長い三行で

1.モモンガ様記憶を失って異世界へ

2.少女と契約し使い魔に

そんなお話


つづくといいなぁ

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