やはり俺がボーダーA級部隊隊長をやっているのは間違っている。-改訂版ー   作:新太朗

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藍羽浅葱②

日はすでに沈みきり、あたりはすっかりと暗くなっていた。小学生達はキャンプ場の部屋で夜を過ごしているだろう。

俺達は、鶴見留美の孤立問題に対応するべき、話し合いをすることになった。だが、三輪と陽太郎の二人はここにはいない。

三輪はそもそも、この件には関わる気はないことを言っていたし、陽太郎はただ単に眠たくなったからだ。さすがに五歳児が起きているのには限界があったようだ。

 

「平塚先生。この件には奉仕部として、対処しても構いませんよね?」

 

雪ノ下が平塚先生に確認を取るために聞いてきた。てか、奉仕部として対処するんだ。

 

「まあ、そうだな。そもそも、奉仕部の合宿で来たわけだしな。構わないぞ。しかし、彼女は助けを求めたのか?」

 

「……それは、まだ分かりません……」

 

「なら、後は君達でやりたまえ。私は寝る」

 

俺は平塚先生の言葉を聞いて愕然としてしまった。今、この先生は何て言った?

俺はすぐさま、呼びとめる。

 

「ちょっと待ってください。平塚先生」

 

「何だ?比企谷」

 

「今、雪ノ下は奉仕部として動くと言いましたよね?だったら、顧問である先生がこの場からいなくなるのは、不味いのではないですか?」

 

雪ノ下は奉仕部として動くなら、顧問である平塚先生がいなくなるのは非常に不味い。そもそも、学校のいじめ問題に教師が無視するのは問題外だ。

俺が指摘をすると、平塚先生は足を止めてからこちらを見て言った。

 

「私は疲れていて、眠たいんだ!それにその件は君達がやるのだろ?だったら、君達が何とかしたまえ!私は寝る!!」

 

平塚先生は俺に怒鳴りつけるように言って、いなくなってしまった。

生徒の指摘にあそこまでキレるか?普通。

でも、まあ平塚先生との会話はすでに録音済みだけどな。スマホで。

え?何で、バッテリーを抜いたスマホで録音できたかって?それは『俺』のスマホではなく、ボーダーからの『支給品』のスマホだからだ。

これで奉仕部を廃部に追い込むための材料は確保できた。俺のことをまだ奉仕部員だと思っているから、一つここは痛い目を見てもらわなくては気が済まない。

 

無責任な平塚先生のことは一旦おいておくとして、今は鶴見の件だな。

だが、この話し合いは、今はカオスの状態になっている。10分の間に話し合われたことは中身スカスカのものばかりだった。

内容は『鶴見をいかに周りと協調させるか』と言うものだ

 

ハッキリ言って時間の無駄だと思う。しかし、俺は後戻り出来ない。シノンに手伝うと言ったからには、最後までやらないといけない。

俺が考えこんでいると、話し合いはどんどん進んでいった。話しが進んでいくのはいいんだが、それにつれて、葉山グループの連中がアホなことを言い出した。

最初に口火を切ったのは縦ロールこと三浦だ。

 

「つーかさ、あの子って結構可愛いじゃん?だから、他の可愛い子とつるめばよくない?話しかけて仲良くなるじゃん、余裕しょー」

 

「それだわー優美子冴えてる~」

 

「でしょ?あーし冴えてるでしょ!」

 

相変わらず頭のネジが何本か抜けているな。強者の理論が弱者である鶴見に通用するとは思えないな。三浦の意見に賛同する者はほとんどいないだろう。

 

「それは無理じゃない?あの子って見るからに内気そうだし、話し掛けるのはハードルが高いと思うよ?」

 

浅葱が三浦に反対の意見を言った。案の定、浅葱の意見に賛同する人間が多い。

 

「言葉は悪いけど、足がかりを作るって意味なら優美子の意見にも一理あるな。だけど、藍羽さんの言う通り、ハードルが高いかもしれないな」

 

葉山はすぐに三浦の意見をフォローした。しかも適度にフォローしつつも、反対の意見を織り交ぜて言うとは、流石は葉山だな。コミュ力が高いヤツが言うことは違う。

葉山の意見を聞いて、三浦は少しだけ不満がったが、それでも納得して引き下がった。

すると今度は海老名が手を上げて、自信満々な表情をしていた。……嫌な予感がする。

 

「姫菜、何かいい案でも浮かんだのかい?言ってみてくれ」

 

葉山が指名するが、誰とかと思ったら、それは海老名だった。下の名前は姫菜と言うのか。どうでもいいけど。

葉山に指名されて、立ち上がった海老名はメガネの縁を持ち上げて光らせて喋った。

 

「大丈夫だよ。趣味に生きればいいんだよ。趣味に打ち込めば、色々なお店やイベントに行くから、そこで同じ趣味の人を見つけて仲良くなっちゃえば、自分の居場所とか、すぐに見つかるよ。学校だけが全てじゃないって思えば、楽しくなるよ」

 

……驚いた。これまでで最もまともな答えだった。嫌な予感は何かの勘違いだったようだ。今の意見は俺も賛同できる。特に、学校が全てじゃない、ってところがいいな。

俺もボーダーに入ったおかげで親友と呼べる奴や友達だって出来たし、色々な人と関わることが出来たからな。

恐らく、ボーダーに入っていなかったら、俺はボッチの上に根暗だったろう。

海老名は一呼吸すると、まだ続けた。

 

「私はBLで友達がたくさん出来ました!ホモが嫌いな女子なんていない!だから、藍羽さんや小南さん、雪ノ下さんも私と一緒に「優美子、姫菜とお茶を取ってきてくれ……」

 

葉山が素早く話に割って入ると、三浦が海老名の腕を掴んだ。

 

「おっけー、ほら、行くよ。ヒナ」

 

「ああ!まだ布教の途中なのにー!!」

 

海老名は必死に抵抗するが、三浦に頭を叩かれてそのまま引きずられて行った。

この状況で、まさかの布教活動をするとは思いもしなかった。もし、浅葱や小南があっちの道に進んだらと思うとゾッとしてしまう。

よくやった、葉山。一応、褒めておこう。

それからも話は進むが、これと言った案は出てこなかった。

そんな時、米屋があることを言った。

 

「転校するのは?」

 

「無理でしょ。転校なんて簡単にはできないわよ」

 

米屋の案を小南が否定した。それに転校はあまりいい案とは言えない。

すると今度は出水が案を出してきた。

 

「ボーダーに入れるのは?」

 

「でも、親御さんが許しますかね?」

 

出水の提案を烏丸が否定した。確かに親が許さないと入れないが、ボーダーに入れる事は賛同できる。そこで新しく友達を作ればいいわけだしな。

鶴見と歳の近い奴だって、それなりにいる訳だし。

そこからも話し合いで色々な案が出たが、これと言った案は出なかった。

俺はボーダーに鶴見を入れるのが、一番マシな案だと思う。トリオンが少なくともオペレーターをやればいいしな。

そんな中、葉山が一言思いついたように口にした。

 

「……やっぱり、皆が仲良くする方法を考えないとダメか……」

 

「はぁ……」

 

俺は葉山の言葉を聞いた瞬間、思わず溜め息をだしてしまった。葉山にはギロッと睨まれたが、目を逸らす気もなければ、相槌を打つ気にもなれなかった。

俺は葉山の意見を全力で笑う。

 

やはり、葉山はしっかりと理解していない。皆仲良く?それ自体は素晴らしいことだと思う。

しかし、そんなの所詮、理想でしかない。理想だけで人を救うことなんて出来ない。

そんなものはただの枷でしかない。

ホントに皆仲良くできたら、某アニメの皇子は異能を使って命令をすることもなかったろう。

人ってのは、頑張ったって嫌いな奴は嫌いな奴でしかないし、性格が合わない奴だって出てくる。そこで「好きにはなれない」と素直に言えたら、改善の余地があるかもしれない。

だが、感情を押し殺して上辺だけ取り繕えば、やがて無理がくる。

問題は表面化しないと問題にすらならないという怠惰な欺瞞によって成り立った暗黙の了解だ。

だから、俺は葉山の意見を全力で否定しようとした時に、雪ノ下が先に否定した。

 

「そんなことは有り得ないわ。絶対に」

 

雪ノ下、珍しく意見が合うな。と思っていると、三浦がテーブルを叩き付けながら立ち上がって、雪ノ下を睨んだ。てか、手痛くはないんだろうか?

 

「雪ノ下さん?あんたさぁ、そういう事やめなよ」

 

「何のことかしら?」

 

……不味いな。これは獄炎の女王と氷結女帝の構図だな。某アニメの島みたくになってしまう。ってか葉山グループ、早く止めてくれよ。

 

「優美子、やめるんだ」

 

「隼人は黙ってて!!」

 

葉山は止めるが、それすら押しのけてしまう三浦の制圧力によって黙ってしまった。

 

「そういうさぁ、皆で纏まろうとしてんのにさ、空気を壊す事するのやめてくんないかな。話が進まないからさぁ」

 

「……纏まる気がないなら、寝てもいいか?」

 

「八幡、ちょっと黙ってて」

 

「す、すまん……」

 

俺は思ったことが口に出てしまい、それを正面に座っていたシノンにドスの効いた声で注意されてしまった。

しかし、今のは俺が悪かったな。火に油を注ぐような発言だった。

もし三浦に聞かれていたら、ややこしい事になってた。すまん、シノン。

 

「そう、私は別に空気を壊すようなことは言ったつもりはないわ。事実を淡々と述べているだけよ。それに、激情して空気を壊しているのは貴女じゃないかしら?」

 

雪ノ下は更に火に油を注いだ。いや、ぶっかけだな、これは。しかし雪ノ下、お前が空気を読んだことが過去に一度でもあるのか?

 

「あんたさぁ!そういう上から目線をやめろって言ってんの!!」

 

「あら、自分が劣っているという自覚があるから、上から見られているように感じるんじゃないかしら?」

 

「このっ!!」

 

三浦が雪ノ下に殴りかかりそうになった時、淡々としているが、凛とした声が響いた。

 

「あんた達って、ホントにくだらないわね」

 

たたった一言でその場は静まり返った。雪ノ下と三浦の戦争ですら止めてしまうとは、さすがは俺の幼馴染。ある意味、恐ろしい。

ふと、周りを見てみるとボーダー組の連中は顔に緊張が走っていた。この場に陽太郎がいなくてよかった。居たら、泣いてたかもしれない、マジで。

俺達を他所に浅葱は淡々と話し出した。その声はとても恐ろしかった。

 

「私は、鶴見って子を助けるために話し合いをするって聞いたからここにいるんだけど?あなた達のくだらない口喧嘩を聞くためにここにいる訳じゃない。あなた達は私を怒らすためにくだらない事をしているの?」

 

「くだらなくなんか」

 

「うるさい!!」

 

「ひぃ……」

 

三浦が反論しよとしたが、浅葱が発した言葉によって黙らした。怖ッ!!

 

「あなた達は、本当に鶴見って子を救う気があるの?私には本気で救う気があるようには見えない。

救う気があるなら、くだらない口喧嘩して時間を無駄にしないでよ!」

 

ヤバイな。浅葱は結構、キレているな。雪ノ下も三浦も何て、アホなことをしてくれたんだ。

だが、浅葱の言い分も最もだ。言い争いをするなら、鶴見を救う案を考えろよ。

 

「くだらない事で時間を無駄にするなら、私は先に部屋に行ってる。くだらない口喧嘩、とても滑稽だよ?二人とも」

 

浅葱はそう言って椅子から立って、部屋のある方向へ歩き出した。

今がこの場から離れるチャンスかもしれない。浅葱に続いて、俺も椅子から立ち上がって、続こうとしたところ雪ノ下に呼び止められた。

 

「比企谷君、どこに行く気かしら?」

 

「部屋に戻るんだよ。浅葱の言う通り時間の無駄だ。口喧嘩するなら他所で気の済むまでやってくれ。俺の時間は無駄にするほど余ってないんだよ」

 

俺はそう雪ノ下に言って、再び歩き出した。

俺の後ろではボーダー組の連中が会議から抜け出すか、迷っていたが全員が立ち上がって、部屋に向かって歩き出して、残ったのは雪ノ下、由比ヶ浜、葉山、三浦、戸部、海老名の6人だけになった。

 

俺は部屋に戻る途中でシノンには心配するなと言っておいた。

俺の中では、すでにある程度案が纏まっていた。後は鶴見の選択しだいだが。

ふと、天を仰げば、満天の星空がそこにはあった。

 


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