やはり俺がボーダーA級部隊隊長をやっているのは間違っている。-改訂版ー 作:新太朗
思いのほか、千葉村編は長くなりそうです。
では本編をどうぞ。
カチャカチャとスプーンと食器が音を立ている。もうすぐ夕食だ。
どこか諦めた表情をして、自分の班に戻っていく鶴見を見送って、俺達はベースキャンプに戻った。
平塚先生が俺から奪って煮込んでいたカレーはいい具合に出来ていた。流石はキャンプのプロと自称するだけのことはあるな。米もいい感じで炊き上がっていた。
炊飯所の近くには、木製の長テーブルと2対のベンチがあった。
木製テーブルにカレーを人数分配膳すると、それを賭けての大戦が始まった。
初めに場所を取ったのは雪ノ下だ。迷うことなく一番端の席をゲットした。それに続いて、由比ヶ浜が雪ノ下の隣に座り、さらにその隣に三浦が座った。
その正面に葉山、戸部、海老名が座り、別のベンチに小南、烏丸、陽太郎が座り、その正面に三輪、米屋、出水、国近先輩が座った。
続いて、小町、俺、浅葱が座り、その正面に雪菜、夜架、シノンが座って、平塚先生が葉山の隣に座ったのを合図に全員で「いただきます」と言って、カレーを食べ始める。
ちなみに鶴見先生は他のキャンプの先生方と食べていた。平塚先生が鶴見先生だけを他の先生と食べるように話していたのを偶然聞いた。
恐らく、監視役である鶴見先生を遠ざけて、羽を伸ばす気だろ。まあ、何かあっても俺に害がなければ、スルーするけどな。
しかし、こんなにも大勢で食べるのは久し振りな気がするな。中学以来だろうか?メニューがカレーだからだろうか?そう思っていたら、バカ共が騒ぎ始めた。
「槍バカ!俺の福神漬け、取るんじゃねぇ!」
「取られる方が悪いんだよ。弾バカ!」
出水と米屋が福神漬けでバカ騒ぎをしていた。バカはどこに行こうとバカのままだな。
「隙あり!!」
バカ二人が騒いでいると、小南が米屋の福神漬けを華麗に奪った。米屋はすぐ様に取り返そうとしたが、すでに福神漬けは小南の口の中に入っていった。
「あああ!俺の福神付けをよくも!!小南、俺の福神付けを返せ!!」
「取られるあんたが悪いのよ!」
小南がそう言うと、米屋はカレーをやけ食いしていた。小南は満足そうに福神漬けを堪能していた。
「バカ共が。静かに食べろよ……」
「全くだ……」
俺が呆れたように言ったことが、三輪に聞こえたらしく、三輪も呆れていた。
ホントに米屋のことで苦労が絶えないな三輪。今度、何か食べに行こうぜ!ただし割り勘で。
カレーを粗方食べ終わって、食後のティータイムをすることになったので、俺はコーヒーがあったので、それをMAXコーヒーにするため砂糖をこれでもかと言うくらい入れたら、周りの連中にドン引きされてしまった。
え?そんなに引くことか?おいしいのに……。
夏の山とは言え、さすがに夜は冷えてきた。小学生達は撤退したので急に静かになると冷たさが、より一層感じてしまう。
小学生は就寝時間だが、パワフル十代の小学生がキャンプに来て、大人しく寝るとは考えにくい。
お菓子を食べたり、枕投げをしたり、怪談話をしたりして、夜を過ごしそうだな。
ちょっと楽しそうだ。
ただし、問題が一つある。それは早々に眠ろうとしている子がいることだ。輪に入れなかったことで話す相手がいなかったりして、他の人の迷惑にならないように寝る努力をしている。
俺が少しだけ、鶴見のことを考えていると、由比ヶ浜がぼそっと呟いた。
「大丈夫、かな……」
「うむ。何か心配事かね?」
由比ヶ浜の呟きに平塚先生が反応した。由比ヶ浜が心配しているのは鶴見のことで間違いないな。何が?と聞くまでもない。
ここにいる全員が鶴見の孤立。いや、いじめの事に気付いている。
「ちょっと、孤立している子がいたものですから……」
平塚先生の問いに答えたのは葉山だ。
「あの子、可哀想だよね~」
三浦は葉山の言葉に当然のように相槌を打った。こいつは絶対に可哀想だとは思ってねぇな。態度でまる分かりだ。
「それは違うぞ、葉山。お前は物事の本質を理解していない。問題にするべきは、悪意によって孤立させられいることだ」
「えっと、それって何が違うの?比企谷君」
国近先輩が分からず、俺に聞いてきたが、答える前に三輪に言われてしまった。
「つまり、一人でいる人間と、そうではない人間がいるということか?」
「ああ、三輪の言う通りだ。解決するべきは彼女の孤独ではなく、その周りの環境ってことだ」
俺がそう言うと、なるほどな、といった様子になった。そこで平塚先生が俺達に問い掛けてくる
「それで君達はどうしたいんだ?」
平塚先生に問われて、全員が黙ってしまった。
黙るのは何故か?初めから何もする気は無いからだ。いじめについての話し合いをして、自己満足に浸りたいからだ。
ただ、意見を出し合って『自分はこのようなことをしました』とアピールしたいだけなのだ。
だから、俺達が何もしないのは、俺達にはどうする事もできないからだ。何かを変える為の覚悟も力も持っていない。
それを分かっているから、誰も何もしない。
ただ、事実を知っているからには見て見ぬふりは出来ない。だからこそ、憐れみさせてほしい。これはそう言うことなのだ。
ボーダーに所属している俺達だってそうだ。三門市ではネイバー相手に戦うことは出来ても、俺達は所詮、高校生や中学生でしかないのだから。
だから憐れみを向けて、可哀想だね、と言って終わるしかない。
ただ、その感情は美しくはあるが、酷く醜い、ただのいい訳にすぎない。これは青春の1ページの出来事に過ぎない。
「別に俺は何もする気はないです」
「俺も同じく」
三輪が関わる気は無いと言ったので、俺もそれに続いた。その言葉はここにいる人間のほとんどを敵に回す言葉だ。
「それは、どういう意味かしら?比企谷君」
雪ノ下が睨んできたが、その程度では全然怖く無い。
「どういう意味もない。そのままの意味だが?……この場で話し合い、解決策を考えて、鶴見を助けるために動くとしよう。それは素晴らしいと思うぞ。でもな、その後はどうするんだ?」
鶴見を助けたとして、その後ことを考えなくてはならない。
「俺達が鶴見を助けるために動いたところで、本当に鶴見を助ける事が出来ると思っているのか?そんなの無理なのは分かってるだろ?俺達にそんな力はない。
もし、何らかの方法で鶴見を孤独から救うことが出来たとして、それでみんなの輪の中に入って、楽しく過ごすことが出来ると思ってるのか?
仮に救うことが出来たとして、その後で別の誰かが輪から外されて、孤立させられる」
人間はそんなにいいようには出来てはいない。
人は特定の人間を省くのが飽きたら、別の誰かを適当に理由を付けて輪から外す。
理由としては、「ウザイから」「反応が面白いから」「調子に乗っているから」など、くだらない理由を作っては人を輪から外す。
そして、飽きたらまた別の人間に標的を変える。また、飽きたら変えるを繰り返す。そうしている内にまた鶴見が標的にされかれない。
「輪に戻った鶴見は他の人を省かなければならない。省くのを嫌がれば、また自分が省かれるからな。自分が嫌がる事を他人にする。それが鶴見の幸せか?
それで、本当に鶴見は救われるのか?」
「それでも、見殺しにしていい理由にはならないだろ!!」
葉山の声は、静かな夜の山に酷く響いた。俺はそれを笑い飛ばしながら答えた。
「ハッ!確かにそうだな。お前は正しいかもな。ただ、何度も聞くが俺やお前に何が出来る?俺達が余計な事をした所為でいじめが更に酷くなったら、どうする?
俺達が余計なことをした所為で現状が悪化して、不登校になるかもしれない。お前はどう責任を取るつもりだ?自分達の力不足を理由に、ごめんなさい、の一言で済ますつもりか?無責任にも程があるだろ。
だったら、初めから何もしない方がいいに決まっている」
何だか、結構長く喋ったな、俺。
「だから、何もしない、と……?」
「ああ、そうだ」
周りが静かになった。静か過ぎるのが、空気を重くしている気がした。
そんな、静寂を破るかのように葉山が言葉を放った。
「それでも……いや、だからこそ、俺は彼女を助けたいんだ!!」
葉山のその言葉はラノベやゲームの世界で言えば、カッコイイだろうが、しかし俺にとっては、ただの綺麗ごとに聞こえない。
「そうか。……何かするんだったら、俺抜きでやってくれ」
俺はそう言って風呂に向かうため立った。しかし、シノンがそれを止めてきた。
「待って、八幡」
「何だ?シノン」
「……お願い、彼女を助けるために……力を貸して……」
シノンは椅子から立ち上がって、頭を下げてきた。意外だな、こいつがここまでするとは……。
「お前が助けたいと思うのは、境遇が似ているからか?」
「……うん……彼女の気持ちはよく分かるから……私もいじめにあったことがあるから……」
シノンは自分の過去を話し始めた。
それは約3年前のことだ。ネイバー大規模侵攻から約1年くらいした頃から中学生を中心に流行ったことがある。
それが『度胸試し』だ。
ボーダー隊員やトリオン兵に見つからずにどこまで行けるかを競い合っていた。
ホントにくだらない事だ。しかしこれはいじめにも利用されていた。
当時、中学1年生だったシノンこと朝田詩乃はクラスで一人、つまり……ボッチだった。
そんなシノンはクラスの女子からいじめの標的にされた。いつも一人でいることをいいことに、様々なことをシノンにやってきたらしい。
そしてついには警戒区域の中にシノンのカバンを置いて、取りに行かせた。その時、トリオン兵が現れて、それを俺が倒したのが俺とシノンとの出会いだった。
その後で、シノンをいじめていた連中を軽く脅……ではないく、話し合って、二度と警戒区域に入らないように約束させて、シノンのいじめを解決した。
ホントに話し合ってだからな。一体、俺は誰に言い訳をしているんだ?
まあ、その数ヶ月後にボーダーでシノンと再会するとは思ってもいなかったが。
それにしても、シノンが自分から過去のいじめの事を話すとは思いもしなった。
シノンにとって、トラウマになっているはずなのに……。
それだけ、シノンが本気だということだろう。俺もそれなりにやらないといけないかな。
「はちまんは助けないのか?」
俺が悩んでいると、陽太郎が側まで来て俺を見ていた。いつの間に!
「陽太郎は助けた方がいいと思うか?」
「……こまっているなら、助けたい……」
「……そっか。……なら、助けてやらないとな」
俺の言葉を聞いて、シノンと陽太郎はさっきまで少し凹んでいたのに、今は明るくなった。そんなに期待しないでほしいんだがな……。
「とりあえずは、案は考える。だが、それ以外は一切やらないからな」
俺は溜め息をつきたくなったが、何とか押し留めて、心の中だけにしておいた。
「やっぱり、八幡はなんだかんだで、優しい」
「うるせ。言っておくが、考えるだけだからな」
シノンは俺が優しいと言うが、俺は別に優しくはない。ただ、隊員のメンタルケアも隊長の仕事だからな。
こうして、俺は鶴見留美のいじめを解決するために動くことにした。