GIRLS und FIGHTER   作:ヤニ

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第3話 「試合、やります!」

 マスタングの速度が離陸可能速度へ到達すると、みほは操縦桿を引いた。巨大な鉄の塊が、徐々に空へと頭を上げて行く。次第に遥か下になって行く滑走路では、沙織が一人の生徒を抱きかかえていた。

 

「沙織さん。今の方は?」

 

通信機からそう問いかける。機内の通信機は柚子へ通じていたらしい。彼女は右耳に手を当てた後で、沙織の元へ駆け寄った。マスタングは頭を更に空へと向けて、上へ、上へと舞い上がって行く。

 

『お友達だって』

 

プロペラの駆動音に紛れる様に、柚子の声が聞こえてくる。みほはマスタングの高度が亜美に指定された高度へ達した事を確認すると、頭を空から、水平線の広がる正面へ戻した。

 

「西住みほ、指定高度へ到達しました」

 

『了解。続いて、秋山さんが行きます』

 

「了解です」

 

戦闘機はヘリコプターと違い、一か所に滞空する事は出来ない。みほは前進しては旋回を繰り返しながら、優花里の合流を待った。やがて遥か下の滑走路から、深紅の機体が近付いてくる。赤のフォッカーDr.Ⅰ。優花里の機体だろう。やはりコックピットの中では、ゴーグルを着けた優花里がみほに向けて敬礼をしていた。

 

 全ての機体が空へと舞い、みほのコックピットからでも点になってそれが見えていた。いくら視界に入っていようとも、この距離からでは機銃など当てられない。

 

『制限時間は十分!撃ち落とされた者は危険だから、コックピットから出ない事!』

 

――亜美の指令に、みほの視界が揺らいだ。『あの事故』はまるでトラウマの様に、みほの身体に、機体に纏わりついている。間違った行動はとっていない。その筈なのに、自分は姉から、西住家から逃げ出してしまったのだ。

 

『みぽりん、危ない!』

 

沙織の悲鳴の様な叫び声で、漸くみほは我を取り戻した。機体を三十度ほど傾けると、その翼の下を機銃の銃弾が通り抜けて行く。視線を上げると、F6Fが正面を向いていた。通称ヘルキャットとも呼ばれるその機体は、バレー部の部員が搭乗しているのだろうか。機体の彼方此方に、部員募集の宣伝が書かれている。――そのヘルキャットの、遥か後方。いくつもの点が、此方に向かって飛んできている。

 

「――全員、後方へ旋回!」

 

手を組んだのだろう。みほは全国的に見れば平凡的な戦闘機乗りだが、大洗女子の戦闘機チームから見れば、西住流の名を継ぐ立派なエースパイロットだ。まずは此方を潰してしまおうという計画になったのだろう。みほは前方に飛ぶヘルキャットへ機銃を浴びせると、下方へ頭を向けた。ヘルキャットは左翼から黒い煙を吐き、青い海へと飛び込んで行く。みほはその海が頭上まで来ると、機体を急旋回させた。優花里がそれに続き、沙織と華も、それを真似る様に旋回をした。――それがいけなかったのだろう。通信機の向こう側から、華の苦しそうな呻き声が聞こえてきた。

 

「華さん、大丈夫!?」

 

『……頭が、フワフワします』

 

飛行機酔いだろう。通常の旅客機以上の重圧と振動を受ける戦闘機では、慣れない人間が三半規管をやられて酔ってしまう現象は少なくない。

 

「華さん。無理はしないで、滑走路まで引き返して」

 

『そんな、皆さんに迷惑をかける訳には……』

 

『大丈夫!私が付いてるから!男を落とすより簡単そうだし!』

 

沙織の冗談はさて置き、そのまま飛んでいるという事は好ましい事では無い。一歩間違えれば味方機を巻き込む事にもなりうる。華も、それを理解したのだろう。彼女のソッピース・キャメルは次第に下降し、不格好に滑走路へと戻って行った。

 

『あんこうチーム、1人脱落って事で大丈夫?』

 

柚子の声が聞こえてくる。

 

「あ、はい……」

 

『まだだ』

 

2人の会話を割く様に、聞き覚えの無い声が通信に割り込んで来た。

 

『迷惑をかけたからな。私が行こう』

 

どうやら、先程沙織に助けられた少女らしい。

 

『冷泉麻子だ。よろしく頼む』

 

『ちょっと麻子!貴女戦闘機なんて……』

 

『マニュアルは読んだ』

 

戦闘機など、マニュアルを読んだ所で完璧に操作出来るものでは無い。その日の気候、気温によって、対空可能時間までもが変化してしまうものだ。しかし、それは華も沙織も同じである。彼女達だって、マニュアルと亜美の説明だけでここまで飛べているのだ。

 

「……よろしくお願いします!」

 

——麻子の操縦するソッピース・キャメルは、まるで華が乗っていたそれとはまるで別の機体の様に、華麗な駆動音と共に大空に舞い上がった。深緑の機体が太陽を遮り、青い海面に群青の影を作る。麻子は全身にかかる重力などまるで感じないかの様に、コックピットを開き、じっとみほを見つめている。

 

「……えっと、本当に戦闘機に乗った事、無いの?」

 

『無い』

 

正直、みほには麻子が信じられなかった。彼女がソッピース・キャメルを操縦するその姿は、素人では無く、まるで何年も戦闘機に乗って来た歴戦の戦闘機乗りだ。

 

『前方に機影あり!麻子、やってみて!』

 

沙織の指示で、麻子の機体がみほの前へ出た。みほは機体を減速させて、ソッピース・キャメルの下へ周る。麻子は一度機体を左右に揺らしてみせると、一巡の迷いも無く、機銃の引き金を引いてみせた。機体は身体を右へ旋回させてその銃弾を躱すと、そのコックピットを露わにした。機銃の弾は一発命中していたらしく、Bf109の左翼側の腹部には、黒く銃弾の掠った跡が付いていた。コックピットに乗っている桃は、じろりと縦に並ぶ麻子とみほを睨み付けていた。

 

「生徒会チームです!」

 

みほの叫びを聞いた瞬間、沙織の乗るスピットファイアが2人の後方から姿を現せた。生徒会に騙された事をまだ根に持っているのだろう。

 

『堕ちろぉぉ!』

 

ヘッドセット越しでも耳を塞ぎたくなる様な叫び声と共に、スピットファイヤから機銃がバリバリと音を立てて放たれる。みほも負けじと機体を旋回させると、Bf109へ何発もの銃弾を浴びせた。桃も、まさかもう一機此方へ向かっているとは気が付かなかったのだろう。Bf109は多数の黒穴を開け、黒煙と共に海へ落ちた。

 

『あんこうチーム、また敵を撃破!』

 

柚子の声が聞こえてくる。

 

 その後も秋山の乗るフォッカーDr.Ⅰが正にリヒトホーフェン並みの活躍を見せ、あんこうチームは学園内戦においてトップの成績を叩き出した。

 

『校内試合、あんこうチームの勝利です!』

 

という柚子の全体通信により、校内試合の幕が降りる。あんこうチームは華の飛行機酔いを除き誰1人落とされないと言う革新的な勝利を刻み、格納庫の前で抱き合った。あんこうチームの初勝利である。無論西住流の端くれであるみほにとって、戦闘機道の試合での勝利は初めてでは無い。しかし最愛の友人達と味わう勝利は、今までのどんな試合よりも喜ばしいものだった。

 

「やったよみぽりん!初勝利!」

 

「申し訳ございません。あまり活躍出来なくて……」

 

「ううん。初めての搭乗で、あんなに上手に旋回出来たんだもん。華さんも十分凄いよ」

 

実際、初めて戦闘機を操縦する人間が、あそこまで正確に旋回出来る筈も無い。実は戦闘機道の経験があったのでは無いかと疑ってしまったほどだ。

 

「冷泉さんも……ありがとう」

 

「驚いたよ。麻子にあんな特技があったなんて」

 

「マニュアル通りに動かしただけ」

 

どんなに褒められても、麻子は真顔のままでそう答えた。

 

「冷泉殿。戦闘機道を履修してみては?」

 

優花里の提案に、みほと沙織、華も同意した。それほどまでに、麻子の実力は恐ろしいものだった。しかし、麻子は首を横に振って見せた。戦闘機には乗らない、という事である。

 

「悪いが、もう書道を履修すると決めている」

 

「決めているって……一応、変更は可能だよ?」

 

沙織の説得にも、麻子は応じなかった。一人、また一人と、格納庫の前から立ち去っていく。戦闘機道はあくまで授業の一環。その授業が終われば、皆それぞれ用事がある。麻子も、それに紛れて帰ろうとしていた。一歩前に出て彼女を止めたのは、やはり麻子の幼馴染である沙織だった。

 

「単位3倍だよ!?」

 

ぴたりと麻子の足が止まる。

 

「寝坊し過ぎてヤバいんでしょ!?」

 

ぴくりと麻子の肩が震える。

 

「お婆ちゃん、安心させたいんじゃないの!?」

 

――その言葉が、麻子の意地を完全に崩して見せた。彼女は心なしか頬を赤らめながら、くるりとみほ達と向き合った。

 

「……やる」

 

 

あんこうチーム、結成の瞬間だった。


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