GIRLS und FIGHTER   作:ヤニ

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第2話 「戦闘機、乗ります!」

 選択必修科目の最初の受講日。戦闘機道を履修した履修生達は、校舎の横にある格納庫の前に整列させられていた。みほと沙織、杏は緊張を隠す事が出来ないまま、履修生の前に立つ生徒会のメンバーを見つめていた。

 

「それじゃあまず、戦闘機道の基本ルールを押しておこうか。……桃」

 

『教えておこう』と言っておいて、杏では無く桃が説明を行うらしい。彼女は一歩前に出ると、分厚いマニュアルの中から、付箋の貼ってあるページを開き、履修生達を見渡した。

 

「戦闘機道の試合は、二つの種類がある。まずは制限時間内にどれだけの戦闘機を撃ち落とせるかを競う通常戦。そして、どちらが先にフラッグと呼ばれる気球を撃ち落とせるかを競うフラッグ戦だ。試合には実弾が使われるが、機内は特殊コーティングで護られているから安心してくれ。機体は第二次世界大戦までの物とする。機体の差は、腕と技術でカバーしろ。以上だ」

 

パタンとマニュアルが閉じられる。それを合図にして、格納庫のシャッターが音を立てて上がって行く。その奥が明らかになるにつれて、履修生達の表情は早く戦闘機を乗りこなしたいと言う好奇心から、この学校は大丈夫だろうかと言う懐疑心へと変化して行く。それもその筈である。その格納庫の中には、一台の汚らしい戦闘機がポツンと置かれていただけだからである。

 

「メッサーシュミット Bf109……」

 

みほがポツリと呟く。その機体の名前だ。左右にいる沙織と華にだけ聞こえる様に小声で伝えたのだが、その声は杏にまで届いていた様だ。彼女はまるで悪者の様な笑みを浮かべながら、

 

「流石西住流」

 

と言ってみせた。正直機体の種類など軽く知識を齧った人間なら簡単に特定出来るのだが、それでもみほの知識は、ここにいる履修生の中でも一、二を争うレベルだ。

 

「勿論、この一機だけしか無い訳じゃないよ」

 

それもそうだ。戦闘機一機だけを持って戦闘機道の復活を宣言した所で、どの学校も目を向けてはくれないだろう。そもそも試合にすらならない筈だ。

 

「じゃあ、何処にあるんですか?」

 

沙織が声を上げる。その質問に、杏は再び、にやりと歯を見せた。

 

「何処って、ここだよ」

 

「ここ?」

 

「そう。この学園艦の何処か。この学校も昔は戦闘機道が盛んだったから、その遺物がこの学園艦の何処かにある筈。早い者勝ちで見つけた戦闘機はプレゼントするから、早く探して来てね。整備は整備部に任せるから、キミ達は戦闘機を見つけて、連絡をしてくれるだけで良い」

 

見つけた戦闘機をプレゼント。その見つけた機体によって、どれだけの勝率を積めるかが決定するのだ。最も西住流を教え込まれたみほならある程度の差はカバー出来るが、殆どの履修生はドが付く程の素人だ。機体の差に頼る他は無い。

 

「それじゃ、私達も探しに行こうか」

 

次々に戦闘機を探しに行く履修生達を見て、沙織が口を開く。しかしみほは、その場に立ち止まったままだ。視線だ。妙な視線が、みほの背中に注がれている。沙織と華は気付いていないのか、談笑しながら進んで行ってしまう。

 

「……あのっ!」

 

視線に耐えきれなくなり、みほが振り向きざまに口を開いた。一人の少女が、びくりと肩を震わせる。もじゃもじゃになった天然パーマが特徴的な少女だ。

 

「良かったら、一緒に探さない?」

 

「宜しいのですか!?……申し遅れました。私、普通ニ科C組所属、秋山優花里と申します!」

 

「そ、そう……。私は」

 

「存じております!西住みほ殿でございますよね!?」

 

「う、うん……」

 

異様なまでのテンションに気圧されながらも、みほは優花里を咎めようとはしなかった。彼女は、純粋に戦闘機が好きなのだろう。そして嫌が応にも、西住流は戦闘機道ではかなりの名を残している。調べられていても不思議では無かった。

 

 夕暮れと共に、戦闘機の捜索は終了した。発見された戦闘機は自動車部と整備部により、格納庫の前に並べられている。みほ、沙織、華、優花里の発見した戦闘機は、全部で四機。四人で話し合った結果、みほにはP-51マスタング、沙織にはスピットファイア、華にはソッピース・キャメル、優花里にはフォッカーDr.Ⅰが割り当てられた。そうなれば、後は大まかな掃除である。計器などの修理は、整備部によって済まされている。掃除を行う履修生の中には、何故か機体の色まで変え始めている者さえいた。それを見て、優花里がまるで発狂したかの様に叫び始める。

 

「ああ……!戦闘機の色をピンクにするなんて……!」

 

「そう言ってる秋山さんだって、赤い塗料持ってるじゃん」

 

「私のは良いんです」

 

沙織の突っ込みにそう返す優花里を見て、みほは内心ほっとしていた。強制的に選ばされた戦闘機道だが、少なくともここは実力重視の黒森峰でも無ければ、自分の行動を『恥』とした西住家でも無い。大洗女子だ。ここには、みほを責める様な人間はいない。『純粋に戦闘機道が楽しめる』と言うだけで、みほは既に次の授業が楽しみでならなかった。

 

 翌日。生徒会の権限によって、外部からコーチを行う人間が大洗女子学園艦に降り立った。前日に『格好良い人が来る』と聞かされていた沙織はその女性が降り立った瞬間に小さな溜息を吐いたが、みほには彼女がかなり格好良く見えた。生徒会長の言っていた『格好良い』も、異性として、と言う意味では無かったのだろう。沙織の早とちりだ。陸上自衛隊の蝶野亜美。本職の戦闘機乗りだ。

 

「……あら」

 

亜美は履修生の中にみほを見つけると、そう声を挙げた。

 

「西住流の……。お姉さんは元気?」

 

みほと西住家の確執を、亜美は知らない。それなのに彼女を責める訳にも行かず、みほは曖昧な笑みでそう返した。同じくその確執を知らない沙織も何かを察したのか、

 

「質問でーす!」

 

と、剽軽な声を挙げて見せた。

 

「戦闘機道って、やっぱりモテるんですか?」

 

『馬鹿げた事を訊くんじゃない』と怒られてもおかしくない質問だ。それでも亜美もみほの反応に違和感を感じていたのか、沙織の質問に笑顔で返した。

 

「モテるかどうかは置いておいて、狙った獲物は外した事はないわ」

 

履修生の中から関心の声が上がる。みほは話の矛先が自分から反れた事に安堵の息を漏らし、亜美の次の言葉を待った。教官が来たと言う事は、今日の授業では実際に戦闘機を動かすという事になる。しかし、履修生の大半はコックピットに入った事の無い、文字通りの素人だ。そこでも亜美の矛先は、みほへと向いた。

 

「さて、まずは実践ね。この履修生の中で、通常戦を行うわ。……ルールは聞いているわよね? より多くの戦闘機を撃墜した人の勝ち。でもそれじゃあつまらないから……チームを組みましょうか」

 

亜美の言葉に、履修生達が騒ぎ始める。みほの所属するチームは、あっさりと決まった。共に戦闘機を捜索した仲間――沙織に華、優花里である。

 

「……チームは決まった? それじゃあ、実際に空に舞いましょうか。……西住さん。お手本お願いね」

 

「ええっ!?」

 

亜美の提案に驚いてしまい、みほは思わず叫んでしまった。履修生達の視線がみほに注がれて、思わず萎縮してしまう。みほは、目立つ事が嫌いだった。目立てば目立つほど、自分は姉と比べられてしまう。それでも、この場で戦闘機を操縦出来る生徒はみほを除いて居ない。手本として白羽の矢が刺さる事は、仕方が無い事だった。

 

「……分かりました」

 

手本を見せた所で、コックピットの中まで確認する事は出来ない。離陸の方法は、亜美が個別に指導するのだろう。みほが見せるのは、あくまでタキシングの方法、距離、離陸可能速度程度だ。

 

「大丈夫。戦闘機なんて、ぴゅーっと飛ばしてババババッて撃てば良いんだから。……ね? 西住さん」

 

本当に、この人に離陸の指導なんて出来るのだろうか。そんな不安を抱えながらもみほはプロペラを回し、マスタングに乗り込んだ。計器を確認し、『異常無し』と、亜美に向けて親指を立てる。プロペラの音は次第に威力を増し、学園に爆音が響き渡る。みほはプロペラの音がしっかりと響いている事を確認すると、ゆっくりとマスタングを前進させる。格納庫から直結する滑走路へと頭を向け、次第にスピードを増し――

 

「危ないっ!!」

 

慌てて、ブレーキを踏み込んだ。人だ。滑走路の中心で、少女が横になっている。彼女が近付いて来るにつれて、みほの焦りも増して行く。戦闘機道で死人が出るなんて、あってはいけない事だ。西住家の名に更に泥を塗る事にもなる。何より、学友の未来を奪ってしまうなんて事は、最もあってはいけない事だ。それでも、少女は目を覚まさない。プロペラによる風と轟音の中でも、彼女はピクリとも動かない。そんな中で、もう一つの影が滑走路へと飛び出した。

 

「沙織さん!?」

 

少女を抱える親友の名前を叫び、みほは目を反らした。マスタングは速度を失いながらも二人に近付いて――やがて、その二人はみほの視界から、完全に消え失せた。


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