GIRLS und FIGHTER   作:ヤニ

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第1話 「戦闘機道、始めます!」

 耳を割く様な甲高いベルの音に、西住みほはゆっくりと瞳を開いた。そのベルの音が目覚まし時計から発せられていると言う事に気が付くにつれて、次第に意識が覚醒して来る。やがて完全に意識が覚醒すると、みほはベッドから飛び起きた。寝間着を脱ぎ掛けた所で、自分は既に一人暮らしだという事を思い出す。みほの寝坊を叱り付ける人間は、この部屋には存在しない。

 

 真新しい制服に戸惑いながら玄関の鍵を掛けて、マンションの階段を駆け下りて行く。まだ学年が始まったばかりだと言うのに、通り過ぎる同じ制服の生徒達は数人でグループを作り、談笑をしながら登校して行く。その人々の間を縫う様にして、みほは学園を目指した。友達がいらない訳では無い。むしろ孤独は嫌いだ。それでも、みほは人とコミュニケーションを取る事が苦手だった。新しいクラスの生徒の名前は一通り頭に叩き込んであるが、談笑として話しかけられた事はまだ一度も無い。それでも上履きに履き替えて教室の扉を開き、みほは指定された席に着席した。

 

 昼食である。友達の居ないみほにとって、最も酷な時間。

 

「へい、そこの彼女!」

 

一人寂しく便所飯という事になるかも知れないと思っていた所で、背後から声を掛けられた。そこに立っていたのは、赤茶けた髪の軽そうな少女と、どこかおっとりとしている、大和撫子を絵に描いたような少女。同じクラスだ。名前も勿論把握している。

 

「えっと……同じクラスの武部沙織さんと五十鈴華さんだよね?」

 

二人の名前を当ててみせると、彼女達は信じられないといった風に目を見開いた。

 

「えっと……どうして分かったんでしょう?」

 

「いつ話しかけられても良い様に、クラスのみんなの名前は把握してるんだ」

 

まぁ、そのほとんどは虚しい努力に終わっているのだが。それでもこうして会話を出来ているのだから、全く無駄という訳では無かった筈だ。

 

「そう言えば、選択科目、もう決めた?」

 

食堂のおばちゃんお手製のランチセットを頬張りながら、沙織がそう尋ねて来た。

 

「確か……書道か華道、戦闘機道でしたっけ」

 

「そうそう。乙女の嗜み、戦闘機道だったっけ? 少し古臭いよねぇ。男子に嫌われちゃいそう」

 

戦闘機道。その言葉を聞いた瞬間、みほのスプーンを持つ手が止まった。戦闘機道。それを選びたく無いからこそ、自分は大洗女子校を選んだのだ。

 

「えっと……この学校、戦闘機道は廃止になったんじゃ……」

 

「今年から復活だって。みほはもう決めた?」

 

沙織の言葉は、もうみほには届かない。ただ戦闘機道を選ばなければ良いだけだが、それでも毎日戦闘機の駆動音を聞く事になるのだ。

 

『普通一科二年A組西住みほ。普通一科西住みほ。至急生徒会室まで来い』

 

昼休みの校内放送。自分が何かやらかしてしまったのかと不安がよぎったが、転校してきてまだ数日だ。それでも、ようやく出来た二人の友人は、不安を隠しきれない表情でみほを見ている。

 

「みぽりん、何かしたの?」

 

「してないけど……」

 

みぽりん。咎めようとも思ったが、あだ名で呼ばれる事はみほの夢でもあった。

 

「とりあえず、生徒会室に行ってみましょうか」

 

華のその提案で、親睦会を兼ねた昼食は一時中止となってしまった。

 

 「西住ちゃん。キミには、戦闘機道を選択してもらうから」

 

生徒会室に赴くと、会長である角谷杏はそう口を開いた。黒革の座椅子に腰を掛ける杏の後ろには、二人の生徒会役員——小山柚子と河嶋桃が控えている。横暴である。本来選択必修科目とは、みほ自身にその決定権が与えられる。有無を言わせぬ杏の言動に、みほは何も言い返せずに、生徒会室を後にした。

 

 午後になって、選択必修科目のオリエンテーションが行われた。生徒会のメンバー——杏と桃、柚子が前に移動すると、体育館の照明が落とされる。ステージに備え付けられたモニターには、デカデカと『来たれ、戦闘機道!』と映されていた。

 

 ——乙女の嗜み、戦闘機道。優雅に空を舞い、華麗に敵機を撃ち落とす鉄の乙女。貴女も戦闘機に乗って、愛しのあの子を撃ち落とそう!宣伝用の資料映像は、そう締めくくられていた。その宣伝文句を耳にして、男好きの沙織が興奮しない訳が無い。教室に戻る頃には、沙織は戦闘機道を選ぶ気満々になっていた。

 

「良いかもしれませんね。私も、少し楽しそうと思ってしまいました」

 

華道一家の華でさえ、その興味は本家本元の華道では無く、戦闘機道の方へ傾いてしまっている。まずい。本当にまずい。華が華道一家なら、西住家は戦闘機一家だ。代々戦闘機道を極める西住家の一員であるみほも、当然戦闘機一筋の人生を送ってきた。姉妹である西住まほと共に、戦闘機道の名門校——黒森峰女学園に入学した程だ。しかし、姉妹の差は歴然としていた。戦闘機道の歴史にすらその名を残そうとするまほと比べて、みほは平々凡々。その溝が深まるにつれて、みほは黒森峰を嫌いになっていった。そして二年に上がったその日に、みほは黒森峰から、戦闘機道の無い大洗女子に転校したのだ。——しかし。

 

「……はぁ」

 

大洗女子の戦闘機道の復活。生徒会の強制決定権。そして、ようやく出来た友人達の戦闘機への傾興。自分はそれらを押し退けて、他の科目を選択出来るのだろうか。おまけに戦闘機道を選び大会を勝ち進んで行けば、生徒会から様々な恩恵を授かる事が出来る。遅刻二百日見逃し、通常単位の倍の単位。それだけでも魅力的だ。

 

「……」

 

みほの様子に気付いたのか、柚子が押し黙ってしまう。その空気を察した沙織が、パックのジュースでボコボコと音を立てた。

 

「辞めよっか、戦闘機道」

 

「……え?」

 

「訳ありなんでしょ? それに、戦闘機道って古臭いし男臭いしモテなさそう」

 

「そうですね。私も、華道の方が……」

 

二人とも無理をしているのは明らかだ。我を通してくれないのは不満だが、それでも二人がみほを気遣ってくれているのが、みほにとって何よりも喜ぶべき事だ。

 

「そんな。二人は戦闘機道を選びなよ」

 

「悲しい事言わないでよみぽりん。友達なんだから」

 

「そうです。西住さんに辛い思いはさせたくありません。一緒に、断りに行きましょう?」

 

 「ダメだ」

 

違う科目を選ばせてくれ。そう言った途端、杏はぴしゃりとそう言った。

 

「西住ちゃん。我儘ばっかり言うと、この学校に居られなくさせちゃうよ?」

 

「そんな、横暴よ!」

 

杏の言葉に、沙織がそうまくし立てた。

 

「そんな権利が生徒会にあるとは思えませんが」

 

「ある。貴様らも同じ目に会いたいのか?」

 

売り言葉に買い言葉。姦しいと言ってしまえば明るく見えるが、その中身は女達の口喧嘩だ。更に言ってしまえば沙織と華は、みほの選択必修科目の為だけに、自らの地位を危険に晒している。——その重荷に、みほが耐え切れる訳も無かった。

 

「……あの!」

 

みほの言葉に、生徒会のメンバーも沙織と華も押し黙る。それを確認してから、みほは口を開いた。

 

「私、やります!」


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