落ちてきた漂流者と滅びゆく魔女の国   作:悪事

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異界からの漂流者(ドリフターズ)と協力を決めた魔女ハリガンの一族。彼らはカサンドラ王国の手勢を止めるべく前線の砦へと出立する。その途中、豊久が暴走したり、豊久が地雷踏んだり、豊久が無自覚に煽ったりと色々なことがあったわけだが、なんとか砦に到着したのであった。

 

 

「着いて早々なんだが……豊久。貴様、わざとやってはおらぬか?」

 

 

「わざととはなんじゃ。そいよか、(おい)が戦りあう敵ば何処(いずこ)ぞ?」

 

 

「戦闘に意欲的なことはいい……しかしもう少しは空気を読めんのか!?どうして、あそこまで的確にユウキの逆鱗に触れ続けるのだ。……悪気はないのはわかる。わかるが、何で悪意がないくせに人の激怒する事ばかり突いてくる!?」

 

 

「知るか!!」

 

 

ハリガンと豊久が口喧嘩しているのを遠巻きに魔女も信長も胃があるであろう腹部に手を当てている。もし、胃薬というものがあるなら、迷わず買うほどの状況。戦闘も始まっていないのに、このざまとは胃だけでなく頭にも鈍痛が伝染(うつ)るところだ。ちなみに、主に豊久の発言に怒っていたユウキは、豊久に対し怒り疲れて地面に伏せていた。無論、ユウキとて言われるままにしていたわけではない。

 

 

何度か、ユウキは豊久に対し風の矢、刃を飛ばすも一様に介さず豊久は前進あるのみ。豊久と面識を持つハリガン、アイス、レラは驚いてはいなかったが、他の魔女は豊久という男が十分な戦力になると理解し始めていた。一方、走りながら魔法を使うという余計な疲労を背負ったユウキは戦闘前に疲労を溜め込み、砦にて眠り込んでいた。

 

 

 

さて、余分な話はさて置き、森を抜けた先、そこには断崖絶壁とも言う崖。森と崖の中間部に魔女たちの前線基地とも言える砦は(そび)えていた。崖は垂直に等しい斜度であったが、砦の前方だけ崖ではない斜面となっている。まるで山道、崖の真ん中を斜めに切り抜いたとさえ感じてしまうような奇妙な地形。それに崖と言っても、人が数人組みになれば登られてしまう程度のものでしかない。斜面の登りを遮るように砦が建てられているが、要塞としても要害としても中途半端な砦だった。

 

 

 

砦には木柵が巡らされている。その隙間からハリガンたちを確認した魔女が、砦の(かんぬき)を二人がかりで外し門扉を解放した。この扉、砦の規模からすると非常に大きく豊久は違和感を隠せない。まるで"巨大な何か"を運び込むことを想定した作られたような扉である。

 

 

砦の中に入ると、その中は豊久の考えていたよりも更に小さなものだった。敷地には木造の居住部と倉庫があり、崖を見下ろす形の高い望楼(ぼうろう)がなければ、砦と認識できたかも怪しい。それに辺りを見てとった限りだと、どうやらこの砦には三人しか魔女は詰めていないようだった。何はともあれ、ハリガンたちが中に入ると最後にアイスが一人で(かんぬき)を閉める。

 

 

「先に砦にいる(われ)の娘を紹介しておこう。まず、門を開いてくれたこの二人はリンネ、リンナの姉妹だ。豊久、お主のことは伝書鳩で既に伝えておる。が、変な真似はするなよ」

 

 

「だから、何度言うたらわかる。(おい)は女には手ば上げん。いい加減、しつこかぞ」

 

 

リンナ、リンネという姉妹の魔女、豊久は説明を受けたばかりだがどちらがどちらか区別がイマイチ付けられずにいた。方やリンネとリンナは豊久に興味津々な様子で、面白い動物を見る少女のようだ。伝書鳩で先んじて報告を受けたとはいえ、信長に次ぐ初めて見る男性。興味が湧くのも無理からぬことだろう。

 

 

「ふむ、ならば今は信用しておくとしようか。さて、この砦にはもう一人魔女がおるのだが。クゥは今、何処におるのか?」

 

 

「クゥはそこの望楼で見張りをしています。カサンドラ王国の先遣隊が崖下に集まっていて、いつ斜面を登ってくるかもしれないので、見張りの番を」

 

 

「ふむ、おそらく視界が明瞭になる夜明けに攻めてくるであろう。夜襲の可能性も捨てきれんが、とにかく(われ)も望楼に登っておこう。先遣隊とやらの人数をじかに見ておきたい。レラとリンナはついて()よ」

 

 

(おい)も登っとるわ」

 

 

言うが早いか、ハリガンたちより先に豊久は望楼へと突っ走っていった。

 

 

「ようハリガン。俺も登っていいか?」

 

 

「信長か……かまわん。しかし、豊久は話を聞けんのか……」

 

 

「まぁ、ああいう型の武将ってのは少なからずいるもんだ。……だからね、諦めといた方がいいぜ。ああいう手合いは変に構うと面倒なことを増やしかねん。考えて動くより、感じたから動くって類いのアホは好きにやらせりゃ、デケェ戦功を叩きだすんだよ」

 

 

「そうか……結果を出すか否かはこれよりわかることであろう。……しかし、せめてもう少し人の話を聞けぬものか?」

 

 

 

信長とハリガンの疲労混じりの対話はさて置き、豊久は駆け上がるように梯子を使い、望楼の上に辿り着いた。そこには、裸身に細い革帯(かわおび)を巻いただけの巻いただけの少女がいる。彼女は革帯で大事な箇所は隠しているが、それ以外のところを隠していないのだ。普通の男であれば、そこに注目するところだが、豊久は眼下にいるであろう敵を見据え童のごとく待ち遠しいと言わんばかりに笑った。

 

 

 

楽しそうに笑う豊久、しかしこの望楼には先客がいた。その先客であるクゥは、笑っている豊久に対しどうするべきかと内心で頭をひねっていたのだ。彼が伝書鳩で聞いた男性であることに間違いはないとして、彼にどう対応すればいいのか?

 

 

そう考えていると、豊久がこちらの方を向いている。彼は自分を見て疲れたように項垂(うなだ)れた。すると、ズカズカとこちらに歩み寄り、自分の上着を脱いで自分に被せてきた。

 

 

「……これ。なに?」

 

 

「魔女が薄着じゃないといけんは分かっちょる。しかし、その格好は見ているだけでこっちが(さむ)か。せめて、これ(こい)でも羽織(はお)っとけや」

 

 

どうやら、親切によるものらしい。しかし、自分の革帯は保温性が高いゆえ、上着とか必要ではないのだ。ちゃんと説明しないと。

 

 

「大丈夫。これ、保温性ある」

 

 

「こんな革帯がか。どうもおまんらの魔法だかは不思議でならん」

 

 

「触ればわかる」

 

 

「さよか……ほう、確かに(ぬく)い。まるで生きとるようじゃの」

 

 

「うん」

 

 

豊久とクゥは初対面にも関わらず友人のような関係を築いていた。クゥは相手が自分を否定しない限り相手を容認する懐深さを持ち、豊久に関してはいうまでも無いが魔女の悪名など興味が無いときている。豊久は空気を読まない性質を持ち、クゥは空気に流されないタチなのだ。結果として二人は打ち解け友好的な関係にあるのだろう。それゆえ、クゥも己の魔法の肝である革帯に触れさせているのだ。実際、豊久は革帯を握ったり持ったりしてクゥの魔法を面白がっていた。

 

 

「豊久、何をしとるか……」

 

 

まぁ、第三者から見ると複雑な状況になるのだが。タイミングが悪かったとしか言いようがない。ちょうど、豊久が胸元の革帯を持っている瞬間を計ったようにハリガンたちが登ってきたのだ。よそから見ると、クゥの胸を触っているように見えるような見えないような状況。

 

 

「……あれほど、娘らに手を出すなと言ったばかりであろうに」

 

 

怒りでハリガンの声が震えている。しかし、豊久は察しが悪くなんでハリガンがご立腹なのか、どうもよく分かっていないらしい。レラも一瞬、ハリガンと同じようなことを考えたが、豊久という人間がそういう行動をしないだろうと、冷静さを保った。

 

 

「豊久さ、ん。一体、どうし、てクゥの胸に手が行っているのですか?」

 

 

「あん?……あ」

 

 

ようやく、豊久も察したようで革帯から手を離した。いくら男女の機微に対する能力がないとしても、女性の胸を触ってはいけないことくらいは豊久も弁えていたらしい。どうしたものか、豊久は珍しくちゃんと考えた。そして、自分なりの答えを出し、それを迷わず実行する。

 

 

豊久はハリガン、レラの手首を掴む。掴まれた二人は、突飛な行動に頭がついてこない様子だ。そして、掴んだ二人の手を豊久は自分の胸板に押し当てた。

 

 

「「はっ??」」

 

 

硬い胸板、心臓の鼓動が(てのひら)から伝わっていく。ハリガン、レラは手の先を見ると豊久の胸に手が置かれている。おそらくだが、豊久はハリガンたちに自分の胸を触らせることで、おあいこだとでも言いたかったのだろう。いや、それで本当におあいこかはさておき。レラとハリガンは動揺よりも先に呆然と状況を飲み込もうと、瞬きを繰り返している。そして、少しして豊久が二人の手首を離す。

 

 

「これでよかろう。そんじゃ、攻める時になったら呼べや」

 

 

そう、言い残して豊久は望楼を降りていった。それとすれ違うように二人目の漂流者である信長が望楼に登ってくる。信長は登りきって、カサンドラ王国の兵たちの面でも拝もうと思っていたが、望楼に着くと奇妙な姿勢で固まったハリガンとレラ、その二人を無表情に眺めるクゥという意味不明な空間に飛び込んでしまった。

 

 

「あん?どしたんだ、そんな固まって……」

 

 

 

 

 

 

 

戦闘は明日に持ち越された。信長やハリガン(いわ)く魔女は寡兵であるため一人の犠牲が重大な喪失となる。それゆえ、相手に先んじて攻撃に移るわけには行かぬらしい。結局、相手の出方を待つことにしたという。そして、夜は更け朝日の昇る早朝。豊久は目を覚まし寝起きとは思えぬほど、機敏に望楼を駆け上がった。朝日に照らされた望楼からの景色は昨日とは比べ物にならないほど、明瞭に豊久の前に広がっていた。広大な大地とそれを覆う森林。そして、雄大に流れる大河が朝日を反射し、河自体が発光しているようだ。

 

 

 

透き通るような青空の下、砦前の急な斜面の下には隊列を組んで接近しつつある影の群れがあった。蠢く影の群は、斜面の手前でこちらを伺うように進軍しつつある。その進軍速度から見ても、敵が本気でこちらと対峙する気がないのを豊久は即座に看破した。であるが、この砦は斜面を登られて包囲されれば、すぐに陥落するちゃちな作りだ。ならば、敵が登ってきている間に倒すより活路はない。豊久はハリガンたちと話し込んでいる信長に言葉を投げる。

 

 

「おい、ノブ。おんしゃ、奴らをどう仕留めてみせる?」

 

 

「けっ、うるせぇやい。まぁとりあえず見とけって。魔女の魔法を用いた戦術ってのをよぉ」

 

 

信長の表情は影のせいでよく見えないが、恐ろしいまでに非情で酷薄な笑みを浮かべ下方の敵影を見下ろす。第六天魔王と恐れられた革新の王は、吊り上がった口角を引き締め戦に臨む。

 

 

「おい、ハリガン。頼んどいた"あれ"完成してる?」

 

 

「ああ、しかしあんなもの戦で役に立つのか。あれを数十個も作るより巨大な木偶人形を一体作った方が、敵兵に対する威圧となろうに」

 

 

「いいんだよ。巨大な木偶を動かすよりあれの方が効率いいだろ」

 

 

信長はそう言って魔女たちに頼んでおいたものを運んでくるように言った。豊久は何が運ばれてくるのかと思い眺めていると、アイスが巨大な荷車いっぱいに大きな丸太を運んできた。その丸太は先端部は削られ尖り鋭利な槍のようになっている。その尖った先端とは逆の方は空洞らしく、中に何かが入っているようだった。もっとも、その空洞も蓋のようなもので閉じられてしまったのだが。それらを見て、信長は満足そうに笑った。

 

 

「で〜あ〜る〜か。そんじゃ、いっちょ頼んだぜ。ハリガン、レラ」

 

 

「やるだけやるが、本当にこんなものに意味があるのだろうな?」

 

 

「結果が出、るなら頑張、ります」

 

 

他の魔女もアイスの持ってきた丸太らしきものを訝しげに見ている。本当にこんなもので、戦果が出るのだろうか?と言いたげだが何も言わないあたり信長もそれなりに信用はあるらしい。

 

 

「はい、それじゃあ、カサンドラの兵たちへ贈り物で〜す。こいつは出来立てほやほやの贈り物、公開すんのは彼らが初めてだ。というわけで丁重に……全滅させろや」

 

 

信長の恐怖すら感じるほどの低音声の号令と共にハリガンは細工された丸太の杭をカサンドラ王国軍へと"発射"した。元より、巨大な丸太の寄せ集めで作った木偶人形を動かす力はあったのだ。それなら、大きいとはいえ木偶人形より小さい丸太を飛ばせないわけはないと信長はハリガンの魔法に目をつけた。

 

 

 

杭のように尖った丸太がカサンドラ王国の兵たちのど真ん中に着弾する。密集の陣形であったための悲劇か、二人三人の兵士が丸太の杭に貫かれていた。敵は、かなりの距離から放たれた杭の攻撃に恐怖し、退きはじめた。そして、昨晩に彼らが夜を明かした場所にまで退(しりぞ)く。そこならば、先ほどの攻撃は届かないと信じ込んでの行動。昨晩、攻撃が無かったのは、ここまで射程がないのだと思い込み、そこで立ち止まった。しかし、それは勘違いである。昨晩に攻撃しなかったのは、ハリガンがモノを動かす際には己の視界に移らないと操作性が格段に下がることを考慮し、攻撃をしなかっただけである。

 

 

 

朝日に照らされ遮蔽物がない現状では、ほんの少し下がった程度で無事にすむはずもない。信長は再び、ハリガンへ杭の発射を告げる。ハリガンは頷き、第二射を放った。狙いは外れず、再び杭はカサンドラ王国の兵たちの中心へと飛来した。

 

 

 

 

天より(くだ)る死の槍がカサンドラ王国の兵たちへ襲来。悲壮にして無惨な悲鳴と怒号が、静かな朝靄に消えていく。

 

 

「ひっ、ギィーーァァァァァァァァァ!!!」

 

 

「なんで、こんなに離れているのに……昨日は攻撃しようとさえしてこなかったっていうのに!」

 

 

「そんなこと言ってる場合じゃない!早く逃げよう、此処にいてはただの(まと)だ!食料と物資を持てるだけ持って退却するんだ!急げ、川を越えて森から出れば魔女どもの追撃はない!!」

 

 

 

負傷者を庇いつつ、物資を回収し逃亡を図ろうとするカサンドラ王国兵たち。彼らの必死な行動を第六天魔王は、高みから絶対零度の目で見下す。それは、屠殺される動物を冷たく見つめるようで、ただ感情はなく出来るから行うという機械性を思わせる眼光だった。

 

 

「退却、撤退、要するにビビって尻尾を巻くんだろ?何を都合よく言ってやがんだよ。そして、それをこちらが黙って見物しておるだけとでも思ってんなら……カサンドラ王国恐るるに足らず。はい、それじゃあ最期のおもてなしだ。レラ、"あれ"吹っ飛ばせ」

 

 

「は、い。効果のあ、る無しはわかり、ませんがやってみ、ます」

 

 

半信半疑な様子を隠そうとせず、訝しげにレラは自身が持つ呪符の魔法を行使する。

 

 

 

(ほのお)覇王(はおう)非業(ひごう)の使徒よ。燃えて火となり(もだ)して死となり、()きて()きて()きて、(ねん)(ねん)(ねん)じ、(かぎろい)焔帝(えんてい)加護(かご)火后(かご)

 

 

レラの唱える呪文を切次に、呪符を用いた魔法がカサンドラ兵に牙を剥いた。空より着弾した杭が、突如として"起爆"する。内側から地獄の業火とでも言うような爆熱が発生した。しかし、カサンドラ兵に襲ったのは爆炎だけではない。魔法により爆発した杭の中より爆炎と共に何かが飛散する。それは、(やじり)だった。矢の先端に取り付け、弓矢の殺傷性を上げる鏃が爆発の衝撃に後押しされ、多くの兵士たちを傷つけた。杭の至近距離で味方を救助していた者で生きている者はいないだろう。かといって生きている者が助かったかと言えば、そうでもない。むしろ無慈悲に命を奪う方が救いはあっただろう。

 

 

飛散した(やじり)が肉体に突き刺さり、ひどい者は眼球に(やじり)が食い込んでいる。熱波で焦がされた鏃は、傷口を焼いているため治療は困難なものとなるはずだ。この時代の医療技術で完治が望めるような怪我をしている者は一人といないのだ。そして、皮肉なことにこの鏃は元々、カサンドラ王国の兵たちが()ったものだというのだから、とことん救いがない。

 

 

 

元々、この地での魔女たちの戦闘方法はハリガンの操る巨大な木偶人形に敵兵を攻撃させ、(やじり)(けん)などの魔力の流れを妨げるもので動かなくなれば、レラや他の魔女たちの魔法で敵兵に出来るだけ被害を出させて木偶人形を処分、というのが魔女たちの基本戦略だった。

 

 

 

しかし、此処に信長という男の戦略が加わったことで魔女の魔法の殺傷性は飛躍的に上昇した。信長はまずハリガンの魔法に目をつけた。四ヤルド(十.八メートル)ほどの木偶人形を動かせるなら、より小さなモノならいくつ動かせる?精度は、飛距離から、速度、飛ばせるモノの数量、大きさなどなど。多くのことをハリガンが嫌というまで信長は聞き尽くし調べ上げた。結果、信長はハリガンの魔法を何かを操り動かすモノではなく、何かを射出する装置へと戦略を練り直した。

 

 

 

実際、豊久が訪れる前の戦では木偶人形に刺さり、そのまま放置されていた数百の矢にハリガンの魔法を使い弓兵無しで数百の矢を発射する方法を実行した。矢というもの自体はハリガンがこれまで動かしてきた巨大な木偶の千分の一にも満たない重量。ハリガンは信長の考えた戦法に驚きつつも、あと矢が数百ほど増えても余裕を持って放てると自慢してきたほどだ。

 

 

 

そして、次にレラの操る呪符の魔法。自分の体に触れてないものと、文字が書かれていないモノは効果を発揮しないなどと制約はあれこそ、遠距離から時機を見計らって火を放てるという点に信長は大層、感激した。火計を自由自在に使うことが出来るというのは、戦国武将からすればなんと素晴らしいと言わざるを得ないもの。燃え盛る業火も爆炎も、魔力次第。距離による威力の減衰(げんすい)やどれくらい連発したら、魔法が行使出来なくなるかまでは正確に測っていないが、十分なほど戦術に有用と信長は判断した。

 

 

 

 

結果、誕生したのが巨大な杭の形をした榴弾(りゅうだん)というわけだ。今まで魔女たちへ向けて放たれた弓矢。それに付けられた(やじり)が巡り巡ってカサンドラ王国の兵たちの甚大な悪因に変貌した。視野内であるなら、脅威的な精度で飛来する杭、そして敵兵の真っ只中で爆散する鏃。物体を操作する魔法と火の魔法が、天下布武を掲げた魔王の手で改造を遂げたのだ。

 

 

 

 

そして、信長の号令に沿ってハリガンとレラが再び杭の榴弾を兵士たちの真ん中に落下させた。第一波に続く第二波を喰らい、カサンドラ王国軍は壊滅の瀬戸際に追い込まれることとなる。

 

 

眼下で苦しむカサンドラ王国の兵たちを見ているハリガンたち魔女の一族は信長の考案した戦術の戦果に恐怖すら(いだ)いていた。ほんの少し細工をして魔法を組み合わせただけで此処まで魔法の殺傷性が向上するなど、魔女たちは信じられないとばかりに目を見張っている。一方で、豊久は楽しげに魔法と魔王によって引き起こされた戦禍を眺めていた。

 

 

「すげぇ、すげぇな。ありゃなんじゃ火薬か?それとも焙烙玉(ほうろくだま)か?」

 

 

新しい玩具を見せつけられた童子のように愉快痛快と大笑して、豊久は戦場を俯瞰する。それに対し、信長も同様に愉しげに真っ黒で邪悪な笑みを浮かべている。信長の心中では、今(おこな)った戦術の有用性を脳裏で取りまとめ、正確に秤にかけていた。

 

 

『ハリガンの飛ばした丸太の杭、足すことのレラの火の符術。引くことの魔女の練度不足…………その威力はいかほどや?』

 

 

真下で苦しみ、這いずって逃げようともがく兵を見て信長は結論を(くだ)す。

 

 

『……大なり!!練度不足を引いても叩き出した戦果は、攻城兵器の"それ"をも越える!』

 

 

練度不足など数をこなせばいくらでも改善は可能だ。至近距離にいたものにしか致命傷を与えられないが、それでも重症者や怪我人見る限り、かなりの者を戦闘不能にすることが可能。治療が困難な負傷兵というのは、敵兵の戦意を減退させ、士気を折ることに繋がる。

 

 

 

 

敵兵は大半が倒れ、まとめに動ける者がいない有様。戦略的に言えば、敵戦力の過半数を削れば勝利と言える。しかし、現状の敵戦力はほぼ壊滅状態にある。これは完勝、まさに圧勝と言っても過言ではない。もはや、カサンドラ王国の兵たちへ手を下すまでもないだろう。

 

 

 

だが、倒れ伏す兵の中から一人、鈍重な遅い動きで立ち上がった影が見えた。おそらく、彼は生き残った兵の中では、今のところ最も位の高い兵なのだろう。それを見た豊久は沈黙したまま目を細めた。一方の魔法を使ったハリガンは、自身すら予想できなかった光景に賞賛の言葉を率直に告げる。

 

 

「凄まじいものだ。信長、汝の策謀には恐怖すら感じるぞ」

 

 

「そうであろう、そうであろう!なんたって、第六天魔王様であるからなぁ!!これくらい天下取るのに比べれば、お茶の子さいさいというものよ!!」

 

 

「……まだじゃ、折れとらんのがおる」

 

 

豊久の言葉と視線の先には、虫の息の兵がこちらに脚を引き摺りながら進んでくる。その姿は一見するとなんの脅威も感じないものだ。魔女たちは一人立ち上がったからといってなんだというのだと、豊久を馬鹿にしたように見つめる。しかし、豊久と信長は双眸を尖らせ、瞬きもしないで凝視する。

 

 

「豊久、あれ任せていいか?」

 

 

「おうとも」

 

 

信長の問いに少ない返答をして、豊久は望楼から飛び降り砦の外へと飛び出した。

 

 

「たかが、一人の兵を気に、する必要があるので、しょう?」

 

 

「あるんだよ、ああいうのが残っていると敵兵の士気を折りきれねぇんだ。そんでもって、こういう切羽詰まった状況で士気が中途半端に戻れば、どこの国でも兵士どものやることは一つに絞られてくる」

 

 

「……この状況で兵士どものやること?一体、何なのだ?」

 

 

魔女たちの長であるハリガンの問いに、信長はつまらなそうに答えを返す。そう、数多(あまた)の戦場を駆け抜けてきたからこそ、わかる簡単な問答。その答えは単純明快にして、古今で愚策と断じられるであろう戦法。

 

 

「捨て身の突撃だろ」

 

 

 

 

 

 

 

立ち上がったカサンドラ王国の一兵は、全身の火傷、擦過傷から生じる激痛を(こら)えて、立ち上がっていた。その姿こそ、護国の兵士。後ろで(うずくま)る味方の兵士たちは、その姿を黙って見つめる。諦めない、まだ戦えるという意思を背中から感じた。

 

 

「諦めるものか………此処で俺たちが倒れれば、魔女どもが俺たちの国の脅威になる。だから、せめて、奴らに目にもの見せて……」

 

 

「ーーーーおい貴様(きさん)、大将首か?大将首だろう、おい!!(くび)置いてけ、(くび)置いてけ!!」

 

 

立ち上がった男と、士気を取り戻しかけていた寡兵たちの前に、城壁のように立ち塞がったのは漂流者(ドリフターズ)の島津豊久だった。

 

 

「な……に……?」

 

 

突如として現れた男、何者なのか?心身ともに疲れ傷ついた男は、いきなり現れた豊久が何者であるか判断しきれずにいた。この森は魔女の領域、そこにいる男は一体どちらの味方なのだ?

 

 

「…………私はカサンドラ王国軍、黒の森侵攻軍第四大隊所属、第二中隊長のロッテバルドだ!」

 

 

「何じゃあ、ろって?第四大隊?……わがらねぇ、何言っとるかさっぱりじゃ。」

 

 

「ええい、とにかく貴殿の所属を明らかにーーーー」

 

 

「わがらねぇ、何言ってか、わがんねぇ……なら死ねよ。その首級(くび)置いてけ。」

 

 

ロッテバルドが所属を問い詰めようとした時、豊久は面倒になったのか、自分の持つ刀でロッテバルドの首を草でも刈り取るように裁断した。切られた首は、()られた(まり)のように高く上がってから地面に落ちる。

 

 

ロッテバルドという男の不幸の原因を言葉にするなら、魔女の味方をするという男がいることを知らなかったこと。その男が長々と対話するほど、気の長い男ではなかったこと。その男がこの場にいたこと。他にも色々と語れるだろうが、単純に言えば豊久という男と巡り合ってしまったということこそが、彼の生涯最大の不幸だったのかもしれない。

 

 

 

 

頭部を無くした男の体から力が消え、大地に沈む。立ち上がった男の背中に希望を見た生き残りの兵たちは、恐怖に呑まれ泣きながら叫びながら必死になって逃げ惑う。傷ついた味方、戦友の死骸を踏みにじってでも逃げようとする後ろ姿に軍隊としての統制はなく、もはや烏合の集と大差は無い状態だった。兵の数、命令系統、士気に至るまで全てが壊滅。

 

 

 

 

豊久はこれを意図して行なった訳ではない。しかし、豊久の行動によってカサンドラ軍の兵たちが完全に潰走したのも、また事実。本能的にどうすれば、敵兵の士気を統制を戦略を崩せるかを熟知しているのだ。戦に全能力が振り分けられた男、島津豊久。この二人目の漂流者(ドリフターズ)の初陣、彼は早くも御首級(みしるし)を上げて決着となる。

 

 

 

 




ーーー首、置いてこいーーー

豊久「おい、首級じゃ。手柄持ってきたぞ」

ハリガン
「なっ!?わかったわかった!!手柄を立てたのはよくわかったから、生首を砦内に持ち込むな!何処でもいいから置いてこい!!」

クゥ「……犬、みたい」

レラ「首を持ってく、る犬です、か。犬って、そんな物騒、な生き物でした、っけ?」

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