落ちてきた漂流者と滅びゆく魔女の国   作:悪事

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Ready of Lady

豊久がハリガンから魔女たちの置かれる現状説明を受けた翌日。彼はハリガン、レラと共に朝食をとり、その後で外に出ると言い出した。本人曰く、『この世界がどうなっとるか、知らねばならん』と申していたが、ハリガンや信長はじっとしていられないだけではと勘繰(かんぐ)っている。それが正しいかどうかは放っておくとして、豊久と共に行く案内役が必要だ。

 

 

「……豊久、先日も言った通り(われ)らとて余裕や暇があるわけではない。むしろ、追い詰められ切羽詰まっているわけなのだが?」

 

 

「なら、案内役はいらん。その辺ば、うろついてくる」

 

 

「そう言ってもなぁ」

 

 

「なんじゃ、見られたら不味いもんでもあるのか」

 

 

「そういうわけではない。ないのだが、この森は深く日が差し込まない。その上吾ら魔女の血界(けっかい)を張っているからな。よほど注意深く目印を打たぬ限り必ず迷ってしまうのだ」

 

 

「結界だぁ?」

 

 

豊久の胡乱(うろん)な声に、同郷である信長が応じる。

 

 

「こいつらの使う魔法一つだよ。一人でうろつくにゃ、この森は深すぎる。案内役を連れていかねば、森を彷徨うハメになるぞ」

 

 

「知るか、目印つけていきゃ問題ねぇんだろ?ガキじゃあるまいし、迷ってたまるか!」

 

 

 

朝食をものの一、二分で食い尽くした豊久はズンズン砦の外に向かって行く。信長は魔女たちの魔法が、どれほどの効果を持つかこれまで見てきたから納得していたが、豊久はそうではない。ハリガンも信長も、『こいつ絶対に迷うぞ』と互いに目配せをした。

 

 

しかし、豊久は構わず砦から出ようとしている。どうするかと信長が天を見上げていると、"くしゃ"と軽い何かが搾壊した音が朝食の卓上に鳴った。

 

 

「まぁまぁ、そんなに慌てないでください。今、果汁を絞ったので、これでも飲んで落ち着いてください。豊久さん?」

 

 

アイスがにっこりと豊久に笑いかける。それはそれは優しそうな顔だった。あくまで"優しそうな"であって"優しい"ではないことを心に留めておきたい。見ればアイスの片手には潰されたリンゴの果汁が(したた)っている。

 

 

「んなもん、()ら」

 

 

「わたし、人の頭くらいなら片手で簡単に潰せますから。あなたも変な気は起こさないでくださいね?」

 

 

(((アイス、恐えぇぇ)))

 

 

 

魔女と人の心が同じ結論に達する。だが、豊久の気は変わらないようだ。アイスの勧め(もとい脅し)た果汁に手をつけず森に勝手に入ろうとする。朝食の席にいた魔女たちは、アイスと豊久が衝突するのではと考える。

 

 

「トヨー!!こんなべっぴんさんの手作りの飲みもんだ。ありがたく飲めよー」

 

 

しかし、アイス、豊久の二人が行動を起こす前に信長が果汁の入った入れ物を掴んで豊久の口に押し付けた。ハリガンがほっと息を吐き、信長が焦りながらも成し遂げたファインプレーで魔女と漂流物(ドリフターズ)の関係はなんとか平穏に保たれた。

 

 

 

「てんめぇ!!織田信長!いきなり何をするのだ!!」

 

 

「るっせぇぇぇぇ!!!なんで穏やかな朝食の席に物騒なことになってんだよぉぉ!!」

 

 

 

もっとも、唐突に飲み物を無理やり飲まされた豊久は信長と取っ組み合い、信長も朝飯を食うだけで魔女といきなり、トラブルを起こしたことに怒鳴りながら摑みかかるのだった。

 

 

「どちらも(やかま)しい!!!!!」

 

 

魔女の長であるハリガンは否定するだろうが、豊久と信長のじゃれあいの後始末兼オチにハリガンの硬化された髪が使われるのは、もはや鉄板になりつつあった。

 

 

 

 

 

 

「ともかく、(おい)は森ば行ってくるぞ」

 

 

「こんだけやって、まだ諦めねぇのかよ。島津さんの家はどんな教育したんだか」

 

 

アイスの手作り(文字通り)の果汁を搾った飲み物を飲み切り、豊久は再び森に向かおうとしていた。さしもの信長、ハリガンもこいつは言っても聞かないと理解する。

 

 

姉様(あねさま)わたしが案内しましょう、か?」

 

 

こうした一悶着(ひともんちゃく)あってから、呪符を操る魔女、レラが豊久の案内に名乗り出た。

 

 

 

「む、いいのか?というか出来るのか、この男の面倒を見ることが。一応、分かっているとは思うが、此奴(こやつ)かなりの馬鹿者だぞ」

 

 

「あっ…………」

 

 

「なんで考えちうのだ!!」

 

 

「はいはい、少し静粛にしてよーか」

 

 

再度、信長が豊久を拘束する。なんというか、尾張の大名にして第六天魔王と恐れられた信長が、こうして要らぬ苦労を背負っているのは性格が関係しているのか。周囲にいる魔女たちは豊久を黙らせている信長を見て、"苦労してるなー"と他人事のように考えていた。後々(のちのち)の話だが、魔女たちも豊久の暴走を止めるため結構な苦労をするのを彼女らはまだ知らない。

 

 

「まぁ大丈夫だと思いま、す。いざとなれば火炎呪(かえんじゅ)で燃やしま、す」

 

 

「そうか、それならよかろう。気をつけるのだぞ」

 

 

「まかせ、て」

 

 

「……(おい)はちっともよくないのだが。……ええい、好きにしろ!」

 

 

 

そういって豊久は森の方に歩いていく。その後をレラが追いかける。レラという魔女を知る者たちからすると、これは珍しいと感じることであった。万事において淡白、執着の薄い彼女がここまで能動的に動くとは。表情が動いていないので分かりにくいが、豊久という人物はレラの琴線に触れたのかもしれない。森の奥深くに住み、停滞していた魔女たちの現状は漂流物(ドリフターズ)が訪れたことで変わりつつある。この変化は果たして魔女たちにとって吉と出るか凶と出るか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

この人は自分の"知らないモノ"だ。魔女の一族の中で暮らし、人間のことを敵としか認識していない自分が考えるのはおかしな話だけれども、この人はきっと"異なる"存在だと確信している。何かが違う、ナニカが異なる、なにかがオカシイ。漠然とではあるが、奇妙な違和感がある。これまで戦ってきたカサンドラ王国の騎士とも、教会の騎士とも違う存在。最近、何処かより流れ着いた信長という男と、そしてこの豊久という男。信長もそうだが、最近現れた二人は遠い国の戦士だという。自分が知らない世界のことを知る異国の者。

 

 

 

信長という男の指揮能力、戦略能力は恐ろしいものだ。あの男嫌いのユウキですら、その戦略の有用性はしかと認識しているのだから、その凄さは驚愕する。魔法を使い続けてきた魔女たちよりも、特殊な使い方をする点や"殺すことに特化した"思考形態。もしも、という仮定の話は好きではないが彼らが自分たちの味方ではなく敵となっていたら……

 

 

「しっかし、こんな深い森に(こも)っとったら、気が滅入って仕方ないわ」

 

 

むかっ、少し頭にきた。

 

 

「わたしたちも住みたくて住んでいるのではな、い。人との軋轢を避けるために、森の中で暮らさざるを得な、いの」

 

 

「…………森の中ば逃げ込んで、人と軋轢避けるがいって戦って、こんな辺鄙(へんぴ)な森の深くでじっと息を潜めて暮らす。そんで、どいつもこいつも下向いて生きとる。こんなんで満足なんか?こんなメソメソした生き方で、お(まん)らは満たされとんのか?」

 

 

 

豊久は"空気"を読まない。それはもう、致命的とさえ言えるほどに。そして、それは一歩間違えば他者との関係を壊すことも、自らの危機を呼び込む恐れもあった。普通ならば、そうした場の空気に合わせることは成長、教育とともに矯正されるものだ。しかし、豊久はそうした教育や矯正を受けないできた。そう"意図"されて空気に合わせ、読むことをしないでやってきたのだ。

 

 

従って、豊久の発言に悪意や煽ろうとする考えはなく、彼が感じたことをそのまま口にしているだけ。しかし、本音だけで生きていけるほど世の中は甘くない。豊久の発言は意図がどうであれ、魔女の生活を、これまでの苦難を無視した発言だった。

 

 

「満足な、わけな、いっ!!」

 

 

感情を表に出すことの少ないレラが怒りに震えて、たどたどしい声で豊久に食ってかかった。しかし、声をあげた後、レラはハッと感情を鎮める。この発言は、これまで人間の侵攻を抑え、助け合ってきた仲間の魔女と長であるハリガンへの不満と取れるからだ。この発言は長であるハリガンに不満を抱いているということになる。

 

 

「……今のは忘れ、て」

 

 

「……はっ、どうでもよか。お(まん)らが事情なんざ(おい)は知らんきに」

 

 

 

"あなたが聞い、てきたんで、すが!!"と思い切り大声で怒鳴りつけたいところだったが、レラは声を張り上げるのを諦めた。この短時間で豊久の性格を理解したからだ。そう、この男は自分とは違う。とんでもない大バカだと悟ったのである。

 

 

「おい、確かあんたは、れら?とかいうたの」

 

 

「そうい、うあなたのお名前は、豊久さんだ、とお聞きします」

 

 

「じゃあ、レラとやら。一つだけ言いたい」

 

 

豊久の改まった物言いに思わず身構えるレラ、そして豊久はこの世界に来てからずっと言いたかったことを口にした。

 

 

「魔女たちの格好はもちっと、どうにかならんのか?お前(ぬっし)らの格好は裸に布を巻いたようなもんじゃろが!そんでどいつもこいつも、乳をぶらぶらさせて鬱陶しい!あれか、襲われたいんか、お(まあ)らは!!」

 

 

「なっ!!……私たちの服装は、魔女が魔、法を使うのに適してい、るからで好きでし、てるんじゃ」

 

 

「ん?………………ああ、そいか」

 

 

「…………何をいきな、り納得してーーーー」

 

 

豊久の視点の先にはレラの(つつ)ましい胸部があり、何やら納得していた豊久の頷きの意味を理解したレラは、顔を真っ赤にした。

 

 

「揺れるほどねぇもんな、レラの胸は」

 

 

そう言い残して豊久は歩いていった。それはこちらを揶揄(からか)う意図も悪意もなかった。ただただ、事実を確認するような言い様で勝手に納得していったのだ。あまりに淡々と言われたせいで怒りを(あら)わにする機を逃してしまった。空気が読めないとか、周囲に合わせないというようなこと以上に、世界最高峰の馬鹿だとレラは豊久の評価を改めた。

 

 

 

 

 

茫然自失としたレラが我に返ると、豊久はいつの間にか消えていた。お目付役を任された以上、森を勝手にうろちょろされてしまうのは困る。それに理解不能な人物ではあれ、こちらに害を与えるような悪人ではないらしい。ちょっと規格外の馬鹿と思えばいいのかもしれない。

 

 

(それよりも早、く豊久を見つけ、なくては。わたしとあろう者がなんて間抜けなこと、を)

 

 

 

この森は魔女たちにとってのテリトリー。地の利は間違いなくレラにある。それに豊久に貼り付けている呪符はレラの魔力によって起動しているのだから、レラに豊久の現在地がわからないということはありえない。レラが呪符から漏れている己の魔力を頼りに歩いていると木の陰に息を潜めて座り込んでいる豊久を発見した。

 

 

 

しかし、豊久という男の気質を考えるに、彼がこんなコソコソしているなんてどうしたことだろう。近づくレラに気づいた豊久は口に人差し指を当てて静かにするよう合図を出した。どんな事態になっているかはわからないが、レラは豊久の合図どおり音を立てず彼の隣に座った。

 

 

「何か獣で、も?」

 

 

「イキのいい奴じゃ、とびきり凶暴なんがおるぞ」

 

 

以前、魔女たちを殺気だけで怯ませた男がいう獣。どれほどの獣がいるのかとレラは木の陰からそっと顔を出した。レラの視界に映っていたのは確かに凶暴な獣だった。限定的な凶暴性ではあるが。豊久たちの隠れている木陰の少し先、小さな渓谷に流れる小川では魔女の一人、ユウキが水浴びをしていた。無論、裸で。

 

 

「えっと……あぁ〜〜たしかに凶暴な獣、ですね。特定の人物にとって、は」

 

 

おそらく、砦にいると豊久や信長と顔を合わせてしまうと考えたユウキは、砦内の仕事を放って水浴びにきたのだろう。為すべき仕事を放り出したがための遭遇、であれば自業自得としかいえないのだが。

 

 

(さてどうするべき、か)

 

 

まさか、誰かに覗かれているとは(つゆ)ほどに考えていないであろうユウキは、裸のまま(水浴びをしにきたので当然だが)岩場で柔軟を行なったり小川に飛び込んだりしていた。

 

 

水に濡れたユウキの肌は(しろがね)の輝きを放つほど白く透き通り、陽の光を浴びて輝いている。それに女性らしい丸みを帯びた肩から爪先(つまさき)にかけての曲線美。胸の双丘は身体(にくたい)の美しさを損なわない黄金律というべき大きさで実っている。その胸の頂に咲く桜色がまた、女性としての美を際立たせる。両足の間は淡い金色の茂みが、裸であるがため隠されずに(あら)わとなっている。

 

 

そして、何より彼女の顔にはこれまでの印象をひっくり返すほどの笑顔があった。

 

 

「なんじゃ。あいつ、あんな顔で笑うんか」

 

 

ユウキのスタイルは、アイスほどではないにしろ、レラよりは女性らしい曲線を描いている。いや、そもそもアイスもユウキも、"巨"と称せるほど豊満な胸であってレラが平均的なのだが。魔女の一族は巨乳と貧乳の差が極端すぎるのだ。しかも魔女の一族は総じて肌の露出が大きいためスタイルの優劣が一目でわかってしまう。

 

 

「ちょうど、水浴びをしとったようじゃの。覗く気はなかったども、覗いちもうた。安心せい、覗いてしもうたなら、(おい)も裸で水浴びすれば、おあいこど」

 

 

「どうしてこの状況でそんな答えにな、るんで、す!?それじゃユウキがさらに逆上する、に決まってます!ここで大人し、くしていてください。肝心なのは見てしまったことを気取られないこと、で、す」

 

 

「あぁ??何でんそないな(こつ)なんど?」

 

 

「覗いていたのが気取られればあなたは死にま、す。というかユウキが殺しにかかり、ます。九割九分九十九厘確実、に」

 

 

「それ十割、すっ飛ばしとるのう」

 

 

「確実にと言ったでしょ、う。こればかりは姉様(あねさま)がいくら止めてもユウキは聞く耳を持たない、はず、だ」

 

 

レラの迫真という声色、事態がどれだけ深刻であるかを察した豊久はレラに向き合った。

 

 

「確実に殺されるか……じゃっどん、(おい)は死にたくなか。どーすればよかと?」

 

 

死ぬ、殺すと宣告されたにも関わらず豊久の声には死への恐怖が欠片(かけら)もなかった。レラは、豊久は事態の重要性をちゃんと理解できているのかと不安になる。しかし、豊久は呑気な声色と裏腹に、瞳へ死の覚悟を刻んでいた。そう、対処を間違えれば死ぬということがわかっているのだ。それなのに、彼の態度や雰囲気は先ほどまでの常のものと大差ない。

 

 

ここでレラは二つの仮説に行き着いた。まず、豊久は死の恐怖をきちんと認識していないという考え。これは自分でも理解できる。唐突に殺される、死ぬと言われて、それを正確に認識出来るものなどそうはいまい。死への恐怖を認識しないがゆえの恐れ知らず。それは蛮勇とも、平和ぼけとも生存本能の欠落とも言える。

 

 

次の二つ目だが、これは思いついたレラ本人があり得ないとさえ思える考えだ。なんでこんな、馬鹿げた考えが頭の中をよぎったのか、レラ自身にもわからない。けれど、レラが豊久を見て真っ先に想像してしまったのは、こちらが先だったのだ。レラが初めに感じた考え、それは"彼にとっては死も殺意も常日頃から当たり前のごとくあるもので、いまさら慌てることも驚くこともない"ということだった。

 

 

馬鹿げてる、死と殺意が日常で慣れている?そんなことありえない。いや、あっていいはずがない。殺し、殺されるが日常風景?死が当然の日常で大したことない?狂っている、壊れている、破綻している。そんな生活を過ごせるニンゲンなどいるはずがない。あり得るわけない、もしもそんな世界があるとしたら、そんな世界は"地獄"と言わずしてなんと言う。

 

 

 

レラは、豊久の態度の解答(こたえ)を出すのを中断する。このままではユウキに気づかれてしまうかもしれないし…………なにより答えが出てしまうことが怖くてたまらない。もしも、もしもーーーー加速する思考を破却し、レラは腰に巻いた呪札の一枚を剥がし、小さな筆で何かを書き始めた。

 

 

「はいこれを貼ってくださ、い」

 

 

「なんだぁ、こいは」

 

 

「気配を断つ呪符です今貼りますからじっとして、いて」

 

 

しかし、呪符を使う機会は幸いなことになかった。遮蔽物がない渓谷にいたユウキは砦の方角より狼煙が上がっているのを発見する。

 

「砦の方から狼煙が!!」

 

ユウキは驚きに染まった声を出すも、すぐさま脱ぎ捨てていた服を目にも止まらぬ速さで着て(水着、踊り子の衣装のようなモノゆえ着替えというより纏ったという方が正確だが)砦の方へ走り出していった。

 

 

「命拾いしましたね豊久、さん」

 

 

「そうらしいのう、よぐわがんねぇが助かったなら(もう)けじゃ」

 

 

豊久とレラはユウキが離れ去ったのを確認すると、体を伸ばしながら立ち上がった。

 

 

「砦で何かがあったようで、す。わたしたちも戻りま、しょう」

 

 

「ああ、だが合戦のにおいはなか。砦が攻められているんではなく集まれって合図だろう。何にせよ、行ってみんとわからん!」

 

 

豊久はいきなり、砦の方へ駆けて行く。弾けたような勢いにレラは呆然としかけるが、瞬時に豊久の後を追いかける。放たれた矢のように疾走する豊久をレラは、観察を行うような目で捉える。目の前を走る男は、砦が襲われた訳ではないと断言した。見てもいないのに、そんなことを断言するなど怪しすぎるというもの。もしや、豊久と信長は人間たちの手先、間諜ではないのか。

 

 

 

「……どうして砦、が襲われた訳ではない、と?」

 

 

 

レラは腰の呪符に手をかけながら、豊久に探りをいれる。この返答、解答の如何(いかん)によっては、ここでこの奇妙な男を……

 

「勘じゃ!!!」

 

 

唖然……いや愕然。レラはてっきり、豊久が言い訳じみた説明を行うと思っていた。しかし、彼はこちらの疑心など知らぬとばかりに三〜四文字程度で片付けてしまったのだ。あれか、この人、モノを考えて生きているのか?豊久が間諜だと疑っていた自分が恥ずかしい、こんな考えなしの間諜がいて、それで滅んだとしたら末代までの笑い話だ。

 

 

「…………」

 

 

「どうかしまし、たか?」

 

 

駆けている最中の豊久が、首だけ振り返ってきた。

 

 

「…………どうして(おい)がいるんを、あん娘に(しら)せんかった」

 

 

「報せていたなら既にあなたは骸、でしょう?この場で言わなかったとしても砦、に戻ってからユウキに告げ口をしたなら、どのみちあなたは殺されま、す」

 

 

「物騒な話だ、そいで(おい)に何を期待しちょる。言っとくが金なんぞは持ち合わせとらんぞ」

 

 

「……驚きましたわたしと取引するってちゃんと理解、しているんです、ね」

 

 

「どんだけ人がモノを知らんと考えとんじゃ!!」

 

 

声を張る豊久に笑いながら、レラは取引を持ちかけた。

 

 

「ひとつ取引をしましょう豊久、さん」

 

 

「ああ、(ない)が欲しいってんだ?」

 

 

「あなたが元いた国、土地の記憶を何でもどんなことでもいいのでわたしに聞かせてくださ、い」

 

 

「そんなんでいいのか?」

 

 

以外そうな顔をした豊久とレラは並んで砦に走る。レラは不思議と興味が湧いてきていたのだ、まだ見ぬ異国で、豊久という男を育てた国のことを。怖いもの見たさというものか、恐ろしいまでの戦いに満ちた国なのだろう。しかし、それ以外にもあるはずだ。彼ら、漂流物(ドリフターズ)がいた場所を深く知れば、(豊久)のこともわかるようになるかもしれない。

 

 

「あなたにとっては『そんなこと』かもしれないですがわたしにとっては重大なことなので、す。ここではない別の世界があるというならぜひそこのことを知りたいのです」

 

 

 

「はー、なんぞ難しいこつ言っとるが、薩州の話ならいくらでん話す。だが、まずは砦に行くぞ」

 

 

「は、い!」

 

 

 

 

 




ーーー関ヶ原・烏頭坂での島津さん()の状況ーーー


レラ
「……東の軍に断られて逆上西軍に入ったら無視され、た。それで近づく者はどっち側でも敵に回し追い詰められたら敵軍に特攻、で、すか。…………豊久、さん何しに行ったんです、か?」


豊久
「うっ、うるせーーーーー!」


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