落ちてきた漂流者と滅びゆく魔女の国   作:悪事

2 / 8
魔王

夢を見る、遠い昔に置いてきた過去の夢を……

 

 

己が追い求め、追いかけるべき男の夢を。まだまだ、青臭いガキでしかない(おい)が憧れ、尊敬した男に認められる光景。もう、二度と届かない過去の残照。

 

 

『豊久、豊久!!初陣で侍首か。良か……良か、にせじゃ!!』

 

 

自分が首級(しるし)ば、挙げたことを我が事のように喜んでくれた親父(おやっど)。その顔には横に一筋の傷痕が刻まれ、それと非対称な微笑みが浮かんでいる。そうだ、この人に追いつきたい。だからこそ、(おい)は戦場に突っ込んでいくがじゃ。こちらを見つめる親父を呼びかける。遠い昔に喪ったことを忘れたつもりはない、夢ということが先刻承知しとる。わかっておれど、呼ぶ。

 

 

親父(おやっど)!!!親父(おやっど)!!!』

 

 

こちらの声が届いていないように、親父は笑っている。声が届かない?知るか、何度やっても無理なら、無茶して届かせる!

 

 

親父(おやっど)!!!!』

 

 

『………豊久!!』

 

 

……不思議と体の感覚がない。腹の底から力入れて声だそうにも、体がないがじゃどうにもならん。だけど、声を出すことだけは止めていない。続けて呼ぶ。無謀、無駄ということは無視して、ただ呼び続けた。そうこうしているうちに、景色が薄れていく。夢というのはわかっていた。ならば、醒めるのは道理というもの。しかし、豊久は最後の足掻きとばかりに渾身の力を込め、目覚めと同時に叫んだ。

 

 

親父(おやっど)ッ!!!」

 

 

 

目覚めた豊久は先ほどまでの情景が全て、夢幻のそれであったと理解し肩の力を抜く。だが、周囲の景色は少なくとも味方の陣地でないことだけは明確だと示していた。何故なら、今の豊久は猿轡(さるぐつわ)を噛まされているのだ。味方どころか友好的かさえ疑わしい。普通なら、現状がどうなっているかという疑問を投げるところ。しかし、豊久にはそれ以上に優先すべきことがあった。噛まされた猿轡を噛み切って目の前の女に相対した。そう、これだけは最も優先して言わなくてはいけない最重要事項!

 

 

お前(ぬしっ)!なんじゃ、その膨れ上がったおっぱいは!!??」

 

 

「……起き抜けに言うことが、それかっ!!!」

 

 

豊久の渾身のツッコミに、ハリガンはツッコミで対処した。豊久は愕然としている。ここまで乳がでけぇー女など見たことがない。思わず、薩州へ戻るとか、今自分がどうなっているかなどの疑問をすっ飛ばして、胸の方を言及してしまった。豊久の側にいた魔女、ハリガンがツッコんで多少は頭が冷え、豊久は自分が治療されたようだと、ようやく気がついた。けれど、ハリガンに対しての警戒心が消えたわけではない。

 

 

「誰だ!……お前(ぬしっ)!誰だ!!」

 

 

「ええい、一旦落ち着かんか。あの龍王殿はもう少し落ちついておったぞ。……いや、やはり胸のことを最初にツッコんではきたが……」

 

 

ハリガンが落ち着けという意味を込め右手を挙げるが豊久はまだ冷静ではない。刀を抜こうとするが、手元に刀がない。目の前のおっぱい女が何処かに隠したのだろう。刀がなくとも、組み伏せることはできる。ハリガンに飛びかかろうと豊久が力を込めた時、頭に火縄銃の銃口が突きつけられた。

 

 

「誰だ?……そちこそ、誰ぞ?」

 

 

「…………ッ!」

 

 

銃口が突きつけられた状態、火縄は点火され引き金に指をかけている。撃ち殺そうと思えば、すぐに実行可能だ。どちらが優位かなど議論する余地もない。豊久の銃口を向ける男は続けて問いかけた。

 

 

「答えい、そちは何処の誰ぞ?」

 

 

「それは私が聞かねばならんことなのだが。……今一度問おう、貴様は何者だ?何処から来た?……(なんじ)(われ)らの敵か…………」

 

 

「……貴様(きさん)が徳川の味方でないなら、(おい)はお前らの敵にならん。というか、ここは何処ぞ!……あと先刻(さっき)っから、何なのだ。お(まん)の声が頭の奥に響いて聞こえる。何だというのだ、これは」

 

 

豊久の頭が冷えてきたのか、言葉遣いは荒いものの音量自体は下がってきた。ハリガンの背後から小柄な人影が現れた。

 

 

「それは私の呪符のお、かげ。言葉の翻訳が出来ている、のです」

 

 

「……翻訳〜?そん言い方じゃと、まるでここが異国のような言い分じゃなかろうか」

 

 

「異国のようなどころか、異国そのものなんだよ。ここは」

 

 

「あっ?」

 

 

「お前の質問は、ここが何処かだったな?……ここは、かさんどら王国っつうとこの隣にある魔女の国、黒い森の奥だ」

 

 

「………………何じゃ、お(まん)。イカれか?それとも傾奇者(かぶきもん)か?」

 

 

「まあ、そりゃそうだよなぁ。信じるわきゃねぇか。俺だってそんなこと言う奴がいたら、首斬って髑髏で酒盛りするわ。……でも、本当なんだよ。ここは日本じゃねえ。それどころか、元の世界かどうかも怪しい。ここに来た時は、とうとう俺も真性のうつけになったかと思ったもん」

 

 

「ええい、勝手に話ば進めんな!お前は誰なのだ、いい加減に名乗れや!」

 

 

「……俺は信長。織田前右府信長である」

 

 

その言葉は大きな音ではないはずなのに、部屋中に染み渡るように響いた。この名は特別なものだ。ハリガンたち魔女にとっても、漂流者(ドリフターズ)である豊久にとっても。最も、その理由はまったく異なるものだ。魔女にとって名の一部に龍王(ナーガ)とあることは明らかに異常であるし、豊久にとって信長という名が出たということは異常に過ぎる。豊久は信長と名乗った男の火縄銃を弾き、彼へ殴りかかろうとした。

 

 

轟!拳が振られたと同時に空気が鳴らす音響。暴力的な音を立て、振りかぶられた拳を信長は何とか躱した。ハリガンはレラを背中に(かくま)い、男たちがどのように動くのかを冷静に傍観する。とばっちりを食わぬよう、男たちから離れ魔術がいつでも行使可能な体勢に移った。

 

 

 

「危ないのう、うつけが」

 

 

「うつけは貴様だ。信長だと!?ーー信長公はとうの昔に死んでおるわ。なれば、やはりここはあの世で、貴様は信長を(かた)るあの世の鬼じゃ!!」

 

 

落ち着いていた豊久が信長の名乗りを聞いて、再び殴ろうとする。対する信長も豊久を迎え撃とうとするが、ハリガンたちのいた方向から轟音が鳴る。振り向いた豊久と信長が見たのは、蜘蛛の巣状にヒビが入った壁と壁にめりこんだハリガンの髪の毛だった。それを見て信長は仕方ないと力を抜いて、豊久は髪が壁を砕いたという珍妙な状況に驚いている。

 

 

「少し静かにせんか、やかましい。それで再び問うが、貴様の名前は何という?」

 

 

「島津!!ーー島津豊久!!島津家久が子じゃ!!」

 

 

 

今、戦国最強の漂流者は滅びゆく魔女たちへ向け、名乗りを上げた。これが何を示すのか、それは魔女も漂流者もしらないことである。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「というか、あんたは何者か?まさか、お市殿とか言わねぇよな?」

 

 

「馬鹿め、うちのお市(いち)は、ハリガンのようにブヨブヨでもレラのようにちっこくもねぇ。それにこんな素ッ裸も同然な格好の奴が日ノ本におるかよ」

 

 

「ほう、信長。よほど、この世に未練がないようだ。死にたいのなら、吾の髪で逝くか?」

 

 

「燃やされるのと凍らされ、るの。どちらか好きな方を選ん、でください」

 

 

 

豊久の発言で、今度は止める側のハリガンたちが殺気立つが、それほど本気ではなかったため、あっさりと怒りは消火された。ちなみにハリガンたちの服装、というか格好は現代の水着と同じ程度の面積しか、肌を隠せておらず、場所によっては水着より際どいところがあるくらいだ。

 

 

話が逸れた……

 

 

 

「それなりに異人は見てきたが、ハリガンたちのような者など見たこともねぇ。こんな助平な格好の女がいれば、どこにいようが噂になるっての」

 

 

「信長のいう日ノ本の人間には黒髪黒目しかいないという方が吾らには信じられん」

 

 

「いや、髪やら目やらよか、何じゃ、そん格好は!?ほとんどが紐か布切れじゃ!そんなに腹出して、おかしくはないがか!」

 

 

「仕方なかろう、ヘタに厚手の服を着ると魔力の流れが悪くなり、魔法が使いにくくなるのだから。それと服装が不可思議というなら、信長のも、豊久のも吾らには奇妙に見える……」

 

 

ハリガンの言い分に豊久は口を噤んだ。どうやら、事態が想像以上に混迷しているため豊久は思考を止めた。ただ、状況を大人しく受け入れることにしたらしい。

 

 

(おい)は戦の最中だったが、帰れんのか。俺は帰らねば、ならんのだ」

 

 

「戦?……奇遇だな、戦なら吾らもしておるぞ。信長の采配で、最近は人の軍にも連戦連勝しているからな、感謝するんだな。信長が役に立ってなければ、見殺しの憂き目にあっておったのかもしれないのだぞ、豊久?」

 

 

「あっ?……戦、お前らがか。ーーー女、子供だろうが。そんなの戦場に出さねばならないほど、追い詰められてんのかよ。第六天魔王?」

 

 

「仕方ねぇーだろ。こいつら、最初から女子供しかいねぇんだ」

 

 

「……そんな阿呆な話がーーー」

 

 

「本当だぞ、信長のいうことは」

 

 

会話が止まった、ハリガンのふとした一言は豊久の口を閉ざし、周囲の空気を凍りつかせた。ようやく、豊久が動き出したと思ったら、信長を掴んで揺さぶって猛烈に問い詰めた。

 

 

「お前、寺を焼くだけじゃなくて、女子供も(いくさ)に出すとか、魔王じゃなくてド畜生じゃろうがぁぁぁぁぁ!!!!!!」

 

 

「やかましいぃぃぃぃぃ!!!兵を集めようにも女しかいねぇんだよ!男がいねぇんだよ!」

 

 

ギャーギャーと喧嘩ごしに口論しているが、その子供じみた光景にハリガンとレラは本当に助けるべきだったのかと考え始めていた。ようやく、話が纏まっーーてないが止まって、豊久たちは口喧嘩をするのをやめた。

 

 

「つまり何か、そこの女たちは不思議な力が使えて、それを恐れる奴らがこいつらを殺そうと戦仕掛けとると?」

 

 

「まぁ、んなとこだよ。魔法とやらが使えるのは女だけなもんだから、兵は女子供しかいねぇの。好きで女を戦場に出すわけねぇだろうが、うつけ」

 

 

「わけがわからん、そんなちんけな理由で女子供ばと戦しとると?……こん世界はイカれとんじゃなかろうか」

 

 

「あっ、やっぱりお前もそう思うか。だよなぁ、そんな不可思議なことが出来る奴、殺すより育てた方が良いに決まっているよなぁ。こんな奇妙で便利なもん、無くすにゃ惜しいってのによぉ」

 

 

 

信長と豊久が語り合っているのを、横目にハリガンとレラは目を瞬いていた。そう、信長という男にしても、そうだが豊久という男も奇妙な者だ。今まで男は魔女を化け物としか認識していなかった、だがこの男たちは魔女たちをあくまでも女としか見ていない。いくら、異常な光景を見せても信長は、便利だとかこういう使い道があるとしか考えなかった。そこには恐れはなく、あるのはどうすれば役に立つのかということだけ。おそらく、豊久という男もそのような者なのだろう。この男たちは戦に対して不思議な価値観を持つ。それは神や魔といった信仰的な要素を戦場に持ち込まないことだ。信仰を重視していないというか、必要としていないのだ。魔女は神というモノの敵だが、祖霊などを信仰することはある。信仰を全く必要としない彼らは一体、どんな生活をしてきたのか。

 

 

「それよか、腹が空いた。(まま)はないのか」

 

 

「……あれだけ騒げば、腹も減るだろう。アイス、すまないが飯を持ってきてやってくれんか、残り物で構わない」

 

 

「はい、姉様(あねさま)

 

 

「手伝おう、か?」

 

 

「大丈夫よ、それよりレラは姉様と信長さん、豊久さんたちといて。あまり離れすぎると呪符の効力が切れてしまうかもしれないでしょ」

 

 

 

アイスの言うことは最もだと納得したのか、レラは黙ってハリガンの後ろに立ち続ける。アイスが出て行った後、豊久はいきなりハリガンへ頭を下げた。

 

 

「なっ、なんだというのだ?」

 

 

「なぁに、命ば助けられ飯まで用意してくれるがじゃ。礼をせんのは、武士の名折れぞ。ーーーありがとうごわぁた」

 

 

「ーーああ、わかった。感謝を受け取ろう。それより飯を食べたら少し話がある。聞いてくれるか」

 

 

「おう、でも、話さんでいいきに。ーーーどんなことでもやっちゃる」

 

 

 

「………はっ!?待て待て、お前、話も聞かずになんでもするというのか!?」

 

 

「おうよ、ここは日ノ本ではない国じゃ。そんなら薩州に帰るのは無念ではあれど、出来んのだろう?ならば、命救ってくれた恩人へ恩を返すのが(おい)が出来ることじゃ。なんでもやるがぞ」

 

 

「くっくっくっ、ハリガン。こいつはうつけじゃ、まともな相手したらこっちが疲れるぞ。何でもやってくれるというのだ、ならば何でもやらせるがよかろう」

 

 

「あっ、あぁ。そうだ、なぁ。……豊久、詳しいことは飯を食べ終えてから説明するから、頼んだぞ」

 

 

 

豊久が"笑いながら"頷いたのを見て、ハリガンは信長を部屋の外へ連れ出す。レラは豊久と共に部屋の中だ、何故なら部屋には男を見たら即殺すユウキがいるので、お目付けという役割を果たすためなのだ。さて、部屋の外へ移ったハリガンたちは豊久について話をしていた。

 

 

「それで、あの男は使えるのか。いくら腕が利こうがバカではどうしようもないぞ」

 

 

「さて、バカであることに違いはないが、ただのバカかねぇ。アイツは少なくとも兵を率いる立場の人間だ。アイツが無能っていうことはねぇと思うがね。」

 

 

「無能の指揮官なぞ珍しくもない。しかし、そんな指揮官なぞ百害あって一利ないわ」

 

 

「……心配すんなよ。少なくとも無能な大将なら、あの傷で生きちゃいねぇ。おそらく、戦場以外はバカだが、戦場でこそ真価を示す奴だ。俺の見立てを信じろや」

 

 

 

(われ)はお前の見立てを疑ってはいない。しかし、内面に関しては信用ならん。……あの男は死にかけの状態で笑っていた。……そして、先ほどの感謝の時、あの者の浮かべた笑みは、吾の見間違いでなければ同じ笑みだった。お前もそうだ、わけのわからん状況でユウキや吾が、お前を殺そうとした時も笑っておった。なぁ、貴様が語った日ノ本とは、一体どんな国だったのだ……」

 

 

「……どんな国か?………さてな、俺はそれが知りたくて天下を取ろうとしたんだがな」

 

「天下?」

 

 

ハリガンの聞き返す声に信長は答えず、手をヒラヒラと振って歩いてゆく。彼が零した声はハリガンや魔女たちに聞かれず、風と共に流され消えていった。

 

 

 

「気にすんな、どうでもいいことだからよぉ」

 

 

 

 

 

 

 




ーーー信長さんの思い出ーーー

ノブ「俺は人の心が分かんねぇんだと、そのおかげで謀反なんざ腐るほどやられたよ」

ハリガン「腐るほどとは、それほど裏切られたのか?」

ノブ「えーと、弟の信勝×2、勝家、林、浅井、松永×2、荒木、波多野、別所、光秀あと……」

ハリガン「多すぎる!!そこまでいったら学習せんのか!?」

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。