初めての戦闘をこなした翌日の放課後、俺は月村邸へと訪れていた。
理由は一つ、昨日補足したもう一つの魔力反応――いちいち魔力結晶というのも面倒なのでバルムンクとは石ってことで統一した――を回収するためだ。
すずかは塾があるのでここにはいないのだが、事前に月村家の当主であり、すずかの姉の忍さんがいることは確認してあるので後はチャイムを鳴らすだけなのだが……。
「相変わらずここの家はでかいよなー。ぶっちゃけ漫画か!って突っ込みたくなる」
〈ねーマスター行かないのー? もうここについてから10分ぐらいたってると思うんだけど〉
この二年間の付き合いで何度か訪れたことはあるが、一人でくるのは初めてのことだし、そもそもこんなセレブレティーにあふれる家は完全にアウェーだ。
「デバイスのお前にはわからないかもしれないけど、人間には心の準備ってもんがだな……」
〈もうそれさっきも聞いたよー。面倒だから押しちゃうね〉
デバイスのくせに勝手にインターホンを押すバルムンク。
神様特製のデバイスだからかなのかは他のを知らないからわからないが、こいつは勝手に魔法を使える。
今インターホンを押したのも念力系の魔法を勝手に使った結果だ。
まてよ……インターホンを押したのはバルムンクであって俺ではない。
つまり今この場からダッシュで立ち去っても俺には何の過失もないはずなのだ。
よってこの場からダッシュで逃げてもきっと許してくれる。
世界中の誰もが許してくれなくても、俺だけは許すよ。
と、くさいセリフを吐いたところで傍から見ればどうやっても俺が押したとしか思えないわけだ。
俺のデバイスがやらかしたということを考慮しても責任の所在はどう考えても俺にある。
……どんなに長々と理屈をつけたところで逃げ場はないようだ。
「確認なんだが、能力的に簡単には死なないよな?」
可能性は低いだろうが、話し合いの流れ次第では戦うことになるかもしれない。
明確な敵ならノリで攻撃できるし場合によっては殺す選択をとることもあるだろう。
二年前に事件に関わると決めたときにした覚悟ってのは、当然そういったところも含まれるからな。
だが今回の場合はどうだろうか?
相手は数少ない友人――しかも美少女――の家族だ。
ガンジー作戦以外に取れるべき選択肢が無い。
あるわけが無い。
〈腕を引きちぎられても死なないけど、頭とか心臓をこークチュってやられたらさすがに死んじゃうかなー〉
なにそれぐろい。
「よし、一旦出直そう。すずかが帰ってきたら改めてまた来るってことで」
〈もう押しちゃったんだから諦めて。それに……〉
「どうなされたんですか棚橋様」
まったく気づいていなかったが、月村家のメイドノエルさんがそこにいた。
「……こんにちわノエルさん」
「誠君今日はどうしたの? わたしに話があるって聞いたけど」
月村家の応接室で俺は忍さんと対面している。
ノエルさんはお茶の準備をしに行っているので今この場には俺と忍さんの二人だけだ。
「率直に言います。僕は魔法使いです。そして話というのはこの家の敷地のどこかになんかいろいろと危険な石があるので回収させて欲しいというものです」
知的な交渉? そんなん無理に決まってるじゃん。
転生しただけの一般人がそんなのできるわけが無い。
基本属性一般人、副属性転生者ってなっただけなわけで頭がよくなったわけじゃないんだから。
「えっと……確かそういうの厨二病って言うんだっけ? だめよ誠君戦わなきゃ、現実と」
正直そんな反応になるとは予想してた。
だけど思ったよりも心が痛い。
「まあすぐに信じてもらえるとは思っていません。バルムンク、映像を」
〈オッケーマスター〉
エアディスプレイに昨日の戦闘の様子が映し出される。
正直三人称視点の映像ってすごい違和感があるんだけど、サーチの魔法の応用で録画してるって昨日バルムンクから説明された。
どんな疑問も魔法だからの一言で解決できるって便利。
「あなたが魔法使いだということはわかったわ。それにこの家のどこかにあるっていう石の危険性も。でも腑に落ちないことが一つある。なぜあなたは自分が魔法使いだということを簡単にわたしに打ち明けたのかしら? まさか友人の家族だから――なんて言わないわよね?」
本当のことを言え。
忍さんの目はそう語りかけてくる。
まあ実際のところある程度予想はついているんだろうが……。
「僕はあなたやすずかが人間とは違った種族だということを知っています。そしてこの屋敷のメイドであるノエルさん達がゴーレムに近いものだと言う事も。だからこそ魔法使いだということを打ち明けようと思ったわけです」
「でしょうね……。確かにわたしやすずかは人間じゃないわ。夜の一族、わかりやすく言えば吸血鬼と呼ばれる種族よ」
あ、吸血鬼なんだ。
吸血鬼は美形が多いイメージだけど正しくって感じだな。
「そうなんですか。……じゃあ信じてもらえたところで回収させてもらっていいですかね?」
「随分と簡単に流すわね……。ねえ誠君、あなたは恐ろしくはないの? 人間とはちがう種族であるわたしたちを」
「いや別に。それをいったら俺魔法使いですし、そもそも集団としては敵として扱われることは多いかも知れませんが、個人としては必ずしもそうではないんじゃないですか? そういった神話やらは世界中にあふれてるわけですし。それに……」
「それに、なに?」
これ言っていいのかな?
ふざけてるって言われたら絶対に怒られる気がするんだが。
「俺の行動理念の一つにかわいいは正義っていうのがあります。それに比べたら種族とかなんて実に些細な問題ですよ」
そもそも、すずかとであった当初から人間じゃないってことは把握していたわけだし、それを怖がるような精神構造してたらまあ友達になんてなってないよな。
「まあそれだとかわいくなかったら恐れるのかって話になってしまいますが、俺はそんなことで友達を選んだりはしませんよ」
「じゃああなたの血を飲ませてっていったら飲ませてくれるのかしら?」
「ええ、どうぞ。ただ……物語でよくある首筋からっていうのはお断りさせてもらいたいですが……」
「あら、どうしてかしら」
「……抱きしめられる形になるし、恥ずかしいじゃないですか」
これわりと死活問題な。
いろいろと当たるだろうし、そもそももし忍さんの恋人である高町兄にみられたらバラバラになる未来しか想像できん。
「ふふふ、本当に面白い子ね。よりによって気にするところがそこだなんて。夜の一族の掟で契約をしなければならないんだけど、先に用事をすませてからにしましょうか。ノエル、誠君を案内してあげて」
「畏まりました」
ノエルさんいつの間に戻ってきたんですか?
ステルススキル高すぎで正直怖いです。
「そういえば、すずかは俺が魔法使いだってことも、夜の一族だってことを知っているってことも知らないんですがどうしたらいいですかね?」
「そうね……誠君ここで夕食を食べていきなさい。すずかが帰ってきたらわたしから話しておくから一緒に夕食をとった後にすずかも含めて誠君との契約をしましょう。それでいい?」
俺から切り出すのは正直面倒だし、その役割を忍さんがやってくれるというのなら俺に文句などあるはずもない。
「わかりました。ではまた後で」