「はじめまして、棚橋誠です。よろしくね」
そう言って手を差し出す俺に、母親に促されおずおずと手をだす少女。
俺と高町なのはの出会いはそういったものだった。
魔法の確認をした後、俺は近所の散策に出ていた。
三月も終わりにさしかかろうと今日、ポカポカとした春の陽気が実に心地よい。
これから通う学校やスーパーの位置など数時間ほど歩き回り帰宅した。
「出る前に冷蔵庫の中確認しとけばよかったなー」
帰宅し、さて飯でも作るかと思い立って冷蔵庫を開けたところで中身が空なことに気づいた。
某動画共有サイトで紹介されていた豚バラ肉の塩漬けを仕込んでいたのだがあれはどうなったのだろうか……。
「今から買い物しにいって帰ってから作るってなると遅くなるしなー。ま、どっか近くで食えばいいか」
確かすぐ近くに喫茶店があったはずだ。
「あら?僕一人なの?」
当然と言えば当然だ。
こんな子供が喫茶店に一人で来るなどおかしな話だし、そもそも支払い能力もあるかどうかもわからない。
失敗したな……。
ついいつもの感覚で店に入った訳だが自分が子供になったことを完全に忘れていた。
だからと言って外食のたびに魔法を使って大人モードになるのもめんどうな話だ。
「あ、お金ならちゃんとあるんで大丈夫です」
そう言って財布を見せる。
「そういう意味で聞いたんじゃないんだけど……。お父さんやお母さんは一緒じゃないの?」
真実――見た目は子供、頭脳は大人――を告げられる訳もなく、適当にごまかすことにした。
実際のところ騙されてくれたかどうかはわからないが、事情があるということは理解してくれたようでそれ以上はなにも聞かれなかった。
「あら、誠君も春から聖祥大附属に通うのね。実はうちの子もなのよ。よかったら友達になってもらえないかな?なんだかあの子いつも部屋に閉じこもりっきりで友達と遊びにいくとかしないのよね。とってもいい子なんだけどちょっと心配になっちゃって」
「ええ、いいですよ。僕も引越してきたばかりで知り合いとかいませんから」
「よかったー。じゃあちょっとまっててくれる? 今呼んでくるから」
そして話は冒頭に戻る。
互いに自己紹介をしたあとは彼女の部屋で遊ぶことになった。
そういえば女の子の部屋にはいるなど前世も含めてはじめてのことかもしれない。
「なのはちゃんってすごいいい子なんだってね。お母さんが自慢してたよ」
あまりにも会話が弾まないため、適当に良いところをあげてみる。
暗い顔をしていた彼女だが、その言葉を聞き顔がほころぶ。
だが、それも少しの間の事ですぐに暗い顔に戻ってしまった。
「暗い顔してどうしたの? 褒められて嬉しくないの?」
このぐらいの年の子なら親に褒められれば素直に喜べるものだろう。
思春期にもなればまた話は違うだろうが。
「だめ、まだたりないの」
「え、なにがたりないの?」
「なのはもっといい子にならなきゃいけないの。もっといい子になればお母さんもお父さんもなのはをかまってくれるはずだもん」
共働きの両親に構ってもらいたくていい子を演じてるんですね、わかります。
非行に走るのが普通じゃね?
なんでいい子にならなきゃってなったのか理解に苦しむ。
「大丈夫だよ。そのままでもきっとお母さんはなのはちゃんのこと大好きだから。なのはちゃんのこと嫌いだったら、あんなに嬉しそうな顔で褒めたりしないと思うよ」
「……本当に?」
「本当だよ。今からお母さんに聞きに行ってみようか? お母さんなのはのこと好き?って」
「お母さんお仕事中だけど邪魔じゃないかな?怒られないかな?」
「平気だよ。じゃあいこっか」
「……うん」
半信半疑な彼女を連れ二人で喫茶店へと向かった。
母親は急な娘の行動に戸惑っていたで、一人でいるのが寂しかったみたいですよと教えてあげた。
ごめんねなのは。お母さんなのはのこと大好きよ――
そう言って娘を抱きしめる母親。
「よかったねなのはちゃん」
「うん!」
戸惑いながらも、初めての笑顔を見せてくれるのだった。