隣の席のチャンピオン   作:晴貴

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4話 side見汐太陽

 

 

 新学期が始まって三週間ほど経った。

 高校生活も三年目を迎え受験生という肩書を得たわけだが、部活もやってなければ塾の類いにも通っていない俺は放課後になるとすぐさま学校からおさらばする。

 その後は友達とどっか寄ってぶらぶらしたり、まっすぐ家に帰って寝たりとぐーたらな生活習慣が身に付いている。

 

 しかしそんな俺の生活リズムにも例外は発生するもので、その最たる原因はクラスの担任にして白糸台高校麻雀部の監督も務めている鹿島先生だ。

 今日も帰り支度を整えて廊下に出た瞬間に呼び止められた。狙っていたようなタイミングの良さである。

 

「おい見汐」

 

「宮永ならもう部活に行きましたけど?」

 

「そうか。ならお前もこい」

 

 何が“なら”なのか意味分からん。その用法だと接続詞として正しい役割果たしてなくない?世界史の教師とはいえそれでいいのか。

 まあこの人にそんなもんを求めてもムダなんだけど。

 鹿島先生の目的は俺を麻雀部まで連行することであって過程はどうでもいいのである。最大の問題は俺が麻雀部員じゃないってことだが。

 

「今年もですか?」

 

「もちろん今年もだ。見汐も薄々は気付いていただろう?」

 

「ええ、まあ。宮永と同じクラスで担任が先生だと分かった瞬間からそんな気はしてました」

 

「なら問題ないな」

 

 だから“なら”の使い方よ。十川先生(現国教師)に密告してやろうか。

 ……そんなことしたら俺の内申点が人質に取られそうだからやめとこう。なんだかんだ鹿島先生は素直に手伝ってりゃ多少のことはマジで融通を効かせてくれたりするからな。

 その代わりとして麻雀部の雑用やらされてるけど、まあギブ&テイクってやつである。

 

 こんな関係になったきっかけは去年の夏前頃だった。

 ある日の放課後、それまで担任でも教科担でもなかった鹿島先生に呼び出されたのがすべての始まりだ。思えば呼び出しが校内放送ではなく生徒を介した人伝(ひとづて)、しかも場所が麻雀部の監督室という時点で怪しむべきだったけども。

 

 しかしあの時の俺がまず抱いたのは「麻雀部の監督室ってどこ?」という疑問だった。なので俺は宮永に頼んで案内してもらうことにしたのだ。

 その際に鹿島先生に呼び出し食らったと正直に説明したのだが、「一体何をしでかしたんだろう」とでも言いたげな宮永の視線は今でも覚えている。

 

 で、宮永にくっついたまままずは麻雀部の部室に入った。教室を三つほどぶち抜いたくらい大きなスペースに雀卓が並んでいて、それでも座れない部員は思い思いの卓で対局を観察しているようだった。おかげでかなりの人口密度を誇っているし、何より牌の音がうるさい。

 指を耳栓代わりにしようか悩んでいると、ふと牌の音が小さくなった。どうやら宮永と、その後を歩く俺の存在が気になったらしい。俺達の方を盗み見る視線が多かった。

 エースを務める宮永と、そんな彼女について歩く見知らぬ男子生徒という組み合わせに興味をそそられるのは分からんでもない。そんな空気を見かねてか当時クラスメイトだった弘世が俺達のところまでやってきてどうかしたのかと尋ねてきた。

 

 俺が再び正直に鹿島先生に呼び出された旨を説明すると弘世も宮永と同じような目を向けてきた。俺は何もしてないんですけど?という主張は認めてもらえなかった。

 そんな一幕もありつつたどり着いた監督室は麻雀部の部室の最奥にあり、部室の外からは入れないような構造になっていた。絶対場所のチョイス間違ってるだろ。

 そう思いつつも扉をノックし、返事をもらって監督室へ入る。これが俺と鹿島先生の初対面だった。

 

 その後はあれよあれよと話が進み、俺が雑用をこなす代わりに成績に多少の融通をきかせてくれるという契約が交わされた。これが毎日顔を出せとか麻雀部のマネージャーになれだったら断ってたけど、あくまで鹿島先生に呼び出された時だけのことなのでそこまで負担に感じちゃいない。

 たまに渋谷とかがお茶淹れてくれるし。

 そんなわけで今日に至るまでズルズルと麻雀部の雑用を続けているのである。多分宮永の代が引退するまでこき使われんだろうな。

 

「うわー、今年も新入部員多いっすね」

 

 監督室についてまず手渡されたのは麻雀部の新入部員名簿。といっても用紙に記入して提出させたものをクリップで一纏めにしただけの簡素でアナログなものだが。

 しかし五十名以上いるのに、その内の九割くらいが女子生徒とはねぇ。

 まあ麻雀っていうと女性向けの競技ってイメージあるから男子にとって敷居が高く感じるのは仕方ないのかもしれん。弱小だったり少人数なとこならまだしも、白糸台は個人・団体共にインハイ連覇中の名門で所属人数が二百人近い大所帯な部だから特に気後れするんだろう。

 

「それをデータ化してタブレットに入力してほしい」

 

「了解しました。でも別にこれって俺じゃなくて他の雑用にやらせても大丈夫ですよね」

 

 白糸台麻雀部は大所帯故に一年はその年のインハイが終わるまでサポートに回る者がほとんどだと弘世から聞いたことがある。宮永や大星が例外なのだ。アイツらマジ怪物。

 一年生は牌譜をつけたり牌や卓の手入れ、部室の清掃などを分担して行っている。このデータ化作業に人手が足りないということはないと思うが、まあそんなことを言い出したらなんで俺が雑用として駆り出されてんだよって話なんだけど。

 

「部内の仲間とはいえプライバシーもある。あまり人の目に触れさせるものじゃない」

 

「がっつり部外者の目に触れてますけど?」

 

 しかも男の。まあ身体的な情報は皆無だから俺としては興味ないんだけど。

 ぶっちゃけプライバシー保護的には教師失格じゃねーの?

 

「……それよりも見汐」

 

 流した。

 

「なんですか?」

 

 作業をしながら顔も上げずに返事をする。お、この子俺と同中出身じゃん。面識は……ねーな。

 

「宮永はどうだ?」

 

「どうだ?と聞かれても相変わらず無口だし感情を表に出さないせいで未だにクールキャラで通ってますけど……って先生も知ってるでしょ」

 

 クラスでは担任だし、部活では監督やってるし。

 去年までは教室でどんな感じか話すことはあったけど、それ今年も必要ある?

 

「休み時間の様子までは分からないからな。まあお前が変わりないというなら心配していないが」

 

「なんで俺基準?」

 

「……無自覚か」

 

 何がよ。

 

「まあいい。無口でクールというのは周囲から見た評価だろう。お前から見た宮永はどうなんだ?」

 

「なんですか突然」

 

「考えてみれば見汐自身が宮永をどう捉えているか聞いたことがないと思ってな」

 

「はあ……」

 

 宮永ねぇ。

 からかえばいちいち反応するし、天然でたまに将来が心配になるくらい素直なとこもある。無口無表情の割に感情はまる分かりとかいう離れ業を持ってるところもポイント高い。あれはどういう原理なんだろうか。マジカル表情筋?

 まあとにかく内面の分かりやすさという点では俺の知り得る中でもトップクラスだ。裏表がない感じがして付き合いやすい。

 それになんだかんだ言っても気遣いできるというか、優しいと思う。ああいうのがもっと周囲に伝われば印象も変わってくるんじゃねーのかな。

 

「まあ総評すると面白くて楽しい奴です」

 

 そう説明すると鹿島先生はなんとも形容しがたい表情をしていた。どういう感情だとそんな顔になるんだ。

 おかげで男性役のタカラジェンヌのようなキリッと雰囲気が台無しである。

 

「……宮永が分かりやすい、か。そう言われると教師としても監督としても形無しだな」

 

「麻雀に比重傾き過ぎなんじゃないですか?まあ監督なんでしょうがないかもしれないですけど」

 

「返す言葉がないよ」

 

 そう言って鹿島先生はふっと笑った。

 そしてそのまま俺の方を向く。

 

「私の未熟さを教えてくれたお礼だ。見汐の進路について詳しくアドバイスをしてやろう」

 

 鹿島先生が取り出したのは例の思考時間ゼロで書いた俺の進路希望調査票だった。

 どうやら具体的な大学の名前を挙げなかったのがまずかったらしいな。

 

「……それお礼というか普通に教師としての仕事じゃん」

 

「よく言った。そこになおれ」

 

 もうなおってますけど、とは鹿島先生のプレッシャーを前にしては言えなかった。

 地雷踏んだっぽいなこれ。

 

 

 


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