隣の席のチャンピオン   作:晴貴

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24話 side宮永咲

 

 

「着いたじぇ~!」

 

 見渡す限りの人、人、人。校門から校舎に至るまでの道のりにたくさんの人が溢れている。一高校の文化祭だけでこの人だかりって、東京はすごいなぁ。

 そしてそんな人波に飛び込んでいこうとした優希ちゃんを京ちゃんが止める。

 

「勝手に行こうとするな!迷子になるぞ!」

 

「咲ちゃんじゃあるまいし大丈夫だじぇ」

 

「う……わ、私だってそう簡単に迷子になんて……」

 

 そう言いかけて、でも言葉尻がしぼんでしまう。そうだよね、いつも迷子になってるもんね、私……。

 方向音痴は治したいんだけどなぁ。

 

「まあ咲の手は和にしっかり握っておいてもらうとして」

 

「はい」

 

 部長に言われて和ちゃんが私の手を取る。

 高校生までになってここまでされなきゃいけない自分が情けない。

 

「それでまだ中には入りませんの?」

 

 きれいな金髪にお嬢様みたいな話し方。みたいなっていうか、本物のお嬢様だけど。

 龍門渕さんが肩にかかった髪を軽く払いながら部長にそう尋ねる。

 

「見汐君に『もう着くわよ』って連絡したら校門まで迎えに行くって言われたのよ」

 

「つまりここで待ってなきゃいけないわけか」

 

 井上さんが溜息をつきながら気怠げに呟く。確かに屋台とかを見て回るならともかく、炎天下の中でただ待っているだけなのはつらい。

 東京の暑さは長野の暑さとはまた一味違って、それにも慣れないから余計にそう感じちゃう。

 そんなことを考えていた時だった。

 

「待たせたな皆の衆」

 

 私達の集団に向かってそんな声が飛んできた。

 

「久しぶりね、見汐……く、ん……?」

 

「よく来たな。歓迎するぜ」

 

 そんな言葉と一緒にパン、という炸裂音。その正体はクラッカーだった。

 振り返った部長にテープが降り注いで引っかかる。それも原因の一つではあったけど、それ以上に見汐さんの出で立ちが私達を困惑させた。

 でも見汐さんは戸惑う私達なんてまるで意に介することもなく笑う。……たぶん、笑っていると思う。

 どうしてそんな不確かな言い方になるのかと言えば、その顔がマスクに覆われていて表情が読み取れないからだった。

 

「べ、ベイダー卿!?」

 

 いち早くリアクションを取ったのは京ちゃん。私はあまり詳しくないけど、それでも見汐さんらしき人がしている格好がダース・ベイダーだっていうのは分かる。暑そう。

 そんな見た目で散らばったクラッカーのテープや紙吹雪を回収する姿はシュールだった。一度面識のある私達ですら困惑して動けないんだから、完全な初対面になる龍門渕の人達はあっけに取られている。

 一応部長が「かなり自由そうな人」って説明してたけど、さすがにこれは予想外だよね……。

 そして見汐さんはそんな龍門渕の人達に食いついた。

 

「それで君達が龍門渕の麻雀部?」

 

「そ、そうですわ!(わたくし)は龍門渕透華。本日はお招きいただきありがとうございます」

 

「いえいえこちらこそ。よくいらっしゃって下さいました」

 

 ダース・ベイダーがサラリーマンみたいにペコペコお辞儀してるのって違和感すごいなぁ……。

 それから見汐さんはマスクを外して改めて自己紹介をする。

 

「というわけで俺が見汐太陽だ。よろしくな」

 

 そんな軽い自己紹介に、龍門渕の人達も口々に名前を名乗る。その中の一人、国広さんが率直な疑問を見汐さんにぶつけた。

 

「どうしてダース・ベイダー?」

 

「実行委員の企画でさ。校内にベイダー、スパイダーマン、貞子、ピカチュウがいて、全員と写真撮れば粗品贈呈すんの」

 

「……ピカチュウ?」

 

「そう。ピッカーってな。知らない?」

 

「いや、知ってるけどピカチュウがいるってどういうこと?」

 

「ああ、ただの着ぐるみだよ。作んの苦労したわ」

 

 自作なんだ。もしかしたら見汐さんが着ているダース・ベイダーの衣装もそうなのかもしれない。

 高校の文化祭ってこんなに力を入れるものだなんて知らなかった。

 そしてこんな感じであいさつを交わしていって、いよいよ最後は衣ちゃんの番。衣ちゃんはじっと見汐さんを見上げる。

 

「お前がひろあきなのか?」

 

「そうだぞ」

 

「宮永照と麻雀を打たせてくれると聞いた」

 

「おう。まあ宮永の妹がメインだけどな」

 

「構わぬ。衣は今日この日を心待ちにしていた。宮永照と遊べる機会を設けてくれたこと、甚謝(じんしゃ)の限りを尽くさせてもらおう」

 

「なんか仰々しいけど、要するに感謝してるってことか?」

 

「如何にも」

 

「なら受け取っとく。んじゃ早速行くか」

 

「も、もうですか……?」

 

「そりゃそのために来たんだし」

 

 そうなんだけど、こんなにいきなりだと心の準備が……。

 

「うぅ、緊張するよぉ……」

 

「大丈夫だって。別に取って食われるわけじゃないんだから」

 

 結構失礼なことを言いながら、ヘラヘラと笑う見汐さん。再びマスクを装着した見汐さんを先頭にして歩き出す。

 ……歩き出したんだけど。

 

「お、太陽!一つ買ってけよー!」

 

「せんぱーい!これ味見していきません?」

 

「ベイダーだ、ベイダー!すいません、写真いいっすか?」

 

 す、進まない……。見汐さんはちょっと歩くごとに声をかけられて、その全部に対応するから校舎に入るまでに三十分くらいかかっちゃった。というかどうしてこの学校の生徒はマスクをかぶってるのに見汐さんだって分かるんだろう……?

 そんなこんなで校舎に到着するころには私達の手の中には大量の食べ物が収まっていた。ほとんどが見汐さんに差し入れられたもので、全員でもすぐには食べきれない量になってしまっている。

 

「……ダメだ、限界!」

 

 そして校舎に入ってすぐ、見汐さんは唐突に声を上げるとマスクを外した。その顔には汗が滴っている。

 まあ真夏の日差しの下で長い間そんな格好してたらそうなるよね。

 

「あ、おい太陽。なんで脱いでんの?」

 

「暑すぎて無理。これお前にやるわ」

 

「そこはせめて実行委員の奴に渡せよ……」

 

 そして脱いだ途端、それを見とがめられる。同じ学校の生徒とはいえ見汐さんは知り合いが多すぎるような……。

 そんな私の疑問が解決されることはなく、本当にマスクとマントを通りがかりの人に押し付けた見汐さんは解放されたように背伸びをした。素顔を晒すだけで一気に都会の男子!という感じに変貌する。制服姿でさえ洗練された印象を受けるのはなんでだろう。

 そしてマスクを外した見汐さんはさらに声をかけられるようになる。その姿を見て、井上さんはしみじみと呟いた。

 

「すげー人気なんだな、あんた」

 

「友達が多いってだけで、人気なら宮永の方が全然上だぞ」

 

「そりゃ比べる相手が悪い。相手は全国レベルの有名人だろ」

 

「まあな。というか井上の方こそ人気ありそうじゃん?男よりかは女の方にモテそうな感じだけど」

 

 やっぱり宝塚的な雰囲気がなー、なんて言いながら見汐さんは井上さんを見てうんうんと頷く。これには少し……ううん、かなりびっくりした。

 そしてその衝撃は私達より龍門渕の人達の方がさらに大きい。

 

「……一つ聞きたいのですが」

 

「ん?」

 

「あなたは純が女性だとお思いで?」

 

 沢村さんが単刀直入に尋ねる。内容的にはかなりおかしな質問かもしれないけど、井上さんの性別を初対面で見極めるのは難しいと言わざるを得ない。

 百八十センチを超える長身にシャープで整った顔立ち。銀髪は短く整えられているし、女の子としては低めな声に一人称は“オレ”。

 ボーイッシュな井上さんを、外見的な要素で女性だと見抜ける人はまずいないって思ってたけど……。

 

「はあ?お思いでっていうか、女だろ井上は」

 

 あっけらかんとした、まるで疑問を感じる方がどうかしているとでも言いたげな反応。それは井上さんが女性だって、確信を持っているようだった。

 

「驚いたぞ、ひろあき。まさか純の正体を初見で見抜くとは!」

 

「正体て。確かに外見だけなら迷うかもしんないけど実際に会話までして性別間違えるほど失礼じゃねーよ」

 

「……敬意を込めて兄貴って呼ばせてもらうぜ」

 

「どんだけ男と間違えられてんだよお前。絶対その言動も原因の一つだと思うわ」

 

 一目で女性だと分かってもらえたことに感動したらしい井上さんが見汐さんを兄貴と呼び、それに対して見汐さんは呆れたような顔をした。

 兄貴……お兄ちゃん、か。私にはお姉ちゃんしかいないけど、お兄ちゃんがいたらこんな感じなのかな?上手くは言えないけど、見汐さんのことをお兄ちゃんって呼ぶのはしっくりくるような気がする。

 

 ……でも私が見汐さんをそう呼ぶってことは、お姉ちゃんと見汐さんが結婚するってことだよね。お姉ちゃんが結婚ってあんまりイメージできないけど……って、な、何考えてるんだろう私。

 見汐さんはただのクラスメイトだって言ってたし、別に付き合ってるわけじゃないんだからそれは飛躍し過ぎだよね。

 

「どうしたんじゃ?咲。さっきから暗い顔したり赤くなったり」

 

「ふえ!?ななな、なんでもないです!」

 

 染谷先輩が私の顔を覗き込む。それに驚いて思いっきりのけ反ってしまう。

 

「なんだ?まだ緊張してんの?」

 

「し、してますよ……」

 

「仕方ない。特別にこれを見せてやろう」

 

 隠してもしょうがないので本心を打ち明ける。

 すると見汐さんは私をちょいちょいと手招きした。なんだろうと思いながら近付くと、私にだけ見えるようにスマホを差し出す。そこに写し出されていた画像を見て、私は硬直した。

 だって、だって……!猫耳をつけたお姉ちゃんの写真だなんて予想外すぎるよ!

 

「あの、見汐さん……この写真は一体……?」

 

 そう聞いた私の声は衝撃で少し震えてたと思う。

 

「アイツの誕生日の記念にな。どうよ?この写メ」

 

「どうと言われても……お姉ちゃんがこういうのをつけるのは意外っていうか」

 

「まあそうだろうな。でも可愛いだろ?」

 

「あ、はい。それは間違いありません」

 

「で、こんなお姉ちゃんに今から会うわけだ。緊張なんてするだけムダムダ」

 

「見汐さん……」

 

 これは私を勇気づけてくれてるんだ。

 なんでこの人はここまでしてくれるんだろう?お姉ちゃんが私と麻雀で真剣勝負をしたいと思ってるからって、文化祭で企画を作って、長野まで私を誘いに来てくれて。私達の仲を取り持とうとしてくれている。

 

「あ、ちょい待って」

 

 そう言うと見汐さんは首だけを入れて教室の中を覗き込む。

 

「おーい、将」

 

「太陽?お前今実行委員の仕事中じゃねぇの?」

 

「お客様の案内でさ。ここに宮永いねぇよな?」

 

「宮永さんなら接客側(となり)だぞ」

 

「オッケー。皆こっちに入れ」

 

 見汐さんが私達を急かして教室の中に入れる。

 その中にはすごく簡易的なキッチンと、パーテーションで囲われたスペースがあった。私達は教室の三分の一くらいを占めるそのスペースに招き入れられる。

 そこにあったのは立派な雀卓だった。

 

「ここは?」

 

「VIP用ルーム……という名の隔離スペース。一応他のお客に見られないようにな」

 

「準備が良いですわね」

 

「そりゃまあ白糸台と清澄にとっては少なからずリスクがあることだし」

 

 四人掛けの雀卓と、その周囲にはイスがいくつか置いてあって座れるようになっている。

 打たない人もちゃんと観戦できるようになっているらしい。

 

「んじゃちょっと待っててくれ。宮永連れてくるから」

 

 そう言って、見汐さんがパーテーションで区切られた空間から出て行こうとする。

 私は咄嗟にその背中を呼び止めていた。

 

「あの、見汐さん」

 

「ん?」

 

「……どうしてここまでしてくれるんですか?」

 

 不信感を覚えているわけじゃない。ただ、単純な疑問。

 それを思い切って尋ねてみた

 

「あー、まあ理由はいくつかあるんだけどな。一番の理由としては“宮永をしっかり理解してくれる奴が一人でも多く増えてほしい”んだよ」

 

「お姉ちゃんを、理解してくれる人……」

 

「宮永はさ、学校……つーかクラスの連中からも特別視されてんだよ。高校麻雀二連覇のチャンピオンだし当然っちゃ当然だけど」

 

 そう言って見汐さんは少しだけ苦笑した。

 

「クールで完璧超人なチャンピオン。自分とは住む世界が違う人。そんな風に思われてる」

 

 そんな言葉に少しだけど心当たりがあった。

 お姉ちゃんは麻雀がすごく強いし、高校麻雀の全国大会でも優勝して、姉妹なのにすごく遠い存在に感じている。それは今もそうだった。お姉ちゃんと疎遠になって離れて暮らしているのも理由かもしれないけど……。

 

「でもな、宮永(アイツ)はそんな大それた人間じゃないんだよ。確かに麻雀は強いけどそれだけだ。それ以外は普通の、君達と何も変わんねぇ女子高生なわけ」

 

 麻雀が強いだけの普通の女子高生。

 見汐さんはそう言い切った。私はそれに、ううん、私以外の皆も開いた口が塞がらない。だってあのお姉ちゃんを、全国の凄く強い人達が打倒を目標にしているお姉ちゃんを普通の人だなんて……。

 見汐さんは絶句している私のことをじっと見つめると、こんな質問をしてきた。

 

「妹さんはアイツが好きな物って何か知ってる?」

 

「え?えーっと……」

 

 突然そんなことを言われてもぱっとは思いつかない。

 一緒に住んでた頃を思い出してみるけど、好きな物と聞かれてこれというものは出てこなかった。

 

「……やっぱり、麻雀ですか?」

 

「ここまで続けてるし好きではあるだろうけど。実はアイツ、お菓子と猫に目がない」

 

 お菓子と猫。とても普通で、でもお姉ちゃんには釣り合わないように思ってしまう。

 それくらい、私の中でお姉ちゃんは自分とは違う存在になってしまっているのかもしれない。

 見汐さんは柔らかく笑う。でもそれはどこか悲しそうに見えた。

 

「普通のことなのかもしれないけどさ、宮永は高校麻雀のチャンピオンって看板ありきで周りの人間には見られてる。確かにそれは間違ってないし否定することでもない。でもそれだけじゃないんだ。宮永照って人間が抱えてるのは麻雀以外のもんの方が多いし、重いんだよ。

 麻雀が宮永の全てじゃない。っていうかアイツの一部でしかない。けどチャンピオンって肩書きが大きすぎるからそればっかり注目されてんだ。だからその分、近くにいる奴にはアイツの、単なる宮永照としての部分を知ってほしいんだよ、俺は。我を忘れて猫と戯れたり、修学旅行先で迷子になってめちゃくちゃ焦ってたり、妹との関係に思い悩んだりする十七歳の女の子(みやながてる)をさ」

 

 聞いてるだけでこっちが恥ずかしくなりそうな告白。でも不思議とそんな気分にはならないで、すんなり聞き入れることができた。

 たぶんそれは、見汐さんが本気でそう思って行動しているからなんだと思う。この人は自分の言葉に一切の偽りもなくお姉ちゃんのことを想っているんだと理解できた。

 

「まあ麻雀は二人を繋ぐものなんだろうし大事にしていくべきだと思うけど、それ以外のものでもきっと繋がれるし分かり合えるよ。二人揃って不器用そうだけど、君と宮永は姉妹だからな。お節介ながら俺はそれを勝手に後押ししたいだけ」

 

 

 ――ただそれだけだよ。

 

 

 最後にそう言い残し、もう見慣れてしまったヘラヘラした笑みを浮かべて見汐さんは教室を出て行った。

 あそこまで真っ直ぐに誰かを思いやれるのが眩しくて、あんなにも大切に想われているお姉ちゃんが少しうらやましくて。そして何よりも、見汐さんが本当にお兄ちゃんだったら良かったのにな、なんて。

 廊下に消えた背中を見送って、私はそんな風に思った。

 

 

 


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