隣の席のチャンピオン 作:晴貴
「というわけでサッカー部の出し物はタコス屋に決定したぞ」
「何が“というわけで”なのかさっぱり分かんねぇんだけど……」
俺のクラスの隣、三年C組に所属するサッカー部部長……ああ、ついこの前引退したから元部長か。そんな肩書きを持つ森原ことモリシに文化祭実行委員として決定事項を通達する。ちなみにモリシは森原のあだ名だ。『もり』はら『し』んいち、略してモリシ。
俺からの報せを受けてモリシは困惑を隠さずその理由を尋ねてきた。
「つーかなんでタコス屋?」
「前に希望が重複してるからたぶん変更になるって言っといただろ?」
たこ焼きの希望を出したのは一年と二年から一クラスずつ、あとは水泳部とモリシが部長を務めていたサッカー部だ。その内希望が通ったのは高校で初めての文化祭になる一年と、
去年の経験がある二年生と、すでに西東京予選で敗退して三年生が引退しているサッカー部にシワ寄せが行くことになった。あとは場所の問題もある。
一年と二年、そして水泳部は校舎内の教室が割り当てられているが、サッカー部のスペースは校庭の一角。つまりは屋外だ。たこ焼きのような小規模なもの以外にもできるだろうという判断もある。
「そうだけどさ。まさかタコス屋になるとは思わねーじゃん」
まあな。俺も清澄の学食にタコスが売られてなきゃ思いつかなかった。
あそこの麻雀部員、片岡が美味そうにバクバク食ってるからそれが気になって興味本位で聞いてみたらまさかのタコス。あそこ公立校のくせにファンキーすぎんだろ。
「変わり種だけどその分目立つぜ。作り方や設備も凝ったもんは必要ないし、迷惑料として炭酸系の飲み物の使用許可はふんだくってきた」
「おお、マジか!」
「マジマジ。喫茶店やるとこ以外、出店で炭酸出せるのサッカー部だけだから。ほら、これ基本のレシピ」
事前に調理方法やお客への提供の仕方を調べて写真付きでまとめたレシピ帳を渡す。これを参考にするもよし、無視して独自のタコスを編み出すもよし。
結局申請通りにはならなかったし、まあこれくらいの融通はしてやってもいいだろ。申請の希望が通ってないところはどうしても作業が遅れがちになるからな。
「助かるぜ、
モリシは俺のことを『ひろあき』じゃなくて『たいよう』と呼ぶ。理由は言わずもがな、名前の漢字がそう読めるからだ。
入学したばかりの頃はほとんどの同級生が俺の名前を
今ではさすがに『ひろあき』が本名だってことは浸透してるけど、中には一年以上俺の名前が『たいよう』だと勘違いしたままの奴もいて、いきなり呼び方を変えるのも慣れないからそのままにしてる友達も多い。モリシもそんな中の一人だ。
「ま、持ちつ持たれつってことで頼むわ。んじゃ俺次行くから」
「おう」
モリシと別れ、C組の教室から出る。
その廊下はと言えば喧騒で溢れ、あちこちから様々な作業音が聞こえてくる。文化祭の本番まで二週間を切り、この時期になると通常授業が午前で切り上げられ、午後は丸々文化祭の準備に充てられる。そのため普段なら授業で静まり返っているこの時間帯も校舎内外問わず騒がしい。
こういう雰囲気っていいよな。祭りがやって来るぞ、って気分になってテンション上がるし。
その後も自分の受け持ち箇所をいくつか回り、所々で声をかけられては質問されたり作業をちょっと手伝ったりする。
おい二年、そのバカみたいにでかい装飾ゴテゴテの立て看板を置くのは良いけど建てつけはしっかりしとけよ。あと人が通る時の邪魔になるようなとこには設置しないように。
なんてお小言じみた注意を要所で挟んだりしつつ、最後は体育館のステージで看板製作に取りかかる。これは文化祭実行委員と美術部有志の仕事だ。ブルーシートの上に置かれた三メートル四方のベニヤ板それぞれに『白』『糸』『祭』の文字を書くわけだが、当然ゴシック書体だかなんかでただ書けばいい、とはいかない。
趣向を凝らし、彩鮮やかに、ちょっとしたイラストなんかを描き込んだりしながら仕上げるのだ。ちなみに俺はペンキの塗り専門を言い渡されている。
絵心ないからな。でも悔しいから細い筆にたっぷりと青いペンキを染み込ませ、隙だらけな委員長・政也の頬に思いっきり線を引く。
「てい」
「ちょ、太陽!?何すんだ!」
「カッとなってやった。今は反省している」
「反省するの早いな!?だが許さん!」
太陽は 逃げ出した!しかし 捕まってしまった!
首根っこを掴まれて潰れたような声が出る。
そうして捕獲された俺の頬には赤い
「何やってんの?アンタら……」
そこへ自分の仕事を終えてきたらしい中塚が現れ、俺と委員長の顔を交互に眺めて呆れたようにそう言った。
「いやー、根を詰めてばっかだと疲れるからこういう息抜きがあってもいいかなと」
「ふっふっふー、じゃあ私もやる!」
中塚の後ろにくっついて来た大星が筆に手を伸ばすも、しかしそれを後ろから抱きかかえられるように制止される。
犯人は美術部二年の女子二人組だ。
「あの人達は放っておいて淡ちゃんはこっちでやろうよ」
「そうそう!淡ちゃん絵を描くの上手いし、やってほしいところあるんだ」
「ね?お願い」
「もー、しかたないなぁ。私がバッチリやってあげちゃうよ!」
アイツ、ちょろいなぁ。頼りにされると張りきっちゃう辺りは子どもより子どもらしい。
けどまあ仲良くやれてるようで何よりだ。あの様子だと美術部の二人にも気を許してるみたいだし、中塚があれこれ取り持ってくれたおかげだな。
先輩に対するタメ口は治ってねぇけど。あれはもう大星の個性だと考えるしかないのかもしれん。
「ねえ見汐」
「なんだ?」
「アンタ、淡を見る目が我が子の成長を見守る父親みたいになってるよ」
「バカな、それは弘世の役目のはず……」
「何言ってんの?大体、父親がアンタなら母親は宮永さんでしょ」
「……」
「あれ、否定しないんだ?」
「突拍子もないこと言われて脳が処理落ちしたんだよ」
冗談じゃなく、割と本気で。
「ああ、見汐の頭はバグってるもんね。じゃなきゃあれで宮永さんと付き合ってないとか意味分かんないこと言わないだろうし」
中塚からの当たりがキツい。俺なんかしたっけ……って考えるまでもなく面倒な頼み事してたな。
にしたってそれだけでコイツが不機嫌になるのはらしくないような気もするが。
「なんかあったのか?」
「……最近、淡と一緒にいることが多くなったからさ」
ああ、アイツ委員会活動の時は俺か中塚の傍にいることがほとんどだしな。
「で、それがどうした?」
「淡の話題が見汐と宮永さんに偏ってんの。アンタ達の惚気具合を間接的に聞かされる身にもなりなさいよ」
「何やってんだ大星の奴……」
そもそも俺と宮永がいつ惚気たって?
確かに最近は一緒に登下校してたりほぼ毎日弁当作ってもらってたりするけど、人前で見せつけるようなことはしてない。この間ソファーで宮永と手を繋いだまま二人して居眠りしてたところを妹に発見されて問い詰められたりはしたが、さすがに沙奈―大星のラインはできてないだろう。
「いかにも意外そうにしてるけど、正直最近のアンタ達の距離感見てると淡から色々聞かされてなくても胸焼けしそうだからね?」
「距離感だぁ?」
「……まさかあれ無意識でやってんの?」
あれってどれよ?何もやった覚えがないから皆目見当がつかない。
俺がマジで首を傾げていることを悟ったらしい中塚は、これ見よがしに大きなため息を吐き出した。
「あたしは見汐とクラス違うけどさ、アンタを見かけると大抵隣には宮永さんがいるわけ」
「偶然だろ?」
「んなわけないでしょーが」
言いつつ、中塚が俺の方へ踏み出してきた。間合いが近すぎて中塚は視線を合わせるために俺を見上げる形になる。
さすがにこれは気まずい。
「どう?この距離」
「近いな」
「そうね。そしてこれが普段の見汐と宮永さんの距離。自覚してる?」
俺の返答を待たず中塚が一歩下がる。それがお互いにとって適切なパーソナルスペース。
けれど言われて気付く。ああ、確かに宮永との距離感はもっと近い。数字にすればたぶん十五センチくらいか。
「彼氏彼女だって学校でそんなにベタベタしないわよ。で、付き合ってもいない二人の関係はなんなわけ?って考えたらもう夫婦でいいかなって」
「よくねーわ。すっ飛ばしすぎだろ」
主に論理とか、宮永の気持ちとか。
というか、やっぱり中塚がおかしいな。元々面倒見はいい奴だが、ここまで突っ込んだことを言うのはかなり珍しい。仮に何らかの理由で俺と宮永の関係性にやきもきしていたとしてもこんな痛烈に苦言を呈すとは思えないんだけど。
何が中塚をこうさせるのか。少しばかり考えてみてもあまり有力な説が思い浮かばない。コイツに彼氏がいなけりゃ「まさか俺のことが……?」的な発想もあったけど、そういう理由でもなさそうだ。
「……とりあえずペンキが乾く前に顔洗ってくるわ」
「……落としにくくなる前にそうした方がいいわね」
「おー。政也も行こうぜ」
結局微妙な空気になり、この話はとりあえずここまでと暗黙の了解を交わして終了になった。
政也と連れ立って体育館の外にある水飲み場に向かう。そんな俺の耳は、中塚が何事か呟いたのを捉えた。だが内容までは聞き取れず、それを聞き返す気にも今はなれなかった。
オリキャラ2
白糸台高校三年D組の生徒で文化祭実行委員
11話で一度登場済み