隣の席のチャンピオン 作:晴貴
家に帰った俺を待ち受けていたのは満面の笑顔を浮かべた沙奈だった。
やはり宮永とグル……いや、コイツが企んでわざと黙っていただけか。宮永が沙奈に対して口止めするとは思えないしな。
「ふふふふふ。お兄ちゃん、今日のお昼はどうだったかな?」
とりあえず脳天に拳骨を食らわせた。コツンって感じの軽めな一撃だが。
「あたっ!」
「いいドッキリだったぞ」
「じゃあなんでぶつの!?」
「いいドッキリだったからだ」
言いつつ、ぶーたれる沙奈に持っていた袋を手渡す。
「何これ?」
「アイス。好きなの食っていいぞ」
「お兄ちゃん大好き!」
「はいはい」
袋を抱えたままリビングに消えていった。我が妹ながら単純で助かるぜ。
沙奈が俺に情報を流さなかったせいで朝から面食らったわけだが、ぶっちゃけあのサプライズに悪い気は全然しなかった。むしろ嬉しかったと言える。
まあそんなこと宮永にはもちろん沙奈にだって言わないけど。アイツは俺と宮永をくっつけようとしてる節がある。もし明日以降も宮永に弁当を作ってもらうことになった、なんてバレたら全力で食いつかれるのは目に見えている。めんどくさいこと請け合いだ。
つーかそれ以前に同級生に弁当を作ってもらうとかなんかアレな感じがしてわざわざ言う気も起きない。
そんな感じで色々あった宮永手作り弁当事件の翌日。事件はまだ終わっていなかった。
俺は確かに思った。弁当を渡すならもっと人目のないところでしてくれよ、と。思ったよ?思ったけどさ。
「おはよう、見汐君」
さすがに朝から家に来るのは予想外だったわ。
朝の七時半過ぎ。インターフォンが鳴ったので沙奈に対応させたらなんとも形容しがたい悲鳴っぽい声が聞こえた。何事かと思って見てみればインターフォンのカメラに宮永が映っていました、というわけである。
驚きであまり反応できなかった。あと沙奈はいい加減慣れろよ、宮永に。来ると分かってる時ですら未だにそわそわしてるからな。
「……よう。どうした?」
「これ」
そう言って宮永が差し出してきたのは昨日と同じ包みの弁当だった。
「おお、サンキュ。わざわざ悪いな」
「ううん。昨日教室で渡したら目立っちゃったから」
「宮永も気付いてはいたんだな」
「なんとなく」
あの熱視線でなんとなくかい。
じゃあ今リビングの扉の隙間から沙奈が目を輝かせて俺達を覗き見てることには気付いてないんじゃねぇの。
昨日のはフラグだったらしいな。これで沙奈にはバレたが、裏を返せば隠す必要性が無くなったと言えなくもない。
「俺まだ朝飯の途中だからちょっと上がって待っててくれ」
「いいの?」
「ここまでしてもらって先に行かせるとかねーわ。学校一緒に行こうぜ」
「うん」
「朝飯は?」
「もう食べてきた」
「そうか。まあお茶くらいは出すぜ」
「ありがとう」
「コーヒーでも紅茶でもいいですよっ!」
せめて宮永が入ってくるまで待ってろよ。てか家にある紅茶ってパックのしかねぇけど。
「おはよう、沙奈ちゃん」
「おはようございます、照さん!ささ、こちらへどうぞ」
コイツいつか宮永のことを「先生」とか呼び出しそうだな。
まあ宮永がプロの雀士になればそう呼ばれても違和感ないけど。宮永先生、か。
白のブラウスにタイトスカート。リムフレームのメガネに
プロになったらそういうスタイルで売り出すのもありだな。世のドM野郎共に人気でそうだし。
「見汐君、変なこと考えてる?」
「まさか。俺は将来のビジネスモデルをだな……」
「お兄ちゃんが訳分からないこと言いだした時は大抵下らないこと考えてますから注意してくださいね?」
「うん、知ってる」
「お前ら最近徒党を組んでるよな」
おかげで宮永と沙奈が揃っていると俺が不利な目に遭うパターンが増えてきている。
そんなことを思いつつ、沙奈と戯れる宮永を眺めながら俺は朝飯をかき込んだ。
この日を境に、宮永が朝俺の家に来て弁当を渡し、そのまま沙奈も含めた三人で登校する、ということが続くようになった。人間は慣れる生き物だとよく言われる通り、一週間も続けば習慣になるもので、気付いた時にはそれもまた俺の日常の一つになっていた。
そんな感じで宮永との関係も少しずつ変わってきたことを実感し出した六月の下旬頃。未だに梅雨が明けずすっきりしない天気が続いていたその日、宮永のところに大星が泣きついてきた。
「テルー!勉強教えてー!」
放課後の教室に飛び込んできた大星はいきなりそう言った。すでに半泣きである。
大星の悩みは、なんというか悲しいほどに予想できていた感じのものだった。
宮永が大星をあやしながらどうしたのかと話を聞き出す。要点をまとめると『期末テストが二週間後にあること、赤点を取ると補習に参加させられ、その日程が東京都予選の日程と被っていることをさっき知った。五月のテストでは赤点が四つあって、今回の期末は科目も増えるからもっとヤバい』ってことらしい。
「普段から勉強しとかないのが悪い」
「正論だが容赦ないな……」
話の途中で宮永を迎えに来た弘世がそんな言葉を漏らす。
「だってー……」
普段張り合っている元気が嘘のように影を潜めてぐすぐすと鼻を鳴らす大星。宮永はそんな大星の頭をずっとよしよしと撫でている。
なんか家で白夏と遊んでいる姿と重なって見えるな。
「淡、どれが分からないの?」
「全部だよ~!」
「弘世、予選は大星抜きだ。まあ補習を受けても全国には間に合うから大丈夫だろ」
「頭が痛い……」
部長って大変なんだな。
大星はこんなバカっぽくても大将だっつーし、予選とはいえ大将が欠場ってやっぱりヤバいのかね。
「先鋒の宮永が全試合で相手を飛ばしちまえば大将まで回らんし大星不在でもなんとかなるんじゃねーの?」
「できなくはないけど、そうすると菫達の初戦が全国になる。それは避けた方がいい」
「なるほど。つーかできちゃうのかよ」
さらっと恐ろしいことを言いよる。さすがチャンピオン、格が違った。
「だから淡にはなんとか赤点を回避してもらう」
「ああ、無理でもなんでもな」
宮永と弘世から気炎が立ち昇る。前門の
強く生きろよ大星。
俺は自然な感じでフェードアウトしようと試みたが、ガシッと右腕を捕まれる。その犯人は宮永だった。
「……宮永さん?」
「協力してほしい」
「大星の勉強をか?お前ら二人だけでも大丈夫そうだけどな」
「理数系は私や菫より見汐君の方が得意。だから、お願い。……ダメ?」
宮永の瞳はいつもながらの無表情だ。しかしそれは表向きであって、俺は宮永が妹との決着をつけるためにどれだけの意気込みで高校最後の大会に挑もうとしているのかを知っている。
万に一つも予選で敗退となる可能性は排除したいのは分かる。
それになんだかんだで後輩の面倒見もいい宮永のことだ。大星をしっかり大将として戦わせてやりたいという想いもあるんだろう。
そこまで分かっていて、さらには日頃から弁当だのなんだの世話を焼かれている身である。宮永の頼みを断る、という選択が俺の中に存在しているはずもない。
しかたない……とは言わないでおくか。
「明日のおかずはハンバーグな」
「うん。ちゃんと目玉焼きものせる」
食に関しては俺の好みを完全に把握しつつある宮永。
こうして俺は大星の赤点を回避させるための勉強会に参加することになった。