隣の席のチャンピオン 作:晴貴
「照、少しいいか?」
部活中、そう声をかけてきたのは菫だった。少し外そうと誘われたので誰もいないベランダまで出る。
六月の夕暮れ。吹く風は体にまとわりつくようにジトッとしていて、お世辞にも気持ちのいいものではない。梅雨明けはまだ遠く、しばらくこんな気候が続くかと思うと少し気が滅入る。
部室にクーラーを設置してくれたりすればまた違うけれど。
「それでどうかしたの?」
この時期だしそろそろ始まる対抗試合についてだろうか。
白糸台高校の麻雀部には五人一組のチームがいくつか存在する。そのチームには各コンセプトがあって私や菫のチームは攻撃特化型。
そういったチームが対戦し勝ち上がったところが夏の予選大会に出場できる。春の大会は私達のチームが勝ったからレギュラーとして出場したけど、部内の競争で負ければ夏は出られない可能性もある。
だから真剣に、本気で勝ちに行かなきゃいけない。
「息抜きのついでさ。そこまで身構えるような話題じゃない」
「そう」
「ああいや、でも照にとってはそうでもないのか?」
「どういうこと?」
菫は咳払いをすると私の目を覗き込む。そしてこう言った。
「照、お前は見汐のことをどう思っているんだ?」
「どうって?」
「アイツのことが好きなのかどうかって話だよ」
好き、というのは異性として、という意味だろう。話の流れでそれくらいは分かる。
分かるけど、好きかどうかその核心はまだ分からない。嫌いじゃないのは間違いないけど。絶対に。
「……どうしてそんなことを聞くの?」
「照のところには行っていないようだけど私のところへ聞きに来る一年は多いんだよ。『見汐先輩と宮永先輩は付き合ってるんですか?』ってな。最近は特に多い」
「私と見汐君はそういう関係じゃない」
「そんなことは承知しているがそれは今の話であってこれからもそうだとは限らないだろう。というかな、お前今日アイツに弁当を作ってきたそうじゃないか。憎からず思っている相手じゃなければそんなことはしないんじゃないか?」
「それは……」
あのお弁当は日頃のお礼を兼ねたもの。
でも菫の言う通り、お礼だけならそこまですることはないかもしれない。少なくとも連日お弁当を作るなんて申し出は見汐君以外にはしないと思う。それは私が見汐君のことを好きだから、なのだろうか。
「別に後輩からの質問が煩わしいとかじゃない。しかしお前達が付き合っていないと私が断言すれば見汐にちょっかいをかけそうなのがちらほらいるんだ。お茶を濁すにも限界はある」
「……恋愛は自由。後輩の子達に気を遣わせる必要は――」
「馬鹿者」
ない、という言葉尻は菫にかき消された。
「確かにそれは正論かもしれない。だが仮に見汐に彼女ができたとして照はなんともないか?何も思うところはないと言えるか?」
「……」
そう問い質されて、私は返事をすることができなかった。
この前、淡が部活に遅れたのは見汐君と話をしていたからだと聞いた。見汐君も淡にねだられてパフェをごちそうしたと言っていた。
そんな二人の光景を想像して心がざわついたのはまぎれもない事実。
あの時の羨望とも嫉妬ともつかない感情は、これまで感じたことのないものだった。
「私は麻雀部の部長だ。問題が部に関するものであれば照でも後輩でも公平に判断するつもりでいる。だが恋愛についてなら話が違う。もし見汐が誰かとくっつくことで照が傷付くというなら、私は徹頭徹尾お前の味方だよ。それが麻雀部の部長ではなく、宮永照の友人としての私の気持ちだ」
「菫……」
「まあ人にはそれぞれのペースがあるし焦らせるつもりはないが、だからと言って長引かせてもいいことはないと思ってな。特にお前達はお互いに鈍感で関係が進展しそうにないし」
「……否定はしない」
高校三年生にもなってお付き合いはおろか未だに初恋すら経験していない自分が恋愛に聡いはずもない。
恋愛も、それ以前に他人との対話すらも避けて私は麻雀に打ち込んできた。それはある意味でコミュニケーションからの逃げだった。
そのツケが今、私の胸の中のもやもやとした想いとして現れているのかもしれない。
「しかしなぜ見汐がモテるのか私には不思議でならないんだがなぁ」
「そんなことないと思うけど」
「そうか?まあ確かに顔は良い方の部類だが」
「それだけじゃない。見汐君は頼りになる人だから」
気難しいところのある淡がすぐに懐いたのがいい証拠だと思う。面倒見がいいお兄ちゃん気質は、特に年下からすれば魅力的なはずだ。
藤井さんも言っていたし、
……人気なのかな、やっぱり。
「菫」
「なんだ?」
「さっきのもし見汐君に彼女ができたらって質問だけど、たぶん平気じゃない……と思う」
「たぶん止まりか。まあそう言えるだけ進展しているのか?」
「こんな風に思うのは、私が見汐君のこと好きだからなのかな?」
「その答えばかりは自分で出すしかない。もっと見汐と、そして自分の気持ちと向き合ってみるといい」
「……うん」
人と、そして自分と向き合う。それは私自身これからの自分がやらなければいけないと考えていたこと。
それができれば私は……。
「さあ、そろそろ戻ろう。女子高生らしい恋バナも悪くはないが、私達にはやらなければいけないことがある」
「そうだね」
菫は笑みを浮かべながら部室の中に戻っていく。
その背中に向けて、私は小さな声で「ありがとう」と呟いた。
イケメンな菫が書きたかった。