隣の席のチャンピオン   作:晴貴

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12話 side見汐太陽

 

 

 朝っぱらからクラスメイト達の面前で宮永の手作り弁当を頂戴して数時間。現在時刻は昼の十二時を少し回ったところである。

 あと十分ほどで四限目の授業が終わり待望の昼休みを迎える。

 

 しかし待望しているのは俺ではなくクラスメイト達の方だ。俺が宮永の弁当を前にどんな対応を見せるのか、出歯亀根性丸出しで待ち侘びている感がさっきから漂っているのを肌で感じる。

 お前らどんだけ気になってんだよ。

 

 当事者の一人であるはずの宮永はそんなクラスの空気など微塵も察していないようないつもの無表情で黒板と向き合っている。今ばかりはその肝の座り具合を見習いたい。

 まあコイツの場合はちょっとズレてるせいもあるんだろうけど。

 そんなことを考えている内に時間は刻一刻と進んでいく。授業終了までは残り三分だ。

 

 もう逃げ場はない。いやまあ元から逃げるようなもんでもない気もするが。

 宮永のことだ、この弁当に込められている意味もお礼であってそれ以上や以下のことはないだろう。例の後輩ちゃんから告白された時に俺のアドバイスのおかげでどうこう言ってたからな。

 アドバイスってほどのものをしたつもりは毛頭ないけど、それをどう判断するかは宮永次第だ。その結果として宮永は俺に感謝して、お礼に弁当を作ってきてくれたわけだ。

 

 そんなバックボーンを知らないクラスメイトからすれば「なぜか宮永さんが見汐に弁当を作ってきた」という驚きがあり、そこから「まさか二人は付き合っているんじゃ?」という面白半分の邪推に発展している。一部からは嫉妬も混ざってそうだけどな。

 だがしかし、それは言うまでもなく勘違いだ。

 

 確かに最近宮永は休日になると俺の家に来て白夏と戯れるついでに自分家で作ってきた料理をおすそ分けしてってくれるし、この間の日曜なんか外出先から帰ってきたらなぜか俺の部屋のベッドに寄りかかるようにして眠っていた。

 なんでそうなったのかと聞けば沙奈と二人で家の中を掃除し、最後に天日干しをしていた俺のベッドの掛け布団を取り込んだところでちょうどいい疲労感に負けてつい居眠りしてしまったらしい。

 

 ……改めて考えてみると俺宮永の世話になりっぱなしだな。頭上がんねーじゃん

 さしずめ宮永大明神様ってところか。

 祀ったら連続和了の加護とかありそう、なんてクソどうでもいいことを考えているとついに四限目の授業が終わった。

 日直が終了の号令をかけて教師が退出すると教室が一気に騒がしくなる。その中にこっちの様子を窺っている気配があるような気がしないでもなくない。正直気配とか分からんし、まあたぶんいるんじゃない?程度の勘だけど。

 

 さて、ここはどう動くべきか。

 ぶっちゃけこの空気の中で弁当をつつくのは気が進まない。宮永が作ってくれたわけだししっかり味わって食えるところに行くとしよう。

 そう思い立った俺の隣では宮永が自分の弁当を広げようとしていた。

 

 マジかお前。本当に周囲の空気なんぞお構いなしだな。

 とはいえ本人が気にしなくとも俺が離脱して宮永だけここに残ればコイツが好奇の視線を浴びせられる恐れがある。

 

「なあ宮永」

 

「なに?」

 

「お前昼飯は誰かと食う予定でもあるのか?」

 

「特にない」

 

「なら外で食おうぜ」

 

 好都合なことに今日の宮永はぼっち飯の予定らしいので俺の方から誘う。その一言に周りが色めき立った。

 これはこれで注目を集めるが、それを全部俺が引き受ければノープロブレムだろう。

 どうせこのクラスで宮永本人に真相を直撃するほど物怖じしない生徒はいない。聞きたい奴は全部俺の方に流れてくるだろう。

 

 で、俺はそれを片っ端から否定してやればいい。面白がってるだけの奴がほとんどだろうからつまらない返答をくり返されればすぐに飽きるはずだ。

 わざと勘違いをさせたままにしておいていざと言う時にそれを利用してやろうかとも考えたが、これは俺だけの問題じゃなくて宮永の問題でもある。

 

 夏のインハイ予選まで約一ヵ月。麻雀に集中したいだろうこの時期に宮永に余計な負担をかけるのもあれだしな。

 本人はそんなもんまるで意に介さないかもしれないが、妹との直接対決ができるように万全を期してやるに越したことはない。それが宮永の人生を左右する大きな分岐点になりかねないみたいだからなぁ。

 

「うん」

 

「おーっし、じゃあ行こうぜ」

 

 了承を得たので宮永を連れ立って教室から脱出する。俺達がいなくなってすぐに教室内のざわめきが一段と大きくなった。

 これでアイツらの勘違いは加速したかもしれん。期待するだけムダだけどな!

 内心でそう強がりつつ宮永とやってきたのは屋上だ。

 全面コンクリートの床にところどころ錆びた金網のフェンス。ベンチの一つもない殺風景な光景のせいかあまり人気のあるスポットじゃなかったりする。今も先客は誰もいない。

 

「どうして屋上に?」

 

「人が少ないからな。ここの方が落ち着ける」

 

「……そう」

 

「まあ何はともあれ飯にしようぜ」

 

 金網を背にしてどかっと座る。宮永はそんな俺の隣に、三十センチ四方ほどの敷物を敷いてから腰かけた。

 

「お前いつもそんなもの持ち歩いてんの?」

 

「一応、制服が汚れないように。見汐君も使う?」

 

「いらんいらん」

 

 てか自分用以外のも持ってんのかよ。宮永って何気に女子力高いよな。

 料理を始めに家事全般できるし、細かい気配りもできるし、よく見れば動作や作法なんかも洗練されてるような気がする。育ちの違いというとあれだけど、親の躾の賜物ってやつかもな。

 沙奈や大星は宮永を見習った方がいいんじゃねぇの?

 

「はい」

 

「お、ありがと」

 

 宮永にお茶らしきものが注がれた水筒のフタを渡される。

 そーいや飲み物買ってくんの忘れてたな。

 

「って宮永はどうすんだ?」

 

 その質問に宮永が固まる。しばし考えた後、宮永はこう答えた。

 

「一緒に使う?」

 

「なんで疑問形なんだよ」

 

 まあ持ち上げた途端に天然っぷりを炸裂させるところは宮永らしいと言えなくもないが。

 

「……ダメ?」

 

「ダメっていうか、お前がいいならいいけどさ……」

 

「気にしないから大丈夫」

 

 それはそれで乙女として大丈夫じゃないような気もするが深く考えないでおくことにした。

 二人の間に水筒とそのフタを置いて包みから弁当を取り出す。二段になっている弁当箱だった。

 その中身は下の段がふりかけのかかったご飯。上の段はおかずになっているが、卵焼きとミニトマトしか分からん。

 

「なあ、こいつらはなんだ?」

 

「豚肉とブロッコリーを黒酢タレで炒めたのと、小松菜のからし和え」

 

「渋いなおい。あ、でも美味いわ」

 

「体にもいいからちゃんと食べてね」

 

「余裕で完食するから安心しろ」

 

 相変わらずのオカン目線だが、宮永の料理の腕前も本当に大したもんだよな。女子高生が弁当のおかずに黒酢タレやらからし和えをチョイスするかね。

 手間暇がかかってるのか手軽にさっと作れるものなのかも判断できないけど、普段からしっかり料理してないとこういうのは作れないだろうな。

 感心しつつ俺の箸は止まらず、ものの十分ほどで食べ終わってしまった。

 

「ごちそうさま」

 

「お粗末様でした」

 

 そう言った宮永は自分の弁当をまだ半分ほどしか食べ終わっていない。まあ食ってる最中もこっちをチラ見してたからな。

 美味いってのは本心からだったけどやっぱり反応が気になるのかね。

 

「どこがお粗末なんだよ。マジで美味かった。ああ、弁当箱(コレ)は洗って返すな」

 

「いい」

 

「いやでもな、ただ食わしてもらうだけってのも……」

 

「いい。それは明日も使うから」

 

「明日も?」

 

「見汐君、しばらくお弁当ないって言ってたから」

 

 えーっと、それはつまり今日だけじゃなくて明日、さらには明後日以降も弁当を作ってくれるってことか?

 そこまでされる覚えはないんだけど。

 

「さすがにそれはどうよ」

 

「……迷惑?」

 

「逆だ逆。そこまでしてもらうのは心苦しいんだって」

 

「平気。私がしたいからやるだけ」

 

 コイツそんなに料理好きだったの?万が一プロ雀士にならないならそっちの道も将来的にはありかもな。

 案外料亭の女将とか似合うかもしれん。

『料亭みやなが』……ありだな。

 

 そんなずれた思考に走っている間にも宮永は俺を見つめている。その瞳に映る意思は固かった。

 宮永が麻雀以外でここまで気合を出すのも珍しい。まあ本人がやりたいっていうなら得しかしない俺が断る理由はないわけで。

 

「……じゃあ頼む。ただし宮永の負担にならない範囲でな」

 

「うん。任せて」

 

 それが俺の出した落としどころだった。まあ九割方押し込まれた形だけど。

 宮永の意思を尊重した、という言い訳ぐらいしか立たない俺は悪くない。宮永の弁当が美味いのが悪い。

 

 

 


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