流石にこれはタイトル詐欺……かな…?
俺の暮らす街には子供のころからこんな噂があった。
それは、好きな人の名前を書いた紙を写真と一緒に持ったまま5日間過ごすと、6日目にその人との恋が成就するというおまじないだった。
小学校時代、クラスの女子の間で一時試した子が大勢いたそうだが、そのあと落ち込んだ彼女たちの姿を見るあたり効果はまあご愁傷さまといったとこだろう。
そんな俺も20代の社会人になった今、このおまじないを試そうとしている。
それは自分にも好きになった相手がいたからだ。
しかしそれは現実の女子にではない。 俺が好きになったのは艦隊これくしょんというゲームのキャラ、赤城だ。
我ながら2次元の女の子を好きになるとかどうかしていると思われても仕方ない。 自分でもどうかと思うが、好きになってしまったもの仕方がない。
彼女を好きになったのは外見がタイプだったというのもあるが、それ以上に海域攻略に奮闘した、開発で必要な装備を作ってくれたなど、ゲームを通じて色んな思い入れがあったからだ。
とはいえ、流石にゲームのキャラと恋仲になれるわけがない。 それは分かっていたが、せっかくだし気分だけでも味わえればと思い、このおまじないをやってみることにした。
おまじないを始めて1日目。
仕事を終えて自宅に帰ってきた俺はいつものように艦これをやっていた。
毎日更新されるデイリー任務を消化し、旗艦を務める赤城がMVPをとるたび俺は歓喜の声を上げた。
「よし、やった! さっすが赤城だ」
あまり大声で騒ぎすぎたせいか、そのあとお隣から叱られたのはご愛嬌。 これもアパートで独り暮らししてるがゆえの宿命だろう…
気が付くと、もう時計の針は12時に差し掛かろうとしていた。
「やべっ、もうこんな時間か。 そろそろ寝ないとな」
俺はノートパソコンの電源を落とすため艦これのウィンドウを切ろうとカーソルを右上に合わせる。 その時、画面の中の赤城と目が合い「また明日な」と声をかけていた。
気恥ずかしさを感じ急いでシャットダウンを押した。
電源が切れ、画面が黒くなっていく。
その瞬間、かすかに画面から何かが聞こえてきた。
『……おやすみなさい。 提督…』
2日目。
この日も俺は艦これに没頭し、大好きな赤城が活躍を見せるたびテンションが上がっていった。
特にこの日は新しい海域を開放するための出撃で、赤城が敵の旗艦を撃破したときはリアルで「よっしゃー!!」と声を上げていた。 余談だが、この日はお隣は出かけて不在だったので苦情は来なかった。
「やっぱ赤城は凄いな。 さすが我が艦隊のエースだ」
新しい海域が開放されたのを見て、俺は嬉しげに画面に映る赤城に目をやった。
画面越しに映る彼女はいつものように微笑んでおり、自ずと俺も笑顔になる。
今日もすっかり時間が遅くなったし、今日はこの辺で切り上げようかと電源を落とそうとした時だった。
『…もう提督ったら。 そんなに褒めても何も出ませんよ』
突然俺の部屋に聞こえてきた声。
驚きのあまり俺は辺りを見渡すが、だれもいない。
当然といえば当然だ。 何せ、この部屋には俺意外誰もいないんだから。
おまけにさっきの声は俺の目の前にあるパソコンから聞こえてきたし、その声には聞き覚えがある。
何故ならさっき聞こえてきた声は目の前に映る艦娘、赤城の声と瓜二つだったからだ。
その瞬間、俺の中であり得ない予想が浮かんだ。
普通だったら考えられないが、他に原因も思いつかない。
俺は思い切って、パソコンに映る画面に声をかけてみた。
「もしかして、今の声…… お前なのか、赤城…?」
『はい。 そうですよ、提督』
その途端、俺は驚きのあまり盛大に背中を打ち付けた。
俺の質問に答えたのは紛れもなく、画面に映る赤城からだった。
常識では考えられない現象。 しかし今起きているのは紛れもない事実。
その突然の出来事に俺は開いた口がふさがらなかった。
「なぜだ…? 一体、どうしてこんな事が…!?」
『…きっと、提督が行っているおまじないのおかげですよ』
赤城の言葉に、俺は慌ててポケットに手を突っ込んだ。
そうだ。 俺は一昨日恋が成就するというおまじないを試すため、赤城の写真と名前が入った巾着をずっとポケットにしまっていたんだ。
ポケットをまさぐると、それは確かにあった。
無くさないようしっかりと、巾着の中におまじないのための写真が入っていたのであった。
「そんな、まさか…!? このおまじないが、こんなことを引き起こすなんて…!」
『そうですね。 私も正直驚いていますが、そのおかげで私はこうして提督とお話ができるんですから、内心嬉しくも思っています』
「赤城… お前……」
『…ひょっとして、提督は嫌でしたか?』
画面の表情は変わらないものの、どこか悲し気に聞こえる赤城の声。
その声に、俺ははっきりと答えていた。
「そんな訳ないだろ。 俺もこうしてお前と話せて嬉しいよ、赤城」
『提督……』
それは嘘偽りのない俺の本音だった。
オカルトみたいな超常現象だろうと、こうして思いを寄せる赤城と話ができる。 俺にとってもこれほど嬉しいことはなかった。
俺は画面に映る赤城に視線を向ける。 画面越しに映る赤城の姿はいつもと変わらないが、心なしかその時の表情はどこか嬉しそうに見えた。
それから、3日目と4日目はほとんどが画面越しで俺と赤城は会話に華を咲かせていた。
ある時は俺が初めて赤城と邂逅したこと。
またある時は初めての沖ノ島海域で攻略に苦戦したこと。
それ以外にも俺の日常であった出来事や、好きな食べ物や異性のタイプについても話をした。
食べ物の話では、近くに美味しいラーメン屋があると話すと『わあ、良いですね~! 私も食べに行きたいですよ、もー!!』と悔しげに嘆いたこともあるし、好きな異性のタイプで胸の大きい子が好みって口を滑らしたら『…提督って、もしかして私より加賀さんの方が好みなんですか……?』とむくれてしまったこともあった。 まあ、そのあと俺がどれだけ赤城の事が好きなのか必死に説明してどうにか機嫌を直してもらったが…
それでも、俺にとって赤城との会話は楽しくて、赤城もまた画面の向こうで鎮守府の皆が何をしていたか楽しげに話してくれていた。
5日目。 この日は俺にとって大事な決断の日だった。
いつものように出撃から帰還し、補給を終える赤城。 画面越しにお礼を言う彼女に、俺は緊張で高鳴る旨を抑えながら言う。
「あ、赤城… ちょっといいか?」
『はいっ? なんでしょう、提督』
「帰還したばかりで疲れているところすまないが、ちょっと執務室で待っててくれないか? 話があるんだ」
『はい、私は構いませんよ』
「あ、ありがとう…」
俺は赤城に礼を言うと、アイテム画面を開きそこにある物を確認する。
しっかりと確認を終えた俺は、改修画面から画面に映る赤城へとそれを送った。
『えっ、提督…!? ここ、これって……!!』
「ああ、そうだ。 話とはこれの事だよ」
画面越しに聞こえる赤城の驚きの声。
俺が改修画面から送ったのは、ケッコンカッコカリに使用されるあの指輪だったのだ。
『これを私に……!? あの、提督! 本当によろしいのですか…?』
「今日までこうして話して、改めて気づいたんだ。 俺はやっぱり赤城の事が好きなんだって。 だから、これはどうしても赤城に渡したかった。 赤城じゃなきゃ嫌だったんだ」
『て、てい…とく……!!』
「もちろん、最終的に受け取るのは赤城の意思だ。 強制するつもりはないし、嫌ならいらないとはっきり言ってほしい。 どう…かな…?」
『………も』
「えっ…?」
『私も、提督の事が好きです! 他の誰でもない、貴方が好きっ! 指輪、ありがとうございます。 私、大事にしますからね!!』
画面から涙声になった赤城の言葉が聞こえてくる。
時折すすり泣く声も聞こえてきて、思わず俺も苦笑いを浮かべてしまう。 でも、本当にうれしかった。 大好きな赤城から好きだと告白され、俺自身もまたこれ以上ないほど心が満たされていたのだ。
しばらくしてようやく落ち着いたのか、赤城のすすり泣く声が止んで、俺は画面に映る赤城へと声をかける。 その声に、赤城もまた『大丈夫です。 ご心配おかけして、すみません…///』と、気恥ずかしげな声で俺に謝ってきた。
その声を聴いて俺も安心したとき、あることを思い出した。
スッとポケットに手を突っ込み、そこにあったものを取り出す。
「…そうだった。 そう言えば、このおまじないも明日で5日経つんだよな」
『…っ!? た、確かそれを持ったまま5日経つと、好きな人との恋が実るんですよね!!』
赤城がうれしそうな声を上げて尋ねる。 どうやら、赤城もまた画面越しにこのおまじないの事を聞いていたらしく、その効果についても知っていたのだ。
「ああ、噂ではそうだ。 でも、さすがに画面の向こうにいる赤城と一緒になるのは無理だ。 それ以前に、昔このおまじないを試して成功した女子は一人もいなかったそうだし、そこまで効果はなかったんだろう」
『そ、そんな……!』
「まあ、俺としては赤城が俺の気持ちに応えてくれただけでも十分嬉しいよ。 それ以前に、こうして赤城と直接話ができただけでも良かった。 今まで本当に楽しかった」
『提督……』
「ありがとう赤城、俺を好きだといってくれて。 じゃあ、またな」
俺はそう言って、パソコンの接続を切った。
噂ではおまじないをして5日後、つまり明日には赤城との恋が成就することになる。 が、いくら何でも2次元にいる赤城と一緒になるなんてさすがに無理だ。
それに、5日経ってしまえばおまじないの効果が終わり、もう赤城と話をすることもできないだろう。
たった5日間の楽しい夢。
でも、俺にとってはかけがえのない5日間だった。
こんな体験ができただけでも、このおまじないをしてよかったと思う。
俺はそう思い、ベッドにもぐりこむとすぐに眠りこけたのであった。
深夜のアパート。
すでに寝静まった彼の後ろで、黒一色の画面から何やら声が聞こえてくる。
夢なんかじゃ終わらせない… 私は彼の事が好き…! これからも一緒にいたい…! ずっと… ずっと… ずっと…
おまじないを始めて6日目。
俺はいつものようにベッドから体を起こし欠伸をする。
それから着替えようとベッドから降りたが、辺りを見回した途端、俺の眠気は吹っ飛んでいった。
「えっ…!? こ、これは……!!」
そこは、俺の暮らしているアパートの一室ではなかった。
目の前にあったのは執務に使われる執務机。 床には白いフワフワのカーペット。 大きく開いた窓から見える景色はいつも見ている近所の家々はなく、代わりに海へとつながる母港がそこに映っていた。
俺は気づいた。 ここにあるのは、俺がゲームでデザインした執務室と全く同じだと。
訳が分からずただただ困惑していると、後ろから扉を開く音。
振り返ると、そこにはうっとりした表情で俺を見る一人の女性、赤城の姿があった。
「あ、赤城…!? これは一体…? 俺はなぜここに……!?」
「ああ、提督っ! 良かった、こうして会えるなんて。 これからは、私達ずっと一緒にいられますね…!」
「待ってくれ赤城! これはどういう事なんだ? 俺は昨日はアパートで寝てたのに、なぜここにいるんだ? 何が何だか、俺にはさっぱり……」
未だに状況が呑み込めず、俺はただ狼狽を繰り返す。
そんな俺を見てか、赤城も照れくさそうに謝ると、訳を話してくれた。
「実はですね… 提督がパソコンの画面から私を見てたように、私もずっと画面の向こうから提督の事を見ていました」
「それで、提督が恋が成就するおまじないをすることを知って、私も内緒で提督と同じおまじないをしてみたんです」
そう言って、赤城は懐からある物を取り出す。
それは俺の顔写真と名前が入った紙で、俺は驚きのあまり目を見開き、赤城はそんな俺を見ながら話を続けていった。
「そしたら、こうして画面越しに提督と話ができるようになって驚いちゃいました。 それどころか、提督はケッコンカッコカリの相手に私を選んでくれて本当に嬉しかった! こうして今まで想い続けてきた人が、私の事を好きだといってくれたんですから」
「でも、明日でこの一時が終わってしまうと聞かされた途端、私はこのおまじないに強く念じていたんです。 これからも提督と一緒にいたい、このまま終わってほしくないって…!」
「すると、私の想いが通じたのか、提督が画面の向こうからこちら側へと来てくれたんです! きっと、私の想いがおまじないに通じたんでしょうね。 嬉しいです提督…! これで、私達一緒になれたんです!」
目に涙をため、嬉しそうに話す赤城。 そんな彼女を見て、俺は理解した。
赤城の強すぎる思いが、おまじないによって実現してしまったことを…
彼女の願望が、自分を画面の向こうの世界へと飛ばしてしまったことを…
全てを知った俺は、ゆっくりと赤城に顔を向ける。
頬を染めながらこちらを見る赤城に、俺はにっこり笑いながら言った。
「ああ… これからは、こうして触れ合える。 お前と一緒になれて、俺も嬉しいよ。 赤城」
「提督…」
俺は優しく赤城を抱き込んだ。
形はどうであれ、俺もまた赤城とこうして一緒にいられるようになったのは嬉しい。 これからは、ここで二人でいられると思うと心が躍るようだった。
俺は、胸に顔をうずめる赤城に目をやる。
そこでは、赤城もまた俺の腕の中で微笑んでいた。
「愛してるよ、赤城…」
「私もです、提督…」
そうして、俺と赤城はお互いに顔を近づける。
二人だけしかいないこの場所で、俺たちはお互いの唇を触れ合わせるのであった。
「ねえ、知ってる? この街に伝わる、恋が成就するおまじない…」
「ああ、確か好きな人の名前を書いた紙を写真と一緒にもって5日間過ごすと、好きな人と結ばれるってやつよね」
「実はね… このおまじないには続きがあって、好きな相手も自分と同じおまじないをしていたら、その二人は一生幸せに添い遂げられるんだって」
「うわー、素敵! でも、どうして急にそんな話を…?」
「それが嘘か本当か分からないんだけど、ある一人の男性がなんでもゲームのキャラ相手にこのおまじないをしたらしくてね。 その人おまじないをした6日目に行方不明になって、今でも消息がつかめてないんだって。 噂では、そのゲームキャラのいる世界へと飛ばされたんじゃないかって言われてるわ」
「やだ、こわいっ! …でも、もしそうだったとして、その男性は好きな子と一緒になれたし幸せなの…かな…?」
「さあねえ…… こればっかりは当人にしか分からないし、そもそもこれは噂話。 本当かどうかなんて、気にしたってしょうがないわ」
「そうだけど… できれば、その人幸せになってるといいね」
「まあ、そうね。 バッドエンドになるよかよっぽどマシね」
あるアパートの一室。
そこには無人の部屋に一台のノートパソコンが開かれていた。
パソコンの画面にはゲーム『艦隊これくしょん』のメニュー画面。 そして、その傍らに一組の男女が映っていた。
一人は航空母艦の赤城。 もう一人はこの部屋の家主によく似た男性。
二人はお互いに手を取り微笑ましげに笑みを浮かべている。
そんな幸せそうな二人の姿が、いつまでもパソコンの画面に映し出されていた。