しかし、いつも投稿していて思うのですが、これってヤンこれ要素入ってるかなと自分で疑問に感じてしまいます。
まあ、でも楽しければいいかですぐ済むんですが……
ここはある鎮守府の一つ。
突如海から現れ人類の脅威となった深海棲艦と戦う力を持つ者たち、艦娘と呼ばれる少女たちが指揮官となる提督とともに寝食を共にする場所である。
提督とは鎮守府の最高責任者。 ゆえに艦娘たちにとって提督とは上官に当たる存在。
しかし、この鎮守府では少し様子がおかしかった。
「ヘーイ、テートクー。 私たち今度お茶会をするから、紅茶の茶葉を来週までに取り寄せておいてネー」
「提督、私特訓を終えて休みますので後片付けしておいて」
「ねえ提督、この前頼んだタービンまだできてないの? 私待ちくたびれちゃったよ、早くー早くー!」
廊下で出会った金剛たちに注文を突き付けられ、提督は「ああ、分かった」と答える。
やつれた表情で返事をする彼に悪びれることなく、彼女たちは「早くしてねー!」と催促をして去っていった。
「はあ… 今日も朝から忙しくなるな…」
提督は暗い表情を浮かべ窓の外を見上げる。 外に見える景色は彼の心情とは裏腹に、どこまでも青い空と海が広がる美しいものだった。
この鎮守府では、艦娘たちが提督を顎で使っていた。
ここの艦娘たちは他の鎮守府の子より実力が高く、大本営からも優遇されているのだが、そのせいで彼女たちは自分たちのやりたいことを好き勝手にするようになり、現状ここは無法地帯と化していた。
そして、提督は彼女たちの要望を聞くための召使いのような扱いをされ、上官としてみる者は誰一人いなかった。
提督は疲労が溜まりふらついた足取りで廊下を歩いていると、突然足をとられその場につまずいてしまった。
「うわっ!?」
「あははは~! しれぇ、引っかかった~♪」
つまずいた先では時津風と卯月が自分を見下ろしながら笑っている。
足元を見ると、そこには二人が仕掛けたのであろうロープがぴんと張り巡らされていた。
「うっ、いつつ…… またあいつらか、困ったものだ…」
イタズラ好きなあの二人はいつも彼をおもちゃのように扱い楽しんでいる。
書類に落書きをしたり、今みたいなトラップを仕掛けたりは日常茶飯事で、ひどいときは提督をだまして半日倉庫に閉じ込めたこともあったという。
提督もそのことについて叱ろうとしたが、大本営から「出撃をボイコットされたら困るので、彼女たちの機嫌を損ねるようなことはするな」と警告されており、文句が言えずされるがままにするしかなかったのだ。
提督は痛む体を持ち上げ何とか立ち上がったが、周りにいたほかの艦娘たちは彼の姿を見ても気にも留めようとしない。 それどころか、
「提督、そんなところにいたら邪魔だよ」
「そこで油売ってる暇があるんなら、この前注文した間宮さんの羊羹早く用意してちょうだい。 でないと、私出撃しないから」
邪険に扱われ、おまけに足で蹴飛ばしてくる者もいる。
まるでパシリのような扱いに、提督は心身ともに追い詰められていた。
「……何の因果でこんなことになってしまったんだろうな? …いや、ここで折れるわけにはいかない。 親父や爺さんみたく夢を叶えられないまま死んでたまるか!」
提督は元々軍人ではなくごく普通の一般人だった。
しかし、ある日海軍の方から突然関係者が押しかけてきて、彼は無理やり大本営の方へと連れて行かれてしまった。
大本営曰く、彼が祖父の代から有能な軍人だったらしく、その血を引く彼にも協力してほしいというものだった。
そして大本営が命じたのが、例の艦娘たちがいる鎮守府の提督になれというもの。
だが、提督とは名ばかりで、実際は彼女たちのご機嫌取りのようなものだった。
大本営は、単に自分たちの手に余る彼女たちを代わりに見てくれるものを欲していただけなのであった。
それから、彼はここで苦しい毎日を送った。
艦娘たちからは小間使いのように雑用を押し付けられ、イタズラ好きの駆逐艦からはイタズラの相手にされ散々弄ばれた。
さらにあれがほしいこれがほしいという我儘につき合わされ、そのたびに彼はあちこち奔走する羽目になった。 自腹を切って彼女たちの注文に応えたことも、両手の指の数だけでは収まらない。
彼にとって、ここには味方と呼べる者は誰もいなかった。 大本営さえも、「艦娘たちの対応をするのは提督の義務だ」などと言って知らぬ存ぜぬを通し、彼を助けようとはしなかった。
脱走してここから逃げ出そうと考えたこともあったが、自分の家の住所が知られている以上逃げても無駄なのは分かっていた。
絶望的としか言えないこの状況。 しかし、それでも彼はひたむきに生きようとしていた。
彼には夢がある。
それは広大な畑を持つ実家で、愛する人と一緒に作物を育てて過ごすというものだった。
傍から見れば地味かと思われるが、自分の父や祖父は軍人として過酷な人生を過ごすこととなり、そのせいで母や祖母は愛する人と添い遂げることができなかったことを嘆き悲しんでいたことを覚えている。
だからこそ、自分は軍人にはならず平穏な人生を過ごしてやると思い、それがいつしか彼の夢となっていたのだ。
そのためなら、この程度の困難で屈したりしない。 死と隣り合わせの戦場で生きてきた親父や爺さんに比べたら遥かにマシだ。
それに彼女たちだって、深海棲艦という怪物たちと命がけの戦いを繰り広げている。 彼女たちを親父たちの二の舞にさせやしない。
いつしか彼は艦娘たちを自分の父や祖父と重ねて見るようになり、彼女たちの無事のためならこの苦行を耐えてみせると意気込むようになっていった。
そんな彼を艦娘たちは相も変わらず小間使いのように扱うが、彼はやつれながらもどうにか彼女たちに応えようと奮闘していった。
そして、ある日の事。
「…解任…ですか?」
『そうだ。 最近は他の鎮守府の艦娘たちも実力を上げてきたし、ここの艦娘たちに迎合する必要性も薄くなってきた。 よって、君にはあと数日をもって提督を解任することにした。 あとは我々に任せたまえ』
突然大本営から届いた一報。
それは艦娘たちのやり方を見かねた大本営が新しい提督をこの鎮守府に着任させるというもので、代わりに自分は解放されるというものだった。
正直言うと、解放されるという嬉しさはあったが、同時に不安もあった。
なぜなら、新しく着任されるという提督は自分の戦果を優先する男で、そのためならブラック鎮守府まがいの行為もいとわないというものであったからだ。
そんな奴に任せれば彼女たちの身が危うくなることは想像に難くない。
流石にそんなことを見過ごすのはまずいと思い、彼は大本営に進言しようとしたが、彼の中で何かが頭をよぎった。
『あんな連中を気にしてどうする? 今は自分の身が大事だろうが!』
『それに、こうなったのも元はあいつらが自分勝手に振る舞ってきたからだ。 因果応報、こっちはこっちで好きにさせてもらおうぜ』
その言葉に何も言えず黙りこくる提督。
結局そのことについては進言することができず、彼は荷物をまとめると誰にも見送られることなく鎮守府を後にするのであった。
あれ以来、提督業を解任された彼は名前と住所を変え、今は鎮守府から遠く離れたある山奥でひっそりと暮らしていた。
家の近くにある畑で彼は鍬をふるう。 必要最低限の生活雑貨と農具以外何もない生活だったが、今まで過ごせなかった安穏とした毎日に彼は満足していた。
鎮守府を去ってからもうすぐ半年が経つが、今でも彼はたまに艦娘たちの事を思い出してしまう。 そして、そのたびに首を横に振って忘れようと自分に言い聞かせてきた。
あの時自分に語り掛けてきたのは、もしかしたら自分の心の闇だったのかもしれない。
いくら彼が艦娘たちを自分の祖父たちと重ねて見ようとも、向こうは自分をただの小間使いとしか見ようとしない。 そのことに対して不満がないわけがなかったのだ。
「……忘れよう。 俺が心配したところで意味はないからな」
そう言うと、彼は残りの仕事を終えるべく再び作業を再開した。
日が暮れて、時刻はもうすぐ夕方。 男は今日の作業を終えて家へと戻っていった。 家の前まで来たとき、彼は首をかしげる。
「んっ? あれは……」
玄関の前には一人の海兵が彼の帰りを待っていた。 体は細身で、目深に帽子をかぶっているため顔はよく見えない。 海兵は元提督の前に来ると、律儀に敬礼をして彼に言った。
「……さんですね? 貴方には鎮守府の提督として戻っていただきたい。 どうか、ご同行を願います」
海兵に名前を変える前の本名で呼ばれ、動揺を見せる男。
どうやったか知らないが、どうやら軍は自分の消息を探り再び提督として引き戻そうとしているのだ。
男は人違いだと頑なに拒んだ。 艦娘たちの身は気になるが、ようやく夢を叶えられると思った矢先にまたあそこに戻るなんて、彼にはとても耐えられなかった。
海兵は彼に戻る意思がないとわかると、
「そうですか。 では……」
すっと腰を落とし、男へ当て身を食らわせた。
腹に伝わる衝撃に男は徐々に意識を失う。 完全に意識が途切れる男にかすかに海兵の声が聞こえてきた。
「ごめんなさい………提督」
次に彼が目を覚ますと、そこに見えたのは半年前に散々見てきた景色。
そこは彼が提督として過ごしていた執務室だった。
結局、自分はまたここに戻されてしまったのか。 男は肩を落とし自らの身の上を嘆いた。
その時、扉の向こうから聞こえる多くの足音。 次に見えたのが扉を開けて執務室に入ってくる艦娘たちの姿だった。
果たして今度はどんな注文を突き付けてくるのか?
彼は諦め半分で艦娘たちの言葉を待っていると、
「「「「「提督、本当に申し訳ありませんでしたっ!!」」」」」
彼女たちは一斉に彼に頭を下げてきた。
半年前とはまるで別人のような態度。 突然の豹変ぶりに一体どうしたのかと困惑していると、赤城が理由を話してくれた。
それは、ここへ新しい提督が来てからだった。
新しい提督は自分の戦果のために艦娘たちを無理やり出撃させ、働かせていた。
今までとはまるで違う対応に艦娘たちは一斉に抗議したが、提督は文句を言ってきた一人の駆逐艦を殴り黙らせる。
その艦娘は痛む頬を抑えながら怯えた目をしており、他の艦娘たちにもこれ以上文句を言うなら解体するぞと脅してきた。
「お前らは深海棲艦という化け物を倒すための兵器だ! それを人間扱いしろなどとおこがましい、つべこべ言わずにさっさと深海棲艦を狩って来い! 解体されたいか!?」
今までの環境から一変、ブラック鎮守府と化したここで彼女たちは暴力と恐怖に支配された。
出撃で敵を逃がせば怒鳴られ暴力を振るわれるのは当たり前。 遠征から戻っても補給は許されず再び遠征に駆り出される始末。
大破進撃も当然のように行われ、戦果を挙げられなかった者は補給はおろか入渠することさえ許されなかった。
そんな過酷な毎日を送り続け、ようやく彼女たちは気が付いた。
今まで自分達がどれだけに思い上がっていたかを。
そんな自分たちを文句ひとつ言わず見てきてくれた彼の重大さを。
「提督に会いたい……」
誰かが涙交じりにつぶやいた言葉。
この言葉で彼女たちは一念発起した。
夜、提督が寝静まったのを見計らってクーデターを決行。 提督を半殺しにして鎮守府から追い出した艦娘たちは、大本営へ彼を提督として連れ戻さなければここへ攻め入ると宣言してきた。
大本営も彼女たちの実力の高さは知っており、下手に戦うことになれば余計な被害が増えることになると判断し、要求に応じた。 鎮守府を去った後の彼の足取りを探り、何とか居場所を突き止めることに成功した。
そして、海兵に扮した神通が提督を気絶させ、ここまで連れてきたのであった。
「私たちは今まで、貴方の厚意に気づかず無礼な振舞いをしてきました。 本当に反省しております…」
「ですから、これからは貴方に尽くすために私たちの傍にいてほしいのです。 どうか、お願いします!!」
全てを伝えた赤城は、頭を下げ必死に懇願した。
そんな彼女に続くように他の艦娘たちも一斉に彼に頭を下げた。
あまりに必死すぎる頼み込みにただただ困惑するしかなかった提督。 しかし、彼もまた新しい提督が着任するとき自分の心の闇に唆され、彼女たちを見捨てて逃げてきたことへの罪悪感が残っていた。
これはきっと、そんな自分への断罪なのだろう。
「…分かった。 俺でよければ、また提督としてここにいるよ。 よろしくな」
そう言って、彼は再び提督としてここにいることを了承した。 その時の彼女たちは、これ以上ないほど盛大に喜びをあらわにしていた。
それからというもの、再び提督となった彼の元には常に艦娘が傍につき、彼に甲斐甲斐しく世話をするようになっていたのだが、
「テートクー、私たちとお茶にしまショー♪」
「提督さん、夕立たちと一緒にあそぼー!」
廊下で出会った彼に嬉しげに誘いをかける金剛と夕立。 しかし、二人が同時に提督に声をかけた途端、お互い相手を睨みあってけん制する。
「…ヘーイ夕立ー、提督はこれからお茶にするんだから余計な邪魔はしないでほしいネー……」
「…そっちこそ、提督さんが困ってるのが分からないの? 提督さんは、夕立たちと一緒にいたいんだからあっち行ってほしいっぽい……!」
目つきを鋭くしながら夕立を睨みつける金剛。
犬歯をむき出しにしながら金剛を威嚇する夕立。
お互い火花が散りそうになるほど一触即発の状況。 そこへ、提督は慌てて二人の間に割って入ってきた。
「ふ、二人とも落ち着け! それじゃ、夕立たちも含めてみんなでお茶にしないか? そのあと一緒に遊ぼう。 なっ…!?」
冷や汗を流しながらそう提案する提督に、
「…提督がそこまで言うなら仕方ないデース」
「…夕立も、提督さんを困らせたくないからそれでいいっぽい」
渋々引き下がる二人を見て、提督は胸をなでおろした。
実は、彼が提督として戻って以来、艦娘たちは確かに彼に尽くそうとするようになった。 ただ、そのためなら邪魔をするものは同じ艦娘であろうと容赦しなくなっていたのだ。
我も我もと提督に付きまとい、横槍を入れてくるものは力づくで排除しようとする。
そのたびに提督が仲裁に入り、どうにか事なきを得ていたのだが、そのせいで彼が心身ともに疲弊していることについては以前と変わらなかった。
「司令官さんっ! あんな二人放っておいて、電たちの焼いたクッキーを食べてほしいのです」
「貴方は下がって。 提督は、これから私と二人で散歩に行くんだから」
「何を言ってるのかしら? 提督は私と一緒に作戦会議を行うんだから、貴方こそ下がっててよ」
「提督ー! そんなとこいないで私と一緒にかけっこしようよー!」
結局、皆の対応が変わったというだけで、彼にとって心身ともに追い詰められる日々であることには変わらなかった。
もしかしたらあの日、皆の頼みを断っていたらこんなことにはならなかったのではないか。
「は、はは… ほんと、一体何の因果でこんなことになってしまったんだろうな?」
幾度となく、心の中で抱いた疑問を口にしながら提督は外の景色に目をやったが、その疑問に答える者は誰もいなかった。