今まで待たせてしまって本当にすみませんでした…! 最近またゲームにハマりっぱなしで、おまけに艦これも秋イベが始まったからそっちに気を取られてどんどん遅くなるという……
しばらくは、新しいネタができるまで執筆はお休みになりますが、それでも自分の書いた話を少しでも見ていただければ、自分もありがたいです。
演習場を見下ろせる見学席。 雨をしのぐための簡易的な屋根と、落下防止用の策に囲まれたこの空間で、男の声が響き渡る。
「…今、なんて言った? 元の世界に帰る方法…!? 俺は、元の世界に帰れるっていうのか!?」
男は必死の形相で提督に迫るが、提督は動じることなく冷静な表情で男の眼を見た。
「落ち着いて。 この質問はあくまでそうしたいかという確認さ。 それに、この話は艦娘たちに聞かれるわけにはいかない。 もし帰りたいと思うなら、大声を出さないでくれ」
提督に諭され、男は慌てて下をのぞいた。 幸い、戦闘による砲撃音で男の声は聞こえてないらしく、こちらに視線を向ける艦娘は一人もいなかった。
冷静さを取り戻した男は、ゆっくりと提督の隣に腰を下ろすと、下を向いたまま提督に顔を向けずに尋ねた。
「…戻れる方法があるのなら、教えてほしい。 俺も前はゲームの世界に行けたらなんて考えていたが、正直今は恐怖の方が勝っている。 いくら皆といられるからと言って、こんなところで一生を終えるなんて、俺には耐えられない…!」
無言のまま男の返事を聞いた提督は、
「……そうか」
と、短い溜息を吐くと、隣に座ったまま男に聞こえる程度の小声でささやいた。
「君のところはどうか知らないけど、鎮守府には大きな中庭を介して外へとつながる正門がある。 この世界では夜……深夜の11時から12時になるとあそこは見知らぬ世界へとつながる、なんて噂が艦娘達の間で囁かれているんだけど、それは噂なんかじゃなくまぎれもない実話だ。 そして、そこがどこに繋がってるか…… ここまで言えば分かるかな?」
「じゃ、じゃあ…! 夜に、その正門をくぐれば戻れるってことなんだな! 教えてくれてありがとう、さっそく今夜にでも……!!」
男は嬉々とした様子で立ち上がろうとすると、提督が男の腕をつかんだ。
「待って、まだ話は終わりじゃないよ! 戻るにあたって、いくつか注意することがある」
「注意すること……?」
提督に止められ、男は再び椅子に腰を下ろす。 提督もまた、何事もなかったかのように前を向いたまま、小声で話し始めた。
「まず一つ目は、艦娘たちからケッコンカッコカリを勧められても絶対に受けないこと。 この世界におけるケッコンカッコカリとは、艦娘との絆を築く儀礼であり、同時にその艦娘から離れられなくなることを意味する。 いくら遠くに逃げようとも、指輪がお互いを引き寄せるかのように、いつか必ず再会してしまうんだ」
そう言いながら、提督は自分の左手を男に見せる。
そこには、薬指から綺麗な光を放つ、澄んだ銀色のリングがはまっていた。
「その指輪…! まさか、お前も脱出しようとして艦娘たちに…!?」
「そうだよ。 僕も、かつては元の世界に戻ろうと彼女たちの提督をこなす傍ら、陰で帰るための方法を調べて脱出を試みた。 だけど、作戦は失敗。 そして今では正式な提督としてここにいる。 ケッコンカッコカリも、就任祝いと称して半ば無理やり行われたものだったんだけど… まあ、今は悪くないと思っているよ」
提督は微笑を浮かべると、懐から一枚の写真を取り出した。
男が写真を見ると、写真の左側には軍服姿の提督と、右側には穏やかに微笑む一人の艦娘の姿。 そして、二人の間には提督と艦娘に手をつながれながら、あどけない笑みを浮かべる幼い少女が写っていた。
「これ、ケッコンカッコカリ……じゃない? もしかして、本当に艦娘と結婚したのか!?」
「そうさ。 そこに写ってるのは妻の加賀と、娘の土佐。 加賀は結婚後に艦娘を引退したが、たまに土佐を連れては皆の訓練の指導してるんだ」
写真に写っている提督の表情は、愛する妻と娘を持って幸せそうな表情を浮かべている。
男は写真を提督に返すと、彼はその写真を懐に戻したのであった。
「話が逸れてしまったね。 さっきも言ったように、元の世界に戻りたければ、艦娘からのケッコンカッコカリは絶対に受けてはいけない。 それが一つ目だ。 そして、二つ目は脱出することを艦娘達に気づかれてはいけないという事。 理由はわかるかい?」
「…皆は、提督である俺がここにいることを望んでいる。 その俺が帰ろうとしてるのを知れば、全力で止めに来る。 それであってるか…?」
「ご名答。 そして三つ目、これが最後にして一番重要な事だ。 これだけは絶対に忘れてはならない」
「分かった… それじゃ、教えてくれ。 三つ目は一体何なんだ?」
「それは…」
提督は、隣に座る男へと最後の警告を伝えようとした。 その時……
「提督、演習終了だ! お互い、いい勝負だったぞ」
「司令官さん、電の活躍見ててくれましたか!?」
「「……っ!?」」
演習を終えた艦娘たちが見学席に押し寄せ、二人に駆け寄ってきた。 話に気を取られていたせいで、艦娘たちがこちらにやってくることに気づかなかったのだ。
「まずいっ! ここは何事もなかったかのようにして、話については明日必ずするから……!」
「わ、分かった…!」
二人は一瞬動揺するも、お互い何事もなかったかのようにふるまい、駆け寄ってきた艦娘達にねぎらいの言葉をかけてやった。
その後、彼らは挨拶を交わすと、お互いの所属する鎮守府へと戻っていったのであった。
演習を終え、鎮守府に着くころになると、すでに日は暮れ辺りは薄暗くなり始めていた。
電と別れた男は食堂に足を運ぶと、そこではすでにパーティーの準備が終わり、男を待っていた艦娘たちが早く始めたいとうずうずしていた。
男は食堂の一番前に連れてこられ、乾杯の音頭をとると、食堂は飲めや歌えのどんちゃん騒ぎの場と化していった。
「それでね提督、その時私が敵が仕掛けるより先に艦載機を飛ばして…!」
「もう、飛龍ってば何時まで提督と話してるの!? そろそろ変わってよー!!」
「何よー! そういう蒼龍だって、私の話聞くフリしてずーっと提督にくっついてたじゃない!!」
「そ…それは提督を一人で飛龍の話に付き合わせるのはかわいそうだと思って、仕方なく…!」
「ふーん… それじゃ、さっきから提督に後ろから抱き着いて胸を押し付けてたのも仕方なくなんだ? てっきり、私に便乗して提督を誘惑してるんじゃないかと思ったわ」
「うぐっ…!? そ…それは……」
二航戦の二人が口論しあう中、ようやく解放された男はこっそり抜け出すと、
「提督ー! 空母とばっか飲んでないで、こっちに付き合うクマー!」
球磨に腕を引っ張られ、今度は軽巡組へと連れてこられた。
男は椅子に座らされると、球磨は間髪入れずに提督の上にのしかかってきた。
「ムフ~♪ 前から一度こうしてみたかったんだクマ。 提督、案外座り心地がいいクマ~♪」
「あのな… 俺はクッションじゃないんだが…」
球磨を抱いたまま、あきれ顔を見せる男。
そんな二人を見て、自分も座りたいと阿賀野や酒匂がゴネだし、球磨はここは譲らないと言わんばかりに男にしがみつき、男は球磨たちをなだめるまで散々もみくちゃにされたのであった。
そうこうしているうちにパーティーはお開きとなり、男は鳳翔や大鯨と一緒になって、食堂の後片付けをこなしていた。
「すみません、提督。 提督の為に行ったというのに、こんな雑務をさせてしまって…」
「俺のためにやってくれたことなんだから、せめてこれくらいのことはさせてくれ。 皆の為に、俺も少しくらいお返しがしたいからさ」
「……。 ありがとうございます、提督。 その気持ちだけで、私も鳳翔さんも嬉しいです♪」
後片付けを終え、鳳翔たちと別れた男は執務室へ戻るべく、一人廊下を歩いていた。
電灯はついていないものの、窓から入り込む月光が廊下に降り注いでいるので、廊下はそこまで暗くはなかった。
男は顎に手を置きながら、演習場で会った提督の言葉を思い出す。
元の世界に戻るにあたっての注意点が、ケッコンカッコカリを受けないことと艦娘達に気づかれないこと。 あと一つは聞きそびれてしまったが、一体何なのか?
男が歩きながら考え込んでいると、廊下の先にある執務室の扉の前に、男を待つ一人の艦娘の姿があった。
「お前…翔鶴? どうしたんだ、こんなところで?」
「提督… もしよろしければ、少しお時間をいただけますか?」
翔鶴のお願いに男が了承すると、彼女は男を建物の屋上へと案内した。
そこにはいくつもの星と満月が浮かび上がっており、二人がいる屋上をスポットライトのように照らし出している。
「どうですか提督? ここは、夜になるとこうして星空が見れる、私のお気に入りの場所なんです」
「ああ… これはすごいな…! 俺も、こんな夜空を見たのは初めてだ。 翔鶴のおかげでこうしていいものが見れて、良かったよ」
「まあ、嬉しい♪ 提督にそう言っていただけるなんて」
男も柵に手をかけながら、翔鶴の隣で空を眺める。 それから、二人は昔のことを話し合った。
男にとってはゲームの中の出来事。 翔鶴にとっては、この鎮守府に所属してからこなしてきた数々の大規模作戦。
そう言えばこんなこともあったと、男と翔鶴はつらいことや楽しかったことを楽しげに語りあっていた。
「あとは、この前の作戦の時は翔鶴が敵の旗艦を落とした時は驚いたよ。 何せ、中破した状態で敵に大打撃を与えたんだから」
「あのとき、ですか。 あれは私も正直無我夢中でしたから、最初見たときは私も何があったか分からなかったですね。 ほかの皆さんも驚いていたでしょうけど、一番驚いていたのはたぶん私です」
「あはは、そうかもな。 けど、皆がこうして頑張ってくれたおかげで、こうして今の皆と俺がいるんだ。 ほんと、皆には感謝してるよ。 もちろん、翔鶴もな」
「もう、提督ったら…」
男の言葉に嬉しさを隠せないのか、翔鶴は赤くなった頬を手で覆い隠す。
しかし、男は言葉では楽しげに話しているが、その表情は楽しいというより、どこか申し訳ないという雰囲気が現れていた。
「…でも、同時に申し訳ないとも思っているんだ。 皆がここまで俺を慕ってくれてるっていうのに、俺はそんなこと露知らずに一人ほっつき歩いていた。 本当に、すまない……」
男は翔鶴に顔を向けると、深々と頭を下げる。
翔鶴はそんな男に顔を近づけると、優しい笑みを浮かべ、男の手を取った。
「そんなことを言わないでください。 確かに私たちは、提督に会えずに寂しい思いをしてきました。 でも、こうしてあなたがここへ戻ってきてくれた。 それだけで、私達が待ち続けた時間は報われたんです!」
「それに、これからはこうしてあなたと一緒にいられる。 だから、今まで空いた時間はこれから埋めていけばいいんです。 そう… いっぱい、いっぱいね……」
赤らめた頬とうっとりとした表情で、翔鶴は男の唇へ自分の唇を近づける。
男は慌てて翔鶴から離れようとするが、男の手を握る翔鶴の手は、ものすごい力で彼を離そうとしない。
そうしてる間にも、男と翔鶴の唇は徐々に距離を縮め、そして……
「ああ――!! やっと見つけたよ、翔鶴姉! もう、部屋にいないから探してみれば、自分だけ提督さんと一緒だなんてずるい! 抜け駆けはなしって約束でしょ!?」
屋上へやってきた瑞鶴に阻まれ、翔鶴は慌てて男から顔を離した。
男はドギマギしながらも翔鶴を見ると、彼女に先ほどまでの異様さはなく、いつものおしとやかな姿に戻っていた。
「…っ!? す、すみません提督! 私ったら、なにを……!? 瑞鶴、変なこと言わないでちょうだい! 私はただ提督とお話ししてただけで、いかがわしいことなんて考えてないから…!!」
顔を赤くしながら瑞鶴へと駆け寄っていく翔鶴。
言い争っている二人を遠目で見つめながら、一人残された男は翔鶴の変貌ぶりに、言いようのない不安を抱くのであった。
時刻は深夜の11時に差し掛かるころ。 明かりは落ち、すっかり暗くなった中央建物の廊下を、男は足音を立てぬよう慎重に進んでいた。
あの後、瑞鶴から本当に何もなかったのかと詰め寄られたが、その時の瑞鶴にも鬼気迫るような、翔鶴と似たようなすさまじい圧力を感じた。
その異常と言わざるを得ない不気味な気迫から、男はあれが自分をここから逃がしたくないという執念の表れだと感じていた。
これ以上ここに残っていれば、どんな手を使って皆が自分をここに閉じ込めるか分からない…!
身の危険を感じた男は、今夜此処から元の世界に戻るべく、中央建物を出て中庭に向かおうとしていた。
正門の場所は知らないが、昼間に工廠に向かう途中で鎮守府を覆う塀を見ており、そこから壁伝いに移動すれば、きっと正門も見えてくるはず。
男はそう考え、廊下から外に出るとまっすぐに向かった。
暗い中庭に人影はなく、風の音や虫の鳴き声が聞こえるだけ。 しばらく進むと、うっすらとだが正面に塀が見えてきた。
「よし…! あとはあそこから塀を伝っていけば……」
元居た世界に戻れる! 男が心の中でそう確信した時……
「あれー? どうしたの提督、こんな夜中に?」
「…っ!?」
男が声のした方を振り向くと、そこには両手を頭の後ろに組みながら、こちらを見る川内の姿があった。
男は動揺しながらも、川内に勘づかれないよう平静を装い返事をした。
「あ、ああ… 久しぶりに戻ってきたから、どこか異常がないか見回りしてたんだ」
「そうなんだ。 でも、私が言うのもあれだけど、夜の一人歩きは危険だよ。 私、付き合おうか?」
「いや、もう一通り見てきたからそろそろ切り上げるよ。 ありがとな、川内」
そう言って、男は踵を返す。 ひとまずここから行くのを諦め、別の場所から向かおうと考えたからだ。
「うん、提督が戻るのならよかった。 だって……」
「…私、てっきり提督が元の世界に帰るんじゃないかと思ったから♪」
「なっ……!?」
川内の言葉に足を止め、顔を引きつらせる男。 男を見る川内も、表情こそ微笑んではいるが、その目は暗く、見つめる者を射殺さんと言わんばかりの冷たい目をしていた。
「……。 やっぱりそうだったんだね。 ひどいよ提督、やっと私たち提督と一緒にいられると思ってうれしかったのに、また帰っちゃうなんて。 提督が来ない間、私達がどんな気持ちで提督を待ってたか知ってる?」
背後から聞こえる声に、男は足がこわばり動けなくなってしまう。 川内は、そんな男の背中になおも語り続ける。
「金剛さんや榛名さんは、提督を呼びながらずっと部屋に籠っていた。 赤城さんや長門さんは、深海棲艦を殲滅して平和になれば、きっと提督は戻ってくると躍起になっていた。 神通なんて、提督のいない場所なんていらないって言って、手首を切ろうとしたし、私も夜はずーっと提督のこと探し回ってたなー」
「そして、ようやく提督が来てくれた。 私達にとって、これ以上の幸福はないし、この幸せを手放すなんて絶対イヤ…! だからさ、提督……」
うつろな目をしながら、川内は愛用の魚雷を苦無の様に握ると、提督に近づいた。
「私とケッコンカッコカリしてさ…… 毎晩、夜戦しよう♪」
川内の言葉に我を取り戻した男は、後ろを振り返ることなく走り出す。
逃がすまいと、川内も男を追いかける。 男はつかまらないよう死に物狂いで塀の方へ向かおうとするが、
「見つけましたよ提督。 大人しく捕まってください!」
そこには神通を始め、大勢の艦娘たちが男を待ち構えていた。
このままじゃ捕まると感じた男は、すぐに向きを変えると工廠の方へと逃げていった。
工廠である建物の陰に隠れ、男は息を切らす。 必死に走り続けたせいで、すでに体はへとへと、次に見つかればまず逃げ切れない。
男はへたり込み、もうだめかと諦めそうになった時だった。
「うわっ!?」
開いていた工廠の扉から飛び出した手に腕を掴まれ、男は中に引き込まれると同時に誰かに口をふさがれた。
男は必死に抵抗しようとすると、男の後ろから声が聞こえてきた。
「落ち着いてください、提督…! 声を出したら皆さんに気づかれます…!」
男を押さえていた張本人、翔鶴の言葉に男は落ち着きを取り戻し、彼女を見る。
同時に、扉の向こうで男を追ってきた艦娘たちの足音が聞こえたが、男がいないのを確認してか、すぐに足音は遠ざかっていった。
「翔鶴… お前は皆と一緒に俺を捕まえようとしないのか?」
「はい。 私は、提督を手伝うためにここに来たのです。 貴方をもとの世界に逃がすために…」
薄暗い工廠の中で男は翔鶴へ尋ねる。 他の艦娘たちは自分を捕まえようとしたのに、なぜ彼女は自分を逃がそうとするのか? 男は不思議に思わずにはいられなかった。
「俺が言うのもあれだが、お前も俺と一緒にいたいんじゃないのか? 現に、他の皆はそのために俺を捕まえようとしてるんだし」
男の問いに翔鶴は返事に困ったのか、一瞬口ごもるそぶりを見せるが、まっすぐに男の目を見ると、答えた。
「…本心を言えば、私も提督と一緒にいたいです! ですが、そのためにこのようなやり方で、提督を縛りつけてまでいたいとは思いません… 苦しむあなたの傍にいられても、私は幸せじゃありません!!」
涙を流しながら叫ぶ翔鶴。 その姿に、男もただ見届けることしかできなかった。
「だから、私は提督をここから逃がします。 提督… 向こうに戻ったら、また私達に顔を見せに来てくださいね」
翔鶴は涙をぬぐうと、男の手を取って工廠の外へ出た。
外には誰もおらず、翔鶴はそのまま男の手を引いて走っていくと、二人の行く先に大きな正門が見えてきた。
「ここが正門です、提督。 急いで門を開けてください、早くしないと皆さんもここへきてしまいますから…!」
「わ、分かった… ありがとうな翔鶴、俺の為に」
男は翔鶴に促され、正門に手を当てると力いっぱい扉を押し、門を開けた。
正門の大きな扉は、男に押され少しずつだが動いてゆき、どうにか人一人が通れるくらいの隙間が開いたのであった。
男は急いで中へ入ろうとすると、翔鶴が男を呼び止めた。
「あの… もし最後に私のわがままを聞いていただけるのであれば、このまま提督が戻るのを見届けさせてください。 せめて、少しでも長く提督の顔を見たいから……」
「ああ、それくらいなら構わないぞ。 ありがとう、翔鶴。 絶対また、向こうでみんなに会いに来るからな―――!!」
「はいっ! 私も、またあなたに会うのを楽しみにしてますね―――!!」
男は正門に飛び込むと、徐々に遠ざかっていく翔鶴へ手を振り続けるのであった。
次に男が目を覚ますと、そこはいつも男が過ごしている自室だった。
男が枕元の時計を見ると、時刻は朝の7時らしく、窓の外からは太陽の光が流れ込んでいた。
男はあれが夢の出来事かとも思ったが、夢にしてはあまりにはっきり覚えていることから、きっと夢じゃなかったんだろうと自分に言い聞かせた。
「…って、もうこんな時間か。 早く着替えて、俺も仕事に行かないとな」
そう言って、男は体を起こすといつもの日常へと戻っていったのであった。
それから一か月。 男は翔鶴との約束通り、ちょくちょくゲームの艦隊これくしょんを開いては、皆の様子を見ていた。 ゲームとはいえ、画面から彼女たちの声を聞いていると、男もあの時の出来事をうっすらとだが思い出していた。
しかし、そんなことがあってもこっちの趣味も変わらない。
ある日の深夜。 久しぶりに都市伝説の書き込みを読み漁っていると、男はあの時見た例の書き込みを思い出し、その書き込みがあったサイトを開く。
例の書き込みを見つけると、男は書き込みをした送り主へと返事を送った。
『実は、俺も全く同じ体験をしました。 ただの夢かと思ったのですが、いきなり皆に囲まれて、嬉しさより驚きの方が大きかったですね。 それから、皆は俺を閉じ込めようとしたけど、どうにか正門から逃げることができました。
俺が言うのもあれだけど、きっと友人も元気にやっています。 だから、あまり気を負わないでください。 それでは…』
「うん、こんな感じかな? まあ、信じてくれるか分からないけど、これで少しでも気を取り戻してくれるといいな」
男は一人頷き、明日に備えてそろそろ休もうとした時だった。
突然画面に一通のメールが届いたとの表示。 男が首をかしげてメールを見てみると、なんとそれは先ほどメールを送った相手からの返信だった。
『……実は、その話には続きがあるんです。 消息不明になった友人は、一度は戻ってこれたのです。 友人が言うには、彼は本当にゲームの世界に引き込まれたらしく、向こうで元の世界に戻る方法を調べ、逃げ帰ってきたのです。 しかし、今はもういません… 友人は、こちらに戻るときあることをしなかったために、向こうから来た艦娘達に連れてかれ、今はもう戻ることはできなくなりました』
男はメールの内容に驚きを隠せなかった。 向こうで出会った提督は、一度はこちらに戻ることができた。 なのに、なぜまた連れてかれてしまったのか? 続きを読むため、男はマウスを動かしメールの内容を読み進めると、
「えっ…? あっ! こ、これは……!!」
そこには、提督が連れてかれた原因が書かれていた。
そして、同時に理解した。 このままじゃ、自分もつれていかれると…!
冷や汗を流しながらも、男は急いで家を出ようと布団から起き上がった時だった。
「…ふふっ♪ 約束通り、また会いに来ましたよ。 提督…」
男の背後から、女の声が聞こえたのは……
昼間の鎮守府。 男が出ていったとされる半開きの正門を見つめながら、男と演習を行った提督は小さくため息を吐いた。
「……。 せめてもう一日だけ待ってくれれば、君もこうはならなかったろうに…」
提督が独り言をつぶやいていると、
「お父さーん! お父さーん!」
「ここにいたんですね、提督。 急にいなくなるから心配しましたよ」
「ああ、加賀。 土佐も一緒か、よしよし。 急にいなくなったのはすまなかった。 ちょっと、気になることがあったからね」
やってきた妻の加賀と娘の土佐に顔を向け、提督は嬉しげに抱き着く土佐の頭を優しく撫でてあげた。
「そっちは久しぶりに鎮守府の子たちに会ったんだ。 皆は元気にやってるかい?」
「それについては心配いらないわ。 むしろ、此処の提督を連れてこられるって大喜びしてるくらいよ。 翔鶴が私の教えた通りにやったのが良かったみたい」
「そっか… まさか、君が彼女の肩を持つとは思わなかったな」
「私だって、かわいい後輩のためならこれくらいの助力はしてあげるわ」
「やれやれ… かの一航戦もずいぶん丸くなったものだよ」
提督は土佐をなでる手を止めると、加賀の顔を見てふと目を細めた。
「そういえば、僕が元の世界に戻ったときも、君が僕を手引きしてくれたんだたった。 懐かしいな…」
提督が男に最後に警告しようとしたこと。 それは、正門をくぐるときに必ず門を閉めることだった。
この正門は確かに向こうの世界につながるが、それにはプレイヤーである彼らにログインしてもらわなければならない。 それ以外に彼女たちの方から干渉することはできないからだ。
しかし、彼らが開けた正門をくぐれば、彼女たちも向こうに行くことができたのだ。
提督もかつては正門をくぐり向こうに戻ることができたのだが、そのことを知らなかったがために向こうから追ってきた加賀につかまり、連れ戻されてしまったのであった。
そして、偶然にもそのことを知った艦娘たちは男を連れてきた後、わざと逃がすことで男をいつでも連れ戻せるようにしたのだ。
あの時、男を手引きした翔鶴もグルで、男を見送るという口実を作り、門を開いたままにさせたのであった。
「提督… まさか、また向こうに戻りたいなんて思ってませんよね?」
「どうしたの、お母さん? ひょっとして、お父さんどこか遠くに行っちゃうの…? やだ、行かないでお父さん!」
念を押すように男を睨む加賀。 その様子に不安を感じた土佐も、泣きそうな顔で提督に縋りついた。
そんな二人を見て、提督は…
「そんなわけないだろ。 今はここが僕の居場所で、大事な家族がいるところだ。 それをほっぽってどこか行こうなんて、絶対にしないよ」
それを聞いた加賀は胸をなでおろし、土佐も笑顔を見せると再び提督に抱き着いてきた。
いずれ、あの男はこちらへ戻ってくる。
そして、自分と同じ末路をたどるだろう……
その時、男はどうなるのか? 自分には分からないし、知りようもない。
今はただ、この幸せを享受しよう。
提督はそう自分に言い聞かせると、愛する妻と娘を連れて、この場を後にするのであった。