しばらくは艦これ以外に城プロにも手を出して、そっちに没頭してたせいで小説を書く時間がなくなってました……
しかも、今回の話は前・後編の2話に分けての投稿になるので、後編を上げるまで待ってていただけるとありがたいです。
ここはあるアパートの一室。 窓の外は暗く、時計の針はもうすぐ一日の終わりを告げる頃に差し掛かっている。
部屋には小さな明かりがついており、家主である男性は布団に潜り込み、うつぶせの姿勢で目の前のノートパソコンを操作していた。
「へえー、今はこういう話があるのか。 昔はやれ人面犬だとかダッシュババアなんてのがあったけど、時代が変われば噂の内容も変わっていくもんなんだなぁ」
誰にでもなく独り言をつぶやき、男性は画面に流れる文に目を走らせていた。
彼が見ているのは、都市伝説について記載されているサイトだった。
昔から怖いもの見たさというか、この手の話に興味がある彼は、暇なときはネットでよくオカルトめいた都市伝説を読み漁っていた。
そして、いま彼が見ているのは、こんな体験があったというものを投稿するタイプのもので、いろんな人たちから何百もの書き込みが載せられていた。
しかし、この手の話にはお決まりのパターンがあるのか、どうも投稿されてる話には似たり寄ったりな内容のものが多く、男性も少しつまらなさそうな表情で書き込みを読んでいたのであった。
「全く… 数はあれどどれも似たような内容のものばかりだな。 ここは作り話を載せるサイトじゃないっつーの」
男性は愚痴りながら投稿された話に一つ一つ目を通している。 しばらくは代わり映えのしない話が続いたが、
「んっ? 何だ、これ……」
ある一つの話に目を奪われた。
それは、今から5年ほど前と古くに送られたものらしく、内容についてはこう書かれていた。
『これは、本当にあった話です。 艦隊これくしょんというゲームにハマっている友人から聞いたのですが、このゲームに思い入れを持ってプレイしているプレイヤーは、ゲームの中に引き込まれてしまうそうです。 友人は古参プレイヤーで、このゲームにも愛着があったらしく「もしそうならぜひ引き込んでほしいぜ!」 なんて冗談めいた事を言ってたのですが、その友人が数日後に消息不明になってしまったのです。 それも、奇妙なことに友人が失踪したことについて、目撃情報は何も得られず財布などの貴重品もそのままだったとのこと。 警察はあくまで失踪事件として捜査していますが、私は友人がゲームの中に引きずり込まれたんだと確信しています。
これを見てる皆さんが、どれだけこの話を信じてくれるか分かりませんが、これだけは言わせてください。 これは、本当にあった出来事です…!!』
書き込みを読み終えた男性は、一旦手を止めると「ふう…」と、短い息を吐いた。
「これは創作……にしては、随分力が入ってるな。 でも、ゲームの世界に引き込まれるなんて時点でまず信じられんわ。 もしそうなら、俺もとっくに引き込まれてるっつーの」
実は此処にいる彼も、元は長い間艦これをプレイしていた元提督だったのだ。
昔はゲームの中で艦娘たちが活躍する姿を見るたびに一喜一憂し、彼女たちが大破すれば即座に撤退させ、戦果より艦娘たちの安全を第一に考えた指揮を執っていた。
だが、人間である以上時間が経てば、おのずと興味も薄れるもの。 徐々にほかのゲームに興味が移ると、日に日に艦これをプレイする時間は短くなり、いつしか彼は鎮守府に着任することはなくなっていた。
「……。 そう言えば、俺も前はやっていたんだよな。 皆、今はどうしているのか……? って、何ゲームの心配をしてるんだ俺は」
男は呆れながら頭を掻くと、パソコンの電源を落とすと布団に潜り込んだ。
「明日はまた仕事があるし、今日はもう寝るか。 ふあ… おやすみ…」
誰にでもなく一人呟き、男はそのまま深い眠りに落ちるのであった。
深夜のアパート。 黒い画面を映すままの男のパソコンがひとりでに光りだしたのだが、男は寝ておりそれを気にする者は誰もいなかった。
朝になり、部屋の外からは鳥の鳴き声が聞こえる。
「ふわ、あ… もう朝か。 んじゃ、早いとこ着替えない…と……」
男は寝ぼけ眼をこすりながら起きだすと、
「な、なんなんだこれはっ!?」
素っ頓狂な叫びとともに、うっすらと開きかけていた目を大きく見開いた。
男の視界に入る景色は、いつもの自宅ではなく別世界だった。
まず真っ先に見えたのは、いつも自分が使っているテーブルではなく、趣を感じさせるような豪奢な執務机。
壁に貼ってある窓は、三日月があしらわれたおしゃれなカーテンがかけられ、窓から見えるのはいつもの街並みではなく海へとつながる母港だった。
そして、今気づいたのが自分が座っているのは布団ではなく、木製の大きなシングルベッド。
彼がいたのは、自宅の部屋ではなく鎮守府の執務室だったのだ。
「こ、これって… 俺がデザインした執務室と同じじゃないか! お、おい… うそだろ…? まさか、俺は本当にゲームの世界へ引き込まれたっていうのかよ…!?」
まだ自分は夢でも見てるんじゃないかと言わんばかりに、男はあたりをきょろきょろと見まわしていると、
ガチャ…!
「…っ!?」
部屋の隅、そこにあった扉のドアノブが回る音が聞こえた。
考えるより先に、男はとっさに近くの執務机に身を隠すと、少し遅れて扉が開いて誰かが執務室に入ってくる足音が響いた。
バタバタと駆けるような音と、静かに歩く音からするに、入ってきたのは二人。
しばらくは駆けまわる音が男の背後から鳴っていたが、男が息をひそめているうちにそれも聞こえなくなった。
「……。 どうにか、やりすごしたか?」
男は抑えていた口から手を離し、こっそり外を覗こうとしたとき、
「バア―――――!!」
「う、うわ――――――!?」
いきなり机の上から顔を出してきた少女に驚き、男は背中から勢いよく倒れこんだ。
「やっぱりうーちゃんの読み通り、しれーかんってばここに隠れてたぴょん! でもー、かくれんぼならうーちゃんだって負けないぴょん♪」
「お、お前… もしかして、卯月なのか…!?」
男は体を起こしながら、自分を驚かせてきた艦娘『卯月』に顔を向ける。 卯月は男を指さしながらケラケラと笑っていると、そこへもう一人の艦娘が男に駆け寄ってきた。
「司令官、大丈夫…!? ごめんなさい、急に驚かせたりして…」
「お前は……弥生か…?」
男は心配そうに自分に寄り添う艦娘、『弥生』を見る。
弥生は男の無事を確認すると、今度は卯月に視線を変え、睨み付けた。
「卯月、いくらなんでも今のはやりすぎよ。 ちゃんと司令官に謝って…」
「もう、弥生ってば大げさだぴょん。 ちょっとしれーかんを驚かせたぐらいで」
「卯月…!」
「…わ、分かったから。 そんな怖い顔しないでほしいぴょん…」
表情自体は変わって見えないが、明らかに語気が強くなっている弥生の言葉。
そんな弥生の怒りに気圧されてか、卯月も縮こまると男に向かってぺこりと頭を下げた。
「しれーかん、ごめんなさい。 もうしないから、許してほしいぴょん…」
「あ、ああ… 俺は気にしてないが、あまり弥生を困らせないようにな」
男の言葉を聞き、さっきまでのしおらしさから一転、ぱぁっと明るい笑みを浮かべて元気な返事を返す卯月。 そんな彼女に弥生はやれやれと言わんばかりに軽く頭を振ると、男の手を取った。
「そうだった… 司令官、私たち司令官を連れてくるよう言われてたの。 一緒に食堂に来て」
「そ、そうだったぴょん! しれーかん、急いでいくぴょん! 早くしなきゃ、神通さんに怒られる―――!!」
二人に手を引かれながら、男は執務室を後にする。
廊下に出て連れられるままに歩いていく男は、たびたび廊下の窓から見える景色に目をやった。
見知らぬ港。
見知らぬ建物。
そして、見知らぬ少女たち。
その光景を目の当たりにしながら、男は思った。
「これって… もしかして艦これの世界? まさか、俺は本当にゲームの世界に引きずり込まれたっていうのか!?」
しばらく二人に引かれるままに廊下を歩いていた男だが、二人は大きな扉の前で足を止め、同時に男も立ち止まった。
そして、二人に促されるまま男は扉を押し開けると、
「「「提督、お帰りなさい!!」」」
そこは大きな食堂で、中には笑顔で彼を出迎える大勢の艦娘たちの姿があった。
男が突然の歓迎に戸惑っていると、卯月が男の背中を押し出し、男はあっという間に艦娘たちに取り囲まれた。
「提督、やっと帰ってきてくれたんだね! 待ちくたびれたよー」
「提督さん。 今まで何をしてたのか、後でじっくり聞かせてもらいますからね…!」
「それより提督、私提督の為に特製カツ揚げたんだから、ちゃんと食べてよー!」
「し、司令官…! あの… 私も、司令官の為に麻婆春雨を作ったんです…! だ、だから… ぜひ、司令官に食べて…ほしい……!!」
「ま、待ってくれ皆…! そんないっぺんに話しかけられても…うおっ!?」
あちらこちらから声をかけられ、引っ張りだこになる男。
男はどうにか皆をなだめようとすると、そんな男に助け船を出すべく、一人の艦娘がパンパンと手を叩いた。
「はいはい皆さん落ち着いて。 嬉しい気持ちは分かりますが、そんな一斉に駆け寄られたら提督が困ってしまいます」
皆の背後から声をかけてきた艦娘、『鳳翔』の言葉に皆も落ち着いたのか静かになり、鳳翔は皆の間を抜け男の前に来ると、男の手を取り微笑んだ。
「おかえりなさい、提督。 私達は、こうしてあなたが返ってくるのをずっとお待ちしておりました。 いろいろと積もる話もあるのですが、そのことも含めて今夜は提督のお祝いパーティーを行うつもりです。 ですので、それまではほかの皆さんに会いに行ってあげてください」
「…分かった。 ありがとうな、鳳翔」
「いえ、提督のためならこれぐらい当然です。 では、私達はこれで失礼します。 皆さん、休憩はこの辺にしてお仕事に戻りますよー」
男が頷いたのを確認すると、鳳翔は皆に仕事に戻るよう促し、皆も名残惜しそうに男を見つめると、その場を後にした。
「俺が帰るのを待ってただと…? ますます例の噂が真実味を帯びてきたな……」
それから、男は情報を集めるべく中庭や工廠にいる艦娘たちに会いに行った。
ゆく先々では、ほかの艦娘から今までどこに行ってたのや、ようやく提督が戻ってきてくれて嬉しいと言われ、皆男が提督であることを当然のように認識していた。
「皆して俺を提督と呼ぶなんて… やはり、ここは俺がゲームでプレイしてた鎮守府と考えるべきか? ひとまず、ここはもっと情報を集めたほうがいいな」
時刻は昼。 食堂で皆に囲まれながら落ち着かない昼食をとっていた男。
話に受け答えしたり、時に差し出された食事を他の艦娘が阻止し喧嘩になろうとするのをなだめたりしながら、昼のひと時を過ごしていった。
昼食を済ませ、男は午後はどうしようかと一人食堂で考えていると、誰かが男の裾を引っ張ってきた。
振り向くと、そこにはおずおずとした様子で男の服の裾を掴む電の姿があった。
「あの… し、司令官さん! 実は、この後午後の演習があって、電も参加するのです。 ですから、もしよければ司令官さんに演習を見に来てほしいのです。 ダメ…ですか…?」
自信がないのか、小声で縮こまってしまう電。 そんな電を見て、男も元々予定がなかったことと、電の頑張りに応えようと思い、演習を見に行くことにした。
「ああ、いいぞ。 この後は予定がなくてどうしようかと思ってたから、電の申し出は俺にとってもありがたい」
「ほ、ほんと…!? ありがとうなのです、司令官さん!!」
それから、男は嬉しげにはしゃぐ電に連れられ、演習場へとやってきたのであった。
演習場は海岸の一角を利用した場所で、岸の上には提督たちが状況を見るための見学席が設けられていた。
集合場所には金剛や比叡、利根など電と一緒に演習に参加する艦娘たちが先に集まっており、男が見学に来たことを知ると、大いに喜んでいた。
少し離れた場所には、男と同じように数人の艦娘たちと一緒にいる提督が男を見ており、男に近づくと握手を求めるように手を出してきた。
「そちらがこの艦隊の提督だね。 今日の演習、よろしくお願いするよ」
男もまた、差し出されて手を掴みお互い握手をした。 相手側の提督は気さくな様子でこちらに接してきて、見た感じは男と同じでとても提督とは思えない雰囲気だった。
「それじゃ、私達は演習の準備に入りマース。 テートク―、私の活躍するとこ、ちゃんと見ててくださいネー!」
「もちろん。 じゃあ皆、頑張ってこいよー!」
男は皆に手を振って見送ると、自分も見学席を向かおうと踵を返した時だった。
「えっ…?」
突然誰かに肩を掴まれ後ろを振り返ると、そこにはついさっき握手を交わした相手の提督がいた。
提督は何も言わないが、彼を見る表情に先ほどまでの穏やかな様子はなく、今は険しい顔つきを浮かべていた。
「な、なにを…?」
男は提督の様子に困惑しながら尋ねると、提督は男を見たまま一言だけ言った。
「……君も、ここへ引きずり込まれたんだね」
提督の言葉に目を大きく見開く男。 さらに、提督は話を続ける。
「最初に見たときは驚いたよ。 何せ、こちらへ来てから今日まで自分以外の提督を見たことがなかったのだから」
「…どういう、ことだよ? それじゃ、お前も……!?」
「お察しの通り。 実は、僕も君と同じでここに連れてこられたんだ。 冗談のつもりで、ぜひ連れて行ってほしいなんて友人に話したこともあったけど、まさかこんな形で実現するとは夢にも思わなかったよ……」
「なんてこった… なあ、お前はいつここへ連れてこられたんだ!?」
「5年前だよ。 それまで、僕は君以外の提督……いや、男を見たことがなかったから気が付いた。 君も、彼女たちの手でこっちへ引き込まれたんだと…」
それを聞いた男は、昨夜自分が見たネットの書き込みを思い出した。
連れてこられた時の期間も、ネットで出てた話についても一致している。
そして、確信する。
「…そうか。 お前が、あの書き込みにあった友人だったんだな」
それは、彼にとっても予想外の出来事だった。
提督と呼ばれてる彼も、男と同じ都市伝説などの噂話が好きで、特に神隠しなどの話に興味を持っていた。
そんな折、彼はほんの出来心で自分の考えた話を友人に話した。
もちろん、本当だとは微塵も思っていない。
せっかく考えたから、誰かに自分の作り話を聞いてもらおう。 それだけのつもりだった。
だが、それがあのような事態を引き起こすなど、誰が予想できたか?
数日後。 彼がいつものように朝起きると、彼は男の時と同じ自分がデザインした執務室にいた。
そして、彼を出迎えたのは彼がゲームを介し育てていた艦娘たち。
以来、彼はこの鎮守府の提督として、この世界に囚われているのであった。
まるで、フィクションとしか思えない提督の実体験を、男はただ無言で聞き続けていた。
二人が今いる場所は、演習場を見渡せるよう高い位置に作られた見学席。
下の演習場では彼らの鎮守府に所属する艦娘たちが、お互いに一進一退の攻防を繰り広げていた。
「彼女たちを見たのなら気づいてるとは思うけど、君の鎮守府で見た艦娘たちは、紛れもなく君がゲームを介して育てていた艦娘さ。 そして、彼女たちはともに過ごした僕たち提督と一緒にいたいと強く願っている。 その想いが、結果としてこの様な怪現象を引き起こしたというわけだよ 理解できたかな?」
冷静な表情で男に尋ねる提督。 だが、男の方は椅子に座ったまま、頭を抱え項垂れていた。
「そんな… そんな話、信じろっていう方が無理だ…! ゲームの存在でしかない艦娘たちが、俺たちをゲームの世界に引きずり込んだ!? 非現実的にもほどがあるだろ!!」
「確かに、信じるかどうかは君の自由だ。 だけど、目の前で起きていることは紛れもない現実。 あくまでこれを夢や幻だと言い張るのなら、今ここから飛び降りてみるかい? 夢なら覚めるかもしれないよ」
いきり立つ男に向かい、提督は淡々と言葉を投げかける。
それを聞いて男も冷静さを取り戻したのか、急に黙り込むと膝を崩し、その場に崩れ落ちた。
「……分かってる。 これは夢じゃない、紛れもない現実なんだ。 ここにいる艦娘たちも、こうして話をしてるアンタも、現実として存在してる者なんだって…」
「困惑しそうになる気持ちは分かる。 僕だって、初めは自分がゲームの世界にいること、彼女たち艦娘が現実としていることが信じられなかった。 だけど、今はこの現実を受け入れなければ何もできないんだ」
提督は男に背を向けながら、演習場を見下ろす。 彼の鎮守府に所属する艦娘の一人、蒼龍が提督に気づき、笑顔で手を振ってくる。
提督もまた、自分の部下である彼女に笑顔で手を振り返すと、男のもとに来た。
「それで、君はこれからどうしたい? このまま、ここに残って僕と同じように、提督として皆と生きていくか。 もしくは………」
「……。 ここから脱出を図るか……だ」