ヤンこれ、まとめました   作:なかむ~

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どうも、久しぶりの投稿になります。
しばらく投稿しなくなったというのに、未だにちらほらと見てくれる方々がいて、自分としても嬉しい限りです…!
今回の話は、前回ネタがないのでしばらく休むと言った途端、急に思いついたので書いてみました。
しかし、書きたい展開考えたり艦これの夏イベで遅くなったりでここまでかかってしまいました…
まあ、とりあえず見てもらえれば幸いです。 はい。





『提督』が生まれた日

 

 

 

ある晴れた空の元、鎮守府の正門の前に一人の青年が立っていた。

白を基調とした軍服は海軍の提督を象徴するもので、帽子の下に見える目は強い決意を秘めたように輝いている。

一呼吸置いて彼が正門をくぐると、その先にある中庭ではこの鎮守府に所属する艦娘たちが一堂に集まっており、彼の姿を見ると皆恭しく礼をしてきた。

 

 

「今日を… 貴方が来るこの日をずっとお待ちしておりました。 提督……」

 

 

深く頭を下げ挨拶する艦娘たちに、提督と呼ばれた青年は凛とした表情を崩さないまま、彼女たちを見た。

 

 

「皆、長いこと待たせてしまってすまない。 そして、これからは提督としてよろしく頼む。 赤城………さん」

 

 

しっかりと返事をしながらも、小声でさん付けしたことに提督は少し恥ずかしそうに口ごもる。

そんな彼に、列の中央にいた艦娘……赤城は、にっこり微笑むと彼の前に立ち、そっとその頬を手で撫でた。

 

 

「赤城でいいですよ。 今日からあなたは私たちの提督になるのですから、そんな他人行儀な呼び方はしないでください」

 

「そう、か…… 分かったよ。 俺も皆の提督となるからには、前提督に恥じない働きをするつもりだ。 だから皆、これからは鎮守府の仲間として共に力を貸してくれ。 俺からは以上だ」

 

 

提督の話が終わると、艦娘たちは一糸乱れぬ動きで彼へと敬礼を送り、彼もまた皆に向かって礼を返すのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

俺が初めてここへ訪れたのは、10年以上も前の事。 小学生だった俺は、まだ艦娘なんて存在さえ知らなかった頃だ。

俺の母親は病気ですでに他界しており、親父は仕事があるからと言ってほとんど家にはいなかった。 もっとも、今ではそれが当たり前になっていたら、別段寂しいとは思わなかった。

親父はこの鎮守府の提督であり、大本営からは一目置かれるほどの戦果を挙げ、部下からも慕われるという英傑だと、俺は周囲の人たちから聞かされてきた。

子供の俺は、皆がすごいと呼んでいる親父がどんな風に仕事しているのかを知りたくて、こっそり鎮守府へとやってきた。

目の前に広がる大きな壁に阻まれた、これまた大きな建物。 唯一入れそうな正門にも、関係者だろうか一人の女性がいて近づけなかった。

少し離れた木の陰から、どうやって中に入ろうかと一人考えていた時、俺は彼女と出会った。

 

 

 

 

 

「あら…? きみ、どうかしたの? ここは関係者以外は入っちゃいけないのよ」

 

 

木の陰にいた俺に気づいたらしく、声をかけてきた正門前の女性。 それが、俺が生まれて初めて出会った艦娘、赤城さんだった。

初めて見たときは、きれいな人だなと思った。 すらりと高い身長に、子供の俺から見ても美人と分かるほど整った顔立ち。 風にたなびく黒髪は陽光に照らされキラキラと輝いている。

そんな人がよもや海で怪物と戦っているなんて、当時の俺は思いもしなかった。

赤城さんに見つかった俺は、自分が提督の息子であることを正直に話し、ここへは父親の仕事について調べるという宿題の為にやってきたと理由を付けた。

それを聞いた赤城さんは、俺が提督の息子だということに驚いていたが、

 

 

「そうだったの。 でも、提督はお仕事で忙しいから、仕事を調べるなら陰でこっそり見るだけにしましょう」

 

 

そう言って、赤城さんはいたずらっ子のような笑みを見せると、俺の手を引いて中へ案内してくれた。

結果的に、俺は赤城さんのおかげで親父の仕事ぶりを見ることができた。

俺は執務室の窓から赤城さんと一緒に執務室をのぞき込む。 執務室で仕事をする親父は、黙々と書類にペンを走らせながらも傍らで手伝っている秘書や、報告に来た子たちには笑ってねぎらいの言葉をかけたりと、真面目ながらも部下への優しさを見せる良き上官という様子がうかがえた。

ただ、親父の手伝いをしてる秘書も、報告に来た子も皆女性だったことが俺には気になった。 ここへ来てから、親父以外の男性を見ていない。 偶然かと俺は首をかしげたが、すぐにそれが気のせいではないことを知ることになった。

 

 

 

 

 

親父の仕事を見学した後、少し休みましょうという事で俺は赤城さんに連れられ食堂へとやってきた。

赤城さんが言うには、食堂ではここで働く人たちが休む場所なのでぜひ行ってみるといいですと言われて訪れると、そこにいたのは皆女性ばかりで男性は一人もいなかったのだ。

赤城さんに負けず劣らずきれいな人に、ヘタしたら俺より年下かもしれない子までいて、俺は驚きを隠せずにいた。

俺が食堂へ入ると中にいた人たちは俺に注目し、赤城さんは俺が提督である親父の息子だということを伝えると、皆は「ええ―――!?」と驚きながら俺をかこってきた。

 

 

「うわ、ちっちゃい…! 提督に子供がいるって聞いてたけど、こんなに小さい子だったのね」

 

「確かに、よく見ると顔つきとか提督に似てる。 大きくなったら提督みたいにかっこよくなりそうですね♪」

 

「もう、青葉ってば何期待してるのよ…!」

 

「あはは、でも見れば見るほど小さい提督に見えてくるな。 ほら、お姉ちゃんって呼んでいいよ♪」

 

「ね、姉さん!? 何を言って……!」

 

「えっ? じゃあ、神通が呼んでもらう?」

 

「ふぇっ…!? え、あの、えっと…///」

 

 

俺は周りから質問攻めにあったり、ぬいぐるみみたいにいじられ困惑していたが、

 

 

 

 

 

「んっ? お前たち何をやって………って、お前は!? 何をやってる、こんなところで!!」

 

 

それも秘書と一緒にやってきた親父の一括で終わりを迎えたのであった。

この後、俺は親父に、赤城さんは親父の秘書を務める加賀さんにこっぴどく怒られたが、説教を終えた親父は次に来るときはちゃんと連絡をしろと言って許してくれたのだった。

食堂で俺は親父と一緒にお茶を飲んでいると、不意に親父が俺に尋ねてきた。

 

 

「赤城と一緒に鎮守府を見て回ったそうだが、実際見てお前はどう思った?」

 

「うーん… 正直に言うと、お父さん以外男の人がいなかったのは驚いたな。 さっきの赤城さんと言い、此処の女の人たちは何か特別な人たちなの?」

 

 

俺は正直な感想を言うと、親父は少し真剣な顔つきになって赤城さんたちについて語ってくれた。

彼女たちが人間ではなく、かつて戦争で戦った軍艦の生まれ変わりだという事。

彼女たちが俺や親父、そして国の人を守るために深海棲艦という化け物と戦ってくれていること。

そして、親父は彼女たちを守るために、提督として日夜頑張っていたこと。

聞けば聞くほど俺は親父の話に驚きを隠せなかったが、親父は最後に俺の顔を見ると、こう言った。

 

 

「俺にとって、皆はお前や死んだ母さんと同じで家族のような存在だ。 だから、皆が無事に過ごしていけるように、俺は提督としてここで頑張っているんだ」

 

「だから、もし俺の身に何かあったときは、皆をよろしく頼んだぞ。 ……って、そもそもお前の頭じゃまず提督にはなれないか♪」

 

 

その後、俺は親父と散々揉めあい、鎮守府を後にしたのであった。

 

 

 

 

 

 

それから、俺はたびたび鎮守府に足を運んでは、皆の元へ訪れていた。

ある時は執務室で秘書艦の加賀さんから親父の仕事や働きぶりについて教えてもらったり、ある時は榛名さんに姉妹のお茶会に誘われたり、またある時は俺より年下に見える電という子の姉妹と一緒に遊んだりもした。

俺にとって、鎮守府での出来事はとても新鮮で楽しかったし、皆も俺が来ると喜んでくれて、俺が帰るときは名残惜しそうに見送ってくれていた。 その時、俺を見送る際に何時も赤城さんがかけてくれた、

 

 

 

『また、いらしてくださいね』

 

 

あの言葉が、何より嬉しかった。

月日は流れ、俺も中学高校に通うようになってからは、友達との付き合いや勉強などやることが多くなり、鎮守府に訪れる機会はめっきり減っていった。

それでも俺は、週に一度くらいはいけるよう時間を見計らい、皆に会いに鎮守府に訪れていた。

時間が経つごとに徐々に大人になっていく俺に対し、いつ会っても初めて出会ったあのころと変わらない彼女たちの姿を見るたび、俺は改めて彼女たち艦娘が人外の存在であることを再認識していった。

だが、そんな俺の不安を他所に、皆は俺を温かく迎え入れてくれた。

俺が来ると、今日はこんなことがあったと楽しそうに話し、一緒に遊ぶときは本当に嬉しそうに笑ってくれた。

その分、俺が帰るときの皆の悲しげな表情は見てて辛かった。

平和な日常を生きる俺にとってはなんでもない別れも、死と隣り合わせの戦場で生きる彼女たちにとっては、これが今生の別れになるかもしれない。

だからこそ、俺は次に来るときは少しでも早く皆に会いに行こうと考え、少しでも長く皆の傍にいるようにした。

しかし、そんな楽しい日々にもついに終止符が打たれることとなった。

 

 

 

 

 

その日は皆が演習を執り行う日で、俺は親父と一緒に見学席から皆の戦いぶりを眺めていた。

親父の指揮のもと、機敏に立ち回り戦う姿に俺は見とれていると、親父は突然俺の肩を叩いて言った。

 

 

「今にうちによく見ておいてくれ。 おそらく、お前にとってはこれが皆の姿を見れる最後の機会になるだろうからな」

 

 

親父の放った言葉に理解が追いつかず、俺はどういう意味だと尋ねると、親父は理由を話してくれた。

 

 

 

 

 

「…実は、最近深海棲艦側の動きが活発化しており、特に鬼や姫級を含んだ大規模な艦隊による侵攻が確認された。 そこで、こちらはそれに対応すべく、精鋭たちを率いて連合艦隊を編成し迎撃することとなった。 恐らく、その戦闘は今までで一番激しいものになるであろう…」

 

「俺は今回の迎撃戦の陣頭指揮を執ることになり、ここを離れることになった。 だから、お前には今日をもってこの鎮守府の出入りを禁止とする。 俺がいない以上、勝手な鎮守府への訪問は許されないし、よしんば俺が戻ったとしてもこれから先、深海棲艦との戦いはますます激化することになる。 何時ここが戦場になってもおかしくないし、お前の身の安全のためにもそうしたほうがいいんだ。 分かってくれ……!」

 

 

悲しみを帯びた目でそう語る親父を見て、俺は何も言えず静かに頷いた。

演習を終えた皆に会った後、俺はいつものように鎮守府を去っていった。

俺がもうここに来なくなることは、皆には言えなかった。

正門からここを出るとき、いつものように赤城さんが俺に声をかけてくれたが、それを聞くのも彼女たちに会うのも最後だと思うと少し物悲しかったし、心が痛かった。

皆への未練を振り切るかのように、俺は鎮守府を出た途端全力で走りだし、なるべく後ろを振り返らないようにして去っていったのであった。

 

 

 

 

 

 

あの日から、俺は親父の言いつけ通り鎮守府に行くことはなく、一学生として日常を過ごしていた。

家では今まで通り一人で身の回りのことをこなしながら暮らし、学校では親友と将来のことで話し合ったり遊んだりと、鎮守府に行くことがなくなった分、平和な日々を過ごし、いつしか彼女たちのこともあまり気にならなくなっていった。

俺自身、もう皆に会うことはないのだし、これでいいのだろうと思っていた。 あの出来事があるまでは……

 

 

 

 

 

 

 

俺が鎮守府に行かなくなってから、もうすぐ一年。

夕焼け空の元、学校を終えた俺はいつものように家へと向かっていた。

そんな時、ふと鎮守府のことを思い出し、俺は土手の上から鎮守府のある方角を見た。

此処から鎮守府は見えないが、今でも皆はあそこで深海棲艦と戦っているのか……

思い出したからか、急に親父や皆のことが心配になるが、親父も皆も俺に心配されるほどヤワじゃない。 俺は俺で、平和な日常を生きていけばいい。

自分にそう言い聞かせ、俺は家へ帰ろうとしたとき、突然ポケットの携帯が鳴りだした。

携帯の画面を確認すると、発信先は鎮守府からだった。 俺は急いで携帯に出ると、電話の向こうから赤城さんの声が聞こえてきた。

一年ぶりに聞いた声。 赤城さんが言った言葉は……

 

 

 

 

 

 

『今すぐ…、鎮守府に来て……ください…』

 

 

だけだった。

俺は訳が分からなかったが、電話越しに聞こえた赤城さんの声には元気がなかった。 そのことに一抹の不安を抱きながら、俺は鎮守府へと向かった。

一年ぶりに見る鎮守府の正門は、夕日に照らされオレンジ色に輝いている。 その門をくぐり中へ入っていくと、中庭にいたのは電話をくれた赤城さんと、一年ぶりに再開した艦娘たち。

だが、彼女たちの表情は皆暗く沈んでおり、中央にいた赤城さんは俺を見ても何も言わず、静かに涙を流していた。

 

 

「お、おい… どうしたんだ一体? 赤城さんも皆もそんな暗い顔して、いったい何があったっていうんだ……?」

 

 

まるで状況が呑み込めない俺は訳を聞こうとすると、赤城さんが涙をぬぐい、俺の質問に答えてくれた。

 

 

 

 

 

「実は、その…… 大変申し上げにくいのですが………」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…提督が……亡くなられたのです」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

……死んだ? 親父が…?

突然の話に戸惑う俺に、赤城さんは詳しい話をしてくれた。

 

 

「あれはひと月ほど前のことでした。 深海棲艦迎撃の大規模作戦は前線基地にいた提督の指示により、こちらの優位に進んでおりました。 あとは、敵の旗艦を落とせれば敵も撤退し、作戦成功するところまで来ていたのです。 ですが、それが私たちの油断を誘ってしまいました……!」

 

 

 

「あの時は直接現場で指揮をとる必要があるため、提督も小型のクルーザーで現場に来ておりました。 私達は敵の本拠地に攻め入っていましたが、提督の指示通り敵の旗艦を落とすことに夢中になるあまり、随伴の空母が艦載機を放ったことに気づかなかったのです…! それは、敵側にとって最後の仕返しだったのでしょう。 艦載機は私達を狙うことなく、直接提督のいるクルーザー目掛け飛来してきたのです」

 

 

 

「私達が敵の旗艦を落とすと同時に、私達の背後から爆音が聞こえました。 急いで駆けつけると、そこには提督の乗っていたクルーザーの残骸がまばらに浮かんでいるだけで、提督の姿はどこにもなかったのです… 私達は、提督を守り切れませんでした……!」

 

 

話が終わるころには、赤城さんは涙をぼろぼろとこぼしながら、かすれたような声で話していた。

気づくと、赤城さんだけでなく他の艦娘も赤城さんと同じように泣き崩れていた。

 

 

「本当に…本当に申し訳ありませんでした…!! 私達の力至らぬゆえに、提督を……貴方の家族をお守りできず……!!」

 

 

泣きながらも必死に頭を下げ俺に謝罪する赤城さん。 ほかの子たちも赤城さんに則って、深く頭を下げながら謝った。

俺は何と声をかければいいか分からず狼狽えていたが、ふと気になったことがあり、俺は赤城さんたちが落ち着くのを待って尋ねた。

 

 

「あ、あのさ… 一つ聞きたいんだけど、提督である親父がいなくなった以上、赤城さんやこの鎮守府はどうなるの?」

 

「……。 恐らくは、着任する提督がいない以上この鎮守府はなくなります。 そして、私達は各々別の鎮守府に配属されるでしょう。 もう、私達皆がこうして一緒にいられることは、まずありません……」

 

「そ、そんな……!」

 

 

厳しい現実を突きつけられ、赤城さんも皆も暗い顔を見せる。

俺も、こうして一年ぶりに会えたのに、これが本当に最後の別れになってしまうのかと思うと、悲しみを通り越して、もうどうすればいいのか分からなくなっていた。

何か俺にできることはないか…!? 俺は頭を抱え必死に考えていると、初めて鎮守府に訪れたときの、親父の言葉が頭をよぎった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『もし俺の身に何かあったときは、皆をよろしく頼んだぞ……』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その言葉を思い出した瞬間、俺は自分でも気づかぬうちに口走っていた。

 

 

 

 

 

 

 

「……が、なる」

 

「えっ…?」

 

「赤城さん…、皆…、聞いてくれ。 俺、親父の後を継ぐ。 親父に代わって、俺がこの鎮守府の提督になる!!」

 

 

 

 

 

それ以来、俺は海軍の提督になるため、毎日猛勉強に励んだ。

自分が提督になると宣言した直後は、赤城さんはもちろん他の艦娘たちからも止められた。

 

 

『そ、そんな事言わないでください…! 私達は敬愛する貴方のお父さんを死なせてしまったのです。 そのうえ、息子さんである貴方まで守れなかったら、私達は本気で自沈を決めるかもしれません! お願いですから、どうか今一度考え直して……!!』

 

 

必死に俺を止めようとする皆の気持ちはよく分かるが、俺はもう俺自身を止めることはできなかった。

親父が大事に思っている皆が、こんな形でいなくなってしまうなんて俺は嫌だったし、俺にできることがあるのなら、どうにかして力になりたかった。 俺は、決心したんだ!

 

 

 

 

 

『皆、聞いてくれ! 俺は親父と同じ末路をたどったりはしない、必ず最後まで俺は皆の傍にいると約束する! 親父が守ってきた家族を、俺にも守らせてほしいんだ。 頼む…!!』

 

 

俺はその場で土下座して頼み込んだ。 赤城さんや皆が、どんな表情で何を思っているかは分からないが、俺は必死に頭を下げ続ける。

その時だった。 俺の頭の上から、赤城さんの声が聞こえたのは……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『…その言葉、信じていいのですね?』

 

 

 

 

 

 

俺が頭を上げると、目の前には暖かな笑顔で俺に手を差し出す赤城さんの姿。

そして、赤城さんの後ろには皆が希望に満ちた顔で俺を見つめていた。

俺は赤城さんに手を引かれ立ち上がると、彼女はつかんだままの俺の手の上に、そっと自分の手を重ねてきた。 暖かく、心地よさを感じさせてくれる手だった。

 

 

 

 

 

『もし、あなたの言葉が本当であるのなら、私達も貴方を信じてここでお待ちしております。 何があろうと、貴方が来るまで私達は誰一人いなくなったりしません。 だから、貴方も次に訪れるときは、どうか提督としてここへいらしてくださいね』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

それからは、朝起きてから夜寝る時まで、俺は提督になるために必要な知識をつけていった。

幸い、子供のころから鎮守府を見てきたから、提督になるにあたって何を学べばいいか、何をすべきかは頭に叩き込まれていた。

加賀さんに親父の話を聞いてたおかげで提督について学ぶことは知っていたし、長門さんや皆が戦う姿を見ていたおかげで、陣形や戦術についてどう立ち回るべきなのかは把握していた。

勉強をこなす傍ら、体力をつけるためトレーニングも欠かさず行い、初めこそできっこないと言ってた親友や先生も、今では俺が提督になるのを応援してくれていた。

あれから数年。 俺は海軍に入隊を希望し、その知識と技術を認められた結果、異例の早さで提督となった。

そして、どこの鎮守府に配属されるかについて俺は皆がいる場所を志望しようとしたら、向こうから俺をそこの鎮守府に着任させたいと言われ、少し拍子抜けしてしまった。

久方ぶりに訪れた鎮守府の正門をくぐると、そこには初めて会った時から変わらぬ姿の皆が、見事な敬礼で俺を出迎えてくれた。

 

 

 

こうして今、俺はここにいる。

あの時の俺は、ただ鎮守府に遊びに来るだけの子供だったが、今は違う。

俺は親父の後を継ぎ、提督として皆を守っていく。

そう… 今日、この日が俺という提督が生まれた日だ。

そして、これからは皆とともに新しい思い出を作っていきたい。 親父が家族と呼んでいた、皆とともに……!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

長かった…… ようやく、この日が訪れたのです!

思えば10年以上も前… 彼が初めて来たあの日から、運命の歯車は回りだしていたのでしょう。

彼が……、提督の息子さんが初めて鎮守府に訪れた日の事。

幼いながらもあの人の面影があるその姿を見て、私はすぐにこの子があの人の子供だと気が付きました。

私と一緒に鎮守府を見て回り、楽しそうに笑うあの子の笑顔に、おのずと私も楽しくなってきました。

食堂へあの子を連れて行くと、他の皆さんも息子さんに夢中になりました。

まあ、提督は皆さんにとても慕われてますし、提督以外の男性を見る機会なんてほとんどありませんからね。

でも、この後私は提督とともにやってきた加賀さんに叱られてしまいましたが、あの子といられて私はとても楽しかったです。

それ以来、あの日の出来事をきっかけに彼はたびたびここへ来てくれました。

初めこそ、私達は子供だった彼を家族のように思い、接してきました。

ですが、時が流れ大人になっていく彼を見ているうちに、私達の彼を思う気持ちは家族のそれではなくなっていました。

そう… 私は提督のような凛々しい青年になっていく彼に、いつしか恋心を抱いていたのです。

彼を私たちの慕う提督と重ねているからなのか、彼自身が提督と同じくらい素敵な男性だからなのか、それは私には分かりませんでした。 両方かもしれませんね……

でも、これだけははっきりと言えます。 私は彼のことが好きです。 赤城という一人の女として、私は彼を愛しています。

だから、私はいつも彼が去るときに「また、いらしてくださいね」と、声をかけていました。

そうすれば、彼はまたここへ来てくれるからです。

そして、彼に対し特別な思いを抱いていたのは、私だけではありませんでした。

加賀さんがいつも執務室で彼に提督の話をしていたのは、少しでも彼と二人きりでいたかったから。

榛名さんが彼をお茶会に誘っていたのは、彼に気立てのいいところを見せることで自分を売り込もうとしていたから。

電さんが彼と一緒に遊んでいたのは、小さな自分を気に留めてもらおうという、彼女なりのアプローチだったから。

皆さんもまた、私と同じ思いを彼に抱いていたのです。

時が経つにつれ、彼がここを訪れることは少なくなりましたが、それでも彼は私たちのために会いに来てくれました。

一日のうちのほんの短い時間だけしか一緒におられず、ほんのささやかな出来事ですが、私達はとても幸せでした。

でも、この楽しい日々にも終わりが来てしまったのです。

ある日、大本営から深海棲艦の迎撃という大規模作戦が発令され、私達はここを離れ前線へ出向くことになりました。

ここを離れるという事。 それは、彼と会えなくなることを意味していました。

私はもちろん、他の皆もショックを隠せず反対しようとした者もいましたが、

 

 

 

 

 

「今回の任務はお前たちの協力なくしては達成できないんだ。 この国の人たちを… そして、俺の息子を守るためだ。 頼む……!」

 

 

そう言った提督の言葉と、彼を守るという目的のため、私達はどんな苦境になろうと負けることなく戦い続けました。

提督の的確な指揮もあり、戦況はこちらの有利に進んでいき、ついに残るのは敵の本拠地だけとなりました。

あとは、あそこにいる敵の旗艦を落とせばこの任務は終わり、また彼に会える。

そう思っていました。 基地で、提督があのような事を言うまでは………!

 

 

 

 

 

 

「あいつには、二度と鎮守府に来ないよう言い聞かせた。 任務を終えたとしても、今後はますます戦闘も激しくなるし、あいつには俺のような軍人ではなく一般人として平穏な人生を過ごしてほしいんだ。 それに……」

 

 

 

「あそこを離れる前から感じてはいたんだが、息子を見るお前たちの様子が妙に不穏な気がしてな。 これ以上あいつをお前たちと接触させるわけには行かないと感じたんだ。 だから、もうあいつがお前たちの前に現れることはない。 分かったな」

 

 

提督からそう告げられた瞬間、私は目の前が真っ暗になりました。

もう、彼に会えない……? その言葉は、私だけでなく他の皆さんをも絶望の底に突き落としました。

どうしても彼に会いたかった私たちは、夜に皆で集まり話し合い考えました。 そして、素晴らしい方法を思いついたのです。

それは作戦の終盤ごろに、敵旗艦と戦いつつ隙を伺い提督のいるクルーザーに艦載機を飛ばし、提督を亡き者にすることでした。

そうすれば、私達の邪魔をする者はいなくなるし、家族が亡くなったことを謝罪するという名目でまた彼に会える。 まさに一石二鳥の素晴らしいアイデアでした。

作戦当日、私達は計画を決行しました。 打ち合わせ通り、私達は敵の旗艦と交戦し、敵の艦載機を打ち落とすフリをしながら、自分たちの飛ばした艦載機の爆撃を提督のいるクルーザーへと放ちました。

爆撃が命中したクルーザーは瞬く間に炎上し、文字通り火達磨となって提督とともに海に沈んでいきました。

 

 

本当に申し訳ございません、提督… 心から信頼し、尊敬していた貴方をこの手にかけてしまって……

 

でもね、貴方がいけないんですよ…! 貴方が彼を私達から引き離そうとするからこのような事態を招いてしまったのです!

すべての作戦を終え、鎮守府に戻ってきた私たちは、すぐに彼に電話をかけて提督がなくなったことを伝えました。

久しぶりに会えた彼に、私は今すぐにでも抱き着きたい衝動にかられましたが、今は堪えなくてはいけません。

私達は皆、必死に頭を下げ提督を守れなかったことを謝罪。 そして、私を含めた艦娘たちは提督がいなくなったことで別々の鎮守府に飛ばされることを伝えました。

今はこれでいい。 ほかの鎮守府に飛ばされても、いずれまた会える可能性があれば…

私は自分にそう言い聞かせましたが、話はこれで終わりませんでした。

なんと、彼は父親である提督の後を継いで、自分が提督になるとおっしゃってくれたのです!

意外な申し出に私自身驚きはありましたが、それ以上に嬉しさがこみ上げてきました。

私達は彼の言葉を信じて、彼が提督として訪れるまで此処に居させてほしいと大本営に嘆願しました。

もし受けられなければ、鎮守府にいる艦娘全員で大本営へ攻め入るという旨も伝えると、大本営も理解してくれたらしく、彼が来るまでここにいることを許可してくれました。

そして今日。 彼は約束通り、提督として私達の前に現れたのです。

本当に夢みたいです! 今まで思いを募らせてきた彼と、こうして一緒にいられるなんて。

これからは、家族として彼と色んな思い出を作っていきたいです。

彼にとっては鎮守府の仲間という、父親と同じ意味での家族だと思っているのでしょう。

でも、私にとっては夫と妻という、本当の家族として過ごしていきたいのです。

ですが、私と同じ夢を抱いている方は、この鎮守府には大勢いるのでしょう…

加賀さんに榛名さん。 電さんや吹雪さん。 表にこそ出してませんが、他の皆さんも同じ心持ちのはずです。

しかし、これだけは譲れません!

いずれ、私は必ず私の夢をかなえて見せます! たとえ、他の皆さんを提督………いえ、前提督と同じ目に遭わせようともね……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

青空の元、今日から自分たちの提督になる青年の姿を、赤城をはじめとする艦娘たちは見届けている。

ただ、彼女たちの眼は何か強い意志を感じさせるように輝いており、口元は何かを企てているかのように歪み、妖艶な笑みを浮かべていた。

 

 

 


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