ヤンこれ、まとめました   作:なかむ~

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どうも、ようやく出来たので投稿しました。
最近は仕事に追われ気味で辛いですね… 夜勤が多いせいで睡眠時間が滅茶苦茶になってます…(汗
そして次のイベントは大規模作戦とありますが、ラスダンで待ち構えるボスを思い出すと、防空棲姫や中枢棲姫などなど… 思い出すだけでもゾッとする顔ぶれですね……





嫌われ提督の道化芝居

 

 

 

とある鎮守府の中庭。 晴天の空の元、そこではここに所属する艦娘たちが穏やかに過ごしていた。

会話に華を咲かす者、他の子と一緒に遊びまわる者、自主トレーニングに勤しむ者と、各々自由な時間を過ごしている。

そんな和やかな空気が流れる中庭だったが、建物の中から一人の男が中庭の端を通りかかった途端、艦娘たちの雰囲気は一変し、穏やかな空気から険悪なムードへと変わっていった。

 

 

 

 

 

「うわっ、まだあいつここにいるよ。 気持ち悪っ…!」

 

「ほんとに、何時になったらいなくなるのかしら? もう顔を見るのも嫌なのに…」

 

「早く出ていかないと、うっかり事故で死んじゃうかもしれないのに。 まっ、それはそれでいいんだけど」

 

 

ひそひそと陰口をたたかれ、さげすむような視線を向けられる男性……提督は、後ろから聞こえる陰口に気づかないフリをしながら、その場を去っていたのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

此処の艦娘たちは、提督を毛嫌いしている。

その理由が、元々ここはブラック鎮守府だったということはなく、昔は提督と艦娘の関係も良好だった。

特に、一番新しく着任した彼は今までの提督より特に勤勉に仕事に励み、彼女たちのことをまめに気を配るその姿勢は、艦娘はもちろん軍からも一目置かれるほどであった。

現に少し前までは、彼女たちは提督と親しく触れ合い、異性としての想いを寄せる子も少なくなかった。

だが、そんな日々は前触れもなく終わりを告げた。

ある朝、いつも執務室で食事をとっている彼が珍しく食堂に訪れると、なぜかみんなが睨むような目つきで彼を見てきた。

 

 

「皆… どうか、したか?」

 

 

訳が分からず彼が尋ねようとすると、皆は…

 

 

「こっち来るな!」

 

「出てってよ!」

 

「消えろゴミめっ!」

 

 

いきなり口をそろえて提督を罵倒しだし、中には武器を向けるものさえいた。

 

 

「ま、待ってくれ皆! 一体どうして……!」

 

 

提督はどうにか皆をなだめようと声をかけるが、皆は近場に置いてあるものを提督に投げつける。 食器や皿をぶつけられ、さすがに提督も身の危険を感じ、急いでその場から逃げ出し、執務室に駆け込むことでどうにか事なきを得た。

 

 

「ハア…! ハア…! 何てことだ、皆が俺に武器を向けるなんて…」

 

 

あまりにありえない光景に、提督が息を切らせ困惑していると、妖精たちが提督のもとにやってきた。

曰く、艦娘たちのあまりの豹変ぶりに、提督の身が心配だということでここへ駆けつけてきたのであった。

 

 

「そうだったか… すまない、心配かけてしまって」

 

 

提督は妖精にぺこりと頭を下げると、艦娘たちが豹変した原因について調べてもらった。

そして、分かったことは、彼女たちが変わった原因が薬による性格改変によるもので、昨夜から朝の食事に混入させられてたこと。 おそらく、何者かが意図的にやったことを視野に入れて調べたが、昨夜は外部から誰かが侵入した痕跡はなく、一体どうやって入れたかまでは突き止められなかったことを報告してくれた。

 

 

「そうか… ありがとう、皆。 原因も分かった以上、俺も仕事に戻るとするよ」

 

 

その言葉を聞いた妖精たちは、また艦娘たちの前に現れるのは危険と引き止めたが、提督は首を横に振ると、妖精を下げさせた。

 

 

「皆の気持ちはありがたいが、俺はここの提督。 いわば、あいつらの上官だ。 その上官が部下をほうって逃げ出したりしたら、それこそ示しがつかないだろ?」

 

「もし本当に危険になったら、その時は俺も逃げる。 だから、それまでもうちょっとだけ付き合ってくれ」

 

 

提督からそう言われては仕方がないと、妖精たちも渋々引き下がり、彼は日課である執務をこなすべく仕事に戻っていった。

しかし、そこから先は散々だった。

食堂の時のように、いきなり提督を襲うようなことはなくなったが、艦娘たちの提督に対する態度はがらりと変わってしまった。

次の出撃に関する作戦内容を連絡しようとすれば、

 

 

 

 

「皆、それじゃ今日の出撃について……って、おいっ!?」

 

「フン、貴様の指示なんぞ聞くだけ無駄だ。 ここから先は我々だけでこなす、貴様はとっとと失せろ!」

 

 

作戦の指示について耳を貸す者はなく、悪態をつかれる。 さらに、執務中には、

 

 

 

 

 

「大淀、お茶が入ったから少し休まな…」

 

 

 

 

バシャッ!

 

 

「なっ!?」

 

「ああ、すみません。 うっかり手が滑って、書類にかかってしまいました。 申し訳ありませんが、新しく書類を書き直してください。 私はお言葉に甘えて、少し休ませてもらいますので」

 

 

秘書艦の大淀にお茶を差し出した途端、わざとお茶を書類にかけられ一人直しに追われたり、また食堂では…

 

 

 

 

 

「うーわ、なんか邪魔くさい人がいる。 御飯がおいしくなくなっちゃうじゃん」

 

「ハア… 誰か余計な人のせいで食事が進まないなー。 誰がとは言わないけど」

 

「…ああ、提督ですか。 申しわけないのですが、今ちょっと食材を切らしてますのでどこか他所へ行ってもらえますか? もっとも、明日も明後日も貴方に出す食材は切らしているのですけど」

 

 

食堂では露骨に煙たがられ、食事作りを担当する間宮や鳳翔からは食事作りをボイコットされる事態となっていた。

仕方なく、提督はいつも遠くにあるスーパーまで食料を買ってきては、執務室や誰もいない場所でひっそり食事をとっていた。

他には、日常で挨拶しようとすると無視されたり暴力を振るわれたり、執務中のいたずらや嫌がらせ、あげくには演習にかこつけ直接提督を狙う者さえ出てきた。

もはや軍法会議にかけられてもおかしくない事態。 大本営も彼の身の安全のため、彼を別の鎮守府に異動させようという話を持ち掛けた。

彼ほど有能な人物なら、他所の鎮守府に移っても十分やっていけると考えての提案だったが、当の提督本人がその提案を断ったのだ。

 

 

 

 

 

「皆がおかしくなったのはあくまで薬が原因です。 それさえ切れればいずれは元に戻るはずですし、皆が正気に戻ったとき、俺がその場にいなければ、それは俺がみんなを裏切ったということになってしまいます。 そんな真似は俺にはできないし、したくありません。 だから、どうかこれからもここの提督としてやらせてください!」

 

 

被害者であるはずの提督自身から真摯に彼女たちを罰しないでほしいと頼み込まれては、さすがに大本営も手を出すわけには行かなかった。

結果、今回は様子を見るということでこの場は収まったが、いくら待てども皆が元に戻る様子はなく、提督への暴行は続くばかりであった。

 

 

「いつつつ… さすがに、戦艦に殴られたのは効いたな。 これは、しばらく腫れそうだ」

 

 

この日も艦娘から暴言を吐かれた挙句、派手に殴られた頬をさすりながら、提督は自分で手当てを行っていた。

手当てを終えた提督は、執務室を見渡した。

壁にはあちこちに落書きと壊された跡があり、窓はひび割れ隙間風が入り込んでくる。 もはや執務室というより、廃墟と呼んだ方が違和感がない状態だった。

妖精たちは皆、提督を心配して駆け寄ってきたが、提督は自分のことなら大丈夫だと笑顔で妖精たちを励まし、いつものように執務に戻っていった。

傍から見ればとても過酷な毎日だったが、提督はそれを辛抱強く耐え続けた。 しかし、それも限界が見えてきた。

 

 

 

 

艦娘たちがおかしくなって半年になるころ。 朝から提督が仕事に入ろうとすると、廊下から足音が聞こえる。

提督が入り口を見ると、そこには金剛を筆頭に艦隊の主力となる艦娘たちが、ぞろぞろと執務室へ押しかけてきた。

突然押しかけてきた彼女たちに提督が驚いていると、金剛は乱暴に机をたたく。

 

 

「テートクー。 貴方、何時までそうしてるつもりですカ?」

 

「ど、どう言う意味だ金剛?」

 

 

言葉の意味が分からず尋ねると、今度は瑞鶴が声を荒げてきた。

 

 

「そんなの決まってるじゃない! さっさとここを出てってほしいって言ってんの。 そんなことも分からないの!?」

 

「ず、瑞鶴……」

 

「ここにはもう、貴様の指示に従う者など誰もいない。 むしろ、いるだけで邪魔な存在だ」

 

「長門、お前まで……!」

 

 

今までともに過ごした仲間からの辛らつな言葉に、動揺を隠せない提督。 彼を見る皆の眼は、完全に嫌悪の色に染まっていた。

 

 

「落ち着いてくれ、皆! お前たちは薬のせいでおかしくなってるだけなんだ。 現に、半年前までは皆親しく接してきてたではないか! どうか、皆もそのことを思い出してくれ!」

 

 

どうにか皆に分かってもらおうと、提督は必死に弁論するが、それも加賀の言葉で無慈悲に打ち切られた。

 

 

 

 

 

「それは違うわ。 むしろ、半年前までの私たちがおかしかったのよ。 貴方のような男を提督と呼び慕い、貴方に喜んでもらおうと皆懸命に戦った。 今にして思えば、なんでそんなことをしたのかと理解に苦しむわ。 できることなら、そんな愚かな真似をした、半年前の自分を張り倒したいくらいよ」

 

「加賀……」

 

「これでお分かりでしょう、提督? 貴方にいなくなってもらった方が、私達の為になるのです。 本当に私たちを大事に思ってくれるのならば、どうかここから出てってくださいね」

 

 

にこやかに言い放つ大淀に、提督はがっくりと項垂れた。

ショックのあまりしばらく言葉が出ずにいたが、ゆっくり頭を上げると、彼は皆に尋ねた。

 

 

「……一つだけ聞かせてくれ。 皆は、俺が提督じゃない方がいい…のか?」

 

 

ふり絞るような、かすれた声で尋ねる提督。 それを聞いた彼女たちは……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「もちろん、いいに決まってマース! 貴方みたいな人が提督なんて、他の鎮守府でも困るに決まってるネー! 早くいなくなってもらうのが一番デース♪」

 

 

嬉しそうに叫ぶ金剛に、皆も同意の言葉を送ってきて、それを聞いた提督は静かに呟いた。

 

 

「そう…か… なら、俺は皆の為にも、此処からいなくなるとするよ。 最後に、俺の質問に答えてくれてありがとう。 それじゃ皆、元気でな……」

 

 

提督は最後にそう言い残すと、荷物をまとめ鎮守府を去った。

見送りが一人もいない正門を後にし、彼は一人とぼとぼと歩いていく。

後ろを振り返ることなく歩き続ける提督だったが、鎮守府が見えなくなったところで彼は足を止めた。

後ろを振り返り、鎮守府が見えなくなったのを確認すると…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「やった…! ようやく… ようやくあそこからおさらばできたー! やったー! これで俺は自由だ―!! 大本営も艦娘も、ざまあみろってんだ! バンザーイ!!」

 

 

両手を上げ、本心を叫びながら喜ぶのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

彼は望んで提督になったわけではなかった。

元々、平凡な家庭で生まれ育った彼は、本来なら軍と無縁の存在だったのだが、彼が20歳になったころ、軍が艦娘を指揮する提督を探すための検査を行うこととなった。

通常の提督なら艦隊を指揮する能力が必要となるが、艦娘たちを指揮する提督は指揮系統より妖精が見え、彼女たちとコミュニケーションを取れる者が必要とされていたからだ。

そして、それは誰でもできるというわけではなく、適性がないとできないので、軍はこうして適性があるかを確かめるため、20歳になる若者を定期的に調べていた。 それだけ、艦娘たちの提督というのは貴重な存在だった。

だが、適性があるのは数百人に一人いるかいないかというほどの確率なので、彼も自分は選ばれないだろうと思っていた。

しかし、そんな彼の予想とは裏腹に、彼には適性があることが発覚。 結果、彼は否応なく提督として働くこととなってしまったのだ。

そのうえ、彼は軍だけでなく艦娘も嫌っていた。

彼女たちは外見こそ人間の少女と変わらないが、海を奔り軽々と艤装を背負うその力は明らかに人間と違う、人外のものだった。

そんな艦娘を、化け物のように気味悪がる国民も少なからずおり、彼もまたその一人だった。

だが、皮肉なことに彼には適性があり、そのせいでやりたくもない提督に任命され、関わりたくない艦娘たちの相手をする羽目になってしまったのであった。

彼が今までの提督より勤勉だったのは、仕事に没頭することで少しでも嫌いな艦娘と接する機会を減らすためで、艦娘たちをこまめに気遣っていたのは、ヘタな采配をして彼女たちから恨みを買いたくなかったからだった。

しかし、結果としてその行いが彼を有能な提督として大本営から注目され、艦娘たちからは慕われる形になってしまった。

提督もまた、自分が置かれている状況をまずいと危惧し、必死に状況を打破する方法を考えていた。

まず、自分の意志で辞任するのは無理だった。

大本営にとって、艦娘たちの提督はとても貴重なもの。 よほどの理由がない限り、手放すことはないからだ。

次にブラック鎮守府まがいの行動を起こし、軍から解任されようかと考えたが、そんなことをすれば軍法会議にかけられ牢屋に入れられるのが落ちだし、最悪艦娘たちから憎まれその場で殺されかねない。

他に何かないかと考えた末、彼はある方法を思いついた。

それは、自ら艦娘たちに嫌われ自信を失ったという形で提督をやめようというものであった。

そのために、彼は他所の鎮守府で使われていたという嫌われ薬をこっそり手に入れ、深夜に艦娘たちの食事に盛る。

そうすることで、薬のせいで嫌われた悲劇の提督を演じたのだ。

妖精たちが犯人を突き止められなかったのも無理はない。 何せ、被害者である提督自身が犯人だとは、まず思わないからだ。

そこから先は彼女たちに嫌われ続け自信を失いながらも、皆を守るために残り続けるフリをした。

その姿を見せれば、大本営も自分を解任させた方がいいと考えるはずと彼は思っていたが、大本営からは意外な提案が出された。

それが、彼を他所の鎮守府に異動だった。

だが、彼はそれを真っ先に拒否。 そんな提案を受ければ、今までの計画がすべて台無しになってしまうからだ。

結果的には、彼が異動の件について断ったことで、彼は艦娘たちを大事に思う提督のイメージが強まり、彼の計画がばれることはなかった。

それからも、彼は艦娘たちからの仕打ちに耐えつつ辞めるチャンスを伺い、半年後にそれは訪れた。

執務室に一斉に押しかけてきた艦娘たちに、口を揃えて出てけと言われ、彼はその言葉にショックを受けたフリをしながら、堂々と提督業をやめる理由を得た。

こうして、彼は提督をやめることに成功。 同時に、自分が毛嫌いする艦娘たちに仕返しをすることができた。

この半年間、彼が継続的に薬を入れ続けたせいで彼女たちは彼を嫌っていたが、それがなくなった以上、薬の効果は数日もすれば切れる。

そうなれば、自分たちはなぜ提督に対してあのような仕打ちをしたのかと激しく後悔する。

それこそが、自分を提督にした大本営と艦娘たちへの報復であり、彼が考えた計画の全てだった。

 

 

 

 

 

「この半年間、あいつらの仕打ちに耐えた甲斐があったぜ。 薬が切れたあいつらがどんな反応を見せるのか、それが見られないのは残念だが、まあいい。 大本営も、艦娘共も、俺を提督にしたことを存分に後悔するがいい。 ア―――――ハッハッハッ!!」

 

 

そう高笑いを上げながら、元提督の男は鎮守府を背に、その場を後にしていくのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

彼が提督をやめて一週間が過ぎた日。 男は自宅のアパートで大きく伸びをした。

 

 

「ああ… こうして煩わしい提督業をせず、艦娘共の顔を見なくていいと思うと、心が軽くなるな。 さて、テレビでも見るか」

 

 

男は手元のリモコンでテレビのスイッチを入れる。

映った画面には、昨日起きた事件などをニュースで放送していた。 強盗や窃盗、果ては殺人事件など、物騒な内容に男は顔を曇らせる。

 

 

「やれやれ、相変わらず物騒な世の中だな。 さて、次はどんなニュースが流れ……る………?」

 

 

次の瞬間、たった今入ってきた情報があると、テレビは急にニュースの内容を変更。

そして、そのニュースを聞いた途端、彼は思わずテレビに映る映像に絶句。 そのまま画面に釘付けになった。

 

 

「ど…どういうことだよ……? これは……」

 

 

そこに映っていたのは数人の艦娘で、中央にいる神通は自分の写真を持っている。

さらに、彼女たちの背後に映るのは、砲撃により破壊され廃墟と化した、大本営の建物だった。

あまりに衝撃的な映像に男が夢中になっていると、不意にニュースキャスターの声が聞こえる。

 

 

『た、たった今入った情報によりますと、彼女たち艦娘は突如大本営を襲撃し破壊。 さらに、テレビ局を通じて皆さんにお伝えしたいことがあると言っております!』

 

 

焦りを隠せないニュースキャスターの声。 そして、それとは入れ替わりに神通の声がテレビを通じて男の元へと流れてきた。

 

 

 

 

 

『テレビの前の皆さん、聞いてください。 この人は私たちの提督で、私達は今この人を探しています。 提督を見た方がいた場合、すぐに私達のところへ連絡してください!』

 

 

悲痛な叫びと表情で、神通はテレビ画面に訴えかけ、その隣にいた古鷹が話を引き継ぐ。

 

 

『私達は半年前に、薬を盛られ提督を嫌うよう仕向けられていました。 そして今、薬が切れ正気を取り戻した私たちは、提督に誠意をもって謝罪し、再び鎮守府へ戻ってきてほしいのです。 そのために、私達は大本営に提督の消息を尋ねたのですが、大本営は提督の消息については知らないどころか、提督の身の安全のためと称して、提督を他所の鎮守府に異動させ私達から引き剥そうと企てていたのです! そんなこと、許せるはずがありません!』

 

『だから私達は、先ほど皆で大本営を襲撃し壊滅させました。 大本営が使えなくなった以上、あとは皆さんの誠意にお願いするしかないのです。 だから皆さん、どうか私達にこれ以上の暴挙を働かせないためにも、提督の居場所を知っている方は大至急私達へ情報を提供してください。 お願いします!!』

 

 

 

 

 

 

 

 

テレビの前で神通達の演説を聞いた男は、開いた口がふさがらずその場に立ち尽くした。

口上ではお願いなどと言っているが、彼女たちのしていることは、ただの強迫でしかない。

まさか自分がいなくなったことが、この様な事態を引き起こすことになるとは……

男は背筋が寒くなり、恐怖で全身が震えてきた。

 

 

「…そ、そうだ。 とにかくこのままここにいてはまずい… 急いでどこか別の場所へ身を隠さないと…!!」

 

 

男は慌てて鞄に着替えや財布などの貴重品を詰め込み、必要最低限の荷物をまとめると、転がるように玄関から外へ飛び出した。

行く当てはないが、このままここにいては見つかるのは時間の問題。 とにかく人のいない場所へ身を隠そう。

そう考え、彼は逃げようとしたが……

 

 

 

 

 

「いた! 皆さんの情報通り、ここにいましたよ!」

 

「良かったのです、榛名さん! 親切な人が、司令官さんがここにいると教えてくれたおかげなのです♪」

 

 

彼が飛び出した先にいたのは、かつて鎮守府で一緒だった榛名と電だった。 二人とも喜びを露わにしながら男へ駆け寄り、涙を流した。

 

 

「提督…! 半年もの間、本当にすみませんでした! 今まで貴方に散々ひどい仕打ちをしたこと、心から反省しています!」

 

「司令官さん…! 電も、司令官さんに意地悪してごめんなさいなのです! 他の皆さんも、司令官さんにちゃんと謝りたいって言ってます。 だから、どうか鎮守府に戻ってきてほしいのです…!」

 

 

涙にぬれた顔で、二人は元提督へと謝罪の言葉をかけるが、それ以上に彼は二人の眼が気になって仕方なかった。

二人とも表情は悲しげだが、その瞳は黒く淀みまるで光が灯っていない。 とても正気と呼べるような眼ではなかった。

これは男の予想だが、おそらく今の彼女たちは正気を保ってはいない。 自らの手で慕っていた自分を追い出したという事実に、心が壊れてしまったのだろう。

大本営を壊滅させ、テレビ局を使ってまで自分を探そうと画策したのがその証拠だ。 たかが行方不明の人間一人探すために、そこまでする時点でまともじゃない。 自分たちが慕う提督を探すためなら、もはや手段は選ばないということだ。

そうしてるうちにも、榛名と電は男の手を取り戻ってほしいと懇願している。 だが、その手から感じる力は少女の細腕とは思えないほど強力で、今にも握りつぶされてしまいそうだった。

今の自分に選べる選択は二つ。 一つは自分が提督業も艦娘も嫌いだということを白状し、ばっさり諦めてもらう事。 そして、もう一つは……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……ああ。 皆、ようやく元に戻ってくれたんだな。 こうして皆の方から迎えに来てくれて、俺も嬉しいよ」

 

 

彼女たちが慕う提督を演じ、この場をしのぎ切る事だった。

 

 

「て、提督にそう言っていただけて、榛名も嬉しいです…///」

 

「皆にも心配かけてしまったようで、すまないな。 俺からもちゃんと謝らないと」

 

「そんなことないのです! 司令官さんはちっとも悪くないのです。 悪いのは、司令官さんにひどいことをした電たちなのです!」

 

 

榛名と電の姿を見ながら、彼も涙を流す。

嬉し泣きなんかではない。 彼はこれから自分がどうなるかを察していたからだ。

本当はこんな事したくないし、今すぐにでも逃げだしたい。

だが、今生き延びるにはこうするしかないし、これからもこれを続けるしかない。

彼の手を取りながら、榛名と電は彼の顔を見て、嬉しそうに声を揃えて言った。

 

 

 

 

 

「「さあ、戻りましょう。 私達の鎮守府へ♪」」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

艦娘たちの大本営襲撃事件から数日後。 鎮守府では何事もなかったかのように、朝から楽しげな声が聞こえていた。

 

 

「おはようございます、提督。 今日も一日、よろしくお願いしますね」

 

「ああ、おはよう扶桑。 山城も、今日一日頑張ってくれよ」

 

「あ、貴方に言われなくてもそのつもりよ…! ……て、提督もお仕事頑張ってくださいね…///」

 

「おはよう提督! さあ、今日こそはあたしのカツカレーを食べて頂戴よー!!」

 

「あっ、足柄さん一人だけ抜け駆けしてずるいー! 提督、瑞鳳の作った卵焼きの方がおいしいよ。 食べて―」

 

「やれやれ… 足柄も瑞鳳も相変わらずだな。 足柄のカレーは昼、瑞鳳の卵焼きは夕飯に食べるって、昨日言っただろ」

 

「だって…… 提督に早く食べてほしかったんだもん…」

 

「そうむくれるなって。 俺は楽しみは後にとっておくタイプだから、卵焼きは後の方がいいんだ」

 

「ほんと…!? じゃ、じゃあこれは夕食に取っておくからね! えへへ♪」

 

「テートクー!  breakfastなら、ぜひ私達と一緒してほしいデース!!」

 

「駄目ですよ金剛さん。 提督は私達が先に朝食に誘ったのですから」

 

「あー… すまんが今回は赤城と加賀の方が先なんだ、悪いな金剛。 食事ならまた付き合ってやるから勘弁してくれ」

 

「……まあ、それなら仕方ないネー。 but、テートクとのケッコンは私が先に頂くから、no problemデース!」

 

「……頭に来ました」

 

「おい加賀、食堂で艤装を出すな! 金剛も、ヘタに挑発するんじゃない…!!」

 

 

 

 

 

 

 

あれ以来、男は鎮守府に連れ戻され、再びやりたくもない提督として、嫌いな艦娘たちの指揮を執っていた。

艦娘たちに自分の本性がばれないよう、良き提督を演じ続け、やつれた表情をごまかすために必死で作り笑いを見せた。

全ては自分の命を守るため、此処で生き延びるためだった。

自分の本心を悟られたら命はない。 現に、自分の周りを囲む艦娘たちの瞳は光を宿しておらず、その目は愛しい提督の姿を映し出していた。

そして今日も、彼はこの鎮守府で芝居を始める。

艦娘たちから身を守るため、彼女たちの慕う提督という道化を演じるために……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「よーし! それじゃみんな、今日も一日頑張って行こう!!」

 

 

男は食堂中に響き渡る声で、艦娘たちを激励する。

その表情は楽しそうという様子は一切なく、涙を流し苦しそうな顔で叫んでいた。

 

 

 


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