ヤンこれ、まとめました   作:なかむ~

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どうも。 ようやく出来たので投稿しました。
知らない方に説明すると、この話は『正体不明のガールフレンド』の後編になります。
前回伏せといた三人の正体も判明するので、ぜひ答え合わせしてみてください。






此処より遠くで貴方を想い、此処より近くで貴方を見つめる

 

 

 

青年の母親がやってきてから2日後。

休日が終わり、この日も仕事に向かうべく、青年は身支度を整え玄関のドアを開ける。

だが、すぐに出る様子はなく、青年は険しい表情で周囲を伺いながら、辺りを警戒している。

 

 

「…よし、誰もいないな」

 

 

建物の脇やブロック塀の裏などに人が隠れていないことを確認すると、青年はそそくさとアパートから出た。

彼は少し前から顔も名前も知らない女の子にストーカーされており、おまけにその子が自分の知らないうちに、知り合いに彼の恋人だと吹聴していることを知った。

おまけに知り合いの証言から、自分をストーカーしているのは一人ではないと推測し、次の日から正体を突き止めようと注意深くなっていた。

この日も知り合いに接触したのではないかと思い、今朝大家さんに会ってきたが、今日はまだやってきてないとのこと。

しかし、彼も念のためにと、もしその彼女が尋ねてきた時は話があるから自宅に案内し待ってほしいと頼んでおいた。

彼女がいるところへ自分が戻ってこれればそれでよし。 万が一、彼女が帰ったとしても、昨日部屋に仕込んでおいたもので正体を突き止めることができるからだった。

 

 

 

 

 

 

駅から電車に乗り込んだ彼は、日課の艦これをやるフリをしながらも、周りに例の女の子がいないか目を光らせていた。

いくら電車内に人が多いとはいえ、相手は銀髪もしくは金髪の女性。 そんな髪をしていれば、嫌でも目立つはずだからだ。

彼は左右に目くばせするが、現状それらしい女性は見つからず、周りにいるのは日本人らしく黒い髪をした人たちばかりであった。

 

 

「…さすがに、今はまだいないか」

 

 

青年が安堵の息を漏らし、ほっと胸をなでおろした時だった。

 

 

 

 

 

 

ゾクッ!

 

 

突如背中を走る悪寒に、青年は慌てて辺りを見回す。 どこからか分からないが、誰かの熱い視線を感じたのだ。

 

 

「だ、誰だ!? どこから俺を見ている!?」

 

 

しかし、周りは人の波で遠くを見ることはできず、逆に遠くからこちらを見ようにも、ほかの乗客たちに阻まれとても見える状況ではなかった。

おまけに、青年がいきなり大声を上げたせいで、辺りの客たちは一斉に彼に注目し、青年は我に返ると自分が何をしているのかに気づいた。

 

 

「あっ…… えっと、その……す、すみません」

 

 

青年が静かに謝ると、他の客たちも何事もなかったかのように外の景色や手元の新聞を見始める。

青年もまた、恥ずかしさに顔を伏せながら、艦これを再開し始めたのであった。

 

 

「気のせい……なのか? いや、あの時感じた視線は気のせいじゃない。 一体、犯人はどこから俺を見てるんだ?」

 

 

正体の分からない不安に駆られながらも、彼は目的の駅に着くまで、じっとスマホで艦これをやるのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

時刻は昼。 仕事を一段落させ、休憩に入った青年は、同僚に誘われ外で弁当を買ってくると、一緒に食べるため休憩室に向かっていた。

 

 

「俺から誘っておいてなんだが、お前も残念だったな。 今日は彼女が来なかったせいで、男二人で飯を共にする羽目になって」

 

「その言い方はやめろって… 俺としては、こうして一緒に食う機会はあまりなかったからいいと思ってるぞ。 お前も、俺と食うのは嫌いじゃないだろ?」

 

 

弁当が入ったビニール袋片手にそう話す青年に、同僚もおどけた笑みを見せる。

 

 

「まあな。 お前と駄弁りながらの飯もまた、オツなもんだからな」

 

 

お互い他愛のない話をしながら休憩室へ移動していたが、青年はふと足を止めた。

同僚がどうした? と聞くと、彼は突然声を上げる。

 

 

「いっけね、飲み物買うの忘れてたわ! お前の分も買ってくるから、先に行っててくれないか?」

 

「ああ、わりぃ。 じゃあ、お前の弁当も持って、休憩室で待ってるからな」

 

 

同僚は青年の分の弁当を受け取ると、一足先に休憩室に向かって廊下を歩いていく。

逆に、青年は今来た道を引き返していく。 廊下の突き当りから階段で下に降り、すぐわきに置いてある自販機で、コーヒーとお茶を購入した。

飲み物を取り出し、早く休憩室に戻ろうと踵を返す……その時だった。

 

 

 

 

 

「…っ!? 誰だっ!!」

 

 

一瞬だったが、確かに見えた。

ここから奥にある、この建物の出入り口。

そこからこちらを見つめる女の姿を……

 

 

女は青年が振り向くと、慌ててその場から身を翻す。 逃がしてたまるかと青年も急いで後を追うが、青年のいる場所から出入り口までの廊下の長さはざっと100メートルほど。 それだけ離れた距離にいる相手を探そうと飛び出しても、出入り口に着くころには女の姿はなく、どこへ逃げていったかさえわからなかった。

ただ、取り押さえることはできずとも、収穫はあった。

彼は確かに見た。 女が逃げようとしたとき、振り向きざまに流れ、陽光に照らされ輝いていた金色の髪を……

 

 

「さっきの髪の毛、確かにあれは金髪だった…… まさか、あれがお袋が会ったっていう女の子か!?」

 

 

青年が一人考えていると、階段を下りてきた同僚が、急ぎ足で青年の元へとやってきた。

 

 

「あっ、いた! おい、何してんだこんなところで!?」

 

「えっ? ああ、すまん… つい、飲み物を選ぶのに時間がかかっちゃって」

 

 

青年は同僚がやってきたのは、自分が遅くなったからだと思い、咄嗟に謝る。

ただ、自販機から離れた出入り口にいる理由としては苦しいかもしれないと思ったが、同僚はそんなこと気にする様子もなく、話をつづけた。

 

 

「なんでこっちにいるのかは知らないが、そんなことはどうでもいい。 それより、早く休憩室に来い! お前の彼女が弁当持って、待ってんだよ!!」

 

 

 

 

 

その言葉を聞いた途端、青年は目を見開いた。 それじゃ、さっき逃げていった子は一体……?

 

 

「さっき休憩室に行ったらあの子が来ててよ。 『今日も食べてほしいから♪』って、言ってたんだ。 だから、俺もお前を呼んでくるからって出てきたんだよ。 今、休憩室で待っててもらって……って、おい!?」

 

 

同僚が話を終えるより早く、青年は一直線に休憩室に向かって駆け出してた。

慌てて同僚も後を追っていくが、彼は同僚が呼びかけるのも聞かず、息を切らせながら休憩室前のドアにたどり着くと、勢いよく扉を開けた。

扉の先はいつも見慣れた休憩室で、少し広めのスペースに2列に並んだテーブル。 テーブルの左右には椅子が数個ずつ置かれているという場所だったが……

 

 

 

 

 

 

「……いない」

 

 

休憩室の中にあったのは、自分と同僚の荷物が入ったカバンに同僚が持ってってくれた弁当が二つ。

そして、前の時と同じようなかわいい柄の包みに入った弁当箱が置かれているだけで、同僚の話していた彼女とやらは、影も形もなかったのだ。

青年が呆然と立ち尽くしていると、後から追いかけてきた同僚が声をかけた。

 

 

「ハア… ハア… お、お前……どうしたんだよ、急に走り出して…! …って、あれ? あの子、いないな。 もう帰っちゃったのか?」

 

 

姿を消した恋人に、首をかしげる同僚。

青年は息を整えると、やってきた同僚に尋ねてみた。

 

 

「な、なあ… 俺の恋人って子が、確かに来たんだよな?」

 

「ああ、ちゃんと来てたぞ。 ほら、そこに弁当箱が置いてあるだろ?」

 

「その子は、髪は金髪だったか…?」

 

「金髪…? 何言ってんだお前、その子は銀髪だったぞ。 前もそういったのに、ほんとどうしたんだよ?」

 

 

同僚の返事に、青年は彼女が持ってきたという弁当箱を見やる。

同僚が見たという子は銀髪だったのに、自分が見た子は金髪だった。

同僚が嘘を言っているとは思えないし、やはり同僚が見たのと自分が見た子は別人だったという事。 つまり……

 

 

 

 

 

「やはり、そうか…! 俺を狙ってるストーカーは一人じゃないんだ。 犯人は複数いるという事か……!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

夕方、仕事を終えた青年はアパートに戻ってくる。

ストーカーは一人じゃないという悪い予感が的中してしまい、ここまで帰る間も誰かにつけられてないかと警戒し、ようやくここまでやってきた。 幸い、ここまで来るのに不審な影はなかったが、それでも油断はできなかった。

ブロック塀で区切られたアパートに来ると、ちょうど庭の手入れをしていた大家が彼のもとにやってきた。

 

 

「おお、お帰り。 今日も一日お疲れだったね」

 

「ああ、大家さん。 今帰りました」

 

「それにしても、君もちょうどいいところにやってきた。 ついさっき、君にお客さんが来たんだよ」

 

 

大家の言葉に青年の表情がこわばる。 「まさか…」と口ずさむ彼の背中を、大家はニコニコ笑いながら後押しした。

 

 

 

 

 

「ほら、君が言っていた例の恋人さん。 君に届けたいものがあるからってやってきたんだ」

 

 

自分の予想してた通り、例の恋人を名乗るストーカーが自分のもとを訪れてきたらしい。 おそらくは、前に大家に会ったという和風美人の女だろう…

恐ろしくもあったが、同時にチャンスでもあった。 ようやく自分を付け狙う相手の尻尾を掴むことができるのだから。

 

 

「そうか、来たんですね。 それで、彼女は今どこに…?」

 

「あの子なら君の言ってた通り、君の部屋で待っててもらってるよ。 君が来るまでに、そう時間は経っていないから、まだ中にいるよ」

 

 

どうやら、大家は今朝の打ち合わせ通りに彼女を自分の部屋へ案内してくれたようだ。 大家の話通りなら、相手は自分の部屋の中。 外へ逃げようにもこのアパートは周りをブロック塀で囲ってあり、出られるのは今自分が入ってきた正面だけ。

それに、ここには大家が正面近くの庭で日課の庭掃除を行っているので、出ようとすれば大家が気付かないはずがない。 つまり、現状相手は袋の鼠だった。

今まで自分を尾け狙ったのは誰なのか? 恐怖と好奇心を抱きながらも、青年は大家とともに部屋の扉に行き、扉を開けると……

 

 

 

 

 

 

「……えっ?」

 

 

そこには誰もいなかった。

室内は中央のテーブルに取っ手付きの紙袋が置かれているだけで、部屋はこの一室だけ。 キッチンやトイレ・風呂場も確認するが、いずれも人がいる形跡はない。

さすがにこれには、青年だけでなく大家も驚きを隠せなかった。

 

 

「あれ? おっかしいねぇ… あの子をここに案内してから、そう時間は経ってないはずなのに。 いつの間に帰ったのやら……」

 

 

同僚の時と同じ状況に、青年は身の毛がよだつ。 あの時と違って、今回は逃げ道がないはずなのに、なぜ相手はここから姿を消すことができたのか?

 

 

「あの、大家さん…! 本当に彼女はここに来たんですか? 部屋を間違えたわけじゃないんですか!?」

 

「それはないさ。 大家である私が部屋を間違えるわけないじゃないか。 それにほら、テーブルに置いてある紙袋。 あれはあの子が君の為にって持ってきたものだから、間違いなく彼女へここへ来てたんだよ」

 

 

青年が恐る恐る中を確認すると、中身は前と同じように彼の好物が入ったパックが入れられており、今回は手紙まで同封されていた。

 

 

『大事なあなたの為に、勝手ながら今回も料理を作らせていただきました。 これを食べて、少しでもおいしいと思っていただければ、嬉しいです』

 

 

綺麗な字で、手紙にはそう綴られていたが、彼にとっては恐ろしい以外の感想が出てこなかった。

この場で握りつぶしたい衝動を抑え、手紙を袋の中に戻すと、彼は再び大家に尋ねた。

 

 

「た、確かにここに来たのは分かりました。 でも、もし帰ったのなら、大家さんが気付かないはずがないのでは…!?」

 

「まあ、確かにそうなんだけどね… 私もずっと正面を気にしてるわけじゃないから、もしかしたらちょっと他のことに気を取られた隙にその子が出て行ったのかもしれないね。 何か急ぎの用でもあったのかな?」

 

 

呑気に語る大家を他所に、青年は相手の恐ろしさに身が震えた。 こうも知り合いに接触し、なおかつ自分にはその存在を掴ませない彼女たちは、いったい何者かと……

 

 

(……落ち着け、落ち着くんだ。 大家がここへ案内した以上、必ずあれがその女を捉えているはず。 今夜、その正体を暴いてやる…!)

 

 

そう自分に言い聞かせながら、青年は必死に自分の心臓が落ち着きを取り戻すのを待つのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

時刻は夜になり、部屋にいるのは青年一人になった。

厳重に戸締りができているのを確認すると、彼は壁際の箪笥の上に置いてある箱を下ろした。

 

 

「…よし。 どうやらこれは持ち去られなかったようだな」

 

 

箱の中には監視用の小型カメラが入れられており、レンズの先には部屋の内部を撮影できるよう、小さな穴が箱にあけられていた。

青年はカメラを操作し、自分が返る少し前の時間から映像を確認した。 この時間帯は大家が例の女性を部屋に案内したころ。 その相手が映っているはずだからだ。

最初に流れたのは誰もいない無人の室内。 そこへ大家が開けたのであろう、鍵の開く音。 そして、ついに大家に案内され入ってきた女性がカメラに映ったのであった。

 

 

「よし、見えた! 一体、俺の彼女を名乗る奴はどんな……!!」

 

 

だが、次の瞬間、彼は目を見開いた。

開いた口がふさがらず、目の前の映像を食い入るように見つめていた。

映像に映ったのは大家が話していた通り、和風美人という言葉が似合う、銀色の長い髪をした美女。 だが、彼はその女性に見覚えがあった。 何故なら……

 

 

 

 

 

 

「…どういう…ことだよ……? なんで……翔鶴がここにいるんだ……!?」

 

 

カメラに映る女性。 それは、彼がやっているゲーム『艦隊これくしょん』に登場するキャラの一人、正規空母『翔鶴』だった。

本来彼女はゲームのキャラクターであり、実在する人物ではない。 しかし、今目の前で大家と談笑しているのは、紛れもなく本人そのものであった。

翔鶴は大家と別れた後、荷物を置いて大人しく正座していたが、しばらくすると落ち着かないのか、ゆっくりと歩きながら部屋の中を見回していた。

 

 

『はあ… ここが、提督のお部屋。 何時も提督が過ごしている場所に、今は私がこうしている。 ああっ…! まるで提督の奥さんになったみたい♪』

 

 

顔を赤らめながら照れる翔鶴に対し、青年は背筋が震えた。

よもや相手はこの世界の人間じゃなく、ゲームに出てくる架空の存在。 それがこうして自分の恋人を名乗って現れたことに、喜びより恐怖が勝っていた。

だが、さらにカメラの映像を見ていると、不意に画面外から自分と大家とのやり取りが聞こえ、それに気づいた翔鶴は玄関に顔を向け、狼狽しだした。

 

 

『いけない、提督が帰ってきちゃった。 急いで戻らないと…!』

 

 

そう言って、彼女はパソコンに駆け寄ると、さらに青年を驚かせた。

なんと、パソコンを起動し画面を映すと、光が付いたモニターに頭から入っていったのだ。 彼女の体がすべて入った途端、パソコンの電源は切れて、入れ違いに自分と大家が部屋に入ってくる姿が映し出されていた。

 

 

「ど、どういうことだよこれは…!? まさか、あいつらが画面の向こうからこちらに来たとでもいうのかよ…!?」

 

 

あまりに信じがたい出来事に、ただ困惑することしかできない青年。 カメラの映像にかじりつくように眺めていたその時……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……見てしまったのですね。 提督」

 

 

突如背後から聞こえる女性の声。 青年の額を一筋の汗が流れていく。

あまりの恐怖に後ろを振り返るのが恐ろしい。 しかし、確かめずにはいられない。

青年は恐る恐る後ろを振り返ると、そこには先ほどまでカメラに写っていた女性…… 翔鶴が青年を見下ろしていた。

 

 

「本当は、提督に見られてはいけないと明石さんに釘を刺されていたんですけど…… まさかそんなものを仕込んでいたなんて、予想外でした」

 

 

翔鶴は一人、演劇の女優のようにポーズをとりながら物悲しげに呟いていたが、青年は彼女の言ってることが理解できず、声を荒げた。

 

 

「な…何を言ってるんだ、お前は…!? やっぱり、俺の恋人を名乗って大家に会ったのはお前なのか…!?」

 

「はい。 そうですよ、提督。 明石さんの許可が下りるまで提督に直接会ってはいけないと言われてましたので、せめてこういう形で貴方のお傍にいられればと思い、やらせていただいたのです」

 

 

うっとりとした笑みでそう語る翔鶴だが、彼からすればますます分からないことだらけだった。

 

 

「どういう意味だよそれ…? 一体何の目的があって、お前はこんな真似をしたんだよ!?」

 

 

青年は、少しずつ距離をとるようにしながら、翔鶴から後ずさりしていく。 そこへ……

 

 

 

 

 

 

「…それについては、これからお教えしますよ。 提督さん♪」

 

「…っ!?」

 

 

いきなり自分の耳元にささやきかける声に、後ろを振り返ると、そこにはニコニコと微笑みながら彼を見つめる女の子の姿があった。

 

 

 

 

 

 

「お前は…鹿島!? 翔鶴だけでなく、お前もこっちに来たのか!?」

 

「はい♪ 翔鶴さんもそうですけど、鹿島も提督さんにお近づきになりたくて、提督さんの職場にお邪魔させていただきました」

 

「俺の…職場…? まさか、同僚が会ったという恋人って、お前のことなのか!?」

 

「はい、正解で~す。 提督さん、鹿島の作ったお弁当、ちゃんと食べてくれてうれしかったです! 提督さんさえよければ、鹿島これからも作っちゃいますね♪」

 

 

ウキウキしながら青年へと寄り添う鹿島。 その光景を、近くにいた翔鶴は不満げな顔で見ており、

 

 

「……鹿島さん、今はそんなことをしてる場合ではありません。 明石さんから許可も出たのであれば、早く目的を果たしましょう」

 

「ああ、そうでしたね。 すみません、私ってばついうっかりして…///」

 

 

嬉しさと恥ずかしさに顔を赤くする鹿島に、青年は問う。

 

 

「目的ってなんだ…? お前たちは、何をしようとしてるんだ…!」

 

「うふっ♪ それはもちろん、提督さんに鹿島たちのいる鎮守府に来てもらうことです」

 

「さあ… いらしてください、提督。 瑞鶴も、一航戦の先輩たちも、提督が来るのを楽しみにしてますから」

 

 

そう言いながら、自分へとにじり寄ってくる翔鶴と鹿島。 二人とも笑顔だが、目は笑っておらず、どこか恐ろしい圧力さえ感じられた。

 

 

「う、うわあああああ!!」

 

「あっ、提督さん! 待って!!」

 

 

恐怖に耐えられなくなり、青年は必死に玄関に駆け出すと、鍵を開けそのまま外へ飛び出した。

外はすっかり日が落ちて暗くなっており、そんな夜道を青年は無我夢中で駆け出していった。

 

 

「ハア… ハア… 一体、何がどうなっているんだ!? 翔鶴と鹿島が俺の恋人を名乗った挙句、あいつらの目的が俺を向こうへ連れていくこと? 訳が分かんねーよ!!」

 

 

涙目になりながらも、青年はとにかく二人のいるアパートから離れていった。 ほかに行く当てはないのだが、あそこにいたら間違いなく捕まる。

しばらく必死に走り続け、息を切らせながら青年が足を止めると、そこはいつも自分が会社に行くときやってくる駅の前だった。

ただ、時間が時間だけに電車は終電になっており、駅に人気はなく入り口辺りにぼんやりと小さな明かりが浮かんでいるだけだった。

 

 

「と、とにかく警察を呼ばないと…! このままじゃ、やばい…!」

 

 

走り疲れた青年は駅の入り口にある階段に座り込むと、110番に連絡するため、番号を打ち込みスマホを耳に当てる。

だが、しばらくはプルルルルという呼び出し音が流れるだけで、青年は早く繋がれと愚痴を漏らした。

つながるのを待っているうちに、青年も徐々に落ち着いてきたらしく、警察につながるまで一連の出来事について考えていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…そう言えば、あの時どうやって鹿島は俺の背後に現れたんだ? 翔鶴がいたときは、俺の後ろにはパソコンが置いてあった。 おそらく、あいつはそこから現れたんだろう… でも、鹿島のいた方にはパソコンなんて置いてない。 あいつは、どこから姿を見せたんだ?」

 

 

初めは恐怖で気づかなかったが、ふと思いついた疑問に彼は首をかしげる。 さらに、気になることはまだあった。

 

 

「それだけじゃない。 俺が会社で見た、あの金髪の子。 翔鶴も鹿島も銀髪だから、あそこにいたのはあの二人じゃない。 じゃあ、まさか… 俺を追ってきた艦娘は、他にもいるっていうのか!?」

 

 

考えてみれば、確かにそうだった。

今までの話から察するに、大家に会っていた艦娘は翔鶴。 同僚に会っていた艦娘は鹿島。 だが、母親に会っていたという艦娘についてはまだ分かっていない。

あの時、出入り口の陰からこちらを見ていたということは、彼女はまだどこかにいるはずだ。

二人のことですっかり失念していた。 だとすれば、その艦娘がどこで自分を狙っているか分からない。 急いでその場を離れようとした時だった。

 

 

 

 

 

「あっ…! ここにいたんですね、Admiralさん。 お二人から、アパートを出ていったって聞いて、慌てて探しに来たんですよ。 でも、無事に見つかって、本当に良かったです」

 

 

突然自分にかけられた声に、青年はビクンと肩を震わせる。

声のした方。 暗くなった駅の入り口の奥を見ると、そこには金髪の髪をたらした、かわいらしい少女がこちらへと向かってきていた。

 

 

 

 

 

 

「お前は……プリンツ! そうか… お袋に会っていたという艦娘は、お前だったんだな!」

 

「はい、そうですよ! 本当はAdmiralさんに直接会いたかったんですけど、明石さんとの約束があるから、できなかったんですよね」

 

 

駅の中から現れた艦娘、プリンツ・オイゲンはあどけない笑みを浮かべながら、青年へと近づいてくる。

だが、青年もそれを警戒し、じりじりとプリンツから距離をとっていった。

 

 

「むぅ~、どうして私から離れちゃうんですか? Admiralさん、私のことが嫌いなんですか?」

 

「プリンツ… お前が二人から連絡を受けたということは、お前も俺を連れてこうとしてるんだな?」

 

「もちろんです! だって、私もビスマルク姉様も、Admiralさんと一緒に暮らせるのを楽しみにしてたんですから!」

 

 

まるで隠す様子もなく、満面の笑みでそう答えるプリンツ。 それを聞いて、彼は皆が自分を鎮守府へ連れて行こうとしているのを確信した。

そして、それを聞いた以上彼は捕まるわけには行かないと決心した。

確かに、自分も提督として彼女たちと一緒になれたら楽しいかもしれないと思ったことはあった。

だが、実の家族やこっちの世界の知り合いを置いてまで行きたいとは思っていない。

何より、今の彼女たちからは、一度捕まえたら絶対に逃がさないという無言の圧力を感じた。

だからこそ、彼は何としてでも逃げねばと思い、必死に走り出した。

 

 

「ああ、Admiralさん!? 待って、どこ行くのー!?」

 

 

自分を追ってくるプリンツを振り切るため、彼は駅を離れ住宅街に逃げ込んだ。

家と家の間には大通りのほかに細い裏道もあり、青年はそこを使ってプリンツから逃げきろうと考えた。

案の定、プリンツも後を追ってきたが、普段からここで暮らしてる彼の方が道には詳しく、無事にプリンツを振り切り、公園まで逃げてきたのであった。

 

 

「ど、どうにか…逃げ切れたようだな。 さすがにここまでくれば、そう簡単には追いつけないだろ…ハア、ハア……」

 

 

ヘトヘトになりながら青年はベンチに腰掛けると、警察につなごうとしてたスマホを見る。

さっきまでプリンツとの追いかけっこに気を取られてたので、連絡を取ろうとしたことをすっかり忘れていた。

改めてかけ直すと、またプルルルという発信音が流れていたが、しばらく待つとガチャっという音が聞こえた。

 

 

「やった、繋がった! もしもし、警察ですか!? 俺は……!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『…提督さん、みーつけた♪』

 

「……っ!?」

 

 

スマホから聞こえてきた声に、青年は驚きスマホを放り出す。

ガシャッ! という音とともにスマホは地面に転がり、何事もなかったかのように音声が流れてきた。

 

 

『もう、提督さんってばいきなり放り出すなんてひどいです! 物は大切にしなきゃ駄目ですよ』

 

 

スマホから流れてきた音声は、紛れもなくアパートで自分を襲った艦娘、鹿島のものだった。

青年が驚愕の表情でスマホを見ていると、スマホの画面が急に光りだし、中から鹿島が姿を現した。

 

 

「ん…、よいしょっと。 良かった、また会えましたね、提督さん♪」

 

 

スマホから現れた鹿島を見て、青年はどうやって彼女が自分の背後から現れたのかを理解した。

あの時、スマホは自分の後ろに置いてあった。 あの時も、こうやってこちらに出てきたのだと。

 

 

「そう、か…… 今朝、電車で感じた視線。 あれは、スマホの向こうにいるお前たちのものだったのか…!」

 

「そうですよ。 あと、提督さんが皆さんの顔を直に見られたらいいなー、って言ってたのもばっちり聞いていました」

 

「だから、ね……」

 

 

鹿島はいたずらっ子のような微笑を浮かべると、すっと青年の後ろを指さした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「皆さんにも提督さんを迎えに来てもらうように、お願いしておきました」

 

 

鹿島のその言葉に、青年はゆっくりと後ろを振り返る。

すると、そこには金剛や榛名・赤城に加賀・鈴谷や熊野達といった、大勢の艦娘たちがじっと彼を見つめていた。

 

 

「テートクにこうして直に会いに来られて、私も嬉しいデース!」

 

「やっほー提督! これからは毎日一緒だから、よろしく頼むね♪」

 

「ふふっ♪ よかったですね、提督さん。 皆さんも喜んでますよ」

 

 

直接会いに来れたことに、歓喜の声を上げる艦娘たち。

だが、青年は言葉を発することなく、青ざめた表情で立ち尽くしている。

後ろからは翔鶴とプリンツも一緒に現れ、もはや彼に逃げ場はなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

彼女たちはずっと青年のことを見ていたという。

毎日顔を見せては無茶な出撃を行わず、彼女たちの安全を第一に考えた運用を行ってくれた。

ボスに勝利すれば共に喜び、大破した時はすぐに高速修復材を使って傷を治してくれる。

そして、いつも自分たちのことを笑って見守っててくれる。

そんな彼に、彼女たちは想いを募らせるようになり、いつしか彼に会いたいと願うようになっていた。

しかし、普通に考えてもこちらからゲームの世界に行けるわけがないように、ゲームの存在でしかない自分たちが彼のいるところに行くのはまず不可能だ。 彼女たちもそれは分かっていた。

だが、それで彼のことを諦めきれるのかと聞かれたら、答えはノーだ。 彼女たちは工廠の担当者であり、鎮守府一の発明家である工作艦『明石』に相談した。

すると、明石もまたみんなと同じで彼に会いたいがゆえに、独自に向こうへ行くための装置を開発しようとしていたのだ。

その過程で偶然できたという装置があったのだが、何せ偶然であるがゆえに安全に行けるかどうかの保障はできない。 実験もしてないから、装置を使った者がどうなるかは彼女にもわからないと言う。

さすがに、彼女たちとてそんな危険な装置を自ら使おうとは思わず、二の足を踏むばかりであった。 彼があんなことを言うまでは……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『あわよくば、このままじかに皆の顔を見れたらな~。 ……って、さすがにそれはないか。 アホなこと言ってないで、明日も頑張るか』

 

 

 

 

 

 

彼にとっては何気なくつぶやいただけの独り言。 だが、その言葉に彼女たちは一念発起した。

提督に会いたいと希望する艦娘たちの中から、代表となる者を選抜した。

危険は伴うものの、他のものより先に提督に会えるという特典が彼女たちを突き動かしていた。

こうして、いろいろな過程を踏まえ、最終試験となるくじでアタリを引いたのが、翔鶴・鹿島・プリンツの三人だった。

そして、いよいよ装置を使って向こうの世界へ行こうとしたとき、三人は明石から一つ制約を課せられた。

それは、この装置が安全だと保障できるまで、提督に直接会ってはいけないというものだった。

艦娘はこの世界の存在ではなく、その彼女たちの存在が彼に知られるのは大いにまずい。 だからこそ、安全にここと向こうの世界を行き来できるようになるまで、彼に自分たちの存在を知られないようにする必要があった。

そこで、翔鶴たちは彼の知り合いに接触することで、気分だけでも味わおうと考えたのだ。

そうして、彼女たちの行動が今のストーカーまがいの行為になり、今に至ったのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

次の日。 青年の暮らすアパートでは、彼が失踪したと騒ぎになっていた。

警察も知り合いである大家や同僚から話を伺ったが、彼の失踪に関する有力な情報は何も得られず、唯一手掛かりと呼べるものは、アパートから少し離れた公園で発見された、青年の持ち物とおぼしきスマホだけだったという……

 

 

 


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