ヤンこれ、まとめました   作:なかむ~

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どうも、ほんと久しぶりの投稿です。
最近はイベント海域の攻略&掘りで小説書いてなかったんですよね…
まあ、その分成果は上々だったので、自分としては大満足の結果です。





自分を助けるための努力は、自分の首を絞める力となって…

 

 

 

とある鎮守府に訪れた一台の車。

それは主に軍に関するものが仕事で移動するのに使う公用車で、運転席から一人の憲兵が下りてきた。

鎮守府の入り口には提督がいる中央建物と正門をはさんで中庭があるが、そこではこの鎮守府に属する艦娘たちが、各自自由行動を楽しんでいた。

出撃や遠征に備えて準備を行う者や自主練に取り組む者もいるが、ほとんどの艦娘はのんびりとお喋りを楽しんでいた。

そんなのどかな時を過ごす彼女たちも憲兵である彼を見かけると律儀に敬礼をして、憲兵もまた彼女たちに礼をして挨拶を返す。

憲兵が中央建物に入ると、今日の秘書艦を務める艦娘『天城』が彼を出迎える。

 

 

「おはようございます。 今日は遠路はるばるお越しいただき、ありがとうございます」

 

「いえ、こちらこそ朝早くからの来訪を失礼。 実は……」

 

 

憲兵は今日ここへ来た目的を話そうとするが、

 

 

「この鎮守府の査察に訪れたのですよね。 提督からすでに話は伺っております。 どうぞ、執務室へいらしてください」

 

「ああ、どうも… 話が早くて助かるよ」

 

 

天城の返事に憲兵も苦笑しながら礼を言う。

天城に連れられ、執務室へやってきた憲兵。 扉を開けると、部屋の中央にあるソファにはこの鎮守府の提督である男が、じっと腰を掛けて彼を待っていた。

 

 

「よく来てくれた。 とりあえず、そこに座ってくれ」

 

「ああ。 それじゃ、失礼するぞ」

 

 

お互い気さくな口調で言葉を交わす提督と憲兵。 彼が向かいのソファに腰掛けると、提督が事前に用意していたポットからお茶を注ぎ憲兵へと勧める。

 

 

「提督、お茶でしたら天城がお入れしますのに…! それじゃ、何かお茶菓子でもご用意しますね♪」

 

 

天城はそう言って茶菓子を取りに行こうとするが、その瞬間提督はキッと鋭い目つきで天城を睨み、声を上げた。

 

 

 

 

 

「誰がそんな事をしろと言った!? お前の役目は憲兵をここへ連れてくることだ、もうお前の仕事はここにはない! わかったら、さっさと出ていけ!!」

 

「あっ… すす、すみません提督! では、天城はこれで失礼します…!!」

 

提督の怒声に天城は慌てて謝ると逃げるようにその場を去っていき、その光景を憲兵は動じる様子もなく眺めている。

だんだんと足音は遠ざかり、天城がいなくなったのを確認すると、憲兵は仏頂面でお茶をすする提督に顔を向けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…やっぱり、彼女たちを受け入れるつもりはないんだな」

 

「ああ… もとより俺は、あいつらの認識を改めさせるためにここまでやってきたんだ。 それが終わった以上、俺はもうあいつらの提督なんてやりたくないんだ」

 

 

提督はお茶を飲み干すと、カップをテーブルに置き憲兵に背を向ける。 窓越しに見える海を見つめながら、彼は無言のままこぶしを握り締めるのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

提督の父親は今は亡く、元はここの前提督だった。

だが、ただの提督ではない。 ここの艦娘たちを酷使し、奴隷のように使いまわす。 いわゆるブラック鎮守府の提督だった。

大破進撃や疲労困憊での無茶な出撃や遠征に加え、私情を挟んだ性的な行為を強要したこともあった。 そんな碌でもない前提督は、ある日鎮守府に攻め入ってきた深海棲艦に襲われ、命を落としたという。

どうやら、酷使して疲れ切った艦娘たちだけでは深海棲艦の襲撃に対し、防衛しきれなかったのた。

ただ、噂では艦娘たちに見殺しにされたとか、事故を装って彼女たちに殺されたともいわれているが、それを気にする者は誰一人いなかった。

こうした経緯があったせいで、彼女たちは提督という人間に対して敵意を露にしており、彼女たちをなだめるための方法として、一般人である前提督の息子に責任を取らせるという形で無理やりそこへ着任させた。

突然の出来事に息子はただただ困惑していたが、ここへ来たとたんそんな余裕は微塵もなくなっていた。

どうにか彼女たちと交流を取ろうにも、返ってくるのは暴言や暴力、さらに前提督がしてきたことを謝るよう無理やり土下座させられたこともあった。

仕事を手伝ってくれるものは皆無で、朝早くから夜遅くまで一人で作業をこなすのが日常になっていた。

おまけに彼の父親がしてきた悪評は他所の鎮守府にも知れ渡っており、彼は資材の調達や遠征などの仕事をもらうため、方々へ必死に頭を下げ頼み込んでいた。

普通に考えたら今すぐにでも逃げたくなるような悲惨な状況。 こんな目に遭いながらも彼が提督業をつづけられたのは、学生時代に親友だった憲兵の支えと、ひとえに彼の父親に対する意地があったからだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

彼が鎮守府に連れてこられた日、彼は艦娘たちからあいつの息子なんて、所詮はあいつと同じと罵られたとき、黙り込んだ。

彼の知る父親は子供のころから自分や母のことを気にかけない、絵に描いたようなろくでなしというのは知っていた。

ほとんど家に帰ってこず、久しぶりに帰ってきたと思えば酒びたりになってばかりで、自分たちには見向きもしない。

母が病気で寝込んでたときも、まるで心配するそぶりを見せず一人遊びほうけていたと言う。

どうして帰ってこなかったのと問い詰めれば、

 

 

 

 

 

 

「うるせえっ! ガキが親に向かって偉そうに指図するな!!」

 

 

と殴られる始末だった。

そんな幼少時代を過ごしたせいで、彼自身父親が死んだと聞かされたときはどうとも思わなかったが、まさかそこまで腐りはてた外道だとは自分も知らなかった。

大本営や艦娘からの理不尽な仕打ちに対する怒りはあったが、それ以上に自分をあんなクズと同じと見られるのが我慢ならなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

冗談じゃない…! 俺をあいつと一緒にするなっ!!

 

 

 

 

 

 

 

彼は艦娘たちを見返したい一心で、死に物狂いで提督業をこなしていった。

艦娘たちのためとは微塵も思っていない。 全ては艦娘たちに対する自分の見方を改めさせ、堂々とここを出ていくためだった。

そのために毎日体に生傷や疲労が絶えることはなかったが、彼自身歯を食いしばりながらそれに耐え続けた。

そして、その忍耐が実を結んだのは彼がここへ着任して一年が過ぎたころだった。

いつものように提督が資材の調達を頼みに出かけた後、友人の憲兵が艦娘たちのもとに現れ、彼の今までの行いを暴露した。

 

 

 

 

 

「あいつはお前たちの暮らすこの鎮守府の運営のため、方々に頭を下げ頼み込んでいたんだ。 それを前提督であるあの男がやったか? これでも、お前らの提督はあんな奴と一緒だと言い張る気か!?」

 

 

 

 

 

その証拠に、彼は今まで提督が必死に頼み込む姿を写した写真や、資材を送るという契約の書類を艦娘たちの目の前に叩きつけた。

それを見て、彼女たちも提督がどれだけ身を粉にして頑張ってくれていたのかを知った。 そして、同時に彼を前提督と同じに見ていたことを強く恥じた。

提督が鎮守府に戻ると、艦娘たちは今までひどいふるまいをしてきた事、そして前提督と同一視していたことについて心から謝罪したのであった。

謝罪の言葉を聞いた提督は彼女たちを責める様子もなく、

 

 

「…分かればそれでいい」

 

 

とだけ言った。

元より、彼は自分が父親と違うというのを認めさせたかっただけで、彼女たちについては何の興味もなかったのだ。

環境を改善し、何より目的を果たした以上、ここにもう用はない。 彼は大本営に掛け合いさっさとここを出ようとしたが、艦娘たちは必死にそれを拒んだ。

 

 

 

 

 

「貴方にさんざん非礼を働いてきた分、これからは貴方の為に尽くしたい! だから、どうか私たちの提督として残ってください!」

 

 

それを聞いた提督は冗談じゃないとその要求を突っぱねたのだが、大本営に辞任したい旨を伝えると、新しく着任する提督が来るまで待ってほしいと返されてしまい、渋々新しい提督が来るのを待つ羽目になり、そして今に至る。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

提督と憲兵の二人は、執務室の外に誰もいなくなったのを確認する。 そして、顔を近づけると、憲兵は声を潜めた。

 

 

「…お前の睨んだとおりだ。 上の連中、ここの艦娘たちに新しい提督を着任させるなと根回しされてるようだぜ」

 

「やはり、か… いつまで経っても新しい提督をよこさないから怪しいと思えば、まさか本当に想像した通りだったとはな……」

 

 

提督は大きくため息を吐きながら、がっくりと項垂れる。

大方、彼女たちに脅しをかけられているか、弱みを握られているかのどちらかなのだろうが、軍の上層部が艦娘の言いなりになるとは、世も末だと彼は思った。

提督もこうなっているのは予想してはいたが、今回それが確信に変わった以上、もう軍に自分を解放させることは不可能。 残された方法は、艦娘たちに嫌われることだった。

彼女たちは、提督を慕うがゆえに彼をここから出さないよう裏で手をまわしている。

それなら、彼女たちに嫌われさえすれば、自分はここを追い出される。 ……いや、追い出してもらえる。

そのために、彼はあえて艦娘たちに嫌われるような態度をとったが、効果は全くと言っていいほどなかった。

さっきも怒鳴りつけて嫌な上官を演じたつもりが、彼女たちにとっては今まであのような扱いをされてきたのだから当然、むしろこんな自分たちに構ってくれて嬉しいとさえ思われていた。

だからといって、今度は艦娘たちに構うことなく徹底的に無視を決め込めば、逆に彼女たちの方から絡んできて鬱陶しいことこの上なかったのだ。

戦艦や空母たちは何かできることはないかとひっきりなしにやってくるし、酒好きな重巡たちは酒瓶片手に一杯やらないかと声をかけるし、軽巡は頼んでもいない遠征を勝手に行い報告に来る、駆逐艦たちは遊びやお喋りの誘いをしてきて、むしろ相手にしない方が大変だった。

 

 

 

 

 

「はあ… 一体どうすりゃあいつらに嫌われるんだ?」

 

 

提督が頭を抱えてると、扉の向こうからノックの音が聞こえる。

少し遅れて、遠征に出ていた神通が嬉しげな様子で提督に報告を行った。

 

 

「提督! 鼠輸送の遠征、大成功させてきました! 駆逐艦の子たちも頑張ってくれましたよ」

 

 

満面の笑みで報告を行う神通とは裏腹に、提督は忌々し気に口角を吊り上げると、

 

 

「うるさい、勝手なことをするなと言ったのを忘れたのか!? 俺はそんな命令をした覚えはないぞ!!」

 

「も、申し訳ありません! 提督のお役に立ちたくて、つい…」

 

 

深く頭を下げる神通。 それを見て、提督は頭を搔くと、

 

 

「もういい下がれ! 無意味に遠征に行くくらいなら、今日はもう切り上げて体を休めろ。 いつ深海棲艦に襲われてもいいようにな。 ほかの連中にも伝えておけ!!」

 

「は、はいっ! では、私は失礼します…」

 

 

神通が去ったのを確認すると、提督はドカッとソファに腰を下ろし、その様子を憲兵も神妙な面持ちで眺めていた。

 

 

「…見ての通りだ。 あいつら、俺が何もしなくても俺の為に尽くそうと動き回る。 俺がどんな態度をとっても、好意的に受け取ってしまうんだ」

 

「なるほどな。 お前もずいぶん好かれてしまったんだな。 …まあ、俺もその原因に一役買ってしまったわけだが……」

 

 

提督の見返しに手を貸すつもりが、結果としてこのような事態を招いてしまったことに、憲兵もばつが悪そうに頬を掻いた。

 

 

「とりあえず、状況は分かった。 俺も、何とかしてお前が嫌われるよう色々やってみるよ」

 

「悪いな、お前にこんな役をさせて…」

 

「元はと言えば、俺のせいでもあるわけだから気にするな。 じゃあ、またな」

 

 

提督と別れ、憲兵が外に出て車に戻ろうとしたとき、先ほど出て行った神通に出くわした。

提督に叱られたばかりだというのに、彼女の表情はどこか嬉し気で、落ち込んでいる様子はまるで見られなかったのだ。

 

 

「あっ、憲兵さん。 お仕事お疲れ様です」

 

 

憲兵に気づいた神通は、丁寧にお辞儀して挨拶し、彼も礼をしながら挨拶を返す。

 

 

「ああ、どうも。 ところで、君はさっき提督に怒られたばかりだというのに、辛くなかったのかい?」

 

「とんでもない! むしろ、私の勝手な行いを咎めるどころか、あのような形で心配してくれたのです。 辛いどころか、私すごくうれしいです…!!」

 

 

明るい笑顔と口調で話す神通を見て、憲兵もこれは手ごわいなと心の中で悟った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

それから、提督と憲兵の二人は艦娘たちに嫌われるよう策を講じたが、全て失敗に終わった。

憲兵が艦娘たちに提督に関する嘘でっち上げの悪評を吹聴するも、彼女たちは「あの提督がそんなことをするはずがないですよ」と、全く信じようとしない。

今度は、提督自身が陰で他所の鎮守府に自分への悪い噂が広まるよう仕組んだら、艦娘たちはどこの誰がそんなひどいデマを言っているんだと怒り狂い、挙句に艤装を出して噂を広めた犯人を炙り出そうとしたので、慌てて提督が止めたのであった。

結局、大した成果も見込めないまま時間だけが過ぎ、憲兵は再び提督の元へ訪れていた。

 

 

「よお、久しぶりだな…」

 

「ああ。 すまんな、あれこれ試してはみたんだが、どれも効果がなくて…」

 

「お前がそこまで落ち込むことじゃないだろ。 今までがだめなら、また次の策を考えればいいだけだ」

 

 

提督は明るく振舞っていたが、彼の表情は前に訪れたときに比べて大分やつれている。

表には出さないものの、疲れと艦娘たちに対するストレスで相当参っているよう。 このままでは、精神的に耐えられなくなるのは時間の問題だった。

 

 

 

 

 

「なあ… こうなったら、もうあれをするしかないんじゃないか?」

 

「お前、またその話を持ち掛けるつもりか!? それだけは絶対にやらないと言ったのを忘れたのか!?」

 

 

それは、前に一度彼が嫌われるためのアイデアとして提案したものだったが、その内容を聞いた提督は即座にその案を却下し、二度とその案は出すなと憲兵に念を押していた。

そして、今回またそれを出されたことで提督は憲兵を睨み付けたが、彼も負けじと提督の顔を見つめ返した。

 

 

「だ、だからといって、他に試せる方法は皆試したじゃないか! もうなりふり構ってる余裕はないんだぞ!!」

 

「現にお前だって、本当は心身ともに限界が近づいているじゃないか! 俺が気付いてないとでも思っていたか? これ以上、意地を重ねてぶっ倒れようものなら、それこそ俺がお前を許さないぞ!!」

 

 

憲兵に突き返され、思わず提督も口ごもる。 彼に諭されたのが効いたか、提督は黙り込んだまま座り込むと、両手で頭を押さえて俯いた。

 

 

「…意地になっていたのは事実だな、すまなかった。 だが、あれをやるということは、俺はあいつと同じに成り下がるという意味だ。 そう思うと、どうしてもこの策だけは取りたくなくてな……」

 

「…ああ、確かにそうだよな。 自分から言っといてなんだが、確かにこの方法は良いとは言えない。 スマン、今のは忘れてくれ。 どうにか俺も別な方法を考え…」

 

 

そう言って話を切り上げようとした憲兵。 だが、それに対し提督は待ったをかける。

 

 

「いや、この方法で行こう。 お前が考えてくれた、あの方法でな」

 

「えっ、いいのか? お前、あれだけ嫌がってたのに…!」

 

「…情けない話だが、正直なとこ、俺も精神的にかなりきつくなってるし、何よりこれ以上お前に余計な苦労を掛けたくないんだ」

 

「……分かった。 それじゃ、さっそく計画を練るとしよう」

 

 

こうして二人は計画を実行すべく、お互い話し合いを始めるのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

時刻は深夜。 一部を除いてほとんどの艦娘が寝静まった艦娘寮の前で、提督と憲兵は最後の打ち合わせを行っていた。

 

 

「それじゃ、俺が計画通り艦娘の部屋に向かうから、悲鳴が聞こえたらすぐに向かってきてくれ」

 

「もし聞こえなかったら、お前が合図を送るんだったな。 よし、分かった。 そっちも、うまくやれよ」

 

「分かってる。 よし、行くぞ!」

 

 

提督は息をひそめ、艦娘寮へと潜り込んでいった。

廊下は薄暗く、非常灯の明かりだけがぼんやりと辺りを照らし出している。 提督は、事前に調べた通り、目的の場所まで音を立てずに進んでいった。

 

 

 

 

 

二人が考えた方法とは、艦娘の寝込みを襲うフリをして、彼女たちから嫌われようというものだった。

前提督も艦娘たちに対し性的な行為を強要しており、そのトラウマを呼び起こしてやれば、さすがに彼女たちも幻滅するだろうと考えたのだ。

だが、それは同時に自分が最も嫌いな男と同じになるという意味がこもっており、提督は初めて憲兵からこの案を出されたときは真っ先に断っていた。

しかし、これだけ手を尽くしても彼女たちが自分を嫌わない以上、もう手段を選べる状況ではなくなっていた。

あいつと同じ真似をするということに悔しさを抱きながらも、提督は目的の艦娘の部屋の前までやってきた。

そこは前提督に一番ひどい目に遭わされた艦娘、大和の部屋だった。

彼女なら、前提督と同じことをすれば心底自分を嫌うはず。 そう思って、彼はここを選んだのだ。

正直なところ、彼女の心の傷を抉るようなことをするのは心が痛むが、もう後戻りはできない。

提督が部屋に入ると、仲は掃除と整理が行き届いたきれいな部屋で、奥のベッドには静かに寝息を立てる大和がいた。

ネグリジェを着て眠る彼女の姿には、提督も男としての本能が疼きそうになるが、自分の目的を忘れてはいけないと頭を振って煩悩を振り払う。

暗い中、音を立てないよう慎重に進み、忍び足でベッドまでやってきて一呼吸。 そして、彼は強引に大和の布団をはぎ取った。

 

 

「きゃあっ! な、なに…!?」

 

 

いきなり布団をとられたことで、予定通り目を覚まし慌てふためく大和。 提督はそのまま大和に覆いかぶさるようにベッドに乗り上げた。

 

 

「て…、提…督……!?」

 

 

暗闇の中で、間近に見える提督に大和は目を見開く。 そんな彼女に向って、提督は打ち合わせ通りのセリフを言った。

 

 

「なあ、大和。 今まで、お前の前提督がこの時間に何をしたか、お前は覚えているよな? そして、今お前の目の前にいるのはその前提督の息子だ。 これが何を意味するか、お前ならわかるな?」

 

 

提督は大和のネグリジェをはぎ取ろうと手をかける。 もちろん、本当にするつもりはなく、彼女を信じ込ませるための演技だった。

 

 

「提督… それは、つまり………襲うということですね。 大和を……」

 

「話が早くて助かるぜ。 せっかくだからよく見ておけ。 お前たちが慕ってた男が、本当はどういうやつなのかってな…」

 

 

……これでいい。 全て打ち合わせ通りに行った。

後は大和が叫ぶなり抵抗するなりしてくれれば、俺はあいつに合図を送った後急いで逃げだし、外で待機してるあいつが俺を取り押さえる。

その後は、俺は大和に手を出そうとした男として艦娘たちも俺を嫌い、結果的に俺はここから出られるというわけだ。

提督はそう思いながら、大和が悲鳴を上げるのを待つ。 そして、提督を見た大和は…

 

 

 

 

 

「提督……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…大和は、嬉しいです。 まさか、提督の方から来ていただけるなんて…!」

 

「………は?」

 

 

まるで予想とは違った返事。 大和は悲鳴を上げるどころか嬉し涙を流しながら、提督に抱き着いてきた。

 

 

「大和たちは、今までどうしてもあなたに償うことができず、挙句に私たちは貴方に嫌われてしまったのかと、ずっと怖くてたまらなかったのです。 そう思っていたのに、よもや提督の方から求めていただけるなんて嬉しくてたまりません! それも、初めての相手にこの大和を選んでいただけて、感謝の極みです…!!」

 

「なっ…!? 違う、大和! 俺は、そんなことをするためにここに来たわけじゃない…!!」

 

 

提督は慌てて大和から離れようとしたが、大和はしっかりと提督に抱き着いており、離れようにも離れることができなかった。

 

 

「さあ、いらしてください提督。 貴方に好きにされるのなら、大和は本望です。 …でも、もし提督が望まれるのであれば、大和は貴方の子を産みますよ」

 

「だから離せと言っている! それに、俺はお前と関わるつもりは毛頭ない……!!」

 

 

必死に大和を引きはがそうと抵抗して、どうにか外にいる憲兵を呼ぼうとする提督。 だが…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「何をしている大和。 自分だけ提督を独占しようなど、そんなことを黙って見過ごすわけには行かないな」

 

「む、武蔵…!?」

 

 

部屋の入り口。 そこには武蔵の他にも、大勢の艦娘たちが寝間着姿で集まっていた。 翔鶴や陸奥といった戦艦・空母から、北上や大井・浦風たち軽巡や駆逐の子達の姿もあった。

暗くて顔ははっきりとは見えないが、皆嬉々とした表情を浮かべ、提督のいるベッドへと近寄ってきた。

 

 

「もう、大和さんは…! 自分だけ抜け駆けしようなんてひどいです!」

 

「提督も提督よ。 そう言う事なら、お姉さん喜んで相手してあげたのに…!」

 

「いや~、それにしても提督って獣っていうか、意外と積極的だったんだねー。 まあ、提督のそういう一面も、あたしとしてはしびれるねぇ~♪」

 

「提督… 貴方にそんな趣味があるとは知りませんでした…! ま、まあ北上さんを襲わなかったのは大目に見ますし、ちょっとぐらいなら、その…… わ、私もいいですけど…///」

 

「待てっ! 頼むから話を聞いてくれ!! 俺は、本当はお前たちのことが……!!」

 

 

必死に本当のことを打ち明けようとした提督だったが、彼の言葉より先に艦娘たちは彼のいるベッドへと集まっていく。 いつまで経っても合図が来ず、不審に思った憲兵が駆け付けたのは、それから十数分後のことだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

翌日、鎮守府から大本営へ彼が提督としてここに残るとの旨が伝えられた。

そのことについては大本営や艦娘たちも大いに喜んでいたが、その理由については一切明かされておらず、唯一外部の者で事情を知ってる憲兵も、その話については固く口を閉ざしていた。

 

 

 


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