いつも話が在り来たりになってきてるので、なるべくひねりを入れようと試行錯誤しています。
新しい発想を取り入れるのって大変だけど、やっぱりこれがなきゃ見てる人も書いてる自分もつまらないので、なるべくいろんなアイデアを入れてみたいですね。
ここはとある工事現場。 作業場からは重機や大型のトラックや作業員たちが走り回り、騒がしい音を周囲に響かせている。
そこでほかの作業員たちに交じって働く20代半ばの男性。 彼もまた、額に汗を流しながら献身的に働いていた。
「よーし、今日の作業はここまで! 皆、お疲れー!」
作業場を仕切る親方の声に皆は作業の手を止め、休息をとったり帰り支度を整え始める。 男性もまた、帰るために一旦プレハブの休憩所に戻ろうとしたところ、
「それと… おいっ、お前っ!」
親方に呼び止められ、男性はそちらを振り返ると、親方は男性に小声で言った。
「また、例のお客さんみたいだぞ。 今日はまた違う子みたいだが…」
「……またか」
親方の言葉に男性は忌々し気に呟きながら、睨むように作業場の出入り口に目を向ける。
そこには、一人の艦娘が申し訳なさそうな顔でじっと其処に佇んでいた。
男性はある鎮守府の提督だった。
大本営からの依頼でやってきたのは、鎮守府の入り口から自分をえらく敵視する艦娘たちの姿。 事前に大本営から聞かされていたからわかっていたのだが、ここは元ブラック鎮守府で、前の提督が彼女たちを奴隷のように扱っていたせいで、皆は提督に限らず人間そのものに対し猛烈な敵意を抱くようになっていた。
それでも、男性は皆の視線に臆することなく鎮守府の門をくぐっていった。 彼女たちも根は悪い子ではないし、真摯に向き合えば分かり合える。
その信念を胸に、彼はここに提督として着任したのであった。
予想はしてたものの、彼は艦娘たちから散々ひどい目に遭わされた。
挨拶をすれば、無視するか避けられるか、もしくは話しかけるなと突っぱねられる始末。
食堂に顔を出せば舌打ちや飯がまずくなるなどの陰口。 食堂を管理している艦娘、鳳翔からも、
「…あの、すみません。 ここは部外者立ち入り禁止なのですが………ああ、貴方提督でしたか」
などと、食事はおろか関係者としてすら見られなかった。
作戦についても支持に耳を貸すものは一人もいない。 現場の独断で勝手に進撃し、帰ってくる返事は「偉そうに命令するな」や「お前の指示に従ったら沈むのがオチだ」など、つっけんどんなものしかなかった。
直接的な暴力は日常茶飯事で、すれ違いざまにどつかれたり挨拶代わりに殴る蹴るなど、彼の体には生傷が絶えなかった。
「…今日も、皆からきつく当たられてしまったな。 いや、こんなことでめげてては提督は務まらない。 明日も、皆に分かってもらえるよう頑張ろう!」
このような悲惨な目に遭ってなお、彼は艦娘たちと信頼を築こうと必死に耐え続けた。
彼は、ここへ来てから毎日のように習慣になっていることがあった。
それは、寝る前にその日の出来事を日記に書き記すことだった。
初めは、皆の態度や自分の対応になにか改善するきっかけはないかを調べるためのものだったが、いつしか毎日日記を書くことが彼の中では習慣になっていった。
その日の出来事……といっても、ほとんどは艦娘たちが提督にどのような仕打ちをしたかが内容の大半を占めていたが、それでも提督は日記の最後に『きっとみんなも分かってくれるはず。 めげずに頑張ろう』と自分を励ましながら、床についていた。
だが、提督の思いとは裏腹に、艦娘たちはどれだけ痛めつけても出ていこうとしない提督に対し、より敵意を募らせていき、その都度嫌がらせや暴力は悪化していった。
最初こそ忍耐強く耐えていた提督だったが、人間である以上限界はある。 絶え間ない仕打ちに徐々に心は折れかけ、日記にも『…やはり、人と艦娘とじゃ分かり合えないのだろうか?』という疑念を抱くようになっていた。
そんな日々を過ごす彼に転機が訪れたのは、彼が着任してもうすぐ二年が経つころだった。
朝、執務室にやってきた提督は、机に置かれた一枚の手紙に気づく。 読むと、着任記念のお祝いを行うので、今夜工廠の方へ来てほしいとの旨が書かれていた。
それを見た提督は、歓喜に震えた。 ようやく自分の気持ちが伝わった、ようやく皆も分かってくれたんだ!
提督は鎮守府を抜け出し、有名なバイキングの食べ放題のチケットや高級な酒など、艦娘たちの好みに合わせたプレゼントを調達し、感謝の気持ちを込めた手紙を書き綴った。 お祝いの後、皆の前で読み上げるつもりだった。
そうしてみんなへの準備をしているうちに指定した時刻は近づき、提督は手紙を手に工廠へ入ってきた。 そして、彼を出迎えてくれたのは……
「あははははっ! 見て、本当に来たよ!」
「やりー! 作戦大成功だー!!」
「あんな手紙にあっさりつられるなんて、あいつ本当に間抜けだなー!」
提督を馬鹿にし、あざ笑う艦娘たちの声だった。
「お祝いなんてうっそー! 最初っから、司令官をだますためのドッキリだったんだ。 ほら見て、皆も司令官のこと笑ってるよ♪」
一人の艦娘に指をさされ、横を見ると、そこにはほかの艦娘たちも同じように腹を抱えながら彼を笑っていた。
しばらく呆然としていた提督だったが、皆が自分を騙し笑いモノにしていたことに気づくと、手元の手紙を握りつぶし、逃げるようにその場を去っていった。
息を切らせながら執務室に戻った提督は、震える手でペンをとり、日記に艦娘たちへの恨み辛みを感情の赴くままに書き殴った。
そうだ、最後の最後で分かってもらえたなんて、所詮は自分の都合のいい解釈でしかなかった。 自分を忌み嫌う連中に分かってもらえるなんて、最初からできやしなかったんだ。
怒りに顔をゆがめながら、提督は今日の出来事を恨みとともに書き綴り、最後にこんな皮肉を書いていった。
『所詮は皆を信じようとした俺が馬鹿だったんだ。 皆、ありがとう! 俺を馬鹿な男だと気づかせてくれて』
その後、提督は逃げるように鎮守府を去ってゆき、軍をやめた。
海軍を抜け、一般人になった男は新しい仕事に就き、新しい職場の人たちと毎日を過ごしていった。
仕事は過酷な肉体労働だが、軍人であったと同時に艦娘たちから辛いしごきを受けてきた彼からすれば、この程度のことは苦にならなかった。
それに、職場の同僚や親方は自分に対し気さくに接してくれ、その優しさに彼の心は少しずつ癒されていった。
そうして仕事にも職場にも慣れていき、ようやく彼にとって平穏な日々が訪れようとしていた時、彼女は現れた。
ある日、仕事が片付き休憩に入ろうとしていた頃、作業場の入り口がにぎわい、人だかりができている。
何だろう? と彼が首をかしげていると、同僚の一人が自分に来るよう手招きしてきた。
「おい、ちょっと来てくれ! お前にお客さんが来てるぞ」
「俺に…? 一体誰なん…だ……?」
男は同僚に尋ねようとしたが、その必要はなくなった。
作業場の入り口にいたのは一人の少女。 それもただの少女じゃない。
そこにいたのは、数か月前に自分を鎮守府から追い出した元凶の一人、航空母艦の艦娘である瑞鶴だった。
「なあ、あの子って海軍に所属してるっていう艦娘だろ? あの子、お前に会いたいって言ってきたんだが、何か知ってるのか?」
同僚の質問に、彼は答えず唇を嚙み締めた。
職場の人たちには、自分が元提督だということは伝えていなかった。 あの時の出来事を思い出すのが怖かったからだ。
それに、自分がここで働いていることは、鎮守府にはおろか軍にすら伝えていない。
なのに、いったいどうやって彼女はここを突き止めたんだ…!?
冷や汗を流しながら、皆に促されるままに彼は瑞鶴と対面した。
「…あっ! て…提督さん……」
「………」
こんなところまでやってきて、いったい俺に何の用なんだ!!
そう叫びたい気持ちを必死に抑えていると、瑞鶴は彼に向って、
「提督さん… 本当にごめんなさいっ!!」
深く、頭を下げてきた。
開口一番、自分に謝罪する姿に驚きを隠せずにいると、瑞鶴は彼が去った後の出来事を話してくれた。
ドッキリを仕掛けた次の日、彼女たちはいつまで経っても姿を見せない提督に疑問を感じ、執務室にやってきた。
そして、誰もいない執務室に置かれたたくさんのプレゼントと、執務机に広げられた一冊の日記を読んで、彼女たちは提督がどれだけ自分たちと真摯に向き合おうとしているのかを知った。
同時に後悔もした。 自分たちが提督の気持ちなど露知らずに、どれだけひどい仕打ちをしてきたかを……
艦娘たちは皆で集まり話し合い、提督に今までのことについて謝ろうと決心した。
そのうえで、再び提督してこの鎮守府に来てもらい、これからは心を入れ替え今までの償いをしようと……
しかし、軍にも消息を伝えていなかった提督を探すのは、並大抵の苦労ではなかった。
それでも、彼女たちは諦めることなく提督の消息を追い続け、ようやくここで働いていることを突き止めたのだ。
「提督さん、今までひどいことしてきてほんとごめんね…! それで、これからは皆で提督さんにお詫びをしていこうって決めたの。 だから、お願い…! また、私たちの鎮守府に戻って……」
必死に頭を下げながら、瑞鶴は頼み込む。 だが、その頼みを言い終えるまえに、提督は口をはさんだ。
「……アンタ誰だ? 悪いが俺は仕事で疲れてる、帰ってくれ」
「えっ、あっ…! 提督さんっ!?」
「俺はお前なんか知らない、人違いだ! 分かったら早く帰りな」
提督は瑞鶴に対し、赤の他人のように知らぬ存ぜぬを決め込みそのまま仕事場へと戻っていく。
瑞鶴は涙を流しながら必死に彼を呼び止めようと声をかけたが、彼が瑞鶴の方へ振り返ることはなかった。
しかし、それからも艦娘たちは毎日彼の仕事場にやってきては、今までの仕打ちを詫び、鎮守府に戻ってほしいと懇願してきた。
そのたびに、男も頑なに人違いだと断り続け、彼女たちの申し出を突っぱねてきた。
時に疲れた提督の為にと差し入れを持ってくる子もいたが、彼は受け取ってはすぐに同僚たちに配り、自分が差し入れを口にすることは一度もなかった。
そう言ったことが毎日続いたせいで、彼が元提督だということは同僚たちも内心察してゆき、少しずつ知れ渡っていったのであった。
そして、今に至る…
この日も、彼はやってきた艦娘の頼みを断り、追い返す。 その後、帰り支度をしようとしたとき、彼に声をかける者がいた。
「…なあ、ちょっといいか?」
そこにいたのは、いつも一緒に仕事をしている同僚で、どうやら何度も断り続ける彼を見かねて声をかけてきたらしい。
「お前さ、いつもあの子たちにつっけんどんな態度をとっているけど、何かあったのか?」
「何でもない。 提督だか何だか知らないが、向こうが俺を探し人と間違えてるだけだ」
「だからといって、いくらなんでもあれは異常だろ…! あの子たち、毎日ここにきてる。 お前が休みの日にもここに顔を見せに来てるんだぞ」
「親方だけじゃなく、他の連中もおかしく思ってるんだ。 それで何もないって言われても、信じられないぞ。 それでもまだ、何もないって言い張るのか?」
「……わかったよ。 その代わり、誰にも言うな」
渋い表情でそう前置きすると、彼は同僚にここへ来る前の出来事を打ち明けたのであった。
「なるほど… そりゃ、確かに関わりたくないわけだ」
ベンチに腰を掛け、空を仰ぎながら同僚はつぶやいた。 青く澄み切った空には、点々と細長い雲がゆっくりと動いている。 隣に座る男は、うつむいたまま無言で拳を握り締めていた。
「事情は分かったよ。 だけど、お前もそれでいいのか?」
「………」
「あの子たちがやったことは確かに許せないかもしれない。 でもな、許せないなら許せないなりにどうしてほしいか、彼女たちにその旨を伝えるべきだろう? このまま逃げてても、何も変わらないぞ」
「………」
「…まあ、俺みたいな部外者がとやかく言うのもあれだが、一応それだけは言っておくよ。 じゃあ、また明日」
同僚はベンチから腰を上げると、自分の荷物を背負いその場を後にしていった。
何も言わずじっと座っていた彼だったが、その目は何か決意を秘めたように凛としている。 そして、短いため息をはくと立ち上がり、歩き始めた。
夜の鎮守府。 時刻は8時を回り、あたりはすっかり薄暗い。 夕食を終えた艦娘たちはほとんどが寮に戻り、食堂に残っていた子たちも寮へ戻ろうと中庭に出たとき、ひとりの来訪者がやってきたのを目にする。
「あっ… あれって…!」
「間違いない… 提督よ、提督が戻ってきたわ!」
ようやく鎮守府に戻ってきた男を見て、艦娘たちは大いに喜びに沸いた。 中庭にいた子たちはそのまま彼を迎い入れ、他のものは寮に戻った艦娘たちにこのことを知らせに行った。
中庭にはあっという間に、ここに所属する艦娘全員が集まり、代表として長門が彼の前にやってきて、深く頭を下げた。
「提督、今まであなたに惨い仕打ちをしてきたこと、本当に申し訳ありませんでした。 貴方をあのような目に遭わせた私たちを許してほしいとは言いません。 …ただ、これからはここで、私たちからあなたに償う機会を与えてください……」
長門に続き、他の艦娘たちも彼に向って深く謝罪をしてきた。
そんな彼女たちを見て、彼は口を開く。
「皆… 俺も、その言葉を聞いて、皆の気持ちは分かったよ。 そのうえで、俺からも伝えたいことがある」
「俺はもうお前たちに二度と会うつもりはない。 それを伝えるために、俺はここに来たんだ」
信じられないと言わんばかりに、艦娘たちに巻き起こるどよめき。 そのまま、彼は話をつづける。
「俺はあの日、逃げるようにここを去っていった。 あれ以来、俺の中の何かが俺に語り掛けてくるんだ。 『あいつらを許すなっ!!』 と…」
「俺も、お前らを恨みながら生きていくなんてマネはしたくないが、その怒りがある限りそれはできそうにない。 そして、お前たちも俺がいる限り、俺に向かって悔い謝る日々を送ることになる。 俺も、そんなことは望んじゃいなんだ」
「だから、俺はお前たちの前から姿を消し、二度と会わないようにする。 これが一番いいと思ったからだ。 俺にとっても、お前たちにとっても、な……」
伝えたいことを伝え終えた彼はそのまま鎮守府を去ろうとしたが、艦娘たちは泣きながら必死に取り押さえようとした。
「そんなこと言わないで! また戻ってきてよ!」
「提督、頼むから戻ってきてくれ! 私たちは、どうしてもあなたに償わなければいけないんだ…!」
「お願いだから、行かないで提督さん! もう意地悪しないから…! ちゃんと良い子にするから…!」
皆は涙を流し、戻ってほしいと訴えかけたが、彼も自分の中の怒りを表に出さないよう皆を振りほどきながら、その場を走って出ていった。
鎮守府の門を出た後も、後ろから自分を呼ぶ声がやまなかったが、彼は後ろを振り向かずそのまま走り去っていったのであった。
次の日の朝。 男はいつものように身支度を整え、仕事へ向かう準備をしていると、突然家の電話が鳴りだした。
こんな朝からいったい誰が…? 疑問を抱きながらも電話に出ると、電話をかけてきたのは同僚だったのだが、開口一番、同僚はまくし立てるように叫んできた。
「おいっ、大変だぞ!! 今朝、お前の元にいたっていう艦娘達が、お前の居場所を話せってすごい形相でやってきたんだ! 今すぐそこから逃げろ。 連中、明らかに様子がやばかったぞ!!」
同僚からの話を聞いた瞬間、男は思った。
昨日、自分が鎮守府を出ようとしたときも彼女たちは必死に引き留めようとしていた。
まさか、自分のことが諦めきれずにそこまでやったんじゃないかと…!?
身の危険を感じた男は急いでここから離れる準備を行う。
貴重品や着替えなど必要最低限の荷物をまとめ、すぐに自宅のアパートを飛び出していった。
彼がアパートを出て少し離れた後、背後から激しくアパートの扉をノックする音と、女性の声が聞こえてきた。
「提督、お迎えに上がりました。 どうぞ、ここを開けてください」
背中越しに聞こえたその声は、紛れもなく昨日自分を引き留めようとした艦娘の声だった。
彼は後ろを振り返ることなく、そのまま町中へと駆け出していくのだった。
それ以来、元提督の男は各地を転々としていった。 なぜなら、自分の逃げてきた場所に必ず彼女たちも姿を現すからだ。 隠れても、場所を変えても彼女たちは自分を探し求め、追ってくる。 そのせいで、彼は夜も気が休まる暇はなかった。
「…はっ!? ゆ、夢か……」
「クソッ…! 頼むからもう放っておいてくれ… 俺は、もうお前たちと関わりたくないんだよ…!!」
艦娘たちに追いつめられるという悪夢に目を覚まし、男は悪態をつく。
そして、今日も彼は自分を探して追ってきた艦娘たちから逃げ続けるのであった。
鎮守府の執務室。 そこでは提督代理を務める長門が、追跡中の艦娘から今日も見つからなかったとの報告を受けた。
「…そうか、今日もダメだったか」
長門が通信を切ると、一緒にいた駆逐艦たちが心配そうに長門に尋ねてきた。
「ねえ、長門さん… やっぱり、司令官は帰ってきてくれないのかな?」
「これだけ探しても提督が戻ってきてくれないじゃ、やっぱり提督は私たちのこと嫌いになったんですか…?」
今にも泣きそうな表情を見せる駆逐艦娘たち。 そんな彼女達に、長門は優しく諭す。
「そんなことはないさ。 今はまだ、提督も私たちに会う心の準備ができてないだけなんだ」
「提督は本当は優しい人だってお前たちも知っているだろ? 大丈夫、明日にはきっと、提督も私たちに会いに来てくれるさ」
そう言って、次こそは彼を鎮守府に迎えようと励ましあう艦娘たち。
皮肉にも、その姿は艦娘たちと分かり合えると思っていた、あの頃の元提督の男と瓜二つであった。