今回の話は原点回帰の意味を兼ねて、自分の書きたい話にしてみようとしました。
しかし、ネタが思いつかない&風邪気味で小説書くペースが落ちるという負の連鎖……
次は自分も楽しくネタを考えながら書いていきたいです。
それは、家に帰った時からずっと感じ続けていた。
俺は、実家を出て今はアパートでの一人暮らし。 たまに買い物に出るとき以外は、家と会社を往復するだけの生活を送っている。
そんな俺にも楽しみと呼べるものがあった。 艦これだ。
艦隊これくしょん。 通称、艦これ。
プレイヤーは艦隊を指揮する提督となって、軍艦が擬人化した少女達、『艦娘』を育成・戦闘させていくものだ。
史実に則ったキャラ付けや、システムなどの拘り様から大々的な人気を誇り、一時はプレイするためのサーバが一杯になるという事態にまで陥ったことがあった。
今でこそ落ち着いたものの、それでもこのゲームをしたいというプレイヤーは後を絶たず、根強い人気がある。
俺はこのゲームが宣伝され始めた頃に入った、いわゆる古参勢だ。 当時はプレイングについては分からないことだらけで四苦八苦していたが、今ではほぼすべての艦娘たちがおり、資材も潤沢。 練度も十分という徹底っぷりである。
そんな俺でも、会社の命令には逆らえない。 ある日、上司に一か月の間出張に行ってくれと言われた。
俺は反対したが、上司曰くほかに適役がいないらしいとの事。 結局、行かされる羽目になった。
仕事の都合で、俺は一か月の間艦これができず、ようやく出張を終えていざ艦これをやろうと家に帰ってきたとき、俺は強烈な違和感を感じた。
うまく言えないが、なんだかこの部屋だけ空気が違う。
夕方の外は気温が落ちてきているが、ここは特にひんやりとしている。
まるで、どこか別の空間に足を踏み入れてしまったかのような、そんな空気が漂っていた。
不安を感じながらも、俺は一歩ずつ足を踏み入れる。
いつも自分が過ごしている部屋へ着くと、辺りを見渡す。 何かおかしなところはないか、目を凝らしながら調べた。
部屋の中では特に変わった様子は見られなかった。 ただ、ある一点が俺は気になった。
「あれ…? パソコンの電源が…ついて、いる…?」
それは、俺が艦これやネットをやるためいつもつかっているノートパソコンだった。 中央のテーブルに置かれているそれには、電源が入っていることを示すランプが点灯していた。
流石にこれは変だ。 確かに、俺は家を出る前にちゃんとパソコンの電源を切っていった。 それははっきりと覚えている。
それに、ノートパソコンのバッテリーコードはコンセントから抜け落ちている。 いつも節電のために、使い終わったら抜いているからだ。
ここまで来ると、おかしいなんてもんじゃない。 いくら何でも、ノートパソコンのバッテリーが、充電もせず一か月も持つはずがない。
俺は、違和感の原因がこのパソコンにあることを確信した。 額の汗をぬぐい、つばを飲み込むと、俺はパソコンを手に取り、ディスプレイを開いた。
俺が覚えているのはそこまで。 そこから先は俺の記憶はぷっつり途絶えていた。
「ん… うあ… こ、ここは…?」
次に気が付くと、俺は外にいた。
先ほどまで夕焼け色に染まっていた空は、今は青一色でまだ太陽が上がっている。
部屋にいたはずの俺は、今はなぜか外で座り込んでおり、目の前には舗装された道路。 背中にはコンクリートで作られた塀が横並びに続いていた。
どうやら、俺は塀に寄りかかったまま眠っていたらしく、俺の着ている服も変わっていた。
「何なんだこれは? なんで俺の服が軍服に…!?」
俺が着ている服はさっきまで着ていた、会社に着ていくスーツではなく白を基調とした、海軍の指揮官が着るような軍服になっていた。
「それに、ここはどこなんだ? 俺は、自宅のアパートにいたはずなのに…」
訳が分からないまま、俺は一人歩きだした。 ここには人は一人もいないし、このままいたところで何もわからない。
塀があるということは、この向こうには何かしらの建物があって、人もいるはず。 俺は塀に沿って進んでいった。
しばらくは塀が続いたこの道だが、ようやく俺の進む先に塀以外の物が見えてきた。
視線の先には入口を示す、鉄製の大きな正門。 そして、その正門の前には一人の少女が立っていた。 遠目からでもわかる、青く長い髪をした少女だ。
俺は、ここがどこなのかを彼女に尋ねようと声をかける……が、少女の顔を見た途端、俺はその場で固まった。
少女も俺の顔を見て、一瞬驚いた表情を見せるが、すぐに泣きそうな表情になり、目に涙をためながら俺の元へ駆け寄ってきた。
「提督! やっと戻ってきてくれたんですね!!」
五月雨。 ゲーム『艦隊これくしょん』に登場する艦娘の一人で、俺が一番最初に選んだ艦娘だ。
「良かった…提督が戻ってきてくれて。 私、提督の帰りをずっと待っていたんです!」
嬉し涙を流しながらも、五月雨は俺に抱き着いてくる。
俺は困惑したまま五月雨になされるがままになっていたが、ちらりと正門の横に埋め込まれている表札を見て、驚きのあまり目を見開いた。
「ま…舞鶴鎮守府…!?」
確か、俺が登録したサーバも舞鶴鎮守府のはず。
頭の中でこれまでの状況をまとめようとした時、鎮守府の方からがやがやと声が聞こえてくる。
見ると、そこには他の艦娘たちが我も我もと一斉にこちらに向かってきていたのだ。
「テートクー! 今までどこ行ってたのネー!? 私から目を離しちゃNOって言ったじゃないデスカー!!」
「提督、ようやく戻ってきたのですね! ああ、この日をどれだけ待ち望んだことか…!!」
「お帰りなさい、司令官! 皆、司令官の事待ってたんだからねー!!」
金剛や扶桑、清霜とこちらにやってくるのは皆、俺の鎮守府にいる艦娘ばかり。 大勢の艦娘たちに囲まれ、連れていかれる中で俺は確信した。
ここは、俺がゲームでプレイしていた鎮守府そのものなんだと……
場所は変わって鎮守府の食堂。 そこで、俺は茫然としていた。
俺がいるのは食堂の一番前。 俺の正面には、この鎮守府に所属しているという艦娘たちが、喜々とした様子でこちらを見ている。
皆の周囲には、間宮や鳳翔さんや大和が作った豪華な料理がビュッフェスタイルで並べられ、そして俺の頭上には『提督、お帰りなさい!』とでかでかと書かれた看板がつりさげられていた。
「さあ、司令。 乾杯の音頭をどうぞ」
「えと…霧島? これは…一体…?」
「何言ってるんです? 貴方が戻ってきたことをお祝いするためのパーティに決まってるじゃないですか。 こういう事は、皆でやった方が楽しいですからね♪」
俺の横に立つ霧島は、笑顔で話す。
皆の手には、それぞれ酒やジュースの入ったコップが握られており、俺の口上を今か今かと待ち望んでいた。
「それより司令、早くしてください。 せっかくの料理が冷めちゃいます」
霧島に促され、俺はマイクを手に取った。 小さく息を吐き、呼吸を整えると、俺は霧島に渡されたコップを上に掲げた。
「みんな! 俺のためにここまで祝ってくれてありがとう。 今日は無礼講だ、大いに楽しんでくれ。 乾杯っ!!」
俺の掛け声とともに、皆もグラスを掲げパーティは始まった。
食堂に用意された料理に舌鼓を打つ者や、文字通り浴びるように酒を飲む者。 艦娘たちは皆好きなように各々過ごしていたが、大半の子は俺の元にやってきて話をしていた。
「ねえ、提督。 一か月間戻ってこなかったけど、一体何をしてたの?」
「提督、明日の演習はぜひ見に来てください。 私、頑張りますからね!」
「しれー。 今まで来なかった分、たくさん遊んでもらうからね! 時津風も、雪風と一緒に楽しみにしてたんだからね!」
皆からの質問や返事に、俺は一人ずつ答えていく。 初めは皆が一斉に俺に話しかけてきたから、聖徳太子でもなければ聞き分けられない状況に陥り大変だった。
その後、どうにか皆を宥めて俺は一人ずつ話を聞いていった。 それでも結構忙しいが、皆とこうして和やかな時間を楽しめるのであれば、これもよいと思っていた。
瑞鶴があんな質問を投げかけるまでは……
「提督さん、ちょっといいかな?」
「んっ? どうした瑞鶴」
「提督さんってさ。 その………か、彼女とかいるの?」
その瞬間、場の空気は静まり返った。
さっきまで笑いがあふれ、和やかな雰囲気に包まれていた食堂は突如静寂に包まれ、楽しげに話をしていた者達は皆食い入るようにこちらを見つめ、遠くで俺に対して興味なさげに振る舞っていた者も、しっかりと聞き耳を立てて話を聞こうとしていた。
あまりの変わりっぷりに俺は動揺を隠せず、この状況を作り出した張本人は、周りの変貌に動じることなく、もじもじしながら質問の答えを待っていた。 …お前のせいで滅茶苦茶答えづらいよ、クソッ…!
「べ、別にそう言うのはないぞ。 というか、今まででモテた経験がない」
………。 自分で言ってて悲しくなってきた、泣きそう……
どっと気が落ち込んだ俺とは裏腹に、周りの艦娘たちはほっと胸をなでおろしたり、小さくガッツポーズを取ったりと、さっきまでの緊迫した空気が嘘のようになくなった。
そして、俺からの返事を聞いた瑞鶴は、ぱあっと明るい笑みを浮かべると、俺の手を取って声を弾ませながら言った。
「ふーん、そっかー♪ じゃあさ、瑞鶴が提督さんの彼女になってあげよっかな~?」
いきなりの恋人宣言。 あまりに突拍子もない行動に、俺は「はぁっ!?」と素っ頓狂な声を上げてしまい、他の者達は一斉にこちらに殺意のこもった視線を向けてきた。 中には艤装を展開している者さえいる。
「もう、いい加減にしなさい瑞鶴! さっきから、提督に向かって失礼でしょ!」
それを窘めるかのように、瑞鶴の姉である翔鶴が割って入る。
俺から瑞鶴を引き離し、不満げに口をとがらせる彼女を下げると、翔鶴は必死に俺へ頭を下げてきた。
「本当にすみません提督! 瑞鶴がご迷惑をおかけして…!」
「いや、いいんだ翔鶴。 俺は気にしてないからさ、顔を上げてくれ」
翔鶴が止めてくれたおかげで、どうにかこの場を収めることができたし、周りも少しだが大人しくなってくれた。 俺は、これなら落ち着くだろうと胸をなでおろしたが、
「そ、その… お詫びにといっては難なのですが………もしよろしければ、私が提督の恋人になりましょうか…?」
翔鶴の一言に俺は固まり、再び場はヒートアップ。
俺の手を握りながら話す翔鶴は、お詫びと言いつつも、顔を赤くして嬉しそうに微笑んでいる。
だが、そうすんなりと行くはずがない。 怒りを露わにしながら、他の者たちが俺と翔鶴へと食って掛かってきた。
「待ちなさい。 五航戦如きが、提督と釣り合うわけがないでしょう。 身の程をわきまえなさい」
「翔鶴さん、さっきの冗談はなかなか面白かったです。 でも、世の中には言っていい冗談と悪い冗談があるんですよ」
「そそ、そうですよ翔鶴さん! し…し…、司令の恋人だなんて、そんなの他の皆さんが認めません!!」
相手を睨み殺さんといわんばかりに、鋭い眼光を向けてくる加賀。 にこやかな笑顔とは裏腹に、背後に怒りのオーラがあふれ出す高雄。 顔を赤くしながらも、必死に翔鶴へと食らいつく萩風。
三人の反論に流石の翔鶴も気圧されるが、それを皮切りにしてか、あちらこちらで誰が俺の恋人にふさわしいかという論争に発展していた。
「アンタみたいな口の悪いガキンチョにクソ提督の面倒を見れるわけないでしょ。 下がってなさい満潮!」
「アンタこそ、口が悪いだけで司令官への優しさってものがないじゃない! そっちが下がりなさいよ曙!」
「まあ、提督には五十鈴のような優れた指揮官を生んだ実績がある艦がふさわしいし、五十鈴がなってあげてもいいんだけど?」
「あら、貴方も顔に似合わず面白いシャレを言えるのね? でも結構よ、提督には最新鋭である阿賀野型の姉妹艦、矢矧がついているから」
「て、提督には優しくてお料理の上手なこの大鯨がいます! だから、瑞穂さんは下がっててください~!」
「み、瑞穂だって料理の腕ならそれなりに自信がありますし、て…提督への想いだって負けてません…!」
「提督さんの事なら阿賀野が一番知ってるもん! 毎日提督さん日誌つけてるし、これでもう10冊目になるしー!」
「いいえ、提督の好みからちょっとした癖まで調べ上げたこの夕張の方が知ってますー! この前だって、提督の好きな女の子のタイプを聞いたもんね!」
「えーなにそれずるい!! ねえねえ、提督さんどんな子がタイプなの、教えて!」
「そ、そんなのあなたに教えるわけないじゃない…! (言えない、提督が胸の大きい子が好みだなんて……)」
お互いに自分がふさわしいと主張し、相手を罵り合う。 自分がいい、アンタじゃ釣り合わないなど、激しく口論しあい収まりがつかない。
流石にこのまま見過ごすわけにはいかないと、俺は皆を嗜めようと声をかけようとした時、突然俺の元に現れた時津風の一言で、その必要はなくなったのだ。
「ねえ、しれぇ。 皆しれぇの事が好きって言ってるけど、しれぇは誰が一番好きなの?」
次の瞬間、艦娘たちは一斉に口論をやめたが、代わりに一斉に俺へと視線を向けてきた。
何かを期待するように見つめる視線に、自分を選べと言わんばかりの刺すような視線。 百を超す視線が俺に注がれ、そのプレッシャーも半端じゃない。 下手な回答をすれば、その時点で人生終了だ……
(やばい……! これ、一体どう答えりゃいいんだ?)
俺が冷や汗を流しながら何かいい回答はないかと必死に思考を巡らせていた時、救いの女神は現れた。
「て、提督っ! そろそろ執務室の方へ行きましょうか! 私、案内します」
俺が声のした方……左わきを向くと、そこには俺の手を引きながら話す五月雨の姿があった。
「おっ、そうだな。 じゃあ皆、スマンがこの話はまた今度な…!」
俺は五月雨に連れられるまま、急いで食堂を後にした。 食堂を出てから執務室へ戻るまで、俺と五月雨は足を止めず走った。 執務室へ入って、ようやく自分たちの安全を確認できた時、俺は深い溜息を吐いた後、隣で息を切らせる五月雨に言った。
「ス、スマンな五月雨。 助かったわ…」
「いえ… 正直言うと、私も怖かったんですけど… でも、提督を見たら、私が行かなきゃって気持ちになって、それで……」
「ああ、今回はお前のその勇気に助けられた。 ありがとう、五月雨」
感謝の言葉と共に、俺はそっと五月雨の頭を撫でる。 照れながらも大人しくなでられる彼女の姿は可愛らしく、自ずと俺も笑みをこぼしていた。
「提督が戻ってきたからには、私もっと頑張りますね! 私も提督の御役に立ちたいし、提督の御仕事を少しでも楽にしてあげたいから」
「落ち着けって五月雨、そんなに張り切らなくてもいいんだぞ。 それに、俺だってこことは別に仕事があるし、帰らなくちゃいけないんだから」
俺が何気なくそう言った途端、五月雨の表情が一変した。
さっきまでの明るい笑顔が、まるで能面のような無表情へと変わり、目にも光がともっていない。 黒く淀んだ不気味な目で、五月雨は俺をじっと見つめてきた。
「…何を言ってるんです? 提督は、これからもここでずっと私たちを指揮してくれるんでしょ? またいなくなるなんて、そんなわけないじゃないですか。 今のはほんの冗談。 そうですよね、提督……」
俺は思わず、「うっ!?」と短い悲鳴を上げる。
俺の腕を掴む五月雨の手に、徐々に力が込められていく。
その少女の細腕からは想像もできないほどの力で、俺は腕を締め付けられている。
言いようのない恐怖を感じ、本能が危険だと告げる。 このままじゃまずいっ…!!
「も、もちろん冗談に決まってるだろ! そんな本気にするなって…!!」
「そうですよね! すみません提督。 私ってば、つい取り乱しちゃって…」
俺の咄嗟の嘘が効いたらしく、五月雨はいつもの様子で照れ笑いを浮かべた。
しかし、彼女の変貌ぶりに危機感を抱いた俺は、ちょっと外の空気を吸ってくると言って執務室を抜け出し外へと逃げてきた。
外はもうすぐ夜になるらしく、空は赤く染まり太陽は徐々に水平線へと沈もうとしている。 でも、今の俺にその光景を堪能してる暇はない。
さっきまで掴まれていた腕を見ると、手の痣がくっきりと残っており、俺は改めて背筋に悪寒が走るのを感じていた。
「どういう…ことなんだ…? 五月雨のあの変わりようは、一体何なんだ?」
今までの出来事を思い出すと、俺は自分の部屋で艦これをやろうとしていた。 しかし部屋の様子がおかしく、その原因を調べようとしたらいつの間にか鎮守府へ飛ばされていた。 それも俺がゲームでプレイしている鎮守府へだ。 その証拠に皆は俺を提督と呼んで慕っていた。 だが、俺が戻ると口走った時、五月雨はそれを極端に嫌がった。
これは推測だが、もしかしたら俺がここへ飛ばされたことと、皆とこうして出会ったことは何か関係があるんじゃないか?
「あら、提督。 五月雨と一緒じゃないの?」
一人考えを巡らせていると、突然俺を呼ぶ声が聞こえ慌てて振り向く。
見ると、陸奥が軽く手を振って俺の元へとやってきた。
「いや、今ちょっと気分転換のため外の空気を吸いに来たんだ」
「そうだったの。 提督、少し座ってお話ししない? ちょうど、あそこにベンチがあるから、そこに行きましょ」
「ああ、いいぞ」
俺は陸奥に促されるままに、近くに置いてあったベンチに腰を下ろし、陸奥も俺の隣に座った。
広大な海と空が見渡せるベンチで、陸奥は何も言わず空を見上げていたが、俺に顔を向けると軽い口調で話した。
「さっきはごめんね。 ちょっと、皆も暴走しちゃったみたいで」
「それについては今更気にするなって。 もう、済んだ事だ」
「でもね、皆がああなっちゃうのも分かってほしいの。 だって、皆提督が戻ってくるのを待ち望んでいたから」
「……。 それについてはすまなかった。 俺も俺で、仕事があって戻れなかったんだ…」
俺は思わず口ごもる。 今まで知らなかったんだ、皆がここまで俺を慕っていたことも、俺が皆に寂しい思いをさせていたことも……
「もう、そんな暗い顔をしないで。 皆貴方が戻ってきたことを喜んでるんだから、もっと笑ってちょうだい」
そんな俺を見やってか、陸奥はにっこり笑いながら俺のほほを撫でる。
「それに、こうして戻ってきたってことは、これからは一緒にいられるってことでしょ? もしそうなら、私も提督の恋人に立候補しようかしら♪」
「へっ?」
そう言うや否や、陸奥は俺の顔に手を添え自分の顔に近づけた。 吐息が当たるほどの距離で、トロンとした瞳で、陸奥は自分の唇を俺の口もとへと運んでゆき……
「何をしているのかしら」
加賀に呼び止められた。
仁王立ちでいる彼女の表情はいつもと変わらないように見えるが、彼女の纏うオーラはまさに極寒を体現したかのように冷え切っていた。
「こんなところで提督を誑かそうなんて、油断も隙もないわね」
「あら、私はただ提督と話をしてただけよ。 それだけのことに横槍を入れてくるなんて、余裕のない女は見苦しいわよ?」
「そんないかがわしいやり口で近寄る貴方に言われたくないわ」
「そう? どこぞの愛想の欠片もない空母よりマシだと思うけど」
「……頭に来ました」
一瞬で艤装を展開させ矢をつがえる加賀。 同じく艤装を出し即座に主砲を向ける陸奥。
今にも臨戦態勢に入りそうな二人を見過ごすわけにもいかず、俺は慌てて間に割って入った。
「おいよせっ! いくら何でも身内同士で戦おうなんて、流石に俺も見過ごせんぞ!!」
その言葉に、二人は艤装を収め渋々だが引き下がってくれた。 どうにかこの場を収めることができて、俺はほっと胸をなでおろしたが、
「ごめんなさい、提督。 ただ、私もそれだけ本気だってことは覚えておいてね」
陸奥はそう言って、軽く手を振りながらその場を去っていった。 俺はただそれを見送っていたが、加賀は俺に近づき必死に尋ねてきた。
「提督、彼女とは何もなかったんですね? 隠したりしてませんね…!」
俺は正直に何もないと話すと、ようやく加賀も落ち着いてくれたらしく、胸をなでおろした。
皆が俺を慕っているのはよく分かったが、いくらなんでもこれは少し大げさすぎないか?
俺はそう思って加賀に尋ねたが、加賀は真顔で俺に向いて言った。
「いいえ、決して大げさではありませんよ。 だって、私たちはずっと、こうして貴方といられることを望んでいたんです。 いつだって、貴方は私たちの身を案じた指揮を取り、大事にしてくれた。 そんな貴方を好きにならないわけがありません」
「そ、そうなのか? 俺はただ、当たり前のことをしてきただけなんだが…」
「貴方にとっては当たり前でも、私たちにとってはこれ以上ないほどの喜びです。 その貴方が、今こうして私たちの傍にいる。 これほど幸せな時はありません!」
瞳を閉じながら、力強く語る加賀。 その話し方から、彼女がどれだけ嬉しいのかが俺にも伝わってくるようだった。
「提督、どうかこれからもここにいてください。 そして、いつの日か私を艦隊の部下ではなく、正式な妻として迎えてくださいね」
熱弁を終えた加賀は、最後にそう静かに語ると、俺に向かって笑ってみせた。
五月雨と同じような、黒く淀んだ瞳で……
時刻は深夜。 もうすぐ日付が変わりそうになる頃、俺は暗く静かな廊下を歩いていた。
夕暮れの加賀の顔を見て、俺がここに飛ばされたのは皆が原因だと確信した。
あの時の二人は明らかに様子が普通じゃないし、食堂の一件から陸奥や他の子達も同じようになっていることが予想できる。
現状、帰る方法は分かっていないが、どのみちこのままここに残っているのは危険だ。
まずここから脱出して、それから変える方法を考える。 そのために、俺は鎮守府の正門へと向かっていた。
幸い、皆は艦娘寮の方に戻り、この中央建物は俺意外誰もいないから見つかる心配はない。
廊下を渡り、正面の玄関から外へ出る。 あとは中庭を通り抜ければ入ってきた正門があり、そこから脱出する算段だったのだが……
「提督… どこへいくつもりですか?」
俺の視線の先、中庭には五月雨が一人佇んでいた。 艤装を展開しながら、黒く濁った瞳で俺を待っていた。
「もう夜遅い時間です。 こんな時に外に出るのは危ないですよ」
「あ、ああ… 眠れなくて、ちょっと散歩でもしようと思ってな」
「あら、じゃあ私もご一緒させてもらえないかしら?」
突然聞こえてきた五月雨とは別の声。 驚いて振り向くと、そこには陸奥をはじめ、他の艦娘たちが艤装を身に着けたまま、俺を取り囲むように待機していた。
「くそっ!!」
俺は舌打ちすると、一目散に駆け出した。
同時に、「逃がさないわっ!!」という声と共に、砲弾や艦載機が放たれる音が背後から聞こえてくる。
「提督、どうして戻ってしまうんですか? そんなに、私たちと一緒にいるのが嫌なんですか?」
俺が必死に逃げる傍らで、砲弾が爆発する音や艦載機の爆撃音に混じり五月雨の叫び声が聞こえる。
「私も、皆さんも、ただあなたに傍にいてほしかった。 提督……貴方はそれさえも許してはくれないのですか!?」
…違う。
「提督、このような真似をして信じてもらえるとは思えませんが、私は貴方を真剣に愛しています。 だからこそ、貴方にここを去ってほしくないのです!」
俺は…ただ……
「こんな方法をとる事でしか、私たちは貴方に会うことができなかった。 だから、先に言っておくわ。 …ごめんなさい、提督」
俺の周囲で砲弾が破裂し、爆風に煽られる。 艦載機が俺の近くを爆撃し、大地がえぐれる。 そんな戦場のような中庭で、俺は足を止めると皆へ向き直った。
「皆、聞いてほしい。 俺は、皆にこうして会えてうれしかった。 それは本心だ。 だけど、こんな形で一緒になるのは間違っている。 俺には俺の、皆には皆の居場所がある。 だから、ここは俺がいるべき場所ではないんだ!!」
俺はわき目もふらず、一直線に目指すべき場所へ駆け出した。 背後から俺を呼ぶ声や、牽制として絶え間なく放たれる砲弾の音が響くが、もうそんなこと気にしてる場合ではなかった。
正門を出て、ここから脱出する。
その一点を心に置いて、俺はがむしゃらに走り続けた。
もう正門は目と鼻の先。 後ろには俺めがけ飛来する砲弾があり、当たれば無事じゃすまないことは明白だった。
だがそれも、先に出られればいいだけの事。
俺は正門に手をかけ、力強く扉を押して門を開けた。
そして………!!
とあるアパートの玄関に、一人の男性がやってくる。
何度かノックをした後に、扉の向こうから返事がないのを確認した彼は、ポケットに入れてあったカギを差し込み、ドアを開けて部屋へ入っていった。
「お邪魔するぞー! …って、兄貴本当にいないんか」
「全く… 突然アパートの掃除を頼んできて、いくら何でも急すぎるだろ」
「まあ、兄貴も仕事で忙しいって言ってたし、ここは代わりに一肌脱いでやるのが弟の役目ってもんか」
「…にしても、結婚の報告までするなんて驚いたな。 流石にその時ぐらいは親父やお袋に顔出せばいいのに……」
「…ブツブツ言ってても仕方ない。 んじゃ、チャチャっと済ませますか」
彼は、自分の兄から送られたメールを見て一人ぼやいていたが、メールが表示された携帯をテーブルに置くと、掃除機を取りにその場を離れる。
テーブルに置かれた携帯には、こう書かれていた。
『でんわで伝えるには少し長くなるから、メールを送らせてもらった。
らいねんの春、俺は職場で知り合った同僚の加賀さんと結婚することになった。
れんらくが遅くなったのは申し訳ない。 仕事が忙しくて、中々伝えられなかった。
なんでも、また今度大きな仕事があるから、しばらくは帰れないんだ。
いずれ、そっちにも紹介するから楽しみにしててくれ。
たのしみついでに一つ、部屋の掃除をお願いできないか?
すぐにでも家に帰ってやりたいんだが、皆に仕事が先と言われてしまって…(笑
けっこう古いアパートだから、こまめにやっとかないとすぐに汚れちゃうんだ。
ていねいにやらずとも、軽く掃除してもらえればいいからよろしく頼む。
兄より』
最後の手紙の意味に気付いた方はいますか?
もし気付かなかった方は、手紙の最初の行を縦に読んでください。 なぜ平仮名なのかがわかりますので。