しかし、コメントでは自分より遥かにレベルの高い予想が来てて、自分も内容を変えようかオチを変えようかと悩んだこともありました。 結局、当初の予定通りのオチにしましたけど…
もし、こういう話が見たい的なものがあれば、メッセージで送ってもらえると幸いです。
コンコン… 軍病院の一室に静かに響き渡るノック音。
病室のベッドに座る男はノック音のした扉へ顔を向けると、一言「どうぞ」とつぶやく。
扉を開けて入ってきた人物。 海軍大将はお見舞いの品を手に、ベッドに座る男……前提督へと尋ねる。
「久しぶりだね。 もうすぐ一か月になるが、容体の方はどうだい?」
「……体の方はもう大丈夫です。 医者からも、だいぶ回復してきたと言われましたので」
「そうか。 それで、答えは出たかね?」
ベッド脇の棚にお見舞いの品を置いて、大将は前提督へと問う。
それを聞いて、彼の答えは、
「……いいえ」
の返事と共に、静かに首を振った。
「そうか… まあ、時間はあるんだ。 焦ることはない、君は君がどのようにしたいかじっくり考えるといい。 答えが決まった時は、私もサポートさせてもらうよ」
「ハイ… ありがとうございます」
「では、私は失礼するが、また何かあったらここへ来るよ」
そう伝えると、大将は病室を後にしていく。
病院を出ると、青く澄み渡った空から注がれる光が大将を出迎える。
燦々と輝く日光を手で遮りながら、大将は誰にでもなく一人呟く。
「…さて、彼にはああ言ったが、向こうは果たしてどうなっているか」
「まあ、向こうがどうなっていようとも、あとは彼ら次第か。 さて、私も自分のすべきことをしなくてはな」
そう言うと、大将も自分の担当する鎮守府へ戻るべく、歩みを進めるのであった。
夜の鎮守府。 艦娘寮では今日の作業を終えて部屋へ戻る艦娘達の姿があったが、皆疲労と恐怖で暗い表情を浮かべ、笑顔の者も他の子と談笑する者は一人もいなかった。
自分達が召使いのように扱っていた前提督がいなくなってひと月。 自分達が我が物顔でのさばっていたここは、今は新しい提督によって完全に支配されていた。
「曙… 提督に叩かれた場所、大丈夫? 痛くない…?」
「…これぐらい、平気よ。 あたしたちが、アイツにしてきたことに比べたら、こんなの……」
「由良姉っ! そんなフラフラの体でどこ行くの、少しは休まなきゃ…!!」
「離して、阿武隈… この後、また遠征に行かないとだから…… 私が…行かなきゃ…… また…あの子たちが…殴られ…ちゃう」
「だからってそんな体で行ったらアンタが危ないでしょ! ここは五十鈴が行くから、アンタは休んでなさい」
「長門さん、その顔の傷は…!」
「ああ、『上官に向かってそんな反抗的な目をしてはいけないよ』と、提督に言われてな。 なに、単なるかすり傷さ」
「だからって、いくら何でもこんなの理不尽だよ! ねえ、やっぱりここは力づくでも提督を追い出そう。 あたし達戦艦がかかればさすがにあいつでも…!」
「ダメだ伊勢、分かっているだろ? ここで私たちがあいつに手を出せば、私たちだけでなく他の皆も解体の対象になる。 よしんばあいつを追い出しても、その後大本営からどんな処罰が下されるか分からないんだ」
「日向……」
「もしかしたら、これは罰なのかもしれないな。 今まで私たちがあの人を無下に扱ってきた罰が、こうして私たちに帰ってきた。 今にしてようやくわかったよ。 我々が、今までどれだけひどいことをあの人にしてきたのかを……」
あるものは提督に暴力を振るわれ、ある者は夜戦や夜間の遠征へと強引に駆り出され、今はただ鬱々とした空気だけが流れていた。
もう嫌だと肩を落とし嘆く者。 今まで自分たちがしてきたことを悔いる者。 そして、そのような行いを前提督にしてきたことを後悔する者。
ただ、その中で唯一目が死んでいない者がいた。 皐月だった。
「僕のせいだ… 僕が、司令官にあんな事をしたから……!」
「やらなきゃ… 僕が、なんとかしなくちゃ…!!」
皐月は決意を秘めた目で呟くと、他の艦娘達の目を盗み、こっそりと艦娘寮を抜け出すことに成功した。
ただ一人、抜け出す際にちらりと入口に目を向けた長門を除いて……
「はあ… はあ… はあ…」
息を切らせながらも、皐月は休むことなく走り続ける。
場所は鎮守府の寮から離れた砂浜。
夜の砂浜は星が少ないため薄暗く、おまけに砂の足場は走るたびに足が埋まって転びそうになる。
しかし、今の自分に休むことは許されない。
必死に走り続けて、ようやく皐月は海に面した海岸線までやってきた。
いつもは青く広がる海も、今は黒ずみをぶちまけたように黒一緒に染まっている。
目の前に広がる海へ、皐月は懐からある物を取り出すと、
「てええええいっ!!」
腕を振り上げ力いっぱいそれを放り投げた。
ボチャンッ! という水音と共にそれは沖へと流され、皐月は何も言わずそれを見届けていると、
「皐月君? こんなところで何をしてるのかね?」
「ひぃっ!?」
皐月が後ろを振り返ると、そこには懐中電灯の明かりを手に佇む提督の姿があった。
彼はいつものように笑顔を浮かべていたが、皐月は恐怖で体の震えが止まらなかった。
「おっかしいねぇ… 任務以外に夜間の外出は禁止だと伝えたはずだけど、君はなぜ寮を抜け出しているの?」
「ひっ… あっ…! そ、それ…は……」
「もしかして、また何か悪いことでもしてたの? 仕方のない子だ」
どうにか言葉を話そうにも、口がカチカチと振動し呂律が回らない。
一歩、また一歩と提督が近づくたび心臓が早鐘のように鳴る。
そして、提督が皐月へ暴力を振るおうとした時、
「そこにいたか皐月! 何をしている、早く特訓に戻るぞ!!」
急に背後から聞こえてきた凛とした声。
二人が声のした方を見ると、そこには二人に駆け寄ってくる長門の姿があった。
「大変申し訳ありません、提督! 私が夜間戦闘の特訓を行おうと言ったら、特訓を嫌がった皐月が勝手に抜け出してしまって…」
「皐月にはあとで私からお灸をすえておきます。 本当に申し訳ありませんでした!」
必死に提督へと頭を下げながら謝罪する長門。
それを見て提督も一瞬目を細めたが、すぐにいつもの笑顔に戻ると、こう答えた。
「…ああ、そうだったんだ。 なら、今回はそういう事にしておいてあげるよ」
「それじゃ長門君、特訓頑張り給え。 皐月君も、あまり私や長門君を困らせないようにね」
そう言って提督は何事もなかったようにその場を去り、長門は急いで皐月の手を取った。
「何故勝手に寮を抜け出した!? 偶然私が見かけたから良かったものの、危うく提督に処罰されるところだったんだぞ!!」
「あっ、長門…さん。 す…すみま……せん」
今にも泣きそうな顔で長門に謝る皐月。 長門もそれを見て、小さく溜息を吐いた。
「まあいい、お前が何をしたのかは聞かずにおいてやる。 早く戻るぞ、グズグズしてたらまた提督に睨まれる」
「う、うん……」
長門に手を引かれながら、皐月は寮の方へと戻っていく。
その時、一瞬だけ皐月は海の方を振り返る。
そして、何かを祈るかのように、ぐっと瞳を閉じるのであった。
朝の砂浜。 そこには入院中の前提督が、一人のんびり散歩をしていた。
陽光に照らされ、海岸線を流れる波の音と海鳥たちの鳴き声が、砂浜に音楽を奏でている。
しかし、そんなのどかな風景とは裏腹に、散歩をする提督の顔には元気がない。
与太ついた足取りで歩き、彼はため息とともに、近くにあった大きな岩に腰を下ろした。
「このまま提督を続けるか、軍をやめるかか…… もう親父の形見もないし、これからどうしよう…」
前提督は、体の調子は回復していた。 熱は下がり、体力も問題ない。 退院ならいつでもできる容体だが、心の傷はそうはいかなかった。
提督として戻ろうにも、戻った矢先にまた奴隷のように扱われるのかと思うと、決意が鈍る。
何より、自分にとって心の支えであった万年筆も今はない。
もう、彼の心はいつ折れてもおかしくない状態だった。
「……。 やっぱり、俺は親父のような提督になんて、なれるはずがなかったのかな?」
一人呟きながら、彼はただ目の前の海を眺めていた。
『お帰りなさい、父さん』
『ああ、ただいま。 久しぶりに、仕事が一段落してな。 元気にしてたか?』
『うんっ! ところで父さん、また深海棲艦に支配されてた海域を開放したんだってね! ニュースでやってたよ!』
『まあな。 流石に敵も手強かったが、皆のおかげでどうにか解放することができたんだ』
『やっぱり、父さんはすごいんだね! こうして、次々と深海棲艦をやっつけて海を開放して。 友達も皆、父さんの事褒めてたよ!』
『………。 それは少し違うな。 本当にすごいのは俺じゃなく、俺の元で戦ってくれている艦娘たちの方さ』
『えっ?』
『俺にできることといえば、あいつらが少しでも戦いやすいように指揮を取る事だけだ。 実際に戦うのは俺じゃなく皆で、俺がこうして優秀と言われてるのも、皆が俺の指示を的確にこなしてくれるからなんだ』
『だから、俺は皆が無事に帰還できるようサポートをしているんだ。 兵力を持たない指揮官など、裸の王様と変わらない。 艦娘を大事にしない輩に、提督を名乗る資格はない。 俺はそう考えているよ』
『そっか… 父さんが優秀って言われてるのは、艦娘の子たちが父さんのために頑張ってくれているからなんだね』
『そういう事だ。 もしお前も提督を目指すなら、それを忘れるなよ』
『うん、分かったよ父さん。 僕も、大きくなったら父さんみたいな提督になるね!』
『ほお… 俺のようになるとはでっかく出たな。 なら、これは餞別だ。 俺のような立派な提督になったら、使うといい』
『わあ… かっこいい万年筆。 ありがとう、父さん!!』
自分の父親はすごい男だった。
提督として他の者たちが目を見張るほどの華々しい戦果を挙げながら、決して部下である艦娘たちを見捨てることなく、優れた指揮を取ったことで厚い信頼を得ていた。
彼女たちにただ酷使されるだけの自分とは、まさに雲泥の差だった。
こんな自分が親父のような提督になれるのかと自分に問うたこともあったが、答えはノーだ。 恐らく、自分じゃなく他の者から見ても、答えは変わらないであろう。
やりきれない気持ちを胸に抱え込みながら、彼は小さくこぶしを握り締めた。
「…諦めよう。 俺みたいな奴が提督になるなんて、所詮は夢でしかなかったんだ」
提督を辞任する。
そのことを大将に伝えるべく、彼は病院へ戻ろうと踵を返そうとした時、
「んっ? 何だ、あれは…」
波に流されながらも、太陽の光が反射してチカチカと輝いていたため、前提督はそれに気が付いた。
足元が濡れることも構わず、彼がそれを取り出す。
そこにあったのは、空になった空き瓶だった。
よく瓶詰とかに使われるタイプの瓶だが、中には何やら一枚の紙が丸まった状態で入れられている。
彼は瓶の蓋を開けて、中の紙を出してみると、そこには何やら文が書き込まれていた。
その場で書かれていた文に目を走らせる前提督。
そして、その内容を読み上げた瞬間、
「こ、これは…!!」
彼は大きく目を見開いた。
場所は変わって、朝の鎮守府。
中庭にはこの鎮守府に所属する艦娘たちが集められ、今日向かう海域の作戦について提督が話をしていた。
にこやかに話を進める提督とは裏腹に、艦娘たちは暗い顔をして、誰一人喋ることなく話を聞いている。
それは、目の前に提督がいるということもあるが、それ以前に今回行われる作戦が無謀でしかなかったからだ。
結論から言うと、今回の攻略についてはほぼ捨て身覚悟の特攻作戦でしかない。
いくらこの鎮守府の艦娘達が多いとはいえ、敵の規模はそれをはるかに上回る数で、皆も休むことなく出撃や遠征に駆り出され、心身ともに疲弊しきっていた。
そんな状態で、こちらを上回る戦力の敵艦隊と当たれば、多大な犠牲ができることなど火を見るより明らかだった。
「…と、これが今回の作戦概要だ。 敵の規模も大きいし、多少てこずるかもしれないが、まあ君たちなら何とかなるでしょ」
提督は、艦娘たちの不安などお構いなしといわんばかりに軽い口調で話している。
そんなことは無理だ。 できるわけがない。 ここにいる皆が、同じことを考えている。
しかし言えばまた暴力を振るわれる。 その恐怖が、皆を黙らせていた。
これから無謀な作戦で、沈められてしまうのか。
艦娘たち全員に恐怖が走る中、それは起きた。
「…できません」
「…何?」
皆が驚愕の表情を浮かべる中、一人の艦娘………皐月は手を上げて異議を唱えた。
「そ、その作戦は…僕たちにはできません。 今の皆がこの作戦に参加したら、間違いなく助からないです…!」
「それに……僕たちは、もうあなたの元では働けません。 だから、あの人を……司令官を返してください!!」
震える声で、皆の想いを代弁した皐月。
その言葉が合図だったかのように、他の者達からも賛同の声が上がった。
「そうだー!」とか、「もうヤダ―!」という叫びが皐月の背後から聞こえてくる。
中庭は艦娘たちの叫びで盛大ににぎわっていたが、提督はため息を一つ吐くと、
「……フンッ!」
「痛っ!?」
皐月を殴り飛ばし、その場を黙らせた。
「あのさぁ… 言ったはずだよね? 君たちには初めから人権などないと。 作戦に参加するのが嫌どころか、上官である僕に従えないなんて、困った子達だよ」
「君は特にいけないね、皐月君。 他の皆を煽るような真似をして、真っ先に僕に逆らって。 いけない子だ、いけない子だ、いけない子だ!!」
「うっ…! あっ…! あぐっ…!!」
乱暴に皐月の髪を掴み上げながら、表情を変えずに提督は拳をふるい続ける。
殴られるたびに悲鳴を上げる皐月に、見るのが耐えられなくなったのか、長門たちも前に出て提督を止めようとする。
「おい、よせ! それ以上殴ったら皐月がどうなるか、分かっているのか!?」
「…長門君、君まで僕に楯突こうと言うの? 君こそわかってる? ここで君が僕に手を出せば、皐月君だけじゃなく、他の子達も無事じゃすまないってことを…」
「うっ… くくっ…!」
歯ぎしりしながら長門たちは足を止め、提督は穏やかな笑みを浮かべながら彼女たちに言った。
「さて皆。 悲しいことに、皆を誑かした皐月君は、本日をもって解体されることとなった。 だから、君たちは皐月君の最後を見届けてあげるといい。 そして知るといい。 提督に…… いや、僕に逆らったら一体どうなるかをね」
提督は皐月の髪の毛を引っ張りながら、歩き出す。
向かう先は工廠の隣にある解体施設。
止めようにも、ここで手を出せば他の者達も皐月と同じ末路を迎えてしまう。
長門たちは悔しさに拳を震わせ、他の駆逐艦たちは「やめてー!!」と声を張り上げる。
しかし、提督の足は一歩ずつ、解体施設へ向かっている。
もう、自分もここで終わるんだ…
皐月も静かに自分の最後を悟った。 ……その時だった。
「俺の部下に手を出すなー!!」
「がはっ!?」
突如現れた男が提督の顔面に強烈なストレートをたたき込む。
突然の不意打ちに対応できず、提督は皐月の髪を手放し、衝撃のままに体を横にたたきつけた。
「おい、皐月! 大丈夫か、しっかりしろ!」
自分を呼ぶ声に、皐月はうっすらとその眼を開ける。
そして、その視界に飛び込んできた人物を呼んだ。
「あっ… し…しれい…かん……!」
皐月は自分を抱きかかえる男。 前提督の姿を見て涙を流した。
前提督も、皐月に意識があることを確認すると、ほっと胸をなで下ろした。
その後、皐月をそっと横にした彼は、倒れ込んだ提督の男を睨み付けた。
「これは一体どういう事なんだ? アンタが俺の部下を預かっていると思ってきてみれば、俺にはアンタがこいつらに暴力を振るっているようにしか見えないんだが…!」
「お…お前、こそ…! 今の鎮守府の提督は俺だぞ…! なら、俺の道具をどう扱おうがお前には関係ないはずだ!」
殴られた男はいつもの笑顔ではなく、怒りをむき出しにした憎悪の顔で自分を殴りつけた前提督を睨み付ける。
しかし、彼の言い分も次に現れた男の言葉に否定された。
「いいや。 生憎だが、もう君にその権限はないよ」
「た…大将…殿…!?」
前提督の後ろから現れた人物。 海軍大将の言葉に、男は目を丸くした。
「彼には本人の希望により、今をもってこの鎮守府の提督として復帰してもらうこととなった。 よって、今の彼女たちの提督は彼であって、君ではない。 それと…」
大将は一端話を区切ると、艦娘たちに目を向ける。
傷だらけになり、縮こまる彼女たちを見やりながら、彼は話す。
「君は本日をもって憲兵による拘束、及び提督としての地位を剝奪する」
「な…に…!?」
まるで状況についていけない様子の提督。 そんな彼へ、大将は話を続ける。
「この鎮守府の艦娘たちと同じで、以前から君の素行については問題視されていたんだ。 それで、君には最後のチャンスとしてここに送り、君と艦娘たちとの素行について改善が見られれば、君にはこのまま提督を続けてもらおうと考えていたのだよ」
「しかし、どうやら君は彼女たちより性根が歪んでいたようだ。 よって、大本営はこれ以上君を野放しにはできないと判断し、君を拘束することにした。 話は以上だ」
「なんだ…それは…? ふ…ふふ……ふざけるなー!!」
大将の言葉に男は怒りをあらわにして殴り掛かる。
だが、それも提督に拳を掴まれ動けなくなった。
「お前には俺の部下が世話になった。 これは俺からの礼だ、受け取っとけ!!」
提督は右手を振り上げて、男の腹に強烈な一撃をたたき込んだ。
「ごふっ!?」という悲鳴と共に動かなくなった男は駆け付けた憲兵に連行され、改めて提督に復帰した彼は、駆け寄ってきた艦娘達を見て、笑顔を見せた。
「皆、無事か? 今まで、よく耐えてきた。 もう大丈夫だ」
「提督……本当に、戻ってきてくれたんだ」
「ごめんね、司令官… イタズラして、ごめんね…!」
「今まで、貴方に対して散々非礼をしたこと、深く反省してます… 本当に申し訳ございません!!」
艦娘たちは、皆口々に彼へ謝罪の言葉をかけ、頭を下げた。
しかし、彼は静かに首を振って答える。
「いいさ。 お前たちは自分のしたことを反省しているし、その罰も十分受けてきたんだ。 そんなお前たちを責め立てる真似なんて、俺にはできないよ」
彼が笑っていると、後ろから傷だらけの皐月が服の袖を引っ張った。
振り返る提督へ、皐月は気まずそうに視線を向けた。
「…ごめんね、司令官。 僕、司令官の万年筆を捨てちゃった。 あれ、大切な物だったんだよね?」
「……。 あれは、俺の憧れである親父の形見なんだ。 あれがあったから、俺もどんなに辛いことがあっても、夢だった提督を頑張ろうと思えたんだ」
その言葉に、皐月だけでなく他の艦娘たちも黙り込んだ。 かつて自分たちが彼にした仕打ちを思うと、何も言えなかったのだ。
しかし、提督は静かに微笑むと、懐から瓶に入った手紙を取り出し皆に見せる。
それを見た途端、皐月は目を丸くしながら驚いた。
「ああっ!? それ、僕が海に投げ込んだ瓶だ。 司令官、もしかしてそれを見て…!?」
「ああ、偶然海に浮かんでいるのを見かけてな。 そして知ったんだ。 お前たちが今、どれだけ苦しい思いをしているのかを」
「これを読んで思い出したよ。 親父はどんな困難に当たっても、決して部下を見捨てない男だった。 だから、どれほど苦しくても、今逃げだしたら俺は俺の夢をかなえられない。 親父のような提督にはなれないって、気付けたんだ」
提督は瓶を懐にしまうと、皐月を背負い、皆の元へやってくる。
そっと皐月を下ろすと、皆の方へ顔を向け、再び話し始めた。
「俺は今まで親父の背中を追っていただけだった。 形見である万年筆を失って、初めてそのことに気付けた。 親父の形見はもうないが、部下であるお前たちはまだこうしている。 だが、ここで逃げ出せば、俺はお前たちまで失ってしまう。 そう思ったとたん、俺は再び提督として戻ろうと決心してたんだ」
「司令官……」
「俺さ、やっぱり自分の夢を叶えたい。 親父のような……いや、親父より立派な提督になりたいんだ! だから、その…… 皆、俺が提督として戻る代わりに、俺の夢を手伝ってくれないか?」
気恥ずかしそうに提督がそう尋ねた瞬間、皆は歓喜に震えながら返事を返した。
「もっちろんだよ司令官! ボクも手伝うよー!!」
「はいっ! 司令のためなら、喜んでやらせていただきます♪」
「提督、今まで悪かったよ… こんなアタシでも、提督に協力させてもらってもいいか?」
「皆…! ありがとう。 そして、これからもよろしくな!」
こうして、彼は再びこの鎮守府の提督として戻り、艦娘たちも心を入れ替えたのであった。
「ただいま、司令官! タンカー護衛任務、終わらせてきたよ。 はいこれ、報告書!」
「ああ、お疲れ皐月。 これ、ご褒美の間宮券だ。 補給を終えたら皆で行ってきな」
「提督、艦隊が戻ったぞ。 少してこずったが、どうにか敵の主力を撃破することができたよ」
「ありがとう、長門。 皆も大変だったろうによくやってくれたな」
「なに、提督の……いや、私たちの夢を叶えるためなら、これぐらいなんてことはないさ」
「あはは… そう言われると、ちょっと照れるな」
鎮守府の執務室。 そこでは、提督と艦娘たちとの楽しげな会話が聞こえてきた。
あれ以来、提督と艦娘たちは友好的な関係を築いてきた。
立派な提督になるという彼の夢は、いつしか鎮守府にいる艦娘たち全員の夢となり、彼女たちは一丸となって提督のために働くようになっていた。
かつてはブラック鎮守府だったここも、今では傍から見ても良きホワイト鎮守府と呼んでも過言ではなかった。 ……ただ一つを除いて。
「そういえば、今日大本営の方から昇進祝いとして、俺に舞鶴鎮守府へ異動しないかという話を持ち掛けられたんだが」
ピタッ…
提督の言葉を聞いた途端、突然その場が静まり返った。
楽しげに笑っていた皐月も、嬉しそうに話していた長門も無表情になり、皆は一斉に提督に顔を向けてきた。
「行かないよね、司令官… ボクたちを置いて、舞鶴鎮守府に行ったりなんかしないよね?」
「行ってはダメです提督。 そんなことをしたら、私たちは貴方の夢を叶えられません。 絶対に行ってはダメです…!」
「おのれ大本営め…! 我々から提督を奪おうなどいい度胸だ。 かくなるうえは、我ら第一艦隊総出で殴り込みをかけて…!」
ハイライトの消えた目で提督に縋りつく皐月や加賀。 怒りをあらわにして艤装を展開する長門たちに、提督は慌てて待ったをかけた。
「待て待て落ち着け皆! あくまでそう言う話があったというだけで、俺は異動するつもりはないぞ!」
それを聞いた途端、皆はほっと胸をなでおろすといつものように戻り、艤装を展開していた者も艤装を戻し、安堵の息を漏らした。
そして、それを確認した提督もまた、何も起きなかったことに小さく溜息を吐くのであった。
実は、ブラック鎮守府の一件以来、確かに皆は提督のために尽くしてくれるようになった。
だが、同時に彼がこの鎮守府を離れることを極端に嫌がるようになっていたのだ。
自分達は提督の夢を叶えるためにいる。 なら、その提督がいなくなったら、自分たちは誰のために戦えばいいんだ?
いつしかそのような考えが彼女たちの中に生まれ、彼の周りには常に艦娘達がつくようになっていた。
執務や食事の時はもちろん、寝るときや風呂の時まで秘書艦という名の監視役が彼の傍についていた。
特に秘書艦は四六時中、提督の傍にいられるという役得があり、初めは誰が秘書艦をやるかということで大揉めになったこともあった。
提督が必死になって止めたため、大事には至らなかったが、それでも提督にとって気が休まるときはなかった。
彼が何かしらの理由でここを離れようとすると、皆は過剰なまでに不安になり、そのたびに提督は大丈夫だと皆に言い聞かせていた。
「司令官… ボク、絶対司令官の夢を叶えてあげるから、どこにも行っちゃヤだよ…」
「提督、私たちは貴方のためならなんだってやってみせます。 だから、どうかこれからもここにいてくださいね……」
「提督… 我々は必ずあなたの夢を叶えて見せる。 だから、これからも私たちを見守ってほしい。 お願いだ…」
黒く染まった瞳で微笑みながら、皆は提督を見つめる。
果たして、夢を叶えて一生を終えるか、夢を叶える前に過労で倒れるか、それは彼自身にも分らない。
「親父…… 俺、本当に夢をかなえられるかな?」
彼は苦笑しながら空を見上げる。
青く透き通った空に亡き父親の姿を思い浮かべながら、彼は自分の胸の内を吐露するのであった。