いつもながらヤンこれと呼んでいいのか迷うような出来ですが、まあ楽しんでもらえれば助かります。
ここはとある鎮守府の執務室。 そこでは外から聞こえるほど楽し気な話声が聞こえ、中ではこの鎮守府の提督が大勢の艦娘たちに囲まれながらおしゃべりを楽しんでいた。
「それでですねー、相手の気を引くために巻雲も夕雲姉さんと一緒に頑張ったんですよー♪」
「ほお、それは大したものだ。 よく頑張ったな、巻雲」
「ねえ司令官。 司令官ってお味噌汁の具は何が好き? 次の秘書艦は朝雲だから、作ってあげるわ」
「それはありがたい。 なら、俺は豆腐とわかめの味噌汁がいいな」
「ぷうー! しれーかーん。 うーちゃんの事あんまり放っておくと、うーちゃん寂しさのあまり死んじゃうぴょーん!」
「すまんすまん、他の皆との話が楽しくてついな。 ほれ、卯月はここをくすぐられるのが好きなんだろ?」
「キャハハハハハハ!! し、しれーかんってば、意外とテクニシャンだぴょーん!」
和気藹々とした雰囲気の中、提督は艦娘達とのスキンシップを楽しんでいる。
巻雲や朝雲はともかく、卯月をくすぐる姿は傍から見ればロリコンじゃないかと言われそうだが、それでも彼女たちがそうしてほしいというのであれば、彼は拒んだりはしなかった。
彼女たちは深海棲艦に唯一対抗できる海の戦士、艦娘であり、自分を含め人々は彼女たちのおかげで平穏な日々を過ごせている。
その彼女たちが少しでも安らぎを得られるのであれば、彼もまた彼女たちに対して助力を惜しまなかった。
そして、そうまでして尽くしてくれる彼を艦娘達も慕っていた。
元々人外の存在である自分達には人権がなく、中には自分たちを都合のいい道具として扱うようなブラック鎮守府と呼ばれる場所もあったが、彼は自分たちをそのような目には合わせず、それどころか一人の女性として、人間として対等に見てくれる。
だからこそ、彼女たちは人類のためというより、提督である彼のために日々深海棲艦との戦いを頑張っているのであった。
「提督、大本営の方から電話が来ております」
「むっ、分かった」
執務室へ入ってきた秘書艦、大淀に声をかけられ、提督は卯月を下すとゆっくり腰を上げその場を後にしていく。
「皆、俺はちょっと用があるから席を外す。 お前たちも今日は部屋に戻ってゆっくり休むんだぞ」
まるで上官というより父親のように親しい口調で皆に伝える提督。
皆からの元気な返事を聞くと、彼はニッコリ笑って執務室を出て行った。
それからだった。 艦娘たちが彼の笑顔を見なくなったのは……
次の日の朝。
鎮守府の廊下ではすでに何人かの艦娘たちが活動をはじめ、そのうちの一人である卯月も朝の食事をとりに鼻歌交じりに廊下を歩いていた。
廊下を曲がった時、卯月は前を歩く提督の存在に気づき、いつものように挨拶する。
「しれーかーん。 おっはようだぴょ~ん♪」
こうあいさつすると、提督も「ああ、おはよう卯月。 今日も一日頑張ろうな」と励ましの言葉を送ってくれるのだが、この日は違った。
提督は何の反応も見せなかった。 まるでこっちの声が聞こえてないかのように。
卯月は首をかしげながらもう一度挨拶をするが、やっぱり提督からの反応はなかった。
だけど今度は聞こえるぐらい声でやった。 それなのに反応がないのはおかしい。
卯月はちょっとムッとなり、なんで挨拶してくれないのかせがもうとする。
「しれーかーん、何で挨拶してくれないのー! うーちゃん、ちょっと怒ってるぴょーん!!」
そう言いながら、提督の腕をつかんだ時だった。
「…なんだそれは」
「っ? しれーかん…?」
突然、提督は乱暴に卯月を振り払い床にたたきつける。
一体何が起きたのか理解できず困惑する卯月に対し、提督は卯月を睨み付けてきた。
「上官に向かってその態度は何だと言っているんだ!! 貴様も、海軍に所属する艦娘なら挨拶ぐらいまともにやれ!!」
「ひぃっ!?」
物凄い剣幕で怒鳴りつける提督の姿に、卯月も涙目になりながら縮こまる。
体を震わせ怯える卯月に目をくれることなく、提督はそのまま廊下を歩いていった。
その後、食堂で他の子達と食事をとりながら卯月は先の出来事を話したのだが、あの優しい提督がそんなことをするはずがないとか、その時はたまたま機嫌が悪かっただけよと言って、信じてくれる者はいなかった。
あれは卯月の気のせいだと笑い話にされてしまったが、のちに他の者達もあれが嘘ではなかったことを思い知った。
陽光が降り注ぐ朝の執務室。
提督の机の上に朝食の用意を済ませ、秘書艦の朝雲は自分の食事の出来に感心する。
メニューは御飯と味噌汁に焼き魚とシンプルなものだったが、みそ汁の具は昨日提督が希望していた豆腐とわかめを入れてあった。
提督が自分の食事を食べておいしいと言ってくれる。
その言葉を聞くのが朝雲にとっては楽しみの一つだった。
「これで準備は良し…と。 司令官、喜んでくれるかな?」
嬉しげに朝雲が声を弾ませていると、扉が開き提督が中に入ってきた。
朝雲はいつものように提督に挨拶しようとしたが、できなかった。
なんだか、その日は提督がいつもの笑顔じゃなく、無表情だったからだ。 まるで、こちらに感心がないと言っているかのように…
提督は朝雲に目もくれず執務机にくると、机に置かれていた朝食を一瞥する。
「あ、あのね司令官。 今日のお味噌汁は司令官の希望通り…」
だが、朝雲が話し終えるより先に、提督はいきなり机の上に置かれた朝食を払いのけた。
驚愕する朝雲の前で、朝食はひっくり返り床にぶちまけられる。
ただただ困惑するしかなかった朝雲を忌々しげな目で睨みながら、提督は言った。
「さっさと片付けろ。 執務の邪魔だ」
そう吐き捨てた後、提督は朝雲に目をくれることなく机に腰かけ執務を始めるのであった。
それからというもの、提督はまるで別人のように変わっていった。
何かあったのかと駆逐艦娘たちが心配して執務室に顔見せに来ると、
「こんなところで油を売る暇があったらさっさと働け!!」
と言って追い出し、秘書艦が些細な事でもミスをすると、
「何をやっているんだお前は! こんなへまをやらかして、それで秘書艦を名乗る気かまぬけがっ!!」
と怒鳴り散らすなど、急に皆への態度が乱暴になっていった。
そのせいで、執務室に遊びに来るものは徐々にいなくなり、以前は誰がやるか口論になるほどだった秘書艦も、今では誰もやりたがらなくなってしまっていた。
だが、提督の豹変ぶりはこれだけではとどまらなかった。
ある朝、遠征の旗艦を任されていた天龍がいきり立った様子で執務室へ押しかけてきた。
突然乱暴にドアを開けたにもかかわらず、こちらに目もくれない提督に天龍は手にしていた遠征の日程表を叩きつけた。
「おい、提督! 今月の遠征、碌に休みがないじゃねえか。 一体どういう事なんだ!?」
見ると、日程表にはびっちりと遠征の予定が組み込まれており、休みの日はおろか夜も遠征の予定が組み込まれており、まともな睡眠をとる時間もない状態だった。
「見ての通りだ。 今月はその日程を元に作業に移ってもらう。 それだけだ」
「ふざけんなっ!! こんな過酷な作業じゃ、俺はともかくチビ共の身が持たないだろ。 すぐに訂正しろ!!」
天龍は声を荒げながら撤回を求めるが、提督は訝しげな顔で、
「動けなくなったのなら、お前や他の奴がその穴を埋めればいいだけの話だろ。 それすらできないのなら、新しい奴を建造してそいつにやらせればいい。 それで解決だ」
「…っ!! て…てめぇ!!」
怒りが頂点に達した天龍を秘書艦が取り押さえ、実害にはならなかったが、この一件でますます皆は彼から離れていった。 さらに…
「提督、昨日の指揮は一体何なんだ!?」
「何か、問題が?」
「敵の主力部隊と交戦したとき、こちらの被害が甚大だったにも関わらず追撃しろなどと言ったことだ。 下手したら轟沈の恐れもあったんだぞ!」
昨日、旗艦を務めた長門は机をたたきながら激昂する。 だが、提督は表情を変えぬまますまし顔で返事をする。
「だが、こうして一人も沈まずに済んだ。 ならそれでいいじゃないか」
「私はあの状況で追撃しろという命令を出したことに憤っているんだ! 一体いつからこのような指揮を取る人間になってしまったんだ貴方は!?」
彼女も知っていた。 本来提督はこんな指揮を取ることは絶対になかったことを。
たとえこちらが有利になっていようとも、大破か大破しそうな者が一人でもいれば撤退命令を出して皆の安全を優先する人だった。
しかし、今は自分の戦果を優先するような指揮ばかり振るっている。
なぜここまで変わってしまったのか? 長門はその理由を聞きたかったのだが、
「言いたいことは済んだか? ならさっさと戻れ」
提督はそれだけ言うと、長門に目もくれぬまま執務へと戻っていった。
夜の執務室。
全ての作業を終え、提督は一人空を眺めていたが、後ろから控えめなノック音が聞こえるとそちらを振り向き、「入れ」と短く言った。
「失礼します、提督」
「こんな時間にわざわざ何の用だ?」
提督は執務室へやってきた艦娘、大淀を疎ましげな目で見ると、大淀も提督の目を見つめたまま尋ねた。
「提督、私は艦を代表して来ました。 ここ最近、貴方は急に人が変わったかのように私たちを酷使するようになりました。 なぜそのようなことをするのでしょうか? もし理由があるのなら聞かせてください」
真剣な瞳で提督を見ながら、大淀は問う。
その姿を見ていた提督は、「ふっ…」とどこか自嘲気味に笑うと理由を話してくれた。
「上へ行きたいからだ」
「えっ…?」
「より上へあがりたいからだと言ったんだ。 あの日、大本営が知らせてくれた。 近いうち、大将の娘がお見合いするという話があって、一番有能な提督を相手に選ぶという話だったんだ。 大将の親類と縁者になれば、次期大将が約束されたも同然だからな」
そこまで提督が話すと、大淀も「なるほど…」と短く返事をした。
「つまり、貴方はお見合いの相手に選ばれたいがために、私たちを戦果を稼ぐための道具として扱うことにした。 そう言いたいのですね…」
「ああ、そうだ。 今までのぬるい艦隊指揮じゃ、どう見ても他の者に先を越されてしまうからこのような手段を取らざるを得なかった。 だが、おかげで今回の見合いの相手に俺が選ばれたんだ。 礼を言うぞ」
全てを話し終えた提督はニヤリと笑い、それを聞いた大淀は小さく溜息を吐くと、用が済んだのかドアノブに手をかけた。
「…理由を聞かせていただき、ありがとうございます。 では、私はこれで失礼します。 それと……」
「提督、貴方には失望しました…」
その言葉を残し、大淀は執務室を後にした。
静寂に包まれた中で、一人残った提督は誰もいない部屋でただ一言だけ呟いた。
「……すまない」
その時、突然執務室の電話が鳴り、提督は受話器を取る。
どうやら相手は大将らしく、話の内容は例のお見合いについての事であった。
「…ええ。 では、3日後にはお見合いを始めると…… はい、わかりました」
「その代わり、あの約束は守ってもらいますよ。 …何のことかって? この鎮守府と俺の部下たちに手を出さないという話です! 忘れたとは言わせませんよ、俺はそのためにこの見合いを承諾したんですから!!」
実は、提督が話していた大将の娘とのお見合いがあるという話は本当だった。
しかし、一番戦果を挙げた提督とお見合いをさせるという話はなく、大将は初めから彼をお見合いの相手に選んでおり、娘もまた提督の事を気に入っていたのだ。
さらに言うと、大将は彼に自分の跡を継がせ、次期大将になってほしいとも話しており、そのためにこの鎮守府を出て自分の管理する鎮守府に移ってほしいと持ち掛けてきていた。
ただ、提督の方は自分にはその気はないし、今は出世より部下である艦娘達の方が大事だと言って、その話を断ろうとした。
だが、その返事を聞いた大将はえらく気分を害したらしく、もしこの話を断るのなら上層部に根回しして、今後一切この鎮守府に資材などの支援物資を送らせないようすると脅迫してきたのだった。
さすがにそれには提督も話を受けざるを得なかった。 そして、ここを離れるときに少しでもみんなを悲しませないようにするため、自ら嫌われるように振る舞うようにした。
彼自身、皆につらい思いをさせるのは心苦しかったのだが、それでも今やめるわけにはいかないと自分に必死に言い聞かせ、今日まで耐えてきたのであった。
電話を終えた提督は頭を抱え、深いため息をつく。
その表情には今まで皆に見せてきた恐ろしい様相はなく、以前の皆を心配する一人の優しい提督の顔を見せていた。
「すまない皆。 俺が無力なばかりに、こんな形でしかお前たちを守ってやれなかった。 だから、俺がいなくなっても皆は元気でいてくれ。 それだけが、俺からの頼みだ……」
まるで懺悔のようにそこにはいない艦娘たちに一人謝る提督。 そして、その声は大淀が部屋を出る際ドアノブにつけていった盗聴器にもしっかり聞こえていたのであった。
「…提督、やっぱり私たちの事が嫌いになったんじゃなかったんだね」
「何てことだ… 提督がこうも苦しんでいたというのに、気づいてやれなかったとは我ながら情けない…!」
「しかし、大将もそうですがその娘も許せませんね。 よりによって、大和の提督に色目を使うだなんて…!!」
「大和さんの言う通り、あの人に目をつけるなんて頭に来ました。 ただ大和さん、一つ訂正を… 大和の、ではなく私の提督です」
「か、加賀さん… そんな意地を張らなくても…」
場所は艦娘寮の大広間。 そこでは盗聴器ごしに提督の話を聞いた艦娘たちが、それぞれの想いを口にしていた。
提督から真実を聞いて、自分たちを嫌ってなかったことに安堵する者。 提督の苦悩に気づいてやれなかったことを悔やむ者。 大将への怒りを募らせる者など、いろんな様相を呈していたが、大淀の一喝でその場は静まり返った。
「皆さん落ち着いてください! こうして提督から真実を聞き、望まぬお見合いをさせられそうになっている今、私たちがすべきはここで騒ぐことではありません!!」
その言葉に、隣にいた長門も同意する。
「大淀の言う通りだ。 我々の提督を苦しませた大将から、あの人を守る。 それが部下である我々の成すべきことだ。 皆、教えてやろうではないか。 提督に手を出すことが、どれほど恐ろしいことなのかを…!」
お見合い当日の朝。 これから始まるお見合いのために身支度を整える提督の表情は、嫌々やっているという様子がはっきりと出ている。
だが、やらなくてはならない。 彼は改めて自分にそう言い聞かせていると、突然部屋に電話の音が鳴り響いた。
こんな時間に一体誰なんだ?
提督は首をかしげながらも受話器を取る。
「はい、こちら提督で………えっ、何ですと!?」
ここは鎮守府の正門に面した中庭。 そこでは朝早くにもかかわらず、この鎮守府に所属する艦娘たちが集合していた。
何故なら、皆に伝えたいことがあると提督直々に館内放送を使って皆への呼びかけがあったからだ。
トレーニング途中で汗を流している者。 まだ寝足りないのか大きくあくびをする者。 艦娘たちも色んな反応を見せていたが、提督が姿を見せると皆一斉に彼の方に顔を向けるのであった。
「皆、急な呼びかけをしてすまない。 実は、3日前に話したお見合いの話なんだが、あれには皆には伝えていないことがあった」
「今まで隠していたのだが、俺は望んでお見合いを受けたのではない。 大将から無理やりお見合いの相手をさせられ、大将が管理する鎮守府の提督になるよう強制されてたんだ。 そうしなければ、ここへ支援物資を送らせないと脅されてな……」
「だから、俺はここを去る時、皆を悲しませないようにするためあえて嫌われ役を演じたんだ。 まあ、これは俺の勝手な判断だったんだがな…」
「だが、今朝向こうから今回の件について取り消してくれとの連絡があった。 そのおかげで、俺もこうして真実を打ち明けることができたし、ここを去らずにすんだ」
「俺の勝手で今まで皆を傷つけて本当にすまなかった。 許してくれとは言わないし、恨んでも傷つけられようとも構わない。 ただ、これだけはちゃんと伝えておきたかったんだ」
全てを打ち明けた提督は、艦娘たちに向かって深々と頭を下げた。
それを聞いた艦娘たちは、お互いに顔を合わせると提督に駆け寄っていき、いつものような親し気な口調で彼に話しかけた。
「頭を上げてください、提督。 貴方が急にあのような振舞いをした時点で、貴方に何かあったことは皆気づいていたんです」
「元より、提督も私たちを想っての行動だったのであろう? それを責めるつもりなど、私たちには微塵もないさ」
「お前たち……」
「司令官… うーちゃん、またいつもみたいに司令官のところに遊びに行ってもいい…ぴょん?」
「ああ…もちろんだ! ごめんな卯月、いきなり怒鳴りつけたりして…」
「ねえ、司令官… 今度は、私の作った朝食ちゃんと食べてくれる?」
「ああ、ちゃんと食べるぞ! すまない、朝雲… お前の作ってくれた朝食を台無しにしてしまって」
泣きながら提督に抱き着く艦娘たちを、提督もまた泣きながら抱きしめる。
そんな微笑ましい光景を、他の艦娘たちも笑顔で見つめていた。
彼は知らなかった。 全てを知った艦娘たちが、深夜にこっそり鎮守府を抜け出していたことを…
彼は知らなかった。 皆が大将の家を襲撃し、大将とその家族を病院送りにしたあげく、お見合い相手の娘に提督に付きまとうなと脅迫したことを…
彼は知らなかった。 彼が艦娘たちを大事にするあまり、彼女たちはどんなことがあろうと彼をここから出さないと心から誓っていることを… 皆が、彼を一人の男性として真剣に愛していることを……
「心配いりませんよ、提督。 貴方に害をなす者がいれば私たちが必ず排除します。 貴方に何かあれば、私たちが必ず貴方を守ります。 だから、これからもここにいてくださいね… これからも、私たちの提督として傍にいてくださいね……」
遠目に駆逐艦娘たちとじゃれあう提督を見つめながら、大淀はにっこりと微笑む。
他の艦娘たちと同じように、黒ずんだ瞳と眼鏡に最愛の人を映しながら……