ヤンこれ、まとめました   作:なかむ~

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どうもです。 今回は提督代理シリーズと同時投稿なので、出すのが遅くなってしまいました。
しかも最近は小説に没頭してたせいで艦これが出来ない状態。 うう、早くサンマ漁に行かねば…!(使命感





One For All All For Admiral

 

 

 

ここはとあるアパートの一室。

肩を落とし全身から疲れましたという雰囲気を醸し出す一人の青年は、パソコンの前まで来ると盛大に溜息をついた。

 

 

「ああ、今日もつかれた… 全く、毎日残業でほんと嫌になるよ」

 

 

誰にでもなくひとり不満を漏らしながら、彼はパソコンのスイッチを入れる。

たとえ仕事でくたくたの体でも、これを欠かすわけにはいかないからだ。

 

 

「おっ、この人また新しい動画上げたんだな。 よっしゃ、あとで見てみるか♪」

 

 

それは、某動画サイトの新作チェックだった。

自分が昔やっていたゲームを実況しながらプレイするという動画を見るのが大好きで、アクション物からパズルゲームなどなど、自分がやった時とは違う発見があったり、単純に実況者のトークが面白かったりで、彼は大いにこの動画サイトを見るのが楽しみになっていたのだ。

一つ一つ、新しく投稿した動画をチェックしている青年だったが、ある実況者の投稿した動画に目が留まった。

 

 

「あっ、これって俺が前にやってた艦これじゃん! 知らない実況者だけどこの人もやり始めたんだな、懐かしー」

 

 

 

 

 

艦隊これくしょん。 通称、艦これ。

プレイヤーは提督となって、艦娘と呼ばれる軍艦が擬人化した少女たちを育成するというゲームで、かつては爆発的な人気を誇っていた。

艦娘たちの容姿もさることながら、かつての史実に則った個性的なキャラ付けも人気の理由の一つで、彼も艦娘達が練度を上げて海域を攻略する姿を見るたびに、まるで自分の事のように喜んでいた。

ただ、最近は仕事が忙しかったり他にもやりたいゲームが出てきたせいで、自ずとやる時間は少なくなり最近は全く手つかずの状態になっている。

 

 

「そう言えば、俺も知らないうちにすっかりやらなくなってたんだよな… せっかくだし、久しぶりに皆の顔を見に行くかな」

 

 

昔を懐かしむかのように、彼はお気に入りから艦これのページをクリックする。

あとはゲームが始まり、スタート画面が映る………はずだったのだが、

 

 

 

 

 

 

 

「…って、メンテナンス中かよ! はぁ… 久しぶりにやろうと思った矢先にこれか」

 

 

画面にはメンテナンスの文字と共に、ヘルメットをかぶった妖精の姿が映っている。

 

 

「でもおかしいな… いくら何でもこんな深夜までメンテナンスを行うなんて、普通じゃありえないよな。 運営のツイッターにも、メンテナンス中の報告なんて出てないし……」

 

 

そう、今の時刻はもうすぐ深夜の0時に差し掛かろうとしてる頃。 普通なら、とっくにメンテナンスは終わってる頃合いなのだ。

あまりに不可解な出来事だが、仕事で疲労困憊気味の彼に、それ以上原因を探求する力は残っていなかった。

 

 

「ふわぁ、眠い… 仕方ない、今日はもう寝て、明日またログインしてみるか」

 

 

どのみち今日は出来そうにないと悟った青年は、仕方ないから今日はもう休もうということで風呂と食事を終えると床につき、そのまま熟睡した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

深夜のアパート。

家主が寝静まり真っ暗になった部屋に突然光がともる。

光を放っているのは電源を切ったはずのパソコンで、パソコンは布団で横になる青年を照らしながら、事務的な口調で言った。

 

 

 

 

 

「メンテナンスが完了しました」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ん… ふわぁ、もう朝か」

 

 

朝の光に照らされ、青年はあくびをしながら体を起こす。

しばらくぼんやりしていた彼だが、辺りを見た途端、寝ぼけ眼になっていた目は大きく見開かれた。

 

 

「えっ…? な、なんだこれは!?」

 

 

彼が驚くのも無理はない。

何せ、目の前に見えたのはいつも彼が過ごしている部屋ではなかったからだ。

陽光が注ぎ込む大きな窓に、シックな黒のカーテン。

自分のいたアパートの倍はあるのではないかという広さの部屋に、中央には大きなテーブルと西洋を思わせるような洒落た椅子とティーカップ。

床にはふわふわの白いカーペットが敷かれ、壁際には酒をはじめ各種ドリンクが揃った洋酒棚が置かれていた。

まるで別世界のような光景に一瞬戸惑う青年。 だが、自分がこれを見るのは初めてではないことに気づいていた。

 

 

「ど… どういうことなんだ、これ? ここ、俺がデザインした執務室と全く同じじゃないか…!?」

 

 

そう。 ここは彼が艦これをやっていたころにアレンジした執務室と瓜二つだった。

そんなところへ、なぜ自分がいるのか?

これではまるで、自分がゲームの中に来たみたいだ!

青年は目の前の現実に頭がついてゆけず、ただその場で呆然としていると、突然執務室の扉が開く。

彼がそこへ顔を向けると、そこには一人の少女が中へ入ってきた。

 

 

 

 

 

「あっ… ああっ…! 本当に…いた……」

 

 

声を震わせる少女を見て、青年はさらに驚く。

何故なら、目の前にいる少女はただの人間ではない。

そこにいたのは艦これに登場する艦娘の一人。

 

 

 

 

 

「司令官! やっと戻ってきてくれたんですね!!」

 

 

 

 

 

 

 

駆逐艦『吹雪』

 

 

彼が艦これを始めるとき、一番最初に選んだ艦娘だった。

 

 

 

 

 

「ええっ…!? ふ、吹雪? お前、もしかして艦娘の吹雪なのか!?」

 

「そうですよ、司令官。 私も、司令官に会えて嬉しいですっ!」

 

 

涙を流しながら自分に向かって駆け寄ってきた吹雪を、青年は抱き留める。

吹雪は泣きじゃくりながら彼に抱き着いたまま離れず、彼もまた吹雪が落ち着くまで大人しく抱き着かれているのであった。

 

 

 

 

 

「す、すみません司令官… しばらく司令官に会えなかったから、つい……」

 

「い、いや… 俺は別にいいんだが……」

 

 

顔を赤くしながら謝る吹雪を前に、彼は改めて気づく。

自分の服がいつものパジャマでなく、提督用の制服に代わっていたこと。

自分が起きた場所がアパートの布団でなく、執務室の椅子だったこと。

これが夢か現実かは分からないが確実に言えることが一つ。

自分が艦これの世界に飛ばされてしまったという事だった。

そして初期艦として選んだ吹雪が自分を司令官と呼んでいるところを見ると、どうやらここは自分が艦これをやっていたところの鎮守府のようだ。

とはいえ、自分が提督をしていたのはあくまでゲームの操作だけで、実際の提督のすることについては何も知らない。

どうしたものかと彼が困っていると、吹雪は何かを思い出したかのように「そうだっ!」と声を上げると、提督である青年の手を引いた。

 

 

「うおっ? 急にどうした吹雪…!」

 

「行きましょう、司令官! 他の皆さんも司令官の事ずっと待っていたんです。 会って、皆さんを喜ばせてあげてください!」

 

 

明るい笑顔でそう言いながら、吹雪は提督を執務室から連れ出す。 よく見ると、執務室の机にはやらなければいけないであろう書類の束が見受けられるのだが、執務はいいのか?

 

 

「そんなの別に構いません! それより、皆さんに会って来てください」

 

 

 

 

 

それでいいのか、秘書艦………

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

それから、彼は吹雪に連れられていろんな場所を見て回った。

廊下では第六駆逐隊の子達に会い、雷や電に盛大に泣きつかれた。

作戦指令室では、提督代理を務めていた長門や金剛に出会った。

金剛からは、「今までどこに行ってたんですカ、テートクー!!」と泣きながら抱き着かれ、長門も嬉しさに顔を綻ばせながらも彼に抱き着く金剛を引きはがした。

食堂へ行くと、窓際の席の一角で二人の艦娘がお椀を山のように積み上げている。

そこには一航戦の航空母艦である艦娘、赤城と加賀の姿があった。

 

 

「…改めてみると、すごいなこれは」

 

 

関心と呆れの混じった声で提督が呟くと、二人も彼の存在に気づいたらしく、席を立つと真っ先に彼の元へ駆け寄ってきた。

 

 

「提督、どうして戻ってきてくれなかったんですか!? 提督に会えない寂しさを紛らわすために、私こんなに食べ過ぎてしまったんですよ!!」

 

「いや、それは元からじゃないか…?」

 

「提督。 赤城さんはともかく、私は貴方に会えない悲しみで食事も喉を通らなかったのです。 こんな思いをさせてきた分、ちゃんと責任を取ってください」

 

「あ、ああ… それは、確かにすまなかったと思うが……」

 

「そうだよ提督さん。 加賀さんってば、提督に会えなくて、その日は御飯5杯までしか食べられなかったんですよー」

 

 

提督が赤城と加賀に詰め寄られていると、横からニヤケ顔で瑞鶴が加賀を茶化してくる。

しかし、加賀の方は表情を変えることなく瑞鶴を一瞥すると、溜息をついた。

 

 

「…そうね。 私や赤城さんと違って、いくら食べても太らない貴方が羨ましいわ。 私も、最近また大きくなったみたいで困ってるから」

 

 

そう言いながら、これ見よがしに腕で胸を持ちあげる加賀。

その大きさゆえにゆさゆさと揺れる胸は、提督に劣情を、瑞鶴に怒りをあおってきた。

提督は顔を赤くしながら目線をそらし、瑞鶴は引きつった笑顔を見せる。

 

 

「へえ…… そうやって提督さんを誘惑しようだなんて、一航戦の先輩は随分いやらしい性格してますねー」

 

「私はただ自分の悩みを言っただけよ。 この程度のことでそんな言い掛かりをつけるなんて、五航戦の子は体だけでなく中身まで幼稚なのね」

 

「な、何ですってー!?」

 

 

怒りを爆発させながら瑞鶴は加賀と睨みあい、そんな二人を見かねてか赤城と翔鶴は二人の間に割って入った。

 

 

「もう、よしなさい瑞鶴! 先輩に向かって失礼でしょ!」

 

「加賀さんもやめてください! 提督が来ているんですから…」

 

 

二人に宥められ、お互い渋々と引き下がる加賀と瑞鶴。 その光景に、提督は苦笑いを浮かべながら見ていた。

 

 

「あははは… あの二人って、いつもああなのか?」

 

「いえ… 提督がいなかった頃はお互い挨拶する元気もなかったのですけど、あそこまでやったのは久しぶりです。 きっと、二人とも提督が戻ってきたことが嬉しかったのですね」

 

 

赤城の言葉に瑞鶴は気まずそうに俯き、加賀は若干顔を赤くしながらそっぽを向いてる。 どうやら、赤城の言う通りみたいだ。

 

 

「そう言われると照れるな。 ただ、皆にこんな寂しい思いをさせたことについては、申し訳ないと感じてるよ……」

 

 

彼はそう言って、皆に頭を下げる。

元は自分の勝手でこのゲームから離れていったというのに、皆はこんな自分を真摯に想い待ち続けてくれていた。

そんな彼女たちに少しでも謝りたくて、提督は頭を下げたのだが、

 

 

「司令官ってば、そんな顔をしないでください! 司令官が戻ってきてくれて、私も皆も本当に喜んでいるんです。 だから、私達は司令官にそんな悲しい顔をしてほしくないんです!」

 

「吹雪…」

 

「それよりほら、笑ってください。 他にも司令官に会いたがっている子がたくさんいますし、司令官に笑ってもらった方が皆も喜びますよ♪」

 

 

 

 

 

吹雪は再び提督の手を取ると、食堂を飛び出しあいさつ回りに戻っていった。

工廠では開発を行っていた明石や夕張が顔を綻ばせ、遊戯室では悲し気に提督の似顔絵を描いていた雪風や時津風たちが大はしゃぎしていた。 曙や霞は今までどこに行っていたんだと悪態をついていたが、それでも皆が自分を待ってくれてたこと、そして自分が来たことを喜んでいるのは理解できた。

一通り挨拶回りを終え、執務室に戻った提督は大きなため息を吐いた。

 

 

「いやー、疲れたー! 実際回ってみて分かったけど、この鎮守府ってこんなに大きかったんだな」

 

「お疲れ様です、司令官。 お茶をどうぞ」

 

 

ソファに座っていた提督は、吹雪からお茶を受け取ると会ってきた艦娘達の顔を思い出す。

喜びを露わにする者。 泣きじゃくりながら抱き着いてくる者。 悪態をつきながらも、どこか嬉し気に顔を綻ばせる者。 様々な反応を見せる彼女たちを見て、提督も思わず笑みをこぼした。

 

 

「でも、皆があんなに喜んでくれるとは思わなかったな。 むしろ、なぜ放置していたんだと怒ってくるんじゃないかと思った」

 

「それは、多少なりとも自分たちを置いていったことに怒っている子もいましたけど、やっぱりそれは司令官に会いたい気持ちの裏返しなんです。 そう言った子達も、本心は司令官が戻ってきたことが嬉しかったんですよ」

 

 

吹雪の言葉に提督は「そうか…」と短い返事をする。

ただ、お茶を出した時から吹雪が妙にそわそわしている姿に提督は変に思った。

 

 

「どうした吹雪? なんだか落ち着かないようだが」

 

 

提督に声をかけられた吹雪は一瞬驚く素振りを見せるが、胸に手を置きながら深呼吸した後、意を決したように顔を上げる。

 

 

「司令官…… そこの机を開けてみてください…」

 

 

真剣な吹雪の表情に違和感を感じながらも、提督は指示通り執務机の引き出しを開けてみる。

 

 

「えっ? こ、これって…!?」

 

 

そこに入っていたのは黒い小さな箱と、数枚の書類だった。

箱を開けてみると、そこには派手な意匠のないシンプルなシルバーリング。

引き出しの中に入っていたのは、ケッコンカッコカリに使われる書類と指輪が入っていたのであった。

 

 

 

 

 

「司令官がいなくなったあの日からも、私たちはずっと深海棲艦と戦っていたんです。 それは、海の平和を取り戻すためでもありましたが、本当は最大練度まで到達して、司令官からその指輪を渡してほしかったからなんです」

 

「金剛さんや長門さん… 赤城先輩や加賀さん… そして、ここにいる皆がいつかその日が来ることを夢見てずっと待ち続けていたんです。 もちろん、私も……」

 

「でも、今ここにある指輪は一つ。 いくら望んでも、司令官と結ばれる子は一人だけなんです…」

 

「ですが、私は信じています。 司令官なら必ず正しい選択をしてくれると… 初めて司令官が来た時から一緒だった私を選んでくれると信じています…!」

 

「だから司令官… ぜひ、その指輪を私に……!」

 

 

両手を胸の前にくみ、祈るような姿勢で吹雪はゆっくりと提督に近づいてくる。

顔を紅潮させ、興奮しているのか息は若干荒い。 ハイライトの消えた瞳には、愛しい人である提督の姿がくっきりと映りこんでいた。

流石に提督も吹雪の変わりように背筋が寒くなり後ずさりしていく。

だが、徐々に距離は詰められついに壁際に追い込まれてしまう。

もう、ここは吹雪に指輪を渡すしかないのか…!? 彼が半ば諦めかけた時、

 

 

 

 

 

 

 

 

ガタンッ!

 

 

「…っ!?」

 

 

「今だっ!!」

 

 

突然背後から聞こえた物音。

その音に気を逸らした一瞬を狙い、提督は吹雪の脇を抜け執務室の外へと飛び出していった。

 

 

「すまん吹雪! 指輪についてはあとで決めるわっ!」

 

 

その言葉を最後に提督は執務室から姿を消した。 徐々に遠ざかる足音を聞きながら、一人残された吹雪は…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…チッ」

 

 

小さく舌打ちをした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「はあ… はあ… ど、どうにか逃げられたな……」

 

 

執務室から離れた廊下で、提督は壁に手を置きながら息を切らせる。

さっきまでの吹雪の顔が忘れられない。 あれはどう見ても自分を一人の異性として見る目だった。

久しぶりに会えて嬉しいのは分かるのだが、あんなに熱烈なアプローチをしてくるような子じゃなかったはず。

先の黒くよどんだ瞳といい、今まで会いに行かなかったことが彼女をここまで変えてしまったのか…?

 

 

「ん…?」

 

 

ふと、足元に何かの気配を感じ下を見る。

すると、そこには数人の妖精たちが集まっていた。

 

 

「もしかして、さっきの物音はお前たちが上げたものだったのか?」

 

 

提督の問いに、妖精たちはこくんと頷き肯定の意を示す。

しかし、先ほどから妖精たちは何かに怯えるような不安げな顔をしており、提督はどうかしたのかと尋ねようとしたが、先に妖精の方が提督に声をかけてきた。

 

 

「…て、提督さん。 急いでここから逃げてください。 このままじゃ、提督さんはここに閉じ込められてしまいます……!」

 

「どういう意味なんだ…? 俺が閉じ込められるって、一体なぜ…!?」

 

「艦娘さんが皆で集まって話してたんです。 提督さんが、もうどこにも行かないようにって。 もうどこにも行ってほしくないからって…」

 

「と、とにかく鎮守府の正門から出てください。 明日になったら、提督さんはもう戻れなくなります!」

 

「えっ…! それってまさか…」

 

 

提督が妖精たちに尋ねようとしたとき、

 

 

 

 

 

 

「ひぃっ!!」

 

 

短い悲鳴と共に妖精たちは蜘蛛の子を散らすように逃げ出した。

提督は「おい、どうしたっ!?」と呼び止めようとしたが、

 

 

「…どうしました、提督。 一人でこのような場所にいるなんて」

 

 

提督が背後を振り返ると、そこには何故か艤装の弓を手に微笑む艦娘、鳳翔の姿があった。

鳳翔はおっとりとしたような柔らかい笑みを浮かべているが、その笑顔とは裏腹に今の彼女からは例えようのない殺気が放たれていた。

その気迫に気圧されながらも、提督はどうにか平静を装って彼女の問いに答える。

 

 

「あ、ああ… ちょっと、気分転換に散歩しててな」

 

「そうでしたか。 でも、秘書艦もつけずに一人で出歩くのは少々不用心ですよ」

 

 

まるで子供を諭す親のように、鳳翔は人差し指を立てながら提督に注意した。

 

 

「いや、失敬。 それより、鳳翔さんこそここへ何の用で?」

 

「私は提督を探しに来たのです。 夕食が出来ましたので、食堂へいらしてください」

 

 

鳳翔はそう言うと、提督へ食堂に行くよう手招きする。

突然逃げ出した妖精たちの事も気になったが、今は彼女に従った方がいいと考え、そのまま鳳翔についていった。

しばらくはお互い横に並んで歩いていく。 二人とも何も言わず黙々と進んでいたが、

 

 

「ほ、鳳翔さん…?」

 

 

鳳翔は突然提督に顔を向けると、何も言わずに彼の腕に抱き着いてきた。

 

 

「本当に… 本当に戻ってきてくれたのですね、提督。 貴方がいない日々は、本当に辛かったです。 いつ戻ってくるかわからない貴方をここで待ち続けるのは、苦しくて悲しくて、気が狂ってしまいそうでした…」

 

「ですが、こうして貴方が戻ってくれた瞬間、私の今までの時間は報われたのです。 ずっと待ち続けていた貴方とこうして一緒にいられる。 これ以上の幸福は私たちにはありません…!」

 

「それって…」

 

「提督。 どうかこれからはずっとここで私たちと共にいてください。 ようやく貴方が戻ってきてくれて、他の皆さんも心から喜んでいます。 だからこそ、貴方がまたいなくなるのは、私たちにはとても耐えられません!」

 

 

今までの自分の胸中を吐露しながら、鳳翔は提督の顔を覗き込む。

そこに見えたのは、吹雪と同じように焦点の定まっていない、黒くよどんだ瞳だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ふう…」

 

 

夕食を終え、執務室に戻ってきた提督は深いため息をつく。

あの後、食堂では周りの艦娘達からひっきりなしに声をかけられ、質問攻めにあった。

ただ、そんなことになりながらも妖精たちの言葉が忘れられなかった。

艦娘たちが俺を此処に閉じ込めようとしてる。

今夜中までにここから出なければ一生出られなくなる。

一概には信じがたい話だが、妖精たちがそんな嘘をつく理由は分からないし、吹雪や鳳翔さんの顔を見る限り、彼女たちが正気を保っているようには見えない。

皆はゲームを通じて俺を慕っていたが、いつしか俺がゲームをしなくなったせいで会うことができなくなり、それが彼女たちを今の状態まで追い込んでしまった。

あまりに突飛な話だが、そう考えれば一連の出来事も理解できる。

恐らく、俺がここにいるのも皆が仕組んだことなのかもしれない。

何にしても、妖精たちの話が本当なら今夜中にここから出なければ俺はここに閉じ込められてしまう。 それだけは避けなくてはならない。

俺は脱出を決意すると、部屋の電話を取り工廠に連絡を取った。

 

 

 

 

 

 

フタサンマルマル。

外が暗く静まり返った頃、提督は執務室を抜け出し真っ暗な廊下を壁伝いに歩いていった。

艦娘たちは、夜は危ないから外に出てはいけないと言っていたが、それが自分をここから出さない口実だというのは分かっていた。

一応、この時間なら艦娘たちは寮へ戻っているだろうが、念のためとなるべく足音を立てぬようゆっくりと進んでいく。

ようやく建物の外に出ると、外は月明かりに照らされ大きな中庭を挟んで奥にある正門をぼんやりと浮かび上がらせている。

 

 

(よし… あとはあそこへ行くだけだ)

 

 

提督はすぐに向かおうとしたが、即座に足を止める。

月明りに照らされ、中庭に二人の艦娘の姿が浮かんできたからだ。

 

 

 

 

 

「提督ー、こんな夜中にどこ行くのさ?」

 

「私達言いましたよね? 夜は危ないから出てはいけないと…」

 

 

中庭にいたのは、重雷装巡洋艦である北上と大井の二人。 外が暗いので表情はハッキリとは見えないが、二人の目が吹雪や鳳翔と同じように黒ずんでいたのは分かった。

 

 

「ひょっとして、元の世界に戻ろうとしてた? 駄目だよ、そんなことしたら私たちまた置いてかれちゃうじゃん」

 

「北上さん。 やっぱり、ここは強引に抑えなきゃ駄目です。 今ここでケッコンカッコカリさせて、ここから出られないようにしましょう」

 

「おっ、大井っちってばやる気満々だね~。 まあ、他の面々もそのつもりみたいだけどね」

 

 

北上の言葉に辺りを見ると、建物の脇や屋根にも大勢の艦娘たちが艤装を構え待機していた。

どうやら、完全に待ち伏せされてたようだ。

 

 

「提督とのケッコン… 流石に気分が高揚します」

 

「悪いけど、提督さんとは瑞鶴が一番最初にケッコンするから!」

 

「提督との夜戦、お姉さん今から楽しみだわ♪」

 

「何を言っている陸奥。 提督とケッコンするのは私だ」

 

「テートクー! 絶対に捕まえるからネー!!」

 

 

各々、意気込みを語りながらこちらへ襲い掛かろうとしている。

提督はわき目も降らず正門に向かって駆け出した。

すぐ目の前には北上と大井が立ちはだかっていたが、

 

 

「お前ら… 人を勝手に景品にするなー!!」

 

 

彼は手元に隠していた白い球を二人に向かって放り投げた。

玉は二人の頭上まで上がると、

 

 

ボンッ!

 

 

破裂音と共に白いネットを二人目掛けて広げ、そのまま絡みついた。

 

 

「うわわっ!? なんか絡みついた…!?」

 

「な、何よこれ!? これじゃ動けないじゃない!!」

 

「それは妖精に頼んで作ってもらった捕縛用のネット弾だ! 絡みついたらしばらくはほどけないぞ!」

 

 

提督はネットが絡まりもがく二人の横を駆け抜け、全速力で正門へ向かう。

 

 

「逃がさんぞ提督! ビッグセブンの名に懸けて、絶対に捕まえる!!」

 

「私たちはどうしても貴方といたいのです。 だから提督、覚悟してください…!!」

 

 

長門や赤城、周囲の艦娘たちも提督を取り押さえようと艤装を向ける。

あとは攻撃を放つだけ………だが、

 

 

 

 

 

 

「なっ!?」

 

「えっ…!?」

 

 

なぜか戦艦たちは主砲を撃てず、空母が放った矢は艦載機にならずに、山なりに飛ぶとそのまま地面に激突した。

 

 

「どういうことだ!? 艤装が動かないなど…!」

 

「あっ、まさか…!?」

 

 

何かに気づいたように声を上げる赤城。 同時に、提督の肩から一人の妖精がひょっこり顔を出した。

 

 

 

 

 

「そうです、私が皆に頼んで艦娘さんたちの艤装を動かないようにしたんです! 提督さんにいてほしい気持ちは私たちにも分かりますが、そのために無理やり提督さんを閉じ込めるなんて、私たちは反対なのです!!」

 

「そういう事だ! すまないな、こんなこと頼んでしまって…」

 

「いいんです… 私だけでなく他の皆も同じ気持ちなんですから。 それじゃ提督さん、必ず戻ってくださいね」

 

 

妖精はニッコリ笑うと、提督の肩から飛び降りた。

艤装が使えない以上、直接捕まえるしかないと艦娘たちは提督に向かって走り出すが、陸にいては艤装は重りでしかない。

皆が追うより早く、提督は正門にたどり着き、力いっぱい扉を押し開ける。

最後に見えたのは、自分に向って何かを叫ぶ艦娘達の姿だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

それから、元の世界に戻った彼は再びいつもの日常を過ごしていた。

あれから、彼が艦これをやることはなかったが、艦これを実況している動画は毎日見ていた。

もうやらなくなった自分に対し、この人はどんな艦これライフを送っていくのか、なんとなく気になっていたからだ。

ただ、もしよければ彼女たちを幸せにできなかった自分に代わって、どうか皆を幸せにしてほしい。

彼はそんな思いを抱きながら、今日も動画を視聴し始めるのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あっ、提督今日も見に来てくれたわ!」

 

「ほんとっ!? 提督さん、夕立が活躍するところ見てくれてたっぽい!?」

 

「夕立ってば、そんなにはしゃがないで」

 

「あの、夕張さん… 電たちが遠征で大成功したところも、司令官さん見ててくれましたかね?」

 

「大丈夫、ちゃんと見てたわよ♪」

 

「ねえ、それより司令官のところにはまだいけないの? 私、早く司令官のお世話したいんだからー!!」

 

「そう急かさないで、雷ちゃん。 明石さんも、データが揃えば最終調整が終わるって言ってたから、あと少しの辛抱よ」

 

 

 

 

 

工廠の一角。 そこでは一台のパソコンを前に、大勢の艦娘が集まっていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

実は、今まで彼が見ていた動画は、ただの実況動画でなくこの鎮守府の活動を流しているものだった。

以前、艦娘たちは提督をこちら側に転送するための装置を作り、パソコンを介して呼び出すことに成功した。 あの時、彼のパソコンがメンテナンス中と出てたのもそのためだった。

ただ、成功はしたものの提督からは逃げられ、元の世界へと戻っていってしまった。

また提督を呼ぼうにも、このままじゃ同じことの繰り返しになる。

そう考えた彼女たちは、発想を切り替えた。

提督をこちらに呼ぶのではなく、自分たちが向こうに行けばいいのだと。

こうして自分たちの活動を動画として流しているのは、こちらの世界の物を向こうの世界に送るという実験で、夕張はそのためのデータを収集していた。

実験は成功し、データは無事に集まりつつある。

あとはこのデータを提督を呼び出したという装置に応用すれば、自分たちが彼のいる世界へと行ける。

そう思うと、彼女たちの心は大いに踊るのであった。

 

 

 

 

 

 

 

鎮守府の執務室。

主のいない椅子に、秘書艦である吹雪は座っている。

彼女は、机に置かれたケッコンカッコカリの書類と指輪を見ながら、ひとり微笑んでいる。

 

 

 

 

 

「司令官… 私達、もうすぐ貴方の元へ行けます」

 

「私たちは、貴方の艦娘です。 私も、皆も、貴方のためならこうして頑張れます。 貴方のためなら何だってやってみせます。 だから……」

 

 

 

 

 

 

「今度は、ちゃんと私を選んでくださいね……」

 

 

黒い小箱に収められたケッコンカッコカリのリング。

黒ずんだ瞳にリングを映しながら、吹雪はにっこりと笑うのであった。

 

 

 


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